紫苑と優助の指導のおかげか、明日花は刀と槍、そして鉄扇と弓が全て使いこなせるようになっていた。
「紫苑!優助!
すぐに着なさい。殿方がお見えだよ」
慌てた神主に呼ばれ、紫苑と優助は立ち上がり部屋へ行こうとした。傍にいた明日花も、二人について行こうとした途端、神主は彼女を抱き上げ阻止した。
「明日花は、しばらくの間二人に呼ばれるまで、待っていてください」
「え?何で?」
「それは……
とにかく、部屋で待っていなさい」
口を籠らせた神主は、部屋に明日花を入れそのまま別の部屋へ行った。明日花は部屋にあった鞠で、暇を持て余した。
しばらくすると、紫苑が部屋へと入ってきた。
「あ、母さん!」
「ゴメンね、明日花…独りにさせちゃって」
「ううん。全然平気!
ねぇ、もう終わったの?」
「いいえ。それより一緒に来て」
「うん!」
嬉しそうに、明日花は紫苑の手を握り一緒に部屋へ行った。襖を開け、中にいたのは怖い顔をした男(信幸)とだらしのない格好をした男(幸村)だった。二人は明日花の姿を見るなり、驚いた表情で固まっていた。
見知らぬ二人に、明日花は怯え紫苑の手を一層強く握り、隠れるようにして彼女にしがみ付いた。そんな二人にお構いなしに、紫苑は明日花を中に入れ隣に座らせた。
二人と紫苑が話している中、明日花は隣に座っていた優助の膝の上に座った。乗ってきた明日花を、優助は微笑み彼女の頭を撫でた。
しばらくして話を終えたのか、怖い顔をした男(信幸)は外へ出て行き彼に続いて、だらしのない格好をした男(幸村)を紫苑は呼び止めた。男(幸村)は、部屋に留まり二人の前に座った。
「儂に何か?」
「アンタは確か、徳川に就いてないのよね?」
「まぁ……そうだな」
その答えを聞いた紫苑と優助は互いを見合い頷いた。
「明日花」
「?」
優助の膝に座り、彼の手で遊んでいた明日花は、手を止め紫苑の方に顔を向けた。
「技を使いなさい」
「でも、あの人まだ……」
「大丈夫。あの人は怖い人じゃないから」
「……」
怯えたような目で、明日花は幸村を見た。そして明日花は、紫苑と優助を交互に見た。二人は同時に頷き、明日花に合図を送った。明日花はその合図を見て、微笑み手を伸ばした。
すると、手の平から木の根が生え、その根は形を変え一本の枝へと変わった。
「こ、これは」
「私と同じ、木の技を使える……
けど、それだけじゃない……」
「どういうことだ?それは」
「明日花、今からあなたの話をするけど、どうする?ここに残って一緒に聞く?」
紫苑の質問に、明日花は小さく頷き、優助の膝の上に再び座った。その答えを見た紫苑は、男に全てを話した。
明日花の真実を……
「その子には、そんな秘密が……」
「この子を、徳川の手にだけには、渡したくない……
もし知ればあの狸は、絶対この子の力を利用する」
「……」
「紫苑と明日花が、幸村様のもとへ仕えるならば、僕はもうこの二人と縁を切ります」
「!!」
「優助!!」
「君達二人にとって、その方が良い」
「けど!!」
「僕等の話は、これで終わりです。
長居させて、申し訳ありませんでした」
言いながら、優助は膝に乗っていた明日花を下ろし、部屋を出て行った。その後を紫苑は優助の名を呼びながら、慌てて追いかけて行った。出て行った二人を、明日花は部屋を出るが追い駆けようとせずその場に立ち尽くした。そんな明日花を、幸村は頭に手を置き、二人が行った方角を眺めた。
「……オジサン、誰?」
「オジサンは、真田幸村だ。
お前さんは?」
「……明日花。
幸村は、母さんと父さんをどうするの?」
「引き取りに来たんだ。今後、儂のもとで仕えて貰いたくてな」
「二人共?」
「そうだ。紫苑とお主にな」
「……父さんは?」
「優助は、儂の兄の所で仕えることになった」
「兄って?
さっきの怖い顔のオジサンの事?」
「そうだ」
「……ねぇ」
「?」
「父さんが言ってた、縁を切るってどういう意味?」
「……」
明日花の質問に、幸村は何も答えず、彼女の頭を撫でた。明日花はそんな彼を不思議そうに見上げた。
しばらくして、幸村も国へ帰って行った。明日花は紫苑と優助の姿を捜したが、二人の姿は境内中探してもどこにも見当たらなかった。
「……母さん!父さん!」
呼び叫びながら、明日花は森の中へと駆けて行った。森の中を歩いていると、奥に一人優助が立っていた。
「父さん!」
「?」
茂みから出てきた明日花の方に、優助は振り向いた。彼が振り向くと共に、明日花は飛び付いた。
「明日花……」
「ここにいたんだ!
ねぇねぇ、早く帰って刀の稽古つけて!」
「……」
「そういえば、母さんは?」
「……」
「?父さん?」
何も答えず、優助は明日花を離しそのままどこかへ行ってしまった。彼の後を明日花は慌てて追い駆けて行き、距離を置いて歩いて行った。
翌日……
出掛ける支度をする優助……明日花は、紫苑と共に鳥居の前で、幸村達と話していた。
「では、儂の所に行くのは明日花が十歳になってからという事か」
「えぇ。この子にはまだまだ、戦術を教えている最中だし……ちゃんと戦えるようになるまではね」
「なるほど……その方が、儂も都合がいい。
立派になった姿を楽しみにしているぞ、明日花!」
「……」
何も答えない明日花は、幸村達の方チラ見すると、すぐに後ろを向いた。
すると、身支度を整えた優助がやって来た。明日花は彼の姿を見ると、飛び付こうと走り出したがいつもと違うオーラを感じ、脚を止め彼を見上げた。
「……父さん」
「……明日花。
もう二度と、父と呼ぶのはやめなさい」
「へ?」
それだけを言うと、優助は鳥居前で待っていた信幸達と共に去って行った。彼の後を追おうとした明日花を、紫苑は腕を掴んで止めた。
「母さん、何で!」
「……」
「ねぇ、母さん!」
「……」
何も答えない紫苑は、泣くのを堪えしゃがみ込み明日花を抱いた。明日花は紫苑を呼ぼうとしたが、抱いていた腕が震えているのに気付き、明日花は何も言わず去って行く優助の背中を見えなくなるまで眺めていた。
「あそこまで、言わなくても良かったんではないか?
明日花はまだ幼い……別れを言うならもっと…?」
優助と歩いていた信幸は、彼の方に振り向きながら話した。彼の眼からは、滝の様にして涙が流れ出ていた。話をしようとした兄を、幸村は止め首を左右に振り先を歩いた。
『父さん!』
『優!』
(明日花……紫苑)
被っていた笠のつばを手で掴み、深く被りながら先行く二人の後をついて行った。
優助と別れてから、四年の月日が流れた。
腰のケースに分解した槍を掛け、袖の長い白い服に、白いハーフパンツに黒い西洋のブーツを履いた明日花は鳥居の前で、神主と喋る紫苑を待っていた。
「紫苑、くれぐれも体を大事に」
「はい」
「時折、ここへ帰って元気な姿を見せてくれ」
「もちろん。
そろそろ行きますね」
「では、気を付けて」
「はい。
明日花!行くわよ!」
黒い忍服に身を包み、黒い膝上まであるブーツを履き白い羽織を着た紫苑は明日花の手を握り神社を後にした。明日花は後ろを振り返り、彼等に向かって手を振り別れた。
森の中をしばらく歩いて行くと、湖が見え近くの村へと立ち寄った。
「湖だぁ!」
「この辺りのはずなんだけど……明日花、ここで待ってて頂戴。
母さん、用があるから」
「うん」
紫苑に言われ、明日花はその場から湖を眺めたり、石を弄ったりして遊んだ。
しばらく遊んでいると、茂みの中から音が聞こえその方向に目を向けた。茂みから出てきたのは、小さい鼬の子供だった。
「……鼬?」
「キュー……」
鼬は、弱り切った声を発しながら明日花に寄ってきた。明日花は石を捨て、寄ってきた鼬を抱き上げた。抱き上げると共に、茂みからもう一体黒い何かが姿を現した。大きな黒い猫……首には青い首輪がされており、明日花をジッと見ていた。
「……猫?」
「おーい、ヴェロニカ。
あんまり、ひょいひょい行く……あん?」
黒猫の名を呼びながら、飼い主(甚八)が姿を現しそして明日花を見た。明日花は飼い主(甚八)と目が合うと、目を逸らさずジッと見つめ、そして言った。
「お前が、雷の勇士」
「?」
ハッと我に返ったかのように、明日花は辺りを見回した。
「あぁ!こんな所にいた!」
飼い主の背後から、紫苑が腰に手を当てながら姿を現した。
「?紫苑、どうしたんだ?」
「船の連中に聞いたら、ヴェロニカと一緒に森の方に言ったって聞いて」
「俺様に何か用か?」
「ちょっと連れてって欲しい所があるの。そこまでお願い」
「別に構わねぇが」
「やった!ありがとう!」
男の背中を強く叩き、紫苑は明日花の元へ駆け寄った。明日花は手に抱えていた鼬を見せ、紫苑に何かを聞いていた。紫苑は鼬の頭を撫でると頷き、その答えを見た明日花は、喜び紫苑に飛び付いた。
(あのガキ……何だ?)
「お前のガキだぁ!!」
船に乗り、男は大声を発しながら驚いていた。紫苑は耳を軽く指で塞ぎながら口を開いた。
「何よ!その反応。
私が、子供作っちゃいけないわけ?」
「んな事、誰も言ってねぇだろ!」
「顔に書いているのよ!」
「っ……」
「母さん、この人誰?」
船内の探検に言っていた明日花は、紫苑の所へ駆け寄りながら質問してきた。紫苑は寄ってきた彼女を抱き寄せ答えた。
「この人は、私と義兄弟の契りを交わした男よ」
「義兄弟?契り?」
「母さんが、一番頼りにしてる男よ」
「じゃあ父さんと同じ人ってこと?」
「そういうこと」
「おいガキ、こんな女みてぇになるなよ」
「失礼ね!」
「ガキじゃないよ。明日花だよ!」
「明日花?」
「この子の名前。
光坂明日花。いい名前でしょ?」
「お前らしいな」
「どういう意味よ、それ」
「そのまんまの意味だ」
ふと前を向くと、そこにはヴェロニカが大口を開けあくびをし寝そべっている姿が見えた。
「わぁ!猫だぁ!」
ヴェロニカの元へ、明日花は駆け寄り頭を撫でた。彼女に続いて、紫苑の肩に乗っていたいつの間にか元気になったフェレットは、彼女から飛び降り明日花の元へと駆けて行った。
ヴェロニカとじゃれる明日花……その時、男が大声を上げ紫苑に怒鳴っていた。それ気付いた明日花は、二人の方に目を向け行こうとした時、ヴェロニカは行くなと言わんばかりに、彼女の服を引っ張りその勢いで明日花は床に尻をついた。床に強く尻を当てた明日花が、当たった箇所を手で撫でているとヴェロニカは鳴き声を発しながら、彼女の膝に頭を乗せ甘えてきた。
「明日花ぁ!酒飲むわよぉ!」
紫苑の声に、明日花はヴェロニカの頭を撫でながら退かし、彼女の元へ駆け寄った。
そしてその夜……
転がる空になった三本の樽……
「マジかよ……」
まだ飲む紫苑の足に頭を乗せ、明日花は眠っていた。
「さすが、私の子」
「樽三本、飲み干しやがった……」
「四本とまでは行かなかったけど、成長すれば四本は軽々飲んじゃうわよ?この子」
「……」
「約束通り、明日花と義兄弟の契り交わすんでしょうね?」
「無論だ。問題ねぇ」
「じゃあ」
「お前の頼み、引き受けてやるよ」
「ありがとう」
目的地へ上陸した船……
「やっと着いた」
「ご到着だぜ、目的地に」
「どうも。
また、飲み明かそうね、甚」
「おう」
「明日花!行くよ!」
ヴェロニカを撫でていた明日花は、紫苑のもとへと駆け寄り二人は船から降りた。
森へと入って行く二人を、甚八はボーっと見送っていると、明日花が振り返り、笑顔で手を振ってきた。それにつられて、紫苑も微笑み手を振った。
そんな二人に、甚八は手を上げ見送った。