~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『それぞれの選択』

 

 部屋から出たキラを待っていたのは〝鬼〟──いや、そのような表現をひとりの少女に用いるのもどうかと思うが、まさに鬼のような気圏を纏ったラクス・クラインであった。

 気分が異様に昂揚していたのか、このときのキラは数分前までの記憶が抜けているような気さえしていた。自分でも驚くほど意識が熱を帯びていて、それはまるで、熱い沼底に頭から放り込まれたような感覚だった。心臓の脈動さえ、いちいち煩く感じ取れる。

 それは、部屋を後にしてほんの少し廊下を渡った先のことだった。通路の壁にラクスが佇んでいて、キラは唖然とした次第である。そしてその隣には、車椅子に乗ったマユ・アスカの姿もあった。

 

「マユちゃん、〝クサナギ〟にいたんじゃ」

「大詰めなんだって! 心細いから主治医(せんせい)に云って、こっちに連れて来てもらったの」

 

 何かやましいことでもあったのか、キラは早速ラクスではなくマユの方に話題を振ったのだが、そんな小細工で逃げられるほど、女の勘は甘くないのである。

 

「──キラ」

 

 ラクスは、凛とした声音で問いかける。 

 

「はっ、はい……」

 

 不思議とそれは、地鳴りに似た響きを持っていように聞こえた。……いや結局のところ、そんなものは焦燥していたキラの幻聴に過ぎないのだが、畏怖の念から彼がびっと背を正したのは事実だった。

 このときのラクスは、にこやかな笑みとは裏腹に、その背後には荘厳な般若でも控えているのではないかと思えるほどに目が笑っていなかった。そう「目が笑っていない」とは、こういうときのために用いるべき言葉だった。

 

「わたくしはちゃあんと仰いましたわ? 『手を出せばどうなるのかは、察してくださいますね』と──」

「も、もちろん……」

 

 ラクスは、その端正な唇を動かし、

 

「──覚悟があって行動したからには、あの子をちゃんと護ってあげてください(・・・・・・・・・・)ね」

 

 糾弾されるかと思ったが、キラは拍子抜けしたように、呆然とする。

 

「え……ラクスっ?」

 

 漏れ出したキラの声には明らかな動揺の色が浮かんでおり、傍らのマユは、唇を真一文字にして黙っていた。今は真摯に、ラクスの言葉を聞き届けていたのである。

 ラクスはキラの正面に対峙できる位置まで寄り、凛として続けた。

 

「これだけは忘れないでください、あの子の行く先には────大きな『敵』が多すぎます」

 

 云われ、キラはハッとする。

 

「今のあの子には思い出もあります、みずからを生んでくれたお父様と、血を分けたお兄様との思い出が──」

「……!」

「でも、そんな彼らと(たもと)を分かとうというのです。内心どれほどの思いを胸に秘めているのか、想像すると忍びありません」

 

 他ならぬ家族と対峙してまで、平和のために戦おうと云うのだ──内心、どれだけ血を吐く思いを噛みしめているのかは分からない。

 そのとおりだ──と、キラもまた、気付かされるような思いになる。

 

「道を違えた家族(かれら)に代わって、わたくしたちが支えてあげるべきですわ」

「……うん。確かに──」

戦が終わったあとのこと(・・・・・・・・・・・)は、きっとわたくしが何とかします。──だからあなたは、ステラを大切にしてあげてください。そうすれば、おのずと道は開けていくと信じています」

 

 分かりまして? とラクスは首を傾げた。キラは唇を堅く結び、こく、と頷いた。

 ふたりの間に、沈黙が流れた。マユはじっとしてふたりを見つめていると、ラクスは僅かに嘆息ついた。

 

「────はあ」

 

 それがちょっと大きなため息に思えたのは、気のせいだろうか。

 ラクスは次の瞬間には、にこり、と笑っていた。爪先をくいっと伸ばし、キラの頭に手を伸ばす。

 

「……分かれば、よろしい! いい子ですわ~?」

 

 よしよし、わしゃわしゃ、とラクスはちょっと背伸びしてキラの頭を撫で出した。

 キラは思いも寄らぬ柔和な手の感触に、抵抗した。

 

「ああっ! 恥ずかしいからっ、や、やめてよ」

「なんだか大切な弟が出来たようで、うれしくってつい~」

「ラ、ラクス!」

 

 仮にもマユという女の子の前で、情けない姿は曝したくないではないか。

 キラは苦笑すると、わずかに顔を紅潮させてその場を立ち去って行った。その背姿を見送ったマユは息をついて、ラクスの横顔を見上げる。その目は、いつもの明るい光を宿していないように見えた。

 

「……ラクスお姉ちゃん?」

「……いいの……」

 

 声が沈んでいるように聞こえたが、

 

「あ……? いいのですわっ」

 

 それが錯覚だったと思わされるほど、次の顔は、にこりと笑っていた。

 なまじそれが営業用(アイドル)の笑顔であると分かってしまっただけ、マユはそれを心苦しく思うしかなかった。しかし、だからと云って何が出来るわけでもないのだ。せいぜい女として、キラさんの罪は重いのだな、という風な消化不良を起こすのが精いっぱいだった。

 

「──あっ、ステラお姉ちゃん」

 

 廊下の向こう側、部屋から出て来たステラの姿を認める。

 病的に失調していた顔色は、すっかり血の気を帯びて良くなっているようだった。──しかし、ひらひらのスカートはともかく、切り開かれた制服の肩口がくしゃりと()ているのは何故だろう? かなり身を(よじ)っていた痕跡だと思われるが、何にせよ、そいつはミラーで自分の姿を碌に確認して来なかった証拠であり、そういうところは相変わらずだとマユは思った。

 ふわり、と浮いてこちらへとやって来るステラ。失調しているどころか、どこか上気したその赤い顔が、同性から見ても偉く可愛らしく映った。

 

「具合なおったから。看病してくれて、ありがとうラクス」

 

 次の瞬間だ。

 ラクスは、ステラをぎゅっと抱きしめた。

 そのまま頭を撫でる。短くうめき声が上がるのにも、構っていない様子だ。

 

「まぁ可愛らしい! お部屋に飾っておきたいくらいですわぁ~!」

「うぅ~っ!」

「あ、あはは……」

 

 そんなふたりを眺めながら、マユはこんなことを考える。

 

(何もかも『立派なお姉ちゃん』であろうとし過ぎるんだ……)

 

 マユは、自分の肩から急速に力が抜けていく感じがした。

 

(……いたいな……)

 

 彼女は、自分の性格を把握した気になった。

 オーブで暮らしていた頃から、家庭の中では父から母から、誰より兄から掌中の珠の如く愛でられていた自分は、すっかり妹として扱われることに慣れてしまっていた。大切にされ、優遇され──だからこうして舞台裏で兄や姉が我慢をしている姿を見てしまうと、なんだか無情な現実を思い知らされた気分になるのだ。

 ──甘えて来たんだな、わたし。

 そんなことを痛感して、マユはすこし、自戒した。

 今よりもっとしっかりとした、強い女の子になりたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 月基地はどこもかしこも慌ただしく、アズラエルの要請によって、補給部隊が出動の準備を始めていた。先遣した第一戦闘部隊は現在、デブリ帯に身を潜めているらしく、これより出立する第二戦闘部隊が月を発進後、改めて〝ジェネシス〟に攻め込む手筈になっている。

 例によって調整作業を終えた〝レムレース〟が目の前にあって、整備技師の男は、うんざりとした口調で云った。

 

「ひどい女ですよ……」

「どうした?」

 

 隣に立つ、この現場の技術主任である。

 若い方の男は、ノート型のディスプレイを畳みながら云う。

 

「担当メカニックが総出しても一時間はかかる整備作業、たった一〇分でやれって吠えてたんです。まぁ流石に無理なので三〇分で折れてもらいましたけど……これだから世間知らずのお嬢様はイヤなんだ!」

 

 議題に上がっているのはフレイ・アルスターのことであって、何でも、フレイは「時間がない」と怒鳴ることで〝レムレース〟の整備を急ピッチで技術者達にやらせた事実があるらしい。当初は「整備なんていらない!」と素人丸出しの無茶まで云っていたのだが、新型装備を装着するとなると、やはりそうも行かない。このために、フレイは妥協して三〇分間だけ機体を技術者達に預けることになったのである。

 ────若い方の男が嘆いているのは、そのフレイの人遣いの粗さであった。黙っていれば美少女なのに。だが隣に立つ中年の主任は、けらけらと笑いながら云う。

 

「可愛いじゃねぇか」

「はぁ? どうしてそういうことになるんです? 確かに黙ってりゃ可愛いんでしょうけど」

「俺は好きだぜ、ああいう娘っ子」

 

 若い技術士は、げんなりして云った。

 

「変わった趣味ですね……」

「見るからに嫌な女ってのが分かってた方がいいんだよ、自分に正直なのさ。そういうやつに限って、本質的には可愛いかったりすんだぜ?」

 

 分かるような気もしたが、納得してはいけない気もした。

 若い方の男は、困惑して返す。

 

「そういうもんですかね?」

「本当に嫌な女ってのは、てめーの本性が分からない、男に隠すのが上手いようなヤツさ」

「……ああ! 分かります、でもそれ主任の体験談でしょ?」

「持論と云え、ばか野郎」

 

 やがて彼らの目の前で、巨大なバケモノを拘束していた点検用のケーブルが次々と外されてゆく。それはさながら、枷に繋がれていた悪魔が解放された光景でもあったのだが、技術屋達は繊細ではないから、せいぜい自分達の作品が世に出て行く程度にしか認識しなかった。

 次の瞬間、リアスカートに装着された二基のシュトゥルム・ブースターが一気に点火する。

 ──ゴゴウッ

 重苦しい駆動音、そして凄まじい噴煙と共に、宇宙に飛び出してゆく〝ソイツ〟は、圧倒的な全長に見合わぬ、滑らかで素早い動きをしている。なまじ戦艦に匹敵する規格を持っているから、やがて軒並み艦隊の中に混りつつ、月基地を出発して行った。

 男達は陽気だ。本来ならニ〇分は要する〝ソイツ〟と〝レムレース〟の整備工程を、たった半分の時間で成し遂げてしまった。その「新記録」というのが技術屋の矜持に嬉しく、彼らはさも満足げに笑い、お互いを称え合いながら、遠くまで巣立って行く〝破壊者〟の背を見送った。

 

 

 

 

 リング状に建設されたザフトの軍事ステーションもまた、同様に慌ただしさに包まれていた。その原因は他でもない──先の戦闘において、ようやくその姿を現したザフトの新型兵器──〝ジェネシス〟である。

 圧倒的な破壊力を以て、地球軍艦隊を一掃してしまった禁断の力──

 その存在を肯定的に捉える者もいれば、勿論、否定的に捉える者もいた。

 〝ジェネシス〟を肯定する者──その中には、戦争が〝プラント〟の勝利に終わることを勝手に見越し、戦後の話まで嬉々として持ち出し始める集団が出て来るような不始末だ。彼らの軽挙妄動が伝搬しているのか、基地全体が異常な高揚に包まれており、非常に悪い意味で、誰もが浮足立っている印象が目立つ。

 一方で〝ジェネシス〟を否定的に捉える者──たとえばイザーク・ジュールなどは、母親がザラ急進派であったとしても、先の大量殺戮に疑念を憶えずにはいられなかった。ずかずかと乱暴な足取りで廊下を歩いていると、背後からひとつの手が伸びて来て、そんな彼の腕を掴み止める。

 

「おい、ちょっと待てよイザーク!」

「止めるなディアッカ! いくら母上と云えども、黙ってはおれん!」

 

 乱雑にその腕を振り払い、振り返る。

 そこには動揺しているディアッカ・エルスマンの姿があった。

 

「いったいなんなんだ、あの〝ジェネシス〟というのは──! あれ(・・)では、地球軍が〝ボアズ〟にしたことと同じだぞ! おれたちはナチュラルどもの血が欲しかったわけじゃない!」

「気持ちは分かるけどさ。おれたちが騒いだところで、どうにかなる問題でもないだろ……? これはザフト全軍の問題なんだぜ?」

 

 いくらイザークが角を立ててエザリアを問い詰めたところで、何ができるというわけでもない。

 それでも、イザークは食い下がり続けた。廊下の先に、複数の側近と話し合いながら歩いているエザリアの姿を認めたのである。ディアッカの腕を振りほどき、ずかずかと歩いて行く。

 

「──母上!」

「イザーク! まあ、奇遇ね……っ!」

 

 偶然だと思ったのか、我が子の姿を認め、母はぱっとして笑顔になった。彼女は側近達を先に行かせ、みずからはその場に残る、久しく親子の時間を設けようと云うのだろう。

 

「……!」

 

 イザークは、肝心の云いたいことが山ほどありすぎて、何から云い出せば良いのかごもごもと口籠った。苦情を云いたかった相手は、他ならぬ自身の母親──いつものように粗暴な声音で怒鳴り散らすわけにもいかず、慣れない言葉選びに、戸惑ったと云ってもいい。

 その躊躇いは、イザークの落ち度である。

 だから実際に口を開いたのは、エザリアの方が先だった。彼女はどこか気負った表情の我が子の見て、慈しむように云ったのだ。

 

「ずっと前線で戦い続けて、疲れているのでしょう? ひどい顔をしているわ」

「……えっ? あっ、いえ……」

「でも、それももうじき終わりよ。間もなく〝ジェネシス〟の第二射が行われます」

「──!?」

 

 それを聞いて、イザークは身体を強張らせる。

 

「評議会は、また撃つつもりなのですか──〝アレ〟を!?」

「次の攻撃目標は地球軍艦隊ではないわ、ナチュラルどもの本拠地──月基地よ。地球軍へのトドメの一撃──これで奴等も、せいぜい思い知ることでしょう」

 

 もしかしなくても、エザリアの口調にはナチュラルに対する遠慮や罪悪感など芥子粒ほどにも含まれていなかった。むしろ当然の報復だと云わんばかりのその声音に、イザークは愕然とする。

 

「貴方も連戦で疲れていることと思うけれど、これでようやく戦争が終わります」

「母上……っ!」

「今まで軍人として、御苦労だったわね。──ディアッカも」

 

 畳み掛けるように話し続けるエザリアは、イザークの肩越しにディアッカに向かっても小さく笑いかける。すろと秘め事をしているかのように、彼女はそっとイザークの耳元に口を寄せた。

 

「──貴方の隊は後方に回しました」

 

 囁かれ、イザークは、この期に及んで母が何を云っているのか分からなかった。

 

「──は……?」

「今度の戦闘では、出番がないことを祈っているわ」

 

 自分の隊を後方に回す──それは、他の兵を身代わりに前線に送り込むということか。そのような権限が、いち評議会議員に過ぎない母にあったのか? いや、あるはずはない。

 だから、みずからのエゴでジュール隊を後方に配置したエザリアの行為は、職権の乱用だとイザークは分かってしまった。が、そのことについて声を挙げて抗議した者がいなかったのだとも、同時に理解してしまった。たとえばディアッカの父であるタッド・エルスマンにしても、息子が所属するジュール隊が後方に配置されるなら、それに越したことはないと考えるからだ。

 それは人の親が持つ傲慢な習性であり、今のイザークに非難できる性質のものではなかった。

 

「貴方達の仕事は、戦後の方が多くなるのよ」

 

 まさか、みずからの母もまた、戦後の話で浮足立っている愚か者のひとりとは、思いたくなかった。

 所在なげに呆然とするイザーク。そのときエザリアの側近が「遅れます」と脇から声掛けし、彼女は心得たように会釈した。

 

「それではイザーク、ディアッカも」

 

 悪戯っぽく片目を瞑り、彼女はそのまま踵を返し、彼らの前から去っていく。

 結局のところ、イザークは何ひとつ、自分から発言することができなかったのである。しかし、そのままで引き下がるわけには行かないと考え、彼は覚悟を決めたように声を挙げた。

 

「ま、待ってください、母上!」

 

 今の会話は何だったのか、イザークは、ただ一方的に母親の都合を押し付けられただけだ。そんな母は要するに、自分にこう告げたかったのであろう──

 

『──貴方には議員としての将来があるのだから、もう、軍人として戦場に赴く必要はなくってよ』

 

 与えられた命令は、最愛の母(エザリア)が用意してくれたイザークの人生の筋道だ。出発駅から分水嶺まで、何から何まで親が指し示した軌条だ。たしかに、親が望むように生きるのが子の役割なのかも知れない。

 ──だがそれでも、オレにだって意思がある!

 その意思が云うのだ──〝ジェネシス〟はもう二度と使うべきではないと。

 戦争だからと云って、あんな虐殺を行ってまで、勝利を欲するのは狂気沙汰でしかないのだと。

 ──だから……!

 力を込めて腕を伸ばす。話はまだ終わっていない。

 そうしてイザークは、立ち去る母の腕を掴み止めようとして──出来なかった。

 彼の手が届くよりも前に、横合いからひとつ別の手が伸び、彼は逆に掴み止められたのだ。グッと思いのほか強い力で握られたことで、イザークが苦悶の声を挙げた。

 伸びた手の先を確認すれば、そこには怜悧な表情を浮かべた同僚が立っていた。

 

「アスラン!?」

「よせ、イザーク」

 

 掛けられた言葉は短い。……短いが、地鳴りにも似て、重かった。

 エザリアは、イザークが大声で自分を呼んだことに気付いていた。だから怪訝そうに振り向いたのだが、目の前にはアスランが背を向けて立っていて、彼女はまるで状況が呑み込めない。

 

「あら、アスラン、どうかしましたか? ……何か、イザークとあって?」

 

 胡乱げな顔をするエザリアに対し、アスランはにこりと笑った。

 それは、驚くほど爽やかな好青年の笑顔だった。まるで似合っていないとイザークが感じたのは、彼の感覚がおかしいからだろうか?

 

「いえ、何でもありません。お進みください」

「そ、そう?」

 

 その応対は、上流にして貴族的だ。優しく紳士に女性をエスコートする、御伽の国の王子様でもあるようだ。それによってエザリアは年甲斐もなく感動してしまう──以前からアスランのことは知っているが、最近は随分と印象が変わったように思える──随分と素敵な好青年(・・・・・・)と相成ったものである。

 ──ザラ議長閣下も、鼻が高かろう……!

 しかし、そんな彼がイザークと睨み合っていたのは何故なのか? 困惑はしながらも、あまり時間を無駄にはできない。彼女は改めて前を向き、しかしながら彼らに優しく言葉を残す。

 

「まったく、貴方達は士官学校から相変わらずね。反りが合わないというか、同じ極のマグネットとでもいうべきか」

 

 ──同じ性質を持っているはずなのに、決してくっつこうとはしないと云うか。

 

「もうじき戦争が終わるのですから、最後くらいはちゃんと仲良くしなさいな?」

「恐縮です──()も、そのつもりでここにいます」

 

 その張り付けたようなアスランの笑顔が、イザークには腹が立って仕方がなかった。

 エザリアは満足げに微笑むと、側近と共に立ち去って行ってしまった。母親が現場にいなくなり、イザークは首輪の外れた狂犬のようにアスランを睨み上げる。

 

「アスラン、貴様……っ!」

 

 だが仮面が外れたのは、アスランも同じようで。

 

「頭を冷やせ、イザーク」

 

 八方美人が消え、慄くほど鋭い目がイザークを睨んだ。

 

「あそこで彼女を問い詰めて、何かが変わると思ったのか? きみが今やろうとしていたことは、軍全体の士気を乱す。……迷惑だ!」

「なんだと……!?」

「戦争に勝つためには〝力〟が必要だった……。だから〝ジェネシス〟は造られた! 全ては〝プラント〟を守るために行われたことだ。彼らは間違っていない(・・・・・・・・・・)!」

 

 二人の応酬を見ていることしかできなかったディアッカは、不思議とこの光景に既視感を憶えた。しかし、記憶の正確な再現ではない。どちらかと云うと以前はアスランが感情に身を任せる方で、イザークが斜に構えてそれを宥める方だった。

 ──立場、逆転してねーか……!?

 かつての繊細で、何かにつけては迷っていたアスランが今、あろうことかイザークを理屈で黙らせている。軍のために規律のために──どちらかと云えば、それを説くのはイザークの方であったような気がしたが?

 

「間違いではなかった、だと? きさま、本気で云っているのか!?」

 

 正気で云っているのか、と本当は尋ねたかったのだが、このときのイザークは慎重に表現を選んでいた。それは、同僚に対する配慮だ。

 

「ここは軍隊だ! きみたちのために将兵の規律を乱されていては、戦争にならないだろ!?」

 

 以前から薄々とは勘付いてはいたが、明確な手応えが感じられずにいたことがある。それは今イザークに、鋼鉄のような冷たい視線を向けているアスランについてだ。

 ──昔から、利口なヤツではあった。

 云われてみれば、の話だが、たしかにビクトリアを期に(何かアスランの雰囲気が変わった?)という感覚はあったし、ディアッカと話題になったこともあった。その違和感ともするべき不審感は、アラスカやパナマ──アスランと共に戦場を推移するにつれ、段々とイザークの中で膨らんで行った。

 そしてここに来て、イザークはようやく──その感覚の正体に気が付いてしまった。

 今更と思われるかも知れないが、ずっとアスランと同じ方向を向いて来たイザークには、己の〝隣〟に立つ彼を観察する機会などなかった。ステラやニコルのように、彼と〝正面〟から対峙することがなかっただけ、イザークは今になって、その青年の変貌に気付いてしまった。

 

(──こいつ、考えることを辞めたのか……!?)

 

 父がやったことは正しい。父の云う通りにしていれば間違うことはあり得ない──

 親の都合のために働き、親の理想のために戦う。確かにそういう見地に立てば、ナチュラル根絶を目指すザラ議長にとって、今のこの青年ほど『理想の戦士』と呼ぶに相応しい存在はいないだろう。生まれる前から親に開発(プログラミング)され、調整(コーディネイト)の限りを尽くされた子供。親が描いた設計図どおりに生きる、それはコーディネイターだから出来る、ある種の究極の生き方かも知れない。

 ──だが、それはあまりにも人間的じゃない……!

 ──まるで機械だ……!

 厳に、こちらを睨むアスランの目には、何の感情も浮かんでいない。

 美しい緑の目の中には、苦悩も躊躇いも、そして戸惑いもない──

 

「おれたちは勝つために戦争をしているんだ! そんなことも忘れたのか、イザーク!?」

 

 ──ひとつ感情を挙げるなら、アスランは驚いていた。なぜイザークが、こうも自分に突っかかって来るのかを、彼はいまいち理解できていなかったのだ。

 だからこその「頭を冷やせ」なのだろうが、それがまるで、上から憐憫されているようで、なおさらイザークは苛立つ。だがアスランはさらに云い募る。

 

「命令の是非を問うのは兵士(オレたち)の仕事じゃない。オレたちは〝プラント〟の指示に従って、敵を斃す剣になっていればいいだけだ」

 

 ディアッカはハッとする。

 それはジブラルタル基地で、前にアスランがイザークに放ったことと、全く同じ科白だったのだ。だが、あの当時とは明らかに云い方が違う、その言葉が持つ、一字一句の重みも──。

 

「アスラン……ッ!」

 

 悔しいが、イザークは口で云って勝てる相手、勝てる状況ではないことを自覚していた。アスランの云ったことは間違いなく正論であって、同じザフトの軍人である限り、それ以上の正解など存在しないのだ。

 

「きみは〝プラント〟を守るためにザフトに志願したんだろう? ならば、なぜ分からない……!?」

 

 曲がりなりにも、過酷なアカデミーから苦楽を共にして来た仲間だ。ザフトに志願した理由くらいであれば、このような(わだかま)りが出来上がる前に、明かし合ったこともある。

 が、イザークは目をむいて反論する。

 

「そんなこと、貴様に云われたらいよいよ終わりだな! 貴様こそ、何のためにザフトに志願したのか忘れたのか!?」

 

 何を云っているんだ、と云わんばかりの顔をして、アスランはきっぱりと答えた。

 

「──〝プラント〟を守るためだ!」

「茶化すな!」

「……!? なんだッ!?」

 

 次の瞬間のアスランは、顰蹙(ひんしゅく)していた。

 イザークは畳みかけるように続ける。

 

「力が欲しかったからだろう! ──そしてその力は、何のために欲した(・・・・・・・・)!」

「…………!?」

 

 アスランは、動揺した。

 その言葉に叩き起こされるかのように、捨てたはずの過去から、自分の声が聞こえる。

 ──力が欲しい……。もう二度と失わないために。大切なものを守れる力が欲しい……!

 それはアスラン・ザラの原点にして、誓いの言葉。

 イザークは見透かしたように云い返す。

 

「貴様の力は家族を──()を守るための力じゃなかったのか?」

 

 それは今のアスランに、拷問のような質問に思えた。

 イザークの脳裏には、アスランが初めて、ステラのことを打ち明けてくれた瞬間のことが、克明に残っている。

 ──ずっと行方が分からなくて……やっとのことで再会したと思ったら、既に〝ディフェンド〟に乗っていた……

 ──何度も投降を呼びかけて、でも、聴かなくて……

 あのときの人間臭くて、情けなくて、でも優しくて、憎めなかったアスラン・ザラは、一体どこへ行ってしまったのだ? イザークはそんなことを考えながらも、呵責する。

 

「その妹すら見放した貴様に、説教される憶えなどない!」

「なに……ッ!?」

「ああ、そうさ……! オレの母上や貴様の父が〝ジェネシス〟を撃とうとするのなら、アイツ(・・・)は必ず! それを阻止しに現れるだろう……!」

 

 以前〝メンデル〟でニコルに遭ったとき、彼は自分達にこう云っていた。 

 この無益な戦争を終わらせる……いや、やめさせようと行動しているだと──。

 そのために、実際に彼らは核攻撃も阻止してくれた。だから同様に、破壊と殺戮しか生み出さない〝ジェネシス〟に関しても、止めに現れるはずだ。

 

「──それに関しては、おれも同感だね」

 

 ディアッカもその場に居合わせていたからか、不意にアスランに促す。

 

連中(あいつら)と今のザフト、どっちが正しいかなんて云わねえよ、正義なんて、立場でころころ変わるんだからな」

「ディアッカ……!?」

「でもよアスラン、あいつらの云っていることだって一理あるんだぜ? 十全に間違っているわけじゃない──だったら、少しでも連中の話を聞いてやる価値はあるんじゃねぇの?」

 

 地球軍による核攻撃と、ザフトによる〝ジェネシス〟の発射──

 もはや戦争は、年若いディアッカの知るような様相とは違う、まるで礼節を失った殺戮の応酬に発展している。このまま続けば、それこそどちらかが完全に滅んでしまうのではないかと、危惧できるほどに。

 それを止めようとしているのが、彼らであり、三隻同盟──

 であるのなら、ステラやニコルの云うことだって、もう少し真剣に聞いてやってもいいのではないか? とディアッカは思ったのだ。彼は懐古するようにして云った。

 

「ザラ隊が発足したときから、おれたち三人って、あいつらのことまったく気に懸けてなかったじゃん。部隊から二人も離反者が出たんなら、そいつらときっちりケジメつけんのも、おれたちの仕事なんじゃねぇの?」

 

 アスランは、反論した。

 

「あ、あれはテロリストに騙されたまがい物だ……! おれの妹は死んだんだよ! 一年前に!」

「半年前のアスラン・ザラ(・・・・・・・)は──おれの知っているヤツは、そんなことは云ってなかったがな……」

 

 イザークが、素っ気なく云った。

 ディアッカは肩を竦めて云う。

 

「正直、生みの親に歯向かうなんて簡単じゃねーと思うよ。おれたちみたいなコーディネイターは、特にさ」

 

 自分の人生に才能に、いたるところに親の恣意が働いているのが、コーディネイターだ。

 ──おれたちの遺伝子、優れた才能の大半は、親が決めているようなもの。

 だからこそ、親に従って生きていくことが、ある意味では一番「簡単」な道なのかもしれない。だが、

 

「それでもステラは、父親や兄貴(オマエ)と対峙する道を選んだ。そこにどんな想いがあるのかおれたちは知らねえ──だが、きちんと聞いてやる価値はある」

「…………!」

「おまえ頑固だけどさ。父親と娘を結び付けられるのは、それこそ、オマエくらいのもんだろ」

 

 アスランは、その言葉を拒絶するように、彼らに対して背を向けた。

 イザークはトドメのように、云う。

 

「〝ジェネシス〟が撃たれるとき、奴等は必ず現れる──」

 

 それは予感ではない。

 イザークの中の、確信だ。

 

「そのとき貴様は本当は何をすべきなのか(・・・・・・・・・・・)──自分の胸に聞いて、もう一度よく考えろ! アスラン!」

「……! 余計な、お世話だ……!」

 

 逃げるように立ち去っていく背中が、やがて小さくなって、角で曲がって見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 月基地から、補給と増援を乗せた艦隊が来る──

 その動きを早急に動きを察知した〝ドミニオン〟の中で、バジルールは郷愁の思いか、不思議なことに営倉を訪れていた。そこには、奇妙な縁で〝ヘリオポリス〟から行動を共にして来た軍医、ハリー・ルイ・マーカットがいるのだ。

 ナタルは中にある小さな椅子に腰かけて、闇の中に隠れるようにしている男に呟く。

 

「本当に、このままで良いのでしょうか」

 

 十全に立て直しも測れぬまま、継ぎ接ぎで構成されたような艦隊と共に、再度の総攻撃に挑む──

 ハッキリと言い切ると、ナタルにはその行動が正気の沙汰とは思えない。だが、やらなければならないことも事実ではあるのだ。軍の最高指導者(アズラエル)が〝プラント〟との停戦を認めない以上、最後まで地球軍は彼に従ってもがき続けるしかない。その下で働く自分達には初めから拒否権などないのだから、今は「それ」は問題ではない──ナタルが云いたいのは、そういうことではない。

 彼女はふと、こんなことを思ってしまうのだ。

 

「今この状況にあったら……ラミアス艦長なら、どうするのでしょうね……」

 

 営倉を訪れたのは、他でもない、共通の話題を話せるのがハリーだけだったからだ。

 闇の中から聞こえる声は、乾いた声で笑っていた。

 

「バジルール中尉(・・)から、まさかご相談される日が来るなんて思いませんでしたね……」

 

 このときハリーは、大変な粗相(そそう)を犯していた。

 今のナタルは〝ドミニオン〟の艦長であり──既に中尉ではなく、少佐の階級を与えられているからだ。

 むしろ中尉というのは、彼女が〝アークエンジェル〟に配属されていた頃の階級なのだ。ハリーとしては、あの頃から頭を更新せず中尉と吐いてしまったのだろうが、不思議とナタルは、そのことを指摘する気になれなかった。──むしろ中尉と呼ばれ続けても構わないと、甘えている自分がいたのだった。

 

(なぜだかな……)

 

 地球軍では、何事も階級が重視される。

 エリートを目指していたナタル自身、かくも若くして少佐という栄誉を授かったときは、並々ならぬ喜びと誇りを抱いたものだ。それこそ、これほどの艦(ドミニオン)の艦長に抜擢されたときなどは、自負を持って奮起していた。

 にも関わらず、そのとき抱いた決意や希望が、もはや思い出すことも困難なほど薄れてしまっている自分がいる。あれから月日はそれほど経っていないのに、むしろ中尉だった時代に逆戻りしたいとさえ感じている自分がいて、そんな自分が情けないと本気で思っている節があるのだ。

 ……だからだろうか? 至って不本意だったとは思うが、中尉と呼ばれたとき、ナタルは奇妙な安心感のようなものを憶えてしまった。郷愁感、と云ってもいい。すべての責任を放棄して、当時はどうにも反りの合わないと感じていたマリュー・ラミアスの副官に戻れるなら、それはそれで悪くないとさえ感じてしまったのである。

 

「地球軍への忠誠心が、揺らいで来ているのですか?」

 

 胸中を見透かしたような問いかけに、ナタルはぎょっとして顔を上げた。

 何故、わかるのです? ハリーの指摘に、彼女はそう返そうとする──しかし、その言葉は口に出してはいけない気がして、慌てて彼女は口を噤んだ。

 ナタル・バジルールという女性は、代々続く大西洋連邦の軍人家系の生まれだ。幼い頃からエリートになるべくして教育され、だからこそ、親の代から尽忠して来た組織に対し「大義が薄れて来た」などと、いっときの気の迷いで表明できる立場ではなかったのである。

 だがハリーには、既に見抜かれているようで、

 

「カマかけただけですよ。今の反応で分かりました」

 

 結果的に、ナタルは自身の身振りや反応で、ハリーの問いに頷いてしまっていたらしい。

 それは以前の鉄のような物腰をした彼女なら、絶対にしなかったであろう愚直なミスだった。

 ナタルには、咎めるようにしてこう吐き捨てるのが精いっぱいだった。

 

「……無神経ですね」

「は、フレイにも同じこと云われました」

 

 悪びれもなく、男は笑った。医者は医者でも、カウンセラーには向いていない男だ──この性格でよくアルスターの面倒が見切れたものだと、ナタルは今更ながら感心してしまう。

 やがてナタルは観念したように、それでいて営倉という誰も訪れない空間をいいことに、肩の荷を下ろしたように吐露していた

 

「でも、そうですね……。幼いことから信じて来た夢が、一気に崩れてしまったような気持ちです」

 

 発端は何だったか──〝ディフェンド〟のパイロットだった少女が、地球軍によって薬物漬けにされていたと、他でもないハリーに明かされたとき?

 そして最大の決め手は、アラスカの防衛戦──?

 ナタル、ムウ、ハリー、フレイ──特別と云っては何だが──四名を除いた他のアークエンジェルクルーは、上層部の都合によってアラスカに取り残され、彼らのために生贄に捧げられた。それを免れた彼らに対して与えられたのが、あろうことか『脱走罪』や『敵前逃亡罪』の適用であったこと。要するに口封じのために彼らを抹殺しようと云うのだろうが、そのときには既に、ナタルの中に迷いが差し込み始めていたのかも知れない。

 ナタルの中では、一連の出来事をどうしても「裏切り」と感じてしまう部分があったのだ。

 

『戦って生き残る。戦争が終わるまで勝ち残る──けどよ、そうやって本当に戦争が終わっちまったら、俺たちはもう用済みだろ……』

 

 生きることに疲弊した、少年達との交流も──?

 薬物によって人生を狂わされて来た者達を、懲り懲りするほどに見て来た。

 だから生理的に受け付けないという意味では、正直なところ、ナタルは地球連合軍のやって来たことに対して怒りを憶えているのだ。だが、実際にその感情を表明したり、体現したりすることはなかった。出来なかった、と云っても良い。彼女には子々孫々に受け継がれて来たバジルールの家柄を守る義務があり、だからこそ親の理想に恥じ入るような真似は出来なかった。自分さえ我慢すれば、家の名誉と理想を護ることが出来る。それは本来、彼女の本望であるはずだった。

 ──なのに今になって、我慢を貫く気力すら失って来ている……。

 よりによって、アズラエルなどという素人に全軍の指揮権をみすみす明け渡した軍部の人間──フレイ達が使えなくなるまで戦わせ続ける鬼畜の研究者達──その果てにいま、地球が滅びるかも知れない現実。

 その何もかもが、ナタルには耐えられなかった。

 地球が撃たれようというときに、家柄など守っている場合ではないと考えているのだろう。ハリーは何となく、その気持ちが分からないでもない気がした。誰しも人には護りたいものがあって、その優先順位を決めるのは当人でしかあり得ない。だからこそ彼女はきっと、その葛藤に苦しんでいるのだろう──と。

 

「理想を欲し、名誉を守る。確かにいいことだ。でもそれだけでは、地上は守れない。……わかっているのでしょう?」

 

 地球連合は、何のために存在しているのだろう? 始めから〝プラント〟と戦うことが目的ではなかったにしろ、その前身である国際連合は、地上の安寧を守るためにあったものではないのか? 再構築戦争が起こった後、地球全土の混乱の鎮圧し、国際的な平和と安全を維持するために。

 それがいつしか共同体同士の利権闘争に塗れ、睨み合ったがのち、強力なスポンサーを求めた大西洋連邦はブルーコスモスなどという結社の台頭を許してしまった。今の地球連合は地上のことなど後回しで──如何に戦後、強力な国力を残せるかだけで行動しているようにも見える。

 少なくとも、ハリーの目にはそう見える。

 ────そのときだった。艦隊の合流の手筈が整ったのか、ナタルに艦橋から呼び出しがかかる。

 彼女はやがて立ち上がり、ハリーに会釈をかわす。その目はまだ、迷いに満ちているようだった。

 

「わたしたちはずっと、得体の知れない〝何か〟に──踊らされていたのかも知れません」

 

 ハリーは、ナタルが去る前に、漠然として云った。

 彼女は首をそちらに向け、立ち止まる。

 

「Nジャマーキャンセラーの入手から、此処に至るまで──思えば、上手くことが運び過ぎている(・・・・・・・・・・)

「え……?」

「まるで誰かが裏から、この戦争を継続させようとしているみたいだ」

 

 リークされていた〝スピッドブレイク〟の攻撃目標──

 これによりザフトは戦力の大半を失って、それと時を同じくして、大西洋連邦に〝テスタメント〟というニュートロンジャマーキャンセラーの情報が齎された。

 

「Nジャマーキャンセラーなんて〝プラント〟にしてみれば戦後交渉の最大のカードでしょう? 国力では明らかに劣る彼らが、地球圏を丸め込むための」

「……たしかに……」

「それをアズラエルは分かっていた。だから喜んで核攻撃を仕掛けたんだ──その結果〝プラント〟に思わぬ反撃を喰らって、いまは危機に瀕している」

 

 その言葉は、ナタルを驚かせた。

 

「……何が、云いたいんです……?」

「アズラエルはもしかしたら、地球軍全軍を動かしているつもりで──実は誰かに動かされているだけ(・・・・・・・・・・・・・・)なのかも知れません」

 

 ハリーはなんとなく、そう思った。

 ややおいて「まあ、世迷言だと思ってください」と付け足すと、ナタルは少し考えるような仕草を見せたのち、営倉から出て行った。ひとり取り残されたハリーは、漠然として思う。

 

(本当に、このままでいいのか──か?)

 

 そう云ったナタルの目は、ひどく印象的だった。

 

(女が何かを相談するときって、だいたい覚悟が決まってるんだよな……)

 

 

 

 

 

 地球軍艦隊は〝ヤキン・ドゥーエ〟を目指し、接近しつつある。

 その動きを察知したバルトフェルドが、徐に号令を飛ばした。

 

「全艦、発進準備!」

 

 三隻に号令が響き渡り、各科員が弾かれたように、それぞれの持ち場に戻って行く。

 その中でトール・ケーニヒは〝アークエンジェル〟のパイロットロッカーにあって、ニコル・アマルフィと共に、着替えを終えて格納庫へ向かっている最中だった。

 

「ついに、始まりましたね」

 

 ニコルがぎこちなく緊張した面持ちで云う。

 ──これが、最後の戦いになるかも知れない……。

 なんとなくそう思うが、トールはそんなニコルを励ますように返す。

 

「そんな辛気くさい顔するなよなあ。みんなでことに当たれば、怖いもんなんて何もないさ!」

 

 赤信号、みんなで渡れば怖くないだろ?

 慰めに使うには、それは最低の比喩だとニコルは真っ先に思ったが、あえて指摘はしなかった。そもそも赤信号は渡ってはいけないのだが、どこか砕けた感じがして、実にトールらしいと思ったからだ。

 トールは、相変わらず陽気だ。それは、無責任という意味ではない。彼は彼なりに覚悟を持ってこの決戦の望もうとしているのだし、それを判っているから、ニコルもまた純粋に救われる気分になる。

 ──そう、ぼくにだって、こうして分かり合える人がいるんだ……。

 誰に云ったわけでもない。

 だが、ニコルは反芻するように、ナチュラルに生まれたトールと会話を交わし続けた。コーディネイターだから、ナチュラルだからという区別など必要ないことで──自分に出来るのだから、みんなにだって出来るはずだと、心から信じて。

 待機中の〝ブリッツ〟に飛び乗り、シートを固定する。出撃準備を整えると、出し抜けにM1隊から通信が入って来た。

 

〈ニコルくん、頑張ろうね!〉

アストレイ(わたしたち)は艦の護りに徹するから、前のことは任せたわよ~〉

〈今度こそ終わらせなきゃね!〉

 

 上からマユラ、アサギ、ジュリの順番だった。

 一斉に口を利かれたため、誰が何を云っているのか判別するのは難しかったが、耳の良いニコルは、そのすべての言葉をしっかりと聴き取っていた。それもこれも、幼少の頃からピアノで培った聴覚の賜物だろうか。

 戦いが終わったら、またピアノが弾きたいなと、そのとき不意に思う。訪れたことのない北欧の音楽史・音楽理論などについても、詳しく勉強してみたい。彼はすぐに、彼女達に微笑んで返した。

 

「みなさんも、くれぐれも気を付けて!」

 

 ニコルは、験担ぎのように云った。

 

「ゆっくり時間ができたら、地球各地を回ってみたいんです。──よければ、みなさんに案内してもらいたいですから」

 

 ですから、必ず生きて帰りましょう。

 ごく自然なお誘いに、きゃーっ、とかしましい声が響いて来て、ニコルは僅かに苦笑する。女の子というものは、驚くほど現金だなと思ったが、いつまでも浮ついてはいられない。

 ──ここから先は、気を引き締めなければ……。

 その頃、同じように〝ストライク〟に乗り込んでいたトールは、その〝ブリッツ〟から響いて来る、ニコルたち会話をにニヤニヤしながら聞いていた。

 ──デートへの誘い方が、絶妙(ナチュラル)すぎる……!

 ゆめゆめ自覚はないのだろうが、無自覚だからこその破壊力。なかなか巧妙なテクニックだと関心しつつ、そんなトールの目の前には、画面越しにミリアリアの姿が映っていた。みずからのガールフレンド──しかし、彼女の方はM1隊と違って、ひどく淡々と事務作業をこなしていた。

 その証拠に、このときトールに対しても、

 

〈ストライカーパックは〝ソード〟〝ランチャー〟〝エール〟──それと〝フォートレス〟と、四種類あるよ〉

 

 ひどく事務的な内容で、話しかけてくるばかりだ。

 トールはやけに神妙な顔つきになって、画面越しにミリアリアの姿を見つめていた。

 

〈──どれにする? どれもマードックさんの親切で、念入りに整備されてるけど〉

「そうだなぁ。ミリィは、どれがいいと思う?」

〈……。はあ?〉

 

 ミリアリアは、虚を突かれたでは云い切れない、鳩が豆鉄砲喰らったような顔になった。 

 何云ってんの、と云わんばかりだ。

 それもそうだろう──いま選んでいるのは、トールが扱う〝ストライク〟の外套(ストライカーパック)だ。操縦者本人の采配で決める事項を、なぜ、操縦者でもないミリアリアに尋ねる必要があったのか? 彼女はひたすら疑問に思ったが、トールは、しんみりとして続けた。

 

「今はこうやって、機体の装備の話しかできないけどさ──」

〈……?〉

「いつかなんて云うのかなぁ──結婚式のドレスを選ぶとかなったら、ミリィとこういう会話するのかなーと思って」

 

 たとえば、気に入った外套(スーツ)が四種類あったとして──

 自分の中では、どれを選びたいか覚悟が決まっていたとしても、そこには当然のように、想い人の意見も取り入れた方がいいのではないかと、トールは思うのだ。

 が、ミリアリアには上手く伝わらなかったらしい。彼女はひたすら呆れた顔で、ちょっと怒った口調で云った。

 

〈もぉ何云ってるの、早く決めてよ! こっちは忙しいんだからーっ!〉

「い、いや! だからさ! いつかミリィと、そういう会話ができるようになればいいなっていう、たとえ話であって──」

〈──知らない! ばか!〉

 

 ぶつり、と通信が切られてしまった。

 機体のモジュールくらい自分で選べ、という意味だろうか。すっかり置き去りにされたトールは、嘆息ついてから、迷うことなく選択画面を操作して〝フォートレス・ストライカー〟を決定した。

 ──どのみち、どれを選ぶのか決意は固まっていたんだ。

 大容量の内蔵バッテリー。無重力帯における高い推進力と、堅牢な防御力を有するこの装備(フォートレス・ストライカー)こそ、決戦では役に立つ──〝ソード〟や〝ランチャー〟では重すぎて戦況に対応しきれないし、万が一バッテリーが切れた際にも〝エール〟は保険として残して置いた方がいい。

 ────と、そのときだった。

 突然、モジュールが収納してある機棚が動き出し、その中から〝フォートレス・ストライカー〟と〝エール・ストライカー〟──ニ種類のモジュールが現れた。

 トールはハッとすると同時に、モニターからの通信が復活する。

 

〈──うそよ……ごめん……〉

 

 照れ隠しのように、ミリアリアの憮然とした顔が、そこにあった。

 トールは、苦笑した。

 

〈わたしだって、トールには帰って来て欲しいし……そのどっちか(・・・・)が、わたしは良いと思う〉

「ああ、そう思う……!」

〈トールが無事に帰って来れるように、ずっとここで祈ってるから〉

 

 今度は兵器じゃなくて、一緒に暮らせるアパートの話とか、できるといいね。

 優しく云われ、トールは「ああ!」と、笑って答えた。──この子と付き合えてよかったと、心から思った。

 ────同じ頃、本来ならば艦橋にいなければならないマリューは、格納庫を訪れていた。

 既に〝イージス〟のハッチが閉じていて、一拍遅れてそのことに気付いた彼女であるが、その存在に気付いたのだろう、次の瞬間にはハッチが開いて、ヘルメットを取ったムウが中から出て来た。

 マリューは一心に彼の許を目指した。

 

「──間に合わないかと思った」

「何にだよ、バカ……」

 

 ムウは云いながら、こつん、と包めた掌をマリューの額に当てた。

 

「大事な局面になる──。少し、集中していただけさ」

 

 それが、人より早く〝イージス〟に乗り込んだ理由だ。

 マリューは不安げに訊ねる。

 

「ラウ・ル・クルーゼと、決着を着けるつもり?」

「ああ、そうだな……」

 

 ムウには、既に分かっていた。

 ──この戦争をここまで(・・・・)泥沼の状態に導いたのが、誰であるのか……。

 思えば、ヤツの裏工作はずっと前から始まっていた。〝スピッドブレイク〟の情報を地球軍にリークしたのはラウであり、それによって、ザフトの勝利に終わるはずだった戦争は長引いた。同様に〝テスタメント〟の隠し場所を大西洋連邦にリークすることで、地球軍にNジャマーキャンセラーが渡るよう仕向けた。

 そうしてアズラエルが、喜んで核攻撃を仕掛ければ、それは〝プラント〟の過激派を煽ることとなって、結果的に〝ジェネシス〟の起動に繋がった。仮に〝ジェネシス〟が起動せず、地球軍が地上の復興を優先していたとしても、〝ジェネシス〟の存在をちらつかせれば、地球軍は死にもの狂いで戦いを仕掛けるしかなくなる。地球を撃たれる前に。

 両軍が両軍とも、互いを滅ぼすまで終わらない──このような状況を招いたのは、他ならぬラウだ。

 彼がすべてに手を回して、戦争が長引くように画策していたのだ。

 

「あいつを止めなきゃいけない、絶対に」

「……あなたは、帰って来る?」

 

 マリューは、彼がもう二度と手の届かない所へ行ってしまう気がして、不安になった。

 だが、ムウは、宥めるようにマリューの髪をすき、優しく返す。

 

「ああ。おれはすぐに戻って来る──勝利と共にね」

 

 不可能を可能にする男は、既に覚悟を固めている。

 彼はマリューの身体を抱き寄せ、そっとキスを落とした。マリューも委ねるように応じる。安らかな時間が流れたが、それは二人だけの世界である。下の方からそれを目撃してしまったマードックは、(人前でイチャイチャしなすって!)と唾棄するのが精いっぱいであった。

 

「少佐ぁ、一応〝ゼロ〟の整備の方もしときましたんで、よろしくお願いしますよぉ」

 

 マードックは、技術屋だから、空気は読まなかった。

 

「ええ? ああ、やってくれたの?」

 

 マリューから唇を離したムウは、きょとんとして云う。

 よく見ると、格納庫の片隅にマントのかかったMAの機影がある──〝メビウス・ゼロ〟だ。もともと無重力帯専用の運用機のため、地上に降下してからはまったく出番がなかったが、まだ保存されていたらしい。

 

「こだわりですよ」

「なるほどねえ」

 

 戦力の比が決定的に少ない三隻同盟だから、どんな小さいことでもやっておきたいというのが、マードックの意地であり、願いでもあった。可能性があることはする──だから、前時代的な〝メビウス・ゼロ〟に関しても、それまで大破していたままの〝ガンバレル〟を、補修する必要があると考えたのである。

 ムウは不敵に笑って、「ありがとさん」とだけ云った。

 

 

 

 

 

 

 〝エターナル〟のパイロットロッカーを抜け、アラートまで抜ける廊下は、上手側がガラス張りになっていて、窓外には宇宙の星の海が拡がっている。鑑賞目的まがいの、ただの宇宙探索船であれば、ここ以上に展望室に相応しい一角はないだろう。

 ステラ・ルーシェはドリンクを片手に、格納庫まで向かっている最中だった。

 彼女が着用しているのは、桃色のパイロット・スーツである。

 それは以前から〝アークエンジェル〟のロッカーに置いてあった代物で、ぱっと見ると〝デストロイ〟に乗っていた頃のそれと似ているかも知れない。勿論、強化人間用にデザインされたあれほどに無骨ではないし、もっと柔らかい印象をしている。ザフトに居た頃の真っ赤なパイロット・スーツも持ってはいるが、一度雨に濡れてから洗濯したっきり使っていない。使う気にならない、と云った方が正しいかも知れない──そのことについては、ステラ自身も理由がよく分からなかったが。

 そのパイロット・スーツと、同じデザインをしたものを着用した人が、隣にいた。白と水色を基調にした──キラ・ヤマトである。

 

「正念場だ」

 

 キラは、感覚としてそのように判断していたのだろう。

 長かった戦争に、ある意味で決着がつこうとしている。状況は既に〝プラント〟が滅びるか、それとも地球軍が滅びるのか──? いずれにせよ、どちらが先に滅びるステージに突入している。核が〝プラント〟に撃ち込まれるのが先か、それともミラーの交換を終えた〝ジェネシス〟が地球を撃つのが先か──?

 それを止めることが、ひとまずは、多くの命を救うことになる。

 

「────」

 

 キラはゆっくりと、隣にいるステラの方を見た。

 彼女はちょっと口を尖らせながらドリンクを飲んでいるが、緊張で乾いた唇を潤すための作業だろうか? ストローを咥えながら、きょとん、としてこちらを見返して来るその顔は、星の輝きに照らされて色々と反則だと思ったが、やがてエレベータの前まで差し掛かった。

 そのエレベータを待つ間、キラの胸に奇妙な感慨が押し寄せた。──〝ヘリオポリス〟の崩壊から、色々あったけど……。

 思い返せば、自分はいつだってこの少女に守られ、導かれて来たようにも思える。そう思うと、不思議と神聖な気持ちになって、扉が開く前に、彼はこう云っていた。

 

「ステラのことは、ぼくが『まもる』よ」

 

 云われたステラは、驚いた顔をした。

 

「だから、絶対に帰って来よう」

 

 もう二度と、失いたくはない。

 少なからずキラは、一度だけステラのことを守れずに、離れたことがあるのだ。あのときのような気持ちになるのは、二度と御免だと心から思っている。

 なかなかエレベータが来ないこともあって、キラはそっとステラの腰に手を回した。優しく額に唇を落とそうとしたのだが、それはどうにも、当のステラによって拒絶されてしまった。両手で顔の前を塞がれたのである。

 

「ふっ、ふわふわしちゃう(・・・・・・・・)、から……」

 

 その顔は驚くほど真っ赤に染まっていて、キラは苦笑してしまう。

 もし、出撃前にそういうことをされてしまうと、気持ちが引っ張られたり、何かに奔ってしまうのではないかと、ステラは不安に思ったのだ。

 何が云いたいのかと云うと、今までの自分と〝違って(・・・)〟しまう。

 その「違う」という僅かな感覚が、堕落に繋がって、命取りになるかも知れないと危惧したのだ。験担ぎと云えば聞こえは良いのだろうが、戦場での堕落は死を導く。その判断が付かないから、ステラはあえて断ったのだ。

 ──やらなきゃいけないとが、たくさんあるから。

 だからステラは、キラに対して一言だけ告げた。

 

「信じてるから……。まもって」

 

 せめてもの云われたことに、応じてあげるのが、誠意だと思った。

 キラは、笑って頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 〝ヤキン・ドゥーエ〟を背にしたザフト軍防衛部隊が、蜂の巣を叩いたように大量で出て来る。〝ジェネシス〟を抑えんとする地球軍艦隊のMS部隊と、最前線で交戦状態に入った。

 

「両軍、戦闘を開始しました!」

 

 機体に飛び乗ったステラは、管制官からのその報告を聞く。

 OSを立ち上げ、すっかり手に馴染んだコクピッドに身を埋める。メットの機密(シール)を終えると、改めて深く息を吐いた。艦内に揺れが奔る。ラクスの指示で〝エターナル〟が航行を始めたのだろう。自分達の行先は、他でもない──決戦の地だ。

 ──これが、〝ヤキン・ドゥーエ〟戦役……。

 ステラが考えていると、モニターに〝エターナル〟の艦橋から通信が繋がった。それはどういうわけか、マユ・アスカの姿だった。

 

〈ステラお姉ちゃん、がんばってね!〉

「うん、ありがとう」

 

 ステラは、にこ、と笑って頷く。

 次いで、反対側のモニターにはムウの姿が映る。

 

〈パトリック・ザラを──親父さんを止められるのは、おまえだけだ。おまえの進む道は、おれたちが切り開いてやるから、とにかく、前だけ向いて進むんだ!〉 

「ムウ……!」

〈──モビルスーツ隊、発進してください!〉

 

 発進指令が出て、続々とモビルスーツ部隊が発進してゆく。

 それぞれに、決然とした号を発しながら。  

 

「トール・ケーニヒ、〝ストライク〟出ます!」

 

 白亜の戦士が、

 

「ニコル・アマルフィ、〝ブリッツ〟出撃します!」

 

 漆黒の潜行者が、

 

「ムウ・ラ・フラガ、〝ヴィオライージス〟出るぞ!」

 

 赤紫の指揮官機が、

 

「カガリ・ユラ・アスハ、〝ストライクルージュ〟行くぞ!」

 

 それぞれに旅立って行く。

 そして〝エターナル〟においても、それは同様だ。

 

「キラ・ヤマト、〝フリーダム〟行きます!」

 

 自由の翼が、燦然と輝く星の海に向けて飛び立って行く。

 そして──

 

「ステラ・ルーシェ、〝クレイドル〟出る!」

 

 漆黒の闇に飛び立っていく〝クレイドル〟は、鮮やかな銀白に通電し、翼を広げて最後の戦に望んだ。

 

 

 

 

 

「──来るか」

 

 ラウ・ル・クルーゼは〝ヤキン〟内の格納庫にあって、何か予感のようなものを感じ取っていた。

 彼の目の前には、暗灰色に彩られた、一機の新型機がある。

 大きな光背のような背面ユニットを背負い、その円周にいつくもの砲塔が突き出している。胸部からそこに伸びる電子ケーブルはあろうことか剥き出しになっていて、どこか未完成といった風な印象を受ける。

 無論、未完成機であるわけがない。その機体は、やや鈍重な印象をしているが、精悍だ。〝クレイドル〟の流れを汲んだドラグーン・システム搭載機であり、直系の後継機に当たる。元々は格闘戦仕様の機体として完成するはずだったものを、パイロットの能力を鑑みて仕様変更したために、後付けのケーブルが剥き出しになっているのである。

 

「隊長、みずからご出撃なさるのですか?」

「アスランか」

 

 それと共にあるのは、ZGMF-X09A〝ジャスティス〟とZGMF-X11A〝リジェネレイト〟である。

 中でもアスランが、珍しく白色のパイロット・スーツに身を改めたラウを見つけ、驚いたように声を掛けて来た。

 

「第七宙域の守りが薄い。加勢するよう、ザラ議長からの通達でね」

「はあ」

「きみも祖国のため、大義のために戦うのかな……?」

 

 アスランは、彼が何を云い出したのか分からなかった。

 

「……は、そのつもりでありますが?」

「いや、いい。それでいいんだ、きみは」

 

 ラウはゆめゆめ、嘘は云っていなかった。

 

「この〝プロヴィデンス〟も初めて実戦に出るのだ。きみの脚を引っ張らぬよう、気張らせてもらうよ」

「そんな……」

 

 アスランは、謙遜して応えた。

 やがて三機に、それぞれ発進命令が出る。まずは巨大なハッチが開き、そこから漆黒の〝リジェネレイト〟が飛び立って行った。

 ──今日が人類にとって最後の日だ……。

 ──止められるものなら、止めてみるがいい、最高の(スーパー)コーディネイター。 

 ラウはひっそりと嗤って、野心を隠しつつ、勢いよく飛び出して行った。

 

「ラウ・ル・クルーゼだ。──〝プロヴィデンス〟出るぞ!」

「アスラン・ザラ、〝ジャスティス〟出る!」

 

 ────鳴り響くのは、決戦の合図。

 

 

 

 


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