握っていた刀を握り直し、優助の前に踏み込み下から刀を振り上げた。その攻撃を肩に当たった優助は、斬られた肩を押さえながら後ろへ下がった。
(捨てたはずなのに……)
『随分と、ご立派にご成長なさったことで……』
自分達の向かいに座る幸村と信幸を見た、紫苑は偉そう言った。そんな態度を見た信幸は、体を震えさせながら、怒りを耐えている様子であった。
『紫苑』
『何よ?何か間違ってるとでもいうの?』
『そういう意味じゃ……』
『ハッハッハ!相変わらずだな、お主等』
『そう言う、幸村もお変わりなく』
『まぁな』
『幸村!!
今日は、そのような話をしに来たのではないぞ!!』
『あぁもう、分かってる分かってる』
『……では、本題に入ろう。
お主ら二人には、もう伝わっていると思うが、信濃・甲斐の国を我々真田家が継ぐこととなった』
『そんなの、百の承知』
『紫苑』
『口慎めば、いいんでしょ』
『ハァ……全く』
『話を続けるが、お主等二人を我々真田家が引き取ることとなった』
『どうせ、兄貴の信幸が、優を引き取るんでしょ?』
『お!正解だ、紫苑!さすがだな』
『幸村!!』
『しかし、お二方には僕達を引き取る前に、あるものを見て下さい』
『あるもの?』
『紫苑』
優助の声に、紫苑は立ち上がり部屋を出て行った。
しばらくして、紫苑はまだ幼い明日花を部屋へと連れてきた。そんな明日花を見た信幸と幸村は驚きの顔を隠せないでいた。
そんな二人をお構いなく、紫苑は幼い明日花を中へ入れ隣に座らせた。
『そ、その子は一体……』
『私と優の子供です』
『!!』
『お主等、子供ができておったのか?』
『ちょうど六年ほど前に……』
『……』
『私達を別々に引き取るのは、別に構いませんが……
どちらかがこの子を私か優、どちらかと一緒に引き取って欲しいんです』
『……』
黙り込む信幸と幸村……
すると、幸村が突然膝を叩き口を開いた。
『紫苑、儂はお主とその子を引き取ろう』
『いいんですか!?』
『無論だ』
『幸村!!
お主、何を勝手に』
『兄上が引き取るとでも言うのか?ん?』
『……そ、それは』
『それに兄上、紫苑は儂等もよく知る程の徳川嫌いだ。
兄上も、それを承知しておるから、どうせ優助を引き取るのだろ?』
『……』
『ということだが、よいか?』
『はい』
『はい』
『では、明日お主等を引き取りに来る』
『幸村』
信幸に続いて、幸村が部屋を出ようとした時、紫苑が突然幸村を呼び止めた。幸村はその声に反応し、信幸に先行くよう言い部屋へ残り、二人の前へ座った。
『儂に何か?』
『アンタは確か、徳川に就いてないのよね?』
『まぁ……そうだな』
その答えを聞いた紫苑と優助は互いを見合い頷いた。
『明日花』
『?』
『技を使いなさい』
『でも、あの人まだ……』
『大丈夫。あの人は怖い人じゃないから。』
『……』
怯えたような目で、明日花は幸村を見た。そして明日花は、紫苑と優助を交互に見た。二人は同時に頷き、明日花に合図を送った。明日花はその合図を見て、微笑み手を伸ばした。
すると、手の平から木の根が生え、その根は形を変え一本の枝へと変わった。
『こ、これは』
『私と同じ、木の技を使える……
けど、それだけじゃない……』
『どういうことだ?それは』
『明日花、今からあなたの話をするけど、どうする?ここに残って一緒に聞く?』
紫苑の質問に、明日花は小さく頷いた。その答えを見た紫苑は、幸村に全てを話した。
あの日、幸村が才蔵達に話した、明日花の真実を……
全てを聞いた幸村……
『その子には、そんな秘密が……』
『この子を、徳川の手にだけには、渡したくない……
もし知ればあの狸は、絶対この子の力を利用する』
『……』
『紫苑と明日花が、幸村様のもとへ使えるならば、僕はもうこの二人と縁を切ります』
『!!』
『優助!!』
『君達二人にとって、その方が良い』
『けど!!』
『僕等の話は、これで終わりです。
長居させて、申し訳ありませんでした』
言いながら、優助は部屋を出て行った。その後を紫苑は優助の名を呼びながら、慌てて追いかけて行った。出て行った二人を、幼い明日花は部屋を出るが追い駆けようとせずその場に立ち尽くした。そんな明日花を、幸村は頭に手を置き、二人が行った方角を眺めた。
部屋を出て行った二人は、森へ出て行きそこで優助の足が止まり、後ろで紫苑の足も止まった。
『どういうことか、ちゃんと説明してよ!!優!!』
『……』
『明日花の前で、あんなこと言って!!
どういうつもりなの!?』
『さっき言った通りです。
明日、信幸様のもとへ行ったら、あなた方の縁を切ると』
『説明になってない……
そんなの、説明になってない!!ちゃんと説明して!!分かりやすく』
『……
あのことが全て、徳川にまずいことは知ってますね?』
『……』
『もし知って、そして信幸様に仕えているこの僕が、君達二人と血縁関係だと知れば、何を仕出かすか分からない……』
『だけど、だからって……』
『紫苑、子供に必要なのは、母親の愛情だ。
父親である、僕より君と一緒にいたほうが、ずっと幸せだ』
『そんなの違う!!
子供には、父親の』
『紫苑!』
『!!』
『……もう、決めたことなんだ』
『……』
振り下ろした刀を、明日花は間一髪刀で防ぎ避けた。防ぎ腕に力を入れたせいか、傷口から止まりかかっていた血が、また噴き出し流れ出てきた。
「明日花の姉ちゃん、あんな血が」
「才蔵!このままじゃ明日花ちゃんが」
「オッサン!!
アイツ、明日花を殺りかねねぇぞ!!」
「……」
「オッサン!!」
「黙って見ておれ」
「!!」
「止めんじゃねぇぞ、才蔵」
煙草を吸いながら、甚八は静かにそう言った。才蔵は甚八に目を向け怒鳴った。
「何言ってやがるんだ!お前は!!」
「……」
「明日花は、お前の弟子だろ!!だったら」
「だったら、どうすんだ」
「っ……」
「これは、アイツらの闘いだ。誰も口を出すな。黙って見とけ」
「……」
『負けはしない』
舞台へ上がる際に、才蔵に言い放った明日花の言葉……
舞台の上で、膝を付き息を切らす明日花……
そんな明日花を息を切らし、明日花に傷付けられた手足から血を流し見下ろす、優助……
(あの日、明日花に別れを告げて、僕は君たち二人の前から去った……
それが、正しいと思った……そうすれば、君達二人が幸せになれると思ってた……そう思い続けた)
優助を見上げる明日花……
目に映った時、一瞬昔の優助の姿が映った。
(あの時、消えた……
あの時、突然言われた)
『二度と、僕を父と呼ぶのはやめなさい』
(その時の顔に、暖か味というかいつもの笑顔はなかった……
あの時の私は、まだ何が何だか分からなかった……けど、去っていく背中を母さんと見て、その時の母さんの顔を見て分かった……
もう、会えないって……
それから四年後に、母さんと一緒に上田へ来た。
けど……やっぱり…
また会いたいとずっと思った……上田の森からいつも眺めてた……
いつか、また褒めて貰いたくて、ずっと刀の稽古を欠かさなかった……
会いに行きたくて、行こうとした時もあった……でも、道が分からなかった……
それでも、またいつか会えることを信じてた……またあの時の様に、三人で)