陽が暮れ、辺りは闇に染まる。
歩くのはおよそ人は通らないだろう獣道。
「妙だな。時間からいってもう着いてもおかしくはないんだが。」
蘭剣が独り言のように呟いた。
「そう ですね。
まるで、アヤカシにでも 惑わされて いる ようだ。」
「確かに。」
二人は歩みを止め、辺りを見渡す。
これと言って、変わったものはない。
―カタン
どちらの背負いからか、分からないがそんな音がした。
もしかしたら、両方かもしれない。
二人は、ほとんど同時にある方向に目を向けた。
それは、彼らが今来た方向。真後ろだ。
「ほう。」
薬売りは目を細めると、徐に二センチ程の正方形の紙を、袂から取り出した。
蘭剣は、それを見ると一歩下がった。
薬売りが取り出した紙は、彼が貼り付けるような動作をすると、宙に浮き御札になると何もない筈のそこに貼り付いた。
「結界か。」
蘭剣が呟くと同時に、空気が揺れた。
すると、まるで蜃気楼のように一つの村がその姿を現した。
「どうやら、あそこが目的地のよう ですね。」
「ああ、そうみたいだな。だが、まさか結界が張ってあるとは。
ずいぶん用心深いこった。」
二人の旅人は目的地へと足を踏み入れた。
結界が張られ、常人には決してたどり着くことのできない村。
結界の主は人か、アヤカシか。
そこは小さな村だった。
周りを森に囲われ、ほんの十数件の小さな家があるだけで、他には何もない。
「これはまた、見事に 何も ありま せんね。」
「いっそ清々しいな。」
二人は辺りを見回す。
何もない。だが、気配はする。
当たり前だ。
家があるのだから、当然住人もいる。
何も可笑しい処はない。
その大半が、森からすることを除けば。
−カタッ
彼等の背負いから音がした。それと同時に風を切る音。
彼等の間を、何かが通り過ぎた。
それは人の腕の長さほどの木の枝だった。
「来たよ、トツクニのモノが来たよ。」
何処からか、囁きが聞こえる。
「何しに来たのかな。
伐りに来たのかな。
燃やしに来たのかな。
それとも」
−殺しに来たの?
−カタ、カタカタ、カタッ。
囁きか止み、音が止まった。気配も消えた。
「森に何かがいるようだな。」
「ええ、結界も そいつの仕業かも 知れま せんね。」
森の気配は消え失せた。
だが、村の気配は消えていない。
「まずは、誰かに話を聞こう。」
「もっとも、そう簡単に いくか どうか。」
「そうだな。何せ俺達は」
「ええ、」
トツクニのモノらしいからな。
「では、いきましょうか。」
「ああ」
二人は、迷うことなく一軒の家を目指す。
その家は、他の家々よりも少し大きいが、それ以外は特に変わったところはない。
だが、人の気配が集まっている。
二人は、戸を叩くでもなく、声をかけるともなく自然に中へと入っていった。
その家には、十二、三人の人間が集まり震えていた。
村人のように見える彼等は、皆一様に震え声もない。
「ごめん ください。
すいま せんが 少し話を 聞かせては もらえませんかね。」
薬売りは、声をかけた。
その声を聞いた村人達は、動きを止めた。
何人かは、頬を染めじっと薬売りを凝視している。
「この村で一番偉い御人に会わせては、もらえませんかい」
蘭剣がそう尋ねると、数人の村人が我にかえったが、他の者はまだ凝視したままだった。
「あんたらは何者だ。」
部屋の中、一番奥にいた男が声を上げた。
その声には、怯えと警戒しかなかった。
「別に 怪しい 者じゃありま せんよ。」
「そうさ、俺たちはただ聞きたいことがあるだけなんでね。」
二人はそういうが、男の警戒はとけない。
他のものたちをみても、答えは返ってきそうにない。
ほとんどの者はまだ薬売りを凝視しているし、残りは頬を染めながらも怯え、何も話そうとはしない。
さて、どうしたものかと思案し始めたところ、思いもよらない声がかけられた。
「おまえたち、何者だ。」
それは二人のうしろ、開けたままの戸口からだった。
「さてはモノノ怪の仲間か!応え、」
「小田島さま?」
声の主は今にも、噛みつきそうな勢いで話していたが、それは薬売りの声にさえぎられた。
そこにいたのは、いかにも武士と言った格好の大柄で、青髭が特徴的な男だった。
その男は、驚いた顔で薬売りを凝視し、餌を求める魚みたいにパクパクと動かしている。
「知り合いかい?」
「ええ、前に 少し。
お久しぶり ですね。」
二人はそんなことは気にせず会話をしていたが、
薬売りがもう一度男・小田島に声をかけると、
「く、薬売り〜!」
絶叫が響き渡った。
「・・・随分とでかい声だな。」
「そんなに 叫ば なくても 聞こえ ますよ。」
二人はあまりの大声にかおをしかめる。
小田島の方は、あまりの驚きに腰を抜かし声も出ないようだ。。
「どうかしましたか?」
どうするかと考えていた二人に再び声がかかった。
「私は、この村で村長をしております野鹿やかと申します。」
見るといかにも好好爺然とした老人がいた。
「あなたたちは?」
そう、笑っていた。