~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 生活環境が変わったのもあってしばらく留守にしていました。
 最終話は二話構成です。



『星に願いを』A

 

 

 生物学上、すべての生命は自己愛を根源としており、それは人間にしても同様である。

 故に、他人の幸福のためなら自分が不幸になってもいい、などという自己犠牲的な発想は、深層心理上は偽善であり欺瞞であるとされ、その実態は他人に評価されたい名誉欲の顕れ、もしくは自分を善人と信じ込んでいたい自己陶酔の一種ではないかと考えられている。

 つまり、自己犠牲によっていくら自分を蔑ろにしようが、当人がそうすることで自尊心をくすぐっているのであれば、それは結局のところ他人への愛ではなく、自分への愛。要するに自己愛に帰結しているのではないか、とする見解が示されているのだ。

 勿論、例外という例外は存在するのだろう。現実には本当に高潔な──少なくとも、世間一般にはそう看做されている──自己犠牲が古今東西、家族愛や殉愛などの様々な形で散見されているのも事実であるからだ。そして、それらの全ての行いが、欺瞞や偽善とは程遠い、勇敢で尊い英雄的行為として後世に讃えられてきたことも。

 

 ──では、そもそも前提が違っている(・・・・・・・・)人間がいたとしたら、その者はどちらに見解されるのだろう?

 

 そもそも自己愛ではなく、徹底的な自己否定や自己嫌悪が根底にある人物の場合。

 端的に云えば、自分のことが大嫌いで、自分自身を許容することのできない人間。そのようなケースは当然に特殊であるし、改めて考えると褒められた人格でもないのだが、そうした自己否定の上に生きている人間がいることも、また事実なのだ。

 

 ──たとえばそれは、ステラ・ルーシェという、特殊な出生をした少女。

 

 彼女の中に息づいている自己嫌悪──その中で最も表面的だったのは、彼女が己の容姿にまったく関心を示さなかった一面だ。

 嗚呼、陳腐な云い方をすれば、彼女は疑いなく美少女だった。柔らかな金髪に、華奢で小柄な体躯。これに幼子のような性格や物腰が相まって、さながら妖精めいた魅力を放つ。

 にも関わらず、当人だけが、その可憐なる美貌に一切の自覚がない。増長とまでは云わないにせよ、生まれて此の方、自分が可愛いなどとは想像を働かせたことのない無知と慎み深さがそこにはあったのだ。かつてムウ・ラ・フラガが個人的に彼女と談話した際、このような苦言を呈したように──

 

 ──自分の容姿に無頓着なのは、そもそも自分に興味がないからじゃないのか?

 

 遺伝子操作による先天的な疾患か。あるいは、精神操作による後天的な障害か。

 いずれにせよ、ステラには自尊心というものが欠けていた。

 一般的な生命であれば、最低限は持ち合わせていなければならない自らへの執着と関心──それは突き詰めれば生存本能にも派するものだ──要するに自己愛の概念を、彼女の場合はどこかで摘み取られているかのようであった。

 

 ──とはいえ、ひとつだけ補足すれば、彼女は「完全に自分を愛せなくなった(・・・・・・・・・・・・・)」わけではないのだろう。

 

 どだい、最近の彼女には、明らかに少女らしい言動が増えていた。年齢相応の悩みを口にするようになり、たとえば「髪を伸ばしてみたい」という発言は、彼女の中に少しずつ自尊感情が芽生え出していた何よりの証拠だった。

 しかし、それでも彼女の中には、いまだに自分のことを「価値ある人間」と本気で考えられない傾向があって──

 

『ステラも──〝コレ〟に乗って戦わないと……でないと〝こわいモノ〟が来て、私達をころす』

 

 C.E.74年、起こりうるかも知れない未来──

 大西洋連邦は西ユーラシア地方に侵攻を開始し、反連合軍感情の強いザフト駐留下の三都市を、文字どおりに壊滅させた。街も軍も、ひいてはそこで生活していた民間人さえも虐殺し、その最大の功労者、あるいは史上最悪の殺戮者として君臨したのが──他ならぬステラだった。

 

『死ぬのはだめ、いや! こわい──』

 

 破壊の名を司る──巨大機動兵器(デストロイ)を操り、北欧に住まう万単位の人間を踏み潰した(・・・・・)その事実? ……いや感触は、今でも彼女の心に(むくめ)き、息づいている。

 なまじ純真であったがために、今となっては激しく傷つき──彼女は、当時の自分を心の底から嫌悪した。死にたくないと喚いていた自分を引き裂いてやりたいと思うし、死ねば良かったのに……と本気で軽蔑した節さえあるのだ。

 

(自分が傷つきたくないからって、他人を傷つけていいってことにはならない)

 

 正当防衛という言葉では容認できない……できるはずもない、ベルリンの大量虐殺。

 だから彼女が何より許せないのは自分──ちっぽけなエゴを通して、釣り合いとして罪なき人々を地獄に送った。

 自分で自分を容認できない──そのような負の感情は、最終的に彼女の中で強烈な『自己否定』に結びついていたのだ。

 

(ステラのために、大切な誰かが死ぬ。そんなことになるくらいなら──)

 

 ──そんなことになるくらいなら、今度は、ステラの命を賭けよう。

 壊すためではなく、守るために。

 殺すためではなく、生かすために。

 ──私欲(エゴ)なんて要らないから、みんなのために戦うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「〝ブリッツ〟および〝ストライク〟の回収、終わりました」

 

 現在、〝エターナル〟は〝ジェネシス〟近傍を行軍していた。艦橋では、収容した二機のモビルスーツについて報告を進められている。ニコルの〝ブリッツ〟と、キラの〝ストライク〟である。

 この二機は〝ジェネシス〟付近で救援信号を出していたところを発見され、今は〝エターナル〟のドッグに回収された後だった。整備士らの報告によれば、収容時〝ブリッツ〟は中破し、かたや〝ストライク〟はエネルギーダウンを引き起こした状態だったそうだが──

 

「──パイロットは、ふたりとも無事ですか?」

「アマルフィが銃撃を受けているらしい。だが手当ては終わっている、命に別状はないそうだ」

 

 ラクスはひとまず安心したような表情で返す。

 と、別の管制官から、今度は耳を疑うような報告が続いた。

 

「──なに? アスラン・ザラが?」

 

 バルトフェルドが神妙な面持ちで返す。収容した〝ブリッツ〟のコクピッドから、アスラン・ザラの身柄が確認されたというのだ。

 この一報には流石のラクスも困惑を隠せなかったようで、驚くような顔を見せた。彼女はバルトフェルドと目を合わせ、一拍置いて口を開く。

 

「事情はあとで聞くことにしましょう。今は、状況把握が先です」

 

 淡々とした判断だった。

 アスランの経緯がどうであれ、二コルの〝ブリッツ〟に同乗していた時点で、その人は敵意を持って〝エターナル〟に乗り込んできたわけではないのだろう。

 

「何が起きているのか、アマルフィに戦況を報告させろ!」

〈こちらニコル、報告します! その前にあの……アスランは〉

「ああ分かっている。オマエの顔を見たら、その意図は察した」

 

 だから彼は、あくまでニコルに迅速な報告を促す。

 

「ザラ少年を拘束したくないと云うなら、オレたちはオマエの判断を信じてやる。だがな監視(・・)はつけるぞ、オマエだ!」

〈わかってます、当然です!〉

「戦況はどうなっている? 〝ヤキン〟は放棄されたのか? 〝ジェネシス〟は!?」

 

 現状、〝エターナル〟……ラクス達には確認しなければならないことが多すぎた。

 今や全ザフト兵が蜘蛛の子を散らすように撤退しはじめている〝ヤキン・ドゥーエ〟内部で、いったい何が起きたのか? 結果として〝ジェネシス〟は放棄されたのか?

 ──そして〝クレイドル〟は今、どこで、何をしているのか?

 答えを知るニコルは、順を追ってそれらを説き明かす。地球軍の手によってパトリック・ザラが暗殺されたこと。最高指導者を失ったザフトの指揮系統は麻痺していること。さらに問題なのは──ザフトの管制や司令塔がダウンした今も、確実に〝ジェネシス〟の発射タイマーが進んでいること。

 

〈〝ジェネシス〟の最後の照準は大西洋連邦首都(ワシントン)であり、猶予は数分と残されていません〉

 

 事態は既に、最終局面を迎えているのだろう。ザフト軍にとっても、地球軍にとっても──。

 そうしてニコルは、さらなる説明を続ける。

 みずから投了を認めたアスランが、〝ジェネシス〟内部で搭乗機(ジャスティス)を核爆発させようとしたこと。ニコルはそんな彼を自爆の窮地から救い出そうとしたこと。けれど、ふたりとも〝ジェネシス〟内部に差し掛かったところで謎の大型地球軍機(モビルスーツ)の襲撃を受け、敗走したこと。

 そんな自分達を逃すために、ステラだけが〝ジェネシス〟内部に残ってしまったこと。

 それを聞いたラクスが顔色をなくす。

 

〈〝ジャスティス〟は残り数分の猶予をもって自爆し、〝ジェネシス〟ごと巻き込んだ核爆発を起こします! 地球軍機の狙いは分かりませんが、ステラさん──彼女は知っているみたいだった……!〉

 

 ラクスは愕然と息を呑み、艦橋窓から〝ジェネシス〟を一望した。

 ──あの中に、ステラがいる……!

 事態を把握したバルトフェルドは、苦々しげに吐き捨てる。

 

「地球軍機に〝ジャスティス〟を破壊されたら一貫のおしまいだな……! 〝クレイドル〟も、戻れなくなるぞ……」

 

 すべてを明かされ、バルトフェルドは思わずラクスの方を振り返る。それから口を開いて「ボクらは(・・・・)どうしますかね(・・・・・・・)……!?」──喉元まで出掛かったその言葉は、バルトフェルドの迷いである。

 艦の指針を決定するのはバルトフェルドの役割であり、彼自身もそれは重々に理解していた──つもりだった。

 けれど、このときの彼は無意識にラクスという〝支柱(よすが)〟に助言を求めた。年長者のまったく情けない話であると、後になって本人が自白した点ではあるが。

 

「────」

 

 だが振り返った先、ラクスはかたく唇を結び、窓外の〝ジェネシス〟を見つめていた。今にも涙が溢れそうな眸と、かたく組み合わされた両手を見れば、その心中は察す。

 ──ひとりの姉貴分として、純粋にステラのことが心配なのだ。

 そこにいたのは、いまバルトフェルドが助言を求めるべき〝指導者〟でも、カリスマ的求心力を持った〝平和の歌姫〟でもない。ただひたすらに、妹分(いもうと)の無事を祈る儚げな〝少女〟だ。その突けば崩れそうな表情を見、バルトフェルドはみずからの不甲斐なさを痛感する。

 そうして彼は、迷いを祓うようにかぶりを振る。

 と、バルトフェルドは迷いを喉奥に呑み込んだ。戦況を判断しつつ、あえて低く、冷徹な声で続けたのだ。

 

「──〝ジェネシス〟から距離を取る!」

 

 一同がその指示を聞き、鋭く息を呑む。艦橋にいるすべてのクルーが、その号令が持つ意味を即座に理解したのだろう。それが如何に、無情な命令であるのかも──。

 しかし、かと云って反対の声は挙がらない。かねてからバルトフェルドの冗談や軽口に振り回され、異議があっては遠慮なく申し続けて来た副官のマーチン・ダコスタでさえ、このときばかりは隊長の判断を尊重し、口を噤んだのだ。その命令が、合理的であるからこそ。

 だからバルトフェルドは、あくまで決然と続けるしかない。唯一の民間人であるマユ・アスカが今に泣き出しそうな表情になっても、それでも大人として艦長として、彼女が案じている者の身を見限らなければならない。彼女の目の前で。

 

「残存のMS部隊はどんな手を使ってでもいい、できるだけ多くの命をあの兵器から遠ざけろ(・・・・・・・・・・・・)っ! 爆発に巻き込まれる前に!」

 

 月基地を穿ち、今度は、地球に向けて照準された〝ジェネシス〟──

 それは、まもなく戦場の中心で大爆発を引き起こすという。破壊される最後の瞬間にも、それは沢山の〝命〟を道連れにしようとしている──バルトフェルド達は、そんな死の光に巻き込まれるわけには行かない。たとえ光の中心地に、仲間をひとり置き去りにするのだとしても。

 ──命は選ばなければならない……!

 ──助けられるものと、そうでないものの……!

 苦渋の艦長命令に従い、やがて〝エターナル〟は現宙域から離脱することになる。だが、ラクスは片時も〝ジェネシス〟から目を背けることはない。かたく手を結び、祈りながら──

 

(ステラ……っ。必ず──……!!)

 

 〝ジェネシス〟を止め──

 生きて帰って来て──

 

 ──〝ふたつ〟を望む(・・)は、あまりにも傲慢か。

 多くを望み過ぎること、欲しがり過ぎることこそ、人の業。

 

 ──〝それ〟こそが、この戦争の元凶だ。

 分かっていても、しかし、ラクスは指を重ね(せつ)に祈るのだ。

 

 今回だけでいい。

 身の丈に大きすぎるこのふたつの願い、神様、どうか叶えてくださいと。

 

 

 

 

 

 

 〝ジェネシス〟内部の戦いは続いている。かつて機動兵装要塞として西ヨーロッパ地方に降誕し、三都市を壊滅させた史上最悪の破壊兵器〝デストロイ〟──その凶悪な力を継承した〝レムレース〟が、ステラの操る〝クレイドル〟と激闘を繰り広げているのだ。

 ────その瞬間、砲火は吐き出された。

 1580mm複列位相エネルギー砲──それは〝デストロイ〟の全身装甲をハル・ユニットへ刷新する過程で、胸部から腹部に移植された〝スーパースキュラ〟の別称だ。腹部に三つ並べられた砲口に光が集い、臨界する。野太い光条が放たれ、閃光は一直線に〝クレイドル〟へ襲い掛かる。その一射を、〝クレイドル〟は回避した。

 ステラは〝クレイドル〟に二挺のリンクス・ビームライフルを構えさせながら〝デストロイ〟の直下まで滑り込み、ビームを掃射して返す。連続する光の矢が巨大すぎるスカート部を捉えようというとき、陽電子リフレクター〝シュナイドシュッツ〟が展開された。虹色の障壁が〝デストロイ〟を覆い、砲火はすべて着弾寸前の空間で弾き返される。

 

「ちッ──」

 

 不安と焦燥がステラを駆り立てる。与えられた猶予は少ない──ただでさえ「制限時間」は七分を切っているのに、ああも鉄壁の防御で跳ね返されては、決着をつけるどころではない。

 余談ではあるが、このときステラはドラグーンを駆使し〝ジャスティス〟の残骸を離脱させており、砲火が飛び交う危険区域から、その〝抜け殻〟をできるだけ離れた地点へ隔離していた。それに、アスラン達が逃げる時間も十分に稼ぎ終えたところだ。彼女はやるべきことを果たした──だから今さら〝デストロイ〟との決着など求める必要はないのではないか……? となるが、そうではない。

 ──目の前の〝敵〟を棄て置いて、自分だけシャフトから脱出する?

 違う。今のステラに、そのような選択肢はない。こうして彼女が対峙している黒鉄の巨大兵器こそ、彼女自身が過去の日に、あるいは未来の日に捨てかけて来た──彼女自身の悪虐と蛮行の記憶そのものだ。

 ──決着をつけなきゃ、ステラは『あした』に進めない。

 それは結局、ステラ個人の感傷と欲望に過ぎないのかも知れない。しかし、彼女の中には〝デストロイ〟との決着を求める意味と覚悟が充分にあって、それらの意志は生命を追い詰められてなお確固として、揺らがなかったらしい。

 

(〝デストロイ〟は絶対に破壊する、〝アレ〟はこの世界に存在しちゃいけない……っ!)

 

 そんなパイロットの決意に応じるかのように、〝クレイドル〟は抜き打ちに〝デストロイ〟の背後まで回り込む。彼女は、相手が大型機であるがゆえの弱点を見越し、背後の死角から斬りかかろうと思考したのだ。

 しかし、改造された〝デストロイ〟はそのように短絡な思考を許さない。大型機は全身各所のスラスターを噴射させ、巧みな制御で機体を捻ると、一瞬で〝クレイドル〟を正面で捉え直して見せた。

 

「!?」

 

 巨体の割に、早すぎる方向転換。再び二機が対峙する──

 死角をつけ狙った闇討ちが通じない──!? 完全に虚を突かれたステラの目に、自律誘導式のビーム砲(シュトゥルム・ファウスト)の発進が映る。それ一基でモビルアーマーほどに巨大であろうドラグーン端末が、挟み込むように〝クレイドル〟に迫る。さらに〝デストロイ〟本体の方は、顔面口部のエネルギー砲(ツォーン)を充填し始めていて、

 

「────!」

 

 大型自律端末(シュトゥルム・ファウスト)から浴びせかけられるビーム群を目まぐるしく回避しながら、ステラはしかし、自分が一方的に不利ではない、とも思った。

 もとより──〝デストロイ〟が本質的に得意としているのは開けた戦域で行われる無差別攻撃(・・・・・・・・・・・・・・・)である。その意味で云えば、今の〝ジェネシス〟内部という閉塞された空間や、少数のターゲット(クレイドル)との交戦を強いられる白兵戦というものは、根本的に〝デストロイ〟との相性が悪い。現在の環境は、そいつが秘める破滅的な性能を十全に引き出す条件を満たしていないのだ。そいつが今まで外宇宙(そと)でどれほどの無双劇を演じて来たのかは抜きにして、今だけは小回りの利く〝クレイドル〟に優位がある。

 …………だからだろうか? このときステラは壁際をみずからの行動起点と定め、反撃も回避も、全ての動作を内壁すれすれで行っていた。と云うのは、そうすることで壁面との接触を避けたい〝デストロイ〟および〝シュトゥルム・ファウスト〟からの砲撃を、ある程度決まった射角・決まった距離から発生させるよう誘導できる。自分よりも遥かに巨大な相手に対し、みずからを壁際に寄せる選択は退路を狭めているようにも映るが、そのじつ相手の可動域をも大きく制限させる。とは云え、それは唯の一手でも下手(ポカ)を打てば雪隠詰(せっちんづ)めにされるリスクを伴う危険な賭け。しかし、常に四方から狙撃されるリスクに比べれば、いくらかマシだろうという判断も同時にあったらしい。

 〝クレイドル〟は主翼を展開、ステラはスラスターにホバリングをかけると、内壁を這うような滑空飛行に移った。

 そこに、容赦のないスプリッドガンの追撃が集中する。〝スーパースキュラ〟とは比較しようがないが、それでも機械人形(モビルスーツ)を一撃で焼却するには充分すぎる威力を持った砲撃。五本束の火線がさながら絨毯爆撃のような激しさを以て〝クレイドル〟に襲い掛かる。しかし、ステラは全てをはねのけ、あるいはかわし、ビーム群は空を切って内壁へ着弾していく。その光景は、壁面に対しほぼ垂直の〝光の杭(パイル)〟が打ち込まれている風に見えた。

 降り注ぐ光の〝杭〟は無意味な破壊を繰り返し、砕け散った鋼鉄片を周辺に撒き散らす。だが、やはり肝心の〝クレイドル〟は捉えられない。痺れを切らした〝デストロイ〟本体が口部のエネルギー砲(ツォーン)を臨界させる。ステラは急制動をかけてその一射をかわし、すかさず壁を蹴って(・・・・・)勢いよく飛翔する。

 

〈!?〉

 

 〝デストロイ〟はその急速な離脱行動に、自分のタイミングを盗まれた。呼吸を乱され、バランスを崩した巨体が見せる一瞬の隙──

 ステラはこれを逃さない。ビームジャベリンを抜き放ち、間合いを見誤った片方の〝巨大な前腕(シュトゥルム・ファウスト)〟を一断する! 爆光が閃き、制御を失った〝掌〟は火山弾のように墜落、壁面に突っ込みながら大爆発を引き起こす。

 

〈くッ…………!〉

 

 その悲鳴は、相手の少女のものだ。通信機から、短い悲鳴が聞こえた。

 ステラはふと、その呻きにも似た声色に違和感を憶え、顔を上げた。回線に褪めた顔のパイロットが映った。バイザーの下に覗くその人(・・・)……いや「彼女」の様相は、世辞にも美しいとは云い難い、病人のそれをしていた。

 

(……!?)

 

 ──けれど、可憐だったあの女性(ひと)は、ああも退廃的な顔付きであったろうか?

 そのときステラは、不審を訴えた表情になる。そこには、とても〝ヤキン・ドゥーエ〟に潜入できたような健常者の姿はなかったから。

 ──この数分の間に、何があった?

 直感的に異変を気取った彼女は、

 

「あなたもう、薬効(クスリ)が切れてるんじゃ……!?」

 

 その指摘は、〝デストロイ〟のパイロットにとって図星であった。

 

 

 

 

 

 

 フレイ・アルスターの生体は、既に冥府に半身を浸している状態にあった。

 薬物の効能は途切れ、いつ糸が切れて斃れてもおかしくない傀儡(でく)のように、意識の大半が昏睡(まどろみ)の中に沈んでいた。モビルスーツで云えば、それこそエネルギーダウン寸前の状態──そのような相手の病相を認めては、ステラは愕然とするしかない。

 

(あんな状態で、よく……っ!)

 

 地球軍の強化人間が、適切な処置を受けられなかったときの壮絶な苦しみを知っているから、そう思えるのだ。血の気を失って褪めた顔。既に半分しか開けられない双眸(ひとみ)の奥は、微妙に焦点が合っていないようにも見える──明らかに肉体に不調を(きた)してそうな病人の姿が、そこにあった。

 しかしその病人は、幽霊みたいに口元で薄く(わら)うのだ。

 

〈血色の悪さを云うなら、あなただって似たようなものじゃない……!?〉

 

 ステラは、またも不審を訴えた表情になる。

 ──ならば自分(わたし)は、いったいどんな顔をしている……?

 このときのステラもまた、他人を指摘することができないほどに血色が悪かったと云われている。モビルスーツで出撃して以来、幾度と連なった名将達との戦闘──蓄積した疲労──何より〝ヤキン・ドゥーエ〟内部で右腿部に貰い受けた凶弾は、本人も予期しないほど彼女の精神と体力を摩耗させた。不思議と当人はそのような衰弱を憶えてはなかったが、それはステラの意識が衰弱を憶えることを拒んでいたためであり、もしもこの場に医者がいれば、その者は直ちに彼女を〝クレイドル〟から引きずり降ろしたはずである。

 フレイは不敵に笑み、挑むように続けた。

 

〈同情するわ。さぞ〝ヤキン・ドゥーエ〟のコーディネイターが、躍起になって追いかけ回したでしょうからね……!〉

「やっぱり、あなたが……!」

〈どうだった? 最愛のパパを、戦争に殺された気分は!?〉

 

 絶叫するフレイは、しかし、感情的というわけではない。衝動のまま叫んでいるように見えて、そのじつ言葉を選んでから発言していた。パトリック・ザラを暗殺したのは彼女自身であるにも関わらず、ここの表現を置き換えているのには、彼女なりの意図もあったらしい。

 ──戦争に、殺された……?

 責任転嫁とも取れそうな言い回しを咀嚼して、ステラはしかし(そうかも知れない……)と本当に思った。パトリック・ザラは射殺され、それは彼を父親に持つステラにとって悲劇となった。けれど一方で、彼に恨みを持った地球軍の見地に立てば、しごく真っ当な復讐劇ではないだろうか。

 

〈わたしは気付いた──だったら、わたしのパパが殺されたのも同じだってことに。わたしのパパ──ジョージ・アルスターだって、ブルーコスモスの一員だったんだからね〉

 

 その名はステラも憶えている。彼女がザフトに捕まるより前、地球軍艦隊に同乗していた人物だ──ザフトの襲撃を受けた際、艦隊ごと〝イージス〟に沈められ命を落としたが。

 

〈パパは大西洋連邦の外務次官で、自分の地位を嵩に、世界各国にコーディネイターの排斥運動を呼びかけていた〉

「……!」

〈だったら当然、あなた達コーディネイターの反感だって買っていたでしょう〉

 

 今ならわかるとばかりに、どこか達観的に語るフレイもまた、あの頃のような無知な子供ではない。

 穏健派を自称していたジョージ・アルスターという男は、しかし、それこそパトリック・ザラと何が違っていただろうか。客観的に見れば、自分と異なる人種・人類は排斥し、弾圧するよう方々に運動を呼びかけていた二人の男達。それぞれの娘に当たるフレイやステラは、いったい何を以て「彼らが違っていた」と云ってあげられるのか。

 

〈父親がそういう星の下に生きていたと思えば、もう、なんだかどーでもよくなって……アンタを恨む気にだってならない〉

 

 表現としては曖昧だし、別にフレイが占星学をかじっているわけでもないのだが、個人的には〝命運〟のようなものだと思っている。今となっては結論的な云い方しか出来ないが、コーディネイターを蛇蝎(だかつ)の如く嫌悪した人間が、その反感からコーディネイターに抹殺されてしまうのは、ある意味で仕方のない、因果応報であったようにも思える。

 

〈ことに、世界は反感(それ)で戦争をしているんだからね──〉

 

 信じる正義の反対が、必ずしも悪とは限らない──

 そんなフレイの戦争へ対する考え方は、自分の中にもどこか通ずるものがある気がして、ステラは動揺するしかなかった。

 今はステラ自身、父親を殺したフレイ・アルスターその人を真っ向から憎む気になれないでいる。何よりそれが、ステラがフレイと同じ考え方をしている証拠のようにも思えた。

 しかし、

 

「──でも。だったら……っ!」

 

 ──あなたは今、いったい何のために戦っているの……?

 ステラは純粋に問いかける。抱いた思想が同じなら、どうして自分達が戦い合わねばならないのか……?

 だが答えを聞くよりも先に、残りの〝シュトゥルム・ファウスト〟が〝クレイドル〟にビームを放って来た。背後からの強襲だった。完全に虚を突かれ、わずかに反応の遅れた〝クレイドル〟だが、やはり間一髪で回避する。回頭しつつ応戦のビームを撃ち返すも、陽電子リフレクターに阻まれて終わった。

 

〈最初は仇討ちのため、そして地球のために戦ってるつもりだった。でも気付いた──もう、そんな大義名分はどうだっていい〉

 

 フレイの意志を受けて飛び回る〝シュトゥルム・ファウスト〟の攻撃が、さらに苛烈さを増してゆく。五指から撃たれる砲火は〝クレイドル〟を確実に追い詰め、その機体を〝スーパースキュラ〟の射程圏まで誘導する。さながらサーチライトのように浴びせかけられる幾重もの火線を、それでもステラは複雑な動きで回避し続けた。

 

〈初めからどうでも良かったのよ。わたしは今まで誰のためでもない、わたしのために戦っていたんだから……!〉

 

 愛する父親を目の前で殺されたこと。結局のところ、あのときの悲劇などフレイにとって切片(きっかけ)に過ぎず、全てではなかった。

 

〈わたしは、コーディネイターに負けたくなかった……!〉

 

 一部の者はコーディネイターを「自然の摂理に逆らった間違った存在」と揶揄している。しかし、フレイはそういった偏屈者達の発言が、特別間違っているものだとは思わない。これを云えば、彼女もまたブルーコスモスの鳳児であるかのように受け取られるかも知れないが……

 ──そもそも病気でもない人間が、本当に遺伝子なんかいじって生まれて来る必要、ある……?

 ナチュラルに比して圧倒的高度な能力を開花させ、モビルスーツすら、易々と乗りこなす──

 薬物なしでは機体を満足に動かすことすらままならなかったフレイ……いや、多く一般のナチュラルにとって、おおよそコーディネイターとは隔絶された異次元の存在だ。知りたがり、欲しがり──そのような欲望の果て、多くのものを獲得しすぎた天才達。結局のところ、そんな連中に対抗心や嫉妬心を抱いても仕方がないのではないか? そもそも同じ土俵にいないのだから、あるいは、挑戦したところで勝てるはずないのだから──

 

 ──でも、そうやって諦めてしまったら、自分が腐っていくような気がした。

 

 結局、フレイがアズラエルに取り入った理由はそれなのだろう。自分を強化人間に改造するよう依頼したのは、肉体や良心を悪魔に売り払ってでも気高くありたかったからだ。生まれた時代が戦時下であったことは彼女の不幸だが、それでもコーディネイターに負けない自分でいたい。モビルスーツ・パイロットになることで、いつでも彼らを見返すことのできる強さと品格が欲しかった。

 

〈わたしは後悔したくなかった……! ナチュラルに生まれたことも、こんな最悪の時代に生まれて来てしまったことも!〉

「フレイ・アルスター……!?」

〈恥じ入りたくなかった……! わたしはわたしに、自信を持っていたかったから──!〉

 

 たとえ目に入れても痛くない──傍目が評した溺愛という言葉以上に、自分のことを大切に育て、愛してくれた父親との思い出。そんな父の娘として、ナチュラルとして、幸せな家庭に生まれた事実。だからこそ遺伝子や遺伝子操作なんかに頼らず、彼女自身の決意と努力のみによって、気高くありたいという願い。

 おそらくは彼女の矜持であり、プライド。それを抱くことは、人間として間違いか──?

 

〈わたしには、捨てられない────ッ!〉

 

 次の瞬間〝デストロイ〟口部の光が臨界し、吐き出された〝ツォーン〟MK-Ⅱが〝クレイドル〟を直撃コースに捉えた。閃光がぱっと〝クレイドル〟を照らし、光の奔流が流れ込む!

 

(!? ──しまったッ!)

 

 動転していた──! そんな言い訳を口の中で云う間に、光は〝クレイドル〟へ肉迫している。ステラはぎりぎりの所で〝アリュミューレ・リュミエール〟を展開し、間一髪のところで敵のビーム砲を受けていた。

 しかし、本当に受けた(・・・)だけだ──

 それは、受け止める、という行為とは決定的に違っていた。体勢の整っていない〝クレイドル〟の光波防御帯は、ビーム砲が内包する圧力まではカバーできない。機体は凄まじい熱量と質量に併呑され、出力差に負けるように後退、流されてゆく。

 そんな〝クレイドル〟の後背面に〝ジェネシス〟の壁面が近づいてゆく──

 

〈わたしはあなたに勝ちたい(・・・・・・・・)だけ……っ! ナチュラルだって、コーディネイターに負けないんだってことを! 劣った種なんかじゃないんだってことを、証明したいだけ──!〉

(パワーが違い過ぎる──! 押し返せない……ッ!?)

〈! ──このまま一気に……ッ!〉

 

 フレイは、この瞬間が最大の勝機だと思った。

 だから、それまで分離させていた〝右の前腕(シュトゥルム・ファウスト)〟をモビルスーツ本体に引き戻し結合させ────そして、柱よりも太い黒鉄(くろがね)剛腕(かたまり)を〝クレイドル〟目掛けて振り抜いたのだ。

 

「────ッ!?」

 

 急速に拡大する〝掌底〟を、ステラは瞳に映していた。巨大な〝面〟が猛スピードで突撃して来ることも。

 なのに、彼女は抵抗ができなかった。抵抗を行うには、ビーム砲に弾き飛ばされた彼女と彼女のモビルスーツが、あまりにもバランスを崩してしまっていた。

 ステラは口内に(まずい……ッ!)と云うことしか出来なかった。

 その呟きはいよいよ正しく、次の瞬間〝デストロイ〟の掌底が〝クレイドル〟に叩き込まれた。圧倒的な巨腕と、超重量を持って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────〝クレイドル〟が壁面に叩きつけられるのと、〝デストロイ〟の掌底が叩き込まれたのは、ほとんど同時だった。

 

「がはッ────!?」

 

 規格外の巨体から繰り出された掌底打ちは、土俵上の力士が繰り出す堂々たる突っ張りに似て見えた。しかし、その一撃にはおおよそ競技的芸術性や品格など認めれるはずもない、ルール無用(ノールール)に裏付けられた凶悪性と残虐性があるだけだった。

 壁面に対し、ほとんど垂直に叩き込まれた打撃攻撃。防ぐことも反らすこともできなかった物理衝突が生み出すエネルギーの大きさは、尋常ではない。強烈な衝撃波はこれに直撃した機体のみならず、パイロットの骨組織や筋肉にまで振動を伝播させた。

 シートに叩きつけられた操縦者。体内では一瞬の軋みを響かせたあと、負荷に耐えかねてそれらの砕ける不快音を轟かせた。逆流し吐き出される血液、意識は混濁し飛びかける──

 大抵のモビルスーツであれば、機体はおろかパイロットも叩き潰されたであろう重厚な一撃。奇跡的に守られた装甲の中で、少女は辛うじて(せい)を保っていた。この場合は彼女が自力で意識を繋ぎ止めた、と云った方が正しいかも知れないが、少なくとも、生きていることだけは確かだった。

 

「──ぐッ…………!」

 

 口元の血を乱暴に拭い去るステラ。体中が激しい熱を伴って傷の痛みや骨の軋みを訴えている──

 いや違う、状況はそのこと以上に深刻だった。ステラは痛覚を振り切るように操縦桿を握り直してから〝クレイドル〟が微動だにしないことに気づく。

 

「……!?」

 

 彼女の機体は、既に〝デストロイ〟の底掌に抑え付けられていた。〝ジェネシス〟の壁面に叩きつけるようにして、完全に捕縛されていたのだ。

 当然に抵抗を試みても、結局は無駄である。彼女は掌底の隙間から〝デストロイ〟の顔部を睨みつけ返すことしか出来なかった。磔の〝クレイドル〟には、相手の巨腕を押し除けるほどのパワーが残されていなかった。

 

(これがオマエ(・・・)の望み……ッ!? 〝デストロイ〟──!)

 

 悪魔的な雰囲気を放ちながら、相反する異教の神を模したかのような頭部を持つ〝破壊の化身〟──

 その紅眼が挑むように点灯し、これを視覚したステラを煽り立てた。かつて〝デストロイ〟の乗り手であった少女の意識は、目の前の巨人像と、そんなものを造り出してしまった大人達の、悪意と殺意に胸倉を掴み上げられているような屈辱感を憶えた。

 

「ううッ…………!」

 

 いくら意識を繋ぎ止めたと云っても──

 いくら心臓が動いていると云っても──

 身動き取れないまま生け捕りにされていれば、ステラは、自分が生きている心地がしなかった。

 

〈潰しちゃえば……ッ!〉

 

 勝利を確信し狂熱する少女と、敗死を覚悟し口を噛む少女。この時点でフレイはみずからの圧勝を信じていたし、ステラの方も活路がないほど追い詰められていたのは事実である。やがて〝シュトゥルム・ファウスト〟掌底の破断兵器が通電し、小刻みに震動を始める──まさに絶体絶命、抜け出すことは不可能だ。

 零距離破断(フェブリス・フォルフェクス)──それは避けようのない、逸れようのない破滅の一撃。磔の〝クレイドル〟は今に破断され、ステラという少女は今に力に嬲られようとしている。回避も防御も反撃も、一切の抵抗の余地もなく……少女は〝デストロイ〟という超然とした破壊者を前に、完璧に敗れ去るはずだった。

 

〈これで、終わり──!〉

 

 次の瞬間、フレイ・アルスターの意識が断絶しなければ。

 

〈────〉

 

 病的で、興奮にも似た異常な感情の昂りのせいだろう──

 糸は切れ、その一瞬だけ、傀儡(でく)は本当にただの人形になった。フレイ・アルスターはその瞬間、完全に意識を失って、コンソールに突っ伏して倒れたのだ。

 それに連動するかのように〝デストロイ〟も驚き目を開くステラの前で、あらゆる動作を停止させる。

 

「……!?」

 

 その停止のために〝掌〟に弛緩が生じたのは、ステラにとって僥倖だった。彼女は反射的に弛緩から機体のビームジャベリンを発心させ、上体を捻ると、勢いよく破壊者の巨腕の五指を切りつけた。

 高熱に灼かれ、大きく崩れた〝掌〟から脱出するのは造作ない。すかさず〝クレイドル〟を離脱させ、彼女は憎々しげに〝シュトゥルム・ファウスト〟を切り落とす。

 残された〝右腕〟が炸裂し、爆発光を煌めかせる。

 凄まじい衝撃と雷鳴さながらの音響が突き抜け、さらに、爆圧で〝デストロイ〟の機体が跳ね飛ばされるのを目撃した。

 ────と、〝デストロイ〟が生気を取り戻したようにもう一度動き始めた。すこぶる手荒いアラームに、パイロットが意識を回復させたのだ。

 

〈!? ──わたし……ッ!〉

 

 赤子のような〝クレイドル〟を前に、圧倒的な力の差……いや性能の差を見せつけたフレイであったが、より完璧な勝利を掴み取ろうとしたとき、彼女の意識は現世から弾かれた。目を覚ましたとき、彼女は得られたはずの勝利の瞬間を取り逃していたばかりか、追い詰めていたはずの獲物の逆攻撃に遭っていたのだ。

 ──思い通りに動けなければ、誰だって腹が立つ……!

 しかし、だからこそステラは口を開く。僅かばかり、憐憫の籠った表情を浮かべ、

 

「──わたしとあなたに、どんな違いがあるっていうの……ッ! 地球軍(アイツら)の狂った研究に付き合わされて、苦しめられて来ただけだっていうのにっ」

 

 説得の声は届かない、両腕を失った〝デストロイ〟は、なおも突き動かされたように腹部〝スーパースキュラ〟を充填し始めていた。

 だから〝クレイドル〟も挑み続ける。後退しながらドラグーンを使役する。

 目にも止まらぬ速さで錯綜する二基の〝エンドラム・アルマドーラ〟──ビームスパイクがリフレクターを突破し、砲火を放つ寸前の〝デストロイ〟腹部を貫く。発射寸前〝スーパースキュラ〟が誘爆し、暴発したエネルギーの爆圧が、胸部コアユニット(レムレース)本体を突き上げる。

 

「勝負はついた! これ以上は──!」

 

 手許のタイマーに目線を落とす。タイマーは四分を切っている。

 しかし、

 

〈えええええいッ!〉

 

 〝デストロイ〟の背嚢(ランドセル)から、二基の砲塔がせり出した。背嚢は、ビクトリアで取り外された円盤(フライトユニット)の代替品である。

 まだ武装を持ってる──! 表情に怒りを落としたステラを前にして、しかし〝デストロイ〟は抵抗をやめない。胴体から下にかけて改造が施された大型リア・スカートの下部より、八基もの小型の特殊端末を放出したのだ。

 ──ドラグーン! いや……っ!?

 それら自律航行を行う小型の特殊端末は、蜘蛛の子が散るようにして〝クレイドル〟の周囲に展開した。だが、明確に攻撃行動を行うわけではない。いや、そもそも砲塔が存在しないのか?

 けれど、その正体を読み込んでいる暇はない、ちょうど〝デストロイ〟が、背嚢の大型熱プラズマ砲〝マルドゥーク〟を撃ち放ったためだ。放たれたプラズマ砲、その実態はGAT-X252(フォビドゥン)に搭載された〝フレスベルグ〟を改良した誘導式のビーム砲だ。

 ただしその弾体は、今までのようなビームの〝奔流〟ではない。それというよりは、むしろ──

 

「!?」

 

 ──〝乱流〟だ。

 

「拡散砲か……!」

 

 細切れになって拡散するビーム砲が、何条もの〝光の雨〟となって降り注ぐ。

 さながら散弾のように「面」破壊に特化したビーム砲の〝雨〟は、これをビームの〝傘〟で弾いた〝クレイドル〟を通り過ぎたあと、その射線上に待機していた〝先の特殊端末(アンノウン)〟と接触した。

 ────と、その瞬間、本来直線を描いて進むことしかできないはずのビーム砲は、特殊な力場に捻じ曲げられたかのように軌道を変え、とどのつまり、屈曲した。

 

 ──まさか……っ!?

 

 そうして軌道を曲げられたビームは、しかし、明後日の方向へ飛び去るでもなく、今度は屈曲した先に待ち受けていた〝別の特殊端末(・・・・・・)〟と接触し、もう一度、その軌道を変えた。そのようにして再三、再四と屈曲を繰り返し──それは単なる偶然だったのか、それとも計算された上の必然だったのか? ──真空中で幾度となく屈曲を繰り返した〝雨〟の一部は、やがて〝クレイドル〟の天まで戻り、ステラを目掛けてまたしても(・・・・・)降り注いだ。

 このとき天より注ぐ〝雨〟に気を取られ、回避行動を取ったステラであるが、実質的に〝マルドゥーク〟が放ったビームは一条ではない。発射と同時に拡散する光条達は、限られた空間の中に跋扈(ばっこ)した特殊端末(アンノウン)と接触する度、不規律にして変則的な屈曲を繰り返す。だからこそ、天から降り注ぐ〝雨〟とは異なる「軌跡」を辿った一部のビーム砲が、ステラが回避した先、今度は左方向から肉迫していた。

 

「うわっ!?」

 

 その一射は横槍のように〝クレイドル〟左手のビームライフルを奪い取り、吹っ飛ばしては通り過ぎて行った。だが、直撃コースではない? ステラは完全に無防備な状態にあったのに──

 だからこそ、ステラはそこで気付けたのかも知れない──たとえば〝プロヴィデンス〟が搭載し、ラウ・ル・クルーゼの高次元的な能力で支配されていたドラグーン攻撃とは毛色が異なることを。その波状攻撃には統率性がなく、ともすれば人間の思惟さえ感じない。

 であるなら、それらは単に無作為(ランダム)な、空間を覆い尽くすだけの光の包囲網(ビームカーテン)でしかない。

 

 ──ビームを曲げる、あの端末は……っ!

 

 おおよそ大西洋連邦が開発した、新型のリフレクター・ビットか。

 漏斗状の端末内部に特殊な力場を発生させる〝ゲシュマイディッヒ・パンツァー〟を搭載し、本来なら直線でしか進むことのできないビームを自在に偏向させる。つまり、ビットはひとつの中継点としての役割を果たし、放たれた〝マルドゥーク〟ビーム砲は、それを介して何度も屈折と屈曲を繰り返す──

 

(好き勝手に飛んだ先で、ビット(アレ)はあらゆるビームを見境なく(・・・・)偏向させ、乱反射させる──無茶苦茶だ!!)

 

 その推察は実際に正しく、水が流れるのと同じようにありのままの屈曲を繰り返した〝マルドゥーク〟は、画一的な軌道を辿って、なんと〝マルドゥーク〟の発射主である〝デストロイ〟にまで降り注いでいた。勿論、〝デストロイ〟の全方位に配備された陽電子リフレクターがそれらの弾体を完璧に弾くため、主自身には蚊に刺されたほどのダメージも通らない。

 だが、自分で放った砲撃が──時として、そして一部とはいえ──自分にそのまま返って来るなどと、欠陥兵器にも程がある……!

 暴走する〝デストロイ〟が息をするように〝マルドゥーク〟を撃ちまくる。もはや照準をつける必要性すら忘却してしまった風に。そうして怒濤の屈曲を繰り返すビーム砲の数々は、やがてそれ自体が誰にも軌道の読めない(・・・・・・・・・・)イレギュラーへと変貌を遂げる。放たれたビームの大半が標的の大きな〝デストロイ〟に着弾するのと同じように、数多の光条が〝クレイドル〟を喰い破らんと凄まじい光量と圧力を持って吹き荒ぶ。

 

 ──光の……〝嵐〟……!!

 

 脚色でも誇張でもない──混然と吹き荒ぶ〝嵐〟にも似たその兵装を、仮にも〝ジェネシス〟の外で解禁していたら、どうなっていただろう?

 空間にあるもの全て根こそぎ死滅せんとする激しさを持った〝光の嵐〟は、確実にあらゆる標的を巻き込み、敵味方すべてを切り刻む天災的大破壊を引き起こしたに違いない。あるいはそれは──〝デストロイ〟が最も得意とする「無差別攻撃」と、その伝説級の殲滅力を体現していたのかも知れないが……

 

「こいつ──ッ!!」

 

 いずれにせよ、ステラを逆上させるには充分すぎるものであった。

 

「まだ! まだ壊し足りないのか──!?」

 

 光の〝嵐〟が〝ジェネシス〟内部を抉り、シャフトさえも次々に潰していく。

 ステラが反撃のビームライフルを斉射しても、射線上へ割り込んで来るいずれかのビットはその弾体さえ屈曲させてしまい、決して目標へは届かない。それによりステラは格闘戦を行うことでしか〝デストロイ〟に対抗する手段がないことを悟るも、この〝嵐〟を掻い潜って接近するなど不可能だ。今は光波防御帯を展開し、苦しげに無尽蔵のビームを受け切ることで精いっぱいなのだ。

 

〈あなたがいけないのよ、あなたがわたしを混乱させた!〉

「ウソだ! 本当に混乱させているのは、そのモビルスーツだ! ──〝デストロイ(・・・・・)〟だ!」

 

 フレイは、どうしてステラがハル・ユニットの名称を知っているのか測りかねているようであったが、口に出しては何も云わなかった。

 ──兵器を通して望みを叶えるなんて、間違いだ……!

 今のステラに分かることは、フレイ・アルスターの望みというものが、単純ではないにしろ、えてして純粋だったということ。

 コーディネイターという人種ばかりが優遇され注目される昨今、それでも自分(ナチュラル)の存在価値を曲がりなりにも証明しようとしたのが彼女であり、しかし、それを戦争を通してやろうとしたことが彼女の歪みだ。そういう意味では、結局のところ戦時下に生まれたこと、戦災に巻き込まれたことが彼女の不幸──挙句の果てに〝デストロイ〟という凶暴な力を手にしてしまったこともまた。

 

「あなたは本当は、戦う人じゃなかった」

 

 他人事として云っているのではない、そんな彼女を、戦う人にしてしまった原因はステラにもあるのだから。

 ステラはそれを知っていて、悟らせるように云った。

 

「そのモビルスーツから降りて! ステラたちは初めから、殺し合う必要なんてなかった……!」

 

 ことに今回の戦闘は、まるで必要のないものだと思っていたのだ。

 生き残るために、共に手を取って〝ジェネシス〟から脱出できるのなら、それで──

 

〈生き残る……? いいえ、わたしには後がない──もう、帰るところなんてないんだからっ!〉

「生きていいんだよ……! 戦いは終わる──もう、誰も傷つく必要はないんだよっ!」

 

 しかし、声は届かない。砲身を冷却させた〝デストロイ〟が、ぎくしゃくともう一度動き出す。ステラの目の前で、ふたたび〝マルドゥーク〟のエネルギーチャージを始めたのだ。

 一瞬だけ呆然としたステラであったが、対応は早い。

 ──やらせない、これ以上は!

 ステラは判断をしなかった、二基の〝エンドラム・アルマドーラ〟を咄嗟に投げ放ち、直感の赴くまま、これらシールドを〝デストロイ〟まで突撃させたのだ。先端に発心するビームスパイクが〝デストロイ〟の背嚢の砲身(マルドゥーク)に飛び込み、砲塔を穿つ。速力を以てそのまま貫通するかと思われたドラグーンシールドは、しかし、膨大なエネルギーの誘爆に巻き込まれて二度と戻って来なかった。

 〝デストロイ〟は、そうして全ての防盾を失ったステラに口部エネルギー砲(ツォーンMk-Ⅱ)を叩き込もうとした。だが、このとき既に加速し、躍りかかっている〝クレイドル〟の方が速い。攻撃こそ最大の防御とばかりに、零距離までの接近を許した〝ツォーン〟の砲門は、間髪置かずに突き立てられたビームジャベリンに破壊された。

 

〈〝レムレース〟────ッ!〉

 

 すべての武装を潰されても、まだコア・ユニットが残っている──〝デストロイ〟は本体の〝レムレース〟から近接防御機関砲(ピクウス)対空自動バルカン砲塔(イーゲルシュテルン)を狂ったように乱射させ、さらに熊手状の〝トリケロス改〟からレーザーライフルを撃ちまくる。

 放射されたレーザーのひとつが、直上〝クレイドル〟右手のライフルを捉え、吹き飛ばす。

 

〈もう引けないのよ────ッ!〉

「そんなの────ッ!」

 

 叫びながら、ステラは光刃を直下〝レムレース〟頭部に突き立てようとしたが、それと同時にフレイは〝クレイドル〟を引き剥がそうと全霊をかける。

 フレイは、頭部ツインアンテナより〝バチルスウェポンシステム〟を起動させた。真紅の波動が〝レムレース〟から滲み出るように放散され、粒子の衝撃波が〝クレイドル〟を直撃する。

 

「ウアッ!」

 

 弾き飛ばされた〝クレイドル〟に汚染粒子(ウィルス)が入り込み、眼の点灯が危険色(シグナルレッド)に変異する。と、今度は機体全体から激しく軋んだ音響……いや騒音が轟き始める。

 ──この、殺気の檻からは逃げられない……ッ!

 しかし、ステラは激しくこれを拒絶。コロイド粒子を遮断しようと、今一度〝アリュミューレ・リュミエール〟に手を伸ばす。

 

〈あ────ッ!?〉

 

 次の瞬間、フレイは絶叫をしていた。謎の激震が〝レムレース〟を──ひいては〝デストロイ〟の巨体と重量を跳ね飛ばしたからだ。

 それは、自分で放った衝撃波が倍になって返って来たようであった。

 その震動に跳ね飛ばされた中で、フレイは〝クレイドル〟が発光しているのを見た。白銀のモビルスーツが、真紅色の輝きに包まれているのを目の当たりにしたのだ──翡翠色の輝き(アリュミューレ・リュミエール)ではない。

 

〈アレは…………ッ!?〉

 

 なおもフレイは、レーザーを連射し続ける。

 が、その真紅の発光は〝クレイドル〟を中核に煌めいて、それ自体が〝レムレース〟に対する障壁(バリアー)として働いた。太陽から放散される散乱光(コロナ)にも似た〝光の帯〟──〝レムレース〟が放射するレーザーを完璧に跳ね返して見せている。

 ──これは、そうか…………っ!

 汚染されたコロイド粒子の干渉を受け、はっきり〝クレイドル〟が暴走している状態にあることを、ステラは把握していた。……把握していたのだが、ステラは、この暴走をも自分のために利用しようと考える。それは判断として異常であったが、そうでもしなければ、勝てないと思ったらしい。

 

(終わりにする……!)

 

 そう口内に云う。

 動揺から一転──

 ステラは既に、決断を終えた後の、固まった表情をした。

 

〈なに……! なんなのッ……!?〉

 

 周囲に交錯していたリフレクタービットの群れが、伝播する〝光〟に燃やし尽くされる。炎熱と太陽を取り巻く紅炎(プロミネンス)に絡め取られたかのように──〝クレイドル〟へ近づこうとした物質(もの)は、悉くが炎に呑まれ、消滅していく。

 その光景は、ちょうどビームサーベルの刃が、くまなく結界(フィールド)状に展開されている風にも見えた。

 いずれにせよ、フレイはその光景を唖然として目の当たりにするしかない。完全にこちらの攻撃が通用しなくなっている? ──不思議と見憶えのある気がしたが、異常を来たしたフレイの脳は、正常に当時(そのとき)の記憶を呼び起こすことができない。

 

「あなたを止める! ──その闇の中から、わたしが拾い上げる!」

 

 燦めき、燃え上がるような〝光〟を纏い、ステラは〝真紅の機体(クレイドル)〟を特攻させる。

 疾風のように駆け、航路上にあるものを全て対消滅させながら〝デストロイ〟に迫る──!

 

〈ぁっ―――!?〉

 

 叫び声を上げなかったのは、その暇すらなかったからだろうか。

 ──やさしい人に、戻って……!

 その瞬間──〝デストロイ〟と〝クレイドル〟の機影が、一瞬だけ交錯した。ステラは猪突して、その身ごと体当たりを仕掛けたのだ。

 そして、〝クレイドル〟を取り巻く真紅色のエネルギーの波動は、驚異的な破壊力と強度を持って〝デストロイ〟の装甲を破って見せた。

 

 この真紅のビームフィールドが、後の時代において〝スクリーミング・ニンバス〟と名称づけられること。フレイは知る由もなかったが、結局はそんな些細な知識の有無が、勝敗の決め手となったのだ。

 

 風穴を開けた〝デストロイ〟(ハル・ユニット)が、崩壊する。

 腹部から炎を噴き上げ、大人達の誤った理想から生み出された破壊の化身は、業火に巻かれて大爆発を引き起こした。

 そして、その誤った理想に殉ずることなく、かたや〝レムレース〟は凄まじい衝撃と爆圧に跳ね上げられ、胸郭から押し出される形で真空中に放られた。

 その機体は、炎に呑まれて半壊し、無力であった。

 フレイ・アルスターは敗北し、その少女は、力なく宇宙(そら)を漂うだけになった。

 

 

 




 ステラが最初に行ったMSの攻撃:体当たり ⇒ ジン撃破
 ステラが最後に行ったMSの攻撃:体当たり ⇒ デストロイ撃破 

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