毎日のように城には、明日花の笑い声が響き渡っていた。彼女に釣られ幸村達も笑いの絶えない日々が続いていた。
心地良い風が吹く中、明日花は木の枝に座り遠くを眺めていた。
鼻歌を歌いながら、自身の膝の上で丸くなっている鼬の頭を撫でた。
その時、木々がざわめく音が聞こえ明日花は白い毛を身に纏った鼬を肩に乗せ立ち上がり、城の方を振り向いた。
その頃城では、様子を見に信幸が来ていた。彼は幸村に釣られながら、城内を歩いていた。縁側を歩いていると、そこに座り書物を読む紫苑がいた。
「紫苑」
「あらあら、沼田の殿方がこの上田に何の用?」
「口を改めろ!!紫苑!!」
「いちいち口がうるさいわね。十蔵といい、アンタといい……
何様のつもりなのかしら?」
「何?」
「武田の部下だった真田が、今じゃ信濃と甲斐の殿方。
けど、部下だったことには変わりないわ。その部下がよくもまぁ、武田軍副隊長光坂一族の者に、偉そうなこと言って」
嫌味満載で、紫苑は信幸に言った。信幸は今にもキレそうな表情で、彼女を睨んでいた。
そこへ森から明日花が帰ってきた。
「あ!優を奪ったオジサン」
明日花の言葉に、紫苑は吹き出し腹を抱えて笑った。
「誰がオジサンだぁ!!俺は信幸だ!!
それから、口の利き方がなっとらん!!紫苑!!」
「へ?何?オ・ジ・サ・ン」
「子供の躾がなっとらん!!ちゃんと躾よ!!」
「アンタに口出しさせる覚えはないんだけど」
「何を!!」
「まあまあ兄上。明日花はまだ子供だ。時期にちゃんとした子にはなる」
「そうやって、甘やかすのがイケないんだ!!」
「堅いのよ、信幸は」
「紫苑の言う通りだ」
だらしのない二人に言われた信幸は、返す言葉もなく深くため息を吐いた。信幸を見ながら、明日花は紫苑の隣に座った。
「ねぇ信幸!優は?」
「紫苑!!いくら子供と言えども、口の訊き方はどうにかしろ!!」
「私に怒鳴る前に、子供の質問に答えなさいよ……」
「ねぇ、信幸!」
「っ……
優助は、俺の用事で今は別の所に行っている」
「じゃあ、今は沼田にいないの?」
「そうだ」
「扱き使うのね。アンタ」
「……」
「信幸は扱き使う男か」
「そうよ。こんな男に引っかかっちゃダメよ、明日花」
「はーい」
「紫苑!!」
夕方……信幸が帰った後、明日花はまた森へ行き木の枝に座り、遠くを眺めていた。すると自分目掛けて飛んでくる鷹が一匹見えた。
「?」
鷹を手に止めた明日花は、肩に乗っていた鼬と顔を見合わせ鷹と共に城へ帰った。
「母さーん!!一族の鷹が着たぁ!」
そう言いながら、明日花は縁側で座り槍を手入れしていた紫苑に駆け寄った。
「珍しいわね。何かあったのかしら?」
鷹を受け取り足に結ばれていた紙を手にした紫苑は、鷹を逃がし紙を広げ読んだ。
「何て書いてあるの?」
「お頭と晃三が、成長したアンタに会いたいんだって」
「晃三が!」
「明日、公智神社に用があるから、その前に会いに行こうか」
「うん!」
翌日……
「それじゃあ、帰って来るのは数週間後になるのか」
「そうなるわね。一族の所に行って、その後に神社へ行くから」
「当分は、明日花の笑い声も聞けなくなるのか……淋しいのう」
佐助の狼とじゃれてる明日花を、幸村は眺めながらそう言った。
「それじゃ、もう行くね」
「気を付けるんだぞ」
「承知の上よ。
明日花!行くわよ!」
じゃれている明日花を呼びながら、紫苑は歩いて行った。明日花は先行く紫苑を追い掛けながら、後ろを振り返り満面な笑みで幸村達に手を振った。
この笑みが、幸村達に見せる最後の笑みだとはまだ誰も知る由もなかった。
数日後、京の外れにある山の中の社へ着いた紫苑達……社のドアを開けると、頭と晃三が座っていた。
「晃三!」
晃三の姿を見ると、明日花は一目散に彼に飛び付いた。
「よう明日花。またデカくなったな」
「久しぶり。晃三、頭」
「紫苑か。相変わらずのようだな」
「おかげさまで。
で?今回はどういった集まり?」
「……お前は知っているな。儂が推薦した奴等を徳川側に着かせているのは」
「えぇ」
「その者達からの情報で、徳川はお主を狙っているらしい」
「え?」
「狙いは恐らく、お主の力……『木』の力、そして幸魂だ」
「思ってたより早く動き出したわね……」
「母さん、徳川って信幸が就いてるあの」
「そうよ。
明日花、コノハに餌与えなくていいの?」
「あ!」
紫苑の言葉を理解したのか、コノハは明日花の下ろしていた髪から顔を出し、ご飯とお強請りするようにして目を光らせ、明日花の頬を舐めた。
「分かった!行ってくる!」
「明日花、俺の狼の餌も頼むわ」
「はーい!」
返事をすると、明日花は靴を履き外にいた狼と共に、森の方へと走っていった。
「で、頭……さっきの話、もっと詳しく聞かせて」
「分かった。
紫苑、お主は出雲大社を知っておるな?」
「えぇ。一応」
「そこで拾われた、女子のことを聞いているか?」
「話だけなら。その子も確か神の力を宿っているって、聞いたけど」
「儂の推測に過ぎんが、恐らくそいつは……
死の女神、伊佐那美だ」
「伊佐那美?確か、神話に出てくる最初の神だよね」
「その通り。紫苑、お前は聞いたかもしれない。
公智神社の神主から、明日花がなぜこの世に生まれてきたのかを」
「えぇ」
「もしかしたら、あの役目は明日花なのかもしれない」
「!?」
「前にも神主から聞いたように、明日花がお前達の所へ来た時期とお前が技を使えなくなった時期が丁度同じだ」
「……」
「使える様になってからの明日花は、物凄いスピードで成長している。
刀に槍、弓矢に短剣……全てを僅か八年でマスターした。俺達が十年、二十年かけてやっとモノにした武器を、たった八年でだ」
「けど、私はあの役目をあの子にやらせるつもりはないわ」
「紫苑……」
「あんな小さい子を、あの役目にするくらいなら、私がやるわ。
明日花には……明日花には、もう辛い思いをさせたくないから」
「……紫苑、気持ちは分かるけど」
「これは、一族の掟だ」
「やれっていったのは、頭でしょ!
何でそんなことで、明日花にバトンタッチしなきゃいけないのよ!」
「だが……」
「もういい。こんな話をするくらいなら、来なきゃよかった」
「紫苑!」
「明日花!!さっさと、公智神社に行くわよ!!」
怒鳴り声に気付いた明日花は、すぐに紫苑の元へ駆けて行った。
「頭……考えは変えないから。
あの役目は、私がやるから」
それだけを言うと、紫苑は駆け寄ってきた明日花を連れその場を後にした。明日花は晃三とお頭に手を振って、紫苑の後を追いかけて行った。
数日後……坂道を歩く明日花は、先を歩いている紫苑に話し掛けた。
「ねぇ、母さん!神主さん達元気かな?」
「元気なんじゃないの」
「……ねぇ母さん」
「?」
「何、怒ってるの?」
「え」
「晃三達と、喧嘩したの?」
「……してないよ。
ちょっと、考え事してただけ」
笑顔を見せながら、紫苑は明日花の頭を撫でた。
「さ、行こ」
「うん!」
紫苑の手を握り、明日花は坂を上って行った。
「……嘘」
目の前の光景に、紫苑は驚きの顔を隠せないでいた。
焼けた鳥居……変わり果てた本殿……燃え枯れた木々……
「何があったの……」
「母さん、皆は?」
「……明日花、絶対私から離れちゃ駄目よ」
そう言うと、紫苑は明日花の手を強く握り明日花も彼女と同様に手を握り、紫苑が着ていた羽織の裾を握り、共に境内へ入っていった。
中は所々に、クナイが地面や柱、木々に刺さっていた。
「襲撃があったみたいね……(頭の言う事が事実なら、狙いは私。
だとしたら、ここを燃やしたのは狸が雇った忍)」
「……皆燃えてる……?」
何かに気付いた明日花は、紫苑から離れどこかへ行った。
「明日花!!待ちなさい!!」
明日花を呼び叫びながら、紫苑は追い掛けていき彼女が立ち止まったところで足を止めた。
そこには、他の木々とは別に全く無傷の神木が生えていた。
「この木……(明日花を拾った神木。
何で、この木だけ)」
「……勇士が集まる」
「え?」
「お前は、コイツの贄となり消えよ。
私が、あいつ等に力を与える」
「明日花、何を言ってるの?」
「お前は……私の『闇』だ」
「?!(違う、明日花じゃない!)
誰なの!?」
怒鳴り声に、明日花は我に返ったのか辺りをキョロキョロ見回した。紫苑は明日花の頬に手を当て、自分の目と合わせた。
「あなたの名前は?」
「え?
明日花だよ。光坂明日花」
「そう……」
「どうしたの母さん?明日花の名前聞いて……?」
紫苑はホッとしたのか、明日花を抱き締めた。
「母さん?」
「何でも無い。
さ、ここを早く離れましょ」
「うん!」
鳥居を潜り、紫苑は近くに生えていた花を摘み、鳥居の傍に添え手を合わせた。紫苑の真似をして、明日花も手を合わせた。
しばらくして、紫苑は近くの町へ行き、そこで宿を取った。
「明日花」
「ん?」
「母さん、少し出掛けるから、留守番しててもらえる?」
「え~!明日花も行きたい!」
「ダーメ。疲れてるんだから、大人しくしてなさい」
「うー」
戸を閉め紫苑は宿を出て行った。宿を出た紫苑は、居酒屋へと足を運び、中にいた亭主に公智神社の話を聞いた。
「襲撃?(やっぱり)」
「あぁ。一週間前に、突然どっかの忍集に襲われて、生き残りはいないらしい。全員殺されたって話だ」
「そう……」
「三日前にも、同じ事を訊いた奴いたな。そういや」
「え?三日前」
「応よ。確か顔立ちの綺麗な兄ちゃんだったなぁ」
その言葉を聞いた紫苑の頭に一人の人物が過ぎった。
(まさか……優?)
居酒屋を出た紫苑……外はすっかり暗くなっていた。宿へ帰り部屋に行くと、中で明日花は床に横になり、寝息を立てて眠っていた。
眠っている明日花の上に、紫苑は自身の羽織りをかけ頭を撫でた。
(……優。
来るなら、もう少しここにいればよかったのに……そうすれば、明日花に会えたのよ)
ふと思い出す優助の姿……いつも幼い明日花を抱き、笑っていた。明日花も明日花で、優助に懐きいつも一緒にいた。
『淋しくないのか?明日花は』
思い出す幸村の言葉。
(……本当は、優に明日花を引き取って欲しかった。
私なんかより、優と一緒にいたほうがよっぽどいいに決まってる)
『お前は……私の「闇」だ』
「……」
数週間後の夜、ようやく信濃の県境へ紫苑達は入った。
「この森を歩いて行けば、上田だね!」
「そうね」
「幸村達元気かなぁ……ねぇ母さん!」
「幸村達はともかく、佐助はアンタの帰り、首を長くして待ってるわよ」
笑い合う紫苑と明日花……その時、茂みがざわつき紫苑は目付きを変え辺りを見回した。それは明日花も同様に、辺りを見回し腰に着けていたケースから槍を抜き取り構えた。
「隠れてないで、出てきなさい!
出なければ、問答無用で攻撃を開始する」
「バレちゃ、仕様が無いですね」
そう言いながら出てきたのは、黒い忍服に身を包んだ男だった。彼に続いて無数の面を着けた忍達も出てきた。
(ざっと五十人はいるわね……)
「光阪紫苑さんですね?」
「だとしたらどうするの?」
「いえねぇ……あなたが身に着けている者を、渡して貰いたくて。
譲ってくれませんか?無論、アナタにも一緒に来てもらいますが」
「嫌だと言ったら、どうする?」
「無理やりにでも、連れて行きます」
それを合図に、忍達は一斉にクナイを投げ飛ばした。紫苑と明日花は素早く避け、紫苑は手を地面へ着けた。それを見た明日花は、忍達に見えないように印を結び、木の技を出した。
「さすが、光坂一族ですね。
けど、あなたは一族の一員じゃないのに、どうして技を使えるんですかねぇ」
明日花を見つめる男……明日花は、彼の目を睨みながら握っていた槍をより強く握った。
「けど、これなら効果抜群でしょう。
火術迦楼羅炎!」
男は手から炎を作り出し、紫苑達に攻撃した。攻撃を防ごうと、明日花は木を生やしたが木は尽く燃やされていった。紫苑は明日花を抱き上げ、すぐに火の攻撃を避け、茂みの中へと彼女を逃がそうとしたが、周りは既に他の忍達に囲まれ逃げ道が無くなっていた。
(どこにも逃げ道が無い……せめて……せめて、明日花だけは上田に)
走っている最中、明日花は石に躓き転んだ。その時、服の下に隠していた幸魂を男に見られてしまった。
「どうやら……狙うのはあなたではなく、その子のようですね?」
「?
!!明日花!すぐに逃げなさい!!」
怒鳴られた明日花は、すぐに立ち上がり駆け出そうとしたが目の前に、忍達か立ち道を塞いだ。
「逃げられちゃ困りますよ。
さぁて紫苑……あなたには消えて貰いましょう」
紫苑目掛けて、半蔵は技を放った。明日花はすぐに印を結び、木を生やし盾を作り攻撃を防いだ。
「木は紫苑ではなく、あなたが作り出していたんですか」
「退路を開く!!明日花、すぐに上田に向かって走りな…!!
明日花!!」
木の盾を作り、攻撃を防いでいた明日花の背後から、男がクナイを投げてきた。紫苑はすぐに、明日花の前に立ちクナイを全身に受け止め、彼女を庇った。
「母さん!!」
「ガハ!!」
紫苑は口から血を吐き、その場に倒れた。明日花はすぐに紫苑に駆け寄り、体を揺らし声を掛けた。
「母さん!!母さん!!」
「これで、邪魔者はいなくなりました……さぁ、来てもらいましょうか?」
腕を掴まれる明日花……その瞬間、明日花は目付きを変え短剣を手に取り、半蔵に攻撃した。半蔵はすぐに後ろに下がり、明日花を睨んだ。
明日花が地面に手を付けると、そこから不気味な色をした木の根が生え伸び、その場にいた忍達を一斉に串刺しにした。意識が朦朧とする中、紫苑はその攻撃を見ていた。
(明日花……あなた…まさか)
木の根に刺した忍達の死体は、灰の様に消え跡形も無く消えた。
(何という力……とにかく、一旦撤退しましょう)
男は傷口を手で抑えながら、その場から姿を消した。
しばらくして、我に返った明日花はすぐに紫苑の元へ駆け寄った。
「母さん!」
「…明日…花」
「母さん……ごめんなさい」
「明日花が……謝る……必要は……ないのよ?」
「だって、明日花のせいで……明日花のせいで……母さんは」
「明日花……
この先、あなたのお守り……幸魂とあなたがいつ狙われてもおかしくない時代になったわ……
母さんは、ここで御別れするけど……
あなたは、強くなって自分を守りなさい……」
「嫌だ!母さんと別れるなんて……」
「大丈夫よ……明日花は強いんだから……」
「強くないもん……母さんが居なきゃ明日花……」
「大丈夫……
あなたは武田軍隊長と副隊長の子供なのよ?」
「だけど……明日花は…母さんの」
「じゃあ、明日花約束してあげる。」
「約束?」
「母さんは死んでいなくなるけど……その幸魂の中で、いつでもあなたを守ってあげるわ。」
言いながら、紫苑は明日花に握られていた手を離し、小指を出した。明日花は逆の手で小指を出し紫苑の小指に絡ませた。
「約束する」
「……うん」
紫苑は無理をして、明日花に笑みを見せ明日花はそれに応えるかのように笑った。
(優……この先、何があるか分からないわ。
私はもう……明日花の傍にいられない……けど、アナタなら傍にいることはできるでしょ?
優は……子供にとって必要なのは、母親の愛情だって言ったけど……
明日花に必要なのは……私の愛情じゃなくて……優……あなたの……父親の愛情よ……
最期に、あなたに会いたかった……会って、謝って……また三人で、笑いたかった……)
紫苑の目に映る光景……それは笑う明日花を真ん中に、自分と優助が座り笑い合っていた。次第に紫苑は目から、涙を流した。
「母さん?どうしたの?」
「明日花……」
「?」
「あなたは……生……き……な……さい……」
そう言うと、紫苑は明日花の小指に絡ませていた手を離し、力なく地面に落ちた。明日花は離れた紫苑の手を握り上げ、紫苑の体を揺らし呼んだ。
だが、紫苑は明日花の声にこたえることなく、二度と目を覚ますことは無かった。
「母さん……母さん……
母さーん!!」
明日花の泣き声は、一斉に木々をざわつかせた。それはあの時…優助と紫苑が、明日花に会う前に聞いた音と同じように……風も吹いていないのに、木の葉がざわつく音……
その音は、遠くにいる優助の耳に入った。
(……明日花。
何をそんなに、泣いているんです?)
読んでいた書物を閉じ、優助は空を眺めた。
泣き喚き、蹲る明日花……その時、背後から誰かが自分を抱いてきた。
「……誰?」
「闇は消えた……」
その言葉を聞くと、頭に見覚えのない映像が流れてきた。
「これは何……」
「あなたが出会う、勇士達……そして、この勇士はあなたが殺さなければならない女神」
その容姿……水色の髪を簪でハーフアップに束ねた少女。
「これが……女神」
「殺しと闇の女神……伊佐那美」
「いざ…なみ」
「あなたは……勇士達の力を借りて、コイツを殺しなさい」
「……殺す」
そう呟くと、明日花を抱いていた者は明日花の髪を切った。明日花はゆっくりと後ろを振り返った。目の前には自分と同じ姿をした者が立っていた。
「アンタ……」
「今のあなたは捨てなさい……これから……私があなたとして生きてあげるわ」
「!?」
意識を戻した明日花は、辺りを見回した。自分と同じ姿をした者は、既に姿を消していた。
「……?」
その時、紫苑の亡骸が光りそこから木が生えた。木の根近くには、生前紫苑が身に着けていた羽織と簪と狐の面、そして彼女が耳に付けていた桜の花びらのピアス、武器であった槍と短剣だった。
明日花は簪を手に取り眺め、そのまま意識が無くなりその場に倒れた。
「!!」
悪夢に魘され、明日花は目を覚まし起き上った。息を切らし、額から掻いていた汗を手で拭き取った。辺りを見回すと、そこは見覚えのある部屋だった。
(……上田?何で)
ふと枕元を見ると、そこには丁寧に畳まれた羽織と簪と狐の面が置かれていた。
「……」
『今のあなたは捨てなさい……これから……私があなたとして生きてあげるわ』
その言葉を思い出す明日花……髪に触れると、今まで肩下まで伸びていた髪は、肩に届く程度まで切られていた。思い出す、紫苑と過ごした日々……
何かを決意したかのように、明日花は立ち上がり髪を簪で纏め、羽織に腕を通し短剣を腰に着け、槍を手に持ち障子を開けた。外は夜明け前の明るさになっていた。後ろを振り返り、部屋を見た。
紫苑と過ごした部屋……だがもう、紫苑は帰ってこない。
(母さん……行って来る)
笑みを浮かべ、明日花は城を飛び出して行った。
数日後……明日花は、京の外れの山の中にある社に着いた。戸を開けると、そこには晃三が一人座っていた。
「明日花……どうした」
「……」
「……?
紫苑はどうし」
「母さんが、死んだ」
明日花の言葉に、晃三は言葉を失った。しばらく沈黙が続いた後、晃三は明日花を呼ぶかのようにして、手招きをした。明日花は晃三の傍へ行き、彼の前で座った。すると晃三は、明日花の頭を撫で抱き寄せた。
「晃三?」
「辛かっただろ?明日花……」
「……」
その言葉を聞いた明日花だったが……彼女は不思議と、辛いという感情が湧き出なかった。
「明日花」
「?」
「お前には、ある事をやって欲しい」
「あること?」
「紫苑がやるはずだった事……
それは、一族を全員殺すことだ」
「!?」
「光坂一族は、大地の神に選ばれた一族だ。闇を封じるために一度、全員を殺し力を集める。そして集めた者が、闇を封じることができる。
その役目を、お前がやるんだ」
「……分かった。
私はやる。母さんが出来なかったことを……私がやる」
答えを出すと、明日花は社を後にした。社を後にした明日花は、琵琶湖へ行きそこにいた甚八の船へと乗った。
幸村達と、これから出会う勇士達の姿をを思い出しながら、その地を離れていった。
“ピチャン”
滴る雫が、水の中へと落ちた。
明日花は目を覚まし起き上がった。地面に置かれていた一族の正装の服に身を包み、羽織に腕を通した。そして壁に立て掛けていた槍を手に持ち、腰に着けていた狐の面を顔に付けた。
「……融合したか」
「勇士達が、力を見つけた。
死の女神を封印するには、奴等に力を与えなければならない。
女神は女神で、さらに闇の力を増してる……すぐに行くよ」
「そうだね……(さぁて、これからどんな戦いをしてくれるかな?
明日花……いや、今は久久能智神。
今この時を持って、明日花の体を借り、闇の女神を封じよ)」
外へ出る明日花と晃三……明日花は、背中から木の根の羽を生やし飛び立ち、晃三はその後を追い駆ける様にして、早駆けをした。
そんな彼女の姿を、コノハは遠くから哀しそうな目で眺め、そして茂みの中へと姿を消した。