大助とミドリ、シルフが向かったのは森を抜けたところにあった小さな町だった。活気はないが人気がないわけではなく、ただ静かで霊妙な感覚を覚える。町の中心にたどり着くまでに人とすれ違った回数はただの一回だけであった。
現代社会の常識からすればありえないような建築の為された木製の建物を物珍しげに眺めながら大助は訊く。
「此処はミドリの故郷か?」
「違うよ。私は故郷を飛び出してきたんだから故郷になんて戻らないよ。此処は最近着いた町。荷物も置いたままだし戻らないと」
「そうなんだ……ミドリも大概、数奇なことをしてきたんだね」
数奇、という言葉をミドリは笑い飛ばした。
「ドライバを持ってる人は皆こんな風な人生になるんだよ。何も私に限ったことじゃないって。数奇って言うにも値しないと思うなあ、普通だよこのくらいは」
「そうアルそうアル。このくらいなら普通アルよ。そっちでは違うアルか?」
少なくとも大助のいた日本は年頃の少女が武器を片手に一人旅をするような世界ではなかった。だが、異世界であり更に地球上でも特に平和な日本を例に挙げても理解はされないと思い、苦笑をするにとどめた。代わりにと言っては何だが、大助は虫の在る、慣れ親しんだ最高で最悪の夢のない世界の話をしだした。
「こっちでは大半の人は普通に生きてるよ。遊んで、馬鹿騒ぎして、勉強して、将来に夢を持つ。何もしなくてもとりあえず生きていける、っていうのが俺の世界だから」
「平和アルねー」
「ちょっと退屈そう、かな?」
「まぁ、普通の人には退屈だろうけどね。俺や『むしばね』……まぁ、レジスタンスみたいに『虫』の存在を知ってる人間からしたら生きていくことも辛いような世界だよ。必死すぎて夢まで見失いそうなくらいに」
笑えはしなかった。冗談めかして言ったつもりでも無意識に真剣な口調になっていた。
虫を良く知らないミドリは首を傾げる。
「そっちの世界には虫は少ないの? あの黒いのとかもいなかったりするのかな……」
「そういう虫じゃないんだ。寄生虫、みたいなもんさ。宿主の夢を食う代わりに力を与える。それを誰もが『虫』と呼んで恐れてる」
化け物。虫憑きである大助自身まで自嘲的に自称するほどにはその印象は広く普及している。それは事実だ。誰であろうと、どんな力であろうとも人以上の能力を持ってしまった存在は怪物と呼ばれる運命にある。畏怖と言うものだ。少なくとも大助は虫憑きを『好き』と言い切った人間をただ一人しか知らない。その人間でさえ悩み、悩みぬいた結果として出した結論なのだから。
大助は誰にも聞こえないように小さく「かっこう」とあれの名を呼んだ。間もなくして呼びかけに応え、緑と黒の縞模様を持つかっこう虫が大助の肩に留まった。ミドリが小さく呻き身を引く。
「大助、肩に毒でもありそうな虫が留まってるよ……初めて見る奴だけど」
「ミドリ、これが俺の虫だ。さっきの力はこれを自分の体に同化させることで使う……まあ、他に依存しているって意味ではドライバに似てるかもしれないな」
かっこう虫は無表情のまま前腕で顔を擦ったり、長い触角をぴくぴくと動かすだけで、大助の言葉に反応しようともしない。
それが夢を食う、という事実を大助は説明しないことにした。説明しがたい上に、ミドリがそれによって自分を必要以上に気遣うかもしれない。そうすれば、此処は少なくとも居心地の良い場所ではなくなってしまうだろう。人に必要以上に尊重されるのは大助にとって余り好ましいことではなかった。
出来るだけ自然に、話の矛先を虫からドライバへと逸らすことにした。
「それより俺はドライバについての話をもう少し聞いてみたいな。そのドライバ……ええと、『アル:フォンシェン』の横に着いてる変なマークみたいなの、何だ?」
大助が指差した物を見てミドリが得心したような声を上げた。
「これはドライバがもつ属性を示してるんだよー。これは『風属性』っていうこと」
そこについていたのは緑色に輝く、地に生えた草とつむじ風を表したようなイラストのアイコンだった。小さいワンポイントだったので今まで見逃していたものだ。
現代人的思考回路を持つ大助としては「やっぱりRPGじみてきたな……」という感想を抱いてしまう。
「ドライバには六つの属性があるアルよ。『火』『水』『風』『光』『闇』『無』アル。ドライバは必ずこの六つに大別されるアル」
「『無』? それだけ想像できないな……」
「まぁ、不干渉とか無欲とか、あまり何かとかかわらない孤高の属性だからね。ドライバの属性は持ち主の心に左右されるけど、無属性は何かが無い人が多いかなぁ」
ミドリは誰かを思い出したように虚空へ視線を走らせながら言った。
「まぁ、それ以外にも妙な能力を持っていたりする人は一杯いるんだよ。私は、そういう人を見たくて旅をしてる節もあるかも知れないし」
「ミドリの旅は漠然としすぎてるアル」
相変わらずつむじ風で宙に浮くシルフに突っ込まれたミドリは乾いた笑いを浮かべた。シルフの指摘はもっともだったらしい。
目的が無い。それは少なくとも虫憑きにはありえないことだ。虫憑きは必ず、何を賭してでも叶えたい願いを持っているはずなのだから。当座の目的以上の、生きること、人生そのものを懸けても惜しくない、そんな願いを心に抱いたからこそ虫憑きは虫憑きであるのだ。
ただ、それがミドリなのかもしれない。風はいつでも気ままに、目的も無く吹くだけだ。漠然、漫然。無、とも形容できるそれが風の本質なのかもしれない、と大助は思った。
と、ふと大助は疑問に思った。
「ドライバって遺品だったりするんじゃないのか? それが心に左右される?」
「うん。例えるなら……水と容器みたいなものかな。ドライバはあくまでも『入れ物』であって、中に何を入れるかは使う人によるみたいな感じ。使う人が変わればドライバの属性も変わるよ」
「へぇ、意外と自由なんだな。……だったら、俺もどこかでその、ドライバを手に入れれば使えるのかな」
もし手に入れば、と夢想せずにはいられない。夢を食われることなく虫を殺せるなら大助にとっては願ったり適ったりだ。大助の虫は強力だが、使うたびに大量に夢を食う。こんな使い方をしていれば早々長くないことだけははっきりと予感として彼の内に存在した。
ミドリもシルフもあっさりとうなずいた。
「そうアルね。大助に素質があれば使えるアル。素質がなければ使えないアルよ?」
「大助なら大丈夫だと思うけどね。ドライバに拒絶されたことがある人なんて逆にいたっけ?」
「私アル」
「シルフは存在自体がドライバみたいなものじゃん! そもそも人じゃないし!」
二人の会話を聞きながら、大助は内心で拳を握り締めた。固い決意を表して。
「……そのドライバって奴、さ」
出来ることならそれは、相棒の形であってほしい。
「銃、できれば拳銃の形の奴もあるかな?」
宿へ辿り着き、ミドリらは木製の薄いドアを勢い良く開け放ち、中へ入ろうと足を一歩踏み出した。
瞬間、
「その子にさわんなつってんだろ! 嫌がってんだろうが!」
「ぐげっ!」
苦悶の声と同時に、大柄な男が扉の中から跳ね飛んで、ちょうどその方向にいた大助へと直撃した。余りにも唐突かつ本人にもそのつもりがないであろう襲撃に驚愕しつつ、男と大助は路上へ転がった。
中からはまだ威勢の良いがまだ若さを感じさせる声が跳ね飛ぶ。ただ、その声の主が分かったミドリは反射的に叫んだ。
「アカネ!?」
「あっミドリ危ないアルよ! 全く……危なっかしいアル……」
「俺の心配はなしか!?」
「大助よりもミドリを心配するのは常識アル」
いっそ殴りたい衝動に駆られたが、そこは奥歯を噛み締めて耐える。確かにミドリを心配するのは当然なのだが、それにしても扱いが雑すぎる気がした。
既にシルフも宿屋に入った後らしい。その時点で大助は宿に入ることを諦め、可及的速やかに大柄の男を上からどかして入り口から離れた。この先に起きることは最早ほとんど分かりきっていると言っても過言ではない。
その直後、轟という風の吹き荒れる音が舞った。そして、中にいた大量の人間と外壁の一部が吹き飛んだのであった。
吹き飛んだのは全てチンピラにしか見えない若い男達だった。全員風に中てられ、泡を吹いてノビている。
宿屋の中から激が飛ぶ。
「なにしてくれとんじゃあああああああああああああああああ!!」
どうも、数時間は店主から開放されないであろうと言う絶望。溜息一つを吐いて大助はその先にあるであろう未来を考え、酷く憂鬱な気分へ陥った。
続く
次は大助以外の虫憑きが出る予定です