目を覚ます前に感じたのは、甘く柔らかい匂いと、頭を撫でられる何処か懐かしい感触だった。
「………んん?」
「あら、やっとお目覚め? 随分とお寝坊さんねえ?」
「うわっ!」
起きた途端にさっきの女性に顔を覗きこまれ、驚いてしまった。
「あ、あの八雲さん?」
「んー…なんかよそよそしいわね。私のことは親しみを込めてゆかりんと呼びなさい」
「ゆかりんさん、本題に入りたいんですが……」
「……やっぱり紫さんでお願い」
はぁ、とため息をつく紫さん。どうしたんだろう。僕は呼ばれた通りにしただけなのにな。
「紫さん、紫さんはこの世界や、僕の能力について何か知っているんですか?」
「あら、それは愚問だわ。だって私はこの世界―――幻想郷の管理者だもの」
――幻想郷?
「この世界―――幻想郷は、忘れ去られた者や物の集まる、人間と妖怪の楽園よ」
妖怪……その言葉に、少し僕は顔をしかめた。
今まで様々な世界に行ってきたけど、妖怪にまともな者はいなかった。その全てが、欲のまま人間を喰い、なぶり殺し、弄んでいた。
僕の表情から察したのか、紫さんがこんなことを聞いてきた。
「……玲亞は、妖怪が嫌いなの?」
「ええ。それはもう、半端なく」
妖怪のせいで壊れた幸せがどれだけあっただろうか?
こんな僕に優しくしてくれた人たちも、妖怪を呼び寄せてしまうこの力で殺されてしまったのだ。
「………………」
「……紫さん?どうしました?」
「……いえ、なんでもないのよ。なんでもないの。本題に戻しましょうか?」
「はい、お願いします」
「次はあなたの能力についてだけど――あなたの能力は、『境界を越える程度の能力』ね」
……え、程度?
「ええ、程度。まあこれはどの能力にもつくお約束みたいな物だから気にしなくていいわよ。
ちなみに私は『境界を操る程度の能力』を持っているわ」
「操る……なんか、僕の上位互換って感じが………」
「それはまだ分からないわよ……?」
と、何処か意味深な笑みを浮かべる紫さん。
「あ、そうそう。この幻想郷は、そういった能力が発現した外界の人間を集める場所でもあるわ。能力持ちの人間が外界にいたら境界が崩れる恐れもあるしね」
管理者、というだけあって分かりやすく説明してくれている。そんな人外が入り乱れる幻想郷とは、果たしてどんな場所なのか……少しワクワクしてきた。
「まあ幻想郷に関する説明はこのぐらいにして――とりあえず、あなたがこれからどうするかを考えましょうか」
よいしょ、と言って紫さんが立ち上がった。
若干名残惜しくもあったが、僕も続けて立ち上がる。が、その瞬間。
きゅるるるるるる。
「…し、失礼しました……」
それは僕のお腹から響いてきた音だった。
「気にしなくて大丈夫よ。あまり食べてないんでしょう?」
「…はい」
あまり恵まれた生活を送れてきたとは言い難い。最後にご飯を食べたのはいつだったかな?
「んー……じゃあ、ご飯にしましょうか。
これからの生活については後々話すとしましょう。私も少し小腹が空いてきましたわ」
「はいっ」
ん……? いや、でも………
「あの……紫さん?」
「なにかしら?」
「料理って出来ますか?」
「え?玲亞が作るんじゃなかったの?」
最初から僕に作らせるつもりだったのかこの人!?
「ウソウソ、冗談よ。まあ、味は保証できないけど私が作ってきてあげるわ」
「味は保証できないって時点で大分心配なんですが!?」
正直、食べれる物であればなんでもいいんだけど、どうせだったら味も気にしたい。
「……私のこと、信用してくれないの………?」
上目遣いで僕のことを見つめる紫さん。
……くそ、ちょっとドキッとしちゃった。
「いや、会って間もない人を信用しろって方が無理があるでしょう……」
「私は玲亞は信用できる人だと思ってるわよ?」
何でだろうな、紫さんはいちいち胡散臭いというか信用し難い。
――信用し難いのは、真意を隠しているからだろうけど。
「……いや、いいです。僕が作りますよ。僕、料理には少し自信がありますし」
「あら、そう?じゃあ任せるわね」
「リクエストはあります?」
「んー、そうねぇ……オムライスとか?」
オムライスか……結構得意な料理だ。
「分かりました。あ、台所ってどこですか?」
「そこの障子の先よ。ちゃんと冷蔵庫も置いてあるからよろしくねー」
「りょーかいですー」
頭の中でレシピを思い出しながら答える。紫さんが喜んでくれるような物を作れるといいなぁ……なんて思いながら居間を後にした。