政宗の姿を見た明日花は、まるでカエルが蛇に睨まれたかのように、その場から動く事が出来なくなっていた。それどころか、見覚えのない記憶が次々と頭の中を過り、とてつもない恐怖に見舞われていた。
するとそこへ、自分を隠すかのように優助が明日花の前に立った。
「のらりくらりと、トロくせぇ死合いしてんなぁ……見てるのも飽きちまったぜ。
まぁ……さっきの武田同士の死合いは面白かったがな」
そう言いながら政宗は、優助と明日花の方を見た。優助は明日花を隠すようにして、自分の後ろへ行かせた。
「久しぶりだなぁ、優助。
ざっと、十年ぶりか?」
「あなたの様な人には、二度とお目に掛かりたくはありませんでした」
「そうかい。
しっかし、お前のガキは随分と成長したみてぇだな?
出雲で会った時は、十年ぶりで一瞬分からなかったくらいだぜ」
「十年ぶり?!」
「え?」
政宗の言葉に、戸惑う明日花……
そんな明日花を見た優助は、政宗を睨んだ。
「おいおい、そんな怖ぇ顔しなくてもいいだろ?
せっかく、ご対面したんだから。主と仕えがよ?」
「あの時も言いましたが、徳川に就いているような主に、明日花を渡すつもりはありません!!」
「なら、力尽くでまたさらってもいいんだぜ?」
「!?」
「……思い出した」
その時、優助の後ろにいた明日花が、震えた声で言った。その声に、近くに座った甚八と伊佐那海の傍にいた才蔵が、目を明日花に向け耳を傾けた。
「十年前……
母さんと森へ行った……その時……その時」
思い出す記憶……
幼い頃、森へ紫苑と一緒にいた明日花……
茂みの中へ行った時、突如目の前から何者かに倒され、刀の先端を首にかざされ、口を塞がれてしまった。その時目に映ったのは、右眼に眼帯をした政宗……
政宗は自分に、声を出せば殺すと脅され、そのまま政宗のもとへと連れて行かれた。
その記憶を思い出した明日花は、怯えた目で政宗を見た。
「……あの時の……あの時の男だ」
明日花の話に耳を向けたを見た才蔵は、あの時出雲で明日花が怯えていた理由がようやく分かった。震える明日花の手に、優助は手を掴み自分に引き寄せ、後ろへ隠した。
「しっかし、まさかアンタの弟のもとにいたとはな。信幸」
「伊達殿……なぜ、あなたがここに!!」
「いやいやいや、アンタが幸村とやり合うって、小耳に挟んだもんで、ちょっくら見に来たわけよ。
けどまさか、アイツ等(明日花と優助)の戦いが見れたのはラッキーだったな。
ちなみに、その黒焦げはどうしてもやらせてくれっつーんで、仕方なく連れてきただけだ。そこいら放っておいて構わねぇ。
で?どうだ?」
「?!」
「俺が言った通り、アンタの弟は妙な手練ればっか、傍に置いてんだろ?」
「……
やはりそうか」
「何!?」
「あの兄上が、血相を変えて上田に来る理由など、ただ一つ……
ただ真田を案じての事よ」
「……」
一ヶ月前……
大阪城へ来ていた信幸……
『そういや、聞いてるか?伊豆守(信幸)殿』
共にいた政宗が、信幸に突然話し掛けてきた。
『何をです?』
『アンタの弟が、物騒な兵隊どもをこっそり集めてるっつー不穏な噂がある』
『!?』
『緊迫したこの時世に、んな行動を取るとどう思われるか……
只でさえ、家康殿に反抗的な石田殿や、あの直江と仲がいいらしいよ。
真相は知らねぇが、本当だとしたら徳川家に弓引く、振る舞いだと言われてもしょうがねぇよなぁ』
『!!』
『危うい……実に危ういねぇ』
「兄上はあいつ(政宗)に、言葉巧みに動かされ、お前等を死合いに引きずり出しに参ったのだ」
『して、その守り人は何人おる?』
幸村の説明に、才蔵はあの時の信幸の言葉を思い出した。
「しっかし、まさか優助と明日花を引き出すとは、こちらも予想がつかなかったぜ。
いい事してくれたじゃねぇか?伊豆守殿」
「……」
「あなたという人は……
信幸様!!
あの時、約束したはずです!!明日花と紫苑には、二度と関わらないでほしいと!!」
「っ……」
「全く、コソコソと裏で、手を回すのが好きだのう……
本当に、龍というよりは泥の中で蠢く泥鰌よの。それで『伊達男』か?」
「相変わらず、癇に障る男だな!
どうしても、潰しておきたくなる!この俺が、直々になぁ!!」
「伊達殿!!これは真田の死合い!!
手出し無用に願います!!」
「死合い?これのどこが?」
「!!」
「身内ってのは、ダメだねぇ……
嫁だの舅だの、引っ張り出してのままごとだろ?
そもそも、真剣勝負なら一人二人死んでもいいだろうが!
そこの小姓も、相手側に情け掛けたれてよぉ……
侍なら、死んどけよ。
マシな勝負といったら、そこの兄弟よりあの親子の方がまだマシだったぜ?」
そう言いながら、ニヤついた顔で政宗は明日花と優助の方を見た。それから政宗は、また信幸を見てそして言い放った。
「アンタ、生ヌリィなぁ」
「!!」
「信幸様!!」
「ほら、さっさと退場しな!
籠の中身が、変わってるのも気づかねぇとはよ……使えねぇにも程がある。
こっから先の五人は、俺が用意した。アンタはもう用無しなんだよ!!」
容赦なく言う政宗にキレた七隈は、信幸の前に立ち政宗を睨んだ。
「いかに大身の、伊達政宗公と言えども、信幸様を蔑むような言葉は詫びいていただきたい!!」
「ハア?
本当の事を言って、何が悪い」
「貴っ様……」
「(まさか!?)
七隈、やめなさい!!」
「許さん!!」
政宗に七隈は術を掛けようとした……
その時、空から何者かが七隈の体を切り裂き、降り立った。
七隈は肩から腰までを斬られ、信幸の前で倒れた。降り立った男は、手に着けた剣を構え政宗の前に立った。
「誰に向かって、貴様呼ばわりだ?」
「七隈!!七隈!!」
倒れた七隈に駆け寄る小松……
すると、政宗は笑みを溢しながら、明日花と優助の方を見た。
「どうだ?!
こうなりたくなきゃ、大人しく明日花を渡して貰おうか?優助」
「渡さないと言っているのが、まだ分かりませんか!?」
「そうか……なら」
目で男に合図を送った政宗……
男は飛び上がり、優助のもとへ降り立つと、優助の胸を足の裏に着けていた刃で切り裂いた。
「!!」
「……え?」
切り裂かれた胸から血を噴き出し、その場に倒れる優助……
「優助、お前はここで死んでもらう。
そうすりゃ、明日花は俺のモノになる。だろ?」
「あ……あ……」
優助の血を顔に浴びた明日花……
顔に付いた血が眼を通って流れ、一瞬片目に映った景色が赤くなり、明日花は呆然とした表情で、倒れている優助を見た。
「……父…
優?」
「がはっ!!」
血を吐き出した優助の姿が一瞬、二年前に死んだ紫苑の姿と重なって見えた。その瞬間、あの時と同じ力が体中に湧き上がってきた。
(……許さない
許さない……許さない、許さない!!)
『使いなさい』
(?!)
『今こそ、その力を使うべきよ。
さすれば、あなたの憎む者は消える』
どこからともなく聞こえる声……
その声に答えるかのように、明日花は目付きを変え鞘から刀を抜き、有り得ぬスピードで政宗に突っ込んだ。
「明日花!!」
「才蔵!!」
「無理だ!!早さが違い過ぎる!!」
「止まれ明日花!!
そんなことしたって、何も何ねぇぞ!!」
叫ぶ甚八の声……
だが、明日花の耳には届きはしなかった……
政宗を前にする明日花……その前に、優助を斬った男が降り立ち剣を構えた。それにも怯まず、明日花は刀を無我夢中で政宗目掛けて突いた。
「!?」
「!?」
突いてきた明日花の刀を腕で刺し止める一人の男……
「……フッ。
何の真似だ?優助」
二人の間に立つ優助を見た才蔵は、倒れていたはずの場を向いた。そこには優助の大量の血痕があるだけだった。
(いつの間に……)
優助の腕を貫いた刀の束を握る明日花は、目の前にいる優助の目を見た。息を切らしながら、優助は静かに言った。
「……
刀を……下ろしなさい」
「……」
優助の言葉に、逆らうかのように明日花は束をさらに強く握り、引き抜こうとした。そんな明日花を、優助は怒鳴った。
「刀を下ろしなさいと言っているのです!!明日花!!」
「!?」
「刀を……下ろしなさい!!」
「……」
「早く!!」
「……けど……けど」
「明日花!!言うことを聞きなさい!!」
その一言で、明日花は震えながら刀の束から手をゆっくりと離した。それを見た優助は腕に刺さった刀を引き抜き、傷の痛みからその場に膝を付いた。
「父さん!!」
膝を付いた優助に、明日花はしゃがみ込み顔を見た。優助は傷口を押さえながら、明日花の頬に手を当てた。明日花は頬に当ててきた優助の手を掴み握った。
「言ったはずですよ……
もう、父と呼ぶなと……」
「……無理だよ」
「……」
「だって……
だって、父さんは……私の父さんだから……」
優助の手を握り締めて、明日花は泣くのを堪えるかのように言った。すると、優助は血の出し過ぎからか、意識が朦朧となりその場に倒れ込んでしまった。
それを合図に、黙って見ていた信幸が、地面を揺らすように踏み政宗を睨んだ。
そんな信幸に、政宗は笑みを溢した。
「何だ?」
「このような仕打ち……
伊達殿といえど、もう我慢なら」
「やめよ、兄上!!」
殴りかかろうとした信幸を止める幸村……
その声に、信幸は手を止め幸村を睨んだ。
「その怒り、儂が引き継ぐ。
だから、今は耐えよ、兄上」
「……幸……村」
「十番勝負は、このまま続ける。
異存はないな、政宗?」
「薬師を!急いで!」
幸村の傍にいた六郎は、その場にいた使いに医者を呼ぶよう手配した。
「お主、儂と殺りたいのであろう?」
「ああ……殺りたいねぇ……
今までみてぇな死合いじゃねぇ……
殺死合いだ!!」
「なるほど……」
「じゃあ、とっとと行こうぜ。
十番勝負、六番手はこいつだ」
自分の前に立つ男を、政宗は目で指した。その異様な格好に、幸村達は少々驚いていた。
「お主は?」
「風魔小太郎」
(風魔!?あの!?)
「さぁ、どの輩だ?
俺の刃を、血で染めてくれるのは」
「信幸様の武芸者たちがやられてたわ。
アイツの仕業ね!」
「信幸方の手練れを、残り全員?一人で?」
「やり口を見るに、一瞬よ」
「……あの刃なら、あるいは……」
「風魔……
北条家の忍だったらしいが……」
「才蔵……あの人……
何だか、怖い……」
不安な顔で、伊佐那海は才蔵に近寄った。すると後ろから、薬を口に銜えた雨春が伊佐那海の肩へと乗ってきた。
舞台の上に降り立つ佐助……
「……嫌な臭い」
「この刃……
随分と人の血を、吸っているんでね。ついさっきも、六人ばかり」
「外道か」
「忍ってのは、そんなもんだ。
忍は誰もが、ただ殺すために在る」
「否!!
我、戦うは、真田守るため!!
真田忍隊頭、猿飛佐助参る!!」
その頃薬師がやってきて、重傷を負った七隈と優助を板に乗せた。
「な、七隈!!しっかりなさい!!」
血を流し、気を失う七隈の上から、傷口を押さえるかのようにして、白いマントを押さえつけるアナスタシア……
「上から傷を強く抑えて。
傷口が広いから、人手がいるわ」
「は、はい!」
アナスタシアと共に、七隈の傷口を押さえる小松……
その横で、明日花は板の上に乗せられた優助の手を離さず、手袋を口で取り傷口に手袋を乗せ傷口を押さえた。
血で染まった自分の手……
二年前、同じく紫苑の血が手に染まり、それ以降素手を見たり他の者に手を触らせることが怖くなり、ずっと手袋をして手を隠し続けていた。
「兄上!七隈についておれ!」
「し、しかし……」
「ここは儂に、任せよと言ったはずだ、早う!
アナスタシア頼む」
「分かったわ」
「明日花、主は優助についておれ!」
幸村の命に、明日花は顔を下に向かせたまま、小さく頷き答えた。
そんな明日花を才蔵の傍から見る伊佐那海……
「明日花ちゃん、大丈夫かな?」
「無理もねぇ……目の前で父親が斬られたんだ。怒り狂うのは、当然だ……
(自分の師である甚八の声すら、届かねぇくらい怒ってたのか……)」
会場から退場する七隈達に信幸は、渋々ついて行きその場を後にした。