ギルド駐屯地。
ハンターたちが臨時に集まる場所に用いられる簡易的なハンターギルドの総称である。
ハンターが依頼で遠方に赴く際、主に中継地点つまりは拠点として利用される施設でもある。
ユクモ村のように村内にギルドが存在している大きな集落とは違いギルド施設が設けられていないママイト村のような小さい村が密集している地域に効率よくハンターが向かえるように設けられることが多く、その駐屯地にも常に数名のハンターが駐在しており各集落の人々からの依頼を受けられるようにもなっている。
施設内にも飲食施設やギルドストアが存在するためハンター、村民ともどもにありがたい存在ともいえる。
それが今俺たちのいるここ「湿原ギルド駐屯地」の詳細である。
「んだコラァっ!! てめえらガン垂れてんじゃねえぞコラァ!! 俺たちのバックにはタマさんが付いてるんだぞコラァ!! 舐めるんじゃねえぞコラァ!!」
「下ネタじゃにゃいんだぞこらぁ!!」
カンタロスの羽で作られたお揃いのサングラスをかけた俺とタマは声を張り上げながら駐屯所内へとずかずかと足を踏み入れた。
その後ろからアシューが頭を抱えながら悩まし気に入ってくる。
「さっさ!! アシューの姉御こちらへどうぞ!! お控えなすってぇ!!」
「お控えにゃすってぇ!!」
俺たちは一つのテーブルに椅子を準備しアシューを招いた。
「貴殿ら絶対に『お控えなすって』の意味分かっておらんだろ……」
アシューはそう言いつつも渋々ではあるが椅子に腰かけた。
「……貴殿らがやけに施設内に人がいないことを確認しているから何事かと思っていたのだが。……本当に何をしているのだ」
「お……お控えなすってぇ!!」
実際のところ、アシューの言う通り駐屯所にはギルド関係者と思しき人物が三人ほどいるだけで旅行者の類は見受けられなかった。
まあ、だからこそあんな堂々と馬鹿なことができたわけなのだけれど。
人が他にもいたらとてもじゃないがこんなことやれない。
俺もタマも基本チキン(臆病者)だし。
俺たちの中でチキンじゃないの皇帝閣下だけだもん。
あいつ鳥なのに全然チキンじゃないもん。
そんな皇帝閣下はというと、今は竜舎につなぎ留めてある。
というのも俺たちがこの駐屯所に足を踏み入れなければならなかった理由がその皇帝閣下にこそあるのだ。
『ここから先は地面のぬかるみがひどくなるのでな。皇帝閣下殿の足や竜車が泥にはまりでもすれば我々だけではもうどうしようもなくなってしまう。だからこそ、そうならぬようここで事前に処置をすませておくのだ』
とのこと。
要は、蹄鉄のみたいなものをつけるらしい。
その取り付け作業もここの業者が一身に行ってくれるというのだから正にいたれるつくせりである。
そんな理由で俺たちは今、この駐屯所内に足を止めしばしの休憩を強いられているというわけなのだ。
実際、駐屯所周辺の環境はそれこそ湿原地といえるような水分を多く含んだ地質になってきていた。
湿原地の入り口といっても過言ではないこの場所ですらこの状態なのだからさらに深くにあるママイト村周辺はもっとひどいぬかるみだと思ったほうがいいのだろう。
そうなってくると、アシューの助言がなければ沼地のど真ん中で立ち往生なんて最悪のケースもあり得たわけだ。
なんともまあ、聞きかじった知識だけで実際の現場経験の少ない俺には目から鱗で耳が痛くなるようなことばかりだというのだから我ながら恥ずかしい話だ。
「アシューの姉御がいにゃければおいら達は路頭に迷っていたにゃ!! この御恩一生忘れないのにゃ、姉御に一生付いていきますのにゃ!!」
「アシューの姉御ぉぉぉぉぉ!!」
「……何をそんな大げさに言っておるのだ貴殿らは。それといい加減その恰好どうにかならんのか……。貴殿らのその小悪党のような格好で姉御と呼ばれるとまるで我が悪の親玉のように見られてしまうではないか……」
そういわれた俺たちはいそいそとサングラスを外しテーブルの席に着く。
「もうその場のテンションって怖いわ、これが若気の至りってやつなのかしら」
なんてことを呟きつつ視線を泳がせる俺にアシューは大きなため息をついた。
「貴殿らとは本当に短い付き合いではあるのだが、その短時間でもわかるくらい貴殿らは楽しいことが好きなのだな……。それはもうなんというか、気を遣うのが馬鹿らしく感じるほどの清々しさすら覚えるくらいの……」
あれ?
これ褒められてるの? それとも呆れられてる?
どっちなの?
もしも後者だったらご主人、立ち直れないかも……。
「おやおや、今回はまた変わった客人を護衛しているようだね、アシューさん」
俺が軽く傷つき人間不信に陥ろうとしていた矢先。
そんなことを語りかけながら近づいてくる人物が現れた。
「これはギメイ殿、久方ぶりだな。貴殿は健在か?」
そこに現れた人物は青く鋭い造形が特徴的な装備「ギザミシリーズ」を身に纏った優男。
先ほどの言い方からしてアシューとは見知った間柄なのだろう。
「見ての通りだよ。依頼者がいなくて毎日が休養日なんだ、これじゃ体調の崩しようもないさ」
そんな風に冗談を交えながらあいさつを交わすギメイという男。
ギメイの顔は一言でいえばイケメンであり、通りすがろうものなら十人のうち八人は振り向きながらすかさず右ストレートを繰り出し、残りの二人は左アッパーをその顔面に叩き込む。そんな腹立たしいほど整った顔立ちをしていた。
危なかった……。
もしも俺がダンディじゃなければ確実にご主人スキル「漢の拳闘術」が火を噴いているところだったぜ。
うんうん、男のジェラシーほど格好悪いものはないからな。
だからご主人スキル「漢の蹴脚術」で確実に足を狙い最終的に顔面にこう堅実に一発……。
「アシューの知り合いかにゃ?」
「うむ、ギメイ殿はここに駐在しているハンターなのだ。我もよく依頼の道中でここを利用するのでな、その関係で顔見知りになったのだ」
俺の妄想をよそに話は先へ先へと進んでいった。
妄想も相まって、なんか寂しくなってきた……。
「よろしく」と言いながら簡単な挨拶と握手を済ませる俺とギメイ。
「駐在ハンターと言っても依頼がほとんどないからね、手すきにやっていた整備業のほうが今となっては本業みたいなもんさ。君たちのガーグァと竜車の整備も今さっきまで僕がやっていたんだよ」
握手のあと肩をすくめつつ、そう言いながら自傷気味にほほ笑むギメイ。
「相変わらず仕事が早い。いつもすまないな」
「いや、いいんだよ。今の僕にできることってこれくらいしかないんだからね」
「あれ? もう取り付け作業終わったんですか?」
早いな……。まだここに来てからそんなに時間はたっていないはずなんだが。
「もう手慣れたもんさ。本当に最近はこの類の仕事ばかりだったからね。もう武器よりも大工道具のほうが手に馴染んできて焦っているんだ。困ったもんさ」
もうそろそろ装備も脱いだほうがいいのかもしれないね。
なんていう冗談までこぼすギメイ。
確か、ギメイの装備しているギザミシリーズの素である『鎌蟹』こと『ショウグンギザミ』はこの沼地の生態系の中では上位に位置するモンスターのはずだ。
そんな装備を身に着けているということはギメイの腕もそれなりに立つということなのだろう。
ふむ。
顔がよく、実力もあり、その上ユーモアのセンスも悪くない。
さらには人当たりもいいと来た。
なのにも関わらず需要のあまりない湿原駐屯地の駐在ハンターなのか……。
しかもそれすらもろくに仕事がないというのだから堪ったものじゃないだろうな。
なんか……こう、あまりうまくは言えないだけど……。
『ざまぁwww』
以外の言葉が見つからない。
「あ、そうそう。君たちの商品のユクモの木。雨に濡れないように雨避けしておいたけど一応後で確認しておいてね。濡れて腐ったりしたら君たちも困るだろ?」
「う……あ、ありがとうございます」
俺はギメイから差す後光に目がくらみ直視できなかった。
くそ。
なんて無垢ないい笑顔をしやがるんだ。しかもすごく気が利きやがる。
これはさすがに罪悪感を感じざる負えない。
「これくらいかな。僕から伝えるべきことは。そうだね……何か他に知りたいことある? 僕の知っていることでいいなら教えられるけど」
「最近の沼地周辺のモンスターの様子はどうだ? 何か特別な動きはなかっただろうか?」
アシューの問いにしばし考え込む様子を見せるギメイ。
「そうだね……。特に変わった動きはないみたいだけど。どのモンスターもおとなしいものさ。少し気になる点があるとすれば『イーオス』の数が少しばかり減ってきていることくらいかな。まあ増えるならまだしも減る分には特に問題にはならないだろうけど」
「にゃぁ、行商する分にはいい環境にゃわけだにゃ」
「うむ、そうだな。この様子なら予定よりも早くママイト村にたどり着くかもしれない。やはり問題となるのは雨だろうな。これは早く向かったほうが賢い選択だろう」
そういいつつタマとアシューは俺に目配せをしてきた。
まあ結局、決定権を持っているのは俺だから「早く決めろ」という意味なのだろう。
「んじゃあ、あんまり休憩もできませんでしたが行きましょうか。ギメイさんもお世話になりました」
「いいよ、いいよ。その代り何か依頼があったら是非僕を指名してくれ。これ以上、本業から離れたら大工道具と武器の区別もつかなくなりかねないからね」
そうおどける姿は正に好青年というべき雰囲気である。
そんな会話の終わりを皮切りに各々椅子から立ち上がり出入り口まで歩みを進め始める俺たち。
「ちょっといいかな?」
一番最後に立ち上がった俺を引き留めるようにギメイはこっそり近づき耳打ちをしてきた。
「アシューさんの事よろしくね。彼女、あれで少し向こう見ずなところがあるからうまく君が調節してあげてよ」
いきなりのそんな頼みに俺は少し口どもった。
「いや、俺はそんな器用な人間じゃないですけど……」
この返しにうっすらと微笑み返してきた。
「君がここの施設に入ってきたときのあのバカなチンピラみたいな行動。あれアシューさんのためにやったんだろ?」
俺はギョッとした。
……こいつ。
「『迷惑をかける』という行為は良くも悪くも他人との距離を縮めるためには最適な行為だ。彼女はいつも依頼主との距離の縮め方に悩んでいたからね。手っ取り早く縮めるには最良な選択だ。さらに彼女はとてもおおらかな人物だからね。だからあの程度じゃ決して怒ったりはしない。あれはそこまで見越しての行動だったんだろう?」
俺はすかさずおどけて見せた。
「まさかぁ。そんな大仰なものじゃないですよ。俺は基本的にバカやって楽しければそれでいい単細胞なだけですから。そんなのただの偶然ですよぉ」
この瞬間、俺の目にはギメイの笑みが不気味に見えた。
見た目は何も変わらない。だが、本質的な何かがまるっきり変わっている。
『貼り付けたような笑み』
まさにそんな笑顔だ。
「取りあえず、俺ができることなんてたかが知れてるでしょうがやれるだけサポートはしますよ。安心してください、ギメイさん」
「--うん。よろしくたのむよ」
と、それだけ言い残しギメイは施設内の奥へと姿を消していった。
「……ふーむ」
一言で言えば謎。
悪い言い方をすれば危ない奴。
それが最終的なあいつへの感想。
「……まあ、これだけじゃ何が何だかわからんがな」
「おーい!! ご主人!! にゃにをしているのにゃ!! 早く来ないとまた皇帝閣下が置いていくにゃよ!!」
外からそんな俺を呼ぶタマの声が聞こえてきた。
「はいはいっと」
急かされるように外に出た先には皇帝閣下とユクモの木を積んだ荷車が目に入る。
不意に、ユクモの木に覆いかぶさる雨避けに目が行った。
気を利かせてつけてくれた例の雨避けである。
「うーん……」
「そんにゃ唸ってどうしたのにゃご主人?」
「うん? ……ああ、いや別に? 悪い奴ではないんだろうなぁと思ってな」
その雨避けはただの雨避けではなく「ズワロポスの皮」で作られた防水性抜群の高価な一品。
しかもユクモの木をすべて覆えるほどの大きさ。
それをタダで貰えるとは……。
「一体いくら位するんだろうこれ……」
ちょっとあいつ、俺と友達になってくれないかな……。