~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『セカンダリー・ウェーブ』C

 

 C.E.71年現在において、ミラージュコロイドは未解明の物質である。

 

 しかし、これを応用した軍事技術は多岐に渡り、最も代表的な例であればビーム・サーベルが挙げられるが、これについてはここでの言及は避ける。

 

 例えば、地球軍が開発した〝ブリッツ〟──そこに搭載されたミラージュコロイドステルスも、その派生技術のひとつだ。あらゆる電磁波を吸収するガス状の粒子を定着させ、その驚異的な透過率を用いて完璧な光学迷彩を形づくる。

 加えて、ザフトが開発した〝ベルゴラ〟──そこに搭載されたミラージュコロイドウイルスは、コロイド粒子を媒介にコンピューターウイルスを送信し、あらゆる電子機器の制御を自在に奪取する作用を持つ。

 その他、オーブが開発した〝アカツキ〟──その新兵装である〝ハバキリ〟に関しても、このミラージュコロイドウイルスを応用した技術が使われている。コンピューターウイルスが関与するところまではザフトのものと同質だが、オーブのそれは敵機のバッテリーを強制放電させ、パワーを喪失させる作用を持つ。

 

 そして最後に、モルゲンレーテの技術士であるエリカ・シモンズは、一ヶ月前に〝クレイドル〟が観測した〝スクリーミングニンバス〟に関しても、同様にミラージュコロイドの作用が関与していると指摘している。

 つまりは何が云いたいのか、各勢力でミラージュコロイドを応用した「技術の競争」が行われているのが、この世界の軍事事情なのである。

 

 しかし、最初にミラージュコロイドを軍事転用して見せた地球連合軍にとって、競合他社に技術力で出し抜かれるのは、面白いことではない。

 

 地球連合軍──ナチュラルの開発部にも、技術屋としての意地がある。ザフトやオーブ──コーディネイターが台頭する組織がそれぞれ〝ミラージュコロイド〟の応用した画期的な技術を独自開発する中、地球軍もそれらに劣らぬ新技術を生み出そうと、必死になって開発を進めた。

 そのような技術者達の努力の果て、開発された連合軍独自の新技術が、第一に〝ゲシュマイディッヒ・パンツァー〟であり、第二に最終兵器たるGFAS-X1E(デストロイ・レムレース)に増設された『ナイトメア・システム』だった。後者のシステムは〝ベルゴラ〟や〝レムレース〟に搭載されたバチルスウェポンの発展型で、コロイド粒子を触媒としてコンピュータウイルスを送り込む機能を持つ。前身と異なる点は、その際に映像・音声問わずウイルスが改変した偽装情報を送り込むことにより、自機の存在を消し去る一種のステルスシステムとしての機能が追加されていることだ。

 

「モビルスーツカメラの映像やセンサーのデータは、全て量子コンピュータを通して処理される。だから処理の段階で好きなようにデータを改竄してしまえば、半永久的に姿を隠し続けることも理論上は可能になるんだ──たとえそれが、40メートルを悠に越える〝巨人〟であったとしてもな」

 

 アズラエル財団から〝デストロイ〟の改修を承り、実際に〝レムレース〟の外殻(ハルユニット)化を推し進めたアドゥカーフ・メカノインダリストリー社の技術科長はそのように語り、このシステムの存在こそが、全高およそ40mを越える〝デストロイ・レムレース〟が、その質量や規格にも関わらず、センサーにすら探知できない完全迷彩を成している理由だった。

 

 

 

 

 

 

 第七宙域において、ラウとムウが、なおも激しく戦闘を続けている。

 ラウが放つドラグーン・ユニットは、展開するごとにその射撃精度を増している。おおかた〝プロヴィデンス〟は新型機であり、ラウはまともに慣らし運転もせず実戦に挑んで来たのだろう──操縦する過程でドラグーンの扱いに慣れ始めている今のラウは、ムウにとって非常に厄介になりつつある。ドラグーンを駆使した攻撃が激しく、MS形態に戻る隙がないのだ。

 だが、撃たれてばかりいるわけでもない。このときムウは、ラウと同じように、みずからの搭乗機の性能を、最大限にまで引き出して応戦していた。

 ムウの操る〝イージス〟は、コズミック・イラ史において初めて戦術レベルにまで高められた可変機構を搭載したMSでもある。その実体は、MSに搭載された変形機構なるものが、実際の戦場においては一体どれほど有効であるのか? ──大西洋連邦が半ば実験と観測のために試作した試供品(サンプル)と云っても過言ではない。その弊害であるからか、MA形態で使用できる武装は正式発展型の〝レイダー〟ほどに豊富ではなく、四本の鉤爪から繰り出す打撃と斬撃、射撃においては複列位相エネルギー砲(スキュラ)のみに頼るしかなかった。そしてMS形態に戻る暇がない以上、ムウはその〝スキュラ〟の射撃を駆使しつつ、相手のドラグーンを撃ち落とす必要を迫られていた。

 

「頼むぜぇ、相棒──!」

 

 戦闘機らしさとは程遠い異形に変形を遂げる〝イージス〟のMA形態は、これを目撃した多くの余人やメカニック達にゲテモノ的との酷い云われようをして来たが、奇矯な変態を遂げる分、それほどの強みも有していることも、忘れてはならない要件である。

 たとえば、MA形態においてコックピットを覆った四本の鉤爪──MS形態において四肢に相当する部分──は機体の推進装置もかねており、巡行形態時においては四基のスラスターが全て後方に集中するため最高の加速力と機動性能を当機に齎す。また、これらの手脚は独自に開閉させることで重心移動にも利用でき、MA本来の旋回性能の低さや、難度の高いAMBAC運動をカバー出来るようにもなっている。その上、逆噴射による減速機能も搭載し、奇しくも戦闘機パイロットを生業とする者であれば、垂涎するような機能を満載していると云えた。

 だからこそ、ムウはこの〝イージス〟が大好きである。持ち前のMA乗りとしての経験と技術を総動員し、ムウは〝プロヴィデンス〟から放たれるビームカーテンを次々に回避していった。

 

〈モビルアーマーでこうも食い下がる!〉

 

 巧みに姿勢制御を行いながら、ムウは高エネルギー砲〝スキュラ〟を放つ。赤い光条を掠めたラウのドラグーンが、一基、融解して溶けた。

 ──これで二基目(ふたつめ)

 正確に照準をつけずとも、ある程度は巻き込めるのが位相砲の良いところだ。もちろん、乱射していてはエネルギーが持たないが。

 

〈ムウめ……!〉

 

 一方の〝プロヴィデンス〟には、決定的な弱点があった。それは「ドラグーンが破壊された際の、本体の戦闘力の低さ」である。

 一見する限り、確かに〝プロヴィデンス〟はその無数のドラグーンを駆使することで制圧戦も白兵戦も卒なくこなし、文字通り『無双』の立ち回りをすることが可能だ。しかし、これは無重力空間に限定される話であって、一方の機動兵器としての(・・・・・・・・)完成度(・・・)は「()のどの機動兵器よりも低い」と述懐せざるを得ない。

 たとえば、大気圏内での戦闘。重力下での〝プロヴィデンス〟は、最大の強みであるドラグーンを分離できないため攻撃手段の大半を封じられ、桁違いなまでに弱体化する。どの程度まで弱くなるのかと云うと、残る武装が重量と規格のため取り回しに難のある大型ビームライフル(ユーキディウム)、およびシールドと一体化しこれまた取り回しに難が出る大型ビームサーベル、そして気休めの機関砲(バルカン)と三種類にまで落ちぶれるのだ。

 さらに致命的なことを云えば、後付けの背部ユニットは機体の重量を大幅に──〝フリーダム〟や〝ジャスティス〟の総重量に比べ20tも──増加させており、この弊害により〝プロヴィデンス〟は重力下で単独飛行ができず、それほどに機動性も低くなっている。そしてドラグーンが封印されたり破壊されたりした場合、光背そのものが完全にデッドウェイトと化してしまうなど、意外にも弱点が枚挙できるのだ。

 

 何が云いたいのかと、後付けによる違法建築で開発された〝プロヴィデンス〟は完成度として最低であり、ムウに云わせれば、ドラグーンを失えば失うほど「大したことない機体」に劣化していくということ。

 

 ムウはこの仕組みをよくも看破したようだ──伊達に〝メビウス・ゼロ〟のパイロットはやっていなかったということか? ──ドラグーンを確実に削り〝プロヴィデンス〟の戦闘力を奪おうとしている魂胆が目に見え、ラウは冷笑を浮かべる。

 

〈ハ! しかし、そうでなくては貴様は面白くない!〉

「なにをッ!?」

〈貴様をこの手で直々に下すことにこそ、わたしの愉悦があるのだよ! ──情けない姿の貴様を討ったところで、わたしの気は晴れぬのでな!〉

 

 付け足された言葉には、含みがあって、ムウはそれを不審に思った。

 

「情けない姿、だと?」

〈憶えてないかな、ムウ! かつて聖域で刃を交えたとき、わたしがきみに何をしたのか──〉

 

 ──聖域? コロニー〝メンデル〟での戦闘のことを云っているのか?

 ムウが逡巡する間もなく、突然〝プロヴィデンス〟の〝G〟フェイスに変化が起こった。それまで額部分に張られていた〝プロヴィデンス〟のバイザー──〝G〟フェイスのアンテナであり「角」に当たる部分──がせり降り、その顔部を覆い隠してしまったのだ。その変貌は、さながら〝プロヴィデンス〟が『仮面』を装着した、といった風であり、パイロットであるラウ・ル・クルーゼその人をオマージュしているかのようにも見えた。

 ──狙撃? いや、精密射撃用のスコープか?

 いや、どれも違う。ムウはその『仮面』のようなバイザーに確かな見憶えがあった。地球軍のゴーグルアイでも、ザフトのモノアイでも、ましてや〝G〟を象徴するツインアイでもない。四つ眼と紅球のセンサーアイが蠢くそれは、かつて〝メンデル〟で交戦した〝ベルゴラ〟のものだ。まさか──?

 

「まさか、〝ベルゴラ〟の機能を!?」

〈察しがいい。今のわたしはその気になれば、その〝イージス〟の制御を乗っ取ることも可能だ〉

 

 ラウは、勝ち誇るように告げる。

 それでも、その『ウイルスの発心装置(バチルスウェポンシステム)』を使用しないのは、ラウの堕落である、とムウは思った。

 

(あくまでオレと決着(ケリ)をつけることにこだわるのか、クルーゼ!)

(相手はムウだ。この手で下す(・・)ことにこそ、本当の意味がある!)

 

 幼い頃の教育──とも呼べない洗脳と刷り込み──のせいか、どうにもラウ・ル・クルーゼという男は、ムウ・ラ・フラガという男に対して強烈な対抗心を隠せない人格と相成ってしまったらしい。

 ラウが歩んだ軌跡、それは地獄のような日々の連続だ。ムウが幸福な人生を踏みしめる分だけ、ラウは不幸の沼へ突き落とされて来た。暖かな友人や召し使いに囲まれて、母親の手厚い保護の下、ぬくぬくと暮らしていたムウ──薄暗い部屋に独りぶち込まれ、父親の虐待的な教鞭の下、寒々とした世界に閉ざされたラウ──まるで対照実験に用いられた、哀れで可愛い二匹のモルモットであるかのように。

 

(ムウもまた、キラ・ヤマトと同じ、光に包まれて生きた男──)

 

 そのような男に、ラウは敗けるわけには行かないのだ。

 そのこだわり──矜持こそが、ラウを堂々と戦わせている。ウイルスの発心装置など使わないし、ここに至っては必要ないのだ。己の実力でムウを撃砕し、みずからという呪われた存在を作り出した、フラガの一族へ復讐を果たすためには。

 

〈我ながら、アコギなことと思うがね!〉

「馬鹿にしやがる……!? そうやってオマエは、いつも他人を見下して……!」

〈それが定めさ! 私こそ神の意志(プロヴィデンス)だ! ──強欲で、罪深き! この愚かな人類世界を裁く、破壊の使徒なのだよ!〉

 

 放たれるドラグーンの射撃精度が、みるみる向上してゆく。

 ──この、殺気の檻からは逃れられない!

 ビームの閃光の一発が、ついに〝イージス〟の右脚部、ひとつのクローアームを捉えた。脚部が爆発し、これによりモビルアーマー形態が著しく機能不全に陥り、ムウはやむを得ず機体の変形を解くしかない。

 

(しかし、生身の感情を持ち過ぎている! 所詮はヤツも人間だ!)

 

 感情がなければ、とっくに自分は殺されているはずだ──そうではないか?

 口内に毒づきながら、ムウはマニュピレーターに握られたビームライフルを二射する。ふたつの光条は真っ直ぐに伸び、直感のままに〝プロヴィデンス〟のドラグーンをそれぞれに撃ち落とした。

 ──残りは、七基(ななつ)か……!?

 しかしムウは、にわかに気が遠くなっている自分を自覚してしまった。

 

 

 

 

 

 

 クロト・ブエルは、小さい頃から飛行機やロケットなどの〝空飛ぶモノ〟が好きだった。比較的裕福な家庭で幼少期を過ごした彼は、しかし、両親が不慮の交通事故で死んでから、叔母方の親戚の家に預けられることになった。

 が、殆ど押し付けられるような形の居候であったから、親戚達はクロトの扱いにほとほと困ったらしく、数か所ある親戚の家を転々とたらい回しにされた末、気付いた頃には大西洋連邦の施設に入れられていた。要するに厄介払いをされたのだが、そんな自分が可哀想などとは考えなかった。もともと親戚達に対しては何の恩赦も感じていなかったし、どこへたらい回しにされようと、両親がいない日常にさして幸福はないだろうと達観していたためか、預けられた先がロドニアのラボだろうが何だろうが、それはそれで構わないと彼は諦めていのだ。

 

 ──ただ流されるまま、何についても冷めた、諦めた目で人生を流して来た。

 

 強化人間となるためのインプラント手術を受けさせられてからも、そんな日常は変わらなかった。

 それでも、唯一クロトが興味を持ったものがある、モビルスーツの操縦だ。小さい頃、母親に買ってもらったシューティングゲームが現実に体験できるかのようで、訓練であったにせよ、彼はそれを楽しみながら取り組むようになって行った。

 

 ──そんなある日のことだった。転属の話が舞い込んで来たのは。

 

 なんでも、別の研究所出身の二人と共に、新型のモビルスーツ部隊に配属されることが決まったらしい。それまで唯一熱心に打ち込んで来たモビルスーツ戦の成績が買われたのだろうか? まあ、どーでも良かったが。

 同僚になる二人と、顔合わせをした。片方はジャカジャカ大音量でデスメタルばかり聴いていて、如何にも根暗そうなヤツ。もうひとりは、なんていうか……意外と繊細そうなヤツだった、それはすぐに分かった。

 それと同時に軍内部で少尉の階級が与えられ、ある程度の自由が許されるようになった。クロトはすぐにゲームソフトを購入し、戦闘前に待機を命じられたときなどは、シャニが音楽、オルガが読書に没頭する傍ら、もっぱらゲームのプレイングに耽った。所有しているゲームソフトは、大半がシューティングゲームだった。

 中でも、アーケード形式で展開される『インベーダー』には「ド」が付くほどにハマったものだ。外宇宙から襲来する侵略者を迎え撃つため、ヒーローが戦闘機に飛び乗っては幾つもの戦場を攻略してゆく──そんなアルゴリズム要素に溢れたゲームが、当時の少年心に堪らなかった。

 しかし現実は、そんな少年心を、簡単に斬って捨てた。

 あるとき、クロトにも専用のモビルスーツが与えられることになったのだ。一般的な量産機とは違う、特別で強力なモビルスーツだ。そのモビルスーツは、確かに自力で空を飛べたり、沢山の銃火器を撃てたりするから、すこぶるクロト好みの機体であった。

 

 ──でも、そのモビルスーツは〝レイダー〟と呼ばれていた。

 

 よりにもよって、侵略者の名を冠すモビルスーツだったのだ。

 戦闘機らしさとは無縁にある異形と、赤黒い猛禽然とした〝レイダー〟は、クロトの中で、間違ってもヒーローが乗り込む機体であるようには見えなかった。

 ──オレ、悪役かよ。

 だが、それでも別に構わないと思ってしまったのは、やはりクロト・ブエルという少年の人生に、こだわりがなかったからだろう。

 

「──抹殺!」

 

 不穏な単語を口にするようになったのも、悪役としての自分に箔をつけ、自分に酔うためでもあった。

 このとき、クロトが飛ばした鉄球〝ミョルニョル〟を、しかし〝青い羽のヤツ〟はくるりと回って回避した。反撃にビームライフルの連射が飛んで来て、クロトはMA形態になって幾条かの閃光を回避した。

 

「〝フリーダム〟──〝フリーダム〟ねぇ?」

 

 クロトは機体を駆りながら、ひとりごちる。

 ──前にオルガが、アイツのことをそう呼んでたっけ?

 それが敵機の名前なんだろう。この機体が〝レイダー〟と呼ばれるように、相手の機体には〝フリーダム〟というハイセンスな名が付けられているのだ。

 それは大西洋連邦の、宇宙探索用のロケットにも名付けられた名前で、小さい頃に資料図鑑で見たことがある。

 フリーダム。その言葉が意味するものは『自由』──すなわち、希望の代名詞だ。万人の希望の象徴。まさにヒーローに名づけられるに相応しい。

 

「なんか、ムカツクなぁ」

 

 ボクは悪役で、アイツは正義のヒーローだっていうのか?

 どうして? ボクだって、ヒーローになりたかった。ヒーローになるための努力をしたわけではないにしろ、それでもボクはただ施設に預けられた孤児の身だ。ボクには、この面白くもなんともない人生に対する拒否権なんてなかった。

 ──なのになぜ、いつの間にかボクが悪役扱いをされなくてはならない?

 気に入らない。何もかも気に入らない。

 いっそのこと、ヒーローをぶっ潰して、ダークヒーローに徹してやるのも悪くない。そのためには、

 

「ボクがオマエを瞬殺してやるよ。滅殺!」

 

 クロトは吼え、果敢にも〝フリーダム〟への突撃を敢行した。

 しかし、γグリフェプタンの効果が、もう間もなく途切れようとしている──彼はまだ、そのことに気づかない。

 

 

 

 

 

〈どのみちわたしの勝ちだな、ムウ! ──再三〝ジェネシス〟が発射されれば、〝ヤキン〟は自爆を始める! 何もかも共に消し飛ぶ!〉

 

 通信先から告げられたその言葉に、ムウは絶句した。

 ──まさか! そんな!?

 その瞬間のムウの脳裏に、ステラの顔が浮かぬ。彼女の父──パトリック・ザラまでもを道連れにしようと云うのか、この男は?

 

〈すべてわたしの思い描いた通りさ! 間もなく終末の閃光が放たれる──そのとき人類は、神意がどこにあるかを知ることとなる!〉

「おまえ……ッ!」

〈もはや止める術はない! ──地は焼かれ、涙と悲鳴は新たなる戦いの狼煙となる!〉

 

 それは、ムウが思っていた以上に用意周到、それでいて、最悪のシナリオだった。

 かねてより戦争の継続を目論んでいたラウにとって、地球が〝ジェネシス〟によって壊滅的な被害を受けるだけでは事足りない。それでは〝プラント〟の勝利に終わり、ラウ自身の本懐を果たしたことにはならないからだ。

 

 ──ヤツが狙っているのは、地球と宇宙……双方に暮らす人類の壊滅。

 

 だからこそ〝ジェネシス〟の三射目と共に〝ヤキン・ドゥーエ〟が自爆するよう、彼は裏で暗躍していたのだ──おそらく、そのことをパトリック・ザラは知らない。地球がレーザー攻撃により壊滅的なダメージを受けると共に、一大拠点である〝ヤキン・ドゥーエ〟すら消し飛ばす。

 戦争をここまで導いたブルーコスモスの盟主と、ザフトの首脳もそれぞれに討ち取り──そうなれば、ふたたび地球と〝プラント〟間で巻き起こる混乱には収集がつかなくなり、戦乱は激化。人類はさらに泥沼の戦争状態へ突入することになる!

 彼は共倒れを狙っているのだ──ムウは焦燥を露に、叫ぶ。

 

「〝ヤキン〟には……! 〝ヤキン〟には、ステラが向かった!」

〈父親と共に消し飛ぶ宿命(さだめ)さ……! わたしの掌の上で、ザラの親子は実によく踊ってくれた──しかし、これが戦争だ! 知りながらも突き進んだ道だろう!?〉

「受けた不幸を、賢しらに世界に押し付けるな! それが大人のやることか!?」

 

 しかし、刻一刻と射撃精度を増していくラウのドラグーンが、次に〝イージス〟のビーム・ライフルを捉えた。目の前で銃身が爆発し、ムウを一瞬の焦りが襲う。焦燥と危惧が彼の操縦をはやらせ、ラウはその隙を見逃さなかった。

 次の瞬間、再び放たれた鳥篭の攻撃(ビーム・カーテン)が、全方位から〝イージス〟を襲った。ムウは自分が取り囲まれていることに、動揺して気づけなかったのだ。数多の火線に晒されたとき、慌てて機体をひねるが、もう遅い。

 閃光は〝イージス〟の左脚や左腕に直撃し、機体は中破して行く。

 ムウは抵抗が出来なかった。コクピッドを掠めたビームが鉄の破片を撒き散らし、ムウの腹部に突き刺さる。

 

「くぁ──ッ!」

 

 一拍おいて、焼け付くような激痛が襲って来る。

 ──しかし、負けるわけには……!

 ムウはその一念だった。機体の損傷に構わず、彼は転進し、スラスターを全開に場を離脱した。強烈なGがかかり、慣性のせいで身体の穴から血塊が噴き出したが、構わずに加速し続けた。

 

(……逃がさんよ……)

 

 ラウはひとりそう云いながら、ひそかに〝イージス〟の後を追跡した。

 フラガの血を継ぐ一族への、復讐はまだ終わっていないのだ。

 

 

 

 

 

 

 一方、第八宙域──

 〝フリーダム〟が〝レイダー〟と交戦している最中、キラは唐突に「敵機の動きが鈍った」ことを知覚していた。機関ビーム砲による銃撃が止み、だらり、と敵機のマニュピレーターが投げ出されたのである。

 それから数秒の沈黙のあとも、敵機は完全に、戦闘行動を停止してしまったかのように映る。

 ──操縦者に、何かあったのか?

 キラはそれを不審に思うが、見るうちに、今度は我を失ったように突進を仕掛けて来た。完全に虚を突かれた〝フリーダム〟の腰が、接触した〝レイダー〟の小脇に抱きかかえられる。それは、まるで助けを求めて〝フリーダム〟に縋り付いて来ているようでもあったが……?

 

「じょ、冗談じゃない! なんだっていうの!?」

 

 キラは〝フリーダム〟の上体を前傾させ、空手のように〝レイダー〟の顔面を拳で殴った。衝撃で二機が離れ、今度の敵は、口部エネルギー砲(ツォーン)を無秩序に乱射し始めた。

 しかし、愚鈍な射線だ。難なくそれらを往なしながら、キラはハッとする。

 ──強化人間は、投薬を受け続けないと、身体が衰弱して、あとあと何にも考えられなくなって……

 ステラの言葉が、脳裏を過ぎったのだ。

 いま、目の前にいる彼も、その強化人間のひとりなのか──? 居た堪れない思いになり、キラは〝レイダー〟に通信を繋ごうとした。なんとか回線までは発見したものの、しかし、

 

〈──ハ──アハ────ハッ…………!!?〉

 

 不気味な笑い声が、そこから響いて来るだけだった。

 大量のノイズを交じらせて、妙な哄笑が響いている。あちらの通信機が壊れている? ──いや違う、壊れているのは通信機だけではない。

 ──人間(・・)の方が、壊れている……!

 

〈ぼ、ぼくハ──〉

 

 だが、あまりに無鉄砲にエネルギーを消費し過ぎたのだろう。口部〝ツォーン〟はエネルギー切れを引き起こし、機関砲も弾切れを起こした。

 後期GATシリーズはTP装甲を用いているため、フェイズシフトダウンこそ視認できなかったものの、中の装甲はとっくにエネルギーダウンを起こしているだろうと、すぐに分かった。

 次の瞬間、またも〝レイダー〟は〝フリーダム〟目がけて突進して来た。

 キラには、その動きが嫌なほど見覚えがある。すべての武装を損なってなお自分を殺そうとした〝カラミティ〟──そのパイロットだ。あのときの『彼』と同じ気迫と覚悟を、キラは〝レイダー〟の中に見つけてしまった。

 

「や、やめろよ! こいつ、取り付いて……! まさか、自爆しようって云うんじゃ──」

〈ウフフ──ぼくハ、ぼくハねぇ……ッ!?〉

「! ──ちくしょうッ!」

 

 敵が接近するよりも前に、〝フリーダム〟の砲門が火を噴いた。

 すべての砲撃・光条は虚空を切り裂き、〝レイダー〟の頭部や脚部を撃ち抜いた。衝撃に押し戻され、慣性で漂っていく〝レイダー〟であるが、

 

〈じッ『自由(・・)』ニ……!〉

「!?」

〈ジユウにッ……! な”りたがッ──〉

 

 次の瞬間〝レイダー〟が爆散した。跡形もなく。

 この瞬間、世界に一片もの生きた証を残すこともなく、ブーステッドマンの三人は全滅したのだ。

 

自由(・・)に……!? 彼は……!?」

 

 キラは、やるせない思いになる。

 

(どうして──強化人間なんて……ッ!)

 

 

 

 

 

 

 GAT-X370(レイダー)のシグナルが消えたことを、〝ドミニオン〟の中では感知していた。

 なおも〝アークエンジェル〟との交戦下にあって、オペレーターが告げる。

 

「ブルー三一七、マーク五二アルファに〝アークエンジェル〟! 接近して来ます!」

 

 接近してくる白亜の艦を見遣ったナタル。

 ──もう、これ以上の戦闘は無意味だ……。

 諦観しながら考えているそのとき、ナタルにとって、妙に見慣れたモビルスーツが艦橋窓から見えた。中破したGAT-X303(イージス)だ。オーブは〝アレ〟を回収し、改修していたのか? だとしたら、さしずめ搭乗者(パイロット)はムウ・ラ・フラガあたりだろう。

 ──フラガ少佐……!

 艦橋窓から見えた〝イージス〟は、黒煙を噴き出しながら〝アークエンジェル〟へ向かっていた。『エンデュミオンの鷹』と呼ばれるほどのエースパイロットが、いったい誰にやられたというのだ──?

 当然、その機影を認めた〝アークエンジェル〟が、ムウを収容しようと出し抜けに左舷ハッチを開放する──〝ドミニオン〟との戦闘中にも関わらず(・・・・・・・・・)。 

 

(ラミアス艦長、迂闊だ!)

 

 ナタルは軍人としてそう叫ぶ。

 と、同時にアズラエルもそれに気付いたらしい。目敏い男だ。今まで茫然自失としていた彼は、即座に砲術長に詰め寄って喚き立てた。

 

「いまだ撃てぇっ! ──〝ローエングリン〟照準!」

 

 だが、砲術長の動きはもたついていて、それがアズラエルの癇癪を買ったらしい。

 

「撃てよやぁ! 早く〝アイツ〟を沈めろぉ!」

 

 血走った目で激昂するアズラエルであるが、皮肉なことに、砲術長の男性士官は年齢だけで云えばアズラエルよりも年長者だった。にわか仕立ての新米クルー達の中でも、ベテランの威光を放つ珍しい人物でもあった。

 彼は耳元でがなり立てられ、ついに痺れを切らしたのか、立ち上がってアズラエルの身体を突き飛ばした。

 我慢ならん! 男の顔には、そう書いてあった。

 逞しい二の腕に飛ばされたアズラエルのひょろっとした痩躯は、モニターパネルにぶつかって慣性のままに弾き飛ばされた。

 

「もう……! もう、やめましょう、艦長!」

 

 男は、そう云って席を立ち、ナタルはハッとする。

 対してアズラエルは、痛みをこらえて頭に疑問符を連続させていた。

 

「おまえ、何をッ!」

「我らの軍は! もう、負けたのです! これ以上、戦う意義などありません」

「なッ……!?」

 

 絶句するアズラエルを尻目に、艦橋のクルー達が一斉にどよめき始める。いや、それは単なるどよめきなどではない──もはや全員が、これ以上の戦闘行為を続けることを無意味だと理解していたのだ。

 ──気付いていないのは、アズラエルひとりだけで。

 砲術長の男が云いだしたのをきっかけに、続々とクルー達が、持ち場の席からダンと立ち上がり始めた。彼らはナタルの許におずおずと集まって、それぞれに思っていることを口にしていく。

 

「そ、そのとおりですよ……! もうこれ以上、地球軍(ぼくたち)が戦う意味なんてない──」

「そもそも、こんな事態になったのがおかしいんだ……! 両軍共に、互いに殲滅しなきゃいけない前提で、戦争が進むなんて」

「負けた戦いに意地を張って、やめられる戦いに欲をかいて、いま降参すれば助かる命が多くあるのに! 軍隊が意地張って地上を焼くんじゃ、ぼくらが馬鹿やってるだけじゃないですか!」

「──バジルール艦長だって、そう思っているんでしょ! 我々に構わず、思ってることを云ってください!」

 

 問われたナタルも、気が付いたときには立ち上がっていた。

 ゆっくりと周りの新米達を一瞥して周り、最後に砲術長の男と目が合った。その目は、確かに彼女に降参を促していた。

 

「……そうか、そうだな」

 

 ぼそりと、しかし、場にいる全員に聞こえる声で、ナタルが云った。

 

「──降伏しよう。この戦争は、地球連合軍(われわれ)の敗けだ」

「バジルール艦長……!」

「現時点で、本艦〝ドミニオン〟は地球軍の旗艦である! 本艦が白旗を揚げれば、まだ、間に合うかも知れない──」

 

 そうだ──と、ナタルは思う。

 もっと前に、この判断を下すべきだったのだ。兵団全体の戦力を鑑みても、兵士各個の気力を省みても、今の地球軍に〝ジェネシス〟を抑えることなど不可能だった。

 ──そんなこと、出撃前(はじめ)から判っていたことだろうに……!

 この場において降参するということは、結果的に、この戦闘で散って行った兵士達を犬死させたことを認めることになる。

 ──だが、わたしも彼らも、軍人だ。

 最優先するべきは、地上に住まう民間人のこと。であるなら、これ以上〝ジェネシス〟を撃たせないためにも、降伏をするしかない。

 もっと早くにするべきだった決断を、目の前のイカれた男に邪魔されてしまった。何より腹立たしいのは、自分の弱い心が、そんな男の言いなりになってしまっていたことだった。

 しかし、

 

「ないないないない……! あり得ないィッ!」

 

 アズラエルは、駄々っ子のように喚いた。

 ふたたび拳銃を手に取って、それを真っ先に砲術長の男に向ける。

 

「ボクは勝つんだッ! そうさ、いつだって! ──おまえらは、ただボクの命令に従ってりゃいいんだよ!」

「地球連合軍は、地上の民間人を守るために存在しているのです! たとえあなたが指揮官だろうと、それに違反することは出来ません!」

「ボクだって民間人さ! だったら、ボクの云うことを聞けよ!?」

「自分の都合で、指揮官と民間人を使い分け腐って!」

 

 この期に及んで、よく舌が回る男だと、ナタルは思う。

 そのときだった。

 

「おまえらぁぁぁッ!」

 

 激高したアズラエルは拳銃を構え、血走った目でナタル達を睨んだ。

 その瞬間、トリガーが曳かれる──!

 

「ッ…………!」

 

 パアンッ! と、一発の銃声が響く。

 それによって撃たれたのは、意外にもアズラエルの方だった。

 場にいる全員が、一瞬愕然とする。狙われた男性士官は、頭を抱えて震えている。銃弾の衝撃に飛ばされたアズラエルは、拳銃を握っていた右手を砕かれ、悶絶していた。

 

「バ、バジルール中佐!?」

 

 ハッとして我に帰ったとき、拳銃を構えていたのは、ナタル・バジルールであった。

 クルーのひとりが一驚して名を挙げる。が、ナタルは彼女らしく冷徹に、そして潔く云った。

 

「この艦の艦長は、わたしだ……。艦内で銃を振り回すような男を、みすみす見逃しておくわけには行かない──」

 

 ナタルの覚悟は、既に決まっていたのだ。

 ──アズラエルの性格を考えれば、停戦を申し出せばごねる(・・・)ことくらい分かっていた。銃を持ち出し、無理にでも艦を従わせようとすることくらい。

 だからナタルは、密かに右足のホルスターに、拳銃を忍ばせておいたのだ。

 副長の男が、唖然としている。銃を撃ったナタルの手が、カタカタと震えているのを認めたからだ。士官学校をエリートで卒業したでろう、それはナタルらしくない風景? ──しかし、この状況下では、それは不謹慎な発想か。

 

「総員、退艦だ──〝ドミニオン〟は、もうお終いだ」

 

 それは、母艦の終焉を意味する号令だった。

 クルーは悲痛な表情を浮かべるが、彼らも軍人だ──ある意味では、いつかこうなる(・・・・)心の準備くらいは出来ていたのかも知れない。大体、軍に何ら関係のない『VIP(アズラエル)』風情が艦橋に銃を持ち出した時点で、この艦はとっくのとうに終わっていたのである。

 ナタルはクルーのひとりひとりに目を配り、すこし息を呑んだ。みな半人前なのに、よく付いてきてくれた。だが、その感慨した表情に不安を覚えたのか、副長の男がこんなことを云い出す。

 

「艦長、は……?」

 

 ナタルは、きっぱりと答えた。

 

責めは負う(・・・・・)──だから、お前達に退艦を命じているんだ」

 

 すべては、自分の甘さが導いてしまった事態だと、ナタルは分かっていた。

 ハーメルンの笛吹きのように、利権によって地球軍をここまで誤った方向に導き、追い詰めたアズラエル──そしてそれを分かっていながら黙認し続けた自分も、同様に罪を受けるべき人間だということを。

 

「しかし……!」

「私は〝ドミニオン〟の艦長だ! そう云っただろう! ……わかるな」

 

 云えば、くっと歯を食いしばって、男は敬礼をした。

 次々と艦橋から出て行く背姿を追う中で、ナタルはハッとして、その青年を「待て!」呼び止める。ついでホルスターに下げていた鍵を投げ、青年はそれを見事に受け取った。

 

「独房の()も、一緒に連れていってくれ」

「は……っ!」

「すまないが。みなを頼む」

 

 ぎこちなく微笑んで見たが、やはり、こういうのは自分の柄ではないな──と、ナタルはひどく自嘲気味に思った。

 ──まったく、どうにかしている……!

 士官学校をエリートとして出、非の打ちどころのない経歴を誇って、こうも早く〝ドミニオン〟の艦長に抜擢されるまでに至ったというのに、いつの間にか予定外の畦道に足脚を踏み入れてしまっていた自分がいる。しかも道の先にあったのは、奈落だ──いったい、どこで間違えたというのだろう?

 

「お、まえッ、ボクにこんなことをしてッ! どうなるか分かってるんだろうな……!?」

「地球が撃たれようというときに、他に何を畏れようと云うのです……?」

 

 ナタルは、自分でも驚くほど冷めた声音で返す。

 仰向けに倒れたアズラエルの、手元の銃を蹴り飛ばしながら。

 

「ボクは〝ブルーコスモス〟の盟主だ! オマエたちみたいな戦闘屋より、ずっと気高い人間なんだぞ!」

 

 ナタルは、怒鳴って返した。

 

「人が人の上に立って生きることが、そんなに当然のことですか……!?」

「ああ……ああそうさッ、人間は平等じゃない! ナチュラルとコーディネイターが平等でないように、愚民は一握りの価値ある者のために、生命を捧げるよう世界ってのは出来てるんだ!」

「ならば、理解してもいただけるはずだ!」

「何が!?」

「あなたというたった一人ために、大勢の人間の生命が救われることもある。あなたの上に立つことで救われる人間が、ここには大勢いるのです!」

 

 地球軍さえ降伏してしまえば、少なくとも地上は守れる。

 たとえその先に、どれほどの屈辱が待っていようと、地上を守ることこそが、自分達の果たす役目なのだ。

 

「いい加減認めなさい。我々はもう負けたんだ」

 

 それきり、アズラエルからの反論は途絶えた。

 ナタルは妙にやり切った思いになって、男が沈黙したのを認めたのち、ゆっくりと移動を始めた。

 

(信号弾を撃てば、この戦いの幕が閉じる──)

 

 ナタルがおもむろに艦長席から移ると、次に、信号弾の操作を行おうとした。彼女が全ての責任を負う形でブリッジに残ったのは、最終的には信号弾の打ち上げ作業を行う人間が、必ずひとりは必要になると判断したからでもある。

 信号弾──すなわち、撤退の合図だ。

 ──どうか……! この戦争を、もうおしまいにしてくれ……!

 曲がりなりにも〝ドミニオン〟は、地球連合軍の旗艦だ。当艦に戦闘継続の意志がないことを明らかにすれば、ザフト側も、何らかの処置を取るだろう。

 それは殆どがナタル個人の願望でしかなかったが、少なくとも、停戦への一歩となるのではないか? 彼女は切なる祈りを込めて、信号弾を打ち上げるスイッチを押した。そして結論から云えば、信号弾が打ち上がることはなかった。

 

「……?」

 

 動作不良? そんな、まさか。

 純粋な不審顔になり、もう一度だけスイッチを押し直すが、やはり光弾が打ち上がることはない。いや違う、それどころか一方では〝ローエングリン〟のチャージが始まっている……?

 ──なんだ?

 全搭乗員が艦橋から出て行ったというのに、どういうわけか〝ドミニオン〟の姿勢制御は勝手に始まっており、右舷蹄部の砲門が開き始めているのだ。その瞬間になって、ナタルは云い知れぬ不審感と、何より底知れぬ怖気に囚われた。

 

「なんだ……!? 〝ドミニオン〟が、勝手に動いている──!?」

 

 まるで何者かに、糸で操られているかのように──

 みるみると戦艦の姿勢制御が、オートで行われてゆく。右舷に輝く陽電子破城砲(ローエングリン)の破滅光が、今に臨界に達しようとしている。その照準先は──間違いなく〝アークエンジェル〟だ。

 ナタルは事態を一瞬で悟り、強かに叫ぶ。

 

「────よせッ(・・・)!?」

 

 しかし、それが誰に向けた怒号なのか、ナタルには分からなかった。

 

 

 

 

 

 

「〝ドミニオン〟より脱出艇! 艦を放棄するようです!」

 

 サイからの報告に、マリューは肩の力が抜けた。どうやらナタルも、これ以上の戦闘行為は無益と判断したのか? ──傷ついた艦を放棄することを選んだらしい。

 脱出艇は四基ほどあり、全搭乗員を収容するには十分な数だ。完全に〝ドミニオン〟は破棄されたと思い込んだマリューは、安堵して救援の指示を出そうとする。だが、

 

「艦長ッ!」

 

 サイの上ずった声の原因を、マリューも見た。〝ドミニオン〟の陽電子砲が臨界し、虎視眈々とこちらを狙っていたのだ。

 マリューは、すっかり警戒心を解いていた。なぜなら、

 ──そんな馬鹿な! いま撃てば、脱出艇もろとも巻き込むかも知れないのに!

 危惧する声を、出している余裕もない。みるみる〝ローエングリン〟の砲口に、光の粒子が収束してゆく。次の瞬間には陽電子砲の光は臨界に達し、凄まじいエネルギー砲が放たれた。

 放たれた烈光の矢は空間を切り裂くように、無防備な〝アークエンジェル〟に正面から邁進した。マリューはすっかり蒼褪め、叫ぶ。

 

「回避ーッ!?」

「ダメです、間に合いません──ッ!」

 

 ノイマンが舵を切るが、手遅れだ。

 ──直撃する!?

 そう思った、矢先のことだった。

 

〈──オレがやる!〉

 

 盾を翳した〝イージス〟が、マリューたちの前に割って入った。

 不可能を可能にして見せる──そう訴えかけんばかりの背を恋人に向け、ムウはみずからを〝アークエンジェル〟の盾にしようとしたのだ。

 ──機体も、パイロットも、もう既にボロボロなのに!

 迫り来る白い光は、もう眼前に迫っている。

 にも拘らず、マリューは耐えられず魂の底から叫ぶように云った。

 

「だめ、ムウやめて──ッ!!」

〈──そうだ! その機体じゃ無茶だ!〉

 

 そのとき誰かの通信が重なって、次の瞬間、ムウの〝イージス〟は何者かに大きく突き飛ばされていた。

 中破した〝イージス〟は〝ローエングリン〟の射線上から大きく流れ、

 

〈──な……ッ!?〉

 

 ムウは、事態が飲み込めずに困惑した。

 が、動揺したのはマリューも同じだった。やがてダンと後方のミリアリアが立ち上がったのを認めて、マリューは一瞬にして事態を悟る。

 〝イージス〟の変わりに『盾』になったその機体は、

 

「〝ストライク(・・・・・)〟──!?」

 

 ミリアリアが気付いた瞬間には、黒鉄の装備(フォートレス・ストライカー)を背負った〝ストライク〟が〝アークエンジェル〟と〝ドミニオン〟の間に割って入っていたのだ。

 ──トール!?

 篭手型の光波防御帯を、最大出力で展開した〝ストライク〟が、陽電子砲を〝イージス〟の代わりに受け止めたのである。凄まじい一射を受け止める機体に護られ、〝アークエンジェル〟クルーは唖然とした。中でもミリアリアは、絶叫していた。

 

「そんなッ、トール──! トールッ!?」

〈大丈夫! おれ見てたんだ──!〉

 

 多少のノイズが混じった音声通信。しかし、その声は明瞭に、途切れることなく、力強く紡がれていた。

 ──護れる、の……!?

 モニターに映るトールは、できるだけ格好よく笑おうとしていた。しかし、不安のせいかその表情はぼろぼろに歪んでいで、ミリアリアは心が痛くなる。彼は今たったひとりで、凄まじい砲火を受け止めているのだ。自分のため──そして、みんなのために!

 

(アラスカでステラは──〝ディフェンド〟は破城砲を跳ね返した……! だったら、この装備にだって出来るはずなんだ!)

 

 当時の出来事を、誰よりも間近で見ていたのはトールだった──〝ディフェンド〟の防御性能が、巨人の放った〝スーパースキュラ〟を間一髪のところで跳ね返した決定的瞬間を。

 ──だったら〝フォートレス・ストライカー〟にだって、それだけの性能はあるはずだ!

 トールは、決して闇雲に陽電子砲の射線に飛び込んだわけではない。

 結局のところ、彼は〝ストライク〟という恵まれた機体を預かっているが、その実態はムウが余暇を縫って教育した叩き上げのルーキーでしかない。充分な訓練を受け、さらに場数を踏んだ歴戦の猛者が一同に交錯する第二次〝ヤキン・ドゥーエ〟攻防戦には、はっきり云ってルーキー風情の活躍の場はないし、おそらくは誰より本人が、そのことを一番よく理解していたのではないか。

 秀でた操縦センスも、場数を踏んで初めて養われる経験値も、結論から云って、トールはすべてが不足していた。だからこそ、自分に出来ることは何なのか? パイロットが未熟な分は、機体性能に胸を借りる(・・・・・・・・・・)しかないじゃないか。

 

〈〝イージス〟じゃ絶対に出来ないこと、コイツならやれる!〉

 

 おれならできる、とは云わない。これは自分の力ではなく──あくまで〝ストライク〟の力なのだから!

 自信を確信に──予感を事実に、変えなければならない。

 何としても、トールはここで〝ローエングリン〟を食い止めなければならなかった。さもなくばみんなが──ミリアリアが死んでしまう! トールは虹色に散る光を受け止めながら、懸命に叫んだ。

 

〈やってやる! おれだって、やってやるんだっ!〉

 

 次の瞬間、陽電子砲(ローエングリン)の虹色の輝きが、鮮烈に弾け飛んだ。

 

 

 

 

 

 ────陽電子砲の光が消えたとき、白亜の大天使(アークエンジェル)は、なんと元通りの姿で現存し続けていた。それを見たナタルは、一言で云って安堵してしまう。艦橋の前に飛び出した〝ストライク〟が、奇跡的に〝ローエングリン〟を消し飛ばしてくれたのである。

 しかし、事態はそう簡単ではないことを、ナタルは同時に悟っていた。

 たった今〝ドミニオン〟は、下手を打てば〝アークエンジェル〟そのものを撃沈させかねない陽電子を放った──それも、みずからが吐き出した脱出艇すら、巻き込みかねない砲撃を。直面したマリュー達が、この艦に敵意を向けるのは当然のことだ。

 

 ──だが、なぜだ? なぜ勝手に〝ローエングリン〟が発射された……!?

 

 ナタルは動揺しつつも、船体を翻そうと舵を切る。しかし、その作業には意味がない。既に駆動系が何者かによって支配され、〝ドミニオン〟は完全にコントロールを失っていたのだ。

 聡明なナタルは、おそらくそれが〝ボアズ〟侵攻戦のときに見たコンピュータ・ウイルスが関与しているのだろうと一瞬にして看破したが、実際に真相を確かめる術はなかった。

 ──そのときである。

 突然〝ドミニオン〟の艦橋窓──いやナタルの目の前に、グワッと正体不明の〝G〟が映った。

 それは暗灰色の機体で、四つ眼の紅いセンサーアイが、こちらを覗いた際にカッとして光った。それは、いかにも艦橋の中を見せてもらった、というような動作だった。

 

「何の機体!?」

 

 すると同時に、艦橋のモニターが接続され、男の哄笑が響いて来た。

 

〈──ここまでかな、アズラエル……!〉

 

 光背を背負ったモビルスーツが、肩掛け式の大型ビームライフルを艦橋へ向けた。

 それは勿論、ナタルも含めて──。

 男の声を聞いたアズラエルは、逃げようとした。

 

〈きみはいい道化を演じてくれた。しかし、いささか役者不足が過ぎたようだ!〉

「──クル……ッ!」

〈さよならだッ!〉

 

 〝プロヴィデンス〟の審判(ユーキディウム)が、〝ドミニオン〟の艦橋を貫いた。

 

 

 

 

 

 一発の光条が〝ドミニオン〟の艦橋を潰し、四方から浴びせられるドラグーン攻撃が〝ドミニオン〟そのものを瓦解させてゆく。

 やがて機関部にもぐりこんだ一発のビームが、推進剤に引火し、忽ちに大爆発を引き起こす。その瞬間、〝アークエンジェル〟と容れ物を同じくする黒衣の主天使(ドミニオン)が、跡形も無く爆発した。戦艦だったものの瓦礫が宙を漂い、マリューは愕然とするしかない。

 

「ナタル──!?」

「クソッ、クルーゼか!」

 

 みずからの戦友が指揮していた艦──

 ムウにとっても好悪相反していた〝ドミニオン〟──その艦をたった今葬った男を、ムウは憎々しげに唾棄する。このときの彼は、みずからの影とも云える男が〝ドミニオン〟に何をしたのか、完全に読み取っていた。

 

「アイツだ、アイツが陽電子砲を発射させた──!」

 

 〝プロヴィデンス〟に搭載された『バチルスウェポンシステム』は、〝ベルゴラ〟のそれと同型だ。

 であるなら、多少の手間は必要であるにせよ〝ドミニオン〟の中枢システムを奪取してしまえば、戦艦ひとつを支配下に置くことも不可能ではない。おそらくラウはそれを利用し、〝アークエンジェル〟を陽電子砲で破壊しようと考えたのだ。

 結果的にその目論見は失敗に終わったが、同時に〝ブルーコスモス〟の盟主を葬る必要もあったから、彼は片付けるように〝ドミニオン〟を撃沈させたのだ。

 ラウはせせら笑って、挑戦的な笑みを浮かべる。

 

〈浅からぬ因縁だったがね。そろそろキミたちにも沈んでもらおうか、足つき!〉

(ヤツが来る!? クッ、このままじゃ──)

 

 天帝の名を冠する黒銀の機体が、一目散に〝アークエンジェル〟へ迫り来る。

 だが〝アークエンジェル〟は火器の多くに損傷を受け、推力が低下して回避運動もままならない状態だ。本来であればこれを護衛すべき〝イージス〟は中破しており、残された〝ストライク〟もまた──

 

「トール、トール大丈夫ッ!?」

〈も、もうエネルギーがッ……!〉

 

 ミリアリアが涙声で呼びかけるも、〝ストライク〟は既にPS装甲の脱落を引き起こしていた。先の陽電子砲を受け止めた際、余剰エネルギーを全て使い果たしてしまったのだろう。機体を覆っていた色彩が脱落し、〝ストライク〟には、もはや敵機を迎撃するだけのエネルギーが残されていない。一方の〝イージス〟もまた、損傷が激しぎる。

 そんなとき、護衛に駆け付けて来てくれたのだろう──明後日の方角から〝ストライクルージュ〟が、数機のM1を連れて駆け付けていた。

 ムウはカガリが率いるその部隊の増援を認めた。

 

「……!?」

 

 ムウがハッと目を開く──そして、同時に直感していた。

 ──無理だ!

 そんな彼の叫びに対し、通信機からはカガリの威勢のいい声が響く。

 

「わたしに任せろ!」

「よせ!」

 

 そう叫んだのには理由があって、直感的にムウが予見した未来……いや危惧した未来(・・・・・・)は、束の間に現実のものになる。

 被弾の著しい〝アークエンジェル〟に敵を近づけまいと、〝ルージュ〟が牽制のビームを放つ。しかし、安直な射線はあっさりと〝プロヴィデンス〟に回避され、続いてM1小隊の放つ無造作な援護射撃も、どれひとつ〝プロヴィデンス〟を捉えることが出来ないで終わる。

 ──気のない射撃(・・・・・・)では、ヤツは止められない!

 それと同時に〝プロヴィデンス〟の光背から七基ものドラグーンが解き放たれる。生き物のように錯綜する砲塔は、瞬く間に指揮官機と思しき〝ルージュ〟を取り囲んでいた。それに嫌な気配を感じ取ったのだろう……護衛していたM1の一機が、慌てて〝ルージュ〟をその場から突き飛ばす。

 

「えっ──ジュリ!?」

 

 同時にドラグーンが一斉に火を噴き、四方から放たれる無数の光条が、そのM1──ジュリ・ウー・ニェンの乗っていた機体──の全身を貫いた。身代わりになった彼女には、悲鳴を上げる暇すら残されず、彼女の機体は炎の塊に転じて散った。

 それでも〝プロヴィデンス〟の展開する全方位攻撃は、終わらない。

 間断なく浴びせかけられる〝光の雨〟を前にして、他のM1も懸命に〝ルージュ〟を護ろうと身を盾にした。カガリは全力でそれを拒否したが、実際に盾となってしまったM1の一機が、首をはねられ、右肩を撃ち落され、両足を薙ぎ払われ、無残な姿に転じていく。カガリはそれを、悲壮な表情で見届けることしか出来なかった。

 

「マ、マユラぁッ!」

〈生きてカガリ様……! あなたは、オーブに必要なッ──〉

 

 マユラ機が、爆散して散った。

 

「くっそぉぉ! おまえぇっ!」

 

 カガリの中で────何かが弾けた。

 怒りと悲しみで頭は沸騰しそうなのに、周囲の何もかもが手に取るように理解できる──気がする。自分を生かすために、その儚い命を散らしてしまった二人の少女達。この仇だけは絶対に討ってやりたいと、カガリはもうふたたび〝プロヴィデンス〟に銃口を固定、みずからを神と称する天帝に挑みかけた。

 それがどうした。

 カガリがビームライフルを前方へ突き出す──と、それを予見したドラグーンの一射が彼女の死角から降り注ぎ、彼女のライフルを直上から貫いた。銃身が爆破され、爆炎と噴煙に呑まれたカガリはやむを得ず〝ルージュ〟を後退させる。

 

「!?」

 

 しかし次の瞬間には噴煙の中から飛び出して来た〝プロヴィデンス〟に虚を衝かれ、大型ビームサーベルで両腕(マニュピレーター)を切り裂かれていた。

 体勢を立て直すには距離を詰められ過ぎている。次に頭部を、そして両足を切り捨てられ、抵抗という抵抗もできないまま、一瞬にして〝ルージュ〟はコクピッドだけが斬り残された。

 

〈オーブの姫とは……?〉

 

 ラウは、案山子になった相手の恐怖を味わうかのように、鷹揚として云った。

 ──せっかく、救ってもらった命だろうに……!?

 しかしその背後から、中破した〝イージス〟がラウに体当たりを繰り出した。衝撃に突き飛ばされた〝プロヴィデンス〟は、それによって〝ルージュ〟にトドメをさせなかった。

 

「クルーゼェェェェッ!」

〈ハ! ムウ、貴様もそんな状態で何が出来る!?〉

 

 挑発的な台詞と共に、ラウから反撃の〝ユーキディウム〟が放たれる。その圧倒的な熱量を宿す火線は、元より五体不満足の〝イージス〟の右肩を撃ち抜き、爆発の衝撃にムウは呻いた。

 ──ダメか……!?

 しかし突然、闇を切り裂く一条の光が〝プロヴィデンス〟に放たれた。ムウは弾かれたように顔を上げ、蒼い羽を広げた一機のモビルスーツが飛来するのを認めた。

 

「キラ──っ!?」

 

 〝フリーダム〟は一直線に〝プロヴィデンス〟を目指し、これに気付いたラウもドラグーンの攻撃対象を〝フリーダム〟に切り替えた。一斉に浴びせかけられるビームを〝フリーダム〟は目まぐるしく回避し、反撃と云わんばかりに〝プロヴィデンス〟に撃ち返す。

 それを操る少年の目は、既に光を失っていた。

 

〈──あなたは……! あなただけはッ!〉

 

 大切なものを奪われた怒りが、キラを『SEED』に覚醒させていた。

 ラウは待ち侘びた相手の参入に、会心の笑みを浮かべる。キラにとって『最も大切な想い人』を屠ることは出来なかったが、まあいい。仲間達を傷つけたことで、これだけでも充分な起爆剤にはなっているだろうと、密かに満悦そうに笑ったのだ。

 

〈来るがいい……! この私を止めてみせろ、人類の夢(スーパーコーディネイター)!〉

 

 次の瞬間〝フリーダム〟と〝プロヴィデンス〟が、凄まじい速さで交錯した。

 

 

 

 

 

 一方の〝ジェネシス〟が見える空域では、なおも〝エターナル〟と〝クサナギ〟が懸命に〝ジェネシス〟を目指していた。

 たった二隻でありながら、これまで〝ヤキン・ドゥーエ〟から繰り出される迎撃の数々やザフト守備軍からの猛攻を耐え凌ぐことが出来たのは、ひとえに奇跡だと思えるほどの僥倖だった。そんな折、ようやく彼らにとって待ちに待った瞬間が訪れる。

 

「──〝ジェネシス〟、射程圏内に入ります!」

 

 その一言を待っていた。ようやくだ──と、感傷に浸る暇はない。

 ダコスタの報告を聞き取ったバルトフェルドは、勢いよく号を飛ばしていた。

 

「撃て!」

 

 的の大きさから云って外すわけもないのだが、〝エターナル〟の主砲、およびミサイル発射管のすべてが、一方の〝クサナギ〟の〝ローエングリン〟が一斉射された。直撃すれば、要塞の岩盤であっても抉り取れるほどの火力だ。

 撃ち放った火線とミサイル──後者については軌道上の迎撃で撃墜されてしまったが、それでも〝ジェネシス〟に届いた砲火はあった。

 しかし、本当に届いただけだ──。

 実際に〝ジェネシス〟まで着弾した陽電子破城砲は、しかし、その名と違って弾き返されて終わってしまったのだ。あまりに巨大なミラー基部に対して〝ローエングリン〟では傷ひとつ付けることも叶わず、兵器に使う表現としては微妙だが、蚊に刺された程度にも効いていない。他に何か弱点があるならば希望もあるが、それを筒抜けにするほどコーディネイターの技術者集団は甘くない。これを見届けたクルー達に、否が応でも動揺が奔った。

 

「そんなッ……!」

「せっかく、ここまで来たのに!」

「それでも撃て! 撃つしかないんだ!」

 

 そうは云いながらも、胆力で自信のあったバルトフェルドですら、このときは流石に気が滅入ったという。もっとも有効打と思われた陽電子破城砲すら通用せず、ミサイルの数にも限りがある。それでも彼らにできることは、やはり〝ジェネシス〟に向けて抵抗の射撃を繰り出すことでしかない。

 だが、今の一撃で新たなデータを採取したエリカ・シモンズ──〝クサナギ〟から、希望を潰すような演算結果が導き出された。

 

〈無駄よ! 防御力、耐久力、どちらも桁外れだわ……この二隻の火力では到底、動きを止めることなんて出来ないわ!〉

 

 その報告に動揺するあまり、〝エターナル〟と〝クサナギ〟は、艦へのモビルスーツ小隊の接近を許してしまった。

 激しい銃火に晒され、恐ろしほどの被弾の衝撃が、艦橋を突き抜ける。

 

「クソ……ッ!」

 

 が、それも束の間のこと。

 そのとき、間髪置かず〝エターナル〟に急接近していた〝ジン〟と云ったMS部隊は、次々と多角的に放たれたビームに貫かれ、爆砕し始めたのだ。

 

「なんだ!?」

 

 一見すると、何もない空間から放たれたように思われる数々の砲火──?

 しかし、それらの発射源は、燐光を散らしながら自律飛行するドラグーン・シールドだ。艦橋窓から飛び交う二基の〝盾〟の参入を認めて、マユがぱっと太陽のように微笑んだ。

 

「〝クレイドル〟──!? ステラお姉ちゃん!」

 

 それから一間も置かぬ内に、周囲に展開するザフト部隊は〝クレイドル〟に撃滅された。ドラグーンシールドに注意を曳かれたMSは、次々と〝クレイドル〟本体が撃ち放つ二挺の(リンクス)ライフルの掃射の餌食となって、光の狂暴が、ザフト機を続々に鉄塊に変えていく。

 尖鋭化された〝G〟の動きは、鬼神や怪物の類に()()かれたようですらあった。激昂したザフト機が標的を〝クレイドル〟に絞り集中砲火を浴びせるものの、どれひとつ〝クレイドル〟を捉え切れないで終わる。

 

「ええいっ、邪魔!」

 

 絶叫し、ステラは周囲に展開するザフト機を片付けていく。

 ──みんな、みんないなくなる……!

 断末魔の閃光が咲き誇る度、ステラはどうしようもない喪失感と虚無感を味わう。彼女には何としても戦線を切り抜ける必要があって、そうする意味も同様にあったのだ。

 ──パトリック・ザラを止めなきゃ……!

 一刻も早く父を止めること。ステラの頭の中にはこのことしかなく、それを為すためには、一秒でも早く戦線を切り抜ける必要があった。そしてそのためにも、襲い掛かってくるモビルスーツは撃滅せねばならなかった。

 しかし根本的な話、ステラはなぜ、ザフトがこうも躍起になって〝ジェネシス〟を護ろうとするのかが理解できなかった。

 

「こいつら、ステラに戦うことばかり上手にさせる!」

 

 ステラは、怒っていた。

 周囲のモビルスーツ部隊を撃滅した後、ラクスに向けて云う。

 

「外から破壊できないなら、〝ヤキン〟に突入して管制(コントロール)を潰す!」

 

 ラクスは、弾かれたように顔を上げた。その顔には不安が浮かんでいる。

 だが構わない。ステラは決然とした表情のまま、最大速で戦域を突っ切って〝ヤキン・ドゥーエ〟に飛び立って行った。

 あまりに速く、しばらく残ったバーニアの青い航跡を見守りながら、ラクスは何も云わなかったが、一方でバルトフェルドは違っていた。

 

「正気か!?」

 

 視界いっぱいに広がるような巨大要塞に、たったひとりで侵入する──?

 それは、明らかに常軌を逸した盲動だ。奇行と云ってもいい。それを即決してみせたステラは、バルトフェルドが指摘するまでもなく、おかしくなっていた。しかし、そうまでしても〝ヤキン〟の管制室にたどり着かねばならないという強迫観念に後押しされているのだ。常識に囚われたためバルトフェルドは思わず非難していたが、その気持ちだけは、分からないでもない気がした。

 結局、バルトフェルドは彼女を信用する他になかった。彼女はもう、飛び去ってしまったのだ。

 

「ヤツに上陸戦はできるのか!?」

「大丈夫です、信じる他にありません!」

 

 生身での戦闘ともなれば、頼れるのは自分の腕だけだ──!

 ラクスが唇を噛み締めて云う。

 バルトフェルドはすぐさま通信回線を開き、付近の僚機に命じる。

 

「アマルフィ、〝クレイドル〟の援護を! 女の子をひとりで死にに行かせるな!」

〈そう思います! 後続します!〉

 

 指示を受け取った〝ブリッツ〟が、弾かれたように〝クレイドル〟の後を追う。

 ──たったふたりで基地を制圧するなど、無謀かも知れない……!

 しかし、出来る、出来ないの話ではなかった。彼らは何としても、〝ジェネシス〟を停止させなければならないのだから。

 

 

 

 

 

 淡紅色の母艦を置き去りに飛び立った二機を見て、アスランはぎょっとした。視線の先に捉えていた〝クレイドル〟が、ニコルの〝ブリッツ〟と共に〝ヤキン・ドゥーエ〟の岩肌に上陸を試みているのを認めたのだ。

 着岸した機体は乗り手を失ったことで完全に動きを停止し、コクピッドからは銃を手にした二名のパイロットが、まるで正当な訓練を受けているかのように〝ヤキン〟内部の坑道へ滑り込んでゆく。片方はザフトの赤いパイロットスーツ。もう一方は、連合製の角ばった桃色のパイロットスーツだ。

 

「ニコル……? それにステラか!?」

 

 アスランの脳裏にビクトリア制圧時の記憶が鮮明に蘇る。ステラは当時もまた、単独で基地内部へ侵入を試み、内部で待ち構えていた多くの敵兵を圧倒して回った。モビルスーツ戦は云うまでもないものだが、彼女はむしろ生身での肉弾戦の方が優秀であることを、アスランは知っていた。知っていたからこそ──

 

「〝クレイドル〟を乗り捨ててでも、管制を潰そうというのか! いや、父上に会う? ──ええいステラ、これ以上やらせるわけにはッ!」

 

 柄になく独言を連発する程に、アスランもおかしくなっていた。彼は直ちに〝ジャスティス〟を同じく〝ヤキン〟の荒廃した岩肌に降り立たせ、コックピットを解放して飛び出した。

 そのとき既に無人であった〝クレイドル〟と〝ブリッツ〟を破壊しておかなかったのは、パイロットを追うことに視野狭窄に陥ったアスランの迂闊さであった。

 

「ステラを止めるのか……! しかし、オレだって士官学校(アカデミー)は首席のはずだ……ッ!」

 

 思わず口にしたそれが、いったい誰に対する言い訳であるのか。

 このときのアスランには分からなかった。

 

 

 

 


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