~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『シャウト・トゥ・ザ・ワールド』B

 地球連合軍の敗北は、ほとんど確定していた。明確な決着が付いたわけではないにせよ、地球軍はザフトが導入した〝ジェネシス〟の掃射によって、その主力隊ならびに月基地に壊滅的な打撃を受けたのだ。すでに陣容は戦線を維持することも困難な窮地に立たされ──しかし、それでも彼らは必死に戦い続けている。

 それはやはり、ムルタ・アズラエルの遺した命令があるからだ。

 

『──あの忌々しい砂時計(プラント)を、一基残らず叩き落すんだ!』

 

 目的はひとつ──

 ──彼らの故郷、地球を『まもる』ため。

 ムルタ・アズラエルはこのとき既に戦死しているが、彼は「核を以て〝プラント〟を壊滅させること」(イコール)「地球を守ること」に繋がると信じて、しかし、そのために必要な戦力が足りていないにも関わらず、土壇場での総攻撃を強行した。

 その愚行は、これまでの数ヶ月に渡る準備期間を要した地球軍の『エルビス作戦』──そのすべてを失敗に終わらせてしまった。

 

「……いや」

 

 ──失敗と云うだけで済むならば、猶予はまだ、残されてもいただろう……。

 戦場を縦断しながら、フレイ・アルスターはひとりごちる。

 ──地球軍は、最後まで核攻撃の姿勢を貫き、これを崩さなかった。

 今となっては結果論だが、そのことが、ザフト司令部の危機感をいたずらに煽ったのではないか? 故郷を失う不安に駆られ、今度の〝ジェネシス〟は地球にまで向けられたのだ──本来、そこは照準の向けられる予定のなかった地点。大西洋連邦の故郷である、ワシントン。

 

(引き金を引いていいのは、撃たれる覚悟のできている者だけ、か)

 

 退路を断たれた大西洋連邦が躍起になるのも、道理と云える状況。

 すでに地球軍には戦場をひっくり返すほどの力など残されていないが、それでもどうにか勢いづきたいと欲望するのが、前線で戦っている兵士達だ。

 フレイ・アルスターもまた、その内のひとりであった。混迷を極める戦場の中、彼女はしかし、嘘のような静けさに包まれて戦域の様子を俯瞰していた。

 

(〝ドミニオン〟は。……沈んだ……?)

 

 手許のレーザー・センサーに視線を落とし、みずからの母艦を探すフレイ。

 だが、目当ての〝ドミニオン〟のシグナルは確認できなかった。反応があるのは周辺に入り乱れて戦闘しているMS部隊──そして、その中に〝レイダー〟や〝フォビドゥン〟の熱紋はない。

 ──消えていく、みんな死んでいくんだ……。

 声を漏らしたその唇は、ほんのすこしだが震えていた。それが恐怖による震えなのか、嘲弄によるものなのかは、おそらく本人にも分からない。……分からなかったが、隣人や戦友の死を想って、自分でも意外なほどの虚無感を憶えたのは事実だった。

 ぎゅっと胃が締まる感覚に囚われながら、少女の顔に浮かんだのは、しかし──狂喜の感情だ。

 

「大丈夫よ、もうすぐわたしも、そっちに行く番だから」

 

 近隣の地球軍機の数々──〝ストライクダガー〟やその母艦──が、ザフトのMS部隊に退路を断たれ、次々に蹂躙されゆく光景が視界に飛び込んで来る。

 そのような激戦区の中心にあって、しかし、フレイが冗談みたいに標的にされていないのは、彼女が自分の機体から特殊なコンピュータウイルスを送信し、敵機の索敵能力を意のままに改変しているからだった。

 地球軍機は必死で抵抗し、だが結局は散るしかない同胞達の最期を、フレイは眩しいものを見るような目で見送り続けた。

 

「…………」

 

 鮮やかな光芒をまき散らしながら、軍艦やモビルスーツが四散し爆発していく。それを見るたび、フレイは改めて「戦争」というものの悲惨さを知る。まるでテレビゲームのように、あっけない光景がそこにある。

 そんな彼女にとって何よりも心外なことは、戦場という異常空間の中に、元は民間で暮らしていた己自身が所属していることだった。戦争など無縁の箱庭に暮らしていたはずが、いつの間に自分は、かくも巨大な兵器の中にいる。所詮モビルスーツなんてものは、ことごとく鋼鉄でできた棺桶だろうが──

 

(地球軍は、勝てない)

 

 地球軍は勝てないだろう……。

 そして、勝てないには勝てないなりの原因や理由があるものだ。そうではないか? 少なくとも、はじめから負けると思って戦いに臨む馬鹿はいないし、勝てると信じ、勝たなくてはならないと心に誓った兵士の数は多かった。地球軍は、そうして抱いた勇敢さごと、粉々に撃砕されて負けるのだ。

 

(でも、わたしは違う。わたしには……『理由(それ)』がない)

 

 今、なかば反則のような手段を使って敵陣の中央を邁進しているフレイには、このまま大人しく負けてやる道理はない。完膚なきほどに撃砕されつつある地球連合軍──これと運命を共にする殉国心、あるいはそれに近しい地球軍そのものへの忠誠心を、さらさら持っていないのと同じように。

 

(わたしは強化人間(リビングデッド)。……使い捨ての、鉄砲玉)

 

 生きながらにして、死んでいるも同然の人間。一度でも敵陣深くに切り込めば、もう二度と生還する必要のない「それ」──

 さいわいというべきか、フレイが月基地に帰還したことで手に入れた新兵装は、はっきり云って友軍との協調性に欠いたものだった。全高四〇メートルに達しようという巨大な全躯(からだ)を、大火力の砲門で(よろ)った超大型の巨人。

 

 ──通称、デストロイ・ストライカー。

 

 それがひとたび砲火を放てば、その火は凶暴さのあまり、友軍をも巻き込む災禍を招くだろう。自制や自重と云った言葉から対極にあって、遭遇した者すべてを破滅させる破壊者の亡霊。誤射を恐れる友軍は、これに命を狙われた敵対者と、まったく同じ量の恐怖を憶えることになるだろう。

 

 ──この兵器は、友軍と連携して扱えるものではない。

 

 あらゆる戦術データを凝縮させ、究極の「単機による拠点強襲用ユニット」として完成した兵装。これを手にした者は、初めから単独(ひとり)で行動すべきであり、パイロットには地球連合という組織から(・・・・・・・・・・)独立した行動(・・・・・・)が求められる。

 そういう意味では、彼女はみずからの信念に殉情(じゅんじょう)すること最適解なのだろう。気の赴くままに行動し、感情の流れ付くままに戦闘する。

 

 ──従うべき命令はない。

 ──あったとしても、もう誰も伝えてはくれない。

 

 アズラエルも、バジルールも死んだ。上官を喪った今の彼女は、みずからの胆力と信義によって立っている〝戦場のはぐれ者(アストレイ)〟──

 

「コーディネイターなんかに、地球は絶対に撃たせない」

 

 誰かが身命を賭してでも、ザフトのレーザー兵器を止めなければならない。

 にも関わらず、地球軍艦隊はまともに進軍できていない。指揮系統がズタズタになっている分、心理的にも物理的にも散り散りになり腐っているのが現状だ。だったら──

 

「わたしが……! やるわよ……」

 

 呟き、フレイはみずからの機体を、ある方角に飛び立たせた。いつもより遥かに重たいフットペダルを力いっぱい踏み込めば、〝レムレース〟とは比較にならない強烈なGが全身にのしかかる。巨大な機体が加速して、鎖骨が折れるのではないか……? そう思うような加重がスーツ越しの肉体を襲った。尋常な生体であればその時点で身体が潰れていただろうが、フレイはまるで気付かないし、気にならなかった。

 ────それからの彼女は、ゆえあって〝ヤキン・ドゥーエ〟に取りついた。

 禍々しい機体から降り、試掘口から単独で侵入する。その先に拡がった通路は薄暗く、照明も落ちている。女性用にデザインされた薄紅色のパイロット・スーツが嫌に悪目立ちするが、贅沢は云っていられなかった。

 そして、彼女が選んだ侵入ルートは、想像していたよりずっと警備が手薄な状態にあった。(やった……! ついてる……!)彼女は拳を握り、ほんの少し歓喜した。哨戒に当たっているはずのザフト兵は出払っていて、こことは対照的に、隔壁ブロック向こう側──別の方角からは激しい銃撃戦の音が聞こえた。他にも侵入者がいるのだろうが、考えたところで無意味なことだ、フレイにとっては好都合なのだから。

 彼女はひとえに、要塞の最奥部──〝ヤキン・ドゥーエ〟の司令室を目指した。

 

「ただでなんか、負けてやらないんだから」

 

 薄紅色の侵入者──

 フレイ・アルスターは、プライドが高いのだ。

 

 

 

 

 

 友軍艦との合流ため、〝ヤキン・ドゥーエ〟に向け進攻する〝アークエンジェル〟──

 嫌でも目立つその白亜の巨大艦に、力を持て余していたザフト守備軍が迫っていた。あたかも羽虫の軍勢のように数の暴力で襲いかかる〝ジン〟や〝ディン〟の大軍を認め、マリューの表情に戦慄が浮かぶ。

 

「ザフトはまだ、どれだけの余力を残しているの……!?」

 

 マリューら自身余所のことを云えた立場ではないが、戦力の頭数で比すザフトは、圧倒的少数の側にある。地球軍との全面衝突の最中ともなれば、疲弊も相まって、なおさらに弱体化しているはずではないのか……?

 だが、そんな願望を裏切るようにして、彼女らが指針する先には、いまだ多くのザフト機の反応が待ち構えている。大半は地球軍残党の掃討に向かっているようだが、それでも〝アークエンジェル〟が単艦で突破しようとするには、やはり無謀な光景であることに変わりない。

 ──正念場ね……!

 マリューはきゅっと唇を結び、思わず浮き上がりかけた柳腰を艦長席(シート)に預け直した。

 ここから先は茨道──しかし、よくよく考えてもみれば、そんなものは今に踏み始めたわけではない。幸か不幸か、度胸や悪運の強さだけは〝ヘリオポリス〟から今に駆け、この艦のクルー全員の内に養われた無類の強みではないか。

 

「敵モビルスーツ、接近!」

「弾幕を張って! 取りつかせるなっ!」

 

 そうして〝アークエンジェル〟に砲火を浴びせかけて来た〝ディン〟──

 しかし次の瞬間、そいつは横合いから伸びて来た光条にメインカメラを吹き飛ばされていた。何が起きたのか──!? 〝ディン〟のパイロットはディスプレーをサブモニターに切り替え始めた。が、その僅かな間にも、周囲を取り巻いていた〝ジン〟が次々と武装を撃ち落とされていく。

 改めて画面が切り替わったとき、彼らは赤・青・白(トリコロール)に彩られた機影を認め、ハッとして息を飲む。大天使の裏側から現れ、たったいま次元の異なる強さを顕示したその機体は、ザフトにおいて名を知らぬ者のいない──

 

〈GAT-X105〝ストライク〟──!?〉

 

 過言なき〝鬼神〟として──あまねく畏怖された機影を認め、ザフト兵達は血色を失う。

 

〈じょ、常勝の伝説……!〉

〈アスラン・ザラでなきゃ、倒せないやつだ!?〉

 

 伝説には常に曲解と脚色が付き纏うものであるが、言葉どおり伝説的に名を馳せた〝ストライク〟は、例によって無駄のない動きで宇宙空間を演舞していた。周囲の〝ジン〟や〝ディン〟を──遂には〝そいつ(ストライク)〟よりも高性能と評されていた新鋭機の〝ゲイツ〟までもを──片っ端から撃ち抜き、放たれた光条は吸い寄せられるようにモビルスーツ部隊の武装のみを貫いてゆく。ものの数秒を数える内に、赤い翼を広げたそいつは小隊規模のコーディネイター達を無力化させたのだ。

 ──逸話に恥じぬ、獅子奮迅の活躍……!?

 損傷したMS部隊は、伝説に物怖じしたように後退し始める。しかし、それでもマリュー達に息をつく暇はない。入れ替わるように新たな部隊が〝アークエンジェル〟と〝ストライク〟に臨み迫る──まるで大天使と鬼神に挑む、無謀の勇者を自称するかのように。

 

「ザフトったら、きりがないっ……!」

〈無茶だけは、しないでね……!〉

「わかってる。……わかってるけど……!」

 

 ミリアリアから声援を受ける、キラの中には焦燥があった。

 現状、孤立無援の〝アークエンジェル〟をカバーできるのは、それこそキラの〝ストライク〟だけだ。そう聞けば、ずっとそうして来たではないか? となるが、周辺では艦隊同士の大乱戦が繰り広げられており、今回ばかりは明らかにステージが違うのだ。それに加えて、これまでの航路のように、目標地点(ゴール)まで逃げ切っていればそれで勝ったことになっていた戦とも異なり、今回ばかりは目標地点(ゴール)へと接近するほどに、ザフト守備軍の抵抗が激しさを増す。

 たしかに、母艦を守りつつ敵部隊を片手間に撃退していけるのは、やはりキラ・ヤマトの高度なセンスの為せる業だろう。

 しかし、そうして鋭気に満たされていくパイロットとは対極的に、機体のバッテリーは減っていく一方なのだ。その消耗は尋常ではない──少なくともエネルギー残量を一瞥したキラに、次のような反応をさせるほどには。

 

(エネルギーはあと半分……! ……もう半分(・・・・)ッ……!?)

 

 思わずゲージを二度見したのは、それだけ驚きが大きかったからに違いない。

 そう、危惧すべきは機体のエネルギー配分──〝フリーダム〟に乗っている時は気にする必要のなかっただけに、刻一刻と消耗していくバッテリー値に、キラは確実に焦らされていた。

 それでも、終着駅の〝ヤキン・ドゥーエ〟は、いまだ遠くで彼らのことを待っていた。

 

 

 

 

 

 フレイ・アルスターが要塞内で耳にした銃撃音──それはステラ・ルーシェやニコル・アマルフィが、ザフト哨戒兵と撃ち合っているときのもの。彼女の侵入経路に警備兵の姿が見えなかったのは、その大半が同時刻、ステラやニコルの迎撃に出払っていたからだった。

 やがて数分の時間が経ち、ステラだけが、アスランを説き伏せて要塞の司令部に辿り着いている。このとき司令部では、ステラがパトリック・ザラと対峙していた。

 

「どういうことだ、アスラン!?」

 

 純粋な不審を湛えた面持ちで、パトリックはアスランを問い詰めていた。

 

「なぜ侵入者を、ここへ招いた!?」

 

 パトリックの目は、息子に対して向けられるものとは思えない冷ややかな色を漂わせていた。

 それを見たとき、アスランはようやく父ではなく──ひとりの人物として、パトリックという男の『底』を見た気がした。パトリックはこの時点で、アスランのことを裏切り者として睨んでいた。

 ──父上にとって、思い通りに動かない者は、すべてが『敵』ということだろうか……?

 敵愾心に満ちたパトリックに睨まれたとき、アスランは、そのあまりの呆気なさ(・・・・)に呆然とした。みずからの父は、こうも簡単に息子を敵と断じてしまうものだろうか?

 ……いや、考えてもみれば、父には昔からそういうところがあったではないか──盟友だったシーゲル・クラインを、意を違えた途端に暗殺するよう指示するような部分が。

 

「父上……」

 

 今のアスランを傍から見れば、さしずめ「敵兵を手引きした裏切り者」──

 しかし、それでもアスランには、パトリックを堂々と否定できぬ理由があった。

 

「ザフト兵も一緒か……? あれは、アスラン・ザラだ……!」

「どうなってるんだ! まさか、あのアスラン・ザラまでもが、クライン派に懐柔されて……!」

「隣に立っている、地球軍の兵士は何者だ? 若い女だよ!」

 

 ステラ・ルーシェの、明らかにザフト製ではない服装を見、誰かがそう云った。

 

「いや、あれは地球軍の兵士じゃないぞ……」

「地球軍じゃない? なら、なんでピンク色だ?」

 

 ピンク色というのは、ステラの着用するパイロット・スーツの基調を差している。ザフトでは見られない規定色であるからら、そう糾弾されるのは無理のないことである。

 遠慮を知らずに陰口を叩き合う管制官達の声は、パトリックにも筒抜けている。パトリックは怒りを顔に昇らせ、苛立たしげに怒鳴った。

 

「アスラン……ッ! よもや貴様まで、この私を裏切るのか!?」

 

 怒りによってか。それとも、悲しみによってか……?

 強かに震えた父の声に、アスランは静かに返す。

 

「敵勢力の士官を手引きしたことについては、釈明する言葉がありません。ですが、おれはおれなりに、考えて行動に移したつもりです……!」

「なんだと?」

「ステラをこの場へ連れて来たのは、改めて、父上との話し合いの席を設けるため」

 

 ──話し合い? 何の? 

 思案しながら、パトリックは意表を突かれたような面持ちになり、そのときになってようやく、ステラを見た。

 

「その者は、三隻同盟からの大使だとでも云うのか?」

「そういうことに、なります」

(……。アレが大使になるのか?)

 

 パトリックは純然とそう思い、次いで、嘲るような笑みを口元に奔らせた。

 ──ラクス・クラインならともかく、あれを送り込むとは……!

 ──三隻同盟とやらは、よほど人手が足らないらしい!

 そのときパトリックは、アスランの真意に気付き「……そうか!」と声を漏らした。

 

「父上と対話し、それでなおナチュラルとの融和など不可能と知れば、諦めも付くだろうと──」

 

 それを聞いたステラは唖然とし、

 

「父上とおれとで、改めて説得すれば、思い直すと考えました……」

「アスラン……!?」

 

 激しい非難の目を浮かべ、本音を明かしたみずからの兄妹(きょうだい)を睥睨した。

 アスランはステラと目を合わせようとせず。その代わり、胸の内でこう云った。

 

(父上を説得するなど、不可能なんだ……。分からせるには、こうするしかなかった……!)

 

 そもそも話のはじめ、ステラが真っ当な交渉術を持っているとはアスランには考えられなかった。生来より舌足らずな彼女が、政界で鎬を削るパトリックに如何ほどの口火を切って出られるだろう? 交渉におけるイチシアチブを掌握できるのは政治家であるはずだから、アスランは、あえてステラを泳がせたに過ぎなかった。

 

「──え? 娘さん? ザラ議長閣下の?」

「まあ、なんて可愛らしい!」

「やめないか! 緊急事態(エマージェンシー)だぞ!」

「元はザフトにいた子だろ? 今はクライン派か!」

「家族の同意すら取れない人間が、議長かよ……!」

 

 管制官達の与太話は、それからも続いていた。

 

 

 

 

 

 管制官達にとって驚きだったのは、厳重な警備に守られている〝ヤキン・ドゥーエ〟要塞を、まだ年端もいかない少女が、その力で侵入し突破したということ──

 当初は内通者(スパイ)に手引きされたのだろうと疑ったが、仮に手引きがあったとすれば、明らかに悪目立ちするピンク色のパイロット・スーツを着ているのは非合理的だ。そして、手引きの可能性のあるアスラン・ザラに関しても、彼が内通者であったとはやはり考えにくい。

 彼らが緊迫した指令室で固唾を飲んでいると、階上のパトリックが、改めて侵入者の少女を詰問し始めた。

 

「それで貴様は、どうしようと云うのだ」

 

 問い質され、少女は力強く答える。

 

「やめさせにきた……! これ以上、〝ジェネシス〟は撃たせない──撃っちゃいけない!」

 

 透き通り、それでいて芯のある言葉に、一同は弾かれたように顔を上げる。

 ステラと敵対しているはずの、大勢のザフト兵がその言葉に耳を打たれた。

 

(……隊長と同じことを……!)

 

 管制官達の間を、明らかな動揺の波が奔る。

 レイ・ユウキが具申したことと、同じ言葉を少女は説いていた。その透き通った一声は、まるで、管制官達がそれまで押し殺して来た本音を、ひとりでに代弁しているかのようだ。

 ──たしかに、そうだ……!

 パトリックの指示通り、このまま〝ジェネシス〟を撃てば、地球で暮らす多くの生物が死滅するだろう。

 それで犠牲になるのは、この凄惨なる戦争に責を負うべき大西洋連邦の軍人や政治家だけ──ではない。平和で穏やかに暮らしている無関係の民間人──〝ユニウスセブン〟で暮らしていた者達と同じような──も、必然的に道連れさせる行為だ。

 ──虐殺は、必要悪なんかじゃない……!

 ──無辜を撃っても許される、理由になんてならない……!

 パトリックへの恐怖に竦み、まるで意見できずにいた管制官達──レイ・ユウキの二の舞にだけはなりたくないと、みずからの本音を包み隠して来た。そんな彼らだからこそ、ようやく現れた想いの代弁者に、弾かれたように視線を集中させた。

 それに気づいたステラも、ハッと周りを一瞥した。武器を持たない管制官の多くが、好奇──いや、まるで熱望するかのような視線を投げかけて来ている。

 ──このひとたち……!

 何かを確信したステラの傍ら、パトリックが言葉を挟む。

 

「はっ……! 命乞いでも願い出すかと思えば、そんなことか」

 

 父の口から放たれた、放たれたとは思いたくない言葉を受け、ステラは慄然とした表情を隠せない。

 ──そんなこと……?

 地上に暮らす、何億の無辜の命が懸かっていること。

 ──それが、彼にとっては「そんなこと」でしかないというのか?

 はるか高い位置にあって、あたかも他者を見下すようこちらを俯瞰するパトリックの目は、軽侮の色を漂わせていた。当人は至って本気で口走っているのだと、分からされたステラは愕然とするしかない。

 

「手遅れだ! 既にこちらの準備は整っている、誰が何を云おうが〝ジェネシス〟を止めることはできない!」

 

 パトリックは、高圧的な態度で云うが、

 

(いや、嘘が混じってる……。まだ照準入力が終わってないんだから!)

 

 オペレータのひとりが、揚げ足を取るように胸中で弁解する。

 パトリックの云う通り、ミラーブロックの換装は終わって、確かに〝ジェネシス〟はいつでも発射できる状態にある。それでも、実はまだ、照準入力が完了していないのだ。仮にいま〝ジェネシス〟を放ったとして、(マト)の大きさから地球へ射撃することは可能だろうが、それは敵陣営の首都(ワシントン)を狙撃したいと欲望しているパトリックの本懐ではない。

 

管制官(おれたち)がいなきゃ、議長はワシントンを撃つことだって出来ないんだぜ……?)

 

 言葉どおり、すべての発射シークエンスを完了させるには、大勢のオペレータの連携が急務だ。そのオペレータの多くが、持ち場を離れてしまっている今、作業を進められないのは仕方のないことではないか? しかし流石は政治家というべきか、それを悟らせないようにするのが、パトリック・ザラであった。

 ──何もかも、あの娘が現れたせいだ……!

 本音を云えば、早急にステラを取り押さえてしまいたいパトリック。だが、彼は真っ向からステラを見下し、堂々に語り始めた。

 

「『戦争は勝って終わらねば意味がない』──そして最後に勝ち残るのは、この私だ……! やはり私だったのだ!」

 

 傲岸にも響く言葉の中には、

 しかし、パトリックが抱き続けた〝不安〟の感情が見え隠れしていた。

 

「なのに貴様ら裏切り者どもは、この私を見放した──」

 

 後ろめたさを隠すような荒々しい声で、パトリックは怒鳴り紡ぐ。

 

「──見るがいい! やはり私は正しかった! 最後に笑うのは、この私だ!」

 

 是が非でも〝勝者〟になるために──みずからで脚本を描き、舞台を創り、演出まで八面六臂を監督したパトリック。

 そんな彼だが、自由気ままに暴れ出した演技者の群れには苦戦した。ラクスやステラは、その最たる例だ──定められた役割を演じないばかりか、舞台の中で勝手に右往左往し、彼の正本をかき乱す──監督者(パトリック)にして見れば、実に滑稽で、腹立たしい存在。その裏切り者達に、見せつけてやりたいのだ──本当に正しかったのは、初めから自分であるのだと。

 ステラに知らしめてやりたいのだ──戦争に勝つのは自分であり、だからこそ自分は、偉大なる父親であるのだと。

 

「私はこの戦争に勝ち、みずからの正しさ(・・・)を証明して見せる……! 我々を理解しようとしないナチュラル共に、真の正義が何たるかを、思い知らせてやるのだ!」

 

 勝者になった者にこそ、善悪を塗り替える権利がある──

 パトリックの過去は、ナチュラルに差別された屈辱の累積だ。人種差別のために泣く生活を送り、実務的で優れた才能を持っているにも関わらず、ナチュラルは彼の才能を軽んじ、疎んだ。であるなら、同じ境遇に流れ着いたコーディネイター同士で結託し、新たな事業を自分達で立ち上げたいと思うのも、当然の流れだ。

 その結果、パトリックがリーダーとなり造り出したのが〝プラント〟であったとしても──

 ──コーディネイターは、宇宙(そら)の悪魔です……。

 やはりナチュラルは、これを嫉み、憎んだ。

 鬱屈とした雪辱の中で生きて来た彼だからこそ、勝つことに意味を求めている。そのような妄言を二度と吐けぬよう、ナチュラル共を徹底的に虐げるために。善悪を塗り替えることで、コーディネイターの正当性を明らかにするために。

 しかし、ステラは云った。

 

「ちがうよ。あなたは、みんなに裏切られたんじゃない──」

 

 やがてステラが顔を上げ、真っ向から云いつける。

 

「人を(おど)かしてばかりだから、敵をいっぱい作っただけだ……!」

 

 そのときパトリックが、云い知れぬほど不機嫌な顔になったというのは、後日になって現場に同席したオペレータが口を揃えて語ったことだ。

 それはパトリックにとって、自分自身、気付いていたかも分からない核心。少女は男の心に言葉の槍を突き立て、その内を抉り出す。それで、パトリックは顔に憤怒の色を昇らせた。当人にとって図星であったかはともかく、云われたことがよほど悔しかったらしく──

 

「戦うばかりの傀儡が、何を云うか……!」

 

 唾棄する声は、しかし、確実に調子が外れていた。

 罵られたステラだが、彼女は「そうだね……」と口語で返す。

 敬語を使わないのは、父娘の力関係ではなく、パトリックと対等に渡り合うため。そして、それこそ今まで誰もが敬遠し続けた行いであることに、アスランは気付いてしまった。

 

「ステラだって、戦うことしかできなかった。でも今は、操り人形なんかじゃないよ」

 

 彼女には、何のために〝力〟を奮うのか──今になって、覚悟があるのだ。

 ──壊すためでも、やっつけるためでもない。

 ──守らなきゃ、ぜんぶ……!

 奇しくもそれは、かつてステラの発言と、対極にある言葉。

 

「ステラ知ってるんだ……いや、知ったんだ。昔のあなたは、そんなんじゃなかったってこと」

 

 何気なく呟かれた言葉は、しかし、激昂していたパトリックを鎮めるのに相当な効果を発揮したらしい。意表を突かれるパトリックに、ステラは続けた。

 

「ずっと昔のあなたが、みんなで平和に暮らせる世界を望んでたってことも」

 

 ただ事実だけを突きつけるように、抑揚のない声で返す。

 

「聞いたよ、アスランには〝夜明け〟の意味があるって──」

「……え?」

「それを名前にくれたのは、きっとアスランに〝光〟になって欲しかったからだって」

 

 ──〝光〟……!?

 アスランは、怪訝な顔をした。自分に与えられた名前の由来など、気にしたことがないのだ。

 ──おれは〝光〟? 夜明けの光?

 

「ナチュラルとコーディネイターが歪み合う世界に、あなたは〝太陽〟が昇る瞬間を願ってた」

「……! どこで、それを……!」

「父上……!?」

「大きな光は、みんなを照らすから……! いつか、暖かくて優しい世界を実現したいから……! みんなが平和に、共存していける未来を夢見て、あなたはアスランに〝夜明け〟の名を与えたんだ」

 

 過去からのレノアの声が、ステラの背を後押しする。

 ──ナチュラルとコーディネイターが歪み合う世界に、いつしか太陽が昇る瞬間を願って。

 闇を照らす大いなる光が昇る──暁の名を、パトリックはアスランに与えたのだ。

 

(父上が、ナチュラルとの共存を願ってた……!?)

 

 アスランの表情に、深刻な動揺が奔る。

 ステラはなおも、まっすぐに続けた。

 

「だったら──!」

「それが何だというのだ! 昔は昔だ──誰から吹き込まれたかは知らんが、ナチュラルはレノアを殺した!」

「…………!」

「なのに『ナチュラルと共に生きてゆけ』だと? 母親を殺された者の云うことか!?」

 

 言葉の通じない相手──それが今の、パトリック・ザラであった。

 かつて、シーゲル・クラインはこんなことを説いた。新約聖書の第一章──すなわち、最古の人類が最古の書物の冒頭に『初めに言葉ありき』という教えを記したこと。どういう意味かとメディアに問われたとき、彼はみずからの解釈でこう語った──「言葉がなければ、我々ヒトは物事を理解し共感し合うことができない」と。

 であるなら、その言葉すら拒絶する人間には、誰が何を云っても無駄であるということ。パトリックはたとえ肉親であっても、娘の云うことに耳を傾けはしないのだ。そしてまた、みずからと意見を違える者にも──。

 

「私は覇道を最後まで貫き通す────撃たねばならんのだ! 撃たれる前に!」

 

 不明瞭な言葉で荒々しく喚き、パトリックはついに胸元から拳銃を引き抜いた。それを認めたステラは反射的に身体を強張らせ、アスランはぎょっとした。

 ──父上……!?

 はるか高い位置から、みずからが愛したはずの少女に銃口を向けたパトリック。司令室はふたたび恐怖の感情に蔓延した、管制官達は慄き竦んだ目で、今にも実の娘を撃とうとしている男を見上げている。

 

「それでも〝ジェネシス〟を止めたいと云うのなら──ッ!」

 

 血走った眼光に、赤い煌めきが奔った。その目に浮かんだ一瞬の感情の昂りを──距離を置いた位置にありながら、ステラは見逃さなかった。

 ──パァンッ!

 その瞬間、重苦しい銃声が響く。誰が発砲したのか誰何(すいか)する必要はなかった、ステラは瞬発的に地を蹴って横に跳び、階上から撃ち込まれた凶弾をかわしていた。

 

「──父上っ!?」

 

 発砲したのはパトリックだ。

 アスランは凝然とその場に立ち尽くす。──まさか、本気で撃ったのか!? 狭い司令室の中、ステラを……!?

 唐突な発砲音に、司令室はパニックに陥った。パトリックが少女に向けて銃撃を放ったのだ、一歩でも間違えば、流れ弾がザフト兵に当たっていたかも知れないのに!

 アスランは血の気の失せた顔になって、瞬間的にパトリックを仰いだ。暴走する父の目は狂気に据わっていた。その目の()めたような色を見て、アスランの中で何かが音を立てて崩れていく。

 「うわぁぁぁぁっ!!!」──管制官らが思い々いに絶叫し、持ち場から立ち上がる。理不尽な死の恐怖から、出口に向かって無秩序に逃げ惑い始めた彼らの雑踏と、整然と立ち並び続けたコンピュータの物陰にステラは身を潜めた。姿を隠した。

 

(…………っ!)

 

 その掌にはホルスターから引き抜いた拳銃が握られている、デスクの下から彼女は密かに、銃口を階上の男に向けた。その男は、てっきりステラを狙い続けていると思ったが、まったく別の方向を見ていた。

 ステラの人差し指には、力が入らない。トリガーを引く気にはなれない。拳銃のグリップを握ってしまってからは、一度たりとも臆病になったことのない彼女であるが──

 

 ──もっと前に気付いて、止めなくちゃいけなかった……!

 

 ナチュラルが悪いわけでも、コーディネイターが悪いわけでもない──この戦争を通して、ステラは気付いたつもりだ。この戦争には、本来、人種という尺度(ものさし)を使ってはならなかったことも。

 心ない一部の者達が勝手に始めた戦争に、巻き込まれた人達がいる。犠牲になった者達がいる。そうして散っていった無辜の無念を偲び、怒りと悲しみに暮れた人々──そうした怨嗟から凶器と兵器を手に取って、戦争に加担して行ってしまった者達。そこに自ずと付帯した、宇宙と地上の隔たり──「ナチュラルだから」「コーディネイターだから」という修飾語が話を戦争を、結果的にややこしくさせた。自分とは異なる者を一括りの上っ面な言葉でまとめて、相手のことを分かった気になって、それが大きな誤解を孕んでいることにも気付かずに──。

 パトリック・ザラは、そうした時代の闇に囚われた大人のひとりだった。

 

(終わらせなきゃ、いけない……っ)

 

 だからステラは、改めて銃を構える。

 アスランは必死になって、ステラを捜した。恐怖に駆られ、持ち場を放棄し、我先にとエレベータ方面に駆け出し始めた人波に、何度も両肩をぶつけられながら──それでも彼は、たったひとりの少女の行方を追った。「ステラ! どこだっ、どこに──!?」そうして叫び見つけた先で──彼女をどうしてやりたいのか? おそらく分かってなどいないのに。

 アスランは最後まで──父と妹──どちらの味方にもなってやれなかった。

 

「…………!?」

 

 一拍置いた、次の瞬間────

 無慈悲なる銃声が、指令室に響き渡った。

 

 

 

 

 

 〝アークエンジェル〟の医務室では、ムウが医療用ベッドに横たわり、怪我の治療を受けていた。

 点滴に繋がれたムウは、とても〝ゼロ〟で再出撃できるような状態にはなく──そもそも先の出撃自体が許容できない容態だったのだと、軍医のハリー・ルイ・マーカットに叱責を受けていた。一応の監視役として入口のドアに身を寄せていたマードックは、なんとなく居た堪れない気持ちでふたりの応酬を聞いていたが、最終的に分かったことは、そうしてハリーが叱るのは、あくまで彼が医者という肩書を持っているからに過ぎないから。

 つまり、形式的に怒っているに過ぎないのだ。ラウ・ル・クルーゼと決着をつけるため──キラ・ヤマトを助けるために無理を押したのだと分かれば、ハリーはそれ以上を口に出して云わなかった。それが彼の答えだった。

 

「ロドニアでは、ひどい医療現場を見ました」

 

 麻酔こそ射っているものの、施術者が傷口を縫合する片手間に患者に話しかけるのは、手術の世界ではよくある話らしい。

 脇腹の裂傷を治療しつつ、ハリーはみずからの辿った経緯をムウ達に語っていた。アラスカで転属になったあと、強化人間を育成する医療研究所に叩き込まれたこと。程なく〝ドミニオン〟への異動が決まったこと──

 

「──じゃあ、〝ドミニオン〟に乗ってた〝G〟のパイロットっていうのは」

 

 あらゆる経緯を語ったあと、仰向けのムウは、顔だけを相手に向けて問うていた。

 

「ええ、強化人間でした。全員がナチュラルで、しかも……まだ若い」

「……道理で……」

 

 少なからず例の〝G〟部隊と交戦経験のあるムウは、納得してしまう。

 そんなとき、マードックが唸るようにして云った。

 

「しかし、アルスターの嬢ちゃんがねえ……」

 

 感心した風な口調だが、そうではない、無精ひげを蓄えた繊細さとかけ離れた顔つきには、「信じられない」といった風な文字が浮かんでいる。すべての経緯を打ち明ける中で、フレイ・アルスターの動向についても、ハリーは明かしていたのである。

 他でもない〝アークエンジェル〟の医務室から強化人間の生体(サンプル)データを抜き取ったあと、フレイはみずからの肉体を地球軍の実験に提供した──その結果は成功したとは云い難いものの、結果的に〝G〟のパイロットとして選定されるに至ったこと。

 

「彼女にはもう後がない。帰る場所もなければ、迎え入れてくれる人もない──」

 

 そうは云うが、勿論ハリーは彼女のことを個人的に好いている。彼女が戦場から生還した暁には、保護者として、主治医として──彼女の面倒を見てやる覚悟があるのだ。

 しかし、事実〝ドミニオン〟が撃沈してしまったことから、おそらく彼女は、隣人がすべて戦死したと考えるはずだ。

 その先に待ち受けるのは、孤独だろう──帰るべき場所を完全に失ったと思い切ってしまえば、彼女はもう、おそらく二度と迷わない。生に縋ることさえも諦めるだろう。

 

「戦闘が始まってから、一時間ちょっと。薬の効果が、そろそろ切れ始める頃合いだ……」

 

 ハリーは腕時計を見遣りながら、気づかわしげに云う。タイムリミットは刻々と迫っている──「薬が切れると、どうなるんで?」マードックが問えば、抑揚のない声で「自力で意識を保つことが困難になって、そのまま闇に堕ちていく」と返された、マードックは唖然とした。

 ──フレイ……。

 ハリーは明後日の方向に視線を投げ、漏らすような声音で云う。

 

「きみは今、いったいどこで戦っているんだ……?」

 

 帰る場所なら、ここにある。

 ──きみは決して、使い捨ての鉄砲玉なんかじゃないはずだ……。

 届くはずもない声を、彼は祈るようにして叫ぶしかなかった。

 

 

 

 

 

 指令室に響き渡る、一発の銃声。

 撃ったのは、誰であったのか──

 叫んだのは、アスラン・ザラである。

 

「父上ええええええええええええ!!!!!!!!」

 

 その絶叫を聞いたとき、ステラはハッと正気に戻った。……いやその言い方では、まるで今までの彼女が正気ではなかったみたいになるが、アスランが叫んだ理由を理解するのに、彼女は十秒以上も掛かっていた。

 パトリック・ザラは、撃たれていた。

 撃ったのは、ステラではなかった。

 銃撃を受けた男の胸に、赤黒い染みがみるみる広がっていく。呆気に取られたような──男の顔は純粋な不審を湛え、それから一拍置いて何かに諦観したような、嘘みたいに安らかな顔になる。

 

「な……ッ」

 

 ──いったい、何が起きた……?

 パトリックは力なく、そのまま背後の椅子に倒れ掛かる。けれども椅子は男の体を支えきれず、本人もまた、みずからを立ち上がらせる気力を削がれていたことで、床にずり落ちてゆく。

 指令室はしばし静まり返っていた。誰もが時間を止められたように、凍り付けにされたように、たった今いま、銃声と共に倒れて見えなくなった男の方向を仰いでいた。

 だからこそ、そのときのアスランは、ステラを見つけることができた。視線の先に捉えたステラは、たしかに拳銃を構えていたが、銃口の先からは硝煙が立ち昇っていない。何より彼女自身、唖然とした表情をしていたから、アスランは彼女が撃ったものではないのだと理解できた。まあ、だからこそ煮え切らない思いにも駆られたのだが。

 ぎゅっと歯噛みして、地を蹴ったアスラン。急ぎパトリックの許に駆け付ける。

 

「だれ、が……!」

 

 床に仰臥した父の姿に震撼しながら、アスランは慌ててその体を抱えるように寄った。

 ──誰が……! どうして、こんなことに……!?

 はっきり、このときのアスランは錯乱していた。「父を撃ったのはステラかも知れない」──そんな最悪の可能性だけは否定されていたこのとき、アスランには現実を招いたのが誰であるのか、まるで想像が及ばない。

 ──管制官の誰かが!? それとも、やはりステラが……!?

 しかし犯人捜しをしようにも、抱え上げた父の喉元からヒュウヒュウとあまりにも嫌な音が漏れていたから、それどころではなかった。

 

「…………」

 

 呆然とするステラは、そのときまったく別の方向に眸を向けていた。天井に近い壁面に開けられた吹き抜けの窓──そこに自分と同じようなパイロット・スーツに身を包んだ人物が立っていたのを認めたから。

 その者の掌には、たしかに硝煙を吐き出している拳銃が握られて── 無骨なデザインの耐重用スーツは、かつて彼女自身が着用した強化人間専用のそれを彷彿とさせ、ステラと同じ薄紅色のパイロット・スーツは、かの人物が女性兵であり、かつ地球軍に帰属していた者であることの証明だ。

 彼女(・・)は眼下に斃れたパトリックと、そこに駆け付けたアスランのことを眺めているようだった。だが、背を向けているアスランはこれに気づいていない。

 ふと、ステラは彼女と、目が合ったような気がした。

 いや、気のせいではない、間違いなく彼女は意識的にステラを見下ろし、そして笑いかけて来ていた。口の裂けたような不気味な笑み──歪み。バイザーに硬質な光が反射して表情を汲み取ることはできないが、それでも彼女は笑っていた。嘲るように嗤っていた。

 

 ──父親を奪われた気分はどう……?

 

 ステラには、その声が距離を跨いで、確かに聞こえたような気がした。

 吹き抜けに立つ彼女は、それきり身を翻すようにしてその姿を晦ましていく。ステラはついに、彼女を追うことが出来なかった。しかし、

 

(──あれは……っ!)

 

 それが誰であったのかは、しっかりと咀嚼していた。

 ──あれはいったい、次はどこに向かった……?

 胸の奥から湧き出すのは、彼女を止めなければ、という義憤。

 それでもステラは、だからと云って、父親を無視するほどに無感情ではなかった。彼女が気が付いたときには、指令室は人々の怯え切った声で溢れかえっていた。

 

「ザラ議長がっ……!」

「ど、どうすればいいっ……!」

「も、もう嫌だ……!」

「持ち場に戻れ! 戦闘中だぞ──ええいっ!」

 

 咎める声には何の意味もないし、咎めた者まで指令室から逃げ出し始める不始末。恐怖に駆られた人々は我先にエレベータに乗り込み始め、その場にザラの名を持つ者だけを取り残していく。

 ステラは、遅れながらも地を蹴ってアスランと──そしてパトリックの許まで寄って行った。胸にじわりとした風穴を開けた父の姿が、ひどく痛々しく映った。

 パトリックはまだ、絶息していなかった。近寄って来た小さな身体に気付いたか、彼はそちらに顔を向ける。そしてその人は、驚くほどに剣気のない顔をしていた。

 

「わたし……は…………間違って、いたのだなッ…………?」

 

 ステラは驚く。それは質問というよりも、確認の意味で放たれた言葉のよう。

 パトリックの顔に浮かんでいたのは、政治家でも、指導者でもない──ひとりの父親のそれだった。少なくとも、ステラにはそう見えた。

 

「地球軍兵の……顔を見た……! まだ若い……おまえたちほどの年頃のッ……」

 

 何も知らないアスランは「え……!?」と驚愕する。ステラは微妙に表情を変化させたが、口に出しては何も云わなかった。

 おおよそ、パトリックは撃たれる直前──きっとあの(・・)少女の姿を捉えていたのだろう。捉えた上で、撃ち負けたのか、それとも迷ったのか……? いずれにせよ、パトリックは敵兵の──ナチュラルの銃弾をその身に受け、今に至っている。

 

「あれが……浮かべていたのは……! わたしと、同じ目だった……ッ」

 

 同じ目──? アスランは訝しむ。

 だが、パトリックには分かっていた。

 それは、憎しみに囚われた者の目──『敵』と定めた者を憎むことでしか、生きる指針を見出せない愚者の目。自分はあんなにも恐ろしい形相をしているのかと、そのとき初めて知ったのだ。それが対応の遅れに繋がったのというのは余談に過ぎないが──パトリックにとって何より苦しかったことは、自分もあれも、結局は同じ目をする〝人間〟だったという真実。

 あれ、という指示語が何を誰を差しているのか──

 理解できていないアスランには、父の言葉は分からない。だが、ステラには痛いほど分かる。……だからだろうか? このときパトリックはアスランではなく、真摯にステラに顔を向けていた。

 

「おまえは……こうして撃ち合うだけの世界を、やめさせようとしたのだな……」

「……遅いよ……お父さん……っ!」

 

 パトリックから見て、大粒の涙を貯めて泣きじゃくる少女は、透き通るように儚げに見えた。

 ──こんなにも純粋で、無垢に育った愛娘の言葉を、なぜ信じてやれなかったのか?

 ──撃たれた者は、撃った者を憎む……。

 それはある種、当たり前の感情だ。抑圧しようとして、封印しようとして、できるようなものではない。ナチュラルもコーディネイターも、それは当たり前に持ち合わせる感情だから、ステラはやめさせようとした。

 それでもパトリックはナチュラルを虐げようとしたから、ナチュラルに撃たれた。これを因果応報と形容するのが正しいかはともかく、少なからずパトリックは、その言葉が今の自分に似合っているような気がした。

 ひたむきで強かな娘の願いを聞き受けてやれるほどに、自分という男は強くも優しくもなかった、純粋でも、綺麗でもなかった。娘の言葉を受け入れたとき、自分の()し方に誤りがあったのではないかと、気づくことが怖かった。それはきっと、弱さだったのだ。

 

「ああ……すまない……ッ」

「父上……っ!」

 

 今この瞬間にしたところで、パトリックは彼女達に看取られるだけで、ふたりを抱きしめてやることが出来なかった。身体が動かないとか、そういうこと以前に、その資格が自分にはない気がしたから。

 

「……これでわたしも、覇道を諦められる……。ようやく……レノアの所へいける……」

 

 云ってから、しかし、それは無理か……! と彼は自嘲気味に考える。生きている間、自分は多くを殺し過ぎ、また死なせ過ぎた。天国に旅立った妻と違い、自分が向かうべき場所はきっと──

 次の瞬間には喉から血が溢れ、目に見えて体力を失っていく。ステラ達はそれでも父親を──いや、父親と呼ばれる資格すらない自分のことを、叫ぶように呼びかけ続けてくれた。

 ──守るべき家族は、まだここ(・・)にあったのに……。

 憎しみに囚われ、何も見えなくなっていった。都合の悪いことから目を背け、耳を塞ぎ、力で押し除け──その果てに、信頼も友情も愛情も──すべてを切り捨ててしまった。もう一片の柔軟性と積極性があれば、気が付けたはずの幸福。それすらもパトリックは、みずからの手で投げ捨ててしまっていた。

 身体から力が抜けていく。視界が霞み、真っ暗に閉ざされていく。

 パトリックは、みずからの死期を悟った。

 ──ああ、まだ……。

 ──まだ話したいことは、たくさんあるというのに……。

 しかし、何かを云える立場ではないと分かっていたから、彼はみずからの言葉では喋らない。

 

「……美しく……! しあわせに、生きろ……っ」

 

 レノアなら──

 天国からおまえたち(・・・・・)を見守っているレノアなら──

 きっとそう云っただろうと──

 母親の言葉を云い残し、パトリックは目を閉じる。痙攣を起こしていた身体がゆったりと弛緩し、それきり男の意識は、もう二度と現世(うつしよ)に浮かび上がることはない。

 

「──! 父上ええええええええええっ!!!!!」

 

 すべては〝ユニウス・セブン〟から始まった。

 憎しみに身を窶すことでしか、生きる希望を見いだせなかった男──

 パトリック・ザラはこの瞬間、息を引き取った。

 

 

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