視界が回復し斬られた激痛が治まり、自らの断ち切られてただの物と化した尾を見る。四撃、たったそれだけで尾が切り落とされたのだ。驚愕に値する。あの狩人は今まで相対してきた中で間違いなく最強の部類だ。
折れぬ心、一線を画す圧倒的な技術。そして飛竜では無いかと錯覚する程に頑丈な体。
手強い。それだけに体中の血が滾る。
この戦い、負けるわけにはいかないのだ。大切な者の為に。と、その前にだ。腹が減っては戦が出来ぬ。腹を満たすために餌と水がある場所へと翼を広げて飛び立つ。
「ぷはぁ!苦い!」
手持ちの回復薬全て飲み干す。口の中が苦味で大変な事になっている。もう少しだけでいいから飲みやすい回復薬が開発されて欲しいと彼は切実に思う。蜂蜜を入れれば多少マシになると言えばマシになるのだが、良薬口に苦しとはよく言ったものだ。
「…っち」
十数分休んで未だに腕が震えている。あの状況、仕方なかったとはいえあれほどに早く奥の手を使うとは想定外だった。彼は飲み干したビンを袋へと入れなおして立ち上がる。ついでに座っていた木の近くに生えていた回復薬の調合材料である薬草を三本毟る。
「調合しないと薬が足らないしな」
何個か回復薬を飲まないと腕がまともに機能しなくなるほど、先程の鬼人化は体に負担が掛かるのだ。あと一時間程すれば両腕も元に戻る。それまでは調合材料を集めるのに集中すればいい。
彼は歩き出すと、ペイントボールの臭気が④から移動したのを嗅ぎ取った。⑨へと移動している。入り口から細い道が長々と続く⑨には飛竜の餌になる肉がある。その後は⑩にでも行って水分補給でもする気だろうと予測する。
「⑩と⑨は駄目だな」
⑩と⑨には蜂蜜と薬草、アオキノコがあったはずだと記憶している。だが、今の状態ではあれに遭遇したらただ餌になるだけ。ならば避けなければいけない。調合材料がある場所といえば…
「⑧か…」
⑧にはアオキノコがある。隣接する山菜爺さんと呼ばれる人がいる小さなエリア⑦には蜂蜜もある。彼は歩き出した。
エリア⑧は草原のように開けている③や④とは違い、鬱蒼とした木達が太陽の光を遮って、ジメジメとしている。そういった環境だからこそキノコなどの菌類が繁殖し易い。
「こいつは………今は特産キノコなんぞ要らないんだよ」
しゃがみながら生えているキノコを選別していく。これだけ生えているというのに今まで見つかったアオキノコは五つ。
それ以上がどうしても見つからない。薬草の方は問題そこらかしこに生えているのでいいのだが、アオキノコの方は数が限られる。⑧をくまなく探したが、これ以上見つかりそうもない。
「運悪いなぁおい」
愚痴りながら蜂蜜がある⑦へと入る。。思ったとおり山菜爺さんが居た。
「おぅ、若いの。どうやら大変な事になってるようじゃの」
基本的にこちらから話しかけないと相手にもしないこの爺さんが話しかけてくるのは極めて珍しい。
「まぁな、爺さんは相変わらずかい?」
「ほっほっほぉ。まぁ、変わらんと言えば変わらんよ。変わったものがあるとすれば、あの赤い飛竜がやってきてから森と生き物が恐がっている事くらいかのぉ」
いつも森丘に入り浸っている爺さんは環境の変化には敏感だったらしい。それでも特に動揺した様子がないのは、昔凄腕のハンターだったという噂が本当なのかもしれない。逆鱗や紅玉などを持っていたりするのがその証拠か。
「全く、本当の化け物クラスだぞ、あのリオレウス」
彼は爺さんに話しかけながら、中央に生えている木の右奥にある蜂の巣から蜂蜜を取る。薬草とは違い、蜂蜜はたっぷりとある。
「じゃろうな。ほれ、そんなお主に差し入れじゃ」
「え、あ、ありがとう……ってこれ秘薬?!」
渡された物を見て、驚く。まさかこれほど高価な薬を貰えるとは思わなかった。ちなみに山菜爺さんが秘薬をくれる確立は1%である。
「腕が随分と疲労しているように感じる。大分、気が乱れておるからな」
「ん、まぁ確かに両腕は疲労してるけど」
人の気を読むとは、やはりこの爺さんは全盛期は凄腕のハンターだったという噂は本当のようだ。
「ワシもあんなのがいちゃおちおちゆっくりもしてられん。早急に追っ払ってくれるのを望むわい」
言うなり、爺さんは彼から離れて木の幹に座った。これ以上話す事はないというのだろう。彼も、もうここには用は無い。爺さんに礼を言って⑦から出て、秘薬を飲み干す。
「っ、やっぱりこれ劇薬だろ」
体の傷ついた部分や、疲労が消えていくのが秒刻みで分かる。それだけに効果が高い薬品でありながら使った後の反動が無いのだから驚きだ。
彼は両腕を振る。痛みはもう完全に引いており、大剣を振り回しても痛みが走らなかった。意外なところで回復出来た事を幸運に思い、調合に入る。
「……」
失敗しないように慎重にアオキノコと薬草を混じり合わせ、その中に蜂蜜を垂らして回復薬グレートを調合。何とか一つも失敗せずに出来たのにホッとしながら、ペイントボールの臭気を辿り、相手の位置を確認する。
リオレウスは未だ食事中のようで、⑩にいるようだ。水でも飲んでいるのだろうか。
「よし」
彼は⑤へと足を向ける。まだこの狩りに出て一度も確認出来ていないリオレイアにペイントボールを当てるためだ。リオレウスが居ない今がチャンスだ。
⑤とは反対の⑥から侵入してもいいのだが、あそこは崖が切り立っており、嫌が応でもツタなどを伝って上らなければいけないため、リスクが高い。途中にリオレウスに迎撃でもされたら地面に真っ逆さまに墜落するからだ。
「…まだ⑩にいるな」
臭気でリオレウスが動いていない事を確認し、走る。④へと入り、高台を登り⑤へと入る。腰を低くし、入り口の近くから巣の奥を覗き見る。
居た。リオレイアだ。夫であるリオレウスが規格外ならば、その妻もまた規格外のようでとんでもなくデカイ。だが、
「生気を、感じない…。死ん、でる?」
彼は信じられないように慎重に近づく。リオレイアは眠っているようだが、その体から飛竜にある強い生気と存在感を感じないのだ。前来たハンター達に負わされた傷が致命傷となったのか。
しかし、リオレイアの体の何処を見てもハンター達に傷つけられたような痕は存在しなかった。
ならば病気か何かだったのだろうか。そこまで考えて、彼の視界にあるモノが映った。飛竜の赤ん坊だ。まだ小さい。鱗も甲殻も柔らかそうで、突けば傷ついてしまいそうに感じる。
赤ん坊は目を開けていない。死んでいるわけではなくただ単に昼寝をしているだけ。スヤスヤと安らかに寝ている。もしかしたら幸福な夢でも見ているかもしれない。
「……」
心が痛んだ。これから自分はあの子の父親を殺さなければいけないのだから。だが、ここでリオレウスを倒しておかなければ確実に人里に被害が出る。赤ん坊が既に生まれているのならば、餌を更に求めるはずだ。そうなればもう牧場の家畜だけでは確実に足らない。
すまない、と彼は心の中で赤ん坊に謝り、外に出る。臭気を辿るとこちらにリオレウスは向かって来ているようだ。
「ハァ…」
気が重い。全く、⑤に行かなければよかったと後悔しながら敵が舞い降りてくるのを待つ。体は秘薬のお陰で万端になっており、試しに大剣を振るってみても痛みは無い。むしろ絶好調とすら言っていい。アイテムポーチの中身も万全とは言えないが十分に備蓄がある。それでも、あの光景を見るとどこか罪悪感を感じてしまう。
だが、迷いながらも彼は心を鬼にする。何故ならばもし、リオレウスを撃ち漏らした場合、村がどうなるかを彼はよく知っている。身を持って経験した事があるのだから。
「同じだな。あの時と」
子供の時の記憶が彼の頭の中で再生される。自分がハンターを目指そうと思った切っ掛け。
自分の村はそこまで栄えてもいなかったが、飢餓に苦しんでいるわけでもなかった。モンスターもとりわけ凶暴でもなく、毎日を平和に暮らしていた。が、その日常はある一件から脆くも崩れ去った。
リオレウスとリオレイアの番が巣を作ったのだ。村の近くの家畜が何匹も喰らわれて、ついには餌となる家畜もいなくなった。その間に何度もハンター達は討伐をしようとしたが相手は相当に強大だったのか、何度も失敗してしまっていた。
そして、とうとう村に被害が出た。餌を求めてやって来た飛竜は人を襲い始めた。その一件で彼は母親を失っていた。
蹂躙される村を見ている事しか出来ないのに無力感をひしひしと感じながら、飛竜の牙がこちらに向いた時、リオレウスの頭に何かが当たり破裂した。今ならばその正体はガンナーが使う徹甲榴弾だと分かる。
その後、四人組みのハンターは見事飛竜を討ち取り、村を守った。聞けばその四人組はかなり有名なハンターだった。今でもその名は世界に轟いている。
そして彼はその日からハンターを目指した。モンスターに苦しむ人々を自分の力で助けたくて、もう自分と同じような思いをする人間が増えて欲しくないと願って。
想いは今でも変わらない。飛竜に恨みがあるわけでもない、ただ、普通に暮らす人達の笑顔を守りたいだけだ。
でも、それは同時に飛竜達の命を絶対に守らないのと同義だ。人に害を成すのならばこれを討伐する。それがハンターの基本。
たとえ飛竜にどんな事情があろうとも、人に害をなしてしまう存在になったのならば例外は無い。ギルドは依頼を出して狩人である自分がそれを実行する。
自らが生きる為に他者を喰らう。自然の真理であり、至極当然な事だ。
何よりも、感傷に浸る暇はない。相手は規格外。下手な同情は命に関わる。それも自分のだけではない、村の人達の命までかかっている。
ハンターとしての本分を果たす。彼は空を見上げて自分の決意を固くする。
「来たか」
バサバサと音が鳴り、空から王者が地上に降り立つ。尻尾を切り落とされているというのに眼光には明らかな闘争の意思がある。その源はきっと子供を守ると言う親としての矜持なのだろう。
「悪いな。こっちも退けないんだ」
その言葉に分かっている、とでも言うように王者は首を振った。
「――いくぞ!!!!」
再び闘争の幕が上がる。
「オオオオォォォ!!!」
獅子吼を上げて彼は飛び立とうとするリオレウスへと疾駆する。アドレナリンが彼の体内に分泌され、体のリミッターが外れる。
大気を裂いて振り下ろされる大剣。その一閃は飛び立とうとするリオレウスの翼へと直撃する。
彼の技量と大剣の重量、龍属性によってリオレウスの翼に生えている翼爪が叩き折れ、飛び立とうとしていた王者の勢いを削いだ。
「ガァァァ!!」
縦から横へと大剣の軌道が変化する。風を裂いて、リオレウスの頭部へと斬撃が迫る。彼はこの戦いで全てを使い切るつもりで大剣を振るっている。渾身の力で放たれるそれは、並の飛竜ならば頭をかち割られて死に到る。
大剣を片手剣のように扱う彼の技量は数多の狩人と死闘をし続けてきたリオレウスから見ても驚愕に値するものだった。
しかし、大剣が空を切る。リオレウスも多くの死闘を繰り広げ、生き抜いてきた強力な個体なのだ。頭を逸らして必殺の一撃を避けた。まるで人間のような動きをする。
驚く彼だが、止まりはしない。下から顎を打ち据えようとして尻尾が頭目掛けてくるのが視界に映り、即座に横へと前転して回避する。
「(やっぱり尻尾がないとやり易い!)」
明らかにリーチが短くなっている尻尾では彼を捉える事は極めて難しい。噛み付いてくるリオレウスの攻撃をもう一度前転で躱し、最も安全な懐へと潜り込む。幹のように太い足の間で大剣を振るう。
脚の腱へと吸い込まれるように大剣が喰らいつく。彼の掌にミチミチと、何かが切れる感触が伝わってくる。龍属性と大剣の重量で脚斬られたリオレウスは悲鳴を上げる。
更に彼は大剣を跳ね上げて胴体を狙う。最初にカウンター気味に入れた場所の傷は殆ど治癒しているが、脆くなっているのには変わりない。加えて腹部は最も鱗や甲殻が薄い場所。
刃がめり込み血が吹き出る。蒼いリオソウルの鎧が赤く染まる。
「っ!」
目に血が入ってしまい、視界が遮られる。隙を突くように斬られていない脚でリオレウスは前蹴りを彼へと放つ。鋭利な爪には毒があり、直撃すれば死ぬ。
「うぉ!」
爪が彼の兜を掠り、兜が叩き割れて宙を舞った。洒落にならない爪の切れ味に背筋が冷たくなる思いをしながら回避した彼であったが、懐から少しだけ離れてしまった。
リオレウスの牙が彼を捉えようと肉迫する。
「っく!」
大剣を盾にして受け切った彼だが、体勢が崩れる。そこへ、至近距離でリオレウスが吠えた。鼓膜を破るのではないかと言うほどの轟音。
リオソウルの鎧で軽減されるはずのそれが、彼の脳を揺さぶった。
「ぐぁぁぁ!!?」
今度は彼が悲鳴を上げる。脚の仕返しに尻尾でリオレウスは彼を吹き飛ばす。紙切れのように地面を転がり、彼は10メートルほど飛ばされて止まった。
「ああぁぁぁぁ!!!」
即座に起き上がり、彼は再びリオレウスに肉迫する。飛ばれれば不利になると悟っているからこその行動だった。リオレウスも上等だと言わんばかりに迎え撃つ。
上段からの振り下ろし。愚直な斬撃はリオレウスを絶命させようと唸りを上げる。しかし、彼の手に返って来たのは地面にめり込んだ大剣の感触。リオレウスは後ろへと飛びのき、口からブレスを吐き出した。
バックブレスだ。
迂闊、彼がそう思った時にはブレスが鎧と体を焼いた。
「ぐがぁぁ…」
流石の彼も肌を焼かれる痛みに悶える。そこへ止めを刺そうとリオレウスは地面に着地した瞬間地を蹴った。
だが、それを彼は分かっていたのかアイテムポーチから閃光玉を取り出して投げつけた。
リオレウスの正面で閃光玉が破裂し、光が辺り一帯を染め上げる。視界を奪われた事によりリオレウスはバランスを崩して転倒する。
「おおおぉぉぉ!!!」
転倒した隙を彼が見逃すはずも無く、体に残る力を斬撃へと乗せた放つ。踏み込んだ足が地面へとめり込み、大剣へと全てのエネルギーが集約する。
斬撃がリオレウスの頭に直撃する。あまりの威力にリオレウスの頭が地面へと陥没する。飛び散る火花。拮抗は数瞬。大剣の力が鱗と甲殻に勝り、頭部から血が吹き出、枯れ果てた大地を血に染める。
「ああああぁぁぁ!!!!!」
体の中に存在する有らん限りの力を一撃一撃に彼は込めた。執拗に頭を攻撃されるリオレウスは、片目は潰され、ドクドクと血を流している。だが、一方的にやられるリオレウスではない。
一心不乱に大剣を振っていた彼を尻尾が吹き飛ばす。
間合いが開くが、彼も疲労しているのか最初ほどの覇気がない。尤もリオレウスも同じだ。
「ハァ、ハァ…」
彼の荒い息遣い。リオレウスも同じように息をする。
「っく」
前に進もうとしても彼の足はブルブルと震えて前に出てくれない。が、それはリオレウスも同じで、攻撃しようにもしこたま頭に斬撃を喰らったせいで脳が揺れて攻撃に転じれない。
やはり凄まじいと、リオレウスは思う。飛竜である自分が人間相手に短時間でこれほど疲労するなど有り得ない事だ。少なくとも今の今まで経験は無い。それが数度の攻撃によって頭は揺れて脚がいう事を利かなくありつつある。それだけにこの名も知らぬ狩人が優れているという事なのだろう。
考える事は彼も同じだった。頑丈である自分が数分の間にここまで疲労するのは始めてだ。
互いに動けぬまま、硬直する。
回復は当然ながら飛竜であるリオレウスの方が早い。翼を広げて宙へと飛ぶ。
「くそっ」
まずい、ブレスが来る。彼はそう思って脚を引き摺りながら岩陰へと避難しようとする。だが、予想に反してブレスによる追撃は来なかった。リオレウスは巣である⑤へと飛んだのだ。
「逃げた?どうして…」
何故巣へと向かったのか、分からない彼だったが、休憩には丁度いいとアイテムポーチの中から回復薬グレートを取り出してその場で全て飲み干した。
「あんだけ頭を攻撃して死なないのかよ、全く」
相棒であるペイルカイザーを砥石で研ぎながら愚痴る。彼の経験からすれば、この大剣で頭を二度叩ききれば大抵の飛竜は絶命する。それがあのリオレウスは四度も叩き斬ってもまだ存命しているのだから驚きだ。
回復薬が効くまでの間、動けない彼は⑤へと視線を向ける。何故このタイミングで⑤へと向かったのかを考えたが、飛竜の思考など分かるはずも無い。
「子供に親の勇姿を刻んでおきたい、とかか?」
そんなわけないか、と彼は炭化した地面に体を休めるために寝転がった。