城内では女達が急がしそうに、走り回っていた。
そんな光景を、伊佐那海は不安げに見ていた。
(何だか……嫌な感じの騒々しさ)
「伊佐那海!」
「?」
「才蔵が帰ってきたそうだ。我々も幸村様の元へ呼ばれておる」
「うん分かった!(体中の血が)」
「行こう」
(苦しく脈打つ……)
その頃、半蔵は……
紙を広げ、なにやら誰かと話していた。
「ここと、ここと、ここねぇ……
ふ~ん……なかなか頭がキレるじゃないですか」
徳川秀忠軍、陣中……
「真田信幸、参上いたしました」
秀忠の前に膝を付け、頭を下げる信幸。
「急なお召し……如何なるご用でしょうか」
「このまま中山道を突き進んだらよぉ、小せぇ国が一つあるなぁ……オメェの生まれた所だっけ?」
「……はい」
「ちょっと、打っ潰そうと思うから、知ってることを全部言え」
「……
お言葉ですが……
上田は小さき城……落としても、さしたる価値はありませぬ。それよりも早く兵を動かし、家康様率いる本隊と合流する事が肝要かと」
「……避けんなよ」
静かにそう言いながら、秀忠は腰に着けていた刀の束を、手に取り振り上げ信幸の頭を叩いた。
「てめぇは身丈がデカすぎなんだよなぁ……今の言葉は遠くて聞こえなかった。
忠勝の娘を嫁にしたからって、調子乗ってんじゃねぇぞ。真田!後ろ盾が無けりゃ徳川勢の中で生きられねぇ奴が、まさか意見なんてするわけねぇよなぁ?
真田の兵力、城の縄張り、仕掛け、抜け穴、何もかも白状しろ」
束で信幸の頭を軽く叩きながら、忠勝は言った。彼の質問に信幸は何も言おうとはしなかった。
「モタモタすんなよ!大人しく吐かなきゃ、てめぇは裏切り者だ。一家潰すぞ!
黙ってねぇで、何とか言えよコラ!」
(このままでは……
このままでは、上田が悪鬼に滅ぼされてしまう。そうなれば、二人の約束を破ることに……)
信幸の頭に浮かぶ、紫苑と優助の姿。
『あんた達が、信濃と甲斐を修めるなら、約束しなさい……
決して、どこの土地も徳川に渡さないこと……いいわね』
「ああ、あと伊佐那海と明日花ってのは、どんな女?」
「(伊佐那海!?)明日花という者は……(済まぬ……優助、紫苑!)光坂一族の一人、光坂紫苑の子供です……
(幸村……貴様、何を囲っておる!?あの娘(伊佐那海)は何者なのだ?!)」
「戦になるの?」
場所は変わり、ここは上田城内……
幸村の話を聞いた伊佐那海は、不安げに言葉を返した。
「あぁ、そうだ」
「四万の兵が、こちらに向かっています」
「四万……」
「うちの兵力は?」
「二千五百」
「ど、どうしてそんな大軍がここに……」
「……」
「随分な数の差ね」
「うむ……これでは、討って出るわけにも行くまい……」
「ま、町の皆は?上田が戦場になっちゃうの?」
「そんなことさせないよ!」
襖が開き、中へ入ってきた大助は笑みを浮かべてそう言った。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん!」
「弁ちゃん……」
「ここからは戦の話だ。伊佐那海は部屋に下がっていろ」
「でも……」
「伊佐那海……厘のご飯、頼む」
佐助は懐から、厘を出し伊佐那海に渡した。厘は鼻をヒクヒク動かしながらご飯を要求した。
「分かった!行こ!厘」
厘を連れて、伊佐那海は部屋を出ていった。
「で、どうする?
悪いが、甚八と鎌之介は連れて帰れなかった。それから、明日花が完全に行方を眩ませた。乗ってるもんだと思ってた甚八の船に乗っていなかった……」
「……うむ、仕方ない。落ち度はこの儂にある。
しかし、戦は待ってはくれん。お前達には、この城と伊佐那海を死守して貰う。それを最優先とする」
「では、籠城戦で?しかしそれでは……町や民は」
「それは心配いらないよ。
民を守るのは、侍の役目だからね!」
「その通りだ!儂の養子(息子)、真田大助に任せよ!」
「よし!」
別室で、戦闘着に着替える佐助と才蔵、そしてアナスタシア。
「我等忍隊は、情報収集」
「私は櫓で監視を」
「俺は城内を。清海と筧さんは伊佐那海についてる。
オッサン(幸村)には、六郎さんがついてる。忍隊からも護衛を!」
「諾!」
「何かあったら、朱刃、蒼刃、雨春で伝令頼む」
「応!」
話し合う二人……すると、アナスタシアは誰かの気配を感じたのか、襖の方に目を向けた。才蔵はアナスタシアを見ながら静かにするよう口に指を当て、そして勢い良く襖を開けた。
そこにいたのは、厘を手に持った伊佐那海だった。
「り、厘が佐助の所に行きたいって!」
「……」
「ごめん……嘘」
不安からか、伊佐那海の脚は震えていた。そんな彼女に才蔵は自分のポンチョを取りそれを頭に被せ手を乗せた。
「心配すんな!
この城もお前も……必ず守ってみせる!
勇士(仲間)を信じろ!」
とある町……あちこちから上がる煙。傷付いた親を前に泣き喚く子供……
戦に巻き込まれ死んだ者を、気にもせず馬を走らせる部下……
崖に辿り着き、そこから上田の町を見た。
「この丘を下れば、上田だ!
我等先遣部隊は役割は、秀忠様のために目障りな者を除くことだ!!稲を刈り人を狩れ!!
全てを踏みにじるのが、秀忠様の戦!!
行くぞ!!皆の者!!」
馬を走らせる先遣部隊……
ところが、いくら馬を走らせても全く上田に着くことが出来なかった。
「距離を見誤ったか?
おかしい……いつまで経っても上田に辿り着かん」
そんな部隊を、近くの木から半蔵は三人の者を連れて見ていた。
「さあさ!お仕事しましょうね」
深い霧……泥濘んだ道を歩く光坂一族の頭。森を抜け広場に着くと、中心にある岩に座り狼の咽を撫でる晃三がいた。近付いてくる者の気配に気付いた晃三は、撫でていた手を止めその方向に顔を向けた。
「……珍しいですねぇ。
あんたがここに来るなんて」
「石田が徳川と闘うらしい。それに真田も参戦しているらしい」
「おやそうですか……
で、俺に何の用です?」
「……晃三」
「?」
「我が一族は、長年武田に仕い共に信濃と甲斐を守ってきた。一族の特有の技……自然の力を借りて術を出し、いくつもの戦を乗り越えてきた。
それが今じゃ、徳川に利用されぬようヒッソリと暮らしてきた……だが、もう隠し通すことは出来ぬ」
「……まさか、お頭」
「儂等一族も、そろそろ滅びる時かもしれぬ……晃三。
あの作戦を、実行する」
「けど、それには紫苑が必要なんじゃ……」
「心配はいらん。彼奴の娘・明日花にやらせる」
「待て!彼女には荷が重すぎる」
「明日花はもう、子供ではない!一人の忍、光坂一族の忍だ!」
「!」
「晃三……お主の気持ちはよく分かっておる。お主にとって、紫苑と明日花は初めて出来た家族……紫苑が死んで、もう失いたくないのも分かる。
だが、それではいくら経っても、明日花は成長せぬ!」
晃三の頭に蘇る紫苑の姿……若い頃、突然お頭に面倒を見るよう頼まれたのが、まだ生まれて間もない紫苑だった。
目が不自由な事もあり、子育てにはいつも四苦八苦していた。
日が経つにつれ、紫苑は成長していきそして優助と出会った。数々の戦いに名を残している紫苑と優助……そして、優助は武田軍隊長、紫苑は武田軍副隊長に任命された。
ところが数年後、自分達の主が自害した……それにより、武田は滅び一族も各地へ散った。優助と紫苑は摂津国の森の中にある神社、公智神社に身を置いた。
しばらく神社で過ごしていた中、二人の間に子供が出来た。それが明日花だった。
「晃三」
「?」
「お主に折り入って、頼みがある」
「頼み?」
「明日花と優助、そして残った者達をよろしく頼む」
頭を深々と下げお頭はそう頼んだ。返事に迷っていると、どこからか懐かしい声が聞こえてきた。
『大好きなんだ……一族の皆。
晃三がお頭になったら、皆をお願いね!私、晃三に絶対ついて行くから』
(紫苑……)
深く息を吐き、晃三は言った。
「引き受けた……」