聖なる扉とムシのウタ   作:蒼ヰ海介

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イフリートの精神は本編では壊れていません。無事です。悪戯神に誓って。
割と原作キャラの性格が崩壊する可能性がありますが、頑張ります。


宿屋での強制労働

 宿屋での仕事。それはというと、

「つまり、弁償しなくて良いから新しく作って来い、か。……流石田舎。考え方が柔軟だなー」

「さりげなくミドリ達を傍においておく辺り、あの店主の性格が窺い知れるわね」

「利菜、もうちょっと切れるか?」

「お安い御用よ。ほいほいっと……」

 二人は今、宿屋から少し離れた森の中にいた。鈍い音が木霊する。

 重い斧を振り上げ、一気に振り下ろす。先刻はそもそも一本の木だったところから、大助と利菜で切り倒し、ようやく一つの椅子が出来上がろうとしていた。

 つい利菜は大助へつっけんどんというかぶっきらぼうに振舞ってしまうことが多いのだが、今はそんな風に振舞うことはない。ただでさえ体力を使う作業だというのに、無駄な口論で体力を消費しても本当に無駄なだけだ。まぁ、見ていると無性に心が疼くだけで、大助は利菜へ何かちょっかいをかけてくることもない。

 牧歌的だ。二人の間に流れる、非常に珍しい一時休戦とも言うべきちょっとした安寧の時間である。

 ただ、流石に両者とも限界に近づいていた。既に二時間ほど、小休止を挟みつつ延々と斧を振るい続けてきた。明日は筋肉痛だな、と大助はぼやく。

「しかし、凄いんだな利菜は。俺より体力あるって」

 大助はあくまでも利菜の前では一般人のふりをし続けなくてはならない。ただ、訓練を積んでいる大助に、一般人である彼女が負けじとくらいついてきたことは意外だった。

 一方の利菜は応える気力もないようで、光が差し込む乾いた場所に身を投げ出し、ぐったりと寝そべった。髪や服が汚れることもまるで構わない、そんな様子だ。ただ、殆ど意地のように憎まれ口を叩く。

「あはは、薬屋もだらしないわねえ。ま、よわっちい体してるしね。アカネがこっちに来るには扉が選別するとか言ってたけど、アンタが入れるようなら皆入ってこられそうねー」

「今の利菜に言われたくない。……そうだ、利菜、ミドリが水筒と弁当持たせてくれたから一緒に食べようぜ」

「はぁ!?」

 ほんの少し高鳴ってしまった胸を抑え、利菜は勢いよく身を起こした。一瞬で、体に染み渡っていた疲労感が吹き飛ぶ。

 心を様々な矛盾した感情が錯綜する。何を言えばいいか分からず、つい利菜は慣れてしまった調子で荒々しく言葉を紡ぐ。

「だ、誰がアンタと一緒に食べるのよ! あたしの分、寄越しなさいよ!」

 ほんの少し、心を後悔が満たす。また言ってしまった、と。まだ言うべきことが分からなくて悩んでいる間だと言うのに。

 だが、大助も呆れたようにナプキンに包まれた大きい一つの弁当箱を利菜へと見せ付けた。そこに挟めてあった手紙と一緒に。

「ミドリから。手間だから弁当箱一つに纏めちゃったってさ。幸い、フォークは二本あるし回して食べるか……。纏めないでほしいなあ」

「そ、そうなの……。ま、面倒くさいって気持ちも分からないではないわね。詰めるのもそうだし、洗い物の手間も二倍だし、こうして一つに纏めちゃったほうが効率的なのは間違いないのよ。作るほうからすると」

「ああ、そうか。確かに、ミドリたちはミドリたちで忙しそうだし、仕方ないのか。……あ、良かった。カップは二つある」

 籐のバスケットの中身を探る大助。どうやら弁当箱以外は二つずつ入っているらしい。これで、何もかも一つずつしか入っていなかったら酷く気まずいことこの上ない。常識的なミドリに大助は感謝し、内心で手を合わせた。

 水筒の中身をカップに注ぐ。赤茶けた紅茶のような色合いの飲み物であった。アイスティーである。

 大助はそれを利菜へと渡した。

「疲れたなら水分をとったほうがいいぜ。涼しいけど、脱水症状にはいつでもなりえるんだから」

「別に、大丈夫よ。一応貰っておくけどね。薬屋も飲みなさいよ? 倒れられたらこっちが困るわ!」

「そっちこそそうだろ。疲れて倒れられても大変なんだから」

「……何で意地張り合ってんのよあたし達」

 自分らの行為が如何に無為かに気づき、脱力して利菜はまた草の上に寝転がった。大助も木の幹に体を預け、弁当箱を開く。優しい香りが漂う。

 中身は色々なものが入っている。大半は朝食としてシルフが作った料理の残り物を入れただけの簡素な物だが、それぞれのクオリティが高く纏まっているため残り物だとしても非常に見栄えが良い。空腹感で満たされた大助の心をジャストミートである。

 鶏肉のバジルソテーを口に運ぶ。バジルソテーと言っても現代のそれとは少々味が違う。恐らくは野菜の種類が少々違うのだろう。ただ、胡椒のアクセントが利いていてやはり見た目に違わず美味だ。辛目の味が好きな大助はつい顔を綻ばせる。

「利菜、利菜も食べろよ。かなり美味い――」

 と、その瞬間通り風が強く吹きつけた。よろめきつつも、手に持っている弁当を落とさないようにと慌ててしっかりと抱え込んだ大助。

 だが、利菜のほうを向いていた彼は見てしまった。風に吹かれた利菜のスカートの端が持ち上がり、ふわりと風に舞うのを。

「あー、いい風ねー」

 などと暢気なことをのたまう利菜は間違いなく気づいていない。そのいい風で、彼女のスカートがふわりと捲れ上がってしまっていることに、

 そのスカートの中、下着が僅かに覗いた直後に大助は爆発的に顔を紅潮させて目を逸らした。回らない呂律で夢中で叫ぶ。

「り、利菜! 押さえてくれ! その……見えてる!」

「はぁ? 何が――ってきゃああああああああ!?」

 ようやく気づきスカートを押さえて慌てて立ち上がった利菜。だが、ほんの一瞬だけ見えてしまった。ほんの一瞬、コンマ一秒にも満たない時間だと言うのにその光景が写真のように脳裏に焼きついてしまう。自分でもはっきり分かるほどに顔が熱く火照っている。今は利菜の顔を直視することなど出来そうになかった。

 知らぬ間に口元がにやついている大助を利菜は睨む。だが、脳内では混線した様々な感情が好き勝手に電気信号を飛ばしていた。

(く、薬屋に見られ……ッ!! う、ううっ、油断した……。なんであたしこういうときに野暮ったいのを……ってそうじゃなくてそうじゃない! 見られたことを怒るべきで! で、でも……今のは薬屋のせいじゃないから怒る必要もなくていやでも見られたんだから責任問題なの!? もう、もうこういうときどうするのが一番いいのよ!)

 有体に言って、絶賛混乱状態。

 頭の中がぐらぐらと揺れて、まともに話せそうにない。何を言えばいいかが分からない。というのに、長年の経験から培った脊髄反射は見事に年頃の少女らしい羞恥心と乖離して、彼女の口を動かした。

「く、薬屋の、……変態! 痴漢! 変態!」

「ち、痴漢じゃないわざとじゃない! み、み、見てないから!」

「見てないならなんで『見えてる』とか言えるのよ!」

「しまっ……それは言葉の綾だから気にしないほうがいいと思う」

 失言を取り繕ったときにはもう遅く、バシンという快音とともに頬に凄まじい衝撃を感じた大助は唯一弁当だけはがっしりと守ったまま二回転して止まった。頬に紅葉がくっきりと刻まれているのが非常に痛々しい。

 利菜の顔も真っ赤だった。

「いってええええええ!!」

「記憶から消しなさい! 今すぐ! そうすれば殺しはしないわ!」

「わ、分かった、消す、消します! で、でも今のは不可抗力だっ!」

 反論した瞬間にまた張り手が飛ぶ。ぎゃああああ! とのた打ち回る大助。演技などではなく本当に痛い。多少なりとも痛みに耐える訓練を積み、痛みへの耐性はあると思っていた大助の自身を粉々に打ち砕くビンタだ。

 バシンバシンという音と、それに続く悲鳴が森へ木霊する。そんな中、小鳥は暢気に涼やかな声で鳴いていた。

 

 散った大助の亡骸(誇張)を見下ろし、ようやく興奮状態が収まった利菜は心中で「ごめん」と謝ってから大助を揺さぶった。

「薬屋、起きなさいよ」

 大助は唸り声を上げて目を開く。

「う、うう……悪い、利菜。ちょっとくらい手加減してくれ……」

「手加減とか、上手くできないのよアンタには。それより、ちょっと来て」

 大助を引き起こし、利菜は森の奥へと彼の手を引いて歩き出した。

 起き抜け(気絶し抜け)で訳も分からないままに手を引かれる大助だったが、凡そ三分も歩いた頃に利菜へと問いかけた。

「利菜、待てよ、どこへ行くつもりなんだ? ……まさか、誰にも見つからない場所で俺を処分するなんて言う変な冗談は止めてくれよ?」

 利菜は足を止めない。口だけを動かす。その様子はどこか切羽詰っているようにも、楽しげにも感じられた。まるで、冒険の始まりを予感するかのように。

「さっき、アンタが転がったときに水筒の中身が全部出ちゃったのよ。それで、水場がないか探してたら、妙な場所を見つけたの。見てもらいたくて、ね」

「……そういや蓋閉め忘れてたっけ」

 利菜のために紅茶を注いだきりだったような気がする。

 ざくざくと野放図に草の生えた場所をまっすぐに歩き続ける利菜。そのまま数分歩き続けたとき不意に木々で閉ざされていた視界が突然開け、ギャップと思しき空間に出た。その場所だけ光が差し込み、色とりどりの野草が花を咲かせている。だが、大助と利菜が見つめるのはそんな美しい光景ではなかった。その奥にあった、奇妙な扉だ。

 苔むして、間違いなく人の出入りもなくなったであろう扉。だというのに、直感する。それはまだ使える。中には何かが息づいている、と。気配のようなものを。

 戦闘員としての勘が黄色信号を灯す。中に何がいるか、何があるかは全く分からない。ただ少なくとも、一般人が戦って勝てるような相手でないことだけは確かだった。少なくとも虫を使った状態の大助で互角といったところだろう。利菜も大助と同じように感じているはずだ。

 だが、と二人はお互いを横目でちらと見る。

(……俺は、監視役としてこいつに虫憑きだってことを知られてはいけない)

(一般人の薬屋にはあたしが虫憑きだってことを知られちゃ駄目……)

 小鳥が囀る。

「これ、どう思う? 中に入るべきかしら」

「……俺は、ミドリとアカネを呼んでくるべきだと思う。一般人くらいの力しかない俺達だけじゃ危ないと思うし。ただ、様子を見るくらいだったら少し、入ってみてもいいかもしれないけど……」

「奇遇ね。薬屋も同じこと考えたんだ。意気地無しだと思ってたけど」

 利菜と大助はお互い顔を見合わせ、扉の前へと進み出る。赤い扉で、苔を取り払うと僅かに文字が読めるようになった。

「……第一××、カーマイン……連絡通路?」

「掠れてて一部読めないわね。……薬屋、とりあえず一旦、斧だけでも取ってきましょう。こういう冒険なら先ずは武器が必要なのよ」

 利菜の意見には大助も賛成だった。少なくとも徒手空拳よりは若干錆びた斧でもあったほうが良い。そう思い、二人は一度元の場所へと戻り斧を手にとって扉の前へと再び参った。

 利菜が楽しそうに笑う。

「こういうの憧れてたのよ……。なんていうか、こう、主人公になった気分じゃない? 薬屋を率いて冒険に向かう戦士、みたいで格好いいわ!」

「お供が俺かよ。普通逆じゃないか?」

「いいのよ。女戦士よ」

「まあいいけどさ……。ともかく、危険になったら直ぐ逃げよう。あくまでもこれは偵察だからな? 利菜」

 自分でもしつこいと思うほど念を押す大助。利菜も少々はしゃぎながらもそこは弁えているようで、こくりとうなずいた。

「ま、確かに主人公じゃないわねーこういうの。でもこういうところって、最後は御宝があるって相場が決まってるじゃない?」

「利菜はちょっと冒険活劇の読みすぎじゃないか」

「夢があるっていうのよ」

 自分に言い聞かせるようにそう呟き、利菜は扉へ手をかける。金属の独特の冷えた感覚が掌に伝わる。さほど重くは無い。押せば簡単に開きそうだ。

 大助も手を副える。

「……確かに、夢が無いよりは断然いいね」

「じゃ、行くわよ」

「了解」

 二人は力を込め、扉を押す。長年使われていないにも拘らず、驚くほどスムーズに音も無く扉は開き、ぽつりぽつりと燐光の灯った通路に光が差し込んだ。

 二人は一瞬だけ視線をかわし、高鳴る鼓動を抑えて中へと一歩足を踏み出す。

 だが、このときまだ二人は知らなかった。この場所の、ルールと言うものを。

 多分知っていれば、多分分かっていれば、二人は偵察などせず迷わず二人を呼びに戻っていたに違いない。だが、所詮はそれは仮定法であり、現実には起こり得ないのだが。

 何処かで炎が小さく揺らめいた。

 

続く

 

 




次はダンジョン攻略編です。因みに、連絡通路なんて言うステージはディバゲには存在しませんが、ご容赦ください

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