其の一。境界を越えて幻想入り
「――はあ、はあ……」
走る足が乱れる。呼吸が荒ぶる。それでも走り続ける。ただひたすら、追手から逃れるために。
「全く、なんなんだよ……なんで僕ばっかりこんな目に……」
何度目だろうか?やっと掴めそうだった幸せが奪われ、踏みにじられ、儚く散っていったのは。いつもそう、優しくしてくれた人だって、自分の身が危なくなればそれを僕のせいにして攻め立てる。僕だって好きで妖怪を引き寄せてる訳じゃ無いのに……
――って、弱音吐いても仕方がないか。
「……よし」
坂道を一気に駆け上がる。すると広い野原に出た。
「さっきは失敗したけど、今なら……」
フラつく足に力を込める。どうなるか分からないけど、今はこの能力に委ねるしかないんだ……!
「待て!化物!!」
「お前なんか生きてる資格がないんだ!!」
「この世界から消え失せろ!!」
昨日までの優しい声音はどこへ行ったんだろう?一昨日までの僕の信頼はどこへ消えたんだろう?
でも、そんなことを考えていたってしょうがないのだろう。前を向くしかない。
「ったく、今そうしてあげようとしてるとこだよ!!」
腕を大きく振り、足を回す。そして、一気に飛んだ。文字通り空へ。
「行けぇぇぇぇぇぇぇ!!」
すると、目の前に空間の裂け目が広がる。見馴れた不快な景色。その中へ飛び込み、そして疲れ果てた僕の意識はブラックアウトした。
ーーーーーーーーーーーー
「………」
そんな彼を、見つめる者がいた。彼の開いた物と同じ、空間の裂け目から。
「……可哀想な子ねぇ。でも、まあしょうがないのかしらね?強大な力は人を、いえ、妖をも惹き付ける――
」
先程まで裂け目が開いていた場所を見据え、軽く頬笑む。
「……あの子が――もし彼の開いたスキマの先が幻想郷だったならば。その時は――――」
最後まで言い切る前に、彼女――――八雲紫はスキマの奥へと消えていった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「ーーぅんんん…………はっ!」
目を覚ました時に最初に感じたのは柔らかな草の感触だった。いつも通り、咄嗟に立ち上がり身構える。
「……どこだろう、ここ?」
飛んだ先が別世界(?)なのはいつものことだけど、なんというか、ここは――――
「……幻想的だなぁ」
少し肌寒いにも関わらず、桜が咲き誇るここはさながら死後の世界のようだった。
「綺麗だな……この桜」
美しい物を見ると、少し心に余裕を持てる。ああ、空にも花火が見えるし……
ってあれ?なんかあの花火何処かに向かっているような……
「霊符『夢想封印』!」
何処かからそんな声が響いてきた。声からして少女だろう。
「くっ……幽鬼剣『妖童餓鬼の断食』!」
今度は別の方向からも花火が飛び交い、さっきとは別人と思われる少女の声が聞こえた。
「なんなんだろう……これ」
目の前で繰り広げられる、人外の闘いを、僕は息を飲んで見守っていた。
―――第三者の存在に気づかずに。
「昔の私以上に厄介な能力ね……それ」
「……!?」
背後から女性の声が聞こえた。くそっ、闘いに見とれて背後を取られるなんて……
「ああ、振り返らなくてもいいわよ?」
という声が聞こえたが、迷わず振り返った。
が……
「……どこだ!」
「ふふ、出てきましょうか?」
どこからともなくそんな声が聞こえてきた。
「はい出てきました」
「!?」
さっき僕が向いていた方向に、金髪の、美しい女性が空間の裂け目から出てきた。
……! あの裂け目は、僕が力を使うときと同じ―――
「まあまあ、そんな怖い顔をしないで。私は貴方を助けに参りましたのよ?」
「助けに……?」
「私は八雲紫。貴方は?」
「……名雲玲亞、です」
「玲亞……あなたのその能力、それを上手く使いこなせずに外界では苦労していたでしょう?
その力は強大な分、使いこなせないと周りにも影響を及ぼす……
その力を、使いこなす手助けをさせてくれないかしら?」
彼女は、優しい声音でそう言った。
「……貴女に、この力の何が分かるんですか」
「あら。分かる、というより分かりきってますわ。だって――」
だって、私と同じですもの。
そう言って、僕はスキマに吸い込まれ、意識も再び消失した―――