主人公の葛藤、一話で解決。
ふにふに、と頬っぺたを触られる感覚。
ぐにぐに、と頬っぺたを引っ張られる感覚。
左右に伸ばされ回されて、ぺちん、といきなり手を離された衝撃で目が覚めた。
「わふっ!?」
「あら起きちゃったの」
かかっていた布団を押し退け横になっていた体を起こす。声のした方を向くと、そこにいたのは西行寺幽々子さんだった。ということはここは……
「……もしかして冥界…?」
「正解よー。あなたは庭の西行妖の目の前で倒れてたのだけれど……何があったのかしら?」
そう言われると何があったのか思い出せないな……えっと、何か嫌なことがあってイライラしてたような……?
「………ッ」
思い出した。思い出してしまった。自分が妖怪になりかけてるって言われてそれで色々あってむしゃくしゃしてて……それで、逃げるようにスキマに逃げた先に大木があって頭をぶつけたんだっけ。
「貴方、無意識の内にまた死に誘われてない?」
「あ……確かに」
どれだけ生と死の境界を行き来してるのよ、と幽々子さんが呆れた様に笑う。つられて自分もクスリと笑ってしまった。
「……あの、ご迷惑をおかけしたみたいで…どうもすいませんでした」
「別に良いのよ。貴方の主様には結構お世話になってるしね〜」
主様、という単語に過剰に反応している自分に気づく。それが表情に出ていたのか幽々子さんが眉を顰めた。
「……もしかして何かあったの?」
「い、いや別に何も………」
「んー、そうなの?」
「そうです」
「それなら良いのよ。てっきり生と死の境界を越えたせいで妖怪になりかけてることを紫に伝えられてそれがきっかけで一悶着あったのかなー、とか思ったのだけれど違うなら良いのよ。ごめんなさいね?」
「勘が鋭いっ!?」
完全に正解です。この人敵に回したらヤバそうだな……あ、敵に回したから僕二三回死にかけたのか……納得したくないけど納得。
「……そういえば幽々子さんって、あの人とどういう関係なんですか?」
「あー、紫のこと?紫は別にただの友達よ?」
「さいですか……」
友達か……となると、僕がここにいたことがあの人に伝わっちゃうかもしれないし……そろそろ何処かに移動するか。と考え立ち上がろうとしたが、腕をいきなり幽々子さんに掴まれた。
「あ、あの僕そろそろ帰らせて頂こうかと思ったんですがっ!」
「紫の事なら別に気にする必要は無いわよ?今は眠ってるみたいだし、それにそもそも……式だと言うのなら何処に居ようと主に位置が筒抜けだと思うのだけれど」
「……あ」
完全に忘れてた。盲点だった。くそ、それじゃあ逃げようが無いような一一あれ、僕は一体何から逃げてるんだろう……紫様では無いような気がする。矛盾している様だけれどそう思う。そうとしか思えない。
「貴方の疑問に答えを出すなら……それは妖怪から、としか言えないでしょうね」
「……………」
見透かす様な物言い。僕の考えてることは全て分かる、とでも言いたげな口調だと思った。喋らなくていいならそれに越したことは無いが。
一一しかし、その発言には何かが足りないような印象を受けた。
「不満げねえ。ならアレじゃない?第三の敵だとか運命だとか一一自分からとか」
一一一“自分“。何故かその2文字だけ、妙にストンと胸の中に落ちていくのを感じた。
「……別に、紫様が嫌いな訳じゃないんですよねぇ。ただ何というか…そう、怖いのかな……色々と」
「何が?」
「え?」
「何が怖いのよ、紫の」
「……目を背けていただけで、紫様も人を喰らう妖怪なのかなぁ………って考えちゃうと、なんか怖くなってきて……」
「でも妖怪が人間を食べるのなんて人間が家畜を食すのと何も変わらないでしょう?」
「じゃあ
「そういうわけじゃないでしょう。もしそうなら紫は……人里なんか作らずにそれこそ人権を無視した扱いを人間たちに強いる筈じゃない?」
「…………」
「強制的に子作りみたいなエロ同人よろしくな展開もあったのかもしれないわねー」
「何の話ですか!?」
何故こう、幻想郷の住人はシリアスを壊したがるの!?
「まあそれはともかく、紫がそんな目的で幻想郷を作ったわけじゃないってことは確かだわ。ていうか紫が生きていきたいだけならこんな大規模なことする必要ないでしょうしね」
「消えそうになった同族の保護とかそれに相応しい理由ならいくらでもあるでしょう?」
「それは無いわ。紫も確か……人にも妖怪にも嫌われていた筈だから」
「………え?」
“人にも妖怪にも嫌われる“何処かで聞いたことのあるそれは、僕と全く同じ状況下だった。意外な事実、じゃあもしかして僕を助けてくれたのは一一一
「強大な力は人も妖も惹きつける。妖に追われ、人に助けられ、そこが妖に襲われ、残った人に虐げられ、そんな日常を過ごしていたらしいけど、それでも紫は人と妖怪が手を取り合う日常という物を信じたかったんじゃないかしら?」
「……そんなもの、それこそ幻想じゃないですか?」
僕の疑問を聞いて幽々子さんがフフフとおかしそうに笑う。
「何を言ってるのよ。それこそ貴方と紫の過ごしてきた日々じゃないの?」
「………あ」
平凡でありきたりだったけど、それなりに楽しかった八雲家での半年の日常。確かにそれは、紫様の理想としていたものなのかもしれない。
「まあ個人レベルなら結構仲良くなれるんだけど、まだ人里では人と妖怪は若干距離があるみたいだけどね」
「……………」
「玲亞君。紫が人を食べるということを認められないなら別にそれでも良いと思うわ。今まで通りそこからは目を背けて、紫を人だと思って接すればいい。でも……彼女の理想だけは、幻想だけは守ってあげて?」
「……人だなんて思いませんよ、八雲紫は妖怪です」
「……………」
「でも、紫様は紫様です。大切な、僕の主様です」
吹っ切ることは出来た。僕はただ自分が妖怪になりそうなのが辛くて紫様に八つ当たりしてただけだ。例えそうなったとしても一一その時は笑って
「ふふふ、なら良かったわ。あー話してたらお腹空いてきたわ。そろそろ夜ご飯の時間だけど、貴方も食べてく?」
「折角のお誘いですがお断りします。僕には帰る家があるので」
「あらそう。残念ね」
少しシュンとした様子の幽々子さん。
「すみません、今日は無理ですけど……また今度お願いしていいですか?」
「ええ、何時でも待ってるわ」
微笑んでくれた幽々子さんに笑顔でお辞儀をした。振り返り庭の一角にスキマを開く。と、ここで何かを思い出した様な幽々子さんの声が響いた。
「ああそうそう。お姫様の眠りを覚ますのには王子様との接吻が一番よ?」
「えっ!?」
「じゃあ頑張ってねー」
「ふぁっ!?」
一瞬幽々子さんの方を振り返った瞬間、強い力でスキマへ突き飛ばされた。笑顔で手を振ってる幽々子さんがとてつもなく恐ろしいんですが、それは。
「一一女の子なら誰しも、それを望んでいるものよ?」