~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『ルーシェと名乗る少女』

 

 

 〝ヘリオポリス〟は跡形もなく崩壊した──。

 そこで暮らしていた学生らにとって、当たり前だと思われていた日常は崩れ去り、彼らが生活していたコロニーはデブリとなって、宇宙の彼方に散ったのだ。

 

 宙域へと投げ出された〝ストライク〟と〝ディフェンド〟であったが、キラの方がステラを決して手放さなかったことではぐれることはなかったらしい。そこから信号を発信し、やがて〝アークエンジェル〟へと帰還することができた。

 宇宙空間など人生で初めて体感するキラとしては、文字通り、右も左もわからない状況に動揺していたが、対するステラは、まるで慣れているかのように冷静に対処し、まず身を寄せるべき「母艦」──〝アークエンジェル〟へ戻ることが賢明だと判断したのだろう──その位置を把握して、キラと共に帰還した。

 その途中で────おそらくヘリオポリスの崩壊によって投げ出されたのだろう一隻の救難ボードが宙域に難破していた。

 〝ストライク〟はこれを回収し、〝アークエンジェル〟へ持ち去った。

 無事、トールやサイ達も回収されていたようで、キラは同級生達の安全を確認すると、ひとまずは、ほっと胸を撫で下ろした。

 

「ステラ、だいじょうぶ?」

「……うん?」

 

 〝アークエンジェル〟へと帰投し、キラが〝ストライク〟の中から、通信回線を開いて訊ねた。

 大丈夫。

 というのは他でもない────アスランのことだ。

 

 ヘリオポリスの崩壊に際して発生した乱気流によって──兄妹は、再び引き離されてしまった。

 

 〝ストライク〟は〝ディフェンド〟を離さなかった。

 咄嗟の危機に、キラがステラの機体を必死に繋ぎ止めていた。それが、アスランとステラを引き離した要因の「ひとつ」ではあるだろう。

 アスランへ引き渡せば良かったかもしれないという考えさえ浮かんだが、しかし────だからといって、あそこで〝ディフェンド〟から手を離していたら、キラはまた、別の形で後悔していたのではないだろうか?

 こうして、ふたりとも無事でいられているのだから、それはそれでいいような気もしている。恨めしくもあるが、後悔はない現実だ。

 

 ──アスランはどうなっただろう?

 

 いや。久々に再会したアスランはもう、ザフトの「軍人」になっていた。

 きっと今頃は自分の判断で、無事にザフトの船に戻っているだろう。

 

 ──ステラは、ぼくを恨んでいるだろうか。

 

 せっかく兄に会えたのに──僕が、その手を離さなかったばっかりに──兄から引き離され、よりによって地球軍の戦艦に連れて来られてしまったのだから。

 ステラに訊ねたキラは、いくばかりの罪悪感を感じ、また、動揺からとても暗い顔をしていた。

 しかし、ステラは──

 

「だいじょうぶ。ステラ、うれしかったよ」

「……え?」

「アスランに会えたのも。キラが守ってくれたのも、うれしかった」

 

 オレンジ色の〝ジン〟が放った重粒子砲から、キラはステラを守ってくれた。

 ステラはそのことを言っているのだろう。

 無邪気な微笑みを含んだ穏やかな表情でそう言われ、言葉を受けたキラは、心の中のもやもやが、少しすつ晴れていくような気がした。

 

「その、恨んでない? アスランとまた、離れ離れになったこと」

「うん。生きてるなら、また会えるから」

 

 「生きている」ならまた会える──

 ステラは自分の言葉を疑わなかった。

 お互いの「それ」を潰し合うのが────今起きている「戦争」だというのに。

 

 〝アークエンジェル〟のクルーの多くが、MSの格納庫へとゾロゾロとやって来ていた。その中にはマリューやナタルの姿もあり、キラの同級生達もいる。

 キラが回収した救難ボードを開くと──中からは多くの民間人──そして、偶然そこに乗っていたフレイ・アルスターの姿があった。

 フレイが救難ボードの中にいたことに驚いたキラであったが、〝ストライク〟のハッチを開き、ひょっこりとそこから顔を出した途端、格納庫にいるクルー達からざわめきが上がった。

 

「おいおい、なんだってんだぁ? 子供じゃねえか! あんな坊主が〝アレ〟に乗ってたてえのか!?」

 

 首にタオル、不精髭を蓄え、ぼさぼさの髪をした、世辞にも爽やかとは言えない中年の男、整備士のコジロー・マードックが、あからさまに皆の意見を代弁する。

 ヘリオポリスの襲撃によって、正規の搭乗員の大半を喪失した〝アークエンジェル〟は──ここまで間に合わせの人員で動かされ、ザフトを退けた。

 それは間違いなく〝ストライク〟が奮闘し──襲い掛かって来た〝ジン〟を数機として撃墜した成果があってのことだろう。

 臨時に編成された〝アークエンジェル〟のクルー全員が、命を預けたような機体(ストライク)を操っていたパイロットが、仮にも精悍とは言い難い、柔らかな物腰の年端もいかない少年だと知った時、彼らの受けた衝撃は大きかった。

 なによりそれは、軍服でも作業服でもない私服を身に纏った少年であることからして──それは明らかに軍とは関係のない、民間人の少年なのだから。

 キラの無事を確認したトール達が、ぱあっと表情を晴らせ、クルー達を人だかり押しのけて、格納庫へと降り立ったキラへと駆けよっていく。

 

「よかった、無事だったか!」 サイがキラの肩を叩き、

「心配したぜー!」 トールが勢いよくキラに抱き付いた。

 

 心配したのはこっちも同じだよ、と答えようとしたキラであったが、その時、傍らから、パイロットスーツに身を包んだ男が口を挟んだ。

 

「へえ、こいつは驚いた」

 

 突然脇から声をかけられて、キラはそちらへと顔を向ける。長身の男だ。

 整った顔立ちに、やや軽薄に見えるほどの笑みを浮かべながら、ムウ・ラ・フラガが、キラへと歩み寄っていく。

 

「な、なんですか?」

「きみ、コーディネーターだろ」

 

 ムウは短く、だが、その場にいる全員にしっかりと届くような声で、あっさりと言い捨てた。

 それは事実確認をするための言い方ではなかった。そのセリフは既に、ムウの中にある「確信」に準じていたのだから。

 ムウから放たれた言葉を受け、場の空気が一瞬にして凍り付く。そして条件反射か、ムウの背後にいた地球軍兵士がキラに銃を突きつけ始めた。

 

「…………!」

 

 「これ」が────今の世界の有様か?

 ナチュラルにとって、コーディネーターは敵。

 ──コーディネーターを造ったのは、ナチュラルだというのに。

 その時、トールがキラの前へ進み出て、キラを庇うようにしてムウに言いかえした。

 

「だからどうしたんだよ! キラは敵じゃない、あんた達だって、キラがザフトと戦って、俺達を守ってくれたの見てただろ!?」

「……銃を下ろしなさい」

 

 トールが主張すると、遠くから現れたマリューが、銃を構えた兵士たちを制した。

 クルー達によるどよめきは、なお続いていたが──このどよめきを起こした張本人は、まるで悪びれた様子もなく答えた。

 

「いや、すまんね。騒ぎを起こす気はなかったんだ。ただオレは、これまでに〝ストライク〟の正規パイロットになるはずだった新米連中のシュミレーションを見て来てるからなあ。────やつら、機体をノロクサ動かすのにも四苦八苦してたんだぜ?」

 

 その〝ストライク〟が、なんたることか。

 先に見たヘリオポリスの中では、コーディネーターの操る〝ジン〟を何機も撃破していたではないか。

 ──そんなにも簡単に、ほいほいと動かせる代物じゃないはずだ。

 それを推理すると、ムウにはキラの正体が、確認する必要性もなく判断できたのだろう。

 

「勿論それは────向こうの(・・・・)一機も、同じだが」

 

 ムウはキラから視線を移し──〝ストライク〟と並んで動きを止めた、聳え立つ真鍮色の〝G〟を見仰いだ。

 

「──〝アレ〟のパイロットは?」

 

 アレに乗っているのも、おそらく、というか、ほとんどの確率でコーディネーターだろうが……。

 

 ところで、ナチュラルの中にも、飛び抜けてパイロットセンスのある人間は、たしかに存在する。

 たとえば、その言葉を放った────ムウ・ラ・フラガ大尉などは、見事に、その例の中のひとりだろう。

 彼はナチュラルにして、高度な空間認識能力(・・・・・・)の所有が搭乗前提となるモビルアーマー〝ゼロ〟を駆り、数機の〝ジン〟に包囲されても、そのすべてを撃墜し返す、というナチュラル離れした操縦技量を持っている。

 空間認識能力とは、物体の位置・方向・姿勢・大きさ・形状・間隔など────物体が三次元空間に占めている状態や関係を、すばやく正確に把握、認識する能力のことである。

 上下左右のない、また、目測での距離感覚が掴みにくい宇宙空間での戦闘において、この能力の高さは、非常に有利に働くことがあるのだ。

 

 ムウはどこか興味ありげに〝ディフェンド〟を見上げ──そのハッチが開いた途端、格納庫にいる一同が、ぐっと息をのんだ。

 その一瞬は──どのようなパイロットが〝アレ〟を操っていたのだろう? という好奇や期待、不安──様々な感情が入り乱れた瞬間でもあった。

 しかし、

 

「…………?」

 

 〝ディフェンド〟のコックピットから姿を見せたのは──キラよりも幼いように見える──首をかしげた、物柔らかそうな少女であった。

 

「はあああッ!?」

 

 マードックの悲鳴のような割声が響いた。

 キラの時よりもオーバーな反応を見せたマードックだが、そのリアクションは、またも皆の心境の的確な代弁者となっていた。

 ハッチから出て来たステラは──見下ろす限り、ぽかんと口を開けてこちらを見ている──言うと悪いが──とてつもなく間抜けな表情に凝視され、訳が分かっていない様子で首をかしげている。

 滅多なことでは動じない、という自信のあったフラガであったが、この時ばかりは、いくぶんそのハッキリとした声が震え出していた。

 

「おいおい、マジかよ……。今度のはなんていうか、言葉も出てこねえな……」

 

 あの黄色い〝ガンダム〟を操っていたのが少年なら────百歩譲って、まだ理解できよう。

 おおよそそれはコーディネーターの少年で、計器類や、情報処理の扱いに長けた、勤勉な学生であったのだろうと考察がつく。

 ──しかし、今度はなんだ?

 可憐な姿はどこかの芸能事務所にでも所属していそうな、儚げで、それでいてあどけないワンピース姿の女の子が──呆然と出て来た!?

 

(え? クルーゼの野郎、あんな女の子に追っ払われたってことかよ……)

 

 必然的に指し示される、ひとつの真実。

 フラガの乗る〝ゼロ〟を撒いたクルーゼの〝シグー〟が、あの女の子が乗っていたであろう〝ディフェンド〟に、二度も体当たりされ、撤退した光景をフラガは見ていた。

 ──マジか。

 色々と困惑したが、まずは宿敵であるはずのクルーゼをみじめに思うと同時に、そんなクルーゼに、一矢報いることさえ出来なかった自分の力量を情けなく思い、表情を引きつらせるフラガであった。

 キラも含めた学生たちが、一斉にステラの元へと駆けよっていく。

 

「無事で良かった!」

「ステラすごいじゃない! ほんと何者!?」

 

 サイ達の安堵の声と、ミリアリアの嬌声が飛んだ。

 

 この後の〝アークエンジェル〟は────ザフトからの奪取を免れた〝ストライク〟と〝ディフェンド〟を大西洋連邦司令部へと無事に持ち帰らなければならない。

 そのために──まずは補給が必要だ。

 

 ユーラシアの軍事衛星〝アルテミス〟────

 

 北大西洋連邦と同じ軍事同盟下にあるそこであれば、現在〝アークエンジェル〟のいる位置から近い宙域にあり、寄港できる可能性が高い。

 艦の補給は勿論のこと、突然の事態で、ヘリオポリスまで崩壊させてしまった────学生たちのように、本意ではなく〝アークエンジェル〟に乗り込んでしまい、いまだ混乱しているクルーも多いだろう。

 彼らにも──休養できる場所が必要だ。

 マリューはそう考え────軍事衛星〝アルテミス〟への軌道に付いた。

 

 

 

 

 

 

「──アスラン・ザラです。通告を受け、出頭いたしました!」

 

 クルーゼのいる隊長室に入り、鯱張って敬礼するアスランに、クルーゼはゆったりと応対した。

 

「君と話すのが遅れてしまったな、呼ばれた理由はわかっているのだろう?」

 

 命令違反。

 アスランが即座に持ち帰るべき〝イージス〟を駆り、データの抽出も終わっていないその機体を、何の指示もなく実戦へと投入したことだ。

 

「懲罰を課すつもりはないが、話は聞いておきたい。あまりに君らしからぬ行動だからね」

 

 アスランはその言葉を受け、しばらく強ばった表情を浮かべていたが、彼は軍人だ。いち兵隊として、戦場で起きた委細を指揮官に報告する義務もある。

 月の幼年学校で古くから友人であったキラ・ヤマト──コーディネーターであるその者が〝ストライク〟に乗り、地球軍を、ナチュラルを守ろうとしていた、ということ。

 報告を受けたクルーゼは、

 

「────なるほど、戦争とは皮肉なものだな」

 

 告げられた事実を評するような言葉で答えた。

 しかし、それを言い終えたアスランは──まだどこか釈然としない表情を浮かべていた。頭の中でひとり考え込んでいるような──そんなことを延々としていても答えは出ないだろうに──重苦しげな表情だ。

 

「他にも何かあるのかね?」

「あっ、いえ…………」

「ふむ」

 

 アスランは混乱している。クルーゼの目から見てそれは明白だった。

 クルーゼ隊に加入してからのアスランは、クルーゼとも妙に長い付き合いになる。長い間傍にあれば、行動パターンなどはある程度理解できてくる。

 

 ──アスラン・ザラは軍人としての能力は非常に優秀だが、クルーゼ隊の中では、それこそ一番軍人に向いていない性格をしている。

 

 咄嗟のことに動揺すると、一見冷酷そうにも見受けられるその端整な表情(ポーカーフェイス)は、途端に崩れ去る。ひとり思い詰めている時も同様だ。

 悩んでも解決しないことをひとり孤独に思い詰めがちで、訓練の時はそんな素振りは周囲に微塵も見せずとも、オフを与えると途端に体調を崩すような少年だ──ここまでアスランを理解しているクルーゼにとって、目の前にあるアスランの様子は、まだ何か言い足りないという、子供のように素直な部分の現れだろうと判然と推測できた。

 

「〝ストライク〟──それに〝ディフェンド〟と云ったか。我々が奪い損ねた、もう一機の機体は」

 

 機体の名に、大きな反応を示すアスラン。

 

「私も〝シグー〟で出撃したのだが──きみも報告くらいは聞いているだろう? ──あの〝ディフェンド〟に思わぬ反撃をもらい、被弾した次第だよ」

 

 我ながら愚かだな、と嘲笑するようにクルーゼは述べ、アスランはいえ、とそんなクルーゼを庇うように言葉を漏らした。

 

「最初はそれを動かすナチュラルが、闇雲に私に突進を仕掛けて来たのだと錯覚してしまった。あの機体には────突進以外の攻撃手段が無かった(・・・・・・・・・・・・・・)のだと判断するのが遅れてね──聞けばあの機体の装甲は、ひと突きで〝ジン〟の機体をバラバラに砕いたという」

 

 堅牢で重厚な「盾」──これは装甲としても使えるが、その重量ゆえ、攻撃に用いれば、衝撃を加えれば軽装な〝ジン〟のボディなど粉々に砕かれてしまう。

 その分、敵機への零距離接近が攻撃の前提条件となるが、あの機体はそもそもそ、どう見ても本来攻撃用の機体ではないだろう。

 むろん、ヘリオポリスでは、調整中でしかなかった機体だ。

 次回から実戦に投入してくるとなれは、臨時でもビームライフル程度の武装は持たせてくるだろうが。

「とてもナチュラルが操縦していた、とは思えないのだがね」

「…………隊長!」

 

 その時、アスランが声を上げた。

 

「勝手を承知でお願いがあります。この私を、次の戦闘──〝イージス〟で出撃させて頂けませんか」

 

 命令違反をし、クルーゼの配慮で懲罰をまぬがれたこと自体が僥倖なのだ。

 その上でアスランは、改めてクルーゼに伝えた。

 

「確かめたいことがあります」

 

 キラのことは、なんとかして説得し、ザフトへ来るように伝える。

 ディフェンドが出てくれば────その時は…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────なんだこりゃ」

 

 整備士のマードックに同伴して、ムウは、キラとステラの乗っていた二機の〝G〟の整備、点検、そして、データの抽出作業に立ち会っていた。

 コジロー・マードックは──その風貌こそ、がさつで粗暴そうに見えるが、メカニックとしての知識と技術は、職人の中でも相当なものだ。

 そのマードックが、今にも両手を上げそうな顔をして、〝ストライク〟のOSデータを見ていた。

 どれどれ、とムウがマードックの代わりに〝ストライク〟の中に潜り込むと、

 

「なんだこれ」

 

 と、似たような言葉を放った。

 〝ストライク〟のOSデータが、普通の人間には理解できないような、複雑で極めて高度なデータへと書き換えられていたのだ。

 

「こんなもん、あの坊主以外の、誰が扱えるってんだ」

 

 地球軍のエリートである高官を親に持つナタル・バジルール中尉は、育てられて来た厳しい環境からか、凛としたその佇まいとハキハキとした態度に相応しい、完全なる軍人気質に育て上げられた女性士官であった。

 ナタルは〝ストライク〟〝ディフェンド〟という軍の最高機密が、民間人の少年と少女に操縦されていた事実に納得が行かず、地球軍の正規パイロットであるムウに機体に乗るように指示を出した。

 しかし、

 

「〝ストライク〟ほど難解ではないのですが……〝ディフェンド〟のOSもまた、独自に書き換えられてますね」

 

 あの少女が機体を動かす際に独自に調整したのでしょう、と整備員のひとりが言った。

 

「いずれにしろ、我々(ナチュラル)に解読できるような仕様じゃあないっすよ」

「ッたく! あのぼんやりした嬢ちゃんの頭のどこに、こんなに高度で複雑なOSを完成させるようなスペースがあんだよ」

 

 理不尽な怒りを覚えているとムウは自覚こそするが、これではナタルに理不尽に怒られるのはムウの方だ。

 コーディネーターという人種が、ますますよく理解できなくなるムウであった。

 

 

 

 

 

 

 

 艦橋で、ステラは、〝アークエンジェル〟の外に広がる宇宙の様子を、ひとり呆然と眺めていた。

 ──宇宙なんて、久しぶり…………。

 星々の輝きがまるで宝石の海原のように煌めいて、燦々と虚空を照らしている。魂ごと、吸い込まれて行きそうな深い世界だ。物思いに耽ながら、ステラはぼんやりと、考えごとしていた。

 心の隅に、どこか引っかかる違和感がある。それは、この戦艦に搭乗してから抱き始め、いまだに拭えない、得体のしれない感情。

 ステラが今乗っている──この「戦艦」の名称。

 

 〝アークエンジェル〟────どこかで、聞いたことのあるような名前だ。

 

 艦船の内部構造にも、どこか見覚えがある。これが地球軍の戦艦だというなら、それも不思議なことではないのだろうが……以前、似たような戦艦に乗っていたことがあるのだろうか? 

 ──〝ガーディ・ルー〟…………?

 いや、あれはミラージュ・コロイドを搭載した特殊戦闘艦であり、戦略型のこの船と、細部こそ違っている。しかしどこかそれに似た強い既視感を覚え、不思議と船の構造が、頭の中に残っているステラであった。

 

「──ステラ? ちょっといい?」

 

 窓から宇宙を眺めていると、その背後からキラが現れ、ステラへと話し掛けた。ステラは体重を壁に預けたまま、くるりと身体をキラの方へと向けた。

 

「ドタバタしてて、ちゃんと話せなかったけど……その、色々と話したり、聞きたいことがあるんだ」

 

 キラはそう言って、ステラを与えられた部屋へと誘った。

 〝アークエンジェル〟の中には、重力を有する居住区画があり、収容した民間人の多くが、この居住区の部屋にその身を預けられる。

 むろん、多人数の収容も想定し、ひと部屋は複数人での相部屋構造となっているが──特殊部隊要員として地球軍に配属されていたステラは、このような区画が備えられた戦艦があることをこの時初めて知り、きょろきょろと辺りをよく見回し、好奇心に溢れた眸を浮かべていた。

 キラ達ヘリオポリスの工業カレッジの学生達も、軍の最重要機密を知ったとはいえ扱いは民間人であり──居住区部屋の一角を与えられていた。

 

 キラに誘われ、ステラはキラに与えらた部屋へと入っていく。

 その部屋には誰の姿もなく、ふたりきりの空間だった。

 

「なに?」

「ああ、うん。とりあえず、座ってよ」

 

 周りには誰もいない──よほど、ふたりで話したいことなのだろうか?

 ステラは言われたとおりに、キラのベッドに腰掛ける。キラはデスク用のイスに腰掛け、その口を開いた。

 

「さっき、整備士の人から聞いたんだ。ステラ、あの黄色いモビルスーツに乗った時、OSを書き換えたんだって?」

「うん」

「…………どうして」

 

 悪びれた様子もなく答えたステラに、キラはため息をついた。

 

「だって、あのままじゃあれ、うまく動かなかった。これまでの調整がヘタだった」

 

 四苦八苦して調整したであろう、ナチュラルの正規パイロットの努力を「ヘタ」の一言で片付けるステラ。

 ステラは以前まで──乗り慣らしていたMSの性能──低火力だが高機動の機体を与えられており、そちらに慣れている節があったため、機動力を最大限に上げるように調整したのだという。

 

「ステラさ──本当にこれまで、どこで何をしてたんだ?」

「?」

「だって、とても信じられないんだ……僕がアスランの家に遊びに行けば、いつも一緒に遊ぼうって、無邪気に飛び込んで来た君が──まさか、そんな難しいことを……」

 

 キラとて人のことを言えた立場ではないが、あの時、ヘリオポリスは既に戦場と化し、混沌としていた。あんな状況下でひとりの女の子が、見たこともないようなMSに乗る決心をして、僅かな時間の間にOSを書き換えてしまうなんて──信じられないのだろう。

 むろん、わずか数秒でOSをまるごと書き換えたキラほどの処理能力はステラにはなく、ステラは〝ディフェンド〟を起動するのに多少の時間を要したが、いずれにしろ、混乱した状況下で冷静に対処できたステラの神経に、疑う余地があることに変わりはない。

 キラは、己の言いたいことを上手く表現できていないが、ステラは〝シグー〟を撃退して、最後には〝ジン〟を撃墜している。

 そう──既に彼女は、ザフトの人間をひとり殺してしまっているのだ。

 キラには──それが認められないのだろう。

 

「僕の知ってるあの(・・)ステラが──モビルスーツなんて、動かせるはずがない……」

 

 ──少なくとも、僕の知っているステラとは、少し違う気がするんだ。

 キラは、その抱いた違和感を解決できずに話をしに来た、というのだろう。

 

 血のバレンタインが起きたのが、一年前の話だ。

 ステラはその時に亡くなったとされていたが、現実にはこうして生きている。

 アスランもその事実を知っていなかった。だからあんなにも動揺していた。

 そして、キラがステラと最後にあったのは、三年前。

 この三年の間に──ステラにいったい、何があったというのだろう。

 

「……………………」

 

 尋ねられたステラは、沈黙を保った。

 言いたくないわけではなく、ステラの場合、単純に説得の仕方がわからなかったのだ。

 なかなか答えないステラに、その時キラは諦めたように、また、思い出したように言った。

 

「あ、そうだ。ステラに言っておきたいことがあるんだけど」

 

 俯きから顔をあげるステラ。

 

「〝ザラ〟って名前は──この船の中の人達には、明かさない方がいいと思うんだ」

「どうして?」

「ほら、君のお父さん、プラントの偉い人だからさ。それを嫌うっていうか、僕達みたいなコーディネーターを嫌ってる人は、この艦にも多い、みたいだから」

 

 キラとステラは今、この艦に乗っている唯二のコーディネーターだ。

 キラがふたりたけの空間にステラを呼んだのも、コーディネーターであるという同じ境遇に、言い知れぬ共感を覚えてのことだろう。

 ──「ザラ」なんて名前が明らかになったら、ステラがこの先何に利用されるのか……わかったもんじゃない。

 これは、彼女のことを心配したキラなりの配慮であった。

 

「ルーシェ」 

 

 その時、ステラが呟いた。

 え? とキラが訊ね返す。

 

「ステラ・ルーシェ」

 

 思い返せば、ステラは〝ディフェンド〟に乗り込んだ時、自分のことをそちら(・・・)の名前で呼んでいた。

 軍艦からMSで出撃する時に、認識番号等をブリッジに伝達するために必要な過程──それが自分の名前と、発進する機体名の唱和だ。

 長く染み付いた慣習──「ルーシェ」の名前が、「ザラ」よりも先に立って口をついで出ていたのだろう。

 

「ステラ、そういう名前」

「は、早いね、偽名を考えるの……そして何の抵抗もないんだ…………」

 

 唖然とするキラ。

 しかし、どことなく儚げで可愛らしいその名前は────不思議と目の前にいる「ステラ」に──ぴったりの名前であるように感じれた。

 

 その時、〝アークエンジェル〟内にけたたましい警報が響いた。

 

 ザフトの追撃艦の一隻が──〝アルテミス〟への航路をとった〝アークエンジェル〟の前に先回りし、その後方にはまた別のザフト艦が追撃して来ている。

 つまり、完全に挟まれた──というのだ。

 

「また、戦うのか…………」

 

 ザフトはどうして──こうまでして、この船を狙うんだ。

 

「アスラン…………」

 

 キラにはそれが、分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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