モンスターハンター 狩人の戦い   作:凡人Mk-II

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第一話 狩人と飛竜、相対す

蒼穹の空の下、草木が空より舞い降りる太陽の恵みを一身に受け取り、風がその葉を揺らす。絶好のピクニック日和だろう天候だ。

 

しかし、空気は異様な程に張りつめている。草木達が恵みを享受する一方で鳥達の囀りは聞こえず虫達は息を潜め生命の謳歌を止めていた。

 

驚くべきはアプトノスと言った草食竜やそれを狙う捕食者たる肉食獣のランポス達ですら一匹も存在していない。

 

 

そんな異常とすらとれる空間に一人の人間の陽気な調子っぱずれな歌が響く。

 

「~♪」

 

ピクニックに来ているのでは、と勘違いする程に気楽な歌声だ。だがそうではないないとは一目で分かる。彼の身の丈は190を超え、身には深い蒼に包まれた鎧、リオソウルZシリーズを着込んでおり、背には身長を超える大剣、ペイルカイザーが背負われている。

 

彼は依頼でここ、狩場である森丘に来たのだ。狩猟対象はリオレウスとリオレイアの番。片や空の王者と呼ばれ片や陸の女王と呼ばれる飛竜の代表格だ。それらを同時に相手しなければいけないのだから並みの緊張ではない。

 

だが、彼の余裕と言うか楽観的な様子は調子っぱずれな肉を焼く歌声から察せれるだろうか。

 

「長閑だね~」

 

肉を焼き終わり草原に身を投げ出して寝転がりながら肉を頬張る。程よい油と肉特有の匂いが口と鼻を満たす。

 

彼は肉の味に鼓舞を打ちながら何もいないおかしな狩場に目を向ける。そもそも地図上で1と表記されるこの場所には必ずと言っていいほど草原竜であるアプトノスがいる。仮にいなくても虫や近くに流れる川には魚達がいるはずだ。

 

それらの生物達が一匹たりともいない。自然という命の宝庫とも言える場所で一人とは、有り得ないような状況に彼は不敵に笑う。

 

「それだけ今回の相手が強大なのか、気が立っているのかね。」

 

しかし、いくら強大な存在でも気が立っている飛竜でも彼の経験上こんな事は初めてだった。つまり今回の番は自分が会った事も感じた事もないような力を持っている事になる。それが楽しみで仕方無く、同時に怖くて仕方無い。

 

だが恐怖さえも体を動かす原動力に変換される。何故なら彼は狩人だ。まだ見ぬ強大な生命には体が、本能が疼く。

 

「楽しい狩りになりそうだ。」

 

彼は狩人であるが故に恐怖はしても臆しはしない。深い蒼の兜に隠された素顔に喜悦の笑みを浮かべて、食べていた肉の骨を放り投げ腰を上げる。

 

「さぁて、狩りの時間だ。」

 

まだ見ぬ強敵に思いを馳せ彼は狩場を駆け抜ける。

 

狩人を待ち受けるは陸の女王リオレイア。そして空の王者リオレウス。

 

遠くで王者の吠える声が響き渡り、それがまるで来るなら来るがいいと、そう聞こえた気がして彼は更に笑みを深くし走る速度を上げ、凄絶な笑みと空気を纏い、自らの死地に赴いて行く。

 

その先に壮絶な死闘が待っているとも知らずに…

 

 

 

 

 

 

 

野を駆ける。地図上で表記される②と呼ばれる場所を止まらずに彼は走り抜ける。やはりここにも生物はいない。本来ならランポスなどがいる。飛竜も降りられる拓けた地に肉食動物がいないのは有り得ない。

 

②を走り抜けると、③と表記される場所へと出る。ここには三つの道がある。飛竜が食料を求めて移動する⑨へと繋がる道と⑩に繋がる道。そして飛竜の巣の手前のエリアに繋がる④がある。

 

「いない、か」

 

彼は一度立ち止まり、息を吐き出して深呼吸する。大抵飛竜はこのエリアか、隣の④にいる。歩いて周りを注意深く見る。③の入り口から右手は崖になっており、落ちれば一巻の終わりだ。

 

ここにもアプトノスなどの草食竜がいない。本来なら三頭以上のアプトノスがいてもいいものなのだが。

 

「やっぱり、おかしい」

 

彼は何もいない周囲の様子を見て、不思議がる。ここまで飛竜の食料となる動物がいないと逆に飛竜達も困るはずだ。気が立っているのは分かるが、周囲の動物達を怯えさせすぎると問題が発生するはず。

 

今回依頼はリオレウスとリオレイアの番の討伐。おそらく子育て、または出産のために巣を作ったのだろうが、食料が確保出来なければ子供も育てられないし、母体の栄養も不十分になる。

 

「…何かあるみたいだな」

 

飛竜の足跡や痕跡が無いかもう少し詳しく調べようとした、その時

 

左側から凄まじい威圧を感じた。発生源は飛竜の巣から最も近いエリア④からだ。

 

「っ!」

 

体が一瞬硬直する。それが彼には信じられなかった。巨大な存在の前には体が必ず硬直する。それは生物の生存本能的に仕方の無い事だ。だが、対峙してもいないのに体が固まるなど初めてだった。

 

「半端ねぇぞ、これ」

 

硬直が解け、彼は至極単純な感想を口にした。これと同時に、この狩りはどうやら自らの力全てを掛ける事になりそうだと思う。エリア④へと向き直り、ゆっくりと緊張を解すように足を進める。

 

エリア④は飛竜の巣へと繋がる二つのエリアの一つで、巣へと入るための高台と入り口から奥が見えないように巨大な岩が存在している。

 

エリア④へと足を踏み入れると、威圧がとんでもなく強くなる。

 

居る、間違いなく。

 

奥に進み、岩陰から気配を殺し覗くように見ると、居た。一匹の巨大な赤い影。

 

「(でかい…)」

 

彼が今まで相対してきた中でも圧倒的な存在感とサイズ。尻尾から頭に到るまでの全てが巨大であり圧倒的。二つの双眸は剣呑な光を宿しており、見るだけで飲み込まれてしまいそうだ。

 

その体躯を守るようにびっしりと覆われている鱗と甲殻は赤黒く変色しており、ハンター達によって刻まれたであろう傷が複数ある。躍動感に溢れる体はそこにいるだけで周囲の物を支配しているようにすら感じる

 

それがどれだけの数の修羅場を潜ってきた個体かを想像するのは容易だ。

 

ハンターの中で最上級クラスとされるGクラスでさえあれほどの個体はいまい。

 

規格外クラス。そんな言葉がピッタリの相手。

 

「…」

 

背にある獲物を確認する。ペイルカイザーの刃は狩りに出る前に研いできたので切れ味の方は問題はない。体を沈めて溜めを作り岩陰から走り出そうとした、が

 

「な」

 

リオレウスがこちらをはっきりと見たのだ。まるでいる事が分かっていたように。隠れる事を観念して彼は立ち上がり、奇襲は諦めて岩陰から走りながら出る。すると、リオレウスの威圧が凄まじく増した。

 

赤く巨大な生命は両翼を広げ、自らの強大さを誇張するように咆哮する。耳を劈く声。本来その咆哮によってハンターはあまりの音量に耳を押さえてその場に膠着してしまう。

 

しかし、彼の装備、リオソウルZシリーズには聴覚保護と呼ばれる特殊な能力が備わっている。それが彼の聴覚を保護し膠着するのを防いだ。

 

まだリオレウスは咆哮している。その隙に目標へと肉迫しようとする―――はずだった。

 

「(あ…?おい、嘘だろ!!?)」

 

――足が、動かない。

 

まるで金縛りにでもあったかのように全身が動いてくれないのだ。僅かながらに体も震えている。

 

彼の纏うリオソウルZシリーズは聴覚を保護してくれても、本能からくる恐れを消してくれる訳ではない。

 

その恐れは巨大な相手を知らない新米のハンターに起こるものだ。若いながらも既にGクラスの彼には起こりえないもののはず。

 

だが、現にそれは起こり、彼の動きを阻止している。

 

「くそ、動け動け動け!!」

 

自らの体に口で動くように何度も命じ、声に従うようにゆっくりと体が動き出す。その間に咆哮が鳴り止み、リオレウスが力を溜めた。木の幹ように太い両脚が地を蹴り、彼を亡き者にしようと突進してくる。

 

リオレウスの攻撃は文字通り突進。猪のように愚直なまでの直進。相手が人であれば避けるのは簡単だ。だが、相手は巨大な飛竜。人間とは重量も体長も桁違い。

 

当たれば即死する死を纏う塊。たとえ防具を装備したハンターであろうと当たり所が悪ければそのまま昇天しかねない一撃。大地を鳴動させながら彼へと赤い死が迫る。

 

「ッッッッッ!!!!!」

 

間一髪で体の硬直が解けた彼は、遮二無二、後先考えずに横に跳んだ。頭のすれすれを巨大な赤い脚が通り過ぎていく。兜の上に大きな足跡が出来ていた。

 

「あ、危ねぇ!」

 

起き上がり、しっかりと両脚を地に着ける。獲物であるペイルカイザーに手を伸ばす。リオレウスはすでに立ち上がり、敵意を丸出しにした瞳をこちらに向けてくる。

 

汗が額を伝う。不快で拭いたいが顔全体を覆うようにして作られているこの防具ではそれも叶わない。お互いの距離は二十メートル程度しかない。

 

どう攻めるか。この間合いならばまず相手が攻撃してくるのを待つのが無難。または道具によって相手の体勢を崩すか。

 

「(どうする…)」

 

彼はまず、アイテムポーチへと手を伸ばす。飛竜と相対したらまず最初にやらなければならない事がある。

 

アイテムポーチからある物を出して握る。問題はこれをどのタイミングで当てるか。

 

間合いを慎重に測る。お互いの間にピリピリとした緊張感が漂う。

 

その緊張を崩すようにザァっと一陣の風が吹いた。それを合図に彼は駆け出し、リオレウスも再び動きだした。赤き飛竜は再び彼に向けて突進を繰り出す。リオレウスに向かって走っていた彼は、足首を使って先程と同じように突進を避ける。

 

地面に体が着く前に、手に握った物を投げる。それはリオレウスの脚に着弾し、辺り一体に独特な臭いを漂わせる。

 

ペイントボール。飛竜戦において必須とも言われている道具の一つで、強烈な臭いによって当てた相手が何処にいるのか判別出来るという代物。

 

「よっし、第一段階終了!」

 

ペイントボールを当てるのは狩りが始まった瞬間から。そうしておけば仮に逃げられても探し回る労力を使わずに済む。

 

ペイントボールを当てられたのが不愉快だったのか、リオレウスの眉間に皺が寄る。歴戦の飛竜なのだから、またこの臭いボールか! 何て思っているのかもしれないと彼はこんな状況で笑った。

 

「…ふぅ」

 

呼気を一つ。そしてすぐさま走り出す。大剣で狙うはリオレウスの最も脆い部分である頭部。しかし、相手もこちらの狙いを理解しているようで尻尾を振って牽制してくる。

 

大木よりも太い尻尾は当たるだけで宙に身を放り出されるだろう。イャンクックと呼ばれる小型の飛竜でさえ当たれば洒落にならないくらい痛い。こんなものに当たった時など想像もしたくない。

 

「そこっ!」

 

尻尾を掻い潜り、彼は狙いとは違うが首へと自慢の大剣を振り下ろした。しっかりと地を踏み、力を大剣へと乗せた一撃。加えてペイルカイザーにはリオレウスが苦手な龍属性を帯びている。

 

これならば多少怯ませる事が出来る。次は頭だ、と思っていた。が、大剣はリオレウスを怯ませるどころか、鉄と鉄がぶち当たった時の硬質な音を立てて弾かれる。

 

「な?!」

 

彼は驚愕する。今まで幾度と無く飛竜を屠ってきた一撃がいとも容易く弾かれた事に。しかも、そのせいで大きく体勢が崩れた。そこへ狙い済ましたように尻尾が迫る。

 

「っく!」

 

崩れた体勢で強引に大剣を引き戻し、盾代わりに使う。今度は大剣と尻尾がぶつかり、火花を散らす。圧倒的な重量の前に彼はなす術も無く吹き飛ばされる。

 

「かはっ!」

 

飛竜の巣へと続く⑤の高台の壁へと叩きつけられ、肺から空気が抜けて、視界がぼやける。立ち上がり、大剣を背負うとリオレウスは彼目掛けて止めを刺そうと突進する。

 

「うぉぉぉ!?!」

 

叫び声を上げて彼は高台へと上る。間一髪間に合うが、リオレウスが当たったせいで足場が地震でも起きたのではないかと思うほど揺れた。難を逃れてホッとした彼だったがそれは間違いだった。

 

「オオォォォォォ!!」

 

リオレウスが突如として激昂したのだ。目には増大された殺意と敵意が映し出される双眸を見てしまったせいで再び体が数瞬硬直し隙が出来てしまう。その隙を見逃さないようにリオレウスは尻尾をハンマーのように振るい、彼を高台から吹き飛ばした。

 

「がぁ!!」

 

腹部に尻尾が激突し、痛みが発生する。高台から体が身動きできない空中に放り出される。

 

「げ」

 

空中にいるというのにスローモーションのように世界が遅くなった。遅延する世界で彼はリオレウスの口から火が見えた。

 

それが意味する事を理解した彼は咄嗟に大剣を空中で体の前面に構える。同時にリオレウスの口から火球が撃ち出された。

 

大剣の表面に火球が激突し、肩が外れそうな衝撃が襲う。火球によって黒煙を上げながら空中でバランスを崩し天地が逆転し、途中からどちらが上で下か分からなくなる。

 

「が!……ぐぁぁ…」

 

二、三度地面に叩きつけられてようやく止まる。痛みを無視して振るえる脚で立つとどうやら④の入り口付近まで吹き飛ばされたらしい。鎧がブスブスと焼けるような音を立てている。

 

大剣と炎に耐性が高いこの防具でなければこの程度では済まなかっただろう。

 

「撤退、だな…」

 

狩りを続行するにしろしないにしろ、一旦ベースキャンプまで下がって体を休めないと。そう思い、体を引き摺る様にして出口へと向かう。

 

「今度は、こうは、いかないからな…」

 

そう言い残して④から離れた。後ろでは空の王者が勝ち誇ったような雄叫びを上げていた。




どうも凡人Mk-IIといいます。

この話は依頼を完遂するまでの話となりますのであと二、三話ほどで完結します。

もしよろしければ以降も見てもらえると幸いです

感想などもお待ちしておりますのでお気軽にどうぞ

では

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