~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

87 / 112
 本編中「消え失せた過去から」や「フル・コミュニケーション」で描いた表現ですが、アスランという名前は『夜明け』や』暁』に由来しており、ステラという名は『星』という言葉が語源にあります。

 時代考察も兼ねて独自解釈が多分に含まれる話ですので、相違点などありましたらコメント等でご指摘頂けると助かります。



『過ぎ去りし日々』

 

 パトリック・ザラという男の人生は、常にコーディネイター達の革新と共にあった。

 ──これは、今より50年も前のこと。

 C.E.15、コズミック・イラ〝最大の事件〟と云っても過言ではないジョージ・グレンの告白。「ボクは、ボクの秘密を今明かそう──……」木星に旅立つ前に行われた大々的な発表によって、世界中に衝撃が走った。コーディネイターの是非をめぐって、波紋が広がり、世界を動揺と熱狂が包み込んだのだ。

 当時、世界の最高権力を握っていた国際連合──現在の地球連合の前身──は、世界中に遍く拡がった混乱の鎮圧と抑止を目的として、翌年には【人類の遺伝子改変に関する議定書】を採択。ジョージ・グレンの不在を好都合として、以降のコーディネイターの製造を国際的に禁止する法案を決定させた。

 しかしながら、法的に禁じたからと云って、一度ばら撒かれたされたデータに歯止めを掛けることは叶わなかったらしい。人間の胎児に対する遺伝子操作は表面上は非合法とされたが、それでも内密にコーディネイターを生み出そうとする資産家達は後を絶たなかった。彼らは、己の子を第二のジョージ・グレン──すなわち〝類稀なる天才〟に為そうと考えたのだ。

 

 ──みずからの子ども達には、優れた才能を持たせたいじゃないか!

 ──それが出来る(・・・)と、ジョージ・グレンが教えてくれた!

 ──遺伝子操作をして、何が悪い!?

 

 独善的とも云える機会主義者達のエゴを受けて、パトリック・ザラは遺伝子操作が違法化されてから実に7年後のC.E.23年、大西洋連邦で誕生した。

 そしてそれは、壮絶な人生の始まりでもあった。

 優れた知的才能、運動能力を有するコーディネイターとして生を受けたパトリックであったが、当時の国際法が遺伝子操改変を違法視している以上、彼は周りに「コーディネイターであること」を悟られてはならなかった。当時の世間は特に神経質であり、コーディネイターの精製を行っていたシカゴの病院が焼き討ちにされ、医師や看護師、患者までもが虐殺される事件が起こるような世相だった。コーディネイターであることが露見すれば、凄まじい非難(バッシング)──いや、最悪弾劾(ジェノサイド)の対象とされる時代だったのだ。

 自分や両親に危害が加わらぬよう、彼は幼少の頃から発揮できる力を抑え、持っている才能を隠し、ひいては波風を立てぬよう自分すら殺して生きて来た。なまじ賢く知能発達が早かっただけに、その頃にはもう、徒競走(かけっこ)があれば手を抜いて一位を譲るような精神だった──齢二桁にもまだ満たない、物心ついたばかりの少年が。

 

 幼少期は〝我慢〟という二文字で、塗りつぶされたような日々の連続だった。

 

 そこに転機が訪れたのは、ジョージ・グレンが『実績(エヴィデンス01)』を持って帰って来た頃だったか? 革命的な彼の活躍を受けて、以降はコーディネイターを寛大視する機運が高まったのは。

 

 ──我々はもっと遠くへ行ける! さらに高みを目指せる!

 ──我らの行く道は、果てしなく広がっているのだ!

 

 今になって思えば、あれほど勝手な言い草と騒ぎようはなかったろう。それまで蛇蝎の如く嫌悪しておきながら、結局は英雄のように囃し立て、コーディネイターを称え始めたのだから。

 かくして、遺伝子操作を肯定視する機運が高まり、国際連合は著しく失墜。やがて悪意のように膨らみ上がる民意に押し負けるような形で、C.E.30年頃には遺伝子操作が合法化されるようになった。

 

 そこでようやく……〝我慢〟の日々が終わった。

 

 だが結論から云うと、それ(・・)が更なる悲劇を招くことになる。

 遺伝子操作が合法化された途端だった。パトリックのように極秘裏に生誕していたコーディネイターたち──すなわち、彼と同じ〝我慢(おもい)〟をして来た同世代の同胞達が、その出生を肯定されるや否や、世界各地で学術・スポーツ・芸術、あらゆる分野で唐突に名乗りを上げ始めた。

 ──それはそれは、猛烈な勢いで。

 ──世界各地で機を待ち望んでいた群雄達が、一斉に〝歓喜〟の叫びを挙げているかのようだった。

 やがてC.E.40年頃に突入すると、あらゆる分野でコーディネイター達がはっきり台頭するようになる。そこには本来、悪意などないはずだった。しかし現実に彼らは、ナチュラルとの間にある〝人間としての差〟を残酷なまでに明らかにして行ったのである。

 

 親の代の〝経済力〟の差が、子の代で〝能力〟の差を形成した。

 

 そしてその能力の差は、その者が長じるにつれ経済力の差に帰結して、最悪の循環を作り出す。

 やがて貧困と屈辱の輪廻から、自分達は永遠に脱却できないのだと悟ったナチュラルたちは、次第にコーディネイター達への嫉妬を表面化させていく。歪な精神に裏付けられた反コーディネイター感情は悪化を始め、各地で反コーディネイター運動が過激化。ジョージ・グレンが(おの)が人生を悲観視したナチュラルの少年に暗殺された大事件を皮切りに、コーディネイターを対象としたテロ行為が世界中で横行するようになった。

 

 そしてその反感(ナチュラル)の〝牙〟は、いつ自分に向くのかも分からなかった。

 

 しかし、では? どうしろと云うのだ?

 ──どうすれば、良かったのだ?

 この頃、まだ二十歳を過ぎたばかりだったパトリックには、分からなかった。

 ただ、理不尽が現実にあっただけだった。

 ──誰が望んで、コーディネイターにしてくれと頼んだ?

 わたしは、なりたくてコーディネイターになったわけではない。彼ら(・・)より特別になりたかったわけでもない。わたしをコーディネイターにしたのは、わたしの両親ではないか。

 なのに何故、わたしが非難され──迫害され──弾圧されなくてはならない?

 

 ──そんな当たり前のことすら理解できないのか、ナチュラルという連中は!?

 

 些細で、微妙な。

 そのちっぽけな疑問が、全ての始まりだったのかも知れない。

 そういう意味では、当時の地上にはコーディネイターの楽園など存在しなかった。

 むしろ、野獣が蠢く密林に丸腰で放り出されたような体感だったと、多くのコーディネイターは後日になって語っている。

 

 

 

 

 

 C.E.50年代頃になって、パトリック・ザラは黄道同盟(Zodiac Treaty)(現在のザフトの前身)という組織の創設責任者として活動していた。

 レノア・ザラと出会い婚姻したのも、シーゲル・クラインと意気投合し、コーディネイターの諸権利を獲得するよう結託したのも、この頃だった。

 

『地球で暮らしている限り、今のわたしたちは肩身が狭すぎる──』

 

 三十代にして、パトリックは大西洋連邦に邸宅を構えていた。

 その穏やかな庭の上で、あるときに漏らしたそれは、単なる弱音などではない。おそらくは、凄惨な時代背景から生まれる疲弊──それが彼に、そう云わせていた。余人には、底知れぬものだ。

 

『……どうしたの?』

 

 訊ね返して来たのは、お腹にひとりの赤子を宿している女性。

 この頃、記念すべき第一子を身籠ったばかりの────レノア・ザラだった。

 彼女は庭園の先で、白く塗装された木彫りの椅子(ガーデンチェア)に座っていた。テーブルの上には惣菜が特集された料理本が置いてあり、お腹だけは冷えぬよう気品あるポンチョを纏っている。この頃のレノアは、パトリックと違ってまだ三十代に達しておらず、それでも、三十路に近いことは確かな年齢だった。

 だと云うのに、きょとんとして訊き返して来る彼女の表情は、年齢不相応にあどけなかった。育ちの良さが伺えるというべきか、純真ですらあったのだ。

 そんな彼女に、パトリックは滅多なことでは疲弊を見せることはない。しかし、彼女の雰囲気にどこか心を癒される気分になったのは確かだ。彼は、神妙な面持ちで続けた。

 

『こんど、宇宙(L5)に新しい居住区ができるんだが──』

 

 それはパトリックが、かねてより建設に携わって来た新天地。

 現在で云う、他ならぬ〝プラント〟のこと。彼は『いや……』と一度否定したあと『できるのではないな……わたしたちが築くんだ』と付け足した。

 

『今ある邸宅を売って、そこに移り住もう──レノア』

『え……?』

 

 パトリックがそう云ったのには、理由があった。

 簡単に云えば、今の地上が危険すぎる、ということ。このときのパトリックは、彼女に不安を与えぬように、この旨をそれとなく伝えた。

 世界各地でコーディネイターを狙ったテロが横行し、次々とコーディネイターが弾圧されている地上には、もはや、安全と呼べる場所は約束されていなかったのである。

 

『〝プラント〟なら、少なくとも、そういった危険からは逃れられる』

 

 宇宙の現場を見て来ているパトリックには分かった。

 L5に浮かんだ〝プラント〟は、少なくともコーディネイター達の楽園だ。旧来の人種より、宇宙での生活に適応を示した新人類が、率先して開発した研究施設・開拓工場。

 この頃はまだ、地上の理事国から過酷な搾取を受ける立場にあったが、それでもいい。それでも、身の回りに『敵』がいないことだけは確かだった。

 

『──何よりそれが、お腹の子のためになると思う』

 

 云われ、レノアはハッとした。それが、亭主の仏頂面から出たとは思えない言葉だったからだ。

 たしかに、パトリックは黄道同盟の創設責任者として、これから矢面に立つことが多くなる。それは見方を変えれば、人々の反感を買いやすい人物になってゆくということ。だからこそ、地上に住居を構えていてはテロリスト達に狙われる危険性が高まり、それはパトリックとしても、気が気ではない。加えて云えば、彼は仕事で家を空けることが多く、レノアひとりに子育ての苦労を背負わせてしまう形にもなるのだ。

 ──だったらせめて、もっと快適で、何より安全な暮らしを。

 願いから伝わる彼の気持ちは、このとき、痛いほど伝わって来たレノアだった。

 しばし、考えるような仕草を見せた後だ。一拍置いて、彼女は慈しむようにみずからの腹部に手を当て、にこやかに新しい命に微笑みかける。

 

『ききましたー? お父様(とーさま)は、あなた(・・・)のことが心配でしょうがないんですって!』

 

 パトリックは、困った。

 

『茶化すんじゃない。わたしは本当におまえたちのことを思ってだな──』

『あはは、似合わない台詞』

『むぅ……!』

『ふふふ。わかってる。ありがとう──』

 

 彼女は浅く嘆息ついて、納得したように続けた。

 

『でも、たしかにそうよね……』

 

 ────レノアの身の回りでも、実際に事件は起こっていた。

 ナチュラルの集団に強姦された女性が、重ねられた暴行が原因で、死んだのだという。

 それは、レノアの同級生だった。犯罪の証拠は明然と残っていたが、警察機関は、あろうことか証拠不十分でこれを事故死として扱った。もっとも、ジョージ・グレンの暗殺犯が神経衰耗を理由に無罪にされた前例があるから、さして意外なことでもなかったが。

 そう、そんな結末は別に意外ではないのだ。ただ、レノアとしては堪ったものではないだけで。

 その事件は、ほんの一部ではあるが、密かにナチュラルとコーディネイター両者の関係を暗示していたのだろう。人種間での紛争というものは、他のどの争いよりも悲惨で、理不尽だということを。

 

『その……。シーゲルの所にも、こんど、娘さんが生まれるそうだ』

『あっ!』

『うちのことも話したら、アイツには《お前もか! はっは、手が早いな!》なんて笑われたが』

 

 なんとも微妙ないじり方だが、当のレノアはまるで意に介さなかったのだろう。

 それを聞いた彼女は、ぱっとして微笑む。

 

『クライン夫人から聞いたわ! 予定日は離れているのだけれど、なんだか、この子(・・・)と同い年になりそうなの!』

『あ、ああ……。シーゲル達も、これを期に宇宙へ移り住むそうだから、何も不安に思うことはない』

 

 それは、妊婦となった妻に対する、パトリックなりの心遣いだったのかも知れない。

 彼はそこで、テーブルの上に置いてある料理本に気付いた。それを一瞥したのち、気を利かせたように云う。

 

『〝プラント〟には農業研究施設もある。子どもの成長が落ち着いたら、おまえも本業の農学博士に戻れるんだ』

『あら! それじゃ、子ども達にロールキャベツを作ってあげることもできるわね?』

『そうだな。赤子を抱えての移住は大変だと思うが、わかってくれ』

 

 そうして、彼らは彼らを生んだ地球から、移住する計画を進めるようになった。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、実際に宇宙行きのシャトルに乗り込む日が訪れた。元あった邸宅を売りに出し、既に〝プラント〟には新居の屋敷を手配してあった。

 シャトルの出立時刻になって、予定どおり指定席に着いていたパトリックは、通路側のシートに坐し、窓側をレノアに譲っている状態だった。

 ────シャトルが、離陸を始めた。

 みるみる高度を挙げたところで、そいつは第一ブースターを切り離す。引力圏から切り抜けるために、最終加速に入るのだ。それまでとは明らかに違うGがかかったが、耐えられないものではない。

 そのときだった。

 

『わたしは、諦めないからな』

 

 レノアは、急に隣から漏らされた声に振り向いた。すると声を発したパトリックと、目が合ったように感じた。

 しかし、それは違っていた。

 彼はレノアではなく、シャトルの船窓から、地球を見下ろしていたのだ。

 レノアもまた、同じように窓の外に目をむける。眼下に映った蒼い惑星は、まだ、丸く見えなかった。

 

『いま、こうして〝プラント〟に移り住む──地球を離れるということは、ある意味で逃げることなのかも知れない……』

 

 周囲からの弾圧に怯え、同胞達が穏やかに暮らす楽園を目指して、住居を移りかえる。

 その行為は、一種の現実逃避ですらある。

 だが、そうではないのだ──と、パトリックは自分に云い聞かせるように紡いだ。

 

『それでも、わたしは諦めない。いつか、この理不尽な世界を変えて見せる』

『パトリック……』

 

 母なる蒼き惑星、地球──

 そこに別れを告げながら、パトリックは決意を胸に、こう語った。

 

『いつか、ナチュラルとコーディネイターが共存できる日が来る。いつの日か、彼らが私達のことを理解してくれる日が来るはずだ』

 

 その頃はまだ、信じていた。

 

『今はまだ、混沌とした闇の世界。だがわたしは、そこに大いなる光が昇る瞬間を見てみたい。暖かな光に照らされ、ナチュラルとコーディネイターが共存できる世界──この手でわたしは、そんな時代を築きたい』

 

 レノアは、やがて慈愛に満ちた表情に変わった。

 すくすくと育ちつつある、お腹の新たな生命を撫で下ろした。

 

『だから《アスラン(・・・・)》──夜明けの名を?』

 

 混沌とした世界に、太陽が昇る日が来ることを祈って。

 名付けられた、それは父親の切なる祈り。

 

『ああ──。いつかその子(・・・)を、そんな世界に住まわせてやりたいな』

 

 自分には、それが出来るのだと──

 その頃はまだ────信じていた。

 

 

 

 

 

 レノアの中に第二子が宿ったと、知らされたのは、それから数年が経ってからだ。

 確かそれは、パトリックが〝プラント〟の中で、本格的に黄道同盟の党勢を拡大させていた頃だったろうか? 

 

 シャトルの中の決意も虚しく、現実は、その頃のパトリックに厳しかった。

 

 〝プラント〟を所有する理事国──大西洋連邦を筆頭とする──は、宇宙資源によって生み出される富を独占し、これを所有しない他の国々との格差を広げようと、〝プラント〟に対し無理難題とも云える重税を課していたのだ。

 当然、こうした独善的な無心とも云える搾取に対し、反発を示す〝プラント〟の住民は数知れず、幾度となく両者は交渉の席を設けて来た。しかし結局、理事国側が一切の譲歩を見せないことで、すべてが決裂に終わり──果て、両者の緊張は徐々に高まって行った。ひいては、この状況に絶望し、方々で〝プラント〟の独立を求める声も上がり始めていたのである。

 ナチュラルとは、歩み寄れないのか? ──それはパトリックが、絶望に沈んでいた頃に届いた、嬉しい一報だった。

 

〈名前のこと、なんだけど──〉

 

 この頃、多忙を極めていたパトリックは、屋敷に戻ることすら出来ずにいた。

 だからこのときは、アプリリウスの議場の中で、電波通信を使って会話をしていた。

 

〈この子には、わたしが付けてもいいかしら〉

 

 宿ったのが女の子だということは、早くから分かっていた。

 電話越しに聞こえるレノアの声は、ひどく楽しげで、〈実は、ずっと前から考えていたのよ?〉と嬉々として語っていた。緊張した日々の中で強張ったパトリックの表情筋も、このときばかりは、かすかに緩んだ。

 

〈──光がひとつで足らないのなら(・・・・・・・・・・・・・)。たくさんあったら、もっと綺麗だと思うの〉

 

 パトリックは、ハッとした。

 その言葉は、不思議と、胸に染みたのだ。

 希望に近づけずにいる自分に、その言葉は、救いを与えてくれるような気がしたから。

 

〈夜明けの空に、太陽がひとつじゃ寂しいわ。だから、それを支える無数の星があればいい〉

 

 誰もが平等に、等しく輝ける日が来ることを祈って。

 名付けられた、それは母親の切なる願い。

 

〈だからこの子には星の名を。──《ステラ(・・・)》とつけようと思うの〉

 

 異論など、あるはずもなかった。

 ふたりでひとつ。それは、素晴らしい名前だと思った。

 

 ──どんな闇にも立ち向かえるよう、光を放ち輝いた者であれ……。

 

 そうした願いが込められた名前なら。

 きっと、強い子になると思った。

 

〈わたしたちは三人で(・・・)! ずっとあなたを応援しているから! ──だから諦めずに、頑張ってくださいね〉

 

 涙が、こぼれた。

 

〈元気を出して。いつか世界が平和になったら──今度は親子四人で、幸せに暮らしましょう?〉

 

 

 

 

 

 

 C.E.70年〝血のバレンタイン〟──

 レノア・ザラが、帰らぬ人となった。

 

『あ……あああ……ッ!』

 

 漏れたのは、パトリックの絶望の声か。

 娘のステラもまた、この事件で行方不明になった。こちらは、生存だけは分かっていた──ブルーコスモスの幹部が「金の髪の少女を抱えていた」という情報を掴んだ、そのときから。

 それで分かった。

 核攻撃の首謀者が、ブルーコスモスであること。すなわち、ナチュラルであったことを。

 それまで、できるだけ抱かないようにして来た感情が、自分の中で爆発した瞬間だった。

 

『ナチュラル、どもめ…………ッ!!!』

 

 何かが、壊れた音がした。

 

『う、ううッ…………!』

 

 いったい自分は、今まで何を求めていたのだろう?

 話の通じないナチュラル達と幾度となく交渉の席を設けて、それが何になったろう?

 なぜ、自分より劣る彼等の機嫌を取って、媚び続けなければならなかったのだろう?

 

 

 ──これが、奴等が出した〝答え〟か…………!

 

 

 それまで隠して来たはずの敵意と憎悪は急加速的に沸騰し、やがて頂点に達する。

 己の人生を振り返ると、おのずと浮かび上がって来る真実があった。地上における謂れなき迫害の日々。宇宙に逃れてからも、理事国の横暴に耐え続ける屈辱。そして今回の〝血のバレンタイン〟──

 

 自分達は、いつだって虐げらて来たのだ──自らより劣るナチュラルどもの手によって(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 夢や希望は、祈りや願いは、夢想と消えた。

 誰よりも自分の近くで、自分を支えてくれた者は殺された!

 野蛮なナチュラルどもの、愚かな横暴によって。

 

『銃を取れ、アスラン(・・・・)……! もはや、ナチュラル共を許すわけには行かない……!』

『ち、父上……っ』

『すべて終わらせてやるのだ! ナチュラルどもを滅ぼしてな……!』

 

 全ては、ここから始まった。

 

 

 

 

 

 

 ──わたしは、何かを間違っているのだろうか?

 

 不意に、そんな疑問が頭に浮かんだ。

 パトリックは〝ヤキン・ドゥーエ〟の管制室に詰めながら、そんなことを考えていた。

 遥か昔に忘れて来た、かつて夢を抱いていたころの自分が、何かを囁きかけて来るようだった。

 

 ──あの頃に比べ、多くの同志が、私の許から離れて行った……。

 

 盟友であったシーゲル・クライン、その娘で、時には面倒も見たラクス・クライン。

 恩に着せ、英雄として仕立て上げた名将、アンドリュー・バルトフェルド。

 そして──最愛の娘だったはずの、ステラ。

 

(──『どんな闇にも立ち向かえるよう、光を放ち輝いた者であれ』──か……)

 

 もし……もし、だ。

 レノアの〝祈り〟がまだ、生きているとするのなら、いま、あの子(ステラ)が直面している『闇』というものは、他ならぬ自分のことではないだろうか?

 ──実際、命を賭して、あの娘はわたしを止めに来るだろう……。

 だが、それは何故だ? やはり、彼女が愚かなナチュラル共に洗脳された強化人間だからか? 自分のことを、既に親とも思っていない殺人兵器だからか? 

 ──もし、わたしが間違っているのだとしたら……。

 ──わたし自身が、時代の闇になっているのだとしたら……!?

 想像し、耐え難い不安に襲われた、そのときだった。

 猶予をもって考える暇を与えぬように、背後から一つの声がかかった。

 

「──我らの勝ちですな、ザラ議長閣下」

 

 声の主は、ラウ・ル・クルーゼである。

 それは、いつもパトリックの耳元でささやき、その背を悪意の方向に押して来た、暗い誘惑の声。

 

「〝プラント〟は直にあなたのもの(・・・・・・)だ。月基地に〝ジェネシス〟の第二射を撃ち込めば、すべてのことに片が付きましょう」

「……」

「何も躊躇うことなどありません、先に撃って来たのは彼等なのですから? ──思い知らせてやるのが、よろしいかと」

「……そうか。そうだったな……」

 

 そうだ。わたしは決して、間違ってなどいない。

 迷いを、振り払う。

 彼の云う通り、ヤツらが先に撃って来たのだ──〝ユニウスセブン〟を……我らの楽園を……私の妻を。そしてあまつさえ、大量の核を用いて今回は〝プラント〟を壊滅させようとした虐殺者達に、みずからが犯した行為を思い知らせる瞬間が、ようやく訪れたのだ。大切な人を奪われるということが、どういうことか──その思い、ヤツらにも味合わせてやらなければ。

 パトリックは深く嘆息ついた後、オペレータ達に声を張った。

 

「……ミラーブロックの換装、急がせろっ!」

 

 もう二度と、迷わない。

 二射目を撃って、すべてを終わらせよう。

 ナチュラルどもに思い知らせてやるのだ。この世界の真の導き手が、誰なのかということを。

 

 

「月基地! プトレマイオス・クレーターを撃ち滅ぼし、この戦争に片を付けるぞッ!!」

 

 

 今度こそ、暗い時代に幕引きを。

 今度こそ、闇の世界に夜明けを。

 わたしには、夜明けの名を持つ────最愛の息子がついている。

 ちっぽけな光────星の輝きなど、もう必要ない。

 太陽が昇れば、星はおのずと消えるのだ。

 

 最後まで、戦い抜いてやろうではないか。

 神に代わって、わたしたちが、ナチュラルに罰を与えてやるのだ。

 

 

 





 パトリックがやったことを肯定するつもりはありませんが、彼は何故そうなってしまったのか? ──という部分については、もう少し掘り下げても良かったのではないかな~と思いました。
 原作では、アスランですら「頭の狂っていた大罪人」という認識で済ませていた気がしますし、それは個人的に嫌だなーと思ったので、こんな話を思いついては書きました。

 日本ではあまりピンと来ないですけど、人種差別による犯罪は、アメリカなどの歴史を参考にしています。如何に凄惨だったかということが分かってしまって、すこし痛いですね……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。