大剣『レイトウ本マグロ』
魚類「カジキマグロ」を凍らせただけの武器。
以上。
説明終わり。
「馬鹿なのかにゃぁ!? 狩場にそんなふざけた武器持ち込むにゃんてギメイお前馬鹿にゃのかにゃ!?」
オイラはそのあまりにも予想外の展開に声を荒げてしまった。
「えぇ……。またぁ? もう毎度のことでその手のツッコミはお腹一杯なんだけどなぁ。まったく、その『ふざけた武器を持ってきてる奴はやる気がない』って考えどうにかならないかな、本当。僕はいたって真面目だっていうのに。僕は真面目にふざけているっていうことを常々声高々に宣言しているっていうのに……」
「知らんがにゃ!! こっち向くなぁ!! 前見ろやぁ!!」
丸まったラングロトラがギメイを轢き潰さんかという勢いで突進をしてきていた。
「おっとこれはつらい」と言ったかと思うとギメイは、レイトウ本マグロの胴体に隠れるように低く構えた。
勢いに乗った赤い球体はギメイが支えるレイトウ本マグロに乗り上げ、勢いそのままに空中へと放たれていった。
空中を飛ぶラングロトラはオイラの頭上をも通り過ぎ後方の大木をなぎ倒しそこでようやくその勢いを止めた。
その倒木した悲惨な現状を見て身の毛がよだつ。
当のラングロトラの甲殻はほぼ無傷。
あんなものをまともに食らえばいとも簡単に肉塊へと変貌を遂げるだろうことは想像するに難くない。
オイラが急いでギメイのいる元へと駆け寄っていくと彼はラングロトラに追われていた四人組に何やら語り掛けていた。
「さてさて、君たちがなぜ『あれに襲われているのか』はこの際どうでもいいけど、僕としてはできれば逃げずにここにいてくれると助かるんだけど。どうだろう?」
オイラはそう提案された四人組の顔を眺めた。
この四人組よく見ると全員『双剣』を腰に備えている。
つまりこの四人組は……。
「なるほど君たちも一応『ハンター』だったんだね。なら話が早い。だったらさっきの僕の提案の意味がどういうことかわかっているよね?」
ギメイの出した先ほどの提案の意味。
それはギメイの使っている武器種に関係している。
レイトウ本マグロは『大剣』。
大剣は重量系の武器であり、その重さをそのまま威力へと変換して攻撃する武器である。
その特性もあり基本攻撃は大振りであり、攻撃速度は遅い。
なので大剣使いにはモンスターの動きに合わせた「カウンター」技術が求められる。
落下するラングロトラを打ち抜いたあの攻撃もその一例。
向かってくるモンスター相手にこそ真価を発揮するのが大剣。
だが逆に逃げる相手には、その利点がすべてマイナスに働くのも大剣の特徴である。
追いつきたくとも大剣自体が邪魔になる。
攻撃したくとも逃げる相手にはタイミングが遅れてしまう。
逃げる相手にカウンターもへったくれもあるわけがない。
大剣は『追撃』という攻撃にはとことん向かない武器種だ。
もしもここでこのハンター四人組がギメイの提案を無視して逃げ出しさらにラングロトラが彼らを追いかけるなんて事態になってしまえば大剣で狩猟を行うシチュエーションとしてはおそらく最悪だ。
そこまで踏まえた提案こそが「ここに留まる」なのだろう。
だがここで問題になりえる点が一つ。
オイラはその問題を口にした。
「その背負われている人は大丈夫にゃのかにゃ?」
もしもこの背負われている人が重傷だった場合は少しでも早く治療を行う必要が出てくる。
もしかしたら一刻も早くユクモ村に連れていって治療を施さなければならない傷を負っているかもしれない。
ぐったりとした男性を担いでいる腰に双剣「ギルドナイトセイバー」を携えた女性が口を開いた。
「彼はラングロトラの麻痺液に当たって身動きができないだけなので……。おそらく命に別状はないはずです。ですので……」
「――あ、じゃあ大丈夫だね」
ギメイはそんな言葉をまるでかぶせるよう口にし、颯爽とラングロトラのいる方へと体勢を向ける。
「にゃ!?」
あまりにも軽い。
軽すぎる。
ただの麻痺だとは言え、怪我人に対しての気遣いが全く感じられない冷たい態度。
オイラの時とは全く違う態度に戸惑ってしまう。
「私も一緒に戦いま……!!」
彼女の台詞を遮るようにギメイはレイトウ本マグロの尾びれを勢いよく地面に突き立てた。
その音に静まり返る一同。
「僕みたいに好んでネタ武器を使う人間が最も嫌う人種が一体何か、君たちに教えてあげるよ」
ギメイはレイトウ本マグロを地面から引き抜きながらラングロトラのもとへと歩いて行く。
「僕が嫌いな人種は……」
――装備の性能に頼り切った腑抜けた雑魚だ。
背中越しに言葉を口にする。
そう吐き捨てたギメイは彼らの方を振り返り「君たちはこの『カジキマグロ』以下の雑魚だ。できれば引っ込んでてくれないかな?」と満面の笑みでとどめを刺してきた。
その辛辣の言葉にオイラの口元はついつい引きつってしまった。
そんなオイラにギメイは「因みに今のは『カジキマグロという魚類にも劣る雑魚呼ばわりをする』というブラックジョークなのだけれど。このジョークに対する君の評価を教えてくれないかな?」と質問してきた。
オイラはその問に小さく「ふっ」と笑った。
そして満を持してそのジョークに対する答えを、こう口にした……。
「早よ行けよ」
「合点承知」と言ってギメイはこの時初めてレイトウ本マグロで正しい大剣の構え方をとった。
腰を落とし右足を前に出しどっしりと地面に足をついた姿勢。
大剣の基本姿勢。
「さあ、それじゃ始め……」
その言葉を言い終える前にギメイに目がけ『液体』が飛来していた。
ラングロトラの武器の一つ。
『麻痺液』
あの液体に触れたら最後体の自由が奪われてしまう。
今倒れているあの四人組の男のように。
「ギメイ!!」
オイラの呼びかけもむなしく麻痺液は弾け飛び飛沫となって地表を濡らした。
「まああれだよねぇ。最近この森『昆虫が大量に発生してた』から君の餌である『ブナハブラ』や『オルタロス』を大量に捕食していたことは容易に想像できるわけで。君が『生物濃縮』によって『強力麻痺袋』を獲得していることは僕はきちんと想定内だよ」
レイトウ本マグロの胴体を盾代わりにし麻痺液を防ぎ、まるで何事もなかったように語りだすギメイ。
「そして、君が麻痺液を吐いた後にとる行動は……」
迷うこともなく己の頭上を見上げた。
「『獲物を押し潰す』こと」
まるでそれは予言のように。
ラングロトラはギメイを押し潰さんと空中へ飛びあがっていた。
ラングロトラからすればそれは不意打ちだったはず。
獲物の意識を麻痺液に向けての頭上からの奇襲。
実際遠巻きから見ていたオイラですらラングロトラが飛びあがったと気が付いたのはギメイが麻痺液を防いだと認識した直後。
ギメイからの位置ではどうしても防いだレイトウ本マグロにより死角になっていたはず。
視覚的情報からの反応では到底間に合わない。
だがギメイは予測していた。
奇襲はもうすでに奇襲にあらず。
翼のないラングロトラは空中ではただもう落下することしかできない。
単純落下してくる物体はただの的でしかない。
「まさかとは思うけど僕が何も考えずにこんなネタ武器を担いでくると本気で思ってないよね?」
ギメイは低く構えていた姿勢をさらに低く構え、武器を、レイトウ本マグロを後ろに引き静止した。
その姿はまるで『力を溜める』ように。
これから訪れる嵐の強大さを表すかのような静けさで。
それはまるで時間が引き延ばされたかのような一瞬。
音を置き去りにしたのではないか。
そんなあり得ないことを思わせる迫力。
ギメイの足が踏み込んだ大地は比喩表現なく……。
――陥没した。
……―—!!
遅れて響く二つの衝突音。
またしても巨木をなぎ倒し勢いを止めたラングロトラ。
いや正確には今回は自分の意思でぶつかったわけではない。
飛ばされた先に偶然巨木があり止まっただけに過ぎない。
今己が対峙している存在、ギメイというハンターの手によって。
「『-40℃』で凍結した物質は鉄となんら遜色ない硬度を誇る。それは当然このカジキマグロだって例外ではない」
オイラはギメイの迫力に唾を飲み込んだ。
振り抜かれたレイトウ本マグロはラングロトラを打ち抜いた後にもかかわらずその余った勢いをもって胴体で深々と地表をえぐっていた。
「レイトウ本マグロは大剣だが『刃こぼれ』をするという心配がない。そもそも刃なんてものがないからね。だから君のその丈夫な甲殻をいくら殴っても威力が落ちる心配がない」
ギメイの言う通り。
レイトウ本マグロは大剣と銘打っているがその身には刃はなく分類としては完全なる『鈍器』。
ラングロトラに対し刃こぼれを恐れる心配が不要は大剣。
そして同じ鈍器でもハンマーにはない圧倒的『リーチ』が存在している武器。
打撃に特化した大剣。
それが『レイトウ本マグロ』。
ゆらりとその身を起き上がらせるラングロトラ。
そして。
「……―—!!」
全身を大きく広げ威嚇行動をとり始める。
その目は激高に駆られたように血走っていた。
もしかしたらラングロトラはこの時初めてギメイを危険な存在と認識したのかもしれない。
ラングロトラはまたしても丸まり飛び上がる。
だが今度は先ほどの高度跳躍ではなく低空跳躍。
そしてまるで弾み進むボールのように地面を揺らしながらギメイとの距離を詰めていく。
右へ跳ね、左に跳ね意思を持った朱玉は地を駆った。
「アハハ。さすがにこれはタイミングを合わせるのは無理だね。と言っても当たるものでもないが」
そう言って涼しげに身をかわすギメイ。
だがギメイがよけたその直後、ラングロトラは己の体を広げ地面へその四肢を付けた。
そして、その体を数度震わせた。
ラングロトラの武器『二つ目』。
ラングロトラの全身から放出される有害気体。
『悪臭ガス』
「ギメイ!!」
とっさにオイラはギメイの名を叫んだ。
だが、ラングロトラが放出した悪臭ガスから眩い光が放たれた。
そう思ったと同時に……。
――『爆炎』がラングロトラとギメイを飲み込んだ。
いや、よく見るとギメイはその爆炎から逃れていた。
だが、ラングロトラにはあんな攻撃手段は確か存在しなかったはず。
「今のは一体にゃんにゃのにゃ……」
オイラの口からそんな疑問がこぼれたとき。
炎から逃れたギメイがその答えを口にした。
「『メタン酸』。――ラングロトラが餌にしている『ブナハブラ』『オルタロス』が持つ毒『蟻酸』のことでね。少量なら大丈夫なんだけど大量に吸引してしまうと呼吸器官に重大な障害をもたらす劇毒なんだ。ラングロトラはこの蟻酸を麻痺液や悪臭ガスにしてためておくことのできるモンスターなんだよ」
ギメイは自身の体についた煤を払うような仕草をして体に引火していないか探すように確認し始めた。
「このメタン酸は刺激臭がする以外にも引火点がとても低くてね、常温でも火気が少しでもあれば引火してしまうほどなんだ。今僕がやったみたいに簡単にね」
つまりあの爆発はギメイが任意に起こしたものということだ。
確かに空きビンにでも火種を隠し持っていればそれをラングロトラにぶつけるだけで引火させることが可能。
そして燃やすことにより悪臭ガス自体を取り払ったということか。
「と言ってもまあ……」
自身の体に飛び火がないことを確認したギメイはそう言葉をつなげる。
「火に対する耐性が強いラングロトラにはこんな火、虚仮脅しにもならないけどね」
白煙の中から全く効いている素振りのない赤い巨体が姿を現した。
確かにラングロトラの生息地は砂漠や火山などの高温な地域。
熱に対する耐性があるのは当然である。
「さてさて、次は何をしてくるのかな? 悪いけど僕は君を狩るためにここに来ている」
――君の対策は完壁にしてきたつもりだよ。
そういってギメイはニコリと笑った。
麻痺液は防がれ、突進は逸らされ、落撃は弾かれ、跳弾は避けられ、毒ガスは消された。
ラングロトラの攻撃手段はこれで尽きたのか?
いや。
まだある。
もう『一つ』だけ。
それは……。
そうオイラが思考を巡らせたとき、ラングロトラはその最後の武器を口内からギメイ目掛け吐き出した。
ラングロトラの最後の武器
伸縮自在の『粘着性の舌』。
放たれたその舌はギメイのレイトウ本マグロを絡め捕った。
ラングロトラの攻撃手段。
舌自体には特に脅威という脅威はない。
恐るべきはその絡め捕った獲物を一瞬で引き寄せる『縮力』。
その引き寄せ体勢を崩した獲物を巨体をもって押し潰すという連携攻撃。
その舌に今ギメイは武器を絡め捕られてしまった。
「ギメイ!! 武器を離すのにゃ!!」
引き寄せられる前に、とオイラはそう叫んだ。
「あ。じゃあ、そうさてもらおうかなっと」
オイラが焦燥にかられ口走ったにもかかわらずギメイは全く焦るそぶりを見せずのんきな口調でそう口にした。
「よっと」とそう言いながらギメイは地面にゆっくりとレイトウ本マグロの尾びれを突き刺した。
引き寄せられる、そう思った。
そうなると思っていた。
だが実際に起こったことは我が目を疑う現象。
「あれ? にゃんで?」
地面に刺さったレイトウ本マグロはびくともしておらず引き寄される素振りを全く見せなかった。
ラングロトラも必死に引き寄せようと力んでいるように見える。
だが『それでも』である。
「『300kg』――この数字が何かわかるかな?」
その声にオイラはギメイの顔をバッと見た。
「『カジキマグロの重さ』だよ。と言ってもこれは最も大きいカジキマグロの重さでこのレイトウ本マグロはそこまでの大きさはないけどね。まあつまり『そんな伸び切った舌で引き寄せられる代物ではない』ということだ」
「にゃ!?」
というかそんなものを今までギメイが振り回していたことにこそ驚きである。
ラングロトラはそんな言葉を理解しているはずもなく必死に舌を引き戻そうとしている。
だがそれは実現することがなかった。
「引きはがせないだろ? 『低温物質』なんて君の生息地には存在しないから、そんな氷結した物に湿った舌で触れればどうなるかなんて君には理解できないもんね」
ラングロトラの生息地には『氷』が存在しない。
凍結した物質は急速に周りの温度を奪う。
温度を奪われた液体は氷へと変化する。
氷を知っているものなら当然知っている知識だ。
だが高温地を生息地とするラングロトラにはその概念が存在しない。
概念。経験がない。
つまりラングロトラには氷に対する『条件反射』がない。
「言ったはずだよ『君の対策は完璧にしてきたつもりだ』と。そして『僕が何も考えずにネタ装備を担いでくるわけがない』とも……」
凍りつきへばりついてしまった舌を引き戻すことのできないラングロトラはすでに身動きが取れない。
攻撃するためにも身を守るためにももう『丸まる』ことも『転がる』こともできないのだから。
舌を『引きちぎりでもしない限り』。
「さてと……」
ギメイは冷たく微笑んだ。
「ーーほら、捕まえた」
「......ーー!!」
鳴き声ともとれぬ声でギメイ目掛け突進するラングロトラ。
だがその突進は丸まることの出来ない状態でのただの闇雲な捨て身。
誰の目から見ても今さらギメイに通用する攻撃ではない。
ギメイはレイトウ本マグロを引き抜き体勢を低く構えピタリと静止させた。
それはあの力を溜める体勢。
ーーどうか恨まないでくれ。
オイラの耳にそんなか細い声が聞こえた。
「にゃ? 今の声って……」
そんなオイラの声を掻き消すような鈍く重い音が空気を虚しく揺らした。
オイラの目に映っていたのは思った通りの光景。
溜め切りを脳天に直撃したのであろモンスターが地に伏せ、その引導を渡せしハンターが一人。
ギメイはオイラの方を見て今まで通りの変わらない笑みを振り撒いた。
「はい、狩猟完了」
まるで何事もなかったかのように……。
「さ、君のご主人探そうか」
本当に何もなかったかのように平然と。
実質レイトウ本マグロはモンハン最重量武器だと思う。
それを振り回すハンターはやっぱり化け物ですよね。