~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『セカンダリー・ウェーブ』A

 

 

 地球軍とザフト軍が、ふたたび戦闘を開始した。

 地球軍側の狙いはひとつ。〝ヤキン・ドゥーエ〟後方に据える大型ガンマ線レーザー砲──〝ジェネシス〟の破壊である。

 死に物狂い、といった勢いで進軍する彼らは、軍事拠点であるプトレマイオス・クレーター、そして彼らの生まれ故郷(地球)を人質に取られている状態にある。友人・家族・恋人……さまざまな思いを寄せる者達が〝ジェネシス〟の射線上に立たされている以上、地球軍各員は飛ぶ鳥を落とす勢いで攻め込む他になかった。

 対するザフト守備軍も、踏みとどまって応撃。打って変わって、彼らにとって〝ジェネシス〟は勝利の鍵──希望の代名詞だ。これを破られれば、地球との交渉権を大いに失うことになるばかりか、核攻撃による洗礼を以て、逆に〝プラント〟が壊滅の危機に陥ることになる。

 当たり前だが、どちらの軍も敗戦などしたくないし、故郷だって失いたくないのだ──強迫観念に逼迫された者達には、もはや善悪を問うている余裕はない。正義も悪も存在しない、同情も容赦も必要ない、ただ自分達の大切な故郷を「守るため」に「殺し合う」戦争が始まったのだ。

 

 

 

 

 

 出撃後、即座に〝ミーティア〟を受け取った〝クレイドル〟の中、ステラはディスプレーを拡大し、実際にはまだ遠くにある戦場と、そこで繰り広げられる大規模な艦対戦の様子を目撃していた。

 

 異常な空気であることは、すぐにわかった。

 

 ステラが初めて経験した戦争は〝ユニウス戦役〟であったが──それと比較しても、空気が違い過ぎている、とステラには思えてしまった。

 当時と比して、現在はMSの性能水準では低次元にあるはずだ。けれども、常軌を逸し、電撃が肌を灼くようなビリビリとした感覚が、目の前の〝ヤキン・ドゥーエ戦役〟にはある。出来ることなら、飛び込みたくないな、と思ってしまうくらいには。

 〝ドミニオン〟が、その渦中にいた。戦艦がみずから戦場を横切るなど、尋常ではない。が、直ちに〝ジェネシス〟に到達したい彼らは、二機の〝G〟を直掩につけながら戦場を邁進していた。弾幕を張り、群がる敵にゴットフリートを照準。撃ち放った野太い光条が、戦線の〝ジン〟を貫いた。

 

 そのときである。彼らの目指す〝ジェネシス〟に、不気味な光が宿ったのは。

 

 

 

 

 

 月基地より出立したフレイが、月艦隊の戦列を離れていく。随伴艦より〈どこに?〉という疑問が紡がれたが、聞かずにそのまま離脱していく。

 次の瞬間だった。艦のセンサーが前方に膨大な熱量を捉え、ほとんど同時に艦隊は〝それ〟に飲み込まれていた。

 

「…………」

 

 増援のために出立した月艦隊は、一瞬にして壊滅した。

 フレイはどこか冷めた目でそれを見遣り、次第に、何かを決したような面持ちになった。彼女はそのまま、レーザーが飛来した方角に指針を取った。

 

 

 

 

 

 発射された〝ジェネシス〟のレーザーは、月基地を壊滅させた。

 着弾地点には巨大な茸雲が噴き上がり、それは前線にある〝ドミニオン〟からも視認することができた。レーザーは幾つかの光芒を撒き散らした後、確実に何万という数の地球軍兵士達を焼き尽くしたのだ。

 けれど、このときのナタルの頭には一人のことしか思い浮かばなかった。

 ──アルスターは……!?

 彼女自身、なぜそのようなことを考えたのかは分からない。指揮官である彼女が目を向けるべきは月基地の被害であるにも関わらず──たったひとりの少女の命運こそが、このときの彼女の頭を支配していた。

 

「支援隊より入電! 『先の砲撃により、我、艦隊の半数を喪失』──!?」

「それすら狙っての砲撃……」

 

 ──艦隊の中には、フレイもいたはずだ……。

 この瞬間から、アズラエルは絶句して完全に黙り込んでしまった。

 無理もない。彼の云っていた「最後の手札(カード)」というのも、つまりは戦場に到達する前に今の一射に灼かれたのだ。そうでなくとも地球軍は月艦隊の半数以上を失い、まともな増援を見込むことすら不可能となった。

 

 地球連合軍は、負けたのだ。

 

 

 

 

 三隻同盟が、戦場に飛び込んだ。

 その目的は〝ジェネシス〟を抑えるため。彼らもまた〝ドミニオン〟と目的こそ同じだったものの、相容れることはついにできなかったようで、そんな〝ドミニオン〟から繰り出される砲火をかわしつつ、マリューは叫ぶ。

 

「月基地を失っては、地球軍はもう退くしかないわ! ナタル──!」

 

 退くしかない、退くべきなのだ、とマリューは断じる。

 月からの増援を失った地球軍に、どう転じたところで戦勝の二文字はあり得ない。潔く敗戦を認め、撤退するべきだ。少なくとも抗戦の意思がないことを明らかにすれば、このうえ〝ジェネシス〟を発射される道理はない。

 しかし、そんな彼女の呼びかけとは裏腹に、月基地を撃たれた地球軍は更なる憎しみに駆られたように戦闘に没して行った。現にアズラエルもまた──

 

「──核攻撃隊を出せ! 目標は〝プラント〟群だ、あの忌々しい砂時計、一基残らず叩き落とすんだァッ!」

 

 CIC席を奪い取って逆上し、冷静さもなく声を荒げるばかりだった。月基地を撃たれた腹癒せに、コーディネイター達の大切な故郷を奪おうと云うのだろう。そうしたところで、こちらが失ったものは二度と返ってこないというのに──

 

「〝G〟に道を開かせろ! コーディネイターどもに思い知らせてやるんだァ!」

「アズラエル理事! それでは、地球に対する脅威の排除にはなりません!」

 

 子供っぽい感情論に振り回されるのでは、軍人として堪ったものではない。ナタルは立ち上がり、振り返ってアズラエルを怒鳴りつけていた。

 ──当初の目的すら忘れてしまったのか、この男は!?

 〝ジェネシス〟を破壊しない限り、地球は根本的に脅かされたままだ。そのうえ〝プラント〟に核攻撃など仕掛けようものなら、逆上したコーディネイター達の憎悪と殺意を煽るだけだ。そうして下手に挑発しようものなら、相手だって何をしてくるかわからない──まさかとは思うが、地球だって撃たれるかも知れないというのに!

 

「ああッ、ああッ、ああッ! もうッ! なんでそうそう、イチイチうるさいんだよ、あんたはッ!?」

 

 いや、分からないのではない──?

 この男は、そもそも真実を分かろうとしないし、分かりたくないのだろう。自分が敗北したというその事実を、受け入れたくないから。

 

「命令しているのはボクなんだよ! キミたちはそれに従うのが仕事だろ!? なのに何で、あんたはイチイチ、逆らうんだよ!?」

「ここは戦場です! 目先の都合しか捉えられないようでは、死にます!」

 

 アズラエルは胸ポケットから拳銃を持ち出して喚き出したが、ナタルは慄然とするのを隠して、毅然として応じる。

 撃てるものなら、撃ってみればいいのだ。ナタルはこのとき、不思議と目の前の凶器が怖くなかったという。

 

「〝ドゥーリットル〟より入電! ピースメイカー隊、発進準備完了とのことですが……」

 

 すっかり竦み上がったオペレータが、ナタルの顔色を伺いながらおずおずと声を発する。その人はナタルほど状況を割り切ってもいなければ、アズラエルの掲げた拳銃が怖くて堪らなかったらしい。

 

「発進させろ! ──いくら〝あんな兵器(モノ)〟を振り翳そうが、〝プラント〟を落とせば戦争は終わる! だいたい、コーディネイターすべてが地球に対する脅威なんだぞ! ボクらはそれを撃ちにきてるんだ!」

「アズラエル理事……っ!」

「わかったらアンタもちゃあんと自分の仕事しろよ! 前へ出ろ! ──〝ドゥーリットル〟を撃たせるな! あの裏切り者の艦(アークエンジェル)を、今度こそ沈めてみせろ!!」

 

 〝ドミニオン〟の艦橋の中は、息苦しく、異常な空気に包まれていた。

 特にナタルと違って、にわか仕立てのクルー達は、直属の上官と監視員(オブザーバー)による分裂騒ぎに、ひどく精神をすり減らしているようでもあった。

 

「もう、やだよ──」

 

 どこからともなく、心の折れた女性士官の悲鳴が聞こえた気がして、彼らに責を負うナタルは、ぎりっと唇を噛み締めた。

 

 

 

 

 

「──地球軍艦隊、転進します!」

 

 ミリアリアの声にハッとして、マリューは〝ドミニオン〟および地球軍艦隊が突如として進路を変えたのを認めた。〝ジェネシス〟から転進した艦船は、一目散に〝プラント〟を目指し行軍を始めたのだ。

 いち早く意図を悟ったバルトフェルドが、危惧した口調で云う。

 

「くそッ! 狙いは〝プラント〟か!?」

 

 魂胆は判っている。とうとう〝ジェネシス〟に攻めあぐねた艦隊は、月基地を撃たれた腹癒せに〝プラント〟を攻撃しようと云うのだろう。

 先の〝ニュートロン・スタンピーダー〟を警戒してか、核ミサイルを抱えた〝メビウス〟の戦隊は、大きく間隔を取って航行している。

 

「あの部隊は!?」

「やらせるもんか……っ!」

 

 核攻撃隊に気付いた〝フリーダム〟と〝クレイドル〟が、天馬のように核攻撃隊の追撃に向かう。そんな僚機達の動向に気付いた〝ブリッツ〟や〝ルージュ〟もまた、二機の後に続いた。

 それと時を同じくして、核攻撃隊の動きを察知したザフト軍も続々と守備隊を発進させてゆく。イザークが率いるジュール隊もまた、その編成の中にいた。

 

「来るぞ、散開!」

〈やつら、編隊の間隔を開けてやがる!〉

「ミサイルの見落しは絶対に許されんぞ! 一基でも撃ち漏らせば、帰る家を失うと思え!」

 

 号令と共に、全ての〝プラント〟守備隊が核攻撃隊の迎撃に出向いてゆく。だが、例によって核攻撃隊の護衛を仰せつかる〝レイダー〟や〝フォビドゥン〟──そしてもう一機だけ現存する〝ペルグランデ〟と衝突することとなり、次々に防衛網に穴を開けられていった。

 そうしてザフトが苦戦を強いられる最中、やはり現場へと駆けつけた〝フリーダム〟と〝クレイドル〟が、ふたたび〝ミーティア〟の総火力を吐き出して核ミサイルを片端から叩き落とす。またも最終防衛ラインに光の防壁が形成される光景を目の当たりにしたイザークは、思わず熱狂の視線を投げかけていた。

 ──やはり、あいつら……!

 だが、それと云っても全てのミサイルを撃墜できたわけではない。先の戦闘での失態を活かし、核攻撃隊は友軍同士の誘爆を防ぐために隊列に間隔を空けた航行陣形を保っているのだ。

 そうして現実に撃ち漏れていた核ミサイルを、しかし、後続する〝ブリッツ〟や〝ルージュ〟が手当たりに次第に撃ち墜としてゆく。イザークとディアッカは地球軍の〝G〟に掛かりきりだったが、そいつらは〝クレイドル〟の機影を認めた途端、そちらに向かって行ってしまった。

 

〈なんか……なんだ?〉

 

 目の前で〝フォビドゥン〟が転進し、それを見送ったディアッカが疑念の声を挙げた。

 

〈連合の〝G〟だが、一機足りないぜ? もう一機の黒いヤツ──〝レムレース〟は!?〉

「哨戒機の報告を待つ! おれたちは今ここで、できることをやるだけだ!」

 

 ジュール隊は、ふたたび迫り来る核の第二波に備えた。

 

 

 

 

 

 

 〝クレイドル〟の中で、ステラは自分達が思いのほかプラント最終防衛ラインに近づいていることに驚きながら、ここまでの侵攻を許したザフト守備軍は、戦力的にひどく摩耗しているのだな、という事実に気付かされていた。挙句に、間隔を空けた核攻撃隊の波状攻撃──これでは、ザフトがジリ貧になるのも無理はない。

 

「〝ジェネシス〟なんて……! どんな強い武器を振りかざしたって、肝心の〝プラント〟を守れないんじゃ……!」

 

 真っ向から踊り掛かってくる〝ストライクダガー〟に、このときステラは手心を込めていた。迎撃のために掃射したビームライフルの射線を、わざとコクピッドから数尺ずらしたのだ。それはキラやカガリ達の戦い方を見習った故の手心であり、敵機の戦闘力や機動力のみを奪おうとした行動だった。

 そうして彼女の撃ち放ったビームは、狙い通りに〝ダガー〟の肩間接部分にのみ直撃する。が、そこから誘爆を起こした爆炎は、瞬く間に敵機のコックピットを飲み込んだ。

 目の前に命の火球が咲き、ステラは思わず掌を叩きつけていた。けれど、落ち込む間も怒っている間もなく、感覚的な「上」の方向に淀んだ思惟を察知する。バーニアの燐光をちらつかせながら猛スピードで飛来する機影は、大西洋連邦の〝フォビドゥン〟だ。

 

「キラ、ここをおねがい!」

 

 ステラは思い切って〝フリーダム〟に言い残す。

 通信先で核ミサイルを応撃していたキラは、ハッとして顔を上げた。そうして視線を向けた先に、突撃してくる〝フォビドゥン〟の機影を認める。

 いまだに無数の核ミサイルが〝プラント〟の防衛ラインを縦断しようとしている。ここであれらの機体に足止めを食らっていては、ミサイルの迎撃が間に合わない。

 

「──わかった!」

 

 そうしたキラの返事を聞くが早いか、そのとき〝クレイドル〟は既に〝ミーティア〟を母艦まで送り返し、みずからが囮を買って出るように別の宙域まで離脱していった。その陽動に引っかかった……というより、差し出された挑発を〝フォビドゥン〟はあえて買ったような勢いで後を追っていく。

 場に残された〝フリーダム〟は、ひとまず次なる防衛ラインまで機体を進撃させ、やがてはプラント最終防衛ラインまで辿り着く。

 ──と、そこに核攻撃隊を迎撃中の深紅の機体を発見した。ミサイルを撃ち落とすのは、冷徹にして正確な射撃。キラと同じく、宙域中に次々と巨大な火球を咲かせている機体は、鮮血色に染まったボディに、赤黒いサブフライトシステムを背負った〝ジャスティス〟だ。

 

「アスラン!」

「……!? キラか!」

「──右だ!」

 

 キラは叫びながら、今にもアスランのすぐ脇を通り過ぎようとしている核ミサイルを示唆した。その言葉に弾かれてミサイルに気付いたアスランはすぐに機体を回頭、間髪おかずライフルを照射してミサイルを撃ち落とした。

 ──そうか……! アスランはそもそも〝プラント〟が護りたくて……!

 苦し紛れに、通信機にアスランの声が響く。

 

「何しに来た!?」

「アスラン、今は〝プラント〟を守ることが先決だ!」

「……!」

「やるしかないさ……!」

 

 云い争うことから始めていたふたりであったが、そんな彼らの許に、遠方から地球軍が誇る虎の子のMA──〝ペルグランデ〟が飛来した。

 そいつはキラとアスランの前で分裂し、分裂した破片そのものを砲塔とし、切り刻むようなビームのシャワーを〝フリーダム〟と〝ジャスティス〟に浴びせかける。

 

「〝ペルグランデ〟──!?」

 

 無線化された〝ドラグーン〟による多重攻撃──

 しかしアスランは、放たれた四方からの砲火を瞬時にすべて捌いてみせていた。一方でキラは〝ミーティア〟の右舷テールノズルへの直撃を許していた。被弾によりスラスターが暴発し、片肺となった〝フリーダム〟が独楽みたいに回転する。

 

「うわっ……!」

 

 凄まじい遠心力が、キラの身体を横殴りにする。

 元より〝ミーティア〟は大型のモジュールということもあって、白兵戦に用いるには不向きだ。繰り出す推力こそ絶大であるが、小回りが利かない分、定点攻撃も波状攻撃も卒なくこなすドラグーンが相手では、あまりに分が悪い。

 

(まさか、キラがこの場に現れるとは……)

 

 四方から浴びせられるビーム攻撃を素早くいなしながら、アスランは思考している。

 ──この〝ペルグランデ〟は、どうして自分達の前に現れた?

 敵のMAの目的は、元より核ミサイルの守護と護衛。そこから考えれば、ヤツのターゲットは〝フリーダム〟──いや〝ミーティア〟だろう。核ミサイルをこれ以上不発で終わらせたくない地球軍にとって、防衛爆撃さながらの大火力砲撃を殆ど無制限に行う〝ミーティア〟は、何よりも最優先で封殺しておきたい存在のはずだから。

 要するに、自分達の前に現れた〝ぺルグランデ〟の攻撃標的は、結局のところ〝フリーダム〟であって、決して〝ジャスティス〟ではないのだ。

 だとすれば、アスランにとって目の前のMAと律儀に戦ってやる意味はない。この場に留まり、大人しく〝ペルグランデ〟と交戦する意義など何処にもないのである。この宙域から〝ジャスティス〟が離脱すれば、残された〝ぺルグランデ〟は十中八九〝フリーダム〟へターゲットを絞るだろう。追撃を免れた自分は何の憂慮もなく、核ミサイルの迎撃にのみ専念できる──

 

(しかし……)

 

 それだけを考えれば好都合に思えるが、それだけを考えないのが、今のアスランでもある。

 彼にしてみれば不本意な話だが、襲い来る〝メビウス〟の大群を相手にするなら、アスランよりキラのMSの方が百人力を有しているのだ。そのうえキラが〝ミーティア〟を装備しているのなら、その絶大な迎撃能力は千人力に及ぶものとなるだろう。

 

「…………」

 

 こうして、あらゆることを冷徹に考えたとき、アスランがやるべきことはキラとの言い争いを続けることや、キラひとりに〝ぺルグランデ〟を押し付けることではなかった。

 キラのことはあえて泳がせた方がアスランにとっては利があって、あるいはこれが危機に瀕したのなら、助けてやるのが最善策だ。キラもまた、今は〝プラント〟を守り抜く戦士になってくれるのだと、彼の力を信用する(・・・・)──

 

 ──信用? 違う、利用したいだけなんだ……。

 

 少なくとも『核の脅威から〝プラント〟を守る』という一点的な意味では、奇しくもザフト守備軍と、三隻同盟の利害は一致している。

 迷っている時間はないらしい。数秒で覚悟を決めたアスランは、右肩の〝バッセルブーメラン〟を抜き放ち、それを分離している〝ペルグランデ〟のドラグーンユニットに投げつけた。それを見た後方のキラから驚きの声が上がる。

 

「アスラン……!?」

 

 キラには、まるで〝ジャスティス〟が自分を庇ったように見えていた。

 動揺半分、もう半分は、歓喜した表情を浮かべている。

 

「〝プラント〟を守るためだ! ……蹴散らすぞ!」 

「……! うんっ!」

 

 無垢に笑ったキラを見て、ずきり、とアスランの胸が、音を立てて痛んだ。

 ──なんて顔して、笑うんだ。

 頼りないキラ。それを放っておけなくて、いつも助けていた自分。その都度に、心の底から喜んだキラ──。

 今この瞬間が、その再現であるかのようで。

 まるで自分達が、遥か昔に置いて来た幼少期に戻ったみたいで。

 

 ──懐かしくて、苦しかった。

 

 迫り来る連合の〝ペルグランデ〟は、ふたりにとって共通の敵(かすがい)だ。この瞬間から〝フリーダム〟と〝ジャスティス〟が、共闘を始めた。

 

 

 

 

 

 

 右腕の〝トリケロス〟からレーザーライフルを連射し、ニコルは最後と思しき核ミサイルを撃ち落としていた。一息つき、ゆっくりと周りを見渡せば、核ミサイルらしき噴進弾は、ニコルやその他の大勢が死力を尽くした結果として撃滅されたらしい。

 第一波、第二波と続いて、またしても〝プラント〟への核攻撃を阻止することができたのだ。その事実が何より、ニコルとしては誇らしいことだった。

 

 ──これで、大体の片はついたか……!?

 

 ミサイルを撃ち放ち、それ以上の役割も戦闘力も持たなくなった〝メビウス〟の軍勢が、いそいそと地球軍艦隊の方へ帰投してゆく。

 合理的に判断すれば、ニコルはそれを追撃すべきだった。

 撤退したそれらが再出撃してくる可能性が少しでも残っている以上、彼は〝メビウス〟を追いかけてでも撃滅しておくのが正解のはずだった。

 しかし、このときの彼は選ばなかったし、選べなかった。単に〝気が進まない〟という個人的な感情の下〝メビウス〟を追撃しなかったのは、云ってしまえば彼の甘えであり、優しさであり、矛盾でもあったのだろう。

 

〈必要な機体は補給を! 〝ドミニオン〟を抑える……他は〝ジェネシス〟へ!〉

 

 だから、マリューからの指令を受けてもなお、二コルは後ろ髪を曳かれる思いでその場から動けなかった。傍らにいる〝ルージュ〟からは〈わたしは〝アークエンジェル〟の方に向かうぞ!〉と告げられたが、それでいてなお、彼は〝プラント〟から目が離せない。

 

(いま、僕がここを離れても大丈夫なのか……!?)

 

 ザフトの守備隊──かつては共に戦った同胞達(コーディネイターたち)を信頼していないというわけではない。

 しかし、彼らは現実に、一度は地球軍の防衛網突破を許している。核ミサイルへの対処とて、キラとステラがいなければ完遂できていたかどうか──。

 そんな状況だからこそ、守備隊に宛てる戦力はひとりでも多い方が絶対に良い筈で、だからこそニコルは、いま〝プラント〟の防衛線から離れることができずにいた。

 

 ──誰か、信頼できる人がいれば……!

 

 そんなことを考えていた、そのときだった。

 暗闇の向こう側から見憶えのある二機のMSが現れ、ニコルはハッとして息を呑む。見まがうはずもなく、それは〝デュエル〟と〝バスター〟だった。

 

「イザーク! ディアッカ!」

 

 イザークもまた、正面に見えてきた〝ブリッツ〟の存在を認めていた──かどうかは定かではないが、この状況では認識していて当然だろう──かたやディアッカは斜に構えながら、みずからの部隊長を横目に、どこか愉快げな面持ちで閉口する。

 

 ──さて。どうすんだ、我らが部隊長殿(イザーク)は?

 

 このときのディアッカは、ニコルとばったり遭遇したことに驚きなど感じていなかった。なんとなくだが、彼がこの場へ駆け付けてくる予感がしていたからだ。

 そして、だからこそ一つの不都合が生じる。今のディアッカ達は、そんなニコルを敵として撃破するよう指令を受けていること。ザフトに仇なす敵性勢力──その片翼を担うニコル・アマルフィという少年を、自分達は決して見逃すわけにはいかないということだ。

 しかし、

 

「イザーク! 何度でも言います! ボクはあなた達とは──」

 

 先に口を開いたのはニコルだった。

 戦う気はない──とでも、彼らしく続けようとしたのだろうか? その先をディアッカは聞き届けることはできなかったが、それは傍らの部隊長殿が、その先を言わせなかったからだ。

 

「──〝ミラージュコロイド〟ステルスというものは、無色透明になるのだよな!?」

 

 突然。それは本当に突然のイザークの発言。質問というより、確認の意味で放たれた言葉であり、割り込まれたニコルは困惑を露わにする。

 しかし、ディアッカはすぐに謎の発言の意図に気づいたらしい。調子を合わせたように、おちゃらけた様子で返していた。

 

「あー、そうだなあ? もしそんなモノを使われちゃあ、ここの哨戒を任されてるオレたちが、たまたまうっかり眼前の『敵』を見落としちまう──なんてことがあっても、仕方がねえよなあ?」

 

 白々しすぎるイザークの態度と、やけに説明的なディアッカの云い回し。ここまでやられて、ようやくニコルは相手方の意図に気付き……そして、そのことを意外に思った。

 だから彼は、慌てて〝ブリッツ〟の光学迷彩のスイッチに手を伸ばす。

 展開されたガス状の霧が〝ブリッツ〟を覆い隠し、次の瞬間、漆黒の宇宙の闇から〝ブリッツ〟という機体が消えた──少なくとも、視覚的には。辺りをぶんぶんと見回しながら、〝デュエル〟がのそのそと近寄ってくる。

 

「この辺りに何か居たような気がしたが、ディアッカ! 何か見たか!?」

「……。いいや、何にも?」

「そうか!」

(イザーク……)

 

 イザークは、快哉として叫んだ。

 

「ならばオレたちは、地球軍の侵攻を喰い止めるだけだな! ──まったくクライン派め! 〝ジェネシス(・・・・・)を落とそう(・・・・・)などと考えていたら、タダでは済まさんからな!」

「まあ、それぞれにやるべき仕事がある(・・・・・・・・・)──ってことだろう?」

 

 含みのある会話を交わしながら、二人は何事もなかったかのように防衛ラインの哨戒と防衛の任務に戻ってゆく。

 ニコルは、終始唖然としてしまっていた。明らかに自分の存在に気付いていたろうに、それでも彼らは自分を見逃し、自分にチャンスを与えてくれたのだ。あのイザークが、よもや自分に期待をかけてくれているらしいのだ。

 

「──『〝ジェネシス〟のことは任せた』って。そう受け取りましたよ、イザーク」

 

 件のレーザー砲による地球軍の大量殺戮には、イザークなりに思う所があったのかも知れない。明確に言質は取れなくとも、やはり彼らは長い付き合いだった。みなまで云わずとも、云わんとしていることはなんとなく判ってしまうのだ。

 

「……強情なんだからっ」

 

 そうしてニコルは、故郷(プラント)の一切を彼らに任せて機体を飛び立たせる。防衛線を離脱した〝エターナル〟に後続し、仲間と共に〝ジェネシス〟へ向かったのだ。

 できる限りの自重をしていたニコルであったが、次の瞬間、やはり噴き出し、口元に大きな笑みが零れた。

 

 

 

 

 

 〝プラント〟の最終防衛ラインは、ステラにとって息苦しい空間だった。

 核ミサイルを手にした影響か、地球軍は他人の人生を歪めようとする害意と悪意に満ちているし、応撃するザフト守備軍も激情に駆られ、狂気だけが奔流のように渦巻く空間だった。だから彼女はわざと〝フォビドゥン〟を誘い出し、軍本部を迂回したのち、大きく開けた宙域までこれを誘導した。

 

「オマエェ! 今日こそはァッ!」

 

 大鎌を構えた〝フォビドゥン〟が、及び腰の〝クレイドル〟に急接近をかける。

 屈曲する熱プラズマ砲〝フレスベルグ〟を撃ちかけるが、それは射線の途中において〝クレイドル〟のドラグーン・シールドに真っ向から遮断され、目標の〝クレイドル〟本体まで届くことはない。時間と空間──あらゆる射線と行動のタイミングを読み尽くされているかのような支配感が、シャニの気分を逆撫でする。

 

「あの白い悪魔を叩き墜とせ! 砲火を集中させろ!」

 

 後方にある〝ドゥーリットル〟艦橋、ウィリアム・サザーランドが号を飛ばし、次の瞬間〝クレイドル〟目掛けて無数のホーミングミサイルが撃ち放たれた。

 魚群のように飛び迫るミサイルの数々を、ステラは頭部機関(バルカン)を乱射しながら迎撃し、しかし、その内の数基だけは爆散させずに残しておいた。次に、彼女は機体のスラスターを全開にし、いきなりの急加速を掛ける。後背の翼が青色の燐光を散らし、翼を広げた〝クレイドル〟が〝フォビドゥン〟に迫撃を仕掛けた。

 ビームジャベリンを構えながら突撃してくる〝クレイドル〟を、このときシャニは迎え撃とうとして、できなかった。突如、彼の目の前で謎の爆発が巻き起こり、爆炎と煙幕が彼の視界を覆ったからだ。ドラグーンが撃ち掛けたビーム砲が、先に残していたミサイルを横合いから撃墜し、意図的にシャニの鼻先で爆破させたのだ。

 その爆光は〝フォビドゥン〟に対する目暗ましとなり、次の瞬間、煙幕の中から飛び出してきた〝クレイドル〟の光刃が、過たず〝フォビドゥン〟の大盾を切り裂き、これを奪い取っていた。

 

「くぁ……ッ!」

「怯えているのね……? あなたも、怖いのを隠すために戦ってる(・・・・・・・・・・・・・)んだ……!」

「なんなんだ、おまえッ!」

「やめようよ……! 怖いのを嫌って戦うんじゃ、死に急ぐだけだから!」

 

 怖いものを追い払う──

 怖いものをやっつける──

 そんな思いに脅かされたまま、盲目に戦い続けた者の末路を、彼女はよく知っていた。

 

「そんなことを繰り返していたら、いつか──」

「オレたちはマトモ(・・・)じゃねえ! 強化人間(オレたち)はマトモになったヤツから死ぬんだ──オルガみてぇになァ!」

 

 オレはアイツみたいにはならない、シャニはそう思っている。

 ──オレは、騒がしいのが好きなんだ……!

 ──オレは、賑やかなのが好きなんだ……!

 同僚や上官とも特に交流を持たず、そればかりか〝ドミニオン〟艦内ではいつもヘッドフォンを着用し音楽の世界(じぶんひとりのせかい)に閉じ篭っていたシャニ・アンドラス。そんな彼の「生活」とも呼べない日々を振り返れば、賑やかなのが好き、という発言は矛盾しているように思えるかも知れない。だが、彼は本当に、賑やかなことが好きだったのだ。

 

 ──たとえば戦場で、モビルスーツの爆発が、たくさんあるのは好きだ。

 

 だって、綺麗な花が、たくさん咲いているから。

 だって、みんなの〝()〟が、たくさん聞こえるから。

 自分の中が、すごく賑やかになるから!

 

「……!? その〝声〟って……!」

 

 その感覚に、思うところがある──

 だからステラは、目をむいて驚いた。

 

「静かになるのは怖えよなあ、耐えられねえよなあ? ひとりぼっちだもんなあ? ──だからオレはもっと壊して、もっと殺すんだぜ? もっと〝声〟が聴きたいからなー!?」

 

 一ヶ月前に戦死したオルガ・サブナックは、若者向け(ジュブナイル)小説を読むことを趣味にしていた。

 しかし、そうした彼の読書習慣は、それぞれ彼の同僚に当たるクロト・ブエルが携帯ゲームに、一方のシャニ・アンドラスがデスメタル音楽に没頭していたから、そんな二人に倣って始めたようなものでもあったのだ。

 

 ──では、なぜシャニ・アンドラスはデスメタル音楽を嗜好していたのか?

 

 デスメタルというのは『死』や『死体』さらには『地獄』など、世辞にも上品とは云い難い不吉なテーマを扱ったスラッシュメタルを起源としている。そこから派生したデスメタルは、圧迫感のある楽器演奏と、ヴォーカルの強烈なシャウトが印象的な音楽ジャンルのひとつとして確立している。

 極度にディストーションを効かせたヴォーカルは、それはそれは恐慌的な声音をしており、さながら獣が獲物を威嚇する唸り声、あるいは人間が朽ち果てる際の断末魔に似ているとされる。このようなダミ声を業界では文字通り『死声(デスボイス)』と呼ぶほどで、シャニは、その死声が好きだった。

 

 戦場でモビルスーツを撃墜したとき、シャニはその死声に似た人間の〝声〟を聴くことができた。

 それは人々による最期の絶叫であり、悲鳴であり、慟哭だ。消魂しく、耳を劈く人々の断末魔は、それこそが音楽となって(・・・・・・・・・・・)壊れかけのシャニを解放してくれた──「自分はひとりではない」のだということを、救済のように彼に教えてくれたのだ。

 だからシャニは、その救済を求めて殺すのだ──たくさんの敵を。壊し、殺して、もっと大きな──もっと多くの断末魔音楽(デスメタル)を、自分の中に響かせていたいから!

 

「そんなのは──!」

 

 戦闘が終われば悲鳴は途切れ、彼の『音楽』は止まってしまう。だからシャニは、戦場から戻った後はヘッドフォンを着用し、それによって断末魔音楽(デスメタル)を代用し続けた。

 他人の放つ負の感情を、叫びながら朽ちていく戦死者達の慟哭を、当然のように自己の中に受信しているシャニ・アンドラスは、紛うことなき共感力者(エンパス)だった。先の戦闘においてソレによって体調を崩したステラとは対極に、シャニにとってはソレこそが音楽だったのだ。

 

「そんなのは、音楽っていわないっ!」

「テメーの〝声〟を聴かせろよぉ!」

 

 告解と共に突っ込んでくる〝フォビドゥン〟の攻撃は苛烈を極め、高出力ビーム砲(フレスベルグ)を乱射しながら肉薄してくる猛撃に、いよいよステラが手詰まりを感じ始める。また、ふたたび後方の〝ドゥーリットル〟による対空砲火が激化して、放たれた火線が〝クレイドル〟の行動範囲を狭めに掛かった。

 

「ミサイル斉射! フェイズシフトだろうが何だろうが、コックピットに全弾叩き込め!」

 

 サザーランドの指示により、またも無数のミサイル群が射出された。全弾が〝クレイドル〟を目指して急速に近づく!

 そのときだった。突如として、そのミサイルが悉く撃墜され始めたのは。

 ステラは何もしていない──が、突如として空域に形成されたビームカーテンが、すべてのミサイルを正確に撃ち落したのだ。

 

「──!?」

 

 その瞬間を、ステラはしっかり目撃していた。無数の砲塔らしき武装端末が飛び交い、それらのビームカーテンを形成したことを。蜂の子のように生物的に動き回るそれらは、目まぐるしく錯綜しながら一目散にこちらに飛び来たる。

 

(なんて数……っ!?)

 

 彼女の判断は早かった。なおも迫撃してきた〝フォビドゥン〟を蹴飛ばして強引に距離を作ると、すぐさま機体を翻す回避動作に入ったのだ。

 衝撃にどつかれたシャニは呻きながらも、さらに逆上したように〝クレイドル〟への突撃を敢行しようとする。

 が、そうするより前に、彼の機体に凄まじい衝撃が襲った。〝クレイドル〟に突然逃げられたと思いきや、被弾を示すワーニングランプが点滅したのだ。どこからか発射されたビーム攻撃に、バックパックが直撃を受けたらしい。レールガン(エクツァーン)を砲身ごと破壊され、しかし、それは明らかに〝クレイドル〟による砲撃ではない。

 

「な、なんだ──!?」

 

 ミサイルを撃ち落とされたサザーランドが、困惑の声を挙げる。そして、そのとき彼が見ていた艦橋窓に、光背のような大型ユニットを背負った黒銀(くろがね)色のMSが映し出された。蒼い輝きを放ったツインアイが、死神のように冷たい色をしている。

 いつの間に接近を許したのか? 「対空砲火! 何やって──」サザーランドの叫びは、そこまでだった。眼前の黒銀色のMSが、肩口まである大型のビームライフルを艦橋めがけて発射したのだ。サザーランドの肉体は、艦橋に流れ込んできた光の奔流に焼却されて終わった。〝ユーキディウム〟──審判の名を冠する大型ビームライフルによって。

 

「ああ? ジャマすんなよぉ!」

 

 一方で、自身の戦闘に割って入られたシャニもまた黙ってはいない。見たことのない機種だが、どうやら〝クレイドル〟と同系統のモビルスーツ、ザフトの新型らしい。

 ──テメェの命も刈り取ってやる!

 激情のままに、それきり〝フォビドゥン〟は〝クレイドル〟から標的を切り替え、大鎌を掲げて黒銀色の新型に突っ込んでいく。光背のようなバックパックを背負った威容は観音菩薩か、神仏そのもののようにも見える。

 

「──! いけない(・・・・)っ!」

 

 突如として繰り出されたビームの網を避けきることで精いっぱいだったステラが、咄嗟に声を荒げる。

 何かが、彼女にそう叫ばせていた。

 

「──ア?」

 

 死神。それを象徴する大鎌を抱える〝フォビドゥン〟であるが、彼がそれを一振りするよりも前に決着はついていた。パイロットの知覚外、完璧な死角から発射されたビームが、過たず〝フォビドゥン〟の全身を貫いたからだ。

 ドラグーン。しかし〝クレイドル〟が繰り出していたそれらとは、明らかに練度が違う(・・・・・)──

 すでに〝ゲシュマイディッヒ・パンツァー〟を奪われていた〝フォビドゥン〟はビームを偏向させることも防御することも叶わず、次の瞬間には二桁を凌ぐビームの直撃を許していた。頭部を、左足を、右腕をと次々に部位をもぎとられ、転がされ、枯草色の死神(フォビドゥン)はそれ自体がただの鉄塊へと姿形を貶められてゆく。

 

 ──何が、起きてんだ?

 

 身を灼くような炎熱が体を押し包んで来ても、シャニには何も分からない。結局、最後まで彼には何も分からなかった。ただひとつ、耳が、聴覚が働かなくなったことを除いては。

 

「なにも、聴こえねェ──」

 

 必死に手を伸ばした〝クレイドル〟の鼻先で、〝フォビドゥン〟が爆砕して散った。

 爆発の衝撃が〝クレイドル〟を大きく吹き飛ばし、減衰をかけたステラの前に、もう再び〝黒銀〟が降臨する。後光を思わせる大型の背嚢に、頭部ツインアンテナに見慣れない『仮面』──〝メンデル〟で報告にあった〝ベルゴラ〟のものか。

 

「…………っ!」

 

 何よりも、その機体から放散される邪悪な気配に、ステラは毅然として背筋を正す。

 ──そう、ステラは〝それ〟を知っていた。

 鉄の仮面で己を偽り隠した男──ネオと同じ。嘘で塗り固めた人生の中、他者を信じず、自身さえ信じることのできなかった者だけが抱く、子供のように純粋な悪意。

 それは。それを抱える、あの人は──

 

「──ラウ・ラ・フラガ……!」

「キミは私の獲物だよ、ステラ・ザラ……!」

 

 黒銀の〝プロヴィデンス〟が、白銀の〝クレイドル〟の前に顕現した。

 

 

 

 

 

 

 〝プラント〟の最終防衛ラインでは、なおも地球軍とザフト軍の戦闘が続いていた。その戦闘の最中、クロト・ブエルはレーダー上から〝フォビドゥン〟のシグナルが消えたことに気付いた。

 

「──シャニ……!?」

 

 まさか、オルガに続いて、シャニまでやられたっていうのか?

 ──そんな強いヤツが、この空域にはいるってことかよ?

 まったくもって、最期まで面白くないヤツだ。最後の戦闘くらいは、お互いに撃墜した『ホシ』の数を競い合おうって、約束していたじゃないか。

 ──なのに、なんでアイツの方が先にやられちまうんだよ! 

 戦争なんて、ただの『ゲーム』だ。楽しまなければ大損で、だからボクは、もっと強いヤツと戦いたい。もっと強いヤツと戦って倒せば、もっと楽しいに決まっているのだから!

 

「フンッ、もう核攻撃隊(コイツら)のお守りなんて、懲り懲りだね!」

 

 咄嗟に機体をMA形態に変形させ、鋼鉄の猛禽(レイダー)がザフト軍本部よりさらに向こう側の空域へと飛び立っていく。この瞬間、クロト・ブエルは〝ドミニオン〟の指揮下から離れ、与えられた任務を完全に放棄した。

 だが、別に構いやしない。なんだかんだ、この戦闘に勝ち星などないことをクロトはすでに悟っていた。であるなら、廃棄処分にされるより前に、もっと暴れたいじゃないか。人生だって『ゲーム』なのだ。楽しまなければ、意味がない。

 

 ──シャニがやられた空域に行けば、もっと強いヤツらと戦えるかなあ?

 

 最後くらい、目いっぱいに楽しませてもらおうじゃん──?

 そのように胸を躍らせながら、〝レイダー〟が戦線を離れていく。その独断を感知した〝ドミニオン〟艦内に、オペレータの声が上がる。

 

GAT-X252(フォビドゥン)、シグナルロスト! GAT-X370(レイダー)、戦線を離脱していきます……!?」

「あああッ! 何なんだよぉ、アイツらはァ!」

 

 癇癪を起こしたアズラエルは、なおも抵抗を続けるように管制官を怒鳴りつける。

 

「核母艦はどうなってるんだ!? ──〝ドゥーリットル〟は? 〝ドリスミラー〟は!?」

「ど、どちらもシグナルロストです」

 

 何もかも、アズラエルの筋書きから外れていく。おかしい──こんなはずじゃなかった! 一気に〝プラント〟を攻め落とせば、それで戦争に勝てるはずだったのに、なぜ、誰もボクの言うとおりに行動してくれないんだ!?

 そんなアズラエルの許に、たったひとつの吉報が舞い降りる。それは唯一残された核母艦〝コーネリアス〟からの通信だった。

 

〈本艦が〝プラント〟本国へ特攻を仕掛けます! ──核攻撃隊はぎりぎりまで温存し、あの忌々しい砂時計、すべて破壊して見せます!〉

「ああやれよッ! いいかッ、絶対に成功させろよ! 絶対にだ!」

 

 一連の通信を聞き、ナタルは愕然とする。己の命を賭けて神風に臨もうとしている勇者達に対し、それが見送る側の人間の発言であっていいのだろうか。

 

〈──蒼き清浄なる世界のために!〉

 

 それきり通信は切れ、核攻撃隊を積んだ〝コーネリアス〟が全速前進をかける。ザフト守備軍は意表を突かれ、それに対応することが出来ない。もしくは、すべての〝ダガー〟隊が身命を賭して〝コーネリアス〟を守るのだ。

 ──最終防衛線(ファイナルディフェンサー)を突破される!

 そのときになって、付近で〝ペルグランデ〟と交戦していたアスランも、例の〝コーネリアス〟の尋常ではない加速に気付いた。いち早く敵艦の意図を悟ったアスランは、すぐさま声を挙げる。

 

「特攻する気か!? ──〝フリーダム〟!」

 

 アスランは〝コーネリアス〟を示唆しながら叫ぶ。

 キラは遅れてその艦影に気付き、アスランの意図を瞬時に悟る。

 

「〝ミーティア〟なら追いつける!」

「でも〝ペルグランデ〟は!?」

「行くんだ!」

 

 くっと喉を鳴らし、キラは決死の想いで〝フリーダム〟の機首を転じ、その場を離脱するる。案の定〝ペルグランデ〟が〝フリーダム〟を行かせまいとドラグーンを彼の許まで殺到させようとする。

 だが、その追撃をアスランが許さなかった。

 彼は瞬時に意識の中で何かを弾けさせ、機体を急加速させていた。背を向ける〝フリーダム〟を庇うように前に踊り出ると、〝ぺルグランデ〟のドラグーンに接敵し、ハルバードで切り捨てる。次いで〝バッセルブーメラン〟を投擲、更に〝ファトゥム-00(リフター)〟を発進させ──次々と繰り出される審官の暗器(サブウェポン)が、ドラグーンユニットの悉くを叩き落していく。

 

「邪魔するな……!」

 

 人間業とは思えないあまりの武技に動転したのか、僅かに調子を崩した〝ペルグランデ〟の一瞬の隙を見逃さない。

 アスランは間髪置かず〝ペルグランデ〟に取り付き、すかさず刃を突き立て、敵機の心臓(コクピット)を貫いた!

 そのとき、ぱっくりと開いた裂傷口。その奥部に、アスランは三名のパイロットを見た──気がした。

 

「!?」

 

 それは、あまりにもおぞましい──

 物理的に「脳」を繋がれた三名の強化人間が、そこに居たのだ。特別な空間認識能力を持たないナチュラルが、高度なドラグーン・システムを運用するために──

 

「ちィッ!」

 

 ──気味の悪いものを見た!

 呪詛のような光景を瞼に焼き付けられ、アスランは毒を吐くように舌打ったあと、突き立てたハルバードを全力で捻じった。次の瞬間には、最強のモビルアーマーと目された〝ペルグランデ〟が、爆炎の中に包まれた。

 一方、既にファイナルディフェンサーを突破した〝コーネリアス〟に、全速力の〝フリーダム〟が追いついた。両アーム部より高エネルギー収束火線砲を発射し、渦巻く光条が〝コーネリアス〟の艦尾スラスターを貫破する。衝撃の余波で艦内は停電を引き起こし、艦橋まで突き上げるような衝撃に苛まれる。が、それでも〝コーネリアス〟の艦長は諦めない。

 

「核攻撃隊、はっし──」

 

 ズゴウッ! さらに戦艦を、すさまじい衝撃が襲う。〝ミーティア〟の発射管から放たれた無数のミサイルが、一拍遅れて〝コーネリアス〟の船体に直撃したのだ。

 管制官が、上ずった口調で続ける。

 

「だ、駄目です! ハッチ開きません!」

「核攻撃隊、出撃できません──!」

 

 黒焦げになった外装が、動作不良を起こしたか、すべてハッチが開かず〝メビウス〟が発進できないのだ。

 そして〝コーネリアス〟は、メインスラスターの破損で、前進を掛けることも出来ない。

 

「で、出来ぬなら出来ぬでいいのだ! 核弾頭の安全弁を外させろ! 残った移動オプションで〝プラント〟に特攻すれば、数基くらいは巻き込めよう!?」

 

 安全装置を外した核弾頭は、ほんの少しの衝撃が砲身に伝わった時点で、爆発するように設計されている。であるなら、このまま〝コーネリアス〟が〝プラント〟に体当たりをしかければ、自動的に爆発する上、それによって周辺の〝プラント〟くらいは壊滅させることが出来るはずだった。

 ふたたび、なけなしの推力を振り絞って特攻を開始した〝コーネリアス〟を見て、キラは愕然とする。再度、片肺になったテールノズルから燐光を散らし、一気に〝コーネリアス〟に迫る。

 

「なんでそんなことに、命を賭けるッ!」

 

 ──諦めろよ!

 敵艦の執念を警戒したキラが、サブスラスターを潰そうと〝クスィフィアス〟レール砲を放った。電磁砲が直撃する──次の瞬間だった。艦内に大きな衝撃が走り、その反動を受け取った核弾頭のひとつが、内部で核爆発を引き起こした。

 凄まじいエネルギーが連鎖的に炸裂し、中にいる人間達を骨片ひとつ残さずに蒸発させた。キラの目の前で、〝コーネリアス〟は壮絶な撃沈を遂げたのだった。

 

「〝コーネリアス〟轟沈──〝プラント〟、いまだに健在……」

 

 最後の艦が沈むのを、ナタルはひどく冷めた目で見ていた。アズラエルは「あああ」と今にも泣きそうな声をあげているが、もはや気にかける気力すら残っていない。

 ──我々は負けたのだ、これで、間違いようもなく……。

 ナタルはいっそすっきりした心境になる。そもそも、〝プラント〟への攻撃に意味などなかったのだ。あくまで自分の敗北を受け入れられないアズラエルが『勝つこと』にこだわった──それゆえのエゴ。こんなことなら、核攻撃隊を〝ジェネシス〟に向かわせていた方が、幾分マシだったろう。

 

 ──地球連合軍は、負けたのだ。

 

 この戦争に、完全に。

 

 

 

 

 

 

 これにより勝利を確信したザフト兵達は、いよいよ悠長な気分になっていた。イザークが以前懸念していた「戦後の話で浮き足立っている者達」というのも、戦場に出れば兵士としての勤めを果たすが、やはり核攻撃を完全に阻止できたことで、自軍の勝利を確信して気楽になっていたのだ。

 ──実際、まだ『敵』は残っている。

 それは三隻同盟であり、残された地球軍艦隊だ。だが、既に逆転の希望を潰され、士気が低下している地球軍など、彼等にとっては敵ではなかった。あるいは三隻同盟についても、その殆どが〝ジェネシス〟の方角に向かったために、所詮は〝プラント〟守備軍に関係するところではなかった。

 ……だからだろうか? 「核攻撃の阻止」という大任を果たした〝プラント〟守備軍は、かなり自由に宇宙に散らばり、地球軍に対する掃討戦を始めていた。それは明確な指揮系統の存在しないザフトだからこそ、できる強みでもあり、不幸でもあった。

 

「地球軍の人形(おもちゃ)どもを殲滅するぜェ!」

「ひゃはは! これで終わりだなァ、ナチュラルどもォッ!」

 

 〝ジン〟や〝ゲイツ〟が、血に飢えた獣のように〝ダガー〟隊に襲い掛かる。彼は勝利の美酒に酔い痴れたように、殺戮という名の快楽を求めたのだ。

 ──これで、おれたちの勝ちだなァ!?

 今までの溜飲を下げるように、ザフト機の攻撃は止むことを知らない。ライフルに撃たれ、貫かれ、踏みにじられていくのは、逃げ惑う地球軍のモビルスーツ部隊だ。

 

「……待て! 大型の反応がある?」

 

 地球軍艦隊の奥までやって来ていた〝ゲイツ〟の部隊──

 赤服を着た隊長がそう云い放ち、その一言に制動をかけられた小隊が、暴動とも云える行動を止めた。気が付けば彼らは、随分と〝プラント〟から離れた宙域まで、誘われるようにやって来てしまったらしい。ビーコン上には、たしかに奇妙な熱紋の光点が浮かんでいる。

 そしてそれは、冷静に考えれば、あまりにも巨大な光点だ。しかし、すっかり高揚し上機嫌になっているザフト兵達は、

 

「遅参した地球軍の新型ってところでしょ?」

「ここで叩き潰してやりゃいいんですよ、そんなもん」

 

 と、余裕を浮かべて笑い合った。

 しかし、笑いごとでは済まないことだってある────

 その反応は、息つく間もなく彼等の許へ急速に接近し、高速艦よりも遥かに早いスピードを男達に見せつける。それがあまりにも尋常ではないから、隊長の男は真っ青になった。ハッとして顔を上げると──〝それ〟は最早、肉眼で確認できる位置にあった。

 

「なんだ、あれは」

 

 結論から云えば、彼等は逃げるべきだった。目の前にそれが現れた時点で、彼等は逃げ出す以外の選択肢を選んではいけなかった。

 そして、他の選択肢を選んだ結果、彼等の運命は決まった。

 被弾? 損傷? そんな軽微な表現などを、遥かに超越し──『破壊』という名の凶暴な力を、その身で味わうこととなったのだ。

 

 彼等の目前に現れたのは──超大型の〝黒鉄の巨人〟

 

 そしてそれが、彼等が現世で見た最後の光景になった。

 


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