「……今のうちに逃げるぞタマ。ここにいると俺たちも巻き込まれる」
俺は体をゆっくりと起こす。
顔に汗でこびりついた土を腕で拭う。
ああ……、俺の一張羅が……。
「にゃ、にゃんで……ジンオウガがオイラ達を助けてくれるのにゃ?」
タマはゴア・マガラとジンオウガの激闘をしきりに振り向きながら俺のそばに駆け寄ってくる。
さっきまで俺たちを襲ってきていたゴア・マガラは、突然の乱入モンスターに敵対心をむき出しにし激しく唸っている。
「ご主人はこうなることがわかっていたのかにゃ……?」
「説明は逃げながらでもしてやる、さっきも言ったようここにいると巻き込まれる。なんていったってジンオウガは別に俺たちを助けに来たわけじゃないんだからな。だからまずは逃げる、OK?」
タマは頷く。
俺たちは大型モンスター同士の争いをしり目に今まで逃げてきた道、ユクモ村までの帰り道を走り出す。
ほの暗い森に開戦を知らせるが如き大音量の二つの咆哮が轟いた――。
視界が歪む。
体へのダメージのせいか今頃になって頭が霞がかったように思考できなくなってきていた。
でもまだ俺たちはこんなところでへばるわけにはいかない。
追跡者はゴア・マガラだけではない、まだ俺たちにはババコンガと言う追跡者がいる。
今この状態でババコンガに追いつかれればもう俺たちに逃げる術はない。
「……じん!! ……ご主人!! 聞こえているのかにゃ!?」
そんなタマの声にハッとした。
いつの間にか俺は立ち止まっていた。
「大丈夫にゃのか……ご主人? オイラも休ませてあげたいんにゃけどババコンガの追跡を考えると……」
「ああ悪いなタマ……もう大丈夫だ」
くそ、情けない。
タマに心配させてしまうとは。
「なあ、タマ。一つだけ……聞いてもいいか?」
「にゃ……んにゃ、ご主人」
俺は真剣な口調でこう語りかけた。
「――シリアスな俺ってカッコいい?」
「それで、にゃんでジンオウガが来るのが分かったのにゃ、ご主人」
「え!? 嘘!? タマさん無視ですか!?」
「まあ、ご主人のそう言うシリアスをぶち壊してくれるのは素直にカッコいいと思うにゃ」
「……」
……デレた。
俺たちは再びゆっくりとだがユクモ村へと歩を進めた。
「で、にゃんでわかったのにゃ」
再びのタマの質問。
「言っただろ俺の武器は情報だって。だから、その情報を駆使してジンオウガを誘導しただけだよ」
「情報にゃ?」
「まあ、なんだ。結局、狩猟環境不安定化でやって来るであろうモンスターは俺たちが予測していたドボルベルクじゃなくてジンオウガだったって話さ」
「だからにゃんでそれが分かったのかを聞いてるのにゃ。それに、ジンオウガが集まるのが分かったからと言ってあんにゃ風にどうやって誘導させることができたのにゃ」
「ああ、それはそいつのおかげだよ」
そう言ってタマに渡してあるポーチを指さした。
「……にゃ? 『光虫』?」
「おしい。ちょっと違う。その中にいる奴『雷光虫』の方だ」
俺は事の顛末をタマに明かした。
ババコンガが間引かれドスジャギィが幅を利かせることにより渓流付近の森に草食モンスターつまりはドボルベルクが集まってくるであろうと言うのが俺たちの出した結論。
この結論の根拠は草木が減らないことによりそれを餌にする草食モンスター、しいてはドスジャギィを歯牙にもかけることのないモンスターがやってきやすくなるだろうという考えのもとの結論だった。
だがここで俺たちはもう一つの可能性を失念していたのだ。
草木を餌にしているのは何も草食モンスターだけではない。
葉を糧とし、なおかつドスジャギィ達にも襲われることのない小さな存在。
そう『昆虫』達の事である。
事実、俺たちは閃光玉作成の過程で森に光虫、雷光虫などが大量発生しているのを確認している。
そしてその昆虫、中でも雷光虫が集まることにより影響を受けるモンスターがいる。
『雷狼竜 ジンオウガ』
雷光虫とジンオウガが共生関係にあると言うのは有名な話だ。
元々、発電機能の低いはずのジンオウガがあそこまでの雷を帯びることができるのは背中に飼っている雷光虫の増電作用によるもの。
微弱な電気を雷光虫に与え、それを増幅しジンオウガに返す。それを繰り返すことによりジンオウガの雷は生成されている。
そして、その共生関係にある雷光虫は『超電雷光虫』と呼び名を変え、市場でも差別化されるほど希少価値が上がる。
そんな超電雷光虫はジンオウガにとっての力の源であり、なくてはならない存在。
その元となる雷光虫が繁殖している渓流付近の森はジンオウガにとってパワースポット。
食物連鎖では無く共生本能とでもいうべき結果が生んだ今回の縄張り争い。
さあ、ここで先ほどまでの渓流付近の森で起こっていた騒動。
俺たちとゴア・マガラの追跡劇。
縄張り争いでやってきていたジンオウガにとって人間、アイルー、飛竜の中で一番の危険因子はと考えれば真っ先に排除すべき対象は比を見るより明らかだ。
「そう。この俺だ」
俺は今世紀最大のキメ顔で宣言した。
「確かににゃ。ジンオウガからすれば真っ先に排除するべきはゴア・マガラと言うわけだにゃ」
あれぇ? タマさんまた無視ですか?
「理屈は分かったけどもにゃ、よくもまあこんにゃ風にうまくいったもんだにゃ。ジンオウガが気が付かにゃければそれで終わりの綱渡りのようにゃ作戦だったわけだにゃ」
「まあ、気が付きやすいようにいろいろ細工はしていたよ。逃げる場所を渓流北部の水辺にしていたのも雷光虫の生息地が水辺だからジンオウガの目にも入りやすいだろうという考えのもとだったし、俺もずっと『松明』をもって逃げてたからな」
「そう言えばにゃんでずっと松明を持ってたのにゃ?」
「昆虫の『走光性』を利用させてもらった。ほら、松明とか持ってると『ブナハブラ』とかが集まって来るだろ? あれは本来、夜行性の昆虫に見られる一種の自己防衛なんだがその性質を利用して雷光虫をおびき寄せてた」
「ああ、じゃああの逃げてる最中の小さい破裂音と発光はあれも雷光虫だったわけにゃんだにゃ。ジンオウガのボルテージ(怒り)を上げるのにも一役買ってたわけだにゃ」
「それに雷光虫が集まればそれだけで明るくなって目立つからな。本当のハンターにも見つけてもらいやすくなる。一石二鳥だ」
「全部が他力本願だにゃ……」
「あの状態でここまで考えてたんだ少しは褒めてくれてもいいと思うぞ」
「まあ、『情報が武器』と言うだけの事はあったにゃ」
そこまで話した時点で俺たちは口を閉じた。
それは明らかに空気が変わったのを肌で感じたためだ。
「……血の匂いがするにゃ」
俺には匂わないがアイルーであるタマは俺より鼻が利くのだから当然ではある。
タマはしきりに耳を動かしている、音を聞こうとしているのだろう。
「道を変えるかタマ?」
「いにゃ。にゃんか様子が変にゃ。血に混じってちょっと独特な匂いが、これは……ペイントボールの匂いにゃ!!」
「なに!? 本当かタマ!?」
ペイントボールの匂いがあると言うことは少なくとも近くにハンターがいる可能性があるということだ。
ハンターに会えれば保護してもらえる。
「タマ!! 匂いはどっちからする!?」
「えーっと……あっちの方にゃ!!」
と言ってタマが横の生い茂っている茂みに爪を向けた瞬間、極彩色の巨体が飛び出してきた。
ババコンガだった。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
「に゛ゃぁぁぁぁ!!」
いきなりのことでパニックになったのか、タマは俺の顔面に飛びついてきた。
俺はと言うとタマのせいで前が見えなくなり暴れ狂った。
「お前タマ!! ふざけんな!! 見えないから!! もう『お前の事しか見えない』とか言う冗談も言えないくらいに見えないから!! お願い!! タマさん離れてぇぇぇぇぇ!!」
だがいくら暴れてもタマは離れてくれず、破れかぶれになった俺はとりあえず叫びながら緊急回避をした。
「メイ・アイ・ヘルプユゥゥゥゥゥ!!(意味・いらっしゃいませ)」
茂みに頭から突っ込んだ。
「痛ってぇぇぇぇぇ!!」
体中を枝で切ってしまった。
もうなんだか泣きたくなりました。
泣きたくなったので泣くことにしました。
そして、ふとあることに気が付いた。
「あれ? ババコンガ襲ってこないな……」
そう呟いたのとほぼ同時に小さな鍔鳴り音が聞こえてきた。
まるで太刀を鞘に納めたような小気味いい澄んだ金属同士が合わさる音。
「……タマ離れろ」
俺は静かにそう言った。
事態を理解したのかタマは恐る恐る俺の顔から離れる。
立ち上がりババコンガが現れた茂みを見据える。
その方向には血まみれですでに息絶えたババコンガ。
恐らくはあの時俺たちの道を塞いでいたやつと同個体だろう。
そしてそのババコンガよりもひと際目を引く存在、ババコンガに引導を渡したのであろうデスギアシリーズを身にまとった人物。
頭部の露出が少ない装備ではある物のその形状が女性仕様であることと眼元だけでもその人物の顔が整った造形をしているであろうことが伺えるため恐らくは美人の類だろうことは想像するに難くない。
だがそれよりも特出すべきはあの狂竜化したババコンガ相手に息一つ乱さず、返り血一つ浴びていないこと。
あの鍔鳴りから想像したよう装備も太刀ではあった。
だがあの形状をした太刀は見たことがない。
職業柄大体の武器の形状から名称は分かるがその知識を持ってしてもあの太刀は見たことがない。
恐らくは正規の製造ルートを通していない密造品。
そんな武器を使っているということはアングラ関係者かもしくは……。
「あんた……酒場の看板娘が言っていた女筆頭ハンターだな」
「……」
別に答えを求めて聞いたわけではなかった。
俺はあの目を知っている。
あの復讐にのみ生を見出している目。
復讐の悪鬼と化し絶望を己の力にしてるあの目を俺は何人も見てきた。
ハンターを目指す理由はそれぞれあるだろう、そしてハンターを続ける理由も人それぞれだ。
あれはその一例だろう。
俺は先ほどまで通ってきた後方の道を指さす。
先に進めば二頭の竜が争っている道だ。
「ゴア・マガラはこの先にいる。だが今はジンオウガと交戦中だ。十分に気を付けて向かった方がいい」
このやり取りにタマは不安そうに見つめてくる。
デスギア装備の女筆頭ハンターは何も物を言わず俺に合わせるように右手で一つの方向を指さした。
そして、何のためらいもなくゴア・マガラとジンオウガのいる方向に駆け出して行く。
俺とタマはその姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くした。
「良かったのかにゃ? 止めにゃくて……」
「ああいう人種はな、言って止まるもんじゃない。それに、あのハンターは強いよ。そこらへんのハンターとはわけが違う」
あれはもう、死ぬことを恐れてない人間の目だ。
「……いやむしろ、死ぬことを望んでいる目と言った方が正しいのかもな」
そこから俺とタマは一言も話さず女筆頭ハンターが去り際に指さした方向に向かった。
その先には簡易ベースキャンプが組み立てられており、そこから俺たちは救援信号の狼煙を上げ無事にギルドに保護されることと相成った。
***
ゴア・マガラとの追跡劇を繰り広げた日から三日後。
俺はユクモ村の酒場にて両腕を放り投げるような格好でテーブルに突っ伏していた。
「ぬーん……」
「ご主人、元気出すにゃ」
「ぬぬーん……」
「ほらご主人の大好きにゃポピ酒にゃよー。飲まないのかにゃ?」
「ぶひー……」
「ご主人、あれは仕方にゃいにゃ。まさかギルドがジンオウガ討伐の依頼をハンターランクアップクエストに設定して発注したことで、今になって『閃光玉』と『光虫』がここまで値上がりするにゃんて誰も想像できにゃいのにゃ……」
「ブ……ブヒィ……」
「……にゃから値上がり前に焦って早々に売りに出しちゃったからといって、ご主人は悪くにゃいにゃよ」
「ブ……ブヒィィィィィ!!」
テーブルが俺の目から流れ出た汗により水びたしになった。
いつぞやは閑散としていた酒場にはジンオウガ出没情報を聞きつけた地方のハンターや商人が集まっており昼間から賑わいを見せていた。
そんな人たちが怪訝そうな目で俺たちを遠目に眺めている。
「ギルドストアの連中に騙された!! やけにおいしい話を持って来たかと思ったらこういう事だったのかよ!! チクショーめぇぇぇぇぇ!!」
俺は吠えた。
さあ!!
哀れな男の哀れな男による哀れな男の為の説明(言い訳)をしよう!!
元々はドボルベルク対策として『閃光玉』とその素材を集めていた俺たちだったのだがここでうれしい誤算があった。
ご存じの通り渓流付近の森にドボルベルクではなく『ジンオウガ』が出現したことである。
なぜそれがうれしい誤算なのかと言うとジンオウガ討伐の際は閃光玉の需要がドボルベルクを狩る時よりも遥かに上がるため必要に駆られ多少無理をしてでも買っていくハンターが増える為である。
つまり、俺が想定していた価格よりも高く閃光玉を販売できるようになったのだ。
さらに当事者であった俺たちはあの時点で誰よりも先に需要の出る商品を知ることができていた。となると当然俺たちは他の商人たちを出し抜き商いを行うことのできる立場にいたのである。
この時点で俺たちは完全に勝ち組にいた。
だがここで、俺たちを保護しその事情を聴いたイカレポンコツ糞ギルドストアの関係者が後日俺たちにこう話を持ち掛けてきたのである。
『私共、ギルドストアに貴殿が扱っている商品である閃光玉を全て売っては頂けませんか?』
これだけならば当然の事、こんな話袖にしたのだが、ここでもう一つ向こうが条件を出してきたのである。
『今この取引に応じていただければ閃光玉の素材である光虫も閃光玉と等価で取引させていただきますが。いかがでしょうか?』
即、承諾した。
何よりも光虫を何の加工もなしに高値で買ってくれると言うのならばそんな美味しい話、乗らない方がどうかしている。
現状、素材玉がババコンガ狩猟の影響で入手困難なのは周知の事実。
逆に光虫自体は大量繁殖しているせいで値なんてほとんど付かない。
それを閃光玉と同価格で引き取る?
ほくそ笑んだね。
「もしかしてこいつら今昆虫が大繁殖していることにすら気づいていないのか?」とそう思ってほくそ笑んだよ。
だからこそ、この夢のような取引に即飛びついた。
もうね、ゴマをすりまくりましたわ。尻尾を振りまくりましたわ。
で、蓋を開けてみれば騙されたのは俺の方でした。
『ハンターランクアップクエスト』
俗に言う『緊急クエスト』である。
簡単に言えば「このクエストをクリアしたハンターのランクが上がるクエスト」。
ジンオウガ狩猟がまさしくこのクエストに設定されたのである。
ランクは上がれば上がるほどハンターたちの待遇も変わり町民からも英雄視されていく。
そうなればハンターたちはランクアップを狙い我先にとこの依頼を受注していくのだ。
早い者勝ちである緊急クエスト。
当然ハンターたちはいつも以上に装備を整えて狩りに望むだろう。
さあ、そして先述の通りジンオウガ狩猟には閃光玉は重宝される。
つまり、閃光玉は確実に売れる商品。
しかも、ランクアップを目指すハンターはここで出し惜しみなどせず高かろうと閃光玉を購入していくのである。
さらにはその素材である光虫すらも予備としてクエストに持ち込もうとする者も出てくるだろう。
そんなハンターが無数にいるのだから、俺から多少割増しで買い取った分の差額などギルドストアはすぐに元を取ることができるのである。
結果ギルドストアは大黒字。
そしてそんなことを露程も知らなかった俺たちの手元にはもう閃光玉も光虫もないため、この閃光玉ショック到来の波に見事乗れず泣き寝入りなのである。
はい!! 以上説明終わり!!
「あーあ、ずるいよなぁ……。ギルドの情報を独占できるのってはさあ……。俺みたいな商人はあいつ等からすれば本当にただの赤子なんだな……。もう情報量が違うもん」
「で、でもご主人!! 騙されたと言っても普通に閃光玉を売るよりは利益はかなり出たわけにゃんだから結果オーライにゃ!! だから取りあえずは当面の危機を脱したお祝いに乾杯するにゃ!! ほら!! おつまみもいっぱいあるにゃよ!!」
「……ぬーん」
「キィィィィィ!! もういいにゃ!! オイラが全部飲んで食ってお祭り騒ぎしてやるにゃ!!」
「あぁん!? ふざけんな!! 誰が飲まないと言った!! おいコラタマ!! その持っているジョッキを返せ!! あ!! ダメ!! タマさんやめてぇぇぇぇぇ!!」
――こんな俺たちの変わらない日常。