~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 そう云えばストライクフリーダムとインフィニットジャスティスは実はSEEDの時代から開発が始まっていて、ヤキン戦役末期には(少なくとも原型は)完成していた、という設定がありましたよね?



『プライマリー・ウェーブ』B

 

 

 

 光の激流の中を、深紅の閃光がかい潜っている。

 黒き災厄の亡霊から放たれる大火力の連続砲撃を凌ぎ、鮮血色の審官が抜き打ちにバッセルブーメランを投げ放った。多彩なサブウェポンを駆使し、トリッキーな戦法で相手を牽制──そうして隙が出来たところを、一気に叩く!

 と、そのように意図していたアスランであるが、〝レムレース〟は鮮やかにブーメランをかわし、更なる砲撃を仕掛けてきた。甲殻類の鋏脚を思わせるマスターアームから長射程インパルス砲(プルフラス)が撃ち込まれ、アスランは少し大袈裟に思える程の距離を取って回避した。

 

「ちぃッ!」

 

 敵機の砲火は想像以上に凄まじい。何が凄まじいのかと云えば、間違いなく一発一発の火力だ。同じ砲撃戦を主体とする〝フリーダム〟と比べれば──パイロットの技量差からか──照準は甘く、拙い。回避してみせることなど造作もない射線なのだが、一方で破壊力では〝レムレース〟の方が格段に上を往っていて、僅かに掠めただけでも機体が損傷しかねないパワーだ。

 尖鋭ではない──が、ひとつひとつが強烈な砲撃。

 おそらくビクトリアで見た〝黒鉄の要塞(デストロイ)〟の力を流用しているのだろう。ほんの僅かな油断でさえ致命的となりかねない色彩の洪水に威圧感を憶えてしまい、アスランは自身が本領を発揮できる格闘戦に転じることができずにいた。

 

 それもそのはずで、このとき〝レムレース〟はその圧倒的な火力で弾幕を張り、相手の接近を許さない遠距離戦法に徹していた。

 

 そもそも決闘機としての特性の強い〝ジャスティス〟が迫撃を得意とし、これに尋常な白兵戦を挑むのが自殺行為に等しいことを、フレイはオーブ解放戦線の折に学習していた。元よりパイロット経験の浅い彼女は格闘戦(インファイト)が不得手でもあり、性能的にも中・近距離での戦闘では〝ジャスティス〟の方に明らかな分がある。

 こうした判断を行ってしまえば、彼女は基本的に遠距離からの一方的な砲撃に努めるだけで良かった。いま背負っているのは後衛用の火力支援装備(カラミティ・ストライカー)であり、敵が格闘戦(インファイト)の覇者であるなら、わざわざ相手の土俵に立ってやる必要もない。

 ──順調に〝ジャスティス(アイツ)〟を追い詰めることができている!

 気持ちが逸り、僅かに油断した瞬間だった。大火力の砲撃を連射していためか、フレイは砲身の反動を抑えきることができずに一瞬機体を硬直させてしまった。敵はその一瞬を見逃さない──出し抜けに急加速を仕掛け、ビームの両刀で躍りかかる!

 

「セァッ!」

 

 加速性において〝ジャスティス〟の右に出る機体はない。

 が、そうしてアスランが肉薄するより前に、巨大な〝ペルグランデ〟が彼の前に立ちはだかった。

 

「──!?」

 

 不気味なボディがアスランの視界に大映しになり、それと同時に四方から強烈な殺気が襲う。次の瞬間、周辺のドラグーンからビームガンが繰り出され、網状に展開された攻撃にアスランは制動を掛け、機体を絶え間なく捻らせる。

 ──邪魔するな!

 苛立ちを露にビームライフルや〝フォルティス〟ビーム砲を応射したが、六つのパーツから構成される〝ペルグランデ〟は、その細菌状の大型ボディを分離させ、あらゆる弾体を避けてしまった。

 

(ど、どういうやつなんだッ)

 

 意表を突かれた所へ、さらに多方面からドラグーンのビームガンが繰り出される。光の網は〝ジャスティス〟を錐揉むように四方から砲火を浴びせ、アスランは青褪めながら、藁にもすがる思いで光条の間を縫っていく。

 だが、そうして逃げ込んだ先に体勢を立て直した〝レムレース〟が待ち構えていた。背中から張り出した四門の位相砲(アウフプラール・クアットロ)を過たず照準され、アスランは思わず短い悲鳴を上げた。しかし身体は反応していたらしく、機体はそれをシールドで防いだ。

 とはいえ、すべてを受け止めることはできず、〝ジャスティス〟は防ぎ止めた衝撃ごと後方に激しく撥ね飛ばされた。

 

「ええいッ! こんな戦闘をしている場合ではないというのに!」

 

 ──こうしている間にも、核攻撃隊はみるみる内に〝プラント〟に迫っている!

 強かに毒づいたアスランの視線は、先程からちらちらと〝プラント〟に進撃する〝メビウス〟──宝物(ほうもつ)のように核ミサイルを抱えた──に向けられている。注意力の散漫を言い訳にするつもりはないが、今は真っ向勝負などに(かま)けている場合ではないのだ。

 だからこそ、このときアスランは〝レムレース〟か〝ペルグランデ〟に一打でも与え、なんとか敵機を振り切ろうと画策しているも、そのような短絡的な作戦を許すフレイではない。嫌がらせのような足止めを喰らっているアスランには、〝プラント〟に向かう〝メビウス〟が遠く映って仕方がなかった。

 

 ──誰か! 誰か〝アレ〟を止めてくれ……!

 

 咄嗟にみずからの同期達の姿が脳裏を過ぎるが、しかし、それは期待すべきではない。現在イザークとディアッカは〝レイダー〟と〝フォビドゥン〟に足止めされ、ただでさえ性能差のある〝G〟を相手にするので手一杯だ。

 であるなら、頼りになるのは量産機の防衛部隊──いやそれも無理だ。仮に迎撃部隊が核ミサイルの対処に向かったところで、この怪物的なモビルアーマーがいつまでもそれを許すはずがない。いま自分の目の前にいる一機(コイツ)を除けば〝ペルグランデ〟は残り四機も確認されているのだ、ドラグーンの全方位攻撃に対応できるパイロットでなければ、ことごとく撃滅されるのが関の山だ。

 間に合わないのか──!? アスランが立ち悩んでいると、そのとき突然〝ジャスティス〟の通信機に、聞き慣れぬ男の声が入って来た。

 

〈──〝ジャスティス〟のパイロット、アスラン・ザラだな? 特務隊からの指令である、『貴様は直ちに現宙域から離脱しろ』〉

「なッ──」

 

 アスランは突然の指令に自分の耳を疑った。正体不明の人物からの──それも、全く理解できない指令内容に。

 ──撤退? 〝プラント〟が滅ぶかも知れないこの瀬戸際で、いったい何を云っているんだ?

 兵士各個の明晰さ、能力値の高さ故に明確な指揮系統が存在しないザフトでは、しかし、厳密には特務隊が持っている指揮権こそが──現場レベルの──最高権力に当たっている。仮にも〝そこ〟から指令があった場合、傘下にある者は如何なる場合もこれを優先──少なくとも尊重する義務がある。

 だからアスランには、いま出された指令に従う義務があった。さりとて、あまりに指令が状況に則さないものであることは確かだ。いま自分が撤退すれば、いったい誰が核ミサイルを防ぐのか? 納得できず、彼は通信先を明らかにする。

 

(ZGMF-X11A……)

 

 形式番号からすれば、指令元は〝ジャスティス〟の兄弟機であるようだ。であるならアスランと同じ特務隊の一員ということか。人的資質と相応の実力を兼ね備えた、評議会に認可された者であるならば──

 

〈死にたくなければ命令に従うことだ、いいな〉

「どうするんです?」

 

 それでも答えを得なければ、アスランは従えなかった。

 

貴様の機体じゃ巻き込まれる(・・・・・・・・・・・・・)って云ってんの、黙って従いなさいよ!〉

 

 ──仕方がない……っ!

 意味が繋がらなかったことは確かだが、そうして〝ジャスティス〟は身を翻し、戦線を離脱するために飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 横槍からビームクロウを抜き放って介入してきた量産型〝ゲイツ〟を即座に叩き落した後、フレイは慌てて視線を〝ジャスティス〟へ戻した。だが、気付いた頃には真紅の機体ははるか遠くへ去っている。

 

「逃げた……!? アスラン・ザラ!?」

 

 戦線を離脱してゆく〝ジャスティス〟に気付き、当惑の声を挙げる。飛び去った方角が〝プラント〟側であれば追撃する必要もあったのだが、違った。彼が消えたのは〝ヤキン・ドゥーエ〟要塞の方角だ。

 

「……?」

 

 同時に、そのとき彼女は〝ジャスティス〟とはまた違う機種──それも特機らしきもの──を捉えていた。そいつは〝ジャスティス〟と同じように戦線を離脱し、要塞の方へ逃げ帰ってゆく。

 見慣れない大型機、巨大なモビルアーマーだ。形状的にはそう──かつてのアスラン・ザラが搭乗していた〝イージス〟のような……。

 しかし、他のザフト機については撤退する様子はない。現に〝デュエル〟も〝バスター〟もクロトとシャニとの交戦を続けており、離脱したのは本当に〝ジャスティス〟と件の一機だけのようだ。その不可解な、それでいて見事な引き際のためか、二機が撤退したことに気付いたのはほんの一握り、フレイを含めた極少数のようでもある。

 

 ──何か、作戦でもあるの?

 

 敵前逃亡を許すフレイではなかったが、今回ばかりは敵の数(コーディネイター)が多すぎるか。アスラン・ザラたった一人に固執する意味は──まあ彼女にはあるのだが──そこまであるわけでもない。

 ──彼とは、いずれ……。

 流石に現時点で敵の本丸(ヤキン・ドゥーエ)を落とせる余力はないし、何より〝カラミティ・ストライカー〟では、攻め込むにあたって分が悪い。

 フレイは、それ以上を考えないことにした。また後で、改めて〝ヤキン〟に攻め込めばいいと思ったのである。

 

(もう、あんなところにいるんだ)

 

 〝ピースメイカー〟隊は滞りなく進軍し、そのような感想をフレイに抱かせる程度には、余裕の進撃を行っているらしい。

 迎撃に出ているザフトの防衛部隊は、その悉くが与えられた役目を果たす前に〝ペルグランデ〟に撃滅されていた。ドラグーンに対応できない者達が、四機もの〝ペルグランデ〟に囲まれ、まともに生存できるはずがないからだ。

 フレイの表情に、失笑が浮かぶ。いくらコーディネイターと云っても、大西洋連邦の造り出した『強化人間』を前にしては赤子も同然ということか? このような事態を打破できる存在と云えば、それこそザフトにおいてはアスラン・ザラくらいであったろうが──肝心の彼が自分の前から逃げ出した今、万に一つもザフトに逆転することはできない。

 

 ──何がコーディネイター、何が新たなる世界の導き手。

 

 結局ヤツらは、今まで散々見下して来たナチュラルに敗れて終わるのだろう、最愛の郷土を失った果てに。

 それまでの間──と、フレイは〝ゲイツ〟や〝ジン〟が攻防を繰り広げている宙域に目を向けた。あいつらを倒して、時間を潰すとしよう。〝レムレース〟の紅眼が嗤うように煌めき、黒き災厄の亡霊は、そうして戦場を移ろい始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなフレイの予想には忠実に、核攻撃隊は着々と〝プラント〟への距離を縮めつつあった。

 一方でその後方、激しい戦闘が繰り広げられる渦中では──

 

「くそォッ、こいつらァァ!」

 

 イザークが慌てて機体を返し、急ぎ〝メビウス〟に追い縋ろうとしていた。

 だが、その前に〝レイダー〟が立ち塞がり、ことごとく行く手を塞いで来る。背後から鉄球を投げつけられ、イザークは機体を旋回させることでこれを回避。同時に胃がねじくれるようなGが体に負荷をかけ、血流が頭から足に流れ込んだ。

 そうして反転した状態から、憎々しげに〝アサルトシュラウド〟のミサイルを放ったが、敵は鉄球を振り回し、それによって浮かんだ『面』をシールド代わりに砲火を防いだ。

 

「いい加減にッ……!」

 

 ──気に喰わない。何もかもがイザークの気に喰わない。

 散々なまでにイザークに突っかかって来る黒の〝G〟──〝レイダー〟であるが、どうやらそいつ自身は、はじめから自分の『足止め』などを行う予定ではなかったらしい。あわよくばさっさと〝デュエル〟を撃墜し、次々と獲物を──『点数(ホシ)』を稼ぎに行く予定だったのだろう。

 なのに目の前の〝デュエル〟が抵抗を続けるものだから、そいつの挙動は次第に乱暴になっていった。攻撃のひとつひとつに含まれていた鋭さが失われ、ほとんど力押しのように、性能差に物を云わせて突っ込んでくるようになった。おそらくパイロットがじりじりと苛立ち、癇癪でも起こしているのだ。

 ──なんと愚直で、幼稚なヤツだ!

 そのような相手に、今なお自分が侮られていることが気に喰わない。そして何より気に喰わないのは、そんな相手をいつまで経っても返り討ちに出来ない自分──あろうことか、振り切ることさえも出来ない自分だ。

 

〈──核が……ッ!?〉

 

 そうしてイザークが手間取っていると、そのとき通信先のディアッカが、悲鳴にも似た叫びを挙げていた。

 ハッとして顔を上げれば、先頭を切る〝メビウス〟が、ついに核ミサイルを発射していた。それまで大事に抱えていた爆弾を、理路整然と並ぶ〝プラント〟に向けて解き放ったのである。

 

「ああッ……!?」

 

 その瞬間のイザークは、我を忘れた。

 そこから自分がどう動いたのかも憶えていない──だが、ひたすらミサイルを止めなければ! その一念で動いていたことは確かだった。

 気が付いたときには、あれだけ苦難していたはずの〝レイダー〟を振り切り、背後からの威圧感(ビハインド・プレッシャー)から解き放たれた彼は、前方のミサイルにのみ集中していた。

 

「──あのミサイルを落とせ! 〝プラント〟をやらせるなァァッ!」

 

 胃が潰れるほどのGが体にのし掛かるのも構わず、スピードを上げ、ビームライフルをの射程距離まで辿り着こうとする。だが、あまりにも遠すぎる。

 既に同一方向に加速しているミサイルには、とても追いつけるはずもなく──

 

「ボクらの、勝ちだ……ッ」

 

 ムルタ・アズラエルが、勝利の福音に笑った。

 そしてその音は、〝プラント〟へ絶望をもらたす無慈悲なる死の神の跫音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが次の瞬間、絶望を祓う者達が、戦場に駆け付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは彗星の如く、遥か彼方より去来する〝蒼〟と〝晧〟の輝き──

 天使の羽にも思える白銀の追加兵装を背に、流星の名を冠す〝ミーティア〟を力を得た第三勢力の戦士達。それらは圧倒的な速度で、背後から〝デュエル〟すらも追い越して〝プラント〟へ──瞬く間に核ミサイルへの距離を縮めていく。

 イザークはその内の一機を見遣り、失調したように叫んだ。

 

「〝クレイドル〟だと──!? まさか!」

 

 そこから先が、言葉として吐き出されることはなかった。

 現れたのは、自由の翼──

 そして、世界の揺籃を見守るべくして生み出された、白銀の護り神。

 

「あれは……ッ!」

 

 現れた同族──いや怨敵に反応するかのように〝レムレース〟の紅眼が輝き、フレイもまた、見憶えのある二機の来訪を認めた。

 そうして戦場に駆け付けた二機のモビルスーツ──〝クレイドル〟と〝フリーダム〟から、次の瞬間、多数のビームと無数のミサイルが放たれた。

 放たれた無数の光条は、それ自体が豪雨のように、核ミサイルに襲い掛かる。

 

 一斉に解き放たれた光条と噴弾が、至るところの核ミサイルを、次々と叩き落とす。

 

 直撃を受けた核ミサイルは、鮮烈な閃光と共に怒濤の大爆発を引き起こし、周囲のミサイルに誘爆し、爆光の輪を広げていく。常闇の海に咲き誇る光の華は、連鎖的に繋がり合って、それ自体が核弾頭を撃ち落とす〝光の壁〟へ実態を変えた。

 唖然とする声も、疑心する声も、激震の余波に遮られて聞こえない。

 モニターを白く灼き尽くした光がひとまず収まったとき、〝プラント〟は傷ひとつ付かずに現存していた。突然に現われた二機が、イザークの故郷を護ってくれたのだ。途方もない安堵の念が彼の中に湧き立ち始め、立場すら忘れ、自分の故郷を救ってくれた者達に感謝の念すら抱いた。

 ──護って、くれたのか……!?

 戸惑いながらも安堵していると、通信回線に新たなる声が聞こえた。

 

〈地球軍は、ただちに攻撃を中止してください!〉

 

 それは涼やかな声──ラクス・クラインの声だった。

 イザークが茫洋として振り返るとと、そこには〝エターナル〟と、それに随伴する〝アークエンジェル〟の艦影があった。さらにもう一隻──名前は知らないがおそらくオーブ艦だろう──の艦影もあって、合計で三隻の戦艦が、この戦場に参入していた。

 ──あれらが、聞きしに勝る三隻同盟だというのか。

 

〈──あなたがたは何を撃とうとしているのか、本当にお分かりですか!?〉

 

 どこまでも澄み渡る、歌姫の声が、戦場に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

「何なんデス、コレは?」

 

 アズラエルは呆然として、首を傾げながらそう溢した。

 突如としてやってきた得体の知れない二機のモビルスーツ。それらに大切な財産である核ミサイルを全て叩き落された。目の前で自軍の兵器を壊滅されられたことに怒りがないと云えば噓であり、しかしながら、このときは怒気よりも呆気の方が勝ったらしい。

 質問の先にはナタルの姿があって、しかし、解答を求められたナタルもまた、事態を把握することができていないようだった。

 

「〝アークエンジェル〟……!」

 

 ただ、かつての母艦の中にいるであろう女性。マリュー・ラミアスのことを思い起こし、すこしだけ胸が熱くなったのは事実だった。

 ──ああ。やはり、彼女達は来た。

 あるいはナタルには、彼らがここに駆け付けることが分かっていたのかも知れない。こんなことは許されない、許してはならないのだと、彼女なら、きっとそう叫ぶはずだから。

 

〈もう一度云います。地球軍は、直ちに攻撃を停止してください!〉

 

 だが実際のところ、ナタルは一介の将校に過ぎないのだ。彼女は所詮、上からの命令に唯々諾々と従うだけの駒。指揮権もなければ拒否権もなく、彼女は結局、脇下に構えるアズラエルからの指令を待つ他になかった。

 

「あー。もう、ダメダメです」

 

 アズラエルは、呼び掛けの主の少女──彼に云わせれば小娘か──であると認めた途端、一気に取り合う気を失くしていた。

 戦場で持論を押し付けたいならば、それなりの『顔』を用意すべきだろう。

 たしかに〝プラント〟において、ラクス・クラインの名を知らぬ者はいないだろう。だが、それは地球における知名度とは決して等号で結ばれない。実際アズラエルは彼女の存在を知らず、そうである以上、一介の少女風情の言葉を彼がまともに取り合う筈がないのである。

 

「思春期の連中の考えることなんて、イチイチ相手にしてられませんヨ。もう結構ですから、攻撃を再開してください」

 

 ナタルは首をもたげ、嘆息ついた。

 

「残った核兵器、まだいくらかあるでしョ? なんであれ、邪魔をするならあの船団も敵だ……消えてもらいましょう、〝プラント〟と共にね」

 

 

 

 

 

 

 

「なに? ラクス・クラインが?」

 

 要塞の管制室に詰めていたパトリック・ザラと、その補佐官であるレイ・ユウキの許にも、戦況はもたらされていた。地球軍の核ミサイルを迎撃し、〝プラント〟を救った者達が、反逆者であるクラインを筆頭とした一派であることも──。

 

「ラクスさま……!」

 

 レイ・ユウキは、その報告に胸を熱くした。

 やはり彼女は、〝プラント〟を裏切ったわけではなかったのだ。本気で裏切るつもりなら、どうして命を賭けて戦場にやって来るだろう? どうして〝プラント〟を護り抜いただろう?

 だがパトリックは、その報告を鼻で笑い飛ばした。

 

「フンッ、小賢しいことを」

 

 英雄でも気取るつもりか? ──パトリックはこれを、クライン派の自作自演の茶番劇だと推察したのである。

 わざわざ〝プラント〟の危機を造り出し、絶体絶命のところに駆けつけて、みずからが国を救う?

 

「如何にも子供が考えそうな脚本ではないか。見え透いた演出だな、ラクス・クライン」

 

 そうして、みなが騙されたように国を救った救世主を感謝し、賛美し、いい具合に英雄を気取った後は、シーゲルの代わりに政界にでも進出しようというのか?

 ──そうはさせるか、小娘め……!

 傲岸に鼻白むパトリックであるが、背後からレイの諌言が聞こえた。

 

「お言葉ですが……。彼女達がいなければ、今頃は──」

 

 ──〝プラント〟は、宇宙の塵になっていたのでは? 

 次の瞬間、パトリックの目つきが変わった。

 が、パトリックより後方に控えるレイは、その一瞬の……それでいて、急激な温度の変化に気付かない。

 

「我々の部隊で応撃できなかったことを、彼等は代わりにやってくれたのではありませんか……!」

 

 レイはこのとき、かなり率直に具申していた。するとパトリックは座席から立ち上がり、物言いたげな表情のままレイの許まで歩いてゆくと、拳を握って彼の頬を殴り飛ばしていた。そのときぶん殴られたレイが地に吹っ飛ぶにも構わず、パトリックは激しい怒気を露に云った。

 

「見損なうな! ──あのような小娘の『演出』などなくとも、我々だけで〝プラント〟は護り切れた!」

 

 その証拠に──と、パトリックは再び前方のモニターに目を向ける。そこには一隻のナスカ級が映されていて、それも、見慣れない新装備を装着していた。艦首前方には、細長いブレード状の電磁波放射装置を連ねた長大な突起──たとえば、ヘリのローターを幾重にも連ねたような形状の装備を付けている。

 そう──〝アレ〟こそが対抗策だ。

 地球軍が核攻撃を行ってくると事前に分かっていたからこそ、開発した新兵器──地球圏では滅多に採取できず、したがって稀少価値の高いレアメタルを、惜しむことなく投資することで造り上げた。

 

(何のために、火星圏との連携を強めたと思っているのだ……!)

 

 パトリックは、胸の内でそう云った。

 そして、傍らのオペレータに確認を促す。

 

「──X09A(ジャスティス)X11A(リジェネレイト)は?」

「議長閣下の御命令に従い、すでに戦線から離脱しています」

「上出来だな──。では、始めるぞ」

 

 パトリックは、指示を飛ばした。 

 

「〝ニュートロンスタンピーダー〟、発射!」

 

 忌々しき、核攻撃隊──そして、裏切り者の〝クレイドル〟──

 すべてをまとめて、葬り去ってやろうではないか────!

 

 

 

 

 

 

 

 停戦の呼びかけも虚しく、地球連合軍による核攻撃は再開された。

 〝ミーティア〟の大火力砲撃により、その全てが叩き落されたと思われた核ミサイルであったが、中には〝ペルグランデ〟がカバーに回ったためか、いくらか撃ち漏らしが残っていたようだ。ミサイルを抱えた残存の〝メビウス〟は問答無用で核攻撃を再開──ふたたび〝プラント〟に向けて猛進を始めた。

 核攻撃の第二波が、始まった。

 

「くそっ! まだ続けるっていうのか!」

 

 キラは歯噛みしながら機体を前進させ、もう一度〝メビウス〟の後を追う。

 と、これを取り巻く〝ペルグランデ〟がさせじと迎撃に飛び来たり、キラのフォローに回る形で〝クレイドル〟もまた、敵軍との交戦状態に突入する。

 

「……?」

 

 そのときだった。

 ステラは近傍のプラント最終防衛ライン(ファイナルディフェンサー)に、不自然に孤立している一隻のナスカ級を認めた。

 そのナスカ級は、見慣れない──いや、ステラにとって何処かで見憶えのあるような(・・・・・・・・・・・・・)──砲塔を艦首に装備していた。張り出した幾つもの突起、レーダーアンテナのような形状をした、白く巨大な砲塔。

 

「────」

 

 それを見たステラの表情が凍った。

 その砲塔が『何の照射装置であるのか(・・・・・・・・・・・)』──咄嗟に思い出してしまったがために。

 

「だっ、ダメだ! キラ下がって──ッ!!」

 

 砲塔の名は〝ニュートロンスタンピーダー〟──

 以前、ステラが帰属していた地球連合が〝プラント〟への核攻撃に乗り出した際、進撃中だった当時の核攻撃隊(クルセイダーズ)を一網打尽にした独自のカウンター兵器。

 だが、そんな情報を知るはずもないキラは、突然ステラが怒鳴った声に当惑した。

 

〈え……ッ!?〉

「急いで──!!」

 

 云うが早いか、既に〝クレイドル〟は転進して後退を始めていた。ステラにしては尋常でない剣幕に、流石のキラも並々ならぬ危機感を憶えて慌てて機体を翻す。

 その一方で、標的の逃げた〝ペルグランデ〟部隊は再び〝メビウス〟の護衛へと戻ってゆく。

 

〈ステラ!? いったい、何が──〉

 

 キラの問いかけは、最後まで紡がれなかった。

 次の瞬間、件のナスカ級から白い光が迸ったのだ。照射と同時に光に呑まれた核ミサイルと〝ペルグランデ〟が内部から爆光を放って四散する。

 その爆光の熱量、質量ともに──間違いなく、核爆発のそれである。

 やがて照射された光は、おのずと延長線上にある戦闘宙域を飲み込んだ。地球軍の〝ダガー〟を──ひいては友軍であるはずの〝ジン〟や〝ゲイツ〟さえ光の奔流はひと呑みにし、しかし、それらの機体は奔流に呑まれてもなお、通常どおりに動作を続けていた。地球軍機については明らかに身構えている者が多かったにも関わらず、何ひとつ光の影響を受けなかったのだ。

 

「まさか、核だけを狙った新兵器か──!?」

 

 明らかな異変を目の当たりにしたナタルが、ふと口にする。彼女は判断するまでもなく血相を変えて叫んでいた。

 

「アルスター、逃げろ──ッ!」

 

 当の射線上にあって、誰より真っ先に回避行動を取るべきだったフレイは、しかし対応が遅れていた。

 

(こういうこと、だったの……!?)

 

 あの光の奔流は、どういう作用か核だけを暴発させる効果を持つ。密かに〝ジャスティス〟が撤退した意図は、この一撃から免れるため──? 核動力炉を搭載したファーストステージシリーズでは、〝ペルグランデ〟のように餌食となってしまうから?

 

 ──間に合わない!

 

 光に呑まれる! フレイがそう危惧した、次の瞬間だった。

 背後から突き飛ばされるような衝撃に襲われ、〝レムレース〟は何者かに光の射程圏外まで運び出されていた。背後を振り向けば、それはモビルアーマーに変形した〝レイダー〟だった。鉤爪の部分で〝レムレース〟をひっ捕らえ、そのまま全速力で射線上から退避したのだろう。バッテリー駆動の〝レイダー〟であれば、光の中でも自由に行動ができる。

 

「間一髪……! よくやった、ブエル少尉──」

〈うるっせー。あんたの指示じゃなきゃやってねー〉

 

 ナタルは、安堵のため息を漏らした。

 

(だが、〝ペルグランデ〟が……!)

 

 エルビス作戦の旗頭として、地球軍が満を持して投入した虎の子のモビルアーマー。それは合計で五機もの数が開発されたが、たった先程のナスカ級の一撃で、その内の四機が失われた。

 不幸中の幸いは、作戦当初より〝レムレース〟の直掩を任されていた一機だけが、ナスカ級から距離があったために、退避行動が間に合ったことだろうか。

 

(新兵器が、こうも次々と……っ)

 

 ナタルはこの戦闘の激しさを、この戦争の行く末を、ひたすら不吉に思い偲んだ。

 決戦はまだ、始まったばかりだというのに──

 

 

 

 

 

 

 同じころ〝ヤキン〟の管制室では、パトリックが満足げに一連の光景を目の当たりにしていた。

 だが、その後方にある議員や将校らの表情は、彼とは対照に困惑の中にある。エザリア・ジュールが、事態を図りかねたようにパトリックに尋ねる。

 

「か、閣下……! あの兵器は……?」

「ニュートロン・スタンピーダー。すべての核を、強制的に起爆させる装置だ」

 

 パトリックは、全てを明かした。

 核分裂とは、そもそも核物質内部にある中性子が高速運動することによって巻き起こる。スタンピーダーはこの運動を意図的に暴走させ、制御不能に陥れることで、外部から強制的に核爆弾の暴発を促すことが可能となるのだ。

 その影響を受けるのは核の弾頭だろうが核の動力だろうが関係なく、原則として、核が積まれたものであれば、このスタンピーダーの一射の影響を免れることは不可能だ。

 だからこそ、パトリックは前もってZGMF-X09A(ジャスティス)ZGMF-X11A(リジェネレイト)を戦線から撤退させた。口元に笑みを浮かべるパトリックの耳に、オペレーターの殊勝な報告が入って来る。

 

「核ミサイルの全基撃破を確認しました。それと……」

「なんだ?」

「思わぬ報告なのですが、スタンピーダーの射線上にあった地球軍の大型モビルアーマーが計四機、先の一撃により爆散した模様です」

「スタンピーダーは量子フレネルを蒸発させ、ブレーカーが作動。現在、システムは機能を停止しています」

 

 パトリックは鼻をならし、声を発する。

 

「まあいい。……敵勢力に渡ったZGMF-X08A(クレイドル)ZGMF-X10A(フリーダム)、ならびにZGMF-X12A(テスタメント)は?」

「強烈なノイズのため、特定不能です」

「ことの次いでだ、全軍に退避命令を出せ」

 

 皮肉な笑みを浮かべ、続ける。

 

「次は〝ジェネシス〟の発射準備に入る。全艦射線上から退避、部隊を下がらせろ」

〈了解。〝ジェネシス〟は、これより発射シークエンスに突入します〉

〈照準用ミラー展開、起動電圧確保、〝ミラージュコロイド〟解除〉

 

 次の瞬間、それ自体がひとつの要塞のような、巨大な建造物が宇宙空間に浮かび上がった。

 それは人の生き死にを指針する──運命の〝羅針盤〟のようにも思えた。フェイズシフトが展開され、青と銀に彩られたそれは〝ジェネシス〟──創世の名を冠す、第二の光の発心装置。

 

「思い知るがいい、ナチュラルども」

 

 ザフト全軍の撤退を確認したのち、パトリックは厳かに叫ぶ。

 

「この一撃が、我らコーディネイターの創世の光とならんことを!」

 

 祈りを乗せて放たれる〝それ〟は、果たして希望の光なのか。

 そこに希望は存在するのか。

 

「────発射!」

 

 次の瞬間、創世の光が撃ち放たれる。

 そう。戦いはまだ、始まったばかりだ。

 

 


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