心の永住者   作:黒猫withかずさ派

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第66話/第67話

 

 

 

「千晶が役者だってこと忘れてたよ」

 

 春希が持ってきてくれた炭酸水を飲みながら、春希と麻理さんがわたしのかつらをいじっているのをちらりと観察する。

 適当に借りてきたカツラだから、色とか髪型にこだわりがあったわけじゃないのよね。たまたま目について借りたんだけど、けっこう役になってくれたなぁ。

 でも、それにしてもひどくないかな? こんなにストイックな役者はあまりいないと思うよ。

 

「忘れるかなぁ……。じゃあわたしってなんなのよ?」

 

「…………なんなんだろうな?」

 

「ちょっと真面目に考えこまないでよ。真剣な顔つきで考えていると、ほんとにわたしが役者なのか自分でも疑っちゃうじゃないっ」

 

「だって俺、今千晶が何しているか知らないからさ。俺は日程の都合で卒業式も出られなかったし、たまに千晶からメールが来ても、舞台の事ばかりじゃないか」

 

「あっ、そっか。そうだよね。………………ちょっと待ちなさい」

 

「なんだよ?」

 

「わたしが舞台の話ばかりしているっていうことは、役者をしているって気がつくものでしょうが」

 

「論理的に考えればそうなんだろうけど、千晶が所属していた劇団の団長は留年しまくって舞台ばかり力をいれていたじゃないか。だからさ、千晶も留年して劇団に……ってさ」

 

「だからぁ、ちょっと待ちなさいって。一緒に教授のところに卒業の挨拶いったじゃない」

 

「いったなぁ……。よ~く、覚えているよ。覚えてはいるんだけど、当時睡眠不足だったせいで、ところどころ記憶が曖昧なのはどうしてだろうな。和泉千晶さん?」

 

「どうだったかしらね? ほら春希。春希ってあまり寝なくてもいいし、時差ボケもあったんじゃない? 久しぶりに帰ってきた日本だったしね」

 

「かすかに覚えている記憶だと、俺がニューヨークに行っている間に貯め込んだレポートを徹夜で手伝った記憶があるんだけど。しかも、日本についてすぐに行った場所っていうのが教授の研究室だもんな」

 

「それは……、ほら。教授も春希にあいたかったんじゃない? 春希だってお世話になってたんだから挨拶しないと」

 

「たしかに俺も色々と迷惑かけたけど、それ以上に千晶がらみで教授と一緒に苦労した記憶しかないんだよな。まあ、成田空港まで千晶が迎えに来ている時点で何かおかしいって思っていたんだよ。そしたら案の定。おかえりの挨拶と同時に教授とつながった携帯電話を渡してきたのを今でも覚えているぞ」

 

「教授も会いに来たかったんだって。だから携帯で」

 

「嘘をつくな、嘘を。空港から直接大学に行くはめになったじゃないかよ」

 

「それも青春の思い出っていう事で」

 

「千晶の場合。今も青春やっていそうで怖いけどな」

 

「わたしは青春しているつもりだけど? でも、春希が面倒見てくれたおかげで、卒業はできたじゃない」

 

「そうだったな。それで、卒業後はなにしてるんだ?」

 

 なんとなくだけど、大学時代と変わらない春希がいるって実感できてほっとしている自分がいた。

 ニューヨークまで行ってしまう馬鹿な春希だから、一人では背負いきれない重荷に負けて押しつぶされているんじゃないかと心配までしてしまっていたんだよなぁ。…………春希には絶対教えてあげないけどさ。

 春希が借りていた小さな部屋で、文句を言いながらも最後までわたしの面倒を見てくれた春希も、春希の実家にまで転がり込んだとき、すれ違いが続いていた母親と少しずつコミュニケーションをとるようになった春希も、そして今、麻理さんのサポートをしながら冬馬かずさを待っている春希も、いつだって春希は春希なんだね。

 

「いちおう女優やってるわよ?」

 

「なんとなくそうなんだろうなとは思ってはいたよ。実際それだけの実力があったからな」

 

「すごいわね、和泉さん。おめでとうといったほうがいいのかしら? それともスタート地点にたったばかりだから、頑張ってねとエールを送ったほうがいいのかしらね?」

 

 静かにわたしと春希の思い出話を聞いていた麻理さんも、わたしが女優の仕事に付けているのはうれしいらしい。

 そりゃそうだよね。出版をやっていなくても、芸能の仕事がいかに難しいかは素人でもわかるってものだし。なまじ芸能の仕事の実態も目にしている麻理さんだから、なおのことその難しさをわかっているんだろうな。

 

「どうだろうね? これから頑張らないといけないし、やっぱエールかな」

 

「そっか。和泉さん、頑張ってね。もし見に行ける時があったら見に行くから」

 

「うん。そうしてくれるとうれしいかな」

 

「所属先は決まったんだ? そうだよなぁ……、高校時代からすごかったらしいから」

 

「うん。所属先は運よく決まったよ。雇い主も面白い人だから気にいってはいるんだ。仕事もくれるしさ」

 

「そっか、よかったな。でもいいのか? ニューヨークになんか来て?」

 

「あぁ、そのこと。曜子さんがこっちの仕事をくれてさ」

 

「へ…………?」

 

 どういうことよっ。わたしが念入りに準備してきたドッキリよりも驚いているじゃない。

 しかも麻理さんも春希と同じくらい驚いているしさ。

 

「…………いちおう聞いておくけど、その曜子さんっていうのは、千晶の雇い主だよな?」

 

「そうだよ」

 

「そうだよな。まあ、そうなるな」

 

「何を言ってるのよ?」

 

「俺も自分が何を言っているのかわからないんだけど、な。えっとだな、曜子さんの苗字って、ひょっとして、冬馬、だったりする、んだよな?」

 

「冬馬、だね」

 

「その、冬馬曜子さんには娘がいて、その娘の名前は、かずさ、だったりするのか?」

 

「もちろんかずさだよ。でもさぁ、曜子さんには何度もあっているんだけど、冬馬かずさには一度も会えていないんだよねぇ。わたしがウィーンまで行ったら会えるかな? でも、会ってくれるかな? けっこうむずいかな?」

 

「ちょっと待て千晶」

 

 こんなにも慌てふためく春希って、初めて見たかも?

 何事に対しても順序を決め着実にこなしていく春希が、今なにをすべきかさえわかっていないようだ。もしかしたら意識をする必要がない呼吸さえも忘れているんじゃないかって思えるほど呼吸を乱している。

 たしかに「冬馬かずさ」の名前を出せば春希が反応するっていることはわかってはいたわよ。

 でも、ここまでって過剰じゃない?

 

「なによぉ……?」

 

「曜子さんにはいつ会ったんだよ。というか、どうやって知り合った?」

 

「曜子さんが日本でコンサートやるってわかったんで、コンサートに行っただけだ」

 

「クラシック好きだったか?」

 

「ん? とくには。でもさ、道具は違えど同じ表現者としては勉強したいことがたくさんあったかな。高いチケット買ってまで行ったかいはあったと思うよ」

 

「昼飯をよくたかってきた千晶がよくお金あったな」

 

「わたしだって必要な支出にはお金を出すんだって」

 

「そのいい分だと、昼飯は必要な支出じゃないように聞こえるんだけどな」

 

「何言ってるの春希?」

 

「俺が聞きたいんだが……」

 

「昼食とだけとはいわず、三度の食事はどれも大切に決まってるじゃない」

 

 そりゃあ公演前で集中している時とかは食事だけじゃなくて睡眠までも忘れてしまうけどさ。でもね、ふだんの食事はちゃんととってるっての。

 そうしないと春希が大好きなわたしの胸がしぼんじゃうじゃない。

 

「はぁ……まあいいや。それで、どうやって曜子さんに会ったんだよ? コンサートに行ったくらいじゃ雇ってくれないだろ?」

 

「そんなの決まってるじゃない。楽屋まで行ったのよ」

 

「まぁそうなるよな。そうなってしまうよな」

 

「和泉さんって、春希が言う通りの人だったのね」

 

「そうですよ。何度も言ったじゃないですか」

 

「私も和泉さんと会話だけは何度もしてはいるから、なんとなくだけど春希の言った事を信じではいたのよ。でも、多少は誇張しているかなって思っていたのよねぇ……」

 

「これで俺がおおげさに言ってはいなかったとわかりましたか?」

 

「……えぇ、そうね。できればわかりたくなったけれど」

 

「……ですよね。俺もそうでした」

 

「ちょっとぉそこっ。わたしの話を聞きたかったんじゃないの? そこで勝手に盛り上がっているんならやめちゃうよ?」

 

「すまない千晶。話をすすめてくれ」

 

「ま~いっか。えっとね、楽屋にいったら美代子さんって人が出てきてね、曜子さんに会いたいって言ったら会えたってかんじかな?」

 

「ちょっと待て」

 

「ん?」

 

「そう簡単に会えるわけないだろ。そもそも一般人が簡単に楽屋の前まで行けるわけがない」

 

「だってわたし、関係者だもの」

 

「はぁ?」

 

「なるほどね」

 

「麻理さん?」

 

 どうやら麻理さんはわかったみたいね。春希はあいかわらずこういった方面では鈍感みたいだけどさ。

 

「たぶん和泉さんは関係者なのよ」

 

「どういう意味ですか?」

 

「和泉さんから直接聞いたほうがいいわ。私も頭痛が、ね」

 

「はぁ……。それで千晶。どういう意味なんだよ?」

 

「春希が言う通り、最初は楽屋の前までなんていけやしなかった。でもね、スタッフの人にメッセージを託したんだ」

 

 まだわからないかなぁ? けっこうヒントをだしているのにさ。

 

「スタッフの人に曜子さんにこう伝えて欲しいってお願いしたんだ。北原春希と一緒に暮らしていた大学の同級生が会いたいってね」

 

 春希の顔から血の気が引いていく。お約束の展開だといえばそうなんだけど、やっぱこういう反応をみられると「イエイ!」って思っちゃうんだよなぁ。

 いちおう春希の名前を勝手に使ったことは悪いとは思っているのよ。でもさ、こうでもしないと会えないじゃない。

 

「はぁ……。千晶」

 

「なにかな?」

 

「嘘は言ってはいないが、嘘は言ってない。でもな、曜子さんが誤解するだろっ」

 

 静かに喋り出したはずなのに、最後のほうでは叫びへと変換していた。これこそが春希の心そのものなのだろう。

 でもさ、本当に悪いとは思っているんだよ?

 

「大丈夫だって」

 

「なにが大丈夫だ?」

 

「わたしがきちんと説明しておいたからさ。わたしが住む所に困っていたから春希のお母さんが寝る場所を提供してくれたってね。そもそも春希のマンションで寝泊まりしたときはレポートのときくらいじゃない」

 

「俺のところに来るときは、いつも面倒事をしょってくるから忘れてたよ。というか、思いだしたくもない」

 

「なもんだから、曜子さんも納得してくれたっていうか、面白がってくれたよ」

 

「だろうな。そういう人だから」

 

「それでね、ちょうど私も舞台やっていたから、そのチケットあげたんだ。そしたら曜子さん、来てくれてね」

 

「へぇ……。よく見に来てくれたな」

 

「わたしも手ぶらで会いに行くのはなぁって思っていて、ちょうど持っていたチケットをもってきただけだったんだけどね」

 

「人生なにがあるかわからないものだな」

 

「そうだね。しかも、舞台が終わった後、楽屋まで来てくれて、なおかつ食事までご馳走してくれてさぁ」

 

「よっぽど気にいってくれたんだな」

 

「わたしが主役だったんだから当然でしょ?」

 

「まあ、たしかにな」

 

 苦笑いを浮かべはするが、しっかりと納得はしてくれている。

 やっぱ春希にも見て欲しかったな。なかなか春希に見せる機会がないっていうのは寂しいものだなぁ。

 

「まっ、そんなかんじで曜子さんに会えたってわけよ」

 

「それで曜子さんの事務所に? でも、あそこってクラシック専門だし、曜子さんとかずさしかいないだろ?」

 

「まあ、ね。でもさ、曜子さんも冬馬かずさもウィーンじゃない。だから美代ちゃんは日本にいても暇なんだって。というわけで、暇なスタッフは仕事をしなさいってことで、わたしのマネージメントをすることになったってわけよ」

 

「曜子さんらしい決断だけど、美代子さん大丈夫なのか? クラシックは問題ないけど、演劇は素人だろ?」

 

「その辺は曜子さんのつてで専門の人に手伝ってもらってるみたいだよ。美代ちゃんも知り合いがいるみたいで、助けてもらってるみたいだしね」

 

「そっか。……じゃあ、今回ニューヨークに来たのもその仕事の一つってことなのか?」

 

「うん、ごめいとう」

 

「もしかして英語を覚えたっていうのも演劇のためだったりするのか?」

 

 恐る恐る聞く春希の声色は、事実がわかっていても認めたくない真実を飲み込めないでいるのが丸わかりであった。

 そりゃあ春希からすれば不純な動機だとは思うけどさ、わたしにとっては死活問題なのよ?

 

「正解」

 

「はぁ……。やっぱりその能力を大学でもちょっとは発揮してもらいたかったよ」

 

「それは無理だって」

 

「潜在的には可能なんだぞ? 好き嫌いはよくないぞ」

 

「そうかもしれないけど、わたしが潜在能力を発揮しちゃったら、春希に頼れなくなっちゃうじゃないの。それはよくないって」

 

「どういう理論かはわからんが、もういいや。そういうことなんだと思っておくよ」

 

「そぉお? まっいっか」

 

「ところで和泉さん?」

 

「ん?」

 

「曜子さんには会ったみたいだけど、かずささんには会う機会がなかったの?」

 

「うん。さっきも言った通り、冬馬かずさは日本には来ていないみたいだよ。曜子さんは何度かきていたけどさ。でも春希も麻理さんも、ニューヨークで冬馬かずさに会ったんでしょ?」

 

「聞いたのか?」

 

「春希の話が出た時に曜子さんからね。でも、詳しい事は聞いてないよ。曜子さんはおしゃべりじゃないし。というか、ガード堅すぎだっての」

 

「ペラペラ話すよりは信頼できるだろ?」

 

「まあね」

 

「それで千晶はしばらくニューヨークにいるってことでいいのか?」

 

「そうだね。でも、オーディション次第かな? うまくいけば長くいられるし、駄目だったら日本に帰らないといけないし。その辺は流動的かな?」

 

「そっか。頑張れよ」

 

「ありがと。というわけで、しばらく泊めてくれるとうれしいな」

 

 わたしの満面の笑顔を見て、春希の苦々しい笑顔が跳ね返ってくる。

 麻理さんはというと、諦めていたみたいかな? わたしがここに来た時点である程度は察していたみたいだけど。

 

「それはかまわないけれど、どのくらいの間なのかしら? もちろんオーディション次第でしょうけど」

 

「とりあえず一週間くらいかな?」

 

「そう……。わたしも春希も仕事でいない事が多いと思うけど、気兼ねなく泊まっていってね」

 

「ありがと麻理さん」

 

「オーディションの結果次第ではずっとこっちにいるのか?」

 

「いちおうオーディションが終わったら日本に一度帰る予定。でも、受かればまたニューヨークに戻ってくるって感じかな」

 

「そっか。がんばれよ」

 

「というわけで、明日は応援しているわたしのために、活力をくれるよね?」

 

「はぁ?」

 

「というと?」

 

「明日は観光に連れていってくれるとありがたいなぁって。ほら、これ」

 

 わたしは鞄の中につめこんであったチケットを二人に差し出す。

 

「自由の女神ツアー?」

 

「そっ。なんだか急にキャンセルがでたんだそうで、佐和子さんがプレゼントしてくれたんだ」

 

「佐和子の奴ぅ。私には何も言ってきてないわよ」

 

「それは出発直前にくれたからね。だからただでくれたんじゃないかな?」

 

「それにしても、和泉さんがここに来ること自体内緒にしていたじゃないの」

 

「それは、ほら。わたしが秘密にしてって言ってたから」

 

「もう…………」

 

 チケットとともに差し出した佐和子さん直筆のメモ書きを、麻理さんはそっと指で撫でる。

 遠く離れていても二人は強い絆で結ばれているんだろう。わたしが佐和子さんと会っても、いつも麻理さんの話で盛り上がってしまうのは、わたしと佐和子さんの共通の人間が麻理さんだからだけではないはずだと思う。

 だってその理論であれば、春希だって該当者だもの。

 でも、あまり春希の話題はでないのよね。まあ、真面目人間の話をしても面白くないっていうのもあるんだとは思うけど、やっぱ佐和子さんも、そして麻理さんも、会えない事を寂しく思っているんだろうな。

 

 

 

 そして翌日。

 354段ものある階段をのぼって自由の女神王冠内部の展望室まで行って来たわたしたちは、見学を早々に切り上げて、地上のベンチで震えていた。

 まあ、震えていたのはわたし一人なんだけど……。

 

「なぁ千晶」

 

「なによ?」

 

 強気で睨みつけるわたしの眼光には、ふだんの力強さも、そして演技を混ぜる気力すら欠如していた。

 だからこそ春希は、本気でわたしを心配してくれているわけなんだけどさ。

 

「高所恐怖症だったら上まで昇らなければよかったじゃないのか? ほら、地上の博物館だけでも楽しめたと思うぞ」

 

 春希の言う通り、わたしは高所恐怖症のために、せっかく自由の女神の王冠展望室までいったのに、すぐさま春希につれたらて地上へと引きかえしてきた。

 そりゃあ、わたしがいうのはなんだけど、あそこまでびびるとは自分でも驚きね。

 

 

 

 

 外の風景はきっとすばらしいのだろう。先に展望室についた春希と麻理さんは、ガイドの話を聞きながらすばらしいらしい風景を眺めていた。

 かくいうわたしもほんの数秒だけは外を眺めた、はず。けれど、わたしの意識がその光景を心の外に追い出そうと躍起であった。

 

「おい、千晶。大丈夫か?」

 

「和泉さん。顔色が悪いわよ? 気分が悪いのだったらしばらく座って休んだ方がいいわ」

 

 いくら待ってもわたしがそばにこないことに不審に思った二人は、ようやくというか、どのくらいの時間がかかったかさえわからないけど、わたしに声をかけてきた。

 

「…………無理」

 

 手すりにしがみつくわたしを介抱してくれている春希達は、まだ真相を知ってはいない。だからこそ春希達は、わたしが狭い階段を昇ったせいで気分が悪くなったとでも思っているのだろう。

 でも、そうじゃないのよね。真実はいつも意外な形でやってくる。

 

「ほら千晶。そんなところでいないで、こっちで座ってろよ。眺めもいいぞ」

 

「…………余計無理」

 

「そうよ和泉さん。そこにいられると邪魔になってしまうし、ここで遠くを眺めながら心を落ち着かせる方がいいと思うわよ」

 

「だから無理なんだって!」

 

「どうして?」

 

「だからぁ、高所恐怖症なんだってば」

 

 

 

 

 

 衝撃の事実っていうのかな? 春希も麻理さんも、目を丸くしてたなぁ。……まあ、上にいた時はそんな面白いことをゆっくり観察している暇なんてなかったけどさ。

 そりゃあ二人ともわたしの演技だと最初は思っていたみたいだけど、わたしが震える姿を見てどうにか納得してくれたみたい。

 わたしがいうのもなんだけど、ほんと死にそうな顔してたと思うもん。

 結局わたしは展望台への階段を全て昇りきってすぐに354段の階段の疲れも癒される前に354段の階段を下りて地上へと引き返してくる事になった。

 しかも昇りとは違って、狭い階段を春希にしがみつきながら降りたものだから、余計に時間がかかった事は想像には難しくないだろうね。

 むしろわたしにとっては、長すぎる地上への帰還作業を達成できたことを誉めてもらいたい。

 

「どうして上まで行こうと思ったんだよ?」

 

 わたしを地上まで連れて来てくれ春希は、ほんきでわたしを心配しているというのが強く表されていた。もちろん麻理さんも、似たような苦しみを味わってきている分、春希以上に心配してくれているみたいだった。

 

「佐和子さんがチケットくれたから……」

 

「だとしても、苦手だったら上まで行かなくてもよかったじゃないか」

 

「飛行機は大丈夫だったらから、今回も大丈夫かなって、思って」

 

「考えてみればそうだよな。飛行機は大丈夫だったんだよな?」

 

「うん、大丈夫だった」

 

「飛行機だと感覚が違うのかな」

 

「あれは現実離れしているっていうか、雲の上を飛んでるから怖いっていうイメージさえ抱かなかったんだと思う。自分でもわからないけど」

 

「まあ、今度からは無理はするなよ。明日のオーディションに悪影響が出たら困るだろ?」

 

「ごめん」

 

「そんなにしょげるなって」

 

「……ごめん」

 

「ちょっと飲み物買ってくるよ。水でいいか?」

 

「うん」

 

「麻理さん。千晶を見ていてください」

 

「わかったわ」

 

「じゃあ行ってきます」

 

 ベンチで横になっているわたしの視界から消えるまで春希の後姿を追ってしまう。もしかしたら麻理さんもわたしを同じように春希の後姿を追っているのかもしれない。

 いつだって春希は優しい。春希が面倒をみると決意した相手のことは責任をもって最後まで面倒をみるから、わたしはどうしても甘えてしまう。

 でもそれだけじゃないかな。春希は強くはないからね。

 きっと麻理さんも、春希の弱いところを含めて好きなんだろうな。だから甘えてしまうのよね。

 

「ねえ麻理さん」

 

「気持ち悪い?」

 

「それはどうにか我慢できるかな」

 

「そう?」

 

「ねえ麻理さん」

 

「なにかしら?」

 

「春希のこと、愛し続けてしまうんだね」

 

 この麻理さんの表情、どうとらえたらいいのかな?

 答えを口にするのを困ってるっていうのが簡単すぎる表現ではあるけど、色々と複雑な乙女心ってとこか、な。

 この人も面倒な立場に自分で追い込んでいっちゃっているわけだから、春希と似たような人種なのよね。わたしは嫌いじゃないからいいけど、煮え切らない態度だと言いきっちゃう人もいちゃうのよね。

 本人達は、自分たちが決めた決断ってもののルールにのっとって行動しているみたいだけれど、周りからすればじれったいわけだし。

 それと、春希への愛情を隠しているってわけでもないんだよなぁ。そもそも春希と麻理さんの関係は春希から聞いているわけだし、麻理さんもその事は知っているんだよね。

 わたしがニューヨークにやってきたからといって、二人の間の関係を隠そうとするそぶりは全くなかったと思うし、それに、わたしに隠そうと演技しているっていうのなら、それこそわたし以上の演技力の持ち主ってことになるわけで、それはないだろうしなぁ。

 そもそも春希なわけだから、演技なんて求める事自体間違っているのよね。

 となると、わたしがここに来た理由を勘ぐっているのかな?

 

「わたしは曜子さんの密偵でもないし、告げ口なんかもしないわよ。あと、冬馬かずさは高校でちょこっと見た程度しかないんだから、そっち方面からの依頼もないことはたしか」

 

「そのことは思い付いたけど、気にはしていないわ。ううん。気にはしているわね。でもね、いくら隠そうとしてもばれてしまうもの。だから、もし曜子さんに報告するのなら、和泉さんが見た事をそのまま話してかまわないわ。むしろそうしてくれたほうが、ほっとしてしまう」

 

「だからぁ、スパイごっこなんてやってないっての。ニューヨークの仕事はね、わたしが行きたいって言ったから美代ちゃんが見つけてきてくれただけなんだから」

 

「そ、そうなの?」

 

「嘘なんてつかないって。美代ちゃんに電話して確認してもいいんだから。それに美代ちゃんは、わたしがニューヨークに行く事自体反対だったんだからね」

 

「どうして反対だったのかしら? 和泉さんも英語の勉強もしっかりしていて、私も感心しているくらいよ。ほんとうにきれいな英語だわ」

 

「そのことは美代ちゃんも誉めてくれたよ。まあ、半分以上は呆れていただけだけどね」

 

「理由はわからないけど、なんとなく工藤さんの気持ちが理解できそうなのはいやね。わかったところで疲れるだけなのに」

 

「それはひっどいなぁ。今回のニューヨーク行きはね。英語をマスターできたら仕事をまわしてくれるっていう美代ちゃんからの提案だったんだよ。わたしはこうして英語を話せるようになったわけなんだから、正当な権利としてニューヨークにきただけよ」

 

「それはおそらく、工藤さんは和泉さんが英語を話せるようにはならないと思っていたから条件にしただけよ」

 

「そうかもね。でも条件をクリアーしたんだから問題ないでしょ?」

 

「ねぇ、もしかして……。ほんとうは日本での仕事がたくさんあったんじゃないの? それなのにニューヨークに行きたいなんて騒ぎだしたから工藤さんが困ってしまったとか?」

 

「見てないのによくわかったね。ほんとすごいよ麻理さん」

 

「あなたに誉められても嬉しくはないんだけど……。むしろどっと疲れが出てきてしまうのはどうしてでしょうね?」

 

「それは麻理さんの勝手だよ。わたしのせいじゃないもの」

 

「はぁ……、そういうことにしておくわ」

 

「それでいいよ。…………ところでさ、麻理さんは今でも春希のことが愛しているんだよね?」

 

 話したくないんならこれ以上は聞かないけど、やっぱちゃんと顔を見て聞いておきたいんだよね。だってさ、あの冬馬かずさとやりあおうとしているわけなんだから…………、ん?

 あっそうだ、麻理さんの体調が治ったら返すって話だっけ?

 でもなぁ、どうもうまくはいっていないような気がするんだよね。

 とくに春希のほうが怖いっていうか、さ。いざとなれば、麻理さんなら春希の前から消えてしまうっていう手段を使いそうだから、これはこれでありかなとは思うのよね。でも春希は駄目ね。

 さてさて、麻理さん。どうなのかな?

 

「愛しているわ」

 

「はっきりと言えるんだね」

 

 むしろ言葉にした事で重荷を下ろしたって感じの顔をしていない? んん~……、ひらきなおりとは違うみたいだけど、どうなんだろ?

 どうもまだよく麻理さんの人物像が掴みきれていない部分があるのよね。

 

「だって言葉にしなくても、和泉さんは私と春希と見て、私が春希のことを愛しているってわかっているんでしょ?」

 

「まあ、ね」

 

「だったら隠す必要ないじゃない。むしろばれているのに隠そうとする方が滑稽よ」

 

「それもそっか」

 

「ねえ、和泉さん」

 

「ん?」

 

「私の方からも質問してもいいかしら?」

 

「どうぞぉ?」

 

「和泉さんも春希の事が好きだったのではないかしら? 今も好きだとは思うけど」

 

「女の勘ってやつ?」

 

「そういうわけではないんだけど、ふたりを見ているとなんとなくそう思えたって言うか……。そんな感じかな? だから、勘っていえば勘なんだけど……、なんだろ?」

 

「間違ってないよ」

 

「えっ?」

 

 そんなに驚くことかな? だって嫌いな人間の相手なんてしたくはないし、そもそもわたしは暇人じゃないんだよね。

 脚本作れってうるさく言われるから逃げなくちゃいけないし、春希に食事を作ってもらうために策略を練らないといけないし、あとはそうだなぁ……、昼寝も大切だしね。

 

「今でも春希のことは好きだよ」

 

「…………そう」

 

 消えそうなくらい小さく呟くその声には力強さがまったくなかった。今にも消えそうな声で、今にも逃げてしまいそうな麻理さんは、わたしのことが見えてはいないのかもしれない。

 もしかしたら、わたしを通して麻理さん自身を見つめているような気さえした。自分の事なのに自分では決められない。決める事ができないことに不安を抱いている。

 だから、似たような境遇の人間をまねようとしているだけじゃないかと勘繰ってしまいそうにもなった。

 でもなぁ……、わたしも麻理さん好きだし、春希じゃないけどやっぱわたしも甘いのかもしれないな。

 まあ、ニューヨークに来てしまった時点で甘いんだけどね。

 きっと春希も麻理さんも、わたしがニューヨークに来たのは、仕事もあるけど春希に会いに来たって思っているんだろうな。あとは春希と麻理さんの様子見とかさ。

 でも、どれも違うんだよね。二人とも気がついてないんだもん。

 気がついたのはニューヨークにはいない二人だったね。まあ、外から見れば気がつくってもんなのかな?

 佐和子さんも曜子さんも、わたしが麻理さんに会う為にニューヨークに行く事に、すぐに気がついちゃうんだもんな。

 べっつに隠す事でもないし、むこうから聞いてきたから話したけど、二人とも陰ながら応援するって感じで、つっこんでなにか言ってくることはなかったんだよね。

 …………ただ佐和子さんにも、そして曜子さんにも、ひっかきまわすことだけはやめて欲しいって懇願されたけど。

 もうほんと、信頼されてるなぁわたしって。

 

「今も春希のことが好きに決まってるじゃん。でもね、わたしは春希の恋人でなくてもいいんだ。今の関係でも十分楽しいし」

 

 わたしの言葉に、はっと顔をあげて見つめる麻理さんの顔は、なにを求めているのだろうか?

 本人でさえなにを求めているかさえわからないのかもしれない。けれど、その顔からは必死さがにじみ出ていた。

 

「女として、見られなくても?」

 

「春希はわたしのことを十分女として認識してるんじゃないかなぁ。だって春希って、わたしの胸大好きだしね」

 

 わざとらしく胸を寄せると、やっぱりかというか麻理さんは苦笑いを浮かべた。

 でもさぁ、麻理さんもけっこうでかい胸しているんだから、春希もちらちらと見てるんじゃないかな?

 

「そういう意味じゃなくて、女の喜びとか?」

 

「春希に女の喜びを刻まれちゃったらどうなっていたかはわからないけど、今はこのままでもいいかなって思ってるよ。たださ、将来どうなるかはわからないよ。だって人間だもの。先がわからないから面白い。将来がわかってしまったら、何も感動を持てないじゃない」

 

「そうじゃなくって」

 

「子供が欲しいかとか? そうねぇ、いざとなったら土下座して精子恵んでもらえばいいんじゃない? あとは夜中ベッドに潜り込むとか? あっ、冬馬かずさも一緒か。まあ、コンサートとかで一緒じゃないときを狙えば大丈夫じゃない?」

 

「…………えっと、その」

 

「大丈夫だって。春希も男なんだから、女の武器でせまれば精子くらい出してくれるって。でも、一回でうまく受精すればいいんだけど、こればっかりは運なのよね。まっ、駄目だったらもう一回やればいいんじゃない?」

 

「そうじゃなくて!」

 

「なにを大声だしてるの?」

 

「あなたのせいじゃない」

 

「そぉお?」

 

「そうなのよ。私が聞きたかったのは、友達のままでいいのかってことよ」

 

「友達?」

 

「そうよ」

 

「べつにどうでもいいかな」

 

「ほんとうに?」

 

「本当だって。だって、わたしは春希と友達であるかどうかなんて気にしていないからね。そもそも北原春希と和泉千晶の関係であって、友達であるとか恋人であるとかという定義は関係ない。ある人間から見たら友達だと思うかもしれない。また、違う人間からは恋人だと思われるかもしれない。まあ、恋人だと思われてしまうと冬馬かずさがお怒りになるかもしれないけどぉ……、まっいっかな? それで春希と冬馬かずさが喧嘩しても、それは春希と冬馬かずさの問題だし、わたしがどうこうすることじゃないからさ」

 

 いつしか高所恐怖症の影響でぐったりとベンチで寝ていた事さえ忘れ、ベンチの前に立ち熱弁をふるってしまっていた。

 力強く、目の前の女性を鼓舞するようにはきはきと。願わくは、この人にちょっとでも元気をわけあたえられたらと思わずにはいられなかった。

 

「罪悪感とかは?」

 

「ないよ」

 

「言いきるのね」

 

「だって、もしなにか問題があったのなら、春希がわたしを拒めばいいだけじゃない」

 

「それはそうだけど、春希が簡単に見捨てるわけないじゃないのよ」

 

「それは春希の問題だよ」

 

「無責任だわ」

 

「わたしは春希じゃないから、春希の心をどうにかすることなんてできないって。それに、どこまでがよくて、どこからが駄目なのかなんて、わたしが決めることじゃないよ。そうだなぁ、冬馬かずさの気持ちしだいじゃないの? でもさ、その冬馬かずさの心もさ、時と場合によって変化すると思うよ。機嫌が悪かったらちょっとしたことでも蹴りが飛んでくるんじゃない?」

 

「そこまでは……」

 

「そうかな? 高校時代の冬馬かずさは、けっこう過激だったと思ったけど?」

 

「そうなの?」

 

「うん。何度か冬馬かずさに蹴られている男をみたことあるからね」

 

「過激な人だったのね」

 

「まあそうだね」

 

 だいたいは無視して終わりだったんだけどね。中には飯塚武也とか飯塚とか武也とか、そういったうざい飯塚武也が性懲りもなくしつこく付きまとったりすると蹴りが飛んでくるんだよね。

 

「どうしたの、にやにやしちゃって?」

 

「ん? ごめんね。高校の時のことを思い出しちゃってさ」

 

「ふぅ~ん……」

 

「春希もさ、嫌がるふりをする冬馬かずさにしつこく世話をやいていたんだけど、一度も蹴られた事がなかったなって思ってね」

 

「そうなの?」

 

「冬馬かずさも嫌がるふりをしていただけだからね」

 

「二人とも当時から面倒な性格をしていたのね」

 

「わたしも最初から二人を見ていたわけじゃないからわからないし、聞いた話も含まれているんだけど、普通の男連中が冬馬かずさにしつこくまとわりつくと容赦なく蹴りが飛んでくるわけよ。でも、春希だとまったくそれがない」

 

「は、はぁん。ということは、そのころからかずささんは春希のことが好きだったけど、春希は気がつかない朴念仁だったわけね」

 

「そうなるね。あと、まわりの人間は気がついていたと思うよ」

 

「でしょうね。あからさまだったと思うもの」

 

「……ちっ。飯塚の奴。あいつらがひっかきまわすから面倒なことになったんじゃない。まっ、そのおかげで面白い物語を拝めたけどさ」

 

「和泉さん?」

 

「ん? なんでもない。ちょっと独り言をね」

 

 思わず愚痴が漏れ出てしまったけれど、麻理さんが怪訝な顔をする程度ですんでよかった。

 こういうときエキセントリックな性格だと思われているのはもうけものよね。

 でも、ひっかきまわすっていうニュアンスは間違ってるかな。なにもしないって言ったほうがあってるとは思うけど、なにもしないっていうのも行動のうちなんだよ、飯塚君。

 

「というわけで、わたしはわたしの気持ちに従って行動するから、その行動で春希を困らせてしまうとは思うよ。たぶんおもいっきり困らせると思う」

 

「自覚はあったのね」

 

「まあね。でもさ、春希が本当に困ったら、そのときは冬馬かずさを春希は選ぶと思うよ。春希は冬馬かずさだけを選んで、ほかは全て切り捨ててしまうはず。…………でも、今はそれをしていないし、冬馬かずさも麻理さんのことは了承しているんでしょ?」

 

「まあ、……そうね」

 

「だったらそれでいいじゃない。それでもし怒らせるようなことになったら、そのときはごめんなさいって謝ればいいだけだよ」

 

「そんなに簡単なことかしら?」

 

「人生って、自分が考えているよりも単純だと思うよ。自分が複雑に考えてしまっていることならなおさらにね」

 

「はぁ……」

 

「どうかした?」

 

「ありがとね、和泉さん」

 

「ん? どういたしまして」

 

 ちょっとばかしこそばゆいかな。偉そうな事を言ってみたものの、とどのつまりは好き勝手やってみろっていうことなんだよね。

 でも春希と麻理さんって、わたしとは真逆で考え過ぎっていうのかな? 常識や理屈にとらわれ過ぎて何もできていないって気がするんだよね。

 

「水買って来たぞ。って、千晶。もう大丈夫なのか?」

 

 ちょうどいいところに戻ってきたかな。なんだかわたしたちの話を近くで聞いていたんじゃないかって思えるほどタイミングがよすぎる気もしないではないのよね。

 でも、まっいっか。春希が聞いてくれていても悪いわけでもないし、聞いてくれていた方がいい気もするわけだし。

 実際聞いていたかなんて直接春希に問う事はできないけど、わたしの本来の目的はなす事が出来たし、もういいかな。

 

「ん? 大丈夫みたい」

 

「じゃあ水どうする?」

 

「もらっておくかな」

 

 春希はペットボトルをわたしに渡すと、麻理さんにも同じように手渡す。

 麻理さんに動揺はないみたいだった。わたしの目から見ての判断だから、一緒に暮らしている春希はどう思っているかはわからない。

 でも、春希はなにも言うつもりはないようだ。

 そりゃあ、今春希には言うべき言葉は見つからないかな。

 

「さてと、休憩もとったし、そろそろ行こうか?」

 

「もう一回昇るっていうなよ?」

 

「春希じゃあるまいし、自分をいじめる趣味はないっての」

 

「いちおう聞かなかった事にしておくからな。……それでどうする? 博物館の方に行ってみるか?」

 

「そだね。さてと、麻理さんもそれでいい?」

 

「ええ、私はそれでかまわないわ」

 

「じゃ、決まりだね」

 

 わたしはニヤリとそう言うと、春希の右腕に自分の腕をからませてから歩き出す。

 当然春希は困惑気味の顔が全開だった。

 いい気味だ。このくらいの迷惑料はいただかないと。

 

「おい、千晶っ」

 

「ささっ麻理さんも」

 

「ええっ?」

 

「だから麻理さんは反対側にしがみつかないと。右腕は埋まっているかもしれないけど、反対側は空いてるんだよ?」

 

「だけど……」

 

「いいじゃない。美女二人をはべらしているんだから、春希もご満悦よ。ねっ、春希」

 

「ノーコメントで」

 

「春希はOKだってさ」

 

「こら、千晶」

 

「じゃあ、麻理さんだけ駄目なの?」

 

「お前にも許可した覚えはないんだけどな?」

 

「拒否もしてないでしょ?」

 

「うっ……」

 

「ねえ、春希。私にも腕を貸してもらってもいいかしら?」

 

「麻理、さん……?」

 

「どうかな?」

 

 ここはもうちょっと色気がある仕草を混ぜないとダメでしょ。せめて下から上目遣いくらいしなさいよ。

 

「俺の、腕でよかったら」

 

「ありがと、春希」

 

 麻理さんの無防備さがいいっていうやつもいるかな?

 少なくともここにいる春希は好きなわけだから、結果としては問題なしか。

 でもさぁほんとにのろけまくってるよ、麻理さん。

 女のわたしでも、そのはにかんだ笑顔にはやられちゃいそうだよ?

 

 

 

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