実際の話、アシューは強かった。
現在進行形でドスジャギィの群れと対峙している姿を見て持った感想がそれだった。
アシューの武器は片手剣だ。
片手剣の利点はなんといっても小回りの利く機動力と盾を用いた汎用性の高い攻守一体の戦闘スタイルである。
唯一の問題点と言える決定打に欠けると言う点もアシュー本人の体格の良さが解決していた。
要はあの巨体から繰り出される一太刀一振り一つ一つがそれだけで十分な殺傷力を誇っているのだ。
さらには攻撃を受けてもすぐさま反撃できるだけのタフネスさをも持っている。
機動力に関してもあの小回りの利くモンスターたちに対して立ち回れている時点で十分すぎる。
これはもう正直、ドスジャギィごとき全く相手ではないと言った様子だった。
ドスジャギィがジャギィノスをいくら呼び寄せてもその形勢は覆ることのない不動の物となっているのは明確だ。
そして、ここまでの戦いを見せられればどんな馬鹿でも理解できる。
アシューが護衛慣れしているのだと。
護衛を専門にしているハンターなのだと言うことが見て取れた。
「待たせてすまなかったな、ダンディ公。今しがた決着がついた」
そう言って俺たちの荷車に戻ってくるアシュー。
頭装備をつけているせいでどうも疲れているのかどうかの判断はできないが隙間から聞こえる息遣いからするとまだまだ余力があるように感じた。
俺たちを襲おうとしていたドスジャギィはと言うとふらふらになりながら竹藪の奥へと消えていこうとしていた。
群れの長が撤退する姿を見てか他のジャギィノス共も蜘蛛の子を散らしたように逃げ出して行った。
んー。
と言うか俺の名前がダンディ公で定着しちゃいそうだな。
訂正をするタイミングを完全に失してしまった……。
なんか今更訂正しにくいしなぁ……。
まあ、別にいいか。
「お疲れ様です。じゃあ行きましょうか……ん?」
そう言った時俺はひとつ違和感を感じた。
「にゃ? どうしたのにゃご主人?」
「いや。あれ? おかしいな? なんでだ?」
俺が違和感を感じたのは先ほどの戦闘が行われた場所にだった。
違和感の理由は分かっている。
その違和感の正体は、通常ならばほぼ出てくるはずである物がこの場に一切なかったためだ。
「ジャギィノスの死骸が一つもない……」
「何を言っているのにゃ、そんなことあるわけ……。にゃ? 本当にゃ……」
俺の見間違いではなく本当にジャギィノスの死骸が無かった。
先ほど、ジャギィノスが撤退した姿は確認している。
つまり生きている奴はこの場から逃げ出したということだ。
そうなれば当然絶命した個体は取り残されるはずである。
だが、ここに死骸は一切残っていない。
そのことから導き出される答えは一つ。
「アシューさん!? あなたはあの戦闘中に一匹もモンスターを狩っていないんですか!?」
導き出される結論は至極単純。
つまりアシューはあの戦闘でジャギィノスを一匹たりとも『殺していない』。
それ以外考えられない。
当然のことながら襲ってくる対象を殺すのと退かせるのでは勝手が全然違ってくる。
相手は頭を中心としたヒエラルキーを持って統率された独自の社会を持つ集団である。
群れで狩りをするということは頭が動き続けるかぎり下の階級も働き続けなければならない。
長が絶命もしくは撤退しない限り下の者は逃げることなど許されてなどいない。
己が死のうとそれは覆ることのない序列でありルールである。
それこそが自然の摂理。
弱肉強食なのだ。
それをこのマシューは『殺していない』のである。
死ぬ気で向かってきている対象を殺さないで退かせるということはよっぽどの実力差がなければ不可能な所業。
マシューは頭装備を外し、自身の額の汗をぬぐいながら答えてくれた。
「我は無益な殺生を好まん。この考えが護衛においては命取りだと言うことは分かっている。だがこれは我の理念であり、信念だ。曲げるつもりはない」
『アロイ装備シリーズ』
『ハンターカリンガ』
アシューが今身に着けている装備であり、両方とも鉱石素材を用いて鍛錬された装備。
それらは生物性の素材を一切使用していない純粋な鉱石製装備である。
「もしも我のやり方に不満があるのならば申し出るがいい。今すぐ我を解雇してくれて構わんからな」
装備に依存せず、自身の技術のみで狩りを行う。
いや、『狩りを行わない』ハンター。
「いえ、不満はありません。とても素晴らしい信条だと思います」
このレベルまで到達するのには血の滲む努力以上に折れない不屈の精神がそして、『優しさ』がなければ到底無理な領域だ。
「改めてよろしくお願いします、アシューさん」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。ダンディ公」
俺たちは再び固い握手を交わした。
***
ユクモの村を出発をしてからもう数刻が過ぎ日が傾き始めてきたころ、俺たちは荷車を止め野営の準備をしていた。
皇帝閣下を近くの木の幹に括り付け、俺は荷物の整理、確認。タマは夜食の準備。
アシューはと言うと夜の護衛に備え一足先に使い古された毛皮のコートにくるまり寝むっていた。
ママイト村までの道中、アシューはここまでずっと歩き続けてきた。
安全が目視で確認できる場所くらいは荷車で休んだらどうだと進めても頑なに律儀にも護衛し続けてくれた。
「なんというか、まあ本当に糞真面目な人だなぁ」
夜食の準備をしているタマのもとに歩み寄りながらそう呟いた。
俺も何か手伝おうかと思ったが準備はあらかた終わっていたのでパッと見手伝えそうなことはなかった。
「そうわ言うけどにゃ、ご主人。じゃあ、不真面目にゃハンターだったら良いというわけでもにゃいんだから、真面目にこした事はにゃいんじゃにゃいかにゃ? それにご主人が言うようにアシューが護衛を専門にしているんだったらこの位、真面目じゃなきゃ務まらないんじゃにゃいか? よくわからないけどにゃ」
「そうかもなぁ。俺もよくは分からないけど」
何ともふわふわとした会話である。
まあ俺もタマもあまり詳しくない内容の話の為こんなものなのかもしれない。
「護衛と言えば少し前まで行商人と護衛専門ハンターの間で詐欺まがいな依頼が横行していたことがあったな……」
することがなくなった俺は、皇帝閣下の毛づくろいをすることにした。
荷物から簡素なブラシを探し出し、皇帝閣下に恐る恐る近づきながらタマにそんな話を振った。
「詐欺? 商人とハンターの間で一体どんな詐欺ができるっていうのにゃ? と言うかどっちが被害者でどっちが加害者にゃのにゃその詐欺って?」
「ああ、ハンターが被害者で商人が加害者だよ。おい!! 暴れるな!! 皇帝閣下!! アグレッシブ!! 超アグレッシブ!! 何でお前、俺にはそんなに攻撃的なの!?」
「にゃ? ハンターが被害者にゃ? 意外だにゃ、てっきり逆かと思ったんだけどにゃ」
「この野郎ぉ!! 貴様がその気ならこちらにも考えがあるぞ皇帝閣下!! くらえ!! ご主人スキル『漢の毛づくろい上手』発動じゃボケェ!! 貴様の羽根と言う羽根全部むしり取ってくれるわぁぁぁぁぁ!!」
「ご主人……。どうせ勝てないんにゃからそんにゃに張り合うにゃよ」
「ぬかせタマ!! 俺の華麗なる乗りさばきを見てもそんなことが言えるかな!? 『ダンディロデオ』の異名を持つ俺の真の力を見せてやるガナ!!」
「はいはい。それでハンターが被害を受けた詐欺って一体何なのにゃ、ご主人」
「ふははははは!! 皇帝閣下!! 貴様の力はそんな物か!! 皇帝閣下の分際で俺に楯突いたこと後悔させてくれるわ!! そう、皇帝閣下の分際で!!」
「……どうなっても知らないにゃよ、ご主人」
「え……? あ、嘘……。ちょっ、ま……!! タンマ!! タンマ、皇帝閣下!! やめて!! ご、ごめんなさい!! 調子乗ってごめんなさい!! いやぁぁぁぁぁ!!」
「…………」
その時俺に注がれたタマの視線はそれはもう雪山の吹雪のように冷たいものでした。
「……ホットドリンクをください。その冷たい視線に耐えられるホットドリンクをください……」
俺は這いずりながらタマのもとに帰ってきた。
「そんな馬鹿みたいなことしてるからにゃ。あ、ご主人はそう言えば馬鹿だったにゃ。じゃあ仕方ないにゃ」
優しさをください……。
「と、取りあえずあれだ詐欺の話だったな。えーと、じゃあタマ。『狩猟依頼』と『護衛依頼』の違いって分かるか?」
「『狩猟依頼』と『護衛依頼』の違いにゃ? それはまあ……。対象を『狩る』か『守る』かの違いじゃないのかにゃ?」
「うん、そうだな。狩猟は『狩る』ことが目的で護衛は『守る』ことが目的だ。それがこの二つの決定的な違いだ。じゃあ、この二つの内、戦闘回数が少なくてすむ依頼はどっちなのか分かるか?」
「戦闘回数にゃ? そりゃ、護衛依頼の方じゃ……。あ、いや違うにゃ。狩猟依頼の方だにゃ!! 狩猟依頼の方が戦闘回数は少ないにゃ!!」
「その通り。一見狩猟依頼の方が戦闘回数は多いように感じるが実際は狩猟依頼の方が少ないんだ。なぜなら狩猟依頼は極論メインターゲットであるモンスターだけを狩ればいい。そうすれば戦闘回数は一回で済むからな。だが逆に護衛依頼にはそもそもメインターゲットなんてものが存在しない。護衛対象に襲い掛かってくるモンスター全てを排除しなければならない為、戦闘回数に天井が存在しないわけだ」
「にゃあ。狩る依頼の方が戦闘回数が少なくて、守る方が戦闘が多くなるにゃんて不思議な話だにゃ」
「で、商人たちはこの戦闘回数の差を使って詐欺を行ったんだよ」
「そうそう、その詐欺の話にゃ。一体なにをしたのにゃ?」
「まず商人は護衛依頼を出しハンターに護衛をしてもらうわけだ。そうすると道中で荷をモンスターに襲われるだろ? 現に俺たちも襲われたようにな。そのモンスターをハンターは依頼通り排除するわけだがアシューみたいな対象を殺さないという方法は珍しいわけで大抵は殺してしまうものなんだ。殺せば当然モンスターの死骸が出る。通常殺したモンスターの亡骸は一体どうする?」
「ハンターは素材部位を剥ぎ取っていくのが普通だにゃ」
「ああ、それが普通だ。だがハンター一人が持てる量なんて限りがある。いずれは持ちきれなくなる。そうなれば、いつかは狩ったモンスターの素材を剥ぎ取らなくなるなっていくだろ?」
「まあ、そうだにゃ。よっぽど貴重なものが取れない限りは放置するだろうにゃ」
「そしてここからがその詐欺の内容だ。その剥ぎ取らなくなった亡骸から素材を勝手に剥ぎ取って回収する商人が出てきたんだよ。商人にとってはどんな素材であろうとそれは金になる『商品』になるからな。その横取りをを狙ってあえて用のない地方まで護衛依頼を出して素材を入手しようとする商人が出てきたんだよ」
「にゃ!? それじゃ、ハンターはわざわざ危険な思いをして金儲けの道具にさせられているだけじゃにゃいか!!」
「ああ、そうだ。さっきも言ったように護衛依頼には戦闘回数に上限がないからな。依頼主を守るためにずっと戦い続けなければならない。そして依頼主はと言うとその後ろで悠々と剥ぎ取り作業だ。さらに、荷物が傷がついたとかいちゃもんをつけてギルドに報告をして護衛不十分として依頼料を払わない悪質な商人まで出てきた始末だ」
「確かにこれは完全に詐欺だにゃ……」
「そのせいで護衛依頼は審査が厳しくなったし、ハンターもそうそう受注してくれなくなったりと真面目な商人からしたらいい迷惑だって話だな」
「そんな背景があるんにゃらアシューのようなハンターってかなり珍しいんじゃにゃいか?」
「ああ、正直アシューは大当たりだよ」
話に夢中になっていたせいで気が付かなかったがもうすでに夜食は出来上がっていたらしくタマが器に人数分とりわけ始めた。
どうやらスープのようだ。
「肉はないけどその代り野菜を一杯入れたにゃ」
「肉ならそこにいるだろ」
そう言って皇帝閣下を指さした。
「グァァン?」
皇帝閣下が凄んできた。
「ごめんなさい」
こいつもしかして人語理解してるんじゃないだろうな……。