「……なんとも愉快な依頼主たちだな」
そう声がしたと思うとアシューがのっそりと起き上がろうとしているところだった。
「あ、起こしてしまいましたか?」
「いや、騒々しくて眠れそうになかったのでな。先ほどのダンディ公の絶叫が耳に残って寝付けなくなってしまった。危険はないと思って放置したがそのせいで目が冴えてしまった」
「それは悪いことしたにゃ。ごめんにゃさいにゃ……。うちの馬鹿が馬鹿なばっかりに……」
「……タマさん。せめて『馬鹿ご主人』って呼んで……」
馬鹿って馬鹿って……。
「いや、すまない。別に責めているわけではないのだタマ殿。ただなんというのだろな、我も会話の輪に入りたくなったのだ。よかったら我も加えてもらえれば幸いなのだが」
「ええ、ご一緒してください。アシューさんの分の食事も用意していありますのでどうぞ、食事は人数が多いほど楽しいものです。短い間とはいえ旅路を導いてもらうのですから親睦を深めるためにも是非」
「大したお持て成しもできないけどにゃ。オイラ達、貧乏だからにゃ!!」
「ええ!! 俺達貧乏なんで!!」
俺たちの親指を立てたプライスレススマイルに流石のアシューも苦笑いを見せてきた。
少し離れたところから皇帝閣下の呆れたような鼻息が聞こえてきたのはたぶん気のせいだ。
「貧乏生活なのは我も同じだ。護衛を専門にしているせいか収入は微々たるものだからな。それ故に質素な食事の方が我も食べなれている分ありがたい……。あ、いや。決してタマ殿の料理が質素だと言いたいわけではなく、ただ純粋に感謝をしているという意味であって……」
昼間の頼もしさはどこに行ったのか、しどろもどろになりながら取り繕おうとするアシュー。
あれだな。
この人、あまり会話が得意ではない分類なのかな?
「……すまない。我はこんな巨大な成りをしているせいか相手に恐怖心を与えてしまうようで、少しでも気さくに接しようと思っているのだがな。中々どうもうまくいかない……」
ああ、なるほど。
ビジネス上の関係では友好的に関われても、プライベートでの繋がりが苦手なタイプという奴か。
その苦手意識を払拭しようとしている点は好感が持てる。
「気にしなくてもいいですよアシューさん? 俺たち別にそんなの気にしませんから。俺たちは基本的に馬鹿やって楽しければそれでいいくらいの単細胞ですし」
「……そうか、そう言ってもらえると我も楽だな。すまない、お気遣い痛み入る」
そう言葉では言うもののまだ、アシューの笑みはどことなくぎこちない。
うーん。
まあ、知り合ったばかりだし、最初はこんなものなのかもしれない。
これはお互いゆっくりと歩み寄っていくほかないか。
俺がそう頭を傾けていたときタマがあることに気が付いたように声を出した。
「にゃあ、しまったにゃ。人数分用意したのは良かったけど、もしかしたらこれだけの量じゃアシューには物足りないかもしれにゃいな。オイラとしたことが迂闊だったにゃ」
ぬ?
ああ、なるほど。
確かに、アシューは体がでかいからこれだけの量じゃ少ないかもしれないな……。
仮にも雇い主とはいえ護衛してもらう立場な俺たちだ。
いざというときに空腹でアシューの戦闘に支障をきたし、傷でも負わせるようなことがあったら雇い主としての管理能力を疑われる。
そうなってくると他に食べるものを確保しないと雇い主として示しが付かないか。
「つまり俺と皇帝閣下の因縁の対決に終止符を打つ時が来たということだな。よし、少し待ってろ。今新鮮な肉を用意してやるから。……タマ。俺の骨を拾う最後の仕事……任せたぞ」
「了解にゃ!! ご主人の墓には責任を持って『とっても上手に焼けましたぁ!!』と彫っておくのにゃ!! だから安心して成仏するにゃご主人!!」
「よっしゃ!! 逝ってきまぁぁぁす!!」
そんな俺たちのやり取りを困惑しながら見守る、アシュー。
「…………」
「…………」
「…………」
そして三者へと突然に訪れる静寂。
この経緯を経て俺は内心こう思ったのだ。
(ツ……ツッコミがいないだと……!?)
と。
「だ、駄目じゃないタマさん!! あなたまでボケに回ったら誰がツッコミを入れるの!? きちんと拾ってもらわないと俺ただのお馬鹿さんになっちゃうじゃない!! やだー!!」
「ボケとかツッコミとか何を意味わからないこと言ってるのにゃ。いいからご主人はさっさと皇帝閣下の手によって新鮮な生肉にされて来るのにゃ。GO!! ご主人GO!!」
「タマさん!?」
毒舌!! 超毒舌!!
もうイヤ!!
なんでみんなして俺の扱いがこんなに酷いの!?
俺が心の中でそう叫んでいると不意に「フ、フフッ……」とそんな微かな笑い声が聞こえた。
声のする方を見るとアシューが片手で顔を隠すようにして笑っていた。
「ア、アシューさん?」
「いや、すまないな。貴殿らのやり取りが本当に愉快だったもので、つい」
その時の微笑む姿を見ると「ああこの人もやはり女性なのだな」と思わせる妖艶さを醸し出していた。
「食事に関しては気にしなくてもよい。一応ギルドから支給された『携帯食料』があるから多少の空腹には対応できる。そこに関しては本当に気を使わなくて構わん」
携帯食料。
ギルドがハンターに対し無料で支給している非常食だ。
一体何を材料にして作られているのか全くの情報がないため、一部ではハンターたちが狩ってきたモンスターの肉等で製造されているのではないかと言う都市伝説があるほどの食べ物だ。
味の方はお世辞にも良いとは言えずむしろ不味いと答える物の方が多く、その不味さは先ほどの都市伝説を信じてしまいそうになるほど酷いという。
「タダより怖い物はないと言いますが携帯食料に本当に都市伝説のような食用に適さないモンスターの肉が使われていたらと思うと怖いですよねぇ。俺なら間違いなく怖くて商品として扱えないですよ」
先ほどの失態から話をそらすようにそれとなく話題をずらす。
「まあ、確かに味は我も好みではないな。だが背に腹はかえられぬし、今までこれといって体に異常をきたしたこともない。そう悪いものでもなかろう」
俺とアシューは夜食のスープを匙で掬いながらそんな会話を始めた。
先ほどまでのやり取りでスープはだいぶ冷めてしまっていたが夜とはいえまだ寒さを感じるような気候でもない為気にすることなく美味しく頂けた。
「少しはあの携帯食料を美味しく作ってくれた方がハンターの皆さんからしてもうれしいんじゃないですか?」
自分でそう言いながら我ながらいい案のように感じた。
美味しい携帯食料の製造と販売。
これらを商いとして確立することができればもしかして一山財を築けるのではないか?
これは考慮に入れてもいいかもしれないな。
「にゃにを言ってるのにゃ。携帯食料を美味しく作ったら非常食の意味がにゃいじゃないかご主人」
金儲けの方法を考えていたところその案をタマがバッサリと切り捨ててきた。
「え? タマお前こそ何言ってるの?」
「にゃ? まさかご主人、携帯食料がわざと不味く作られているってこと知らにゃいのかにゃ?」
そ、そうなの……?
「携帯食料がわざと不味く作られているとは初耳だが……一体どういう理由なのだタマ殿?」
「要は携帯食料は非常食だからにゃ、非常時に食べることを想定して作られているのにゃ。だから本当に非常事態の時にしか食べる気が起きないようにあえて不味く作っているのにゃ。美味しく作ったら小腹が空いたりしただけで食べたりするかもしれないからにゃ、肝心な時には食べ尽くしてしまったにゃんて事態にならないようにわざと不味く作られているんだにゃ」
「へー知らなかった。よく知ってるなタマ」
「うむ、ダンディ公と言いタマ殿と言い物をよく知っている」
そんな俺たちの賛辞にタマは照れることなくむしろ落ち込み始めた。
「ハンターに関する知識はにゃ……。時間だけはあったからいろいろ勉強したにゃ……。うん、いろいろとにゃ……」
目に見えて落胆し始めるタマ。
「……ていっ」
そんなタマの狭い額に軽くデコピンをした。
タマは小さく「にゃ」と呻いた。
「アホ。自分で自分の地雷踏んで落ち込んでんじゃねえよ」
「ごめんにゃさいにゃ……」
ごめんじゃないだろ、とは言えず俺はただただため息をついた。
***
あの夜会を終えた翌日。
紆余曲折ありはしたもののお互いがお互いのことを話せるいい機会になりはした。
タマに関しては……まあ、おそらく大丈夫だろう。
昔のことだし今更蒸し返すようなことでもない。
だが少し扱いには気を付けた方がいいのかも知れない。
ナイーブな部分だけに下手に刺激して今後の行商に影響が出ても困る。
今日くらいは優しく接してやるか。
ふっ……。やれやれ、ご主人様も楽ではないな。
まあしかたがないか、なぜなら俺は紳士だからな!! 致し方なし!!
「ご主人、朝になったにゃよ。早く起きるにゃぁ」
いや待てよ。
俺、ダンディな上に紳士とかもう弱点なさすぎじゃないか?
弱点が無いとか、もしも俺がモンスターだったらもう完全に狩猟難易度G級だろ。
「ごーしゅーじーん。アシューももう出発の準備できてるって言ってるにゃよぉ」
なるほど!!
つまり俺の周りに異性が寄り付かないのは俺が危険すぎて誰も近づけないからだったんですね!!
うはっwww 把握!!
「ご~しゅ~じ~ん。起~き~る~にゃ」
「……ぐへへ、紳士でダンディで危険な男……。俺の時代……キタコレ!! ……グゥー」
「駄目だにゃ。アシュー、悪いんにゃけど皇帝閣下を連れてきてもらってもいいかにゃ? ちょっと皇帝閣下に起こしてもらうにゃ」
「……大丈夫なのか?」
「大丈夫にゃ。少し顔の形が変わるだけにゃ。運が悪くてもご主人の顔が希少種になるだけにゃ」
「はい起きた!! はい起きました!! 起きたから皇帝閣下を連れてこないで!! 顔面が希少種になるとか意味が分からな過ぎて逆に怖いわ!!」
しまらない!!
全くしまらない!!
そんなこんなでいつも通りの通常運転。
再びのママイト村へ向けての進行である。
準備もタマがやってくれていて本当に俺が起きるの待ちだったらしい。
日はまだそんなに高くない。
と言うかまだ薄っすら朝霧が残っているような時間帯だ。
アシュー曰く、今日の夜から明日の朝にかけて沼地周辺で大雨が降るらしい。
それ故に出来れば夜になる前にママイト村につくように動いた方がよく、この時間から行動するのが最善らしい。
「と、貴殿らが寝る前に伝えたと思うのだがな……」
「オイラはちゃんと聞いたにゃ」
「……時にはな夢の中に逃げたくなるような目を背けたい現実があるんだよ。それが人生ってやつだ……」
「寝言を聞く限りろくでもない内容だったけどにゃ」
ここからママイト村までは何事もなければ日が傾くまでには着くらしい。
しかし、天気を予測できるとは流石ハンターと言ったところなのだろうか。
狩猟において天候を知るということは大事なファクターだ。
雨の中じゃ十分な戦闘も行えない上、アイテムによっても制限がかかる。
プロとしてのパフォーマンスを行うのならば押さえておくべき必要な特技と言ったところなのだろうか。
「いや、実は我が読めるのは湿原地の天候だけなのだ。全地域の気象学に精通しているわけではない、恥ずかしい話な」
「にゃ? 湿原地だけにゃ? それもまた偏った知識だにゃ」
そんな風に会話を始めたタマとアシュー。
昨日、俺が寝ようとしていた時も二人で何やら話し込んでいた。
案外、それで距離が縮まったのかもしれないな。
あらやだ!! ご主人妬いちゃうわ!!
「なんてことはない、我が湿原地域出身だからというだけだ。だからこそ、貴殿等の護衛依頼を引き受けたとも言える。何分湿原地に訪れようとする者が少なくなっている昨今だ、少しでも村の発展に貢献するため優先的に貴殿等のような者たちの道案内を買って出ているのだ」
「はあ、何というか流石ですね」
俺はアシューの献身的姿勢に感銘を受けた。
護衛依頼は狩猟依頼に比べ基本的に依頼達成金が低く設定される。
それは昨夜タマに話したように護衛依頼にメインターゲットが存在しない上、緊急性がない場合が多いための当然の処置ではある。
その為、正直詐欺が横行しだしてからは手練れのハンター達が護衛依頼を引き受けるメリットというものは殆ど損なわれてしまっているのが現実だ。
ましてや、それが貿易資源の乏しい沼地のような偏狭な地への護衛ともなればなおさらだろう。
ギルドの対策としても事前の依頼審査の厳重化や行商ルートに出現しうるモンスターの事前討伐などの方法が打たれ多少は詐欺の影は薄れているが(後者が現在一般的な対処法となっている)それでもハンターの護衛離れは深刻な問題だろう。
いやいや、他人事じゃねぇよ。
マジでどうすんの? 仕事しろよハンターズギルドの連中……。
何のため高い仲介料払ってると思ってんだ。
そうなってくるとやっぱり、行商を続けていく上で専属ハンターは必須なんだよな……。
「じゃあアシューは専属ハンターとかになったりはしにゃいのかにゃ? ソロで護衛依頼を続けるよりは収入も安定するかと思うんにゃけど」
何気なしにそんな風に質問をするタマ。
俺は心の中でガッツポーズをした。
ナイスだタマ!!
専属のハンターに興味があるのならば今のうちに唾をつけといた方がいいからな。
アシューほどの腕と技術があり誠実で、それでいて護衛慣れをしている上に今だフリーのハンター。
こんな優良な人物が今後も守ってくれるのならば旅は安泰もいい所だ。
さあ、どうだ!?
「いや、常に人手不足な依頼なのでな誰か個人に雇われ続けるつもりは今のところない」
そんな俺の期待とは裏腹にアシューは意思がないことを告げてきた。
まあ、そんなうまい話もそうそうないわな……。
「我の話はよいのだ。それよりもダンディ公よ。一つ確認をしておきたいことがあるのだが」
「なんでしょう?」
「いやこれから向かうママイト村までのルートの話だ。できるだけ、モンスターから襲われにくい道を使っていくつもりではあるが、多少危険でも構わないのならば近道があるのでな。ダンディ公はどちらの道を選ぶのかそれだけ確認をしようと思っただけなのだが、どうだろう? 心配しなくとも近道でも十全に護衛は遂行するので安心してくれて構わないが」
近道。
近道か……。
別に急ぎな行商でもないし、ユクモの木だってそんな簡単に値崩れを起こすような商品でもない。
下手にリスクを上げるようなことをする必要はないが……。
「因みにどんな道を通っていくのですか?」
質問に対し質問で返すのは少々失礼ではあるがそこらへんはご愛嬌と言うことで。
場合によっては使うことがあるかもしれない、知っていても損はないだろうからな。
「この先にハンターたちが臨時に集まるための『湿原ギルド駐屯地』があるのだがその駐屯地よりも先に行った場所に人工の洞窟がある。そこを通れば時間の短縮を図れる。だが先ほども言ったように多少危険を伴うがな」
人工の洞窟と言ったか。
恐らく昔の人たちが外界との通運経路として開拓したのだろうな。
だとすればそんな入り組んだ作りにはなっていないはずであり、竜車や荷車を使うことを前提にした構造をしているはずだ。
だけれどアシューは、はっきりと危険が伴うと言った。
つまりは……。
「モンスターが住み着いている、もしくは『毒沼』が発生しているということですね、その洞窟には」
「うむ、その通りだ」
まあ、別に声に出して確認するようなことでもないか。
モンスターが住み着くことも、毒沼の発生も沼地では珍しいことじゃない。
ただ厄介なことには変わりがないわけだが。
「洞窟に毒沼ができているせいか『イーオス』の群れがコロニーを形成しているのだ。我も何度か護衛の過程で利用しているルートではあるのだが、そのたびに迷惑な話だと思うものだ」
「……」
え?
つまり、イーオスの棲み処を突っ切ることをさらりと『多少の危険』と言ったの……?。
なにそれ、頼もしすぎるだろ……。
なんか、「アシューさん」なんて敬称じゃ足りないような気がしてきた。
「それで結局どうするのにゃご主人?」
「ん? ああ、やっぱり遠回り? 正規ルートを使おうと思います。無理に危険を冒すような状況でもないですしこのままでお願いします、『姉御』!!」
「よろしく頼むにゃ、姉御!!」
「……まさかとは思うが姉御(あねご)とは我のことか?」
……やっぱり駄目ですかね?
因みに現代の軍隊などで使用されている非常食も同じ理由でわざと不味く作らていたそうです。
現在は美味しいものも作られ始めているそうですが。