勢いの衰えた地球軍艦隊の間隙を縫いながら、〝デュエル〟と〝バスター〟はそれぞれに地球軍艦を無力化させていった。
戦争における殺人を悪と断じることができず、悪は悪でも必要悪とされてしまうのは、結局のところ戦争における法を定めたのも人間だからであろう。だからこそ、このときイザークが敵を迎撃するために戦艦を撃墜したり、踊りかかってくるMS部隊を撃滅したりすることは、決して悪行ではない。
だがイザークには、人殺しが最善だとも思えずにいた。
無論、戦場においては自分の命を賭けているのだ。その中で敵に手心を加えるような真似ができるのは、心や技量に相当な余裕を持っている連中だけだとも思う。それゆえにイザークには、自分にはできるはずもないな、という自覚があって、向かってくる〝ストライクダガー〟は撃破した。
そこに生まれる矛盾こそ、良心を苦しめる戦争の嫌な部分だと思った。
イザークとディアッカが戦場を駆け回っていると、彼らはそこで艦隊の深部に据える超大型戦艦を発見した。
戦艦というよりも移動基地と評して良いだろう外観をしているその艦影は、地球軍勢力のサンクシア級〝ナルデール〟──超弩級の大型空母だ。これを無力化しようと企むなら、とても〝デュエル〟と〝バスター〟だけでは火力不足だ。イザークは周囲のレーダーを確認してから、付近の僚機に声を掛ける。
「スカーレット隊、空母を墜とす! 手を貸せ!」
話に上がったスカーレット隊の隊長は、赤服に身を包むエースパイロットだ。数ヶ月前にザフトで行われた宇宙軍再編成の折、イザークと共に隊長格に昇格したザフトレッドで、精進に伴って
これはアラスカにて大破した機体をレストアしたもので、かつてはステラが搭乗していたモビルスーツだ。今は両肩の大楯を廃し、〝デュエル〟と同系の〝アサルドシュラウド〟を装備することで基礎戦闘能力の向上を図っている。そんなスカーレット隊を構成する部隊員は〝ゲイツ〟や〝シグーアサルト〟などを乗り回す実力派揃いで、総火力で見ても申し分ない戦力になるだろう。
「仕掛けるぞ!」
イザーク達は合図を交わしたあと、一気に〝ナルデール〟へと押し迫った。
まず機動力のある〝デュエル〟が対空砲火の間を縫って接近、〝バスター〟は支援砲撃によるサポートに回った。じきにイザークの視界が巨大な空母の船体で埋め尽くされる頃になると、緩慢に散ったスカーレット隊からの援護射撃が激しくなり、〝ナルデール〟は無力化され失速の一途を辿った。
が、ありったけの火力を撃ち込んでなお、〝ナルデール〟の装甲を破るのは困難だった。
(機能不全にするだけで良いのだが。──む?)
そのとき、手許のレーダーに巨大な光点が浮かび上がった。大型機の反応か、スカーレット隊の〝シグーアサルト〟が、確認のために戦線を離れてゆく。
怪訝がるイザークであったが、反応は彼のいる地点から〝ナルデール〟の向こう側に浮かんでおり、目視することができなかった。
息を吐く暇もない、次の瞬間だった。〝デュエル〟の直上を巨大な〝光〟──熱線が貫いたのは。
それは、一条のビームの奔流だった。〝デュエル〟や〝バスター〟がありったけの砲火を叩き込んでなお焦がすことしかできなかった〝ナルデール〟の甲板を、その一線は一撃で突き破ってみせていた。ハッとしてイザークがセンサーに目を向けたとき、哨戒へ向かった〝シグーアサルト〟のシグナルは消えていた。
「なんだ!?」
次の瞬間〝ナルデール〟の船体側面に、人間らしさのある鋼鉄の五指が添えられた。そこから重く顔面を覗かせたのは、巨人だった。おかしな表現かも知れないが、それ以外に形容の仕方が見つからない巨人だったのだ。
「モビルスーツ、だというのか……!?」
〝デュエル〟と同じような〝G〟フェイス──
しかし、全長にして〝デュエル〟の三倍、四倍近くはある。
〈おいおいおい、なんだあれ……っ!〉
「戦う!? ──い、いや逃げろ!」
それは、イザークらしくない判断だった。だが、結論から云えば正しい判断だった。隊長としての使命感、あるいは本能が彼にそう叫ばせたらしく、彼は自分がそのような命令を発した自覚すら持っていなかった。
だがその頃になると、巨人に〝デュエル〟や〝バスター〟は捕捉されていて、巨大な両腕──シールドらしき装甲を携えた──が飛び出す。自律航行を行う巨大両腕〝シュトゥルム・ファウスト〟──どこか〝クレイドル〟の防盾に似た兵装だが、その五指に内臓されたスプリッド・ビームガンが火を放ち、対応の遅れた〝バスター〟の半身を薙ぎ払った。
「ディアッカ!?」
叫びを上げたイザークの許にも、次の瞬間、眩しいほどの光渦が押し寄せる。反射的に対ビームシールドを掲げ、自分に向かって降り注ぐ光の洪水を受け止める。
──それがどうした。
シールドは肩口から吹き飛ばされ、イザークは勢いのまま〝ナルデール〟の壁面に叩き付けられた。
やがて彼らの視界を、目の前の宇宙を、光の洪水が横凪ぎにする。磔のような体勢にされた〝デュエル〟も、その徹底的で破壊的な洪水の餌食となる。天災を前にしては、人は平伏するしかない。
「戦うんじゃない! 逃げろ──ッ!」
被弾した装甲が砕け、飛び散った小さな破片が剥き出しのコックピット内で脇腹に突き刺さる。激痛を堪えながらも状況把握に務めたイザークの目には、敵機の巨大な〝G〟フェイスの下、胸部周辺に
(──〝レムレース〟!?)
答え合わせのように、イザークの目は〝黒鉄の亡霊〟を捉えた。かの機体がこれまで一向に姿をみせなかったのは、この装備を受け取っていたからだとでもいうのか。
「クッソォ──!」
──やられる!
敵機がとどめを刺しにくると思われたその瞬間、しかし、脚の無い巨人は奇妙な動きを見せた。ふと、何かに気付いたようにスカートを翻し、まったく別の方角に飛び立ったのだ。
「……!?」
敵の注意が逸れ、結果的に云えば、それによってイザークは命を拾った。しかし〝巨人〟の飛び立った先には〝ディフェンド〟の機影がある。すでに撤退を始めていた〝ディフェンド〟だが、イザークが目を向けたときには
次の瞬間、左右から迫る両の手に叩きつけられ、〝ディフェンド〟は無慈悲にも叩き潰された。
PS装甲が物理的に機体を守ったものの、守ったものはそれだけだ。まさしく蚊を叩き潰すかのような手軽さで、パイロットは戦死し、乗り手を失ったモビルスーツはぐったりと人形のようになる。
しかし、何を思ったか〝巨人〟はそこに
(な、なんなんだよ……っ!?)
なまじ黒鉄色をして、どこか似た風采をしている二機であったから、その光景は、親が子を間引くものに酷似して見え、イザークの恐怖感覚を煽り立てたという。
しかし、ある折を以て斬撃が止まる。その頃には、もはや〝ディフェンド〟は串刺しにされ、殆ど人型の原型を留めていなかった。
イザークの動揺は、それだけで終わらない。破壊衝動を収めたその敵は、興味を失ったように、今度は〝ヤキン・ドゥーエ〟の方に転進したのだ。驚くべきことに、その巨躯を宇宙の闇に溶かし、
(消えた──!?)
その現象が、先に見送った戦友の機体光学迷彩ではないことは明らかだ。あれはバーニアやエンジンの熱量までは隠匿できず、ブースターを点火させながら姿を消した今の現象には説明がつかないからだ。
要するに、たった今イザークの前を嵐のように横切っていったのは、何ひとつ得体の知れない
──そんな怪物が、〝ヤキン・ドゥーエ〟に向かって行った!
恐慌と危惧が、イザークの胃を締め付ける──司令部が危ない!
イザークはすぐに〝バスター〟へと通信を試みる。しかし、応答はない。気絶でもしているのか、一命こそ取り留めているようだが、すぐにでも手当てをしなければならないらしい。
すぐさま救助のために〝デュエル〟を寄せようとするるが、意志に反して機体のスラスターは破壊され、意図する方へ動くことすらままならない。
──何もかも、あの怪物のせいだ!
──〝アレ〟はいったい、何が目的だった?
個人的に〝ディフェンド〟に怨恨でもあったのか? この空域にあるモノを悉く破壊し、荒廃させ、あいつは場を後にしていったのだ!
それでいて不可解なのは、徹底的な破壊行動に及んだ割に、敵の生存確認はまともに行わなかった。文字どおりに轢き倒されたイザークとディアッカは現に命を拾っており、あれはみずからが手に掛けた者達の安否──その後の動向など関心の外とでも云うように、荒らした空域に興味をなくして離脱していった。〝お前達など敵ではない〟と吐き捨てんばかりに、己以外を明らかに軽んじた振る舞いをしやがった。
「なんなんだ、あいつは……! ──くっそぉぉぉぉっ!!」
敵意はあっても、ザフトの撃破や殲滅などは、必ずしも目的ではない。
そればかりか〝ナルデール〟まで平気で沈めた〝黒鉄の巨人〟は、ただ己の破壊衝動を満たすために戦場を回っているようにも見えた──
──なぜなら〝破壊〟こそが、その機動兵器の生み出された意味だから。
イザークはまだ、そのことを知らない。
知っているのは、この世界にひとりだけなのだ。
〝ヤキン・ドゥーエ〟司令部にて──
戦闘の模様が、オペレータの声を通して告げられる。
「第十三宙域、スカーレット隊全滅! ジュール隊との交信途絶!」
その報告を聞き、パトリックは鼻白んだ顔になる。
「情けないヤツらだ、この程度の戦力に遅れを取るなど!」
レーダー上には、既に気勢の削がれた地球軍艦隊の反応しか映っていないというのに!
そのようなナチュラルの部隊に後塵を喫するなど、あってはならないことだ──ザフトの勝利は確定したも同然で、そのときになって撃滅するなど、最も詰まらない死に方ではないか。
「エザリアには報せるな! 上に立つ者が焦れば、士気に関わる!」
それにしても──と、パトリックは数々のモニターで戦場の様子を眺めながら、考える。地球軍の抵抗には、思った以上に鬱陶しいものがある。月基地を撃たれ、宇宙での足がかりの拠点を失った連中に、既に希望などないはずなのに。
──アスランからの報告に寄れば、既に「核攻撃隊は壊滅した」とのことだ。
反撃する手立てを失った地球軍には、もはや逆転の二文字は有り得ない。この戦争は、既に〝プラント〟の勝利で決まったも同然だ。
まったく、あの息子は期待どおりのいい仕事をしてくれる──パトリックは、ひそかにほくそ笑む。
まあ、いい。地球軍が身の程を弁えず、さらに攻撃を仕掛けて来るのなら、徹底的に迎え撃って痛めつけるだけだ。そのためにも、必要なことは──
「ミラーブロック換装、急がせろ!」
──いつでも
パトリックは本気だった。さすがの地球軍も、地球を撃たれれば戦意を喪失するしかあるまい? 無論、最初に狙うのは大西洋連邦だ──これまで〝プラント〟に対し忌々しい搾取と無心を要求し続けて来た、理事国の代表格。
たかが一国、されど一国。大西洋連邦が滅びれば、経済・軍事、あらゆる面で世界の均衡が崩壊する。以降は弾圧や恐慌を畏れ〝プラント〟に恭順の意を示す国も増えるだろう──そうなれば、ついにコーディネイターが世界を主導する時代がやって来る。
──もう少しだ、レノア……!
──わたしが追い求めて来た、平和な世界が実現するまで……!
そのために、ナチュラル共には生贄になってもらおう。云わばこの行為は、必要悪と云うべきものだ!
そうして、ミラーブロックの換装作業が着々と進められる中、それに気付いた敵艦の一隻が、愚かにも通信回線を開いて呼びかけて来た。こちらに向かって来ている〝エターナル〟だ。
〈ザフトは直ちに〝ジェネシス〟を停止しなさい!〉
──ラクス・クライン!
大勢のオペレータ達が、その声にハッとして顔を上げる。
パトリックは、それを不快に思った。
〈核を撃たれ、その痛みと悲しみを知るわたくしたちが、それでも同じことをしようと云うのですか!?〉
涼やかで、しかし、ザフト兵達の胸の内を厳しく叩きつけるような声が紡がれる。
兵士達は、戦慄する。
〈同じように罪なき人々や子供を、撃てば癒やされるのですか! ──まだ犠牲が欲しいのですか!?〉
たしかに、月基地を壊滅させた今、もはや〝ジェネシス〟が狙えるポイントなどは限定される。
──地球だ。
仮に地球を撃つことになれば、それは間違いなく〝ユニウスセブン〟崩壊の折の犠牲者か、それ以上の数の死者を生み出す結末となるだろう。
──本当に、それで良いのか……?
良心の呵責が、兵士達を苛む。混乱のためか作業の手も止まる。それによりミラーブロック交換作業が遅延して、パトリックは苛立ちに声を荒げた。
「何をしている! 裏切り者の言葉になど、耳を傾けるでない!」
──このように見え透いた煽情に惑わされるなど、なんと脆弱なことか!
「貴様らの信じる『プラントの歌姫』とは何だ!? 〝プラント〟のために歌い、〝プラント〟のために泣く──その任すら放棄したあのような小娘の言葉に、どれだけの価値がある!」
パトリックは苛立ちを露わに立ち上がり、場にいる全員を叱咤する。
「間もなく戦争が終わるのだ! ──むしろ、我らの平和を阻害せんとしているのはヤツらの方ではないかッ!」
強引な論理で喚き立てる。
そのときだった。後方に詰めるレイ・ユウキが、二度目の具申を口にしたのは。
「議長、既にお分かりでしょう……!? この戦い、もはや我らの勝利です! ならば、ラクス嬢の云う通りでもあります! もう、これ以上の犠牲は──」
ユウキの具申は、そこまでだった。
振り向いたパトリックが、レイに向かって無言で拳銃のトリガーを引いたのである。銃声を聞いた兵士達が、一斉に蒼褪め、竦み上がる。
それから二発、三発と銃声は鳴り響き、すべての凶弾はレイ・ユウキの心の臓を貫き、彼を即死させた。兵士達は恐怖に満ちた目で、たったいま躊躇いもなく自軍の指揮官を撃ち殺した男を見上げる。
「──『敵』はすべて滅ぼすと云った! これは、そのための戦争だッ!!」
片付けておけ! と、高らかに拳銃を上げたパトリック。
その瞬間から、司令部はまるで中世の独裁を思わせる現場となった。暴君に反骨の意を示す者は「
──同じ目に遭わされるくらいなら、地球を撃ってしまった方がマシだ……!
地球を狙う三つ目のミラーブロックは、着々と〝ジェネシス〟に向けて移動を開始する。
パトリック・ザラは、止まらない。
「くそッ、聞く耳持たずか、パトリック・ザラ……!」
そんな司令部の様子を知るはずもないバルトフェルドが、強かに毒づく。指揮官席に坐すラクスが説得を試みてなお、遠くにある〝ジェネシス〟のミラーブロックは一向に停止しない。
このとき〝エターナル〟は、〝クサナギ〟と共に〝ジェネシス〟を目指していた。しかし、その前に聳え立つ〝ヤキン・ドゥーエ〟からザフト機が飛来し、妨害の放火に晒され、思うように前進することができずにいる。
バルトフェルドがクルー全員に号を飛ばす。
「矛先が地球に向いたら終わりだぞ! ここが正念場だ、なんとしても持ち堪えさせろ!」
「…………!」
そんな〝エターナル〟の艦橋の中、マユ・アスカは上段の管制席に座っている。
勿論、座っているだけで、何か特別な仕事をしているわけではない。もとより〝エターナル〟はザフトを出立する際に正規搭乗員を半数ほど追い出し、おのずと空席がある状態なのだ。彼女は訳あって、そこに座っているに過ぎない。
そのとき〝エターナル〟の主砲を浴びた〝シグー〟が、エンジン部から炎を噴き出し、後方に流れて行くのが艦橋窓から分かった。すれ違いざまその機体が爆発し、命の火球を見たマユ・アスカは、目を伏せた。
「──怖いですか?」
隣にいる、ラクスがそう訊ねて来る。
マユは、その鷹揚としたラクスの声に、内心ちょっと驚いた。先ほど〝
今のラクスは、凛とした戦乙女というよりも、純粋な姉のように自分に接してくれていた。
「ノーマルスーツを持ってきていただきましょうか。そうしたら……」
「ううん、大丈夫です。……でも、怖いのは本当です」
付け加えられた部分は、マユの素直さだと思って、ラクスはちょっとだけ笑いかけた。
マユは、震えた声で続ける。
それは、十二歳らしい少女の声音だった。
「わたし、戦争なんて知らない世界に暮らしてたんです。だから
何十、何百という命が、彼女達の前で散っていく。
命を守るために、命を散らすこと──それは果たして矛盾なのか?
──そこに、矛盾は存在するのか?
互いに同じ種でありながら、お互いを憎み、殺すことしか出来ない──それが今の人間。
そして例に漏れず、マユ・アスカもまた、その人間のひとりだ。オーブという仮初の平和の中で暮らして来た彼女だからと云って、決して例外であるはずはない。
──人間は争い、戦うもの。
いつか、そして、いつの世も、人類は戦争は繰り返して来た。
オーブの民は、そのことに関係ない振りをして、真実から目を背けて生きて来たのかも知れない──胸に痛感したマユは顔を上げ、ラクスの方を向いた。
「わたしも、ちゃんと
戦争というものを「観戦したい」という意味ではない。
戦争というものを「実感しておく必要がある」と考えたのだ。
結果的には同じような行為かも知れないが、マユ自身、それを同じだと思いたくなかったし、決定的に違っているとも思った。
(……強い
ラクスは落ち着かせるように笑いかけながら、そう思う。
そのとき〝エターナル〟と〝クサナギ〟を援護しているM1の一機が、〝ゲイツ〟のビームクロウの直撃を許して爆散した。それがアサギ・コードウェルの乗っていた機体であるのだと、気付いた者は少なかった。
「〝ジェネシス〟が……!?」
ステラは〝プロヴィデンス〟との交戦下にあって、再度ミラーブロックが交換作業を始めたのを、忸怩たる思いで見ていた。
──次はどこを撃つ? 地球……!?
彼女はすぐにでも〝ジェネシス〟へ飛び立ちたい気になるが、目の前の黒銀色のMSがそれを許さない。
「くっ……!」
混沌とする戦場にあって、そのとき〝クレイドル〟が二基のドラグーンシールドを解き放った。それを見越した〝プロヴィデンス〟の光背からも、同じ数のドラグーンユニットが分離される。それぞれに武装を施した誘導端末は、互いの操縦者の意志を受けて宇宙空間を錯綜し、激しくビーム砲を撃ち合いながら交錯した。
ラウが操るドラグーンは、ステラが操るドラグーンシールドをつけ狙った。
そこでラウは、所詮は〝盾〟にしか過ぎないと思われた〝クレイドル〟のドラグーンが、その質量の大きさにも関わらず小回りの効く〝プロヴィデンス〟のドラグーンに有効に対処し続けるのを目撃した。シールドは何次元にも巧みな回頭を繰り返しながら、立体的に砲塔を捻り、ビームの反撃を飛ばすのだ。
しかし、そんな反撃にもみずからのドラグーンを対応させるのが、ラウである。フラガ家より受け継いだ高度な空間認識能力──しかし、それほどの〝才〟をひた隠しにして来たラウがこれ見よがしに撃ち返す逆撃に、一方のステラもまた対応してみせていた。だから結局の所、ラウはステラに感心するしかなかった。
「このドラグーンを使いこなすとは、やはりキミは異質な存在だな」
敵として最大の賛辞を受けたステラであったが、そのじつ焦燥している。さながら黒い太陽でも背負っているかのような〝プロヴィデンス〟後背の大型武装プラットフォーム──
──そこから突き出している砲塔、あれ全部ドラグーンなの……!?
動揺は──悟られぬよう顔や声には出さなかったが、砲塔と思しき〝プロヴィデンス〟の誘導兵装は数にして一〇を越えている。この全てを彼が制御できるのであれば、とてもステラと〝クレイドル〟の能力で対処し続けるのは不可能だからだ。これにより、ステラは二基のドラグーンシールドを手許まで引き戻した。
〈クルーゼ隊長、なんでドラグーンを有効に使わないんです!?〉
これは付近のザフト友軍機からの通信だ。先ほどから〝プロヴィデンス〟と〝クレイドル〟の戦闘が、ビームサーベルを用いた迫撃戦であることに言及したものである。
〈──囲んでしまえば!〉
「〝クレイドル〟には光波防御帯が装備されている。使ったところで意味はないさ」
そう云ったラウの言葉は、嘘ではない。
ラウがパトリック・ザラから託された
しかし、本機の属するファーストステージシリーズの中には、この超越的な攻撃性能を完璧に無力化する兵装を搭載したMSが一機だけ存在する。あらゆる角度からの砲火を無条件で跳ね返す、鉄壁の『全方位光波防御帯』を自在に発動できる
勿論、これらの二機は元は同じザフトの機体であり、敵対関係になど陥るはずもなかったが、現実としてこの力関係が成立する以上、ラウは特別〝クレイドル〟に対してのみ〝プロヴィデンス〟の強みを捨てた白兵戦を行う必要があったのだ。
とはいえ所詮は詭弁であり、実際はラウがドラグーンを使わない……使おうと思わない理由なら幾つも存在していたのだが、
(部外者には分かるまい──)
そもそも聞くところによると、設計段階での〝クレイドル〟は本来ドラグーンを搭載する予定ではなかったそうだ。奇しくもそれは〝プロヴィデンス〟も同じであり、この二機は〝プラント〟国防委員が唐突に行った仕様変更によってドラグーン兵装が増設された経緯を持つ。
いずれも〝フリーダム〟や〝ジャスティス〟に匹敵する程の『攻撃性の獲得』を目的としたアップデートだったらしいが、結局、この二機はパトリック・ザラという国防委員を前に踊らされた機体、本来は白兵戦運用を想定した格闘戦重視の機種だった筈なのだ。だからこそ、
──ここはむしろ〝本来の姿〟で、堂々と衝突してみるのも一興ではなかろうか?
挑戦心のようなものが、ラウを掻き立てる。彼は大型ビームサーベルで押し迫り、〝クレイドル〟はビームシールドを掲げて翳された刃を受け止めた。
「ラウ、なんでこんなことするの!?」
〈キラ・ヤマトから、話は聞いたかな……!?〉
「あなたが〝テスタメント〟なんて地球軍に渡すから、みんなおかしくなったんだ!」
大西洋連邦は核攻撃に乗り出し、フレイ・アルスターはその搭乗者となった。
結局のところ、そんなものはステラの都合でしかなかったが、戦況を混乱させているのはラウなのだ。ブルーコスモスの盟主である、ムルタ・アズラエルすらも傀儡にして。
距離を開いた〝クレイドル〟が、素早く二挺のビームライフルを斉射する。常闇を切り裂くビームを、しかし〝プロヴィデンス〟は素早く回避してみせた。通信機からは男の興奮した声が高らかに響き渡る。
〈残念なことだ、きみになら理解してもらえると思ったのだが……!〉
「えっ……?」
〈きみにならば分かるだろう? この世界が命を賭けて護るに値しないこと、どれだけの闇を抱えて今に至ってしまったのか──〉
たしかに、その話はステラにとって実感を持って理解できてしまう。それまでは知りもしなかった戦争の時代に、突如として放り込まれた彼女は、地球で、宇宙で、じつに多くのことを学んだ。
──そしてそれらは必ずしも、良いことばかりではなかった。
金を持て余した資産家が、研究者達の技術とプライドを弄び、人工的に天才を製造しようと依頼する大欲非道。優れた才能に嫉妬した者達が、その異能に対抗せんと強化人間という破滅した存在を量産する本末転倒。それぞれの過程において、容赦なく淘汰されていく数々の失敗作──すなわち、ラウの分身達と、ステラの同僚達。
──こんな世界のどこに、救える余地があるというのか?
このときステラは、ラウの言葉の中に底冷えした暗黒の情念を感じ取っていた。余人には底知れない強烈な負の感情が〝プロヴィデンス〟から伝播して来るような感覚。精神的な恐怖感が、ステラの身体を絡め取ってゆく──彼女の古傷を抉り出すような、扇情的な言葉の数々によって。
〈所詮、私もきみも、闇の中に生き、闇の中で飼われていた人間の紛い物だ〉
「なにを……!」
〈本質的に似ているのだよ──そうではないかな? 他者の奴隷として虐げられ、他人の都合と目的のために酷使され続けた過去の日々──〉
ステラがラウ・ル・クルーゼと初めて出会ったときから感じていた既視感。そして会う度に感じていた「この男がネオ・ロアノークと似ている」という奇妙な感覚。
今になって、ステラはその正体をようやく思い知る。納得などできないし、認めるわけにもいかないが、ステラとラウはよく似ていた。容姿的な意味でも能力的な意味でもなく、人に人として辱められた根幹の部分において、あまりにも。
ステラがラウに向けていた、違和感と忌避感。その正体は、実は本質を同じくする者達による同族嫌悪に他ならない。ラウの闇はステラの闇と同等にして同質であり、だからこそ、彼は声高に彼女の心を暴くことが出来る、次のようにして。
〈──その先にあったのは、人の尊厳を踏み躙られた汚物のような末路だ!〉
「ッ……!」
〈今のきみになら思い出すことも出来るのだろう。その身体に刻み込まれた、数々の陵辱の記憶を!〉
熱病に魘される患者のように、ラウは興奮した口調で現実を突き付けた。
忌々しい陵辱の記憶──? 過去から伸びる忌々しい記憶が、恐怖となってステラの身体を慄かせ、震わせた。隠しきれない少女の動揺と戦慄、これを認めたラウが確信したように、高らかに哄笑する。
〈だからこそ、私ときみは似た者同士なのさ〉
複製人間と強化人間──
互いに人間の欲望によって生み出された、人間の紛い物。キラ・ヤマトという唯一の成功作──その高みまで到達すること能わなかった、でき損ないの失敗作同士。
──本質的な部分で、ふたりは似通いすぎていた。
過去の記録も、屈辱を受けた記憶さえも。今や世界を破壊しようと画策する男と、今は世界を守護しようと狂奔する女──違うのは結末だけであって、本来ならば鏡合わせのような異性。しかし同族である以上、いずれ、いつかは同じ絶望の壁にぶち当たることになる……!
「いやっ、聞きたくない……!」
〈光の中に祝福されて生きて来たキラ・ヤマトとは、およそ対極にある
白銀の〝クレイドル〟と、黒銀の〝プロヴィデンス〟──
人と神──光と闇を象徴する二機の機影が、激しく交錯しながら斬り結ぶ。
〈きみには才能があるのだよ……! 時代の闇に囚われたこの私と同じ──みずからを
ステラは、ハッとする。
そうだ。ステラは、みずから望んで殺人者になったわけじゃない。なろうとしていたわけでもない。ただロゴスの──〝ファントムペイン〟の下した命に従属を強いられる意志なき奴隷として、大量の無辜を葬った虐殺の罪を背負わされただけだ。
ならば、誰が悪かった?
──誰を、恨めば良かった?
ロゴスを?
──それとも、世界を?
あるいは、自分を? ステラには分からない。
──ラウは、その答えを知っている?
再び〝クレイドル〟がビームジャベリンを抜き放って〝プロヴィデンス〟に突撃する。しかし、直前ほどの鋭さは既に損なわれていたらしい。ラウはこれを難なく受け止め、接触ゆえに間近になったスピーカーから、より明瞭な男の声が響き渡った。
〈もし、この世界を怨む心が少しでもあるのなら、私と共に来るがいい! 暖かな夢に包まれた子供──人類の最高位に立つキラ・ヤマト! 彼はきみと真逆の存在で、元来、相容れるはずがないのだから!〉
指し伸ばされた手は、悪魔からのものか。
〈きみが望むこと、私なら叶えてやれる……! 私がきみの友となり、父となり、母となり……! きみの道標となってやることもできる!〉
ステラが、望むこと……?
彼女は、呆然として動きを止める。
──この世界に、復讐すること……?
母を奪い、みずからまで貶めた、この歪んだ世界を破滅させる……?
暴走する父でもなく、あるいは道を違えた兄妹でも、今はまだ頼りない親友でもなく──ラウはステラにとって、それら以上の存在になれるというのだ。
動揺するステラに、さらに畳み掛けるような言葉が続く。
〈同族は同族と共にいるべきだ。だからきみは、この私が連れて行く──〉
自分喪失に陥り、無力感と虚無感から全ての動作を停止した〝クレイドル〟へ、悪魔のように忍び寄る〝プロヴィデンス〟──その腕を、囁くように伸ばしながら。
互いの腕が、結ばれようとしている? ──その瞬間だった。
〈──聞くな! ステラ!!〉
──その声はネオ? いや、違う!
その瞬間、ステラはムウの駆る〝イージス〟が、一陣の矢のように飛来するのを見た。四脚のモビルアーマー形態から〝スキュラ〟が放たれ、赤色の熱線が〝プロヴィデンス〟を大きく後退させた。
〈──ムウか!〉
みずからの宿敵の気配を感じ取っただろう次の瞬間、ラウはこれまでに一貫していた容赦という二文字を手放していた。〝プロヴィデンス〟のドラグーンを全て分離し、これらを全て飛来した〝イージス〟へと使役させたのだ。
ステラは、幾多のドラグーン砲塔が一斉に火を放ち、それらが有機的に〝イージス〟を付け狙う光景を目の当たりにした。だがムウはMA形態の機体を操り、MA特有の加速力や重心移動をフル活用し、すべての光条の間を縫っていく。
それは、とてもパイロットがナチュラルであるとは信じられない程の、ひどく鋭敏な動きだった。
やがて〝イージス〟はMS形態に変形し、右腕からビームサーベルを出力しながら〝プロヴィデンス〟に肉迫する。迎え撃つ黒銀色の機体と、赤紫色の機体が幾度となく切り結び合う。
〈──それが望みか、貴様の!〉
〈そうさムウ! 私としても大変遺憾だが、この肉体には
ムウとラウが、罵り合いながら目の前で交錯した。男達の戦いを目の前にして、ステラは次の行動を起こせなかった。それが何故なのか、ステラにも分からなかった。
〈これが私の夢、そして人類が重ねて来た業! ならばそれを継ぎ、この私が朽ちてなお、世に業を齎す後継者が必要だ!〉
〈後継者だと……!? ふざけるな!〉
〈既に遅いさ、ムウ! 私達は結果だよ! だから知る──〉
ラウは〝イージス〟のサーベルを跳ね除け、打って変わって攻勢に出る。大型ビームサーベルで切りかかるが、ムウは辛うじてシールドで一太刀を防ぐ。
〈──みずから育てた闇に喰われて、人は滅ぶとなァ!〉
が、出力の差に物を云わせるような形で、ラウは〝イージス〟を弾き飛ばした。
弾かれた〝イージス〟が体勢を崩し、ラウは勝ち誇り、揶揄するように続ける。
〈──そんなものでは!〉
判っていたことだが、二機の性能に差があり過ぎるのだ。
間を置かず〝プロヴィデンス〟から無数の特殊武装が切り離され、鳥篭のように〝イージス〟を取り囲み始める。
──退路を絶たれた!?
ふたりの攻防を見ていることしかできなかったステラが、ハッとして息を呑む。彼女は直感的に、ムウに「逃げ場がないこと」を予断していた。
──避けるなんて、不可能だ!
その予断は束の間に現実となる。次の瞬間、絡み合うような無数のビームが〝イージス〟目がけて収束された。
「ムウ──っ!」
悲鳴にも似た叫びが、ステラから漏れる。
だが──
〈──うおりゃァァァッ!〉
気合の入ったムウの声と同時に、驚くべきことに〝イージス〟はMA形態に変形し、全ての砲火の間を縫って飛び、それをかわして見せた。人を象るモビルスーツでは到底実現しえない運動性能、MA形態へ変形できる〝イージス〟だけが持つ爆発的な加速力と重心移動、そして複雑高度な操縦技術を要する戦闘機のAMBAC運動──
その一瞬の間に、ありとあらゆるMAの操縦技術が手本のような精巧さを以て披露された。ステラはそのとき、みずからが御業の見本市にでも駆り出されたかのような気分に晒され、少女がそうして息を呑んでいる間に、ムウは脱出不可能と思われた〝鳥篭〟からの脱出を完璧に成功させた。それはまず間違いなく、ムウ自身の『モビルアーマー乗り』として培った勘のなせる神業であった。
〈やられてばっかじゃ、不可能を可能にするなんて
不可能を可能にする──
ムウはいつもの如く飄軽な口振りに戻り、力強く云い返した。
──ことをなす前に観念したステラと、最後まで諦めなかったムウでは、予断する未来は違う。
そのことを思い知らされ、ステラは平手で叩き起こされたような思いになる。
(すごい……! ムウ、カッコいい……っ!)
ステラは頼れる男の参入に、しばし
そして、心強い味方がやって来たことで、ひとまずは安堵していた。
味方を得た〝クレイドル〟が、恐怖から立ち直り、戦闘を再開した。心強い〝イージス〟の加勢を受けたことで、ステラは奮起し、もう再び〝プロヴィデンス〟と真っ向から対峙したのだ。
だが、そうと決まれば〝プロヴィデンス〟もまた容赦を捨て、ザフトが誇る
次の瞬間、ラウは計一一基にも及ぶ誘導兵装を惜しむことなく解き放ち、たった一機でありながら計四〇以上もの砲門を備える〝プロヴィデンス〟の超然的な機体性能を引き出してみせた。
こうしたラウの超人的な能力により統制されたドラグーンが演出する、光の〝雨〟を以てラウは〝クレイドル〟と〝イージス〟に同時に襲いかかった。
天災にも匹敵する、無慈悲なる光の〝雨〟──
しかし、ムウは持ち前の感覚と操縦技術でこれらを捌き、ステラの方は光波防御帯の〝傘〟を展開、すべての〝雨〟を弾き飛ばしてゆく。
しかし、甘えた立ち回りは許さない──ラウは次の瞬間〝プロヴィデンス〟の防盾から漆黒の実体剣を伸縮させた。ステラはその刃を認め、表情を変えた。取り出された刃の正体は、ラクスを襲った
──その刃は、受けるわけにはいかない……!
ステラはモノフェーズ化された光波防御帯の内側から、ライフルや電磁砲を撃ち放ち、ありとあらゆる手段を用いて〝プロヴィデンス〟を牽制した。横槍のように伸びて来るムウの援護もあって、ラウの接近を許さない中距離攻撃を徹底し続けた。
「あなたが無理強いをされて、虐げられて来たってこと……わかるんだ……!」
その戦闘の中で、ステラは恐怖から立ち直って呼びかける。
「闇の中で生かされるって──つらくて、さみしくて、かなしくて……! でも、世界がステラや、あなたを不幸にしたからって、平和に暮らしてるみんなのことまで不幸にしようって考えは、きっといけないことなんだよ!」
云いながら、みずからの父にも云える言葉だと、ステラは思った。自分が不幸を見たからと云って、誰も彼もを道連れにして良いということにはならない。
「それにあなたは、やっぱりキラのこと何も知らない!」
〈なに……?〉
「たしかに、キラはスーパーコーディネイターなのかも知れないよ。でもね、ステラたちとぜんぜん真逆の、やさしくてあったかい世界にいたの! ──
ステラは確信を胸に、力強く云い切ってみせた。
ステラにとって、キラは掛け替えのない親友だ。そんな彼は人類の最高位に立つべき人間でもなければ、狂科学者達の誤った理想像を体現する「キラ・ヒビキ」でもない。今を生きている彼は、平凡な家庭で幸せに生まれ育った「キラ・ヤマト」でしかないのだ。
──明るい世界で、幸せに暮らして来た優しい男の子……!
少なくとも、ステラにとってはそうであり、そのような人生を歩んで来たからこそ、今のキラ・ヤマトというひとりの人間がいる。確かに資質や素養──総じて才覚の点で云えば、彼ほどの天才は当世に存在しないのかも知れない。けれど、それでも──
──キラは、ヤマトだ。
──ヒビキの
今のキラは、正直なところ頼りになる兄貴分とも云い難いが、ステラはそれでいいとさえ思っている。それは彼が蔭りのない人生を真っ当かつ健全に歩んで来た証拠であって、誰に咎められる性質のものではない。ましてやラウやステラのように、過酷な闇に直面していれば良かったのだと、一概に断じてしまっていいものでもないのだ。
たしかにラウの云う通り、ステラとキラの間には絶対的な不理解がある。運命の理不尽によって、人の悪意の井戸の底に突き落とされた女と、光の中で愛されながら育てられた男と。この闇の深さと昏さを理解し得るのは、同じく闇の中で飼い殺しにされて来たラウを置いて他ならない。
だが、理解を示さずに済めばそれに越した事はないものだ。どう考えたところで、人として幸福な人生を歩んで来たのはキラの方であり、それを知らずに済んでいる時点で、やはり彼はこの上なく幸せ者であると述懐するに値する。
キラ自身、己の生まれた意味を知らず、知らぬがゆえにそう育たず、生きず──たしかにそれは、みずからの運命に縛られているラウからすれば、妬ましい話であったかも知れない。
(それでも、ステラはラウとは違う)
みずからとラウを分かつ、決定的な違い──
キラ・ヤマトを少年として捉えているステラと違って、ラウにはそれが出来なかった。小さい頃から親友であったから、ステラはキラをひとりの少年として認めてあげることができた。
キラの弱さを理解してやれたステラと違って、ラウは強さでしか彼を推量できなかった。スーパーコーディネイターである真実などついででしかなかったのに対し、ラウにとってはそれがすべてだったのだ。
「ステラの知っているキラは……! ステラに優しくしてくれたキラは、絶対に力だけが全てなんかじゃない! ──間違ってるのは、ラウの方だ!」
だがラウは、それに嘲るように言葉を返す。
〈力強い言葉だが、本当にそう云い切れるのかな?〉
「────!」
〈私がここでキミを殺せば、あの少年は怒り狂って『力』を手にするだろう! それはスーパーコーディネイターとしての覚醒だ! 全ての人類の上に立つ、超然とした狂戦士のな!〉
その言葉を受け、ムウはハッとする。
(まさか、それが目的なのか……!?)
〈是非とも目に入れてみたいものだよ。力に溺れ、
ムウが危惧した、次の瞬間だった。着々と距離を詰めつつあった〝プロヴィデンス〟の
宵闇に振り抜かれた漆黒刃が、鉄壁であるはずの光波防御帯を薄氷のように叩き割る!
瞬間、少女を守っていた〝傘〟が消え、これと同時──殆ど同時に〝プロヴィデンス〟が支配する光の〝雨〟が、重吹きつけるようにステラへと襲い掛かる!
「くッそ……!」
恐慌し、ムウは慌てて〝イージス〟の機首を転じさせた。
──無理だ!
〝プロヴィデンス〟が──ラウ・ル・クルーゼが支配する〝雨〟は、実際にそこへ野晒しにされて初めて、その完成度が理解できる代物だ。超越した空間認識能力によって統制された全方位同時攻撃は伊達ではなく、これまでも
光波防御帯が掻き消され、そこから「数秒」を懸命に生き延びたステラは、実はそれでもよく対処した方なのだ。
これが分かるからこそ、ムウは全速力で〝イージス〟を翔けさせ、横合いから〝クレイドル〟を引っ手繰るように鉤爪で捕らえた。四脚のアームを使って〝クレイドル〟をホールドし、その速力のまま宙域を横凪ぐようにして疾駆していく。
それは〝イージス〟にのみ許された、特殊な誘拐行為だ。
「!? なに!?」
殴りつけるような重力と衝撃、装甲同士が衝突する鈍い音。ムウが取った突発的な行動は、恐れよりも困惑を以ってステラに迎えられた。ムウが何を意図して自分を誘拐したのか、咄嗟に理解できなかったから。
そのときステラは、自分はまだ大丈夫──と云おうとして、出来なかった。自分が次に逃げようとしていた空域に、無数の〝ドラグーン〟が罠を敷いていたのを認めてしまったから。
「!?」
まったく逃れようのない多重砲火が撃ち込まれ、仮にも〝そこ〟へ逃げ込んでいたら、自分は──?
ムウには〝あれ〟が
「ムウ、あ、ありがとう……!」
「クルーゼの狙いが分かった……! ヤツはきみを、本気で殺すつもりなんだ!」
普段に比べて荒めの口調で語り掛けて来るムウの言葉は、ステラにとって実感だった。
ムウが助けてくれなければ、ステラはさっき、確実に死んでいた──いや、殺されていた、という。
「ヤツはきみを殺し、〝クレイドル〟の首を手土産に、キラを待つつもりなのさ! ──だったら、ヤツの筋書き通りになんて行かせるか!」
それは、ムウの意地である。
ムウは彼女に対し、新たな指示を行う。
「いいか、よく聞け! クルーゼの相手はおれがする──きみはここを離脱して、いち早く〝ヤキン・ドゥーエ〟に向かうんだ!」
(……あくまでわたしの邪魔をするのか、ムウ……!)
ラウはその通信を傍受しながら、僅かに毒づいた。
「こんなところで、あんな野郎に足止め食らってる場合じゃない!」
「でも……っ!」
「パトリック・ザラを止められるのは、キミだけなんだぜ? いいな? これは後生の頼みだ!」
やるべき仕事が、それぞれにある。
ムウがこの空域に駆け付けたのは、宿敵であるラウとの決着をつけるため。そしてステラが第一に為すことは、いまだ〝ジェネシス〟で虐殺を行おうとしているパトリック・ザラを止めることなのだ。
「行けッ!」
叱咤と共に、ステラは己がやるべきことを自覚する。
──確かに、ここにいたらムウの迷惑になる……!
それは予感ではなく、確信だ。
「──わかった!」
指示のまま、ステラは転進する──ひとまずは〝エターナル〟と合流しに向かったのだ。
場に残された〝プロヴィデンス〟は、意外にも大人しくそれを見送った。しかし、代償はある。彼はここに来て、ムウと本気で向き合ったのだ。
〈貴様はどこまでも鬱陶しいな、ムウ・ラ・フラガ!〉
ラウの語調には、明らかな怒気が混じっている。
それに対し、ムウは、
「しゃらくせえ! 行くぞこの野郎!」
勢いのある罵声と共に、ビームライフルを発射した。
〝プロヴィデンス〟と〝ヴィオライージス〟が、戦闘を再開した。
無事でいて──! ステラは背に置いてきたムウに、ひたすらそのように願い、祈った。
クロト・ブエルは宙域を彷徨いながら、手当たり次第に『敵』と思われるものを撃滅して回っていた。
先程から、持ち場に戻るよう〝ドミニオン〟から──正確にはアズラエルから──の指示が耳障りで、きゃんきゃん喚く声があまりに鬱陶しかったため、クロトは〝レイダー〟の通信機まで壊してしまった。
拳で殴っただけで、電子機器といえど簡単に割れるのだな、とクロトは思う。勿論、殴った拳の方も割れたのだが、特に痛みはない。それが強化人間だ。
──もう誰の命令も受けない、自由にやらせてもらうよ……!
明らかな命令違反、ともすれば造反と取られて文句の云えない独断。
──きっと帰還しても、もう二度と
クロトにとって薬物の供給が途絶えることは、身の破滅を意味している。だが別に構わない。オルガもシャニもいなくなった今、どのみち自分にも「限界」が近づいているということだ。あの女と同じように──。
「さぁて、強いヤツはどこにいるのかなぁ~?」
その愉快げな口調は、親から解放され、家出を楽しむ無邪気な子供──そのものだった。
「んん?」
そして、彼は真っ先に遊び相手を見つけた。
そいつが〝
なにせ、今までずっと追っかけていながら、たったの一度も撃滅できたことのない相手なのだから。
──アイツと遊んだら、もっともっと楽しいだろうなぁ。
MA形態に変形し、心躍らせながら、クロトは獲物に向かって加速を掛けた。
あろうことか
コクピッド内にアラートが鳴り響くのと、それは殆ど同時のことだった。突然、背後から見慣れた〝鉄球〟が飛んで来たのは。
ステラは〝プロヴィデンス〟との交戦の直後で、すこし気が抜けていたのか、それともラウの放った言葉の余韻に動揺していたか、今の今まで敵の接近に気付くことが出来なかった。襲い掛かって来たのは地球軍所属の〝レイダー〟だ。間一髪のところで繰り出された鉄球を回避し、ステラは歯噛みする。
──こんなところで、油を売ってる暇はない……!
そんなステラの焦燥など、察するはずもないクロト。いや、察したところで退くはずもないクロトは、声高に叫んだ。
「撃滅ッ!」
口部に備えられた〝ツォーン〟を臨界させる。
だが結論から云って、彼が〝クレイドル〟を撃滅することはなかった。横合いから伸びて来た〝フリーダム〟の脚が、その〝レイダー〟を蹴り飛ばしたのだ。
蹴り飛ばされた〝レイダー〟はそのまま勢いよく吹っ飛び、彼方でエネルギー砲を不発に終わらせていた。
「──キラっ!」
ステラは、歓喜の声を上げる。さっきまで期せずして話題の中核にあった少年が、自分を助けに来てくれた。
──キラが、キラが守ってくれたっ!
ステラは、心から安堵する。彼が約束を守ってくれたのだ!
〈あれはボクが引き受ける、ステラは行って!〉
「うん!」
〈また後で──必ず!〉
「! ──うんっ!」
場をキラに託し、ステラは再び〝ヤキン・ドゥーエ〟を目指す。
だが、それを
「なっ、なんだと!?」
アスランもまた、要塞に飛び立ってゆく〝クレイドル〟の姿を認めてしまったことだろう。核攻撃の阻止、ならびに〝プラント〟の防衛という任務を果たした彼は、キラと同様に持ち場を離れ、この空域までやって来ていたのだ。
「〝ヤキン〟の方へ向かう? 父上をどうするつもりだ、ステラ!?」
時間にして数秒。アスランは即座に判断し、みずからに次の任務を課したのだ。
「──行かせるわけには!」
父親を止めるため、飛び立っていく〝クレイドル〟──その妹を止めるため、アスランは〝ジャスティス〟を駆り、懸命にその後を追った。