~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『プライマリー・ウェーブ』C

 

 

 戦いは素手で行うものではない。武器を持ち、遥か古来は鈍器や刃物を掲げて行われた。その後、投石器や火縄銃、鉄砲等が次々に編み出され、距離を置いた戦法が時代に倣って主流となっていく。やがて科学が発達し、弾道ミサイルが開発されるようになると、次第に人間同士の戦争は──相手に接触する機会すら持たない(・・・・・・・・・・・・・・・)──遠隔的な衝突へとその陣容を変えていった。

 

 西暦の終わりには、まるでテレビゲームの感覚で、モニター越しに『敵』を制する時代が到来していた。

 

 もっとも、再構築戦争以後のコズミック・イラでは、〝プラント〟が開発したNジャマーの影響によって、ミサイル等の誘導兵器の一切が用を果たさなくなり、大半の遠隔兵器が使用不可となった。これにより地球と〝プラント〟間で巻き起こる戦争は、主に機動兵器を用いた武力衝突に推移することになる。そこで久しく戦争は、ふたたび人と人とが衝突する有様に戻ることになった。

 

 ──この意味で、Nジャマーは曲がりなりにも戦争を会戦形式に引き戻し、半ば一方的な大量虐殺の時代を終わらせた封印物としての一面を持つ。

 

 だがそれも、束の間の回帰に過ぎなかったらしい。Nジャマーを無効化するNジャマー・キャンセラーが解禁された今、再び遠隔兵器を用いた大量殺戮の様相に逆回帰してしまうのは、ある意味で避けようのないことだったのかも知れない。

 より良いものを望むのは、逃れようのない人の性。であるなら、より強力な兵器も求めることも、また自明。地球連合軍が此度、核ミサイルの使用に躊躇しなかったことが、何よりの証左である。

 

 ──だったらザフトも、核ミサイルを撃ち返すのだろうか?

 

 このときステラの抱いた予想は、結論から云うと外れていた。さりとて核に匹敵するもの──核の恩恵を得たもの(・・・・・・・・・)を実戦投入した段階で、それは中らずとも遠からずな予測と云えたのかも知れない。

 そして、次の瞬間──

 ステラはみずからの父、パトリック・ザラの凶暴にして強大な悪意を、唐突に目の当たりにすることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 〝ヤキン・ドゥーエ〟後方より、突如として顕現した〝ジェネシス〟──

 それ自体がひとつの要塞然として現れた得体の知れない巨大構造物に、ステラ達は目を張った。

 

〈なんだ、あれ!?〉

 

 傍らの〝フリーダム〟から疑念の声が響くのと、それはほぼ同時だった。筒状になった〝ジェネシス〟のミラー基底部が、音を立てて発振し始めた。

 

〈──下がれ〝クレイドル〟! 〝ジェネシス〟が撃たれる!〉

 

 どういうつもりか。イザークが声を荒げるのも、ステラはしっかりと聞いていた。

 次の瞬間〝ジェネシス〟のカートリッジ内部で、巨大な光が輝いた。発された閃光? いや爆光は装置前面に備えられた円錐型の一次反射ミラーを通して、収斂されて一本の筋になる。やがて光が臨界まで達すると、耳を劈くような表現しがたい照射音と共に、長大なレーザーが〝ジェネシス〟から照射された。

 それは宇宙空間を凪ぐように切り裂き、真っ直ぐに地球軍艦隊が行軍する宙域へ伸びていく──

 

「なっ──」

 

 野太い? 重い? そのような表現では云い尽くせないほどの〝圧〟がそこにある。熱量と質量が渦巻き、射線上にあった地球軍艦艇は次の瞬間、わずかな光渦に晒されただけで捩じくれ、破裂し、一斉に砕け散っていく。

 このとき艦隊が焼き払われてゆくのに気付いて、かろうじて反応した者もいた。たとえばそれは、艦隊後方に位置するドレイク級の艦長──とある地球軍将官だった。

 

「かわせ──」

 

 もっとも、そんな指示が何になったというのだろう? どれだけ素早く反応しようと、対応が取れるわけではない。光速のレーザーを正面に捉えたときは、自分の肉体が消し飛んでいるときだ。

 地球軍艦隊はその破壊的なレーザー光線によってひと飲みにされ、将官の意識も光芒の中に消える。あまりにも一瞬、彼等は最後まで自分の死に気付くこともできなかった。

 

「機関全速、回避ーっ!」

 

 白と黒〝アークエンジェル〟と〝ドミニオン〟──マリューとナタルの怒号が重なり合った。ふたりの声が響いたのは、ふたりがレーザーの射線から外れたところにいたからだ。

 強烈な閃光が地球軍艦隊の戦列を貫き、しかし、彼女達は〝それ〟をまともに直視することも確認することもしなかったのは、艦長としての責任感と、人としての恐怖感のために真っ先に操舵士へと号を飛ばしていたからだ。

 それでも、CIC席に座っているミリアリアは違った。艦の操舵には関連していない彼女は、みずからの真横を蛇のように貫いたレーザーの光を愕然として目の当たりにしていた。

 艦隊が呑み込まれていると云うのに、爆発は起きていない。あまりにも高熱、高濃度のエネルギー輻射が、爆発を起こす前に対象を消し滅ぼしているのだ。もっとも、この状況でそこまで冷静な理解ができるほど、彼女の神経は図太くはなかったが。

 スタンピーダーの一射から退避していた〝クレイドル〟の中、ステラは愕然としている。

 

「あ……ああ……っ!」

 

 戦艦が。

 モビルスーツが。

 消えていく。

 次々と!

 

「ひ、ひと……が、とっ、溶けていく───」

 

 ステラには、分かった。その感覚について、正確な言及は避ける。

 だが強いて云うなら、それらは彼女の中の共感力が人並み外れた結果だった。

 

「……っ!」

 

 そもそも宇宙空間では、レーザーの光条など視えるものではない。人間の目は、そこまで発達した造りになっていない。どんなに微細なものであれ、確かにそこに存在する〝物体〟に光が跳ね返ることで、人間は初めて「そこに何かがある」ことを知覚できる。

 だから科学的に正確なことを云おうとすると、レーザーの筋が輝いて見えたのは、その宙域が如何に汚れている(・・・・・)かの証明だ。宇宙を切り裂いた〝ジェネシス〟のレーザーは、爆発ひとつ起こさない代わりに、無数の人間達を宇宙の塵に変えていたのである。

 

 ──あの光は、『死』の象徴……!

 

 爆発は起こらない。ゆえに決して派手ではない。が、それよりも遥かに豪快で、残酷な光。

 ──アアァァァァァァッ!

 一拍置いて、死に逝った人々の雄叫びのような、耳を劈く断末魔がステラの中に流れ込んで来る。

 

「…………!?」

 

 いや、それは表現としては適切ではない。実際のところ、ステラは無数の悲鳴の幻聴を聴いているに過ぎず、それらの断末魔は、現実として響いているものではない。

 それでも、大勢の人間が破滅してゆくその光景は、彼女の中の最悪の記憶とよく似ていた(・・・・・・)。誰よりも『死』という言葉に鋭敏な少女の生理は、一瞬にして散って行った者達の無念と憎悪を、被害妄想のように自分の中に受信してしまった。

 

「うっ……っ……!」

 

 途端に猛烈な気持ち悪さに襲われ、嘔吐感すら込み上げて来る。

 ステラはこの光を照射した者。パトリック・ザラの強烈な悪意を思い知る。もっとも近く……もっとも遠い存在。あれは父の中に蜷局巻いた、黒き憎しみの(ヒカリ)──

 

 

 

 

 

 照射力の減衰により〝ジェネシス〟の光が鎮まった頃、地球軍は艦隊の半数以上を喪失していた。

 慄然とする暇もない。辛うじて生き残った随伴艦から、ナタルの許に絶望と憔悴に塗れた通信が寄せられて来たのは、それから程なくしてからだ。

 

〈バジルール中佐、これは……っ〉

〈我々は、どうすればいいのだ……〉

 

 悄然として──しかし出来るだけ動揺を面に出さないように務めながら──ナタルは状況把握に務めた。

 見たところ、現状の地球軍艦隊は、元あった頭数の半分にも満たない壊滅状態にある。そして聞いたところによると、旗艦、およびそれに準ずる艦も一様に先の光芒に巻き込まれたらしい。帰るべき母艦を見失った兵の数は計り知れず、すでに帰投先のシグナルを確認できなくなった者達が混乱し始めている。

 ナタルは絶望したい気持ちを抑え、出来るだけ毅然として云い放つ。

 

「モビルスーツ隊には浮足立つなと伝えろ! 残存艦の把握急げ! 各科員は真摯に己の役割を果たせ!」

 

 その鋭い声に、にわか仕立ての〝ドミニオン〟クルーも勇気と鋭気を総動員して持ち場に戻る。だが、殊に通信管制官だけは、八方塞がりと云わんばかりの悲壮な表情を浮かべていた。

 

「旗艦〝ワシントン〟はどうなっているか!?」

 

 そこに早速、ナタルから催促が求められたのは、ひとえに不運としか言いようがないわけで。

 

「はっ! ……いっいえ、電磁波の乱れの影響か、宙域全体に強烈なノイズが発生していて! 確認が取れません!」

「環境のせいにするな!」

「……。んな無茶な!」

 

 泣きごとを云って楽になりたいのは、きっとナタルだって同じだった。

 

「信号弾撃て! 残存の部隊は現宙域を離脱する! このような混乱を続けていては、地球軍(われわれ)は敗北する──」

 

 いくら数で勝っていようとも、戦いはそう簡単ではない。

 ナタルのそれは予感ではない、ほとんどが確信だった。

 

「──〝レムレース〟を呼び戻せ!」

 

 

 

 

 

 

「流石ですな、ザラ議長閣下」

 

 称賛の言葉を口にしたのは、ラウ・ル・クルーゼである。彼はこのとき〝ヤキン・ドゥーエ〟管制室、パトリック・ザラの後方に控え、慇懃とも云える口調で続けた。

 

「〝ジェネシス〟の威力、これほどのものとは……」

 

 パトリックは憮然としてラウの方を振り返る。

 言葉だけ聞けば感嘆している風に聞こえた──ような気がしたが、振り返ってみれば、さして感動した様子もない平常時の表情。代わり映えのない仮面だけがそこにあった。

 

「──いやはや、素晴らしい(・・・・・)

 

 しかし、それは要するに伝わらなかっただけだろう。実際にラウは〝ジェネシス〟の威力に感動していたし、心にもない嘘を云ってもいないのだから。

 

「戦争は、勝って終わらねば意味がなかろう。〝ジェネシス〟はそのための力だ」

 

 鼻白むパトリックは、この〝ジェネシス〟の軍事転用を命じた張本人でもある。

 本来、このレーザー砲は宇宙開拓のためのライトクラフトを搭載した施設だった。砲塔は宇宙船加速用の推進レーザーを照射するためのマズルに過ぎず、それがほんの少しの改良を加えるだけで、こうしてナチュラルを討ち滅ぼす強力な兵器になってくれるとは……?

 誇らしげにシートを腰を掛け直したパトリックの背姿を見送りながら、ラウはひっそりと嗤った。

 

(人類が夢見た施設、死の兵器に造り変えて満悦か)

 

 まったくもって、人類はどこまで行けば気が済むのだろう? と、ラウは他人行儀に考える。

 このときの彼には、彼自身が人類の一員としての自覚や、それに伴う正義感や使命感などが欠片も存在していなかった。そしてそれは単純に「目の前の男と同類と思われたくない」などという安っぽい自尊心や嫌悪感が、そうさせているわけではなかった。

 生まれつき監禁まがいの生活を強いられ、人目に付かぬ闇の中で飼い殺しにされ、人並みの幸福すら与えられていなかったラウには「自分が人類社会の一員である」と感じる心が、そもそも存在していなかった。

 とはいえ、それでも人の身体を持って生まれた自覚程度は残っていたようで、このとき目の前のパトリックに呆れる(・・・)程度の感情は抱けていたようである。

 

「…………」

 

 ラウがそうして微妙な冷笑を浮かべていると、傍らにいるレイ・ユウキがこちらを覗き込んでいるような表情をしていたので、ようやく気が付いたラウは、慌てて口元を引き締めた。

 見られただろうか? 我ながら、今のはらしくない(・・・・・)ミスではないか──と、小さく後悔する。

 しかし改めて考えれば、さしたる問題ではないだろう。いや、問題にならない──と云った方が正しいか。なんせユウキは、先ほどパトリックの逆鱗に触れたばかりだ。こうして管制室に居残っているのが不思議なくらいの人間が何を云ったところで、あの頑固者の耳には届かないだろう。かすかに優越感を漂わせながら一息つくと、時を同じくしてオペレーターが声を発した。

 

「地球軍、撤退を開始しました」

 

 先の〝ジェネシス〟の一射で、指揮系統が完全に麻痺したか──?

 ラウがこのように確信するまで、二秒と掛からない。パトリックは目の色を変えて、立ち上がる。

 

「逃してはならん。既に防衛戦は終わった、ここから先は掃討戦だ──この機に乗じて、ヤツらを叩き潰すのだ!」

 

 その一言に、案の定──と云っては何だが──ユウキは苦い顔になる。そもそも「掃討戦」という言葉自体に、ユウキとしては好感が抱けないのである。

 ことに〝ジェネシス〟の威力を見せつけられ、地球軍は戦力の大半を喪って、完全に動揺──ないし戦意を喪失しているに違いない。というより、だからこその撤退なのではないのか? にも関わらず、そのような者達を追って討つという行為が、卑怯であると同時に、ひどく残虐なものであるように感じてしまうのだ。

 

(だが、わたしは……)

 

 ちらり、とパトリックの背姿を見遣る。

 だが、ユウキはすっかり指導者への恐怖に委縮して、具申することも、何も出来ずにいた。腹の内を明かすなら、自分の隣に立っている仮面男の、底知れぬ胡散臭さも通報してやりたいところではあるが。

 

(フ…………)

 

 結局は何も云えないユウキの無力な姿を見て、ラウが小動物でも見下すような残忍な表情を浮かべたが、気付いた者はひとりもいなかった。

 そして、パトリックはやや皮肉げな表情を浮かべた後、直近のオペレーターに命じた。

 

「全軍に通信回線を繋げ──無線PTDX9000A(コード)だ」

 

 オペレータは、動揺した。

 

「は? それは二ヶ月前に廃止された軍用回線ですが?」

「構わん、繋げ」

 

 ──何をする気だ?

 おおよそレイ・ユウキには、理解が及ばなかった。

 

 

 

 

 

 

〈──我らが勇敢なるザフト兵の諸君〉

 

 L5全域に、ステラにとって聞いて久しい男の声が響く。それはザフトの識別番号を持つ機種に向け、一斉に発信された〝ヤキン・ドゥーエ〟からの軍事通信だ。

 ……だからだろうか? このとき〝フリーダム〟や〝クレイドル〟は、その通信をさも当然であるかのように傍受していた。キラは思いがけずに唖然とする。

 

「ザフトの通信が、僕達にまで聞こえている」

 

 元より軍用回線などは、機密保持のために一定の周期で更新されるべきとする規定が設けられる。それも最重要機密等が何らかの形で外部に漏洩した場合には、即座に変更されて然るべきであり、そうであるなら〝フリーダム〟や〝クレイドル〟を奪取されたザフトは、その時点をもって、あらゆる軍内部のパスワードや通信コードを変更していなければ不自然なのだ。

 にも関わらず、現実に〝フリーダム〟──キラはパトリックからの声明を受け取ってしまっていた。これはザフトの共有回線が〝以前とまったく同じ周波で使われている〟ということの証明だ。あろうことか敵性勢力に向けて通信を垂れ流すなど、迂闊などという言葉で片付く問題ではない。

 

〈──傲慢なるナチュラル共の暴挙を、これ以上許してはならない!〉

 

 なおも平然と紡がれるパトリックの声明を耳にしながら、ステラはそこで妙な違和感を憶え、そして次の瞬間には違和感の正体に気付いていた。

 

(違う、これは)

 

 口内に判読し、彼女は、その先を口にする。

 

「聞こえるんじゃない、聞かせてるんだ」

 

 先の〝ジェネシス〟の一射、アレがこれから発射されることを、どうにもイザークは事前に掴んでいた風だった。彼がそれをわざわざステラに教えてくれたのはどういうつもりか分からない点ではあるのだが、ここで重要なのは発射予告を彼が知って、対してステラは知らなかったということ。

 云うまでもなく、イザークのGAT-X102(デュエル)は地球連合が開発したもので、ザフトのものではない。むしろザフトが開発したのはステラのZGMF-X08A(クレイドル)の方であり、それでも彼女に連絡が来なかったということは、やはりザフトは現在の軍用回線を改めているはずなのだ。

 だとすれば──いま使われている回線、ステラ達も利用できてしまう回線とは、それが更新されるより以前のもの。まだ〝フリーダム〟と〝クレイドル〟が、ザフトから持ち出される前のものということ。

 

「挑発してる、ってこと? でも、誰を──」

「…………」

「──まさか」

 

 キラは、絶句していた。

 それは、父親のすることではない、と思ったからだ。

 

〈──〝プラント〟に向けて放たれた核! これはもはや、戦争ではない!〉

 

 ステラの予想は、おそらく間違っていない。

 パトリックが声高に叫ぶ、この放送が〝クレイドル〟と〝フリーダム〟──いや、それだけでなく〝レムレース〟にさえ──うっかり聞かれることを前提としたメッセージであったなら──

 ──それは同時に、彼が齎す『宣戦布告』になる。

 

〈──虐殺だ!!〉

 

 〝プラント〟は決して地球上のナチュラルを許さない──

 三隻同盟とは決して歩み寄らない──

 それはパトリックの意志を、直接的に訴えた演説でもあったのだ。

 

「ふざけんな……ッ!」

 

 果然として、その通信を聴き受けていたフレイが、その柔らかな唇を噛んだ。

 ──それを云うなら、オマエ達がやったことは何なのよ!

 唇からは、出血した。

 

「あの男は……ッ」

 

 パトリックは試している(・・・・・)。現実に行われた〝スタンピーダー〟と〝ジェネシス〟の二連射──これらの猛威から〝クレイドル〟が生き延びている可能性は、極めて低い。

 それでも、ご丁寧に〝クレイドル〟に聞こえる旧回線で声明を発したのは、生きているステラを挑発するためか。

 

〈──そのような行為を平然と行うナチュラルどもを、世界に混乱を貶めるテロリスト共を! 我らは決して許すことは出来ない! この世の誰にも、我らコーディネイターの歩みを妨げる資格などないのだ!!〉

 

 誰にも、止められはしない。

 誰にも、邪魔はさせない。

 

〈勇敢なるザフト兵の諸君、反撃を開始せよ! 逃げ惑うナチュラルどもを叩き潰し、戦場に混乱を巻き起こす〝エターナル〟を撃墜するのだ!〉

 

 その言葉は、野心と自信に満ちていた。

 ──貴様もまた抵抗するならすればいい! この私を止められるものならな……!

 ステラには、暴走する父の言葉がそのように聞こえて、仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 ザフト軍モビルスーツ部隊が、猛反撃を開始した。パトリック・ザラの煽情的で攻撃的な声明は、義勇兵達の心を昂揚させていた。生物が内に秘める狂暴性が目覚めたように、やがてザフト兵は、戦意を喪い撤退している〝ダガー〟や〝メビウス〟に襲い掛かる。

 そこに、躊躇いはない。帰るべき巣穴を失い、逃げまどう野兎を(ついば)んでゆく──荒鷲のような獰猛さがあるだけだ。

 故郷を撃たれかけた──その跳ねっ返りが、彼らを暴れさせていた。大体、地球軍が本拠を構える月にはまだ、うんざりするほどの大艦隊と核ミサイルが用意されているはずなのだ。ならばここで、敵戦力を削っておくに越したことはないではないか。

 

「──こういうときに数を減らす!」

〈うわぁァ!?〉

「──ええいッ、よくも再び核などッ!」

 

 進退もままならない〝ストライクダガー〟を重斬刀で切り刻む二機の〝ジン〟──その目を疑うような光景を目撃し、キラの瞳孔は絞られた。彼は咄嗟に〝ミーティア〟をパージする。ほとんど使命感に突き動かされるように〝フリーダム〟を奔らせ、キラは今にも虐殺劇が始まろうとしている凄惨な舞台に向かった。

 ──月艦隊は、もう戦意を喪失しているんだ! だから撤退しているのに!

 しかしザフトは、これを見逃すつもりがないらしい。機関部の損傷のせいか、航行速度の鈍い地球軍艦も、ちらほらと散見される。思ったように加速できない艦に対しても、ザフトのMS部隊は容赦なく襲い掛かっていた。

 

「やめろっ! 戦闘する意志のない者を!」

 

 叫びながら、キラは逃げ惑う〝ダガー〟の後に入り、ザフト機の前に立ちはだかった。

 凡人には真似できない鮮やかな掃射によって、〝ジン〟や〝ゲイツ〟の頭部メインカメラや武装を撃ち落としてゆく。

 

「やめろォ!」

 

 こんな一方的な戦いは、卑怯だ!

 そう願って呼びかけるが、次の瞬間、そんなキラの許にビームブーメランが飛んで来た。キラは反応し、機体を反転させて、光の刃をかわす。だが間髪置かず、中距離からフォルティス・ビーム砲が放たれて来たため、慌ててシールドで受け止めた。

 

(容赦がない、この正確さは……!?)

 

 その牽制に気を取られている内に、キラの背後を〝ジン〟や〝ゲイツ〟が通過してゆく。キラは別方向に注意を引かれるあまり、彼らの突破を許してしまったのだった。

 ──くそ……!

 ギリ、と歯を食いしばる。──と、そんな彼の前に一機のモビルスーツが参入した。それは返り血を浴びたような真っ赤な色をしていて、見紛うはずもなかった。

 それは〝ジャスティス〟だった。

 

「アスラン……!」

「そんなことをして、ヒーローにでもなったつもりか!」

 

 ここに来て、自由の翼と正義の剣が、ふたたび激突する。

 

「──戦争は、ヒーローごっこじゃない!」

 

 親友の言葉が、キラの胸に突き刺さる。

 ──だったら正義は、いったいどこにあるっていうんだ……! 

 あるいは、アスランの云う『正義(ジャスティス)』こそが、この世の理だというのか? 敵と定めた者を弾圧し、平和のためと云いながら、そいつらを生贄に強いるような正しさ(・・・)──しかし、そんなものが本当に「正しさ」と云えるのだろうか?

 あいにくだが、そんなもの、キラは信じたくなかった。

 

 

 

 

 

「──キラ! アスラン!」

 

 視線の先で、まともな対話もなく親友と兄が衝突し始めたのを認めて、ステラは急ぎ駆け付けようとした。キラとアスランが戦ってしまっているのなら、ステラは、キラの方が心配で仕方がないのだ。

 だが、それでもそのとき彼女の頭に、一抹の不安が過ぎったのは事実だった。それというのは、ステラがキラの力を「認めていない」とか「信じていない」とか、そういったことではない。今回ばかりは「相手が悪すぎる」──ということだ。〝フリーダム〟と〝ジャスティス〟が正面から戦えば、迫撃戦に特化した後者の方が優位がちになり、それ以前に、現実としてキラは「あのアスラン(・・・・・・・)」に勝てた試しがないのだ──〝ストライク〟のときも、〝フリーダム〟のときも。

 

 ──アスランを、止めないと!

 

 すぐに〝エターナル〟に連絡し、ステラはラクスに一号機(ミーティア01)の回収を依頼した。〝ミーティア〟には〝ドラグーン〟システムを応用した発信器が内蔵してあるため、一度指令を送れば、母艦(エターナル)の位置を探知し帰還するまでの工程を、殆どオートマチックでやってくれるのだ。

 しかし、そんな矢先のことだった。〝クレイドル〟のコクピッドに、突然けたたましいアラートが鳴り響いた。ハッとして顔を上げると、自分の浮かんでいる空域を、出所不明のビームが遠雷の如く迸った。咄嗟に反応し、飛びずさることで回避する。と、一拍置いて〝クレイドル〟の軍用回線に鼓膜を揺るがすほどの割声が轟いた。

 

〈見つけたぜェ、〝クレイドル〟!〉

「!?」

〈──と! 金髪のお嬢ちゃんンンッ!!〉

 

 うるさすぎる割声と共に、暗澹色の〝イージス〟? ──いや、それと酷似したモビルアーマーが矢のように突撃して来た。

 そいつは爆発的な最高速度(トップスピード)に乗って、機首先端の四本爪(ビームクロー)に突き立てて来ている!? ステラは〝ミーティア〟ごと機敏に旋回することで、その鉤爪による突進を回避した。

 

「あれは……!」

 

 自身の脇下を、通り魔のようにすれ違って行ったモビルアーマーを見届け、ステラはくっと息を詰める。そいつは〝ミーティア〟にも匹敵する全長を誇る大型機だったのだ。通常規格のMSに比して二回り、三回りも巨大で、暗澹色のツートンカラー(ダークブラックとバイオレット)に彩られた巨体は、得体の知れない妖怪のようですらある。

 やがてそいつは重心移動(AMBAC)による華麗なUターンを決め、再び〝クレイドル〟に突進。よく見ればステラには見覚えがあった。〝インパルス〟みたいな再生機能(ゾンビっぽさ)と、〝イージス〟みたいな変形機構(ゲテモノっぽさ)を持つ、その敵の名は──!

 

「…………!」

 

 ──名前が、出て来なかった。

 ステラは、困った。

 

〈ここで会ったが百年目ェ! 今日こそテメェを殺戮するぜ、ステラ・ルーシェぇぇ!〉

「──オマエ(・・・)! 邪魔だッ!」

 

 いつか見た漆黒の寄生獣(リジェネレイト)が、ステラの前に立ちはだかった。

 

 

 

 

 

 

 ザフトのMS部隊が、鬼にでも取り憑かれたかのように怒濤の勢いを以て〝エターナル〟に迫って来る。いくら最新新鋭とは云え、〝エターナル〟は直掩の機動兵器もなしに生き残れるような戦艦ではない。

 したがって〝エターナル〟の護衛には、他の二隻から派遣された〝ブリッツ〟やM1隊が赴任していた。

 〝ブリッツ〟を駆るニコルは〝グレイプニール〟を射出し、アンカーの打突が迫って来た〝ジン〟の装甲を貫き、敵を行動不能に陥れる。だが、間髪置かず明後日の方角から〝ゲイツ〟が飛び来たり、そいつは2連装ビーム・クローを発心させながら、勢いよく〝ブリッツ〟に躍りかかる。

 

「くッ、これでは埒が明かない!」

 

 敵機のクローを〝トリケロス〟で受け止めながら、ニコルは内心〝ゲイツ〟のパワーとスピードに舌を巻いていた。あらゆる〝G〟兵器の長所を併合して開発されただけあって、この最新鋭の機種は〝ブリッツ〟に負けずとも劣らぬ戦闘力だ。

 いや、純粋な戦闘用MSとして特化している分、既に〝ゲイツ〟の性能は〝ブリッツ〟をも上回っているのかも知れないが……。

 

〈ニコルくん!〉

 

 そのときだ。脇から澄き通った女性の声がして、ニコルはハッとする。

 それと同時に、低出力のビームの掩護射撃が飛んで来た。運が良かったのか、その光線は〝ゲイツ〟の左腕を肩口から捥ぎ飛ばし、これによりクローを失った〝ゲイツ〟はやむを得ず後退してゆく。

 マユラの〝M1〟だ。

 

「すいません、助かりました!」

〈もう! 切りがないよ!〉

 

 同時に、艦尾の方のジュリ機からも悲鳴のような愚痴が聞こえて来る。

 〝フリーダム〟や〝クレイドル〟ならともかく、押し寄せるコーディネイターのMS部隊を、いつまでも自分達だけで払いのけるには無理がある。

 それは決して弱音ではない。物量差もあれば、あくまで状況を鑑みた結論だ。ついに業を煮やしたニコルは、母艦に通信を繋いだ。

 

「バルトフェルド艦長、撤退を! このままじゃ追い込まれます! ザラ議長は僕達と歩み寄る気がないんだ──さっきの放送が証拠です!」

 

 ニコルが思うに、パトリック・ザラがわざわざ古い回線で声明を出したのは『未必の故意』に他ならない。

 それと云うのも、三隻同盟にうっかり声明を聞かれるならそれで良し。たとえ聞かれていなくても、本来の目的であろうザフト全軍に発破をかけることが出来るのだから、さして不都合もない。

 結果的に〝ブリッツ〟や〝エターナル〟が放送を傍受してしまったために、すべてはパトリックの計算通りになった。まったく巧妙な演説だったと──内心で焦りを憶えながら、ニコルは続ける。

 

「月艦隊は撤退を始めています、このまま膠着状態が続けば、こちらが包囲されますよ!」

「たしかにな……。ちィ、こちらも一時撤退するぞ、ラミアス艦長!」

 

 バルトフェルドが鋭く呈し、通信先のマリューは、硬く唇を結び、頷いた。

 

「モビルスーツ全機、呼び戻せ! 〝フリーダム〟と〝クレイドル〟は!?」

「……! あれは……!」

 

 指揮官席に坐すラクスは、何かに気付いていたようだ。

 バルトフェルドは胡乱げに、彼女が見ている方向に顔を向ける。まず視界に映ったものは、主君から切り離されたものの、自律的に〝エターナル〟に帰還している〝ミーティア01〟──そして、その彼方には交戦中の〝クレイドル〟と〝フリーダム〟の機影があった。

 

「…………!」

 

 中でもバルトフェルドの目に留まったのは、あの〝フリーダム〟に対し互角か、それ以上に苛烈な立ち回りを見せている深紅のモビルスーツ──〝ジャスティス〟だった。

 その機影にハッとして、バルトフェルドは隻眼を見開く。

 

「──なるほど、ザラ少年か……!」

 

 元よりアンドリュー・バルトフェルドと云う男は、真面目な少年が大好物である。

 ──やけに搭乗員が少ないように見えるのですが、気のせいでしょうか?

 不器用なほど生真面目で、抜けているのかそうでないのかもよく分からない、そんな少年の顔と声が脳裏に浮かぶ。

 父親に似ているのどうかさえ、まだまだ分からない(・・・・・・・・・)ような少年だった。……しかし、だからだろうか? だからこそ、バルトフェルドは彼のことが気に入っていたと云うのに。

 

「心苦しいね、まったく。どうにも情が湧いてしまう相手、っていうのは」

「それだけではありません。問題なのは、もう一機──」

「ン?」

 

 ラクスの涼やかな視線は、既に元婚約者(ジャスティス)から、もう一方のザフト機に向けられていた。

 それは漆黒色をしていて、宇宙に混じって上手く判別がつかない。が──交戦中の〝クレイドル〟よりも遥かに巨大、挙句に〝クレイドル〟が〝ミーティア〟を装備して、ようやく対抗できるような全長を誇っていた。文字通り、化物のようなモビルスーツだったのである。

 幾度となく戦場を踏んで来たバルトフェルドは、しかし、その規格外さに流石に驚いた。

 

「なんだ、アレは……!?」

 

 生憎〝エターナル〟からは、例のザフト機の全長を測定することは困難だった。ましてやバルトフェルドは隻眼で、深視力にはハンデがある。しかし、そいつの巨大さは一目瞭然だ。明らかに〝クレイドル〟の二倍……いや三倍? の大きさがあったからだ。

 このときバルトフェルドを驚かせたのは、一種のカルチャーショックのようなものだろう。

 ずっと地上部隊としてリビアに駐屯していた彼にとって、ザフト宇宙軍の発想は想像を絶していた。──なんなんだ、あのゲテモノ(・・・・)は……!? 

 

「ZGMF-X11A〝リジェネレイト〟──あれはアッシュ・グレイ隊長の機体です」

 

 どうでもいい情報を憶えるのが苦手なステラと違って、ラクスの方はしっかりと憶えていたようだった。

 

「ああもバカデカい機動兵器を造れるようになるとはな……〝ミーティア〟も大概だが、ちょっと前線を離れてた間に、時代は進歩したモンだ」

「なに呑気なこと云ってんですかっ、隊長!」

「今は艦長と呼べ? ダコスタくん」

 

 妙にゆったり感心しているバルトフェルドに向け、ダコスタが青褪めながら横槍を入れた。

 ダコスタは彼の性格らしく、ごもっともな正論を叫ぶ。

 

「どっちもザフトの特務隊員ですよ! あんな連中に追いかけ回されちゃ、命がいくらあったって足りませんよ!」

「そりゃそうだ」

「どうするんです!?」

「どうするもこーするも、〝フリーダム〟と〝クレイドル〟が戻れん以上、迂闊に母艦(ボクたち)が引くわけには行かんだろうが」

 

 既に〝アークエンジェル〟と〝クサナギ〟は転進して、宙域を離脱する体勢を整えていた。

 だが肝心の〝エターナル〟は、ザフトのエースに膠着されている〝フリーダム〟と〝クレイドル〟を回収しなければ、迂闊に後退できない。それが文字通り、母艦が果たすべき役割であり──勝手な都合で破ってしまえば、パイロット達との信頼関係にも悪影響を及ぼす。

 

〈──ううん、いいよ。先に行って〉

 

 しかし、そのパイロットから率先して指示があった場合は、その限りではない。

 必要なのは「合意」──だからこそ、そのとき入った凛とした声が、バルトフェルドたちの苦渋の表情を消し飛ばした。だがラクスは身を乗り出して、不安に耐えかねたように発した。

 

「ですが、あなたに付きまとうアッシュ・グレイ隊長は……!」

〈なんとかする〉

 

 ステラは短く、それ以上を云わなかった。

 

 

 

 

 

 拡げられた〝クレイドル〟の双腕から、二基の〝エンドラム・アルマドーラ〟が鮮やかに飛び立つ。

 鋭角的な軌道を描きながら目まぐるしく旋回するドラグーンシールドは、瞬く間に巨大な〝リジェネレイト〟を包囲しては、間断なくビームを浴びせかけ始めた。獲物を(すなど)る鉄網が如く、周囲に間断なく巡らされていくそれは──〝クレイドル〟が放つ光の〝糸〟だ。

 その威嚇的な〝糸〟をかわし、隙間へと逃げ込んでいくアッシュであるが、そうして追いやられた先に〝ミーティア〟の大火力砲を撃ち込まれるものだから、アッシュとしては堪ったものではない。

 ──なら、鬱陶しいドラグーンを叩き落せばいいじゃないか。

 誰もがそう思うだろう。事実アッシュとしては、そのような結論を出すまでに時間は掛からなかった。

 だが、それが愚か者の発想であることに気付くのも、彼としてはまた驚くほど一瞬の出来事だったのだ。

 

「お、オレは幻覚でも見てるのかァ!?」

 

 繰り出されるドラグーン攻撃を懸命にかわすものの、アッシュは内心で驚きを隠せない。

 ──以前〝クレイドル〟と交戦したとき、ヤツの〝(ドラグーンシールド)〟はもっと拙く、ずっと単調な動きをしていた!

 しかし今、ドラグーンは当時とはるかに違う──なんというか、生物的で滑らかな動き──予想もつかない鋭敏な動きをするようになっていた。

 何よりそこから繰り出される射撃精度が、前回の比ではなかった。

 

「くゥゥゥッ!」

 

 あのとき、任務を遂行できなかったアッシュの屈辱は、凄まじいものだった。

 抹殺目標だったラクス・クラインを取り逃がすばかりか、ステラという──巷でアイドルでもやっていればいいような──少女に銃撃戦でもMS戦でも撃退され、挙句の果てには、それが原因で〝テスタメント〟すら強奪されてしまったのだから。

 ──あの小娘は、疫病神(・・・)なんだよ!

 だからこそ〝クレイドル〟を倒すため、アッシュはすっかり埃を被っていたシュミレータまで起動して、戦闘の研鑽を重ねた。軍のデータベースを呼び起こし、特務隊の権限を活かして、〝クレイドル〟の武装から何から、徹底的(あらいざらい)に調べ上げて来たのだった。

 ──そう、データベースを活かして……?

 

「ン?」

 

 そこでアッシュは、あることに閃いた。

 すると、にやり、と人の悪い笑みを浮かべ、直ちに強襲形態に変形する。

 ステラ曰く〝ゲルズゲー〟のような半人半虫の様相に変態したのだが、すぐに加速して〝クレイドル〟への格闘戦を仕掛けに行く。

 

「そうさ、その遠隔兵器(ドラグーン)はマニュアル操作だ!」

「!?」

「こう近づけば、四方からの攻撃は無理だな!?」

 

 読みとしては、悪くなかった。

 

接近戦(インファイト)だッ!」

「来るなら……っ!」

 

 だが、相手を選ぶべきだった。

 息巻いたところまでは良かったが、肝心の〝クレイドル〟は格闘兵装として、〝ミーティア〟の両アーム部より長大な光の聖剣を発振したのだ。

 そしてそれは、既に大型の〝リジェネレイト〟の全長を凌ぐ、超大型のビームソードだった。

 

接近戦(インファイト)って云っただろぉッ!?」

 

 次の瞬間、超大型のロングビームサーベルが、迫りに迫った〝リジェネレイト〟の右腕と左脚を、中距離(ミドルレンジ)から切り飛ばした。

 ステラのそれは、どう贔屓目に見ても接近戦(インファイト)ではなかった。

 

「ぬおおぉッ!?」

 

 怯んだ一瞬の隙を突き、鮮やかに〝クレイドル〟は転進し、離脱してゆく。

 再生可能なはずの〝リジェネレイト〟は、再生する暇もなく、敵の撤退を許したのだ。

 

 

 

 

 

 

 母艦が宙域を離脱するのを認めてから、キラは焦っていた。

 ステラが云った──『自分達が重荷になるくらいなら、先に〝エターナル〟を離脱させるべきだ」という意見には、キラも本心から賛成していた。

 だが、それもこれも、結果的に自分達がザフトの追撃を振り切ることが出来なければ、何の意味もない作戦だ。

 と云うのも、結局〝フリーダム〟か〝クレイドル〟のどちらかが、ザフトの追撃部隊を撒くことが出来なければ、ストーキングされた末にまた戦闘になってしまう。万が一そんなことになったら、それこそ〝エターナル〟を先に行かせた意味がない。

 

 だからキラがやらなければならないことは、なんとしても目の前の〝ジャスティス〟を振り切ること。

 

 もっとも、それを簡単に許してくれるような相手ではないことは、十分に承知している。

 自慢ではないが、彼とは長い付き合いだ。幼い頃は優秀で、優秀であるがゆえに完璧を求めていたアスランが、ここに来て自分を逃がしてくれるはずがないのである。

 打ち負かすか──とにかくどうにかしなければ、執拗に追っかけてくることも明らかだ。

 

「アスラン……ッ!」

「キラ……ッ!」

 

 睨み合い──ふたりが動こうとした、次の瞬間だった。

 ふたりの頭上から、無数のミサイルが〝ジャスティス〟目掛けて飛んで来た。

 

「なにぃ!?」

 

 が、察し物の〝ジャスティス〟はすぐさま反応して見せる。即座に後退しつつ、正確無比なビームライフルを応射し、ミサイルすべてを被弾する前に叩き落とす。

 次の瞬間、アスランは見た。他ならぬ彼が叩き落したミサイル──その噴煙の中から、雲を突き破るように〝白い矢〟が飛んで来るのを。

 それは本来、アスランが授与するはずだった〝ミーティア02〟──右アーム部から長大なビームサーベルを発振しているのは、間違いない──〝クレイドル〟だ!

 躊躇いが一瞬だけアスランの脳裏に奔るが、通信機から響いて来た声に、現実に引き戻される。

 戦場に割って来たステラは、警告も兼ねて、高い声色で叫んだ。

 

「──長いよっ!」

 

 〝クレイドル〟が繰り出した、突き立てて来た光の刃は、簡単だった。

 アスランはすこし余裕をもって、安直に立てられたその〝突き〟をかわす。

 だが、ロングビームサーベルは、長かった。

 

「ウッ、長い!?」

 

 想像を絶していたのか、アスランは意表を突かれると態勢を崩し、無重力に流されてしまった。

 その隙に〝クレイドル〟は、かっらさうような形で〝フリーダム〟の手を掴み、〝ミーティア〟の加速力に物を云わせて戦線を離脱して行った。

 

「……しまった!」

 

 アスランはそこで、自分が獲物を逃がしたのだと云うことに、ようやく気が付いた。

 だが、追ったところで機動性が違い過ぎるということくらい、すぐに判った。

 ──まさか〝クレイドル〟が〝フリーダム〟を助けに来るなんて……! 

 だが、別に悔しくはない。あれは妹の形をした別人なのだ。キラは昔からお人好しだから、その「別人」が持っている〝違和感〟に気付いていないだけなのだ。

 ──そうさ、あれは断じてオレの妹ではない……!

 アスランは自分にそう云い聞かせることで、ひとまず自分を納得させた。

 

 

 

 

 

 やむを得ず撤退していく地球軍艦隊に混じって、〝レムレース〟も戦線を離脱していた。

 〝ドミニオン〟までの距離は、まだ遠い──だが、このときフレイは母艦に急ごう、とは考えられなかった。

 冷や汗が鬱陶しく、乱暴にメットを取り払った髪は乱れている。青褪めた表情には、放心した雰囲気があった。

 

 ──何だったの……さっきの兵器は……。

 

 何が〝ジェネシス〟──何が創世?

 あいにくフレイには、それが地球の終焉を約束したものにしか思えなかった。

 

 ──アレ、絶対に破壊しなくちゃ……!

 

 母艦へ急ぐ気にならないのは、きっと──

 目的地が(・・・)違うだろう(・・・・・・)

 魔女のようなもうひとりの自分──本能が、そう叫んでいたからだ。

 残された時間は僅かだ。

 一刻一秒が惜しい彼女は、躊躇うことも迷うこともなく、意を固めて顔を上げた。そのまま通信機に手を伸ばし、母艦に連絡を入れる。

 

「〝ドミニオン〟管制──〝レムレース〟は、月に戻ります(・・・・・・)

 

 オペレータは、その唐突な物言いに動揺していた。

 

「──〝テンペスト〟モジュールを用意して、補給はいらない」

 

 機動性に優れる〝テンペストストライカー〟なら、月基地までそう時間は必要としないだろう。

 どのみち、もう二度と使わない装備(・・・・・・・・・・・)だ。

 そう云ってフレイは、通信を切る。

 

「──このままには、しないわ……」

 

 独白のように溢したあと、怒りに血走った眼光が、その端正な表情に浮かぶ。

 それは、悪鬼にでも憑り憑かれたような、憤怒の形相──

 まるで〝破壊者〟の悪意が、そのときフレイに乗り移ったかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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