***
唄が。
唄が聞こえる。
幾度となく忘れようとした、だが忘れられずにいた唄。
嫌だ、やめてくれ。
聴きたくない。
もう、あの頃の俺とは決別したんだ。
だから……頼む。
頼むから忘れさせてくれ。
『筋肉ぅ~マッチョにぃ~なりたいのぉ~!!』
やめろ、思い出させるな。
『あぁ、ゴリゴリィ~マッチョにぃ~になりたいのぉ~!!』
やめろ。
いや、本当にやめてくれ。
冗談抜きで。
『――あぁ!! 俺はぁぁぁぁぁ!!』
やめてぇぇぇぇぇ!!
***
「――やめろぉぉぉぉぉ!!」
俺は飛び起きるように悪夢から目覚めた。
「はぁ……はぁ……」
悪夢にうなされたせいか、全身から汗が噴き出しており額からも汗が滴り顎を伝う。
「……なぜ。……なぜ今頃」
なぜ今頃になってあんな昔のことを思い出したのか。
「あれは……俺がまだ力こそが全てだと思っていたころの記憶……」
力こそが全てだと思っていた当時の俺は取りあえず若き青春の日々をすべて筋トレに費やしていた。
そう、筋肉マッチョになるために。
あの唄はその時に自己啓発のために自ら作詞作曲し口ずさんでいた曲。
その過去の行いを一言で言い表すのだとすれば、それは……。
「くそぉ!! 本気でただの黒歴史じゃねぇか!! 本当にありがとうございましたぁ!!」
俺は過去の己に打ちひしがれた。
「一体誰にお礼を言っているんだい、君は?」
その時、傍らからそんな声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声。
その声のする方、声の主に視線を向ける。
「やあ、おはよう」
そこには、初めて会った時と何一つ変わらない笑みを振りまく優男――ギメイの姿があった。
「……ここは」
この時、初めて自分がベットの上にいたのだということに気が付いた。
こいつがいるということはここは俺たちが向かった目的地の終着点だということだろう。
「ここはギルド駐屯地の医務室だよ、ダンディ公くん。あ、それとも君のことは『超絶イケメンな行商人』と呼んだ方がいいんだっけ?」
「…………」
なぜこの男がその呼び方を知っているのか。
『あの沼地』でしか口にしていないその呼び方をなぜこいつが知っているのか。
なんてことは別に今更考えることでもない。
「あ、やっぱり。驚かないんだね」
嬉しそうにコロコロと笑い出す。
本当に心底楽しそうにである。
「君達のことは逐一連絡を受けていたよ。いや、実に面白いものを聞かせてもらった」
だが先ほどの発言で疑心は確信へと変わる。
それは決定的なまでに。
「驚かないってことはやっぱりもうわかっているんだね。うん、ママイト村の住民にイーオスの密猟を提案し斡旋したのは何を隠そう、この僕だ」
そのギメイの告白に対しただ一瞥した。
「そんなことより、あの子……。ママイト村の子供はどうなりましたか」
遮り気味に言葉をかぶせる。
ギメイの口角が少しヒクついた。
「……まさか『そんなこと』なんて言葉で両断されるとは思はなかったよ。……本当、傷つくなぁ」
その発言を聞き俺はたまらず大きなため息をついた。
「……さっきから俺は別に何も聞いていないんですが、いいんですか? そんな風にペラペラと自分のことを喋ったりして」
「あれ? 心配してくれるのかい? 君は本当に優しんだね。ああ、だから無償であんなことができるんだよね。納得だ」
『あんなこと』
それはママイト村で俺が行ってきたあれやこれやのことなのだろう。
「心配してくれなくても大丈夫、あの子は無事だよ。回復するまでには時間はかかるだろうが峠は越えたらしい。君たちの努力は見事小さな命を救ったんだ、本当に感涙ものだよ」
心無いことをぺらぺらと。
耳が腐りそうだ。
この時、俺は心底そう思った。
「それと人払いは済ませてある。ここには君と僕しかいない。ここでの会話を誰かに聞かれるということはないから安心してくれ」
それはつまり……。
「つまり、ここで何が起こっても『誰も助けには来ない』って意味でいいんですね」
――好きな風にとらえてくれて構わないよ。
そう言ってギメイは貼り付けたような笑みでニコリと笑った。
耳が痛くなるような静寂がこの空間を飲み込む。
「……反吐が出る」
「そう言わないでくれよ。これも僕の仕事なんだから。あっ当然『仕事』っていうのは駐在ハンターの方じゃなくてもう一つの方ね」
闇ギルド。裏の商人。バイヤー。
今回の騒動の黒幕。
「さてと、そろそろ無駄話をやめて本題に入ろう。早くしないとせっかく人払いした意味がなくなってしまう」
本題。
人払いをしてまで俺とサシになった理由。
推測ではあるがこいつは今のところ俺に危害を加える気はないだろう。
そのつもりならばさっさとやっているだろうし何より、どこか違う場所に連れ出しているはず。
そうせず人払いで留めているのは仲間がいてもそんな大人数はいないということ。
長時間の閉鎖空間の維持も不可能だと考えた方が順当だろう。
むしろそこまでして俺と二人きりになる目的とは一体なんだ。
「単刀直入に聞こう。君は一体今回の騒動に関してどこまで『理解している』のかな?」
「……」
理解と来たか。
さあ、どうするのが正しい。
単純に考えれば奴らの行いに関して俺がどこまで知っているかの確認なのだろうが、この場合確認する意味が分からない。
疑わしいのならばさっさと口封じをすればいい。
そうしないのは口封じが目的ではないから。
この問いに対して答えをはぐらかし時間を稼ぐこともできる。
質問の意味も意味深だ。
まるで俺を試しているかのような口ぶり。
俺が出せる答えの種類は二つだけ。
『伸るか反るか』
それだけ。
結果俺が出した答えは……。
「……利益は出そうですか? あれだけの大掛かりな下準備をして……」
俺のその台詞にギメイは「ふっ……」と小さく鼻で笑った。
「まさか。密猟で得られるイーオスの素材の利益なんて微々たるものだよ。あんなのは小遣い稼ぎにしかならな……」
「――そのことじゃねぇよ」
冷たく一蹴し、ギメイの胸ぐらをつかみ強引に引き寄せた。
その勢いで奴の帽子が地面に落ちる。
「――あれだけ大掛かりな手段で『育てた』ギギネブラは高く売れそうかって聞いてんだよ」
今回の騒動でのこいつらの真の目的。
それは……。
「お前らの本当の目的は――ギギネブラの『捕獲』だ」
こいつらはギギネブラに特殊な毒を獲得させるためにママイト村村民を利用し、そして。
「お前らは無益な殺生を望まないアシューさんを利用してギギネブラを回収、捕獲をした。自分らの手を一切煩わせずにな」
あの洞窟内でアシューがギギネブラを狩猟することは絶対にない。
ギギネブラが疲弊し逃げた際アシューにはギギネブラを深追いしてまで狩猟する理由が存在しないためだ。
あとは弱ったギギネブラを横取りすればいい。
そう、商人とハンターの間で行われていた詐欺のように。
いやむしろその詐欺の一歩先を行く内容だと言ってもいい。
「ふ……ふっふ」
突如含み笑いをするギメイ。
「何がおかしい」
「うれしいんだよ。本当に素晴らしい。まさか僕の提示した情報とあれだけの事象だけででここまで答えを導き出すなんてさ」
――やはり君に目をつけて正解だった。
とつぶやく。
俺に聞こえるかどうかの声で。
「彼らを騙すのはとても簡単だったよ。それだけの信頼関係はここの駐在ハンターとして築いてきたつもりだからね。ああ、理由なんて聞いてくれるなよ。君も商人なら一度は考えたことがあるはずだ。なんて言ったって今のこの時代は……」
――モンスターだって金になる時代だ。
そういってギメイは冷徹な笑みを浮かべた。
「ついでだ。全部教えてくれよ君の知っていることを」
「…………」
やはりこいつは俺を試している。
値踏みしているような発言の数々がいちいち癇に障る。
だが奴の真意を探るにはあまりにも情報が少なすぎる。
一体何なんだ。
こいつの『目的』は。
なぜこいつは俺にいくつもの情報をわざと流した?
なぜ目的を完遂した後わざわざ俺に接触してきた?
なぜ……。
――なぜこいつが『その服装』をしている。
そんな『なぜ』が尽きない。
いくら考えても答えの出ることのない疑問に思案を巡らせる。
「……俺が最初に不審に感じたのは俺たちがママイト村に向かう最中に監視されていたと気が付いた時だ」
俺はこれが奴の思うつぼだとわかりながら語りだした。
そうすることで現状に何か変化が起こるのではないかと思った末の行動でもあった。
「最初はママイト村の村民が旅行者を監視していたのだと思った。だがそこにはある種の矛盾があった」
俺の予想ではユクモ村から駐屯地までの道中で監視されていたのだと思っていた。それ以降は俺たちの荷物が雨避けにより確認できなくなっていたためだ。
だがそれにもかかわらず村長が俺たちの荷物を言い当てたため俺は監視されていたのはその間だと思いこんでいた。
しかし、現実問題。
ママイト村の村民がユクモ村から駐屯地までの旅行者を監視する意味なんて存在しない。密猟の発覚を恐れ警戒するにしてもそんな場所まで注意するのはあまりにも不自然なのだ。
なぜなら警戒すべきは『駐屯地からママイト村に向かう旅行者』でありそれ以外の『行先不明の旅行者』を監視するメリットなんてほとんどありはしない。
つまり、ユクモ村から駐屯地へと向かっていた俺たちはその時点では『行先不明の警戒外旅行者』でしかなかったはずなのだ。
だがそれにもかかわらず俺たちの商品であるユクモの木を村長は言い当てた。
そこから考えられる答えは二つ。
一つは実際に本当にママイト村村民が俺たちを監視していたということ。
もう一つが俺たちの商品がユクモの木だと知っていてその情報をママイト村に流した人物がいるということ。
どちらも可能性はある。
しかし、それにしてはあまりにもタイミングが良すぎるのだ。
そう、俺たちがママイト村に着いたその同日に『村の子供が毒に侵された』ということがあまりにも出来すぎている。
偶然という言葉で終らせることもできる。
しかし、それが作為的なものだと考えた場合あまりにも収まりがいい。
それは危険なほどまでに。
「それができたのは駐屯地にいながら俺たちの商品を直に見ており、なおかつ俺たちの行く先を知っている人物……」
――それがお前だ、ギメイ。
俺は静かに首謀者の名を口にした。
パチパチパチ。
「お見事、お見事」
そう言いながら人を小馬鹿にしたような拍手を送ってきた。
「でもまあなんだ、あの子供に関しては仕方がなかったんだよ。僕が折角『垂皮竜の皮』製の雨避けを上げて雨に対する警戒をそれとなく促したのに君あの洞窟を使わないんだもん。まさか遠回りするとは予想外だったんだよ。だから仕方なく『絶対に使わざる得ない状況』にさせてもらった」
無意識に己の拳に力が入る。
「……てめぇ、どこまで」
「怒っているかい? まあそうだろうね、君は優しくて正しくて清らかだから卑劣で間違っていて嫌らしい僕のことが許せないだろう。それで? 僕のことを許せない君は一体僕をどうするのかな? 僕を違法者としてギルドに突き出すかい? それはいい考えだと思うよ。僕も君のその考えに大いに賛成だ。悪い奴は牢屋に入るのがお似合いだからね。僕みたいな小さくて小汚くて矮小な存在でも世界平和に役立てるなら悪党冥利に尽きるってものだ。だからほら、気にせず僕をギルドに突き出しなよ。なんていったって……」
饒舌に語り続けたギメイは今まで見せていた笑みとは全く異質な笑みで黒く微笑んだ。
「――僕が捕まれば『ママイト村の村民』も道連れだ」
そう吐き捨てギメイは襟元をつかんでいた俺の手を軽く払った。
事実。
ギメイの発言は事実である。
ママイト村が村ぐるみで密猟していたことはどうしようもない真実でしかない。
奴の悪事を告発することは引いてはママイト村のつながりも明るみに出るということ。
彼らはすでに一蓮托生の関係になってしまっている。
奴一人が捕まるだけで村一つの住民が犯罪者になってしまう。
それもまた事実なのだ。
「本当、正義の味方って大変だよねぇ。同情するよ」
椅子から立ち上がり帽子に付いた埃を払いながらそんな同情のかけらもない声音で嗤う。
「君がさっきから不思議に思っていることを教えてあげるよ。なぜ僕が君と二人きりになってこんな話をしたのかその理由を」
なぜこの場を設けたのか。
その理由。
そのことに関してはもう得心がいった。
もっと早い段階で気が付けることだった。
いや、こいつの『服装』を見た時点で気が付くべきだったのだ。
「君は優しくて正しくて清らかで強い心を持った素晴らしい人物だ、だからこそ教えてあげるよ……」
医務室の出入り口まで歩み寄りドアノブに手をかけたギメイはゆっくりとこう口にした。
「君の正義は――生温い」
こいつは俺に警告していたのだ。
一体自分が何を相手にしているのかを。
この件にどんな組織が絡んでいるのかを。
敵の存在とその大きさがどれだけのものなのかを俺に教えようとしていた。
そして、今の俺では到底足元にも及ばないという事実を。
ギメイはドアを開けたのちこちらを振り返りながら洗礼された所作で丁寧なお辞儀をしながらこう言い残した。
「それでは、どうか『ギルドナイト』――『ギメイ=ラングロトム』を今後ともどうぞよろしくお願いします」
ギルドスーツに身を包んだ今回の首謀者は、それだけを言い残しドアの向こうへ姿を消した。
「…………」
静寂。
奴は敵の大きさを俺に教えようとしていた。
どんな組織がかかわっていたのかを教えようとしていた。
その答えを奴自身で教えようとしていた。
今回の件、俺は全て後手に回ってしまっていた。
それでもうまいこと立ち回れていたつもりだった。
だが結果はすべてあいつの掌の上で終始ピエロを演じていただけ。
『ギルドナイト』
やつが本当にそうなのかを確かめるすべはない。
ギルドスーツもレプリカが出回っている以上信憑性に欠ける。
全て奴の嘘だという可能性もある。
『――モンスターだって金になる時代だ』
だがもしもそれが本当だとして買い手が本当に『そう』だとするなら色々と辻褄は合う。
「そりゃ、『依頼』には事欠かないわな」
奴らにとって俺はやはり赤子同然なのだろう。
「はぁ……」
ついついそんなため息が出る。
俺は本当に……。
「……本当に弱いな」
こうして俺は見事村一つ救った正義のヒーローに仕立て上げられたのだった。
***
「なんにゃ、ご主人生きていたのかにゃ」
あの雨夜の騒動から数日が経過したある日。
ようやくというか待ちくたびれたというかタマが俺のお見舞いにやってきた。
「あのタマさん? ご主人結構頑張ったよ? もっとねぎらって!!」
俺はベッドに横になった体勢でそう叫んだ。
「……オグェ」
そう叫ぶや否や腹の底から嘔吐感が込みあがってきた。
たまらず顔の傍においてあった小タルに顔をうずめる。
「オロロロロロ……」
俺は吐いた。
「ありゃりゃ、これはアシューが言っていたよりも酷いじゃにゃいか」
「ぎもぢ悪い……。タマさん、ギモイィ……」
ギギネブラの毒の後遺症で俺はここ数日酷い吐き気に襲われていた。
体に毒はもうほとんど残っていないらしいのだがそれでも傷跡らしいものは残るようであと少しはこの状態が続くらしい。
「ご主人と違ってアシューは次の日には普通に回復していたらしいのににゃ。だらしにゃいにゃご主人……」
「ハンターと同じくくりで考えないでくれ、体の鍛え方が違うんだよ」
「でもあのママイト村の子供も昨日にはもう村の中を走り回っていたにゃよ?」
「オロロロロロ……」
「あーあ……」
もう胃の中がすっからかんで何も出てこない……。
辛い、辛いよぉ……。
「タマさん……モフモフさせてぇ。モフモフゥ……」
俺はつらい現実から目を背けるためそうタマに懇願した。
「嫌にゃ」
しかしタマの口から出た言葉はそんな慈悲のない言葉。
「やだぁぁぁぁぁ!! モフモフゥゥゥ!!」
今度は両手両足を放り投げ駄々をこねた。
「ふぁっくゆー」
「いやぁぁぁ!! モフモフゥゥゥ!! モフモ……!! オロロロロロ……」
俺は吐いた。
「だから貴殿らは一体何をしているのだ……絶対安静だと言ったであろうが」
不意に開かれたドアの先から頭を抱えたアシューが入ってきた。
「アシューの姉御……おいどんはもう駄目でごわす。おいどんが死んだその時にはおいどんの念願だった『人類ダンディ化計画』をぜひ完遂して欲しいでごわす……」
「そんな意味不明な志を託されても甚だ迷惑だ……」
大きなため息をつくアシュー。
しかしその顔は心なしか嬉しそうだった。
「本当に貴殿は真面目な時と不真面目な時で落差が激しいのだな。今になってようやくタマ殿が言っていた意味がよく分かったぞ」
「あれ? タマさんなんか言ったっけ?」
「ああ、あれにゃ。『いつもふざけてるから真面目に見えない』ってやつにゃ」
ああ、確かに言ってたなそんなこと。
ん?
つまりそれは褒められてる? それとも呆れられてる?
どっち?
まあ多分褒めてくれてるんだろうってことにしておこう。
あらヤダ!! ご主人ったら前向き!!
というポジティブシンキングは置いておいて。
この後、アシューから俺がベッドの上で吐き気に苦しんでいた間に起こっていたママイト村のさまざまの事を聞いた。
密猟の証拠隠滅の事、俺たちを襲ったギギネブラの事、それと闇ギルドのバイヤーの事。
そんないろいろの話を受けた。
「ギルドの調査ではイーオスの減少は我らを襲った毒怪竜の仕業ということで落ち着いたらしい。ママイト村周辺まで調査の足も伸びるではあろうがそこまで本格的には調査はしないということだ。証拠も処分できはしたからよほどのことがない限りはバレることはないだろう」
「そうですか……。それは一安心ですね」
「村長たちと繋がっていたバイヤーに関してなのだが、その件に関してはできれば追求しないでもらえると助かる……」
アシューは村長から誰から密猟を斡旋されたのかを聞いたのだろう。
そしてその犯人が同じハンターのギメイだと知った。
アシューの立場からすればとても軽はずみに口にすることのできない事柄なのは想像するに難くない。
ハンターズギルドの信用にも関わる上、ママイト村の存続にも関わることだ。
あまり他言したくないというのは至極当然の考えだ。
「ええ、わかってます。デリケートな部分ですからね。俺の方からは聞くことはしません」
「すまない、散々巻き込んでおきながら厚手がましい頼みばかりしてしまって。恩に着る、ダンディ公」
「いや、いいんです。こちらこそありがとうございました」
その俺のお礼の言葉にアシューはおかしそうに小首をかしげた。
「なぜ貴殿がお礼を言うのだ」
「なんでってそりゃ、何度も守っていただいたんですから当然じゃないですか」
指を折りながらその時のことを思い出しつつ数える。
「ママイト村までの道中でドスジャギィ、ママイト村から洞窟までの道のりでイーオス、洞窟の中でギギネブラ。少なくても俺は三度守ってもらってます」
俺は自身の指から視線はずしアシューを見据える。
「守っていただいてありがとうございました」
深々と俺は頭を下げた。
「にゃ。ご主人を守ってくれてありがとうございましたにゃ」
アシューの元にトテトテと歩み寄ったタマも俺に合わせるようにお辞儀をした。
「……なんというのだろうな。この感じ、久しく忘れていたような気がする」
物思いにふけるように天を仰ぎ言葉をこぼす。
「護衛ハンターを続けていてよかったと思ったのは本当に……本当に久々だ」
俺はケラケラと笑った。
「大袈裟ですねぇ」
「うむ。そうだな、大袈裟だったな」
そんな俺に合わせるようにアシューも笑った。
「そういえばご主人? さっきよりだいぶ体調がよくなってきてるんじゃにゃいか?」
タマが俺の顔を覗き込みながらそう問いかけてきた。
そのタマの問いかけに俺は自信満々にこう答えた。
「ふっ!! 甘い!! 甘いぞタマ!! この俺の貧弱さを甘く見るなよ!! これは一瞬治ったと錯覚させてまた吐き気がぶり返すパティーンの奴だ!! 今に見ていろ!! 一瞬の気のゆるみが命取りだということを教えてやる!! と言っている間に来た来た来たぁぁぁぁぁ!!」
――オロロロロロ……。
タマとアシューはそれこそ本当に目も当てられないと言いたげに頭を垂れた。
「あ゛あ゛……。ぎもぢ悪い……」
「どう見ても楽しんでるようにしか見えなかったにゃ……」
「その様子だともうしばらくは安静にしておかないといけないだろうな……。ちょうどいい村長からの言伝があるのだが今のうちに伝えておこう」
ああん? 言伝?
なにそれぇ? おいしいのぉ?
いかん気持ち悪すぎて思考回路が明後日の方に向かっている。
「にゃあ、あのユクモの木を買い取るって話のことかにゃ?」
「うむ、その話だ」
ああん? ユクモの木を買い取る?
なにそれぇ?
めちゃくちゃおいしいじゃん!!
「え? 本当ですか? 嘘だったら俺、ドン引きするくらいに泣きますよ?」
「ド、ドン引きするくらいに泣くのか……」
「はい、ドン引きするくらい」
「あれはもう勘弁してほしいにゃ……。本当にドン引きするから……」
「本当にドン引きするのか……。あ、いや本当だ。本当に買い取るという話だ。ここまで迷惑をかけた貴殿らに少しでも恩を返したいと村長、村民ともども言い出してな。その位しかできず申し訳ないとも言っていた」
正直かなりありがたい申し出だ。
というよりすっかり自分がユクモの木を売りに来ていたということを忘れてしまっていた。
え? 馬鹿なの?
本当に馬鹿なの俺?
「ユクモの木の代金を何か違う商品に変えたいのならば村民総出で必ず集めるとも言っていたがどうするダンディ公? 何か希望はあるか?」
違う商品。
さてさて何するか。
なんて考えなくても実は最初から目をつけていた商品があるんだけどね。
「じゃあ、ママイト村の特産品の『あれ』でお願いします」
「うむ? 『あれ』とは?」
俺は満面の笑みで商品の名前を口にした。
「毒テングダケ!!」
***
「で、本当にユクモの木全部毒テングダケに換えたのかにゃ、ご主人」
タマは皇帝閣下が引く荷車の荷台に積まれた山のような毒テングダケを運転席から一瞥しながら質問してきた。
体調が回復した俺たちは約束通り取引を終えた後、再びユクモ村へと帰還していた。
アシューの護衛はもうない。
彼女は未だ見つかっていない生息範囲外に現れた『ギギネブラ』の調査に駆り出さなければならなくってしまった。
『最後まで依頼を全うできなくて申し訳なかった』
アシューは本当に申し訳なさそうにそう告げた。
『不謹慎かもしれんが短い間ではあったが本当に楽しい仕事だった』
『また、どこかで会おう。ダンディ公』
そう別れのあいさつを交わしアシューとの旅は終わりを迎えた。
彼女とはまたどこかで会えるような気がした。
根拠などどこにもないけれど。
後悔があるとするならば結局、名前を勘違いしたまま別れてしまったことだろう。
まああれだ、次会ったときに言えばいいよね。
また会える根拠なんて全くないけど。
「なんだ不満か? ママイト村特産の毒テングダケだぞ? きちんと産地証明書もある本物だ。何の不満があるんだよ」
「いにゃあ、不満があるわけじゃにゃいけど……」
そう言って再び毒テングダケの山を見る。
「売れるのかにゃ? こんなに?」
グサッ!!
というオノマトペが聞こえてきそうな核心めいた質問をされてしまった。
「ば、馬鹿言え。自然界に自生したキノコ類は人工の物より効能が大きくできる場合があるんだよ!!」
「でも人工栽培技術が確立してからは蔑ろにされてきてるんじゃにゃかったのかにゃ?」
グサッ!! グサッ!!
冷汗が頬を伝う。
「はあ……。大方、ご主人はママイト村で採れた毒テングダケが生態系の変化の影響で独自の成長を遂げていればそれが名産品として村おこしににゃるんじゃないかと思って買い取ったんじゃにゃいか」
グサッ!! グササッ!!
バレてる……。
「でもまあ、毒テングダケは『栄養剤』の代わりとして注目されてるからにゃぁ。そういういう研究機関の目に止まれば可能性は確かにあるにゃ。ホントに少しだけだけどにゃ」
「お、おう!! 研究機関!! 研究機関な!! そこに売り込みに行こうと思ってたんだよ!! そこに気が付くとはさすがだなタマ、褒めて遣わすぞ!! がははははは!!」
ちらっとタマの顔を見る。
するとジト目で俺の方を見ていた。
「まさかご主人、毒テングダケが栄養剤の代わりになるってこと知らなかったのかにゃ?」
俺はサッと顔を伏せた。
「はあ、ご主人は本当に呆れるくらい……」
「――お人好しだよにゃ」
「はい……申し訳ありませんでした」
俺たちはうだつが上がぬまま皇帝閣下の引く荷車に揺られ沼地を抜けていったのだった。
「……グワァ」
この時の皇帝閣下の呆れたようなため息は気のせいだったということにしておこう……。
因みに今回の事件の首謀者だったギメイがとったギギネブラを野に放ち成長させてから回収する形体と同じものが現代漁業にもあることを皆様ご存知でしょうか?
稚魚の間は人間の間で保護し、成長してから海に放流しさらに成長した成魚を収穫する漁業。
安定した天然魚の漁獲量を確保するためのこの漁業形態のことを『栽培漁業』と言います。
この栽培漁業をギギネブラで行ったのが今回のお話ですね。
幼体であるギィギを保護し育て、ある程度育ってから自然に放ち独自に成長しギギネブラになった個体を回収する猟業。
栽培漁業ならぬ『栽培猟業』と言ったところでしょうか?
今回のお話はそんな栽培漁業がモチーフとなっております。
案外亜種と言われる個体もこんな経緯があったらおもしろそうだな、なんて思ったりしてる今日この頃。
因みに因みに今回出てきた毒テングダケですがゲーム内ではこれが栄養剤の代わりになるのは知っている方も多いかと思います。
キノコ大好きで毒テングダケを食べればそのまま栄養剤になるのは知っている方もいるかと思いますがテングダケ科に含まれる主な毒成分である『イボテン酸』が極上のうまみ成分だということはご存知でしょうか?
どれくらいの旨みかというとアミノ酸の約十倍だといわれています。
そう考えると毒テングダケが栄養剤の代わりになるというのも頷けますよねという感じのちょっとした余談でした。
***
という感じでようやく2章も終わりました。
正直くそ長かったと反省してます。
予定では3章はもっと短くなるつもりですので多分お付き合いいただければ幸いです。
次回の更新はちょっとした番外編みたいなものを書くつもりですので気長に待っていただければ嬉しいです。
では次回「ご主人VS皇帝閣下~仁義なき戦い編~』でお会いしましょう。
それではまた逢う日まで(´ω`*)9