優助の部屋の前の、縁側で柱に背凭れながら座った。
部屋にいた優助は立ち上がり、明日花の傍へと寄り声を掛けた。
「どうしたのですか?
その様な顔をして」
「……」
「……?
明日花、手を見せなさい」
「え?」
明日花の異変に気付いた優助は、明日花の腕を見るなりそう言った。明日花は理解が出来ず、仕方なく優助に手を差し出した。差し出した手を優助は、明日花の手袋を取り素手を見た。
「!!(これは……)」
(何……これ)
手袋を脱いだ手には、黒い痣が指先から手首まで広がっていた。まさかと思い、優助はもう片方の手にはめている手袋を取り、症状を見た。もう片方も同じ症状が出ており、指先から手首まで黒くなっていた。
「私……何も……何も」
「黙ってなさい、明日花」
「!?
けど……」
「目を閉じなさい」
「え?」
「何も考えずに、目を閉じて意識を集中させなさい」
「……」
優助に言われるがままに、明日花は目を閉じ深呼吸をし意識を集中させた。その隙に、優助は手から水の塊を浮き出し、その水に明日花の両手を入れた。
水は青く光り、黒い痣を消していった。
「……終わりましたよ」
その声に、明日花は恐る恐る目を開け、自分の手を見た。手には先程まで広がっていた痣が無くなっており、元の白い手になっていた。
「痣が……消えた」
「闇の力が出た、証拠です」
「え?」
「先程の騒ぎ、見ていましたが……」
「……」
「全ては、あの者(半蔵)が入ったせい……でしょうか?」
「……
傷付けたく……なかった」
「……」
「十蔵を、傷付ける気なんて……全然、思ってなかった……
なのに……それなのに……」
「それが……
あなたの力です」
「?!」
「昔言いましたよね。
あなたの闇は、怒りの感情……それから来ると」
「……」
「あの状況からして、明日花……
知らず知らずの内に、あなたの中に怒りが噴き出し、十蔵を」
「分かってる!」
耳を塞ぎ、声を荒げる明日花……
「分かってる……そんなこと……
怒りの感情を持つな……いつも、母さんに言われてた……
死んだ後、ずっと半蔵や狸に対する怒りを抑えてきた……
ずっと、抑えてきた……
それが……
それが……」
手を握り震えながら、明日花はそう訴えた。そんな明日花を優助は、抱き寄せ頭を撫でた。
「大丈夫ですよ……
あなたのせいだとは、誰も攻めてませんから」
「!?
だけど……」
「我慢していたのでしょう。
その怒りを……誰にもぶつけず……
ずっと…二年もの間」
溢れ出てくる涙……
抑え込めていた涙が、次々に溢れ出し明日花はその場に伏せ込み泣き出した。泣き出す明日花を、優助は明日花の頭を撫でながら、その涙が止まるのを只静かに待った。
森を歩く甚八……
『そういえばさ、何で甚は海賊になったの?』
酒を飲みながら、甚八に質問する紫苑……
甚八は、紫苑に目を向けながら、飲んでいた酒瓶を口から離し、答えた。
『自由だからよ』
『自由?』
『陸に上がりゃ、見えねぇ線で区切り分けされてんだろ?』
『まぁ、そうね』
『そこにいる限り、自分も誰かのものって訳だろ。
俺様は、誰のもんでもねぇ……俺の主は俺自身』
『……
縛られるの、嫌いでしょ?』
『真っ平、ごめんだ』
『アンタらしい。
私も、縛られるのは嫌い』
『言いながら、殿様に仕えてんじゃねぇか』
『殿方だって言ったって、私は好き放題させてもらってるよ。
だから、縛られてなんていない』
『お前のガキが、お前に似なきゃいいけど』
『ちょっと、その言い方どういう意味よ』
『そのまんまの意味だ』
『ちゃんと、説明しなさい!』
『お前みたいに、自由奔放な性格にならなきゃいいけどなって意味だ』
『アンタだって、同じじゃない!』
『あぁ、そうだったな』
頬を膨らませる紫苑……
甚八が笑みを溢しながら、酒を飲み始めた。そんな甚八を見た紫苑は、笑みを溢し酒を一口飲み話し出した。
『子供かぁ……
生まれてくる子供には、辛い思いさせたくないなぁ』
『無理だろ。陸に上がりゃ、そこら中で戦だ』
『……まぁ、そうだけど……
せめて……何も我慢せずに、伸び伸びと生きてほしいな……なんて』
『……』
『あ!
焼きもちやいてるでしょ?甚』
『ば、馬鹿なこと言うな!!』
『顔赤くなってるよ!』
『!!』
『アンタに似合う女なんて、探せばいくらでもいるわよ!
私は、優とくっ付くけどね!』
『喧嘩売ってるか?お前』
『全然!』
満面な笑みを浮かべる紫苑……
数年後、紫苑は子供を連れて船へと乗ってきた……
『まさか、本当にガキが出来たとは……』
『何よ!その反応。
私が、子供作っちゃいけないわけ?』
『んな事、誰も言ってねぇだろう』
隣にいる幼い明日花を抱き寄せる紫苑……
『母さん、この人誰?』
『この人は、私と義兄弟の契りを交わした男よ』
『義兄弟?契り?』
『母さんが、一番頼りにしてる男よ』
『じゃあ父さんと同じ人ってこと?』
『そういうこと』
『おいガキ、こんな女みてぇになるなよ』
『失礼ね!』
『ガキじゃないよ。明日花だよ!』
『明日花?』
『この子の名前。
光坂明日花。いい名前でしょ?』
『お前らしいな』
『どういう意味よ、それ』
『そのまんまの意味だ』
『……!
わぁ、猫だぁ!』
床で寝ているヴェロニカを見つけた明日花は、喜びながらヴェロニカのもとへ駆け寄った。明日花に釣られるかのように、紫苑の肩に乗っていたコノハは飛び降り、明日花のもとへと行った。
『お前と一緒で自由奔放だな。明日花は』
『言ったでしょ?伸び伸びと育ってほしいって』
『その通りに育ったな。
それより、お前今日どこに行くんだ?明日花連れて』
『信州の上田』
『上田?
何でまた』
『そこにいる殿様に、仕えることになったのよ。
明日花も一緒に、来ても良いって言うし』
『何だ、その殿様』
『自由気ままな殿様。
徳川にも就いてないしね』
『なるほどなぁ……
じゃああれか?優助はもう先に行ってんのか?』
『……
いないわ』
『?』
『あの人……私達と家族の縁切って、徳川に就いてる殿様のもとに仕えてるわ』
『……』
『今頃、どうしてるか……
全然、情報掴めず』
『良いのか?それで……』
『良いわよ。
あの人が決めたことだし、それに……』
言い掛けながら、紫苑はヴェロニカとじゃれている明日花を見た。
『……何かあったのか?』
『うんうん、何も』
どこか悲しげな顔で、紫苑は明日花を見つめていた。それに釣られて、甚八も明日花の方を見た。
『……ねぇ、甚』
『あ?』
『……
私が逝ったら、あの子の事お願いできる?』
『!?
何、言ってんだ?』
『ちょっと、質問に答えてよ!』
『答えろじゃねぇだろ!!
いきなりなんだよ!!縁起でもねぇこと言いやがって』
『人はいつかは死ぬ……』
『?』
『それがいつかは分からない。
もし、私が死んだらあの子、その先どうするのかなぁって……』
『……だったら、優助に頼めば』
『無理よ……
言ったでしょ?優助は私達と縁を切って、徳川に就いてる殿様に仕えてるって』
『……』
『徳川に、光坂一族の力は使わせたくないし、利用させたくもない……
だから』
『だから、俺様ってか?』
『そう。
誰にも仕えてない自由奔放の海賊さんに、か弱い女が頼んでるんですけど?』
『どこをどう見りゃ、か弱いんだよ。
くノ一のくせして』
『何よ、優助と一緒に酒の入った樽八本飲み干したでしょ?それで義兄弟の契り交わしたでしょ?』
『お前等は異常何だよ。
なら、今夜明日花がお前と同じ酒を飲み干したら、義兄弟の契り交わして、お前の頼み呑み込んでもいいぜ?』
『本当だね?それ』
『約束は守る』
『乗った。
明日花ぁ!酒飲むわよぉ!』
夜……
転がる空になった三本の樽……
『マジかよ……』
まだ飲む紫苑の足に頭を乗せ、眠る明日花……
『さすが、私の子』
『樽三本、飲み干しやがった……』
『約束通り、明日花と義兄弟の契り交わすんでしょうね?』
『無論だ。問題ねぇ』
『じゃあ』
『お前の頼み、引き受けてやるよ』
『ありがとう』
目的地へ上陸した船……
『やっと着いた』
『ご到着だぜ、目的地に』
『どうも。
また、飲み明かそうね、甚』
『おう』
『明日花!行くよ!』
ヴェロニカを撫でていた明日花は、紫苑のもとへと駆け寄り二人は船から降りた。
森へと入って行く二人を、甚八はボーっと見送っていると、明日花が振り返り、笑顔で手を振ってきた。それにつられて、紫苑も微笑み手を振った。
そんな二人に、甚八は手を上げ見送った。
二年後……
再び、その地へと上陸した甚八……
岸辺に目を向けると、そこに立つ明日花の姿……だがいつも傍にいたはずの、紫苑の姿どこにも無かった。
甚八は、船を止め明日花を船に乗せた。
船に乗った明日花が、言い放った一言……
『母さんが、死んだ……』
『!?』
『三日前、徳川の忍に殺された。
私を庇って……』
『……そうか』
『……なぁ。
槍の稽古、つけてくれないか?』
『稽古?』
『甚、槍の名人なんでしょ!母さんから聞いた。
だから……だから……』
『……』
『それに……
強くなりたい……』
『?』
『自分の身を守られるぐらい強くなりたい!
それだけじゃない!自分の大事な物、守れるようにも…だから……?』
訴えてくる明日花の頭を、甚八は雑に撫でた。
『行くぞ、野郎共!!』
『オォ―!!』
『……』
『手は抜かねぇからな』
その言葉を聞いた明日花は、力強く頷いた。
そして、二年後……
『上田に帰る?』
羽織に腕を通しながら、明日花は甚八に言った。
『何も伝えずに、上田を飛び出したから……
そろそろ、顔出した方が良いかなぁって』
『……紫苑とそっくりだな、お前』
『しょうがないじゃん。
あん時、変な扱いされたくて飛び出したんだもん……」
『まぁ、いいけどよ。どうせ通る所だし』
『恩に着る』
船を降り、明日花は上田へと帰った……
その事を思い出す甚八……
口に銜えていた煙草を離し煙を噴き出しまた銜え、森を歩く足を止めることなく進んだ。