東方二次異変   作:ほの基地

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第二次紅魔郷 (転)

 麟と別れた魔理亜は紅魔館の裏手に回っていた。

 彼女は何かを探すように、キョロキョロと何もない地面を見つめている。

 

「確かこの辺りにあったと思うんだけど……あ、あった」

 

 魔理亜がそれを見つけると、地面に幾何学模様が浮かんだ。

 地面に浮かんだ模様は光輝き、魔理亜は臆することなくその光に飛び込んだ。

 

 彼女が光の眩しさから目を閉じ、再び目を開ける頃には景色が変わっていた。

 かび臭いその場所は紅魔館唯一の図書館である。

 中は大量の本棚が通常では見られない高さで鎮座している。

 まるで本棚で作られた城のようだ。

 

 ここを魔理亜の目的の人物が根城にしている。

 魔理亜は埃を巻き上げながら図書館を進み、目当ての人物を見つけた。

 椅子に腰かけて本を読む彼女は箒に乗ったままの魔理亜を一瞥すると興味がないのかその視線を再び本に戻した。

 

「お久しぶりです。パチュリー・ノーレッジ師匠」

 

 箒から降り、薄らとした笑みを張りつかせて魔理亜はお辞儀する。

 そこで本を読む少女、パチュリーは溜息を吐いてから本を閉じた。

 彼女は本を無造作に投げ捨てると、本は空中で軌道を変え本棚に収まる。

 

 不快そうに魔理亜を眺めると、パチュリーは小さい声で何事かを呟いた。

 それを聞いて魔理亜はすぐに箒を取って空に浮かび上がる。

 箒に乗る暇もなかった彼女は箒にぶら下がったまま図書館の上空に移動したが、地面から現れた赤い鎖に足を捕られてしまった。

 鎖は地面に戻りながら魔理亜を引っ張る。

 大した抵抗も見せずに魔理亜はなすがまま、地面まで引き戻された。

 

 魔理亜は地面に着いた瞬間に複数の鎖がまた飛び出して彼女を拘束した。

 鎖は赤い光沢を放ち、魔理亜の体をきつく拘束している。

 がんじがらめに固められた彼女は苦しそうに息を吐いた。

 

「酷いじゃないですか、師匠。弟子であり、友人の妹でもある私をこんな目に会わすなんて」

「あなたが現れたら私以外の師匠もきっとそうするでしょうよ。それに、私はもうあなたの師匠ではないわ」

 

 パチュリーがそう言うと魔理亜は俯き、やがて首を回した。

 薄ら笑いを浮かべたまま魔理亜は何でもないように鎖から抜け出す。

 鎖はいつの間にか数百年の年月を経たかのように錆びつき、あちこちが破損していた。

 あっさりと鎖から抜け出した彼女を見ても、パチュリーは特に動揺しなかった。

 その灰色の瞳は油断なく魔理亜を見据えており、警戒しているようだ。

 

 師匠から破門を言い渡された魔理亜はショックを受けるでもなく、怒って飛びかかることもせずに立っている。

 まったく気にしていないようなその素振りを見るに、魔理亜本人もパチュリーを師匠と心から思っているわけではないのかもしれない。

 

「師匠でなければなんて呼べば?」

「好きに呼びなさい」

「ではパチュリーと。パチュリー、私いま気になっている本があるの。いただいてもよろしいかしら?」

 

 魔理亜は呼び捨てを許可されてから、いきなり友達口調で喋り出した。

 パチュリーは友達口調を許したわけではない。かといって、親しみが込められているわけでもなかった。

 

 姉である魔理沙もよくパチュリーから本を盗んでいたが、魔理亜がこうしてここに本を取りに来るのは初めてだった。

 やっていることは似通っているが、パチュリーはあの姉にしてこの妹ありとは思えなかった。

 

 魔理沙と魔理亜は全然似ていない。

 容姿についても、顔立ちや髪色などの共通点以上に体型や身長などの相違点が目立つ。

 性格の違いはもっと顕著だ。

 正反対と言ってもいいくらいだとパチュリーは思っていた。

 魔理沙を熱血バカだとすれば、魔理亜は冷酷クズだ。

 どちらが好ましいかなど、彼女の師匠たちは口を揃えて姉だと言うだろう。

 つまり、パチュリーは魔理亜のことが嫌いだった。

 

 いまの言い方だってそうだ。

 魔理沙なら『死ぬまで借りていく』などとわけのわからない言い訳とともに弾幕を撒き散らしながら本を盗む。

 丁寧に一言断りを入れる魔理沙など、パチュリーは見たこともなく、見たくもなかった。

 大変遺憾に思いながらも、パチュリーは心のどこかで魔理沙の行動を許していた。

 何より、あの普通の魔法使いは本当に持って行って欲しくないものは持っていかない。

 

 だが、この目の前にいる女は違うだろう。

 きっと持って行かれたら困る本でも魔理亜は最後には、申し訳なさそうに取り繕いながらパチュリーから本を奪っていくはずだ。

 それがわかっているからこそ、パチュリーはこうまで警戒しているのだ。

 

「何の本が欲しいの」

「幻想郷の歴史が載っている本と、魔界についての本ね。何かないかしら」

 

 魔理亜の口調を咎めず、パチュリーは端的に尋ねた。

 意外にも、魔理亜が求めている本は希少価値の低いものだった。

 人里の書店でもその程度すぐに購入できる。

 魔理亜が求めているのはそういった一般書ではないだろうが、それを踏まえても提供可能な本だった。

 

 パチュリーはすぐに行動した。

 彼女が指を鳴らすとどこからともなく本が独りでにやってきて、目の前のテーブルに山を作っていく。

 紅魔館の自慢となっている図書館なだけあり、流石の蔵書量である。

 

「好きなのを持って行きなさい」

「あら、ただでいいの? 弾幕ごっこで勝ったら、とか。そういう条件はないのかしら?」

 

 魔理亜は意外そうにパチュリーを見つめる。

 彼女たちの身長差から、魔理亜がパチュリーの表情を伺うには彼女の紫色の前髪が邪魔で見えない。

 自分が嫌われている自覚のある魔理亜はパチュリーの寛容な対応に驚いていた。

 驚くならまだしも、疑ってすらいた。

 魔理亜の予定ではここで弾幕ごっこを行った後、パチュリーから本を貰い受けるつもりだったのだ。

 

 パチュリーを見つめたままその場を動かない魔理亜を不審に思い、彼女は前髪の隙間から彼女の表情を伺った。

 魔理亜は口元に笑みを浮かべているも、その目は一切笑っていない。

 

「せっかくの異変なんだし、弾幕ごっこで決めるっていうのはどう?」

「やけに弾幕ごっこにこだわるわね」

 

 魔理亜が弾幕ごっこにこだわるのは訳があった。

 そして、パチュリーは彼女が弾幕ごっこに執着する理由を知っている。

 魔理亜もパチュリーが知っていることを知っていた。

 

 勝負を受けるつもりがないパチュリーと、勝負をするつもりしかない魔理亜。

 業を煮やした魔理亜は手を本棚に向けた。

 そこにはパチュリーの大切な蔵書が眠っている。

 魔法使いであるパチュリーが館にかけている強力な防御魔法を更に強めたものを図書館の本棚にかけている。

 その脅しは通用しない。

 

「あなたも知ってるでしょう? ここの本棚には特別な魔法がかけてあるの。そんな脅しは……」

 

 パチュリーは呆れて頭を振ったが、魔理亜は気にせず本棚に目を向けた。

 その目には幾何学模様が浮かび、魔法使いであるパチュリーにはそれが何なのかわかった。

 理解してから、ゾッとする。

 パチュリーは激昂して椅子から立ち上がった。

 彼女が普段から見せる冷静沈着さからは考えられないほど取り乱している。

 

「あ、あなた! 何て物を目に埋め込んでいるのよ!」

「淑女の嗜みですわ。殿方を見極める目は持っていないと」

 

 魔理亜は口元に手を当て、嘘くさい笑い声を上げる。

 もう片方の手はまだ本棚に向かっていた。

 

 パチュリーはもう何も言えない。

 目の前で笑っている少女が、自分の使い魔よりも悪魔めいたモノに見えてしまったのだ。

 例え嫌っている人物だとしても友人の妹だ。

 まだ救えるなら救いたいというのが、動かない大図書館の人情だった。

 

「わかった。あなたと弾幕ごっこをするわ」

「あら、気が変わったのね。せっかくただで貰えるところだったのに」

「白々しい。あなたが勝ったらこの本を持って行っていい。私が勝ったらその目に埋め込まれている物を貰う」

 

 パチュリーは魔理亜の左目を指差してそう言った。

 正直、本とその目では釣り合わない。

 子供の作った泥団子で上等なブランド牛を買うようなものだった。

 賭けている物が釣り合わない勝負など成立しない。

 

 だが、魔理亜は一切文句を言わないで箒に跨り、スペルカードを胸元から取り出した。

 魔理亜にとって弾幕ごっこをすることこそが目的であり、本などおまけに過ぎない。

 パチュリーもスペルカードを取り出して空に上がった。

 

「スペルカードは一枚。私が先攻よ。引き分けなら本はあなたのもの。再戦は認めないわ」

「それは卑怯じゃない?」

「その条件を飲まないなら弾幕ごっこはしない」

 

 パチュリーが出した無茶な条件。

 スペルカード一枚の勝負なんてありえない。

 先を急いでいた魅子ですら二枚を提示した。

 

 スペルカード一枚の勝負など、先攻が圧倒的に有利な不公平な勝負になってしまう。

 いきなり強力なスペルを出された場合、後攻はボムを一回しか使えない状態で逃げ惑うことになる。

 ボムを使った場合は先攻のスペルカードが終わり次第、引き分けとなる。

 

 パチュリーの出した条件なら引き分けても本は貰える。

 魔理亜にとって悪くない条件にも思えるが、それは間違いだ。

 魔理亜の目的は本を貰うことではなく、弾幕ごっこをして勝利することである。

 

 勝利するためにはパチュリーのスペルカードをボムなしで避けきらなければならない。

 更に、パチュリーを自分のスペルカードが終わるまでに撃墜させる必要があるのだ。

 圧倒的に不利な状況だった。

 

 こんなのは到底受け入れられる条件ではなく、唾棄すべき提案であった。

 それなのに、魔理亜は嫌悪感を微塵も見せずに微笑んだ。

 

「ならそれでいいわ。早速始めましょう」

 

 魔理亜が自分の条件を飲んだ。

 だというのに、パチュリーの顔は優れない。

 元々顔色の悪い彼女だが、いまは違った理由で気分が悪かった。

 

 この顔だけは親友に似ている悪魔にお灸を据えてやらないといけない。

 パチュリーは重い腰を上げた。

 

「スペルカード宣言。日符『ロイヤルフレア』」

 

 彼女がスペルカードを宣言すると、そこに太陽が生まれた。

 

 パチュリーから発せられる弾幕が、とてつもない物量と熱量を持って魔理亜に襲い掛かる。

 赤い光球は尾を引き、尾は弾幕となって撒き散らされる。

 

 魔理亜は太陽を前にしても怯まず、箒に腰かけて優雅に空を飛んだ。

 かつて姉がそうしたように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スペルカード、ブレイクね」

 

 紅魔館の広大な廊下、そこでガックリと膝をつき、倒れ伏す少女がいた。

 彼女は博麗の巫女であり、強い意思を持ってこの異変を解決しに来ていた。

 

――それが、この有様。

 

 彼女は心の中で自分に毒を吐いた。

 不幸にも咲夜が『二重結界』の特性を知っていたため、一枚目のスペルカードはあっさりと攻略されてしまった。

 霊夢と知り合いだと言っていた咲夜は魅子が母から習ったスペルカードを熟知している可能性がある。

 だからこそ自分のスペルカード、宝符『陰陽行列』で魅子は決めるつもりだった。

 これもあっさりと、何でもないように躱されてしまった。

 

 咲夜は強い。

 時を操る能力に加えて長い弾幕ごっこの経験がいまの彼女を作っているのだ。

 それは強いのは当たり前、魅子が逆立ちしても敵わないのも当たり前である。

 

 咲夜自身は魅子に期待していた。

 天才と言われた自分の友人の娘。期待しないはずがない。

 

――結果は、期待外れ。

 

 厳しいようだが、事実だ。

 いまの魅子は第一次紅霧異変当時の博麗 霊夢よりも数段劣るだろう。

 過去の咲夜が相手だったとしても、いまの魅子が敵うとは彼女には思えなかった。

 それどころか過去の自分に殺されてしまっていたかもしれない。

 

「異変の解決は博麗の巫女がする必要はないわ。確か魔理沙の妹も来てるんでしょう?」

「な、何を! 博麗の巫女が解決しなくて何が異変よ!」

 

 咲夜の申し出に魅子は声を荒げる。

 残酷にも、咲夜は言葉を続けた。

 

「あなたには荷が重いって言ってるのよ」

「そんなことはない!」

 

 咲夜の厳しい言葉に魅子は激怒する。

 当然だ、彼女は異変の解決を他人に任せろと言っているのだ。

 

 主、レミリア・スカーレットのことを思うと咲夜はこの少女を先へ進めたくはなかった。

 レミリアは良くも悪くも人間が好きだ。

 だが、寛容ではない。

 もし逆鱗に触れれば人間など一瞬でこの世から消し飛ばしてしまうだろう。

 そして、魅子の弱さはレミリアの逆鱗に触れるものだった。

 

 咲夜はスペルカードを取り出す。

 もう彼女に言葉はいらない。

 実力を持って館から追い出せばいいのだ。

 

「『咲夜の世界』」

 

 時が止まる。

 

 止まった時の中では魅子が泣きそうな顔で咲夜を睨んでおり、ポケットから萃香が顔を出して宥めようとしているのがわかる。

 咲夜はゆっくりと彼女に近づく。

 その頬を撫で、魅子の目の端に溢れた涙を拭い取った。

 

「ごめんなさい。あなたはまだまだ強くなるわ。でも、いまお嬢様に会うのは早すぎる」

 

 時の止まった世界で何を話そうと相手には聞こえないし伝わらない。

 これは懺悔だ。

 一人の少女に残酷な敗北を与えるのは、瀟洒なメイドでも来るものがある。

 

 魅子から距離を取り、一本、二本とナイフを投擲していく。

 投擲されたナイフは魅子の目前で制止し、空中で固定される。

 ナイフで魅子の体が見えなくなったところで、咲夜はナイフを投げるのを止めた。

 

 スペルカードの性質上、一応逃げ道は確保されている。

 不意打ち気味にこのスペルを受けた魅子が避けれるとは、到底思えないが。

 

 咲夜は懐中時計を取り出して針を進めた。

 

 時が動く。

 

 うずくまったままの魅子は突然周りに出現したナイフに驚き、固まってしまう。

 避けることはできない。

 

 敗北を悟った魅子は諦め悪く、負けたくないと心から思ってしまった。

 魅子に向かうナイフの動きが彼女にはスローモーションに見える。

 動きが遅く見えても自分が早く動けるというわけではなく、魅子自身の体はピクリとも動かない。

 

――いや! 負けたくない!

 

 心の中で子供のように叫び声を上げる。

 負け、敗北、失敗。

 絶望と恐怖が魅子の体を駆け巡ったが、諦めはつかなかった。

 どこまでも勝ちたい、負けたくないという想いが胸に込み上げてくる。

 諦めの悪さは普通の魔法使い以上だった。

 

――良い根性だ。今回は助けてやるよ。

 

「え、萃香?」

 

 ナイフが当たる直前、萃香は自分の名前を呼ばれてキョトンとした。

 魅子は自分に声を掛けてきたのが萃香だと勘違いし、咄嗟に彼女の名前を呼んでしまった。

 それが彼女を現実に引き戻し、スローモーションになっていた世界は通常再生された。

 

 大量のナイフが魅子に突き刺さる。

 これで博麗の巫女は退場――そのはずだった。

 

 ナイフは全て弾かれた。

 自分の足元まで弾かれたナイフを見て、咲夜がハッとする。

 魅子の体は大きな青い布に包まれており、それが彼女を守ったようだ。

 

 魅子は自分自身、何が何だかわけがわからなくてポケットの中の萃香を見つめた。

 萃香も何が起こったのか把握しておらず、ボケッとした表情で首を横に振った。

 この場にいる三人とも、何が起こったのかわかっていなかったのである。

 

 魅子が立ち上がると、青い布が何だったのかわかるようになった。

 青い布の正体はマントである。

 紅白の巫女服に青いマントをつけた魅子はどうにも間抜けで、ひょうきんに見えた。

 

 ルール上、これはどうなるのだろう。

 魅子の意思ではないにせよ、当たるはずのスペルカードを弾いてしまったのは事実。

 誰がやったのかは定かでないが、この場合は他者の介入として魅子の敗北になる。

 それに気づいた魅子は顔を青くした。

 

 咲夜もスッキリしない結末だが、仕方なく魅子に告げる。

 

「魅子、残念だけどあなたの負けよ。大人しく……」

 

 咲夜は言いかけて、止まった。

 魅子が頭を下げていたからだ。

 敵である咲夜に頭を下げる。

 出会ってから間もないが、咲夜には魅子がそれなりに高いプライドを持っているのがわかっていた。

 その彼女が頭を下げているというのは咲夜を黙らせるだけの破壊力があった。

 

「お願いします。私と戦ってください。続けさせてください」

「魅子……」

「私はまだ負けたくない。こんな終わり方で帰りたくない」

 

 魅子は涙声でそう言った。

 紅魔館の廊下に滴が落ちる。

 

 それを見て咲夜はどうしようもない気持ちになり、頭を抱える。

 瀟洒でパーフェクトなメイドだが、泣く子と地頭には勝てぬ。

 だが、この子を思えばこそ涙を呑んでもらうべきではないか。

 そんな考えも咲夜の脳裏に浮かんだ。

 

 そうして頭を悩ませる咲夜に、魅子は袖で目を拭ってから顔を向けた。

 

「戦わないなら、ここで吸血鬼が出てくるまで暴れてやるわ!」

 

 子供のような意見である。

 実際子供なのだが、あまりに幼稚というか残念というか。

 咲夜は似たようなことを十数年前に言っていた巫女の事を思い出した。

 

 咲夜には傲慢不遜な巫女が『騒ぎを起こせば出て来るかしらね?』と言って主を呼び出そうとしたことを止めた覚えがある。

 結局その時は巫女の快進撃を止めることができず、その日のお掃除も終わりきらないで異変は解決してしまった。

 当時の事を咲夜は思い出し、笑いを堪えきれなかった。

 

 魅子は笑い出した咲夜を見て自分の発言を省みた。そして顔を赤くした。

 あまりにも幼稚な物言いだと反省したのだ。

 

 こうなると咲夜は魅子にお節介を焼くのが馬鹿らしくなってくる。

 この子はあの博麗 霊夢の娘なのだ。

 何も心配することはない。

 

「いいわ。戦ってあげる」

「……ありがと。容赦はしないけど」

 

 魅子は咲夜と目を合わせないようにしながら、ゴソゴソと懐からスペルカードを取り出した。

 涙も見られた。駄々っ子のように喚くのも目撃された。

 魅子はもう恥ずかしいことなんて何もない。

 全てをさらけ出すつもりで子供の頃に考えたスペルカードを掲げた。

 

「自分に素直になるわ――宝符『陰陽宝夢嵐』!」

「え?」

 

 咲夜は、ホームランという聞き覚えのない横文字に耳を疑った。

 スペルカードになるような名前ではないし、博麗の巫女が使うような単語ではない。

 

 魅子がスペルカードを掲げると、彼女の袖から続々と陰陽玉が出てきた。

 彼女の手にはいつの間にかお祓い棒が握られている。

 陰陽玉というのは博麗の秘宝であり、貴重な文化遺産でもある。

 使い手によって様々な性質を発揮し、博麗の巫女の妖怪退治を支えてきたメジャーな道具だった。

 

 その有難い陰陽玉を、魅子はあろうことかお祓い棒で殴りつけた。

 カキーンという小気味良い音とともに陰陽玉は咲夜目掛けて飛んでいく。

 お祓い棒によって陰陽玉は能力を発揮しているのか、弾幕を辺りにまき散らしながら咲夜に突進する。

 その速度は油断できるものではない。

 

 咲夜は予想の斜め上を行くスペルカードに動揺し、時を止めるのも忘れて陰陽玉を慌てて避けた。

 吹き出す弾幕がメイド服を焼き千切る。

 

「その無茶苦茶なスペルカードは何なの!?」

「これは私が小さい時に考えて、母さんに大笑いされた間抜けなスペルカード……よ!」

 

 再び魅子が陰陽玉を叩く。

 彼女は陰陽玉を片手で握り、手を離してからお祓い棒で叩いていく。

 流れ作業のように陰陽玉を叩いていく彼女の猛攻は咲夜に有効だった。

 あまりにも経験がない弾幕に戸惑いを隠せない咲夜は避け方を忘れてしまったかのように無様に飛び回った。

 

 魅子のさじ加減で飛んでいく陰陽玉は的確に咲夜を狙い撃っていった。

 更に厄介なのがこの陰陽玉、飛んで行ったあと自分で魅子の下まで帰還するのだ。

 それも弾幕のオマケ付きで。

 咲夜は飛んでくる陰陽玉に注意しつつ、帰ってくる陰陽玉にも気を配らなくてはならなかった。

 間抜けだが厄介な弾幕である。

 

「母さんは大笑いしたけど、私のスペルカードを褒めてくれたわ」

 

 霊夢はあまり褒めて伸ばすタイプではない。

 無神経に厳しいことを言う上に感覚で物を語る彼女はそもそも教えるのに向いていない。

 魅子は母の言葉に何度も泣かされたし、作ったスペルカードも褒められることはなかった。

 そんな霊夢が唯一手放しで魅子を褒めることがある。

 それは料理の腕と遊びの才能だ。

 

 子供の頃は魅子も母と遊んだ記憶がある。

 何でもそつなくこなす霊夢は自分の娘に手加減するような性格でもなく、遊びでも全力で魅子を叩きのめしていた。

 容赦ない母に泣かされながらも魅子は最終的に様々な遊びで勝利してきた。

 羽根つきや輪投げ、お手玉など道具を使うものは特に上手だった。

 

 料理もそうだ。

 母の適当に作る料理はおいしかったが、真面目な魅子は何となく我慢ならなかった。

 せっかく人里から貰った調理器具もあまり使わず、適当に煮て焼くだけの料理。

 それが見ていられなかった魅子は母に頼んで料理を覚えた。

 彼女の料理の腕前はすぐに上達し、あっさりと母を追い抜かした。

 それを悔しいとも思わず『あんたの方が上手いからご飯を作りなさい』という霊夢は大物である。

 

 これが修行や弾幕ごっこ、結界の維持のことになると上手くいかなかった。

 霊夢の教え方があまり良くなかったのも原因の一つではあるが、魅子には圧倒的に才能が足りていなかった。

 

 しかも、魅子は巫女としての自分、弾幕ごっこをする自分が褒められたことはなかった。

 新しいスペルカードを作っても興味がなさそうな母を見ると胸が痛んだ。

 

 そんな母が大笑いしながら褒めちぎったのが、いま咲夜に向けているスペルカードである。

 霊夢は目の端に涙を溜めながら『あんたは遊びが絡むと強いわね』と魅子の頭を撫でて褒めた。

 当時の魅子はからかわれていると思いむくれたが、あれは本心からの言葉だったのだろう。

 魅子は一度も使われずにしまってあったスペルカードを使って初めてそう思った。

 

「このスペルカードなら、あんたの時を壊せる。私が打ち砕いてやるわ!」

 

 魅子は次々に陰陽玉を打ちこんでいく。

 時を止めながらも、増えるデッドゾーンに咲夜は苦戦する。

 避けられない弾幕は美しくないが、魅子の弾幕は彼女の技量があってこそ成り立つものだ。

 時を止めながら動き回る咲夜をノックで追い詰めるなど正気の沙汰ではない。

 

 巫女としてあまりにもお粗末なスペルカードだが、咲夜はいままでのスペルで一番楽しんでいた。

 弾幕とは人の心を写す心の花火である。

 咲夜の知る人物で言えば、美鈴は美しさと力強さを併せ持つ門番であり、主のレミリアは派手好きな目立ちたがり屋という印象を抱いていた。

 咲夜は魅子が写しているのは『遊び心』だと感じた。

 楽しそうに陰陽玉を打ちだしていく魅子はまるで友達と遊ぶような気安さでこちらを見てくるのだ。

 それが咲夜には何とも居心地が良かった。

 

 ポケットの中にいる萃香も魅子の弾幕に感心していた。

 ポケットから顔を出して陰陽玉が次々に打ちこまれていくのを見て膝を叩いて大笑いする。

 霊夢よりは魔理沙に似ているが、何とも気持ちの良いヤツだと萃香は思った。

 

「これでトドメ、よ!」

 

 魅子が陰陽玉を打ちこんだのは絶妙な位置で、咲夜の唯一の逃げ場を封じていた。

 まだ咲夜はスペルカードを取り出してボムを放つことができる。

 彼女は懐に手を伸ばしかけたが、少し考えて止めた。

 

 いまの魅子なら自分の主を任せられると思ったのだ。

 きっとレミリアと魅子は通じ合えると。

 

 目を閉じ、咲夜は陰陽玉の直撃を受け入れた。

 

 咲夜の体は陰陽玉の直撃によって吹き飛び、紅魔館の廊下を転がる。

 魅子はその事実が信じられず、お祓い棒を振りかぶった状態で固まっていた。

 

「……勝ったの?」

「カッカッカ、お前さんの勝ちだよ。良い勝負だったよ、魅子」

 

 呆ける魅子を笑い飛ばし、萃香がポケットの中で激励を送る。

 萃香の言葉を聞いて魅子は未だ肩にかかったままの鬱陶しいマントを取り、咲夜に駆け寄る。

 倒れて目を瞑る咲夜の体はピクリとも動かない。

 

 魅子が近づくと彼女はガバッと起き上がった。

 その手にはナイフが握られ、矛先は魅子に向いている。

 咄嗟の事に動けず、魅子はナイフに貫かれた。

 

「あれ……」

 

 魅子の胸には確かにナイフが刺さっているが、彼女は痛みを感じなかった。

 咲夜が手を離すと、ナイフは床に落ちる。

 魅子が咲夜を警戒しながらナイフを手に取ると、それがおもちゃであることがわかった。

 

 押したら引っ込む簡単な作りのおもちゃのナイフだ。

 また自分をからかったのかと、魅子が咲夜を睨む。

 

 咲夜はその視線をまったく気にせずにすまし顔でこう言った。

 

「さっきの弾幕、見事だったわ。でも、警戒を怠らないことね。妖怪の中にはこうやって油断させてから襲う輩もいるから」

 

 いまのは咲夜なりの助言だったらしい。

 魅子は納得しなかったが、自分を思っての事だったので素直に頷いた。

 咲夜のように魅子はおもちゃのナイフを手の中で弄ぶ。

 それを見て咲夜はもう一本のナイフを魅子に投げた。

 魅子は上手く受け取り、二本のナイフをクルクルと回しながら両手でキャッチした。

 

 それを二つとも咲夜に投げ返す。

 咲夜は指で挟むようにそれを受け取った。

 

「魅子、あなた料理は得意?」

「何よ急に。得意だけど」

 

 咲夜の突然の質問に魅子は怪訝な顔をした。

 

「やっぱり、料理が得意な人は道具の扱いも上手なのね」

 

 咲夜の言葉が理解できず、魅子は首を傾げる。

 咲夜はナイフを仕舞うと魅子を手招きした。

 

「お嬢様の下まで案内するわ。こっちへ来なさい」

「あ、うん」

 

 それを聞いて魅子は慌てて先を行く咲夜を追いかける。

 外はもう暗くなっていた。

 今夜は満月だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 動かない大図書館、パチュリー・ノーレッジは図書館の床にうずくまっていた。

 パチュリー自身なんとなく予想していたことだが、魔理亜にはスペルカードをブレイクされ、彼女の強力なスペルの反撃によって撃墜されてしまったのだ。

 魔理亜は焼け焦げた服を魔法で修復している最中だ。

 

 彼女らの弾幕ごっこによる被害は少なく、パチュリーの懸念していた本への被害はなかった。

 魔理亜の魔法について、弾幕ごっこを通して多少理解できたのは収穫だった。

 パチュリーの想定通りである。

 

 誤算としては、その姿を第三者に見られてしまったことだ。

 

「お姉さん、強いんだね!」

「どなた?」

 

 魔理亜は声を掛けられてから気づいた。

 本棚の陰から飛び出してきた金髪の少女はニッコリと笑って、魔理亜に抱きついたのだ。

 戦闘に集中していたとはいえ、いままで気付かなかった自分に魔理亜は呆れた。

 

「初めまして、フランドール・スカーレットだよ」

「ああ、レミリアさんの妹さんね。私に何か御用?」

 

 魔理亜はレミリアの妹を目にしたのは初めてだった。

 紅魔館の住人の中でもあまり情報がなく、地下に籠っているせいで目にすることがない悪魔の妹。

 無邪気に笑う彼女を見ると一勢力の長の妹とはとても思えない。

 魔理亜は左目の能力でその外見から考えられないほど高い魔力をフランドールが体に内包しているのがわかっていた。

 好奇心という名の蛇が魔理亜の中でゆっくりと首をもたげてくる。

 魔理亜の意識がフランドールに向いた時、吸血鬼の瞳が妖しく輝いた。

 

 一瞬だけ魔理亜の視界がぶれる。

 彼女は抱きつくフランドールを優しく引きはがし、さり気なく距離を取った。

 魔理亜の柔らかい温もりが消えたのを不満に思ったのか、フランドールはムッとして彼女を可愛らしく睨んだ。

 

「可愛い顔して吸血鬼らしいことするのね。いまのって魅了(チャーム)?」

「うん、お姉さんには効かないんだね」

「もう、悪戯しちゃだめよ?」

 

 吸血鬼の魅了は人間を従えてしまうほど強力である。

 フランドールほどの吸血鬼が故意にせよ、無意識にせよその力を振るったのならただの人間は奴隷のように言いなりになってしまうだろう。

 

 奴隷にされかけたというのに、魔理亜は子供を叱りつけるようにメッと指を立てるだけだった。

 フランドール本人も悪びれることなく、笑顔を浮かべるだけだ。

 パチュリーはこの優しくもおぞましい光景から離れようと、司書の小悪魔の手を借りてその場から逃げ出した。

 冷静で理知的な魔法使いにもこの狂気の劇場は見るに堪えなかったらしい。

 傍目から見れば姉と妹が仲良く会話しているようにしか見えないが、魔力が見えるパチュリーにはわかっていた。

 二人の魔力が漏れ出し、互いに牽制するように火花を散らしているのだ。

 

「お姉さんって魔理沙の妹だよね?」

「そうよ、姉さんを知ってるのね」

 

 フランドールの質問に、意外そうに魔理亜が答えた。

 交友関係の広い姉を思うと不思議ではないが、魔理亜が彼女の口からフランドールの事を聞いた覚えはなかった。

 おしゃべりな魔理沙が妹に友人のことを離さなかった意図はわからない。

 しかし、それはきっと意味があることなのだろう。

 

「うん、私の最初の友達が魔理沙だもん! だから私って魔理沙が大好きなんだ」

 

 フランドールは花のような笑顔を浮かべる。

 この時ばかりは本心から、心から彼女が笑っているのが魔理亜にはわかった。

 

「お姉さんも魔理沙のことが好き?」

 

 首を傾げてフランドールが魔理亜に尋ねる。

 魔理亜は覗き込むようにして上目使いで自分のことを眺めてくるフランドールから目を離さずに頷いた。

 口元には薄い、薄っぺらい笑みを浮かべて。

 

「ええ、好きよ。たった一人の姉ですもの」

「そっか、私もお姉さまがいるの。私、お姉さまも好きよ?」

 

 魔理亜の問いに違う笑みを浮かべながら、フランドールはまたすぐに心からの笑みを浮かべた。

 フランドールの姉、レミリア・スカーレットは魔理亜もよく知っている。

 パチュリー・ノーレッジの親友でもある彼女は魔理亜が図書館にお邪魔すると時々見かけていた。

 魔理亜が見かけたレミリアの印象は普通の吸血鬼といったものであり、フランドールに感じるような規格外の魔力も有していなかった。

 確かに高い魔力を有し、強者の風格や余裕は感じたが、魔理亜にとってはそれだけのことだった。

 興味を惹かれない、好奇心がくすぐられない。ありていに言ってしまえばつまらない存在だった。

 

「でも、お姉さんが魔理沙を好きなのと私がお姉さまを好きなのは意味が違うんじゃなくて?」

 

 場の空気が凍った。

 氷精が冬を呼んだ時よりも寒く感じるほどに図書館の空気は凍った。

 フランドールは口調も変わり、その表情は目が細められ妖しい笑みを浮かべている。

 魔理亜はフランドールの言葉に笑みを浮かべるのを忘れ、無表情で固まっていた。

 そのまま胸元に手を入れた。

 

 魔理亜は居合切りのような素早さでミニ八卦炉を取り出し、フランドールに向けて極大の光線を放った。

 光線はフランドールを飲み込むかに思われたが、彼女にぶつかると呆気なく跳ね返されて上空に舞い上がる。

 

 埃が舞い上がる中、フランドールは腰に手を当てて魔理亜に向けて指を立てた。

 

「もう、危ないなぁ。いきなりそんなものぶっ放すなんて」

「こういうのは嫌いかしら?」

 

 再び笑みを張りつかせて魔理亜はそう尋ねた。

 フランドールはそれを聞いて弧を描いていた口元を口裂け女のように広げた。

 チラつく牙は吸血鬼のそれである。

 

「大好きよ。その嘘くさい仮面を引きはがしてあげる」

「死んでも文句は受け付けないからね。悪い子にはお仕置きしないと」

 

 もはやスペルカードを取り出す気など彼女らにはない。

 離れたところで様子を伺っていたパチュリーは溜息を吐いて魔法を唱える。

 博麗の巫女の真似事だが、強力な結界を張っているのだ。

 

 隣でその様子を見ていた小悪魔は不思議そうな顔をする。

 

「いいんですかパチュリー様。あの人間、死にますよ?」

「……死なないわよ。それに、死んでも構わないわ」

 

 あの人間というのは、もちろん魔理亜のことである。

 パチュリーは小悪魔の質問に魔理亜を心配する素振りも気に掛ける様子もなかったが、どれも本心からの言葉だ。

 小悪魔には彼女がそこまで人間の実力を信じていることと、人間臭い魔法使いが非情にも突き放すような物言いをするのが気にかかった。

 

 パチュリー・ノーレッジという魔法使いは変わっている。

 心を冷やし、動揺することが致命的になる魔法使いには珍しいくらい人間臭いのがこのパチュリー・ノーレッジだ。

 その彼女が友人の妹が死んでもいいなどと冷たいことを言うのは例にないことだった。

 

 そしてフランドール・スカーレットは強い。

 心の強さだとか、戦闘のテクニックなどという心技体で言うところの心と技は大したことない。

 突出しているのが体だ。

 吸血鬼の不死力、腕力、頑丈さ。

 それだけに留まらず生まれ持った莫大な魔力が彼女の暴力的な強さを実現していた。

 そこに特殊で凶悪な能力まで持っているのだから、下手を打てば神ですら殺しうる存在だと小悪魔は思っていた。

 

 そんな化け物を相手にして人間が生きていられるはずがない。

 それを踏まえてなお、パチュリーはまったく心配する素振りを見せないのだ。

 

「あの人間、そこまで強いんですか? 弾幕ごっこは見事でしたけど、そこまで特別なところは……」

「強いわよ。あいつが弾幕ごっこ程度で実力を見せるわけないじゃない」

 

 魔理亜とほとんど面識がない小悪魔は彼女のことを知らない。

 なぜかパチュリーは魔理亜が図書館にやってくると小悪魔を隠すのだ。

 理由は小悪魔にもわからない。

 

 情報が何もなく、先ほどのパチュリーとの弾幕ごっこくらいでしか魔理亜という魔法使いが測れない小悪魔は尋ねるばかりだ。

 パチュリーは結界を張り終えてから椅子に腰かけた。

 少しの沈黙の後、パチュリーはおもむろに幻想郷の魔法使いたちについて語り出した。

 

「幻想郷の魔法使いと言えば、誰が思い浮かぶ?」

「ええっと、パチュリー様、アリス様、魔理沙さん……でしょうか?」

 

 突然の問いに小悪魔は頭を捻った。

 自らの主であるパチュリー・ノーレッジ、魔法の森にいる人形使いアリス・マーガトロイド、普通の魔法使い霧雨 魔理沙。

 小悪魔の解答は間違いではないが、完全ではなかった。

 

「あとは命蓮寺の聖 白蓮ね」

「あっ! あの人も魔法使いでしたね」

 

 人里近くの寺にいる魔法使い聖 白蓮。彼女も忘れがちになるが、確かに魔法使いだ。

 パチュリーは小悪魔にそれらの人物を念頭に置かせて話を続ける。

 

「それぞれに特徴があるわ。魔法使いとして完成してるのは私、才能はアリス、強さなら聖 白蓮、成長率なら魔理沙よ」

「なるほど。魔理沙さんは短い間にとても強くなりましたからねぇ」

 

 パチュリーも魔法使いとしての実力は高いが、喘息ゆえ勝負になると弱い。

 アリスは由緒ある血統がそのまま彼女の才能に繋がっている。

 命蓮寺の聖は、身体強化の魔法を得意としていて単純に強い。

 魔理沙は度重なる努力や研鑽で会うたびに驚異的な進化を見せ、今もなお成長中である。

 

 だが、いまは魔理亜の話だったはずだ。

 小悪魔もそれを疑問に思ってパチュリーを見つめた。

 

「それがあの人間と何の関係があるんです?」

「いま言った魔法使い、魔理沙以外の全てに弟子入りしているのが霧雨 魔理亜という人間よ」

 

 小悪魔が驚きのあまりひっくり返りそうになる。

 何とも贅沢な人間である。

 魔法使いは研究職でもあるのだ。

 自分の研究は見せることができないし、奪われたくない。

 そういう思いから魔法使いが弟子を取ることはほとんどない。

 精々研究の手伝いに使い魔を召喚するくらいだ。

 

「よくみなさん快く許しましたね」

「それは魔理沙の人徳でしょうね。彼女からも頼まれて、魔理亜が幼いころに面倒を見てやったわ」

 

 昔を懐かしむようにパチュリーが目を細める。

 魔理沙の服の裾を掴んで離さなかった恥ずかしがり屋な女の子。

 礼儀正しく、自分の姉のことをヒーローのように語る彼女を見てパチュリーも口元をほころばせたものだ。

 いまフランドールと向かい合う変わり果てた彼女を見て、パチュリーは顔を暗くさせる。

 

「いまはもう聖 白蓮以外からは破門されているわ」

「弟子をずっと取るのも問題がありますからね……話はわかりましたが、優秀な人に弟子入りしたからって簡単に強くなるわけじゃないですよね?」

 

 小悪魔の疑問はもっともだ。

 魔法使いは基本的に秘匿主義であるし、パチュリーやアリスは自分の手の内を見せることなんてしない。

 元々弟子入りなどあまり意味のないことだったのだ。

 

「あの子は例外よ。私のように魔法使いとしての実力が高く、アリスのように才能があり、聖 白蓮のように強く、魔理沙のように爆発的に成長するのが霧雨 魔理亜という人間よ」

「そんなバカな……」

 

 手放しで称賛するパチュリーの言葉に、小悪魔が苦笑いをこぼす。

 友人の妹とはいえ、褒めすぎだった。

 褒めすぎだと、そう思っていた。

 

 その時、強烈な爆発音が結界の外から聞こえた。

 煙が図書館の中に立ち込め、二人の姿が見えなくなっている。

 

 パチュリーが指を振るい風を発生させて煙を晴らすと、そこには複数の人形を傍に仕えさせる魔理亜と体の半分が消し飛んだフランドールがいた。

 フランドールの体は煙が完全に晴れるころには完治しており、吸血鬼の不死性が伺える。

 

「スパークドールズ」

 

 スペルカード宣言でもなく、ポツリと魔理亜が呟いた。

 彼女の近くにいる人形たちはバラバラに動きながら、見覚えのある光線を放っていく。

 

 普通の魔法使いが好む『マスタースパーク』の省エネ版である『ナロースパーク』を人形たちがそれぞれ手に持ったミニ八卦炉から発射していた。

 人形の持つミニ八卦炉は魔理沙や魔理亜の物よりも小さく、言うなれば『超ミニ八卦炉』だろうか。

 

 人形たちから矢継ぎ早に放たれる光線はフランドールに息を継がせる暇も与えない。

 

「やるね、お姉さん!」

 

 フランドールの体がぶれる。

 早く動いたせいで発生したかに思われた残像が実体を持って出現した。

 合計四人に分身したフランドールが魔理亜を取り囲む。

 

 魔理亜はフランドールが分身を始めた頃には箒で空に舞い上がっていたが、吸血鬼の身体能力は彼女を逃がさなかった。

 目を光らせて魔理亜を取り囲むフランドールたちはじりじりと彼女に近づいていく。

 四人のフランドールの内、魔理亜は一人に視線を向けた。

 

「ン……うわ!」

 

 ケラケラと笑っていたフランドールたちは一人の身に起こった異変に気づく。

 魔理亜を取り囲んでいた内の一人の腹部が灰色に変化していったのだ。

 灰色は腹部から全身に広がり、フランドールの体はやがて石のように動かなくなってしまった。

 

 その光景を見ていたパチュリーは眉を顰める。

 

「……あれは石化?」

 

 パチュリーのその言葉は確信がないようで、自信なさ気に呟かれた。

 小悪魔の目にもそのように見えたのだが、パチュリーは自分の推測を訝しんでいる。

 

 魔理亜は他の三人のフランドールが呆然としている隙に一人を人形で取り押さえ、包囲網から抜け出した。

 箒に跨りながら振り向き、魔理亜はミニ八卦炉を構えた。

 

「マスタースパーク!」

 

 黄色い閃光は図書館を埋め尽くし、フランドール本人とその分身たちを押し流した。

 パチュリーと小悪魔は眩しさから目を逸らした。

 マスタースパークが灰色になったフランドールの分身を巻き込む直前、彼女の灰色の体が動いていたのをパチュリーは目撃した。

 

――石化ではない……なら、一体?

 

 完成された魔法使いであるパチュリーにも一見しただけではわからない。

 

 マスタースパークによってフランドールの分身は全て消滅し、光が収まった後には煙を上げる本体だけが残った。

 魔理亜は何かを呟きながら焼け焦げるフランドールの傍まで降りた。

 パチュリーと小悪魔の距離からは魔理亜が何を呟いているのか聞き取れない。

 

 魔理亜が呟くのを止め、手をフランドールに掲げると地面から鎖が飛び出した。

 銀色の鎖の先端には矢印のような突起がついており、それらがフランドールの手足に突き刺さる。

 既に火傷を完治させていたフランドールだが、銀の鎖に刺されてからは力なく横たわるだけだ。

 

「魔理亜のやつ、銀製の武器を召喚したわね」

「吸血鬼の弱点でしたっけ?」

 

 パチュリーが魔理亜の召喚物を見破り、冷静にそう分析した。

 小悪魔が尋ねた通り、銀は吸血鬼の弱点である。

 だが、パチュリーは顎に手を当てて考える素振りをした。

 

「ただの銀がフランに効くはずがないわ……」

「何でしょうね。あ、よく見ると鎖の先端に何か文様が彫ってありますよ」

 

 のんきに結界の中から魔理亜たちの様子を見ていた小悪魔があることに気づいた。

 彼女の人間離れした悪魔的視力は魔理亜が出現させた銀の鎖に不可思議な模様が彫り込んであるのを捉えた。

 彼女の悪魔的知識を持ってしても、それが何であるかはわからなかった。

 

「模様はどんな形?」

「羽と輪……あと炎ですかね。私にもよくわかりません」

 

 パチュリーは小悪魔の言葉を受けて思考の海に沈んだ。

 自分の万はくだらない知識と照らし合わせ、少ない情報からあの鎖について判断を下す。

 

「あれは、天使の力を借りて擬似的な聖印を受けているわね」

「天使の力ですか。それは守備範囲外です」

 

 悪魔として豊富な知識を持つ小悪魔でもわからなかったのは、敵対する相手の知識だったからだ。

 パチュリーは結界を解いて魔理亜とフランドールに近づく。

 

 近づいてくるパチュリーに気づいた魔理亜が顔を上げて微笑んだ。

 その笑みに嫌な物を感じたパチュリーは露骨な表情を浮かべる。

 

「その子をどうするつもり?」

「悪い子にはお仕置きしないとね」

 

 フランドールを見る魔理亜の目はどこまでも冷たい。

 銀の鎖に触れているフランドールの魔力がどんどん減衰していくのがパチュリーにはわかっていた。

 

「何も滅する必要はないでしょう? そのくらいにしておいたら?」

「……まあ、いいでしょう。これくらいにしておくわ。これからは言葉に気をつけることね、吸血鬼のお嬢さん?」

 

 長い間の後、皮肉を言ってから魔理亜は指を振った。

 指先から星の形をした弾幕が飛び出し、それが鎖に触れる。

 すると鎖はスーッと薄くなり、やがて跡形もなく消えた。

 

 鎖から解放されたフランドールはまだ動かない。

 

「あら、ちょっと長く虐めすぎちゃったかしら?」

「ウ、ガァア!!」

 

 魔理亜がフランドールを覗き込むように近づくと、吸血鬼は金切り声を上げて魔法使いに飛びかかった。

 突然のことにパチュリーは動けず、魔理亜を助けるために魔法を使う暇もない。

 

 吸血鬼の鋭爪は魔法使いを容易く貫くはずだった。

 しかしその爪は魔法使いの体には届かず、引き裂かれる運命にあったはずの魔理亜自身によって止められた。

 

 近距離戦に弱いとされる魔法使い。

 遠距離に向く魔法使いにも例外がいた。

 

「聖 白蓮の身体強化!?」

 

 パチュリーが驚きのあまり声を上げる。

 魔理亜はフランドールの腕を掴み上げ、そのまま空中に放り投げた。

 体勢を立て直そうともがくフランドールに一瞬で近づき、魔理亜は彼女の腹に掌底を放った。

 

 その打撃は鈍い音が図書館に響くほどであったが、フランドールの体は空中で制止していた。

 パチュリーにはあれが危険な状態であることがわかる。

 

「やめなさい、魔理亜!」

「――ファイナルスパーク」

 

 無防備なフランドールに対して見舞われた極大の光線は彼女を完全に焼き尽くした。

 燃えカスとなったフランドールは吸血鬼の異常な不死性ゆえ再生を始める。

 徐々にその体が復活していくが、明らかに再生速度が遅い。

 如何に不死の吸血鬼といえど、神聖なる銀を受けてここまで滅されれば無限に思われる再生能力も失われてしまうのだ。

 このまま魔理亜が攻撃を続ければフランドールに“死”が訪れる可能性もある。

 そうなれば異変はただのお祭り騒ぎでは終わらず、怒り狂う吸血鬼の姉が幻想郷に牙を向けるだろう。

 

 パチュリーは魔理亜の前に出て、両手を広げた。

 魔法を使わず、その身一つで。

 

「何のつもり?」

「気に食わないなら私を痛めつけてもいいわ。だから、この子は見逃して」

 

 パチュリーの懇願に魔理亜が表情を崩す。

 歯を噛みしめ、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべて魔理亜はパチュリーを睨んだ。

 

 図書館に小悪魔の姿はなく、パチュリーの窮地を救うものは誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し戻る。

 

 咲夜に案内されて魅子は紅魔館の廊下を歩いていた。

 魅子はこれから会うという紅魔館の主、吸血鬼レミリア・スカーレットを頭の中で思い浮かべて身を硬くしていた。

 彼女の想像の中ではレミリア・スカーレットは吸血鬼らしく威厳たっぷりで、身の丈は見上げるほどあり、やたら腕の長い恐ろしい姿だった。

 

「萃香、レミリア・スカーレットのこと知ってる?」

「うん? 知ってるぞ」

 

 魅子はポケットの中にいる萃香に向かってレミリアのことを尋ねた。

 吸血鬼の中にも鬼という漢字が含まれている。

 魅子がにらんだ通り、萃香はレミリアを知っていた。

 

「どんな奴なのよ、レミリアって」

「強くてプライドの高い妖怪だよ。あと吸血鬼」

 

 咲夜に聞こえないよう、魅子は声を潜めていた。

 そんな彼女の内心を関せず、萃香はいつも通りの調子でレミリアを語る。

 萃香の声はよく通るので、咲夜にも聞こえてしまっただろう。

 そしてなにより、萃香の情報から得るものが何もなかったため魅子は肩を落とした。

 

「妖怪なんて大抵プライドが高いじゃない。吸血鬼の館なんだから、レミリア・スカーレットが吸血鬼なんて当たり前じゃない。見た目とかどうなのよ」

「なんだ、レミリアの容姿も知らなかったのか。まあ、見た目“は”普通の小さい女の子だよ」

「小さい女の子、ねえ」

 

 容姿が普通の人間的なものだと聞いてほっとする反面、その程度で油断するわけにはいかなかった。

 魅子が話しかけた萃香だって、少女のような外見で恐ろしい大妖怪なのだから。

 レミリア・スカーレットがどんなに気の抜ける容姿でも魅子は油断してはいけない。

 

 咲夜が突然立ち止まった。

 

「うわっと」

 

 魅子は咲夜にぶつかりそうになり、慌てて立ち止まる。

 咲夜は振り返り、ドアを指差した。

 

「こちらにレミリア・スカーレット様がいるわ。無礼のないようにね」

「ふんっ! 退治しに来てるのに礼儀もへったくれもないわよ!」

 

 魅子は踏ん反り返ってドアを蹴破ろうと足を上げる。

 咲夜がその姿に笑みを浮かべながら、さり気ない動作でその足を止めた。

 魅子も本気で蹴破ろうとしていたわけではなく、すぐに足を降ろした。

 

 咲夜はその姿を見て過去の霊夢を思い出し、笑いを噛み殺した。

 

 魅子が来たことを知らせるため、咲夜はドアをノックした。

 

「お嬢様、今代の博麗の巫女を連れて参りました」

「入れ」

 

 中からは可愛らしい声で短く返事があった。

 

「さあ、魅子。入っていいわよ」

「じゃあ、遠慮なく」

 

 魅子がドアノブを捻ってドアを開けると、けたたましい音が鳴り響いた。

 不意打ち、奇襲、乱心。魅子はレミリア・スカーレットが異変のルールを、スペルカードルールを破る可能性を考慮していなかった。

 自らの失態を恥じながら魅子は咄嗟に懐からスペルカードを取り出す。

 これは従者の咲夜も予想外だったようで、ドアのすぐ傍で茫然と立っているだけだった。

 

 魅子がスペルカードを発動しようとしたそのとき――

 

「紅魔館へ、ようこそ!」

 

 クラッカーを持ったレミリア・スカーレットの姿を見て、魅子は紅魔館の床にズッコケた。

 器用にもポケットの中でこける萃香に、妙に瀟洒なポージングで床に倒れる咲夜を尻目にレミリアは笑みを浮かべていた。

 

 その姿は魅子が想像していたレミリア・スカーレット像を上回るでもなく、下回るでもなく、思い切り外れていた。

 クラッカーを魅子たちに向ける姿はまさに子供そのもの。幼い容姿に見合う子供らしい行動だ。

 レミリアの後ろにある垂幕には下手くそなひらがなで『だいにじこうむいへん』と書いてある。

 それを見て魅子は全身から力が抜けてしまった。

 こうして脱力してから気づいたことだが、魅子がこの異変中かなり緊張していたらしい。

 肩の力が一気に抜けた気分だった。

 

 ナイトキャップの上からキラキラしたトンガリ帽を乗せ、使い捨てのクラッカーをゴミ箱に捨てたレミリアは魅子たちを部屋に入るよう促した。

 

「ほら、入りなさいよ。異変が始まってから作ったケーキも中々のものよ?」

 

 レミリアが指さしたテーブルには手作り感満載のケーキが置いてあり、ご丁寧にチョコレートでこれまた下手くそな『はくれいのみこ』の文字が書いてあった。

 魅子はレミリアのエスコートにされるがまま、脱力して椅子に座った。

 咲夜はこれらのパーティ然とした装飾の数々を知らなかったらしく、目を丸くして主の行動を見ていた。

 

「咲夜、ボーっとしてないで図書館に行きなさい」

「え、はい? なんですかお嬢様?」

「だから、図書館に行きなさいってば」

 

 レミリアはケーキを切り分けながら咲夜に指示を出した。

 咲夜は呆然としたまま立ち尽くしていたが、二度目の指示は聞き逃さなかった。

 

「かしこまりました」

 

 崩していた表情を固め、疑問を呈することなく時間を止めてその場から消えた。

 レミリアの第一印象は悪い意味で『良いヤツ』だったが、実力者の咲夜が有無を言わさず命令に従うところを見て魅子は少しだけ気を引き締めた。

 レミリアはケーキを六等分するのに苦戦しているようで、弾幕ごっこよりも料理の方が得意だと自負している魅子にはその手つきが危なっかしくて仕方がない。

 

 レミリアが満足気に切り終えた偏りのある六等分ケーキの一切れは魅子の前に置かれた。

 紅茶もレミリア自身が淹れ、匂いを嗅ぐ限り一級品であることが伺える。

 紅魔館の主の意外な家庭的な面を目の当たりにして、魅子は動揺して固まっている。

 萃香もポケットから出てきてケーキを貰っていた。

 彼女はレミリアの意外な一面を見てもさほど驚いてないらしい。

 

「私は紅魔館の当主、レミリア・スカーレット。あなたは?」

「私は、博麗の巫女。博麗 魅子よ」

「そう、素敵な名前ね」

 

 レミリアが名乗り、魅子もそれに応じて返す。

 魅子の名前は役職と合わせると駄洒落のようなものになってしまうのだが、レミリアは『素敵な名前』と称した。

 彼女の表情を見る限り、その言葉に嘘があるとは思えない。

 

「さあ、ケーキでも食べながら昔話でもしましょうか」

 

 レミリアはニコニコと笑いながらそう言った。

 彼女は萃香と魅子に切り分けて余った分のケーキの前に座っていた。

 ワンホールの約六分の四を食べるつもりなのか、前掛けを首に巻いてフォークを握りしめている。

 魅子はその姿を見て違う意味で戦慄した。

 

「昔話って何よ。それより、そのケーキ全部食べるつもり?」

「昔話と言えば、第一次紅霧異変のことじゃない。あなたのお母さん、霊夢が解決した異変よ?」

 

 ケーキについて答えてくれなかったが、魅子の意識は母のことに向いていた。

 魅子は母が解決した異変についてあまり知らなかった。

 概要は知っているが、詳しいことは把握していなかったのである。

 当然、レミリアの昔話というのに興味があった。

 なにせ異変の首謀者の話である。

 

「霊夢は強かったわ。私のことを恐れもせず、畏れもせず一人で向かってきた」

「母さんはやっぱり昔から強かったの?」

 

 ケーキを食べながら、紅茶を楽しみながら昔話は語られた。

 レミリアはどこか遠い目をしながら、うっとりと霊夢のことを語る。

 魅子は当時の霊夢のことが気になって仕方がなかった。

 身を乗り出してレミリアに問いただす。

 

「一人で私を圧倒してたわ。私の攻撃は全て跳ね返され……この表現は誤りかしら。ことわざで言えば“のれんに腕押し”って感じだったわ」

 

 随分ジャパニーズな吸血鬼がいたものだ。

 霊夢をことわざで表現したレミリアだが、魅子にはあまり伝わらなかった。

 魅子は霊夢の実力は知っているが、実態は知らない。

 魅子としてはこの幼い吸血鬼から霊夢の力の断片でも聞いておきたかったのだ。

 

「のれんに腕押し、ね。母さんって性格もそんな感じだもんね」

「確かに……それ、わかるわ。霊夢ったら私のアプローチを全然受けてくれないんだから。あんなに愛していたのに」

「えっ」

 

 魅子の的確な指摘を受けてレミリアは一頻り笑った後、拗ねたような顔をした。

 自分の母に同性であるはずの幼い吸血鬼が女の顔をして『愛していた』などという言葉を使ったことで、魅子は大いに動揺した。

 動揺は顔に出ていたのだろう。

 魅子の顔を見てレミリアは声を上げて笑った。

 

「アッハッハ、そんなの冗談に決まってるじゃない」

「……まあ、そうよね」

「アプローチなんてしないわよ、恥ずかしい」

「そっち!?」

 

 またも動揺し、声を荒げる魅子を見てレミリアはくつくつと笑う。

 完全に手玉に取られている。

 第一印象や見た目、フランクな雰囲気から忘れてしまうが、彼女は人を騙し食らう吸血鬼なのだ。

 先ほど一瞬見せた女優張りの物憂れげな表情がそれを物語っている。

 

「良い女だったのは本当よ。妖怪が好みそうな強い人間。でしょう、萃香?」

「ああ、あれは良い女だ」

 

 レミリアの問いにケーキを貪りながら生返事をする萃香。

 その様子を見るに、本当にそう思っているか疑問である。

 

「あの時は紅い満月が出ていてね、とっても楽しい夜だったわ」

「霊夢は永い夜だったって溜息吐いてたけどな」

 

 陶酔しながら紅茶をすするレミリアに、萃香がツッコミを入れる。

 かつて第一次紅霧異変のことを萃香が尋ねた時、霊夢はやたら疲れた顔で『永い夜だった』と言っていたそうな。

 

 レミリアは紅茶を飲み干してから魅子に目を向ける。

 舐めるように全身をネットリと眺めた後、魅子の顔をジッと見つめた。

 その視線がこそばゆく、気持ち悪かった魅子は目を逸らしたが全身に走る悪寒は止まらない。

 レミリアの紅い瞳が更に深く染まった。

 

「あなたも私に楽しい夜をプレゼントしてくれるかしら?」

「あ、あんた! ここでやる気なの!?」

 

 魅子は椅子を蹴り飛ばすように立ち上がり、スペルカードを取り出した。

 レミリアから一瞬だけ漏れた殺気に反応して、魅子は彼女を威嚇してしまったのだ。

 強い犬に出会った弱い犬が反射的に吠えてしまうかのように。

 

「魅子、落ち着け。まだその時じゃない」

「落ち着けってあんた……」

 

 萃香が魅子を宥めるが、彼女は完全に戦闘モードである。

 聞く耳を持たない。

 

 これに対してレミリアの物腰は落ち着いたものだった。

 並みの妖怪なら魅子から漏れ出す霊力に反応して敵対行動や威嚇行動を取るのだが、レミリアは落ち着いている。

 落ち着いてフォークを手に取った。

 

「そうよ、まだケーキが残ってるじゃない。勝負は完食してからよ」

「なっ……調子狂うわね!」

 

 マイペースなレミリアに毒気を抜かれ、魅子は椅子を起こして座った。

 思えば、魅子はレミリアの昔話が始まってからケーキにも紅茶にも手を出してない。

 吸血鬼の作ったケーキなんて少し気色悪いが、魅子の中の好奇心が嫌悪感を上回った。

 

 魅子が一口、恐る恐るケーキを口に入れる。

 

「あ」

「ふふ、意外とおいしい?」

「む……」

 

 魅子の表情を見て勝ち誇ったような顔をするレミリアに、彼女は悔しくなってそっぽを向いた。

 吸血鬼のケーキは巫女の口に合ったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レミリアに命じられ、図書館に向かっていた咲夜は珍しいものを目にする。

 紅魔館の廊下を歩いている女性、耳と背中に羽を生やした不思議な生物。

 彼女は小悪魔と呼ばれるパチュリーの使い魔だ。

 普段主とともに図書館に引きこもる彼女が紅魔館の廊下にいるのは珍しい。

 咲夜が小悪魔の表情を確認すると、急いでいるように見えた。

 

 咲夜は現在、時を止めている。

 だからこそ小悪魔の表情を悠長に確認できたのだ。

 

「そして時は動き出す」

 

 咲夜がそう言った瞬間、止まっていた小悪魔が猛然と走り出した。

 彼女はその勢いのまま咲夜の横を通り過ぎ、彼女がいたことに気づいて振り返ろうとしたら転んでしまった。

 

 床に突っ伏しながら、小悪魔は顔だけ上げる。

 鼻を強かに打ったようで、彼女の鼻面は外の景色のように赤い。

 

「さ、咲夜さん」

「小悪魔、どうしたのよ」

「パチュリー様が危険です!」

 

 その言葉を受けて咲夜は全てを理解する。

 咲夜はこの異変を起こすにあたって気に掛けている人物が二人いた。

 

 一人は博麗 霊夢の娘、博麗 魅子。

 もう一人は霧雨 魔理沙の妹、霧雨 魔理亜。

 

 特に魔法使いの妹については警戒もしていた。

 咲夜は何度か紅魔館で魔理亜に会っている。

 初めて会った時は礼儀正しく、物腰の落ち着いた人物だと思った。

 だが咲夜は、二度三度と会うたびにどこか違和感を覚えていった。

 

――嘘くさい……胡散臭い、薄っぺらい?

 

 彼女の言葉は感謝も謝罪も全てが薄っぺらいのだ。

 咲夜はどこぞの妖怪の賢者に会った時のような既視感を魔理亜に感じていた。

 

 だからこそ、この異変時にパチュリーを脅かす人物とは一人だけ。

 同じ魔法使いの霧雨 魔理亜ただ一人である。

 

 咲夜は小悪魔の言葉聞いてすぐさま時を止め、まず門前に向かった。

 気を使う能力を持っている美鈴なら、怪我の応急処置くらいはできる。

 小悪魔を抱えながら美鈴の下へ向かう。

 

 美鈴は門に寄りかかるようにして眠っていたが、咲夜は彼女の体を無理やり抱え込んだ。

 そのまま時が止まっていられる間に図書館へと急ぎ足で向かった。

 

 図書館ではいままさにパチュリー・ノーレッジが霧雨 魔理亜に対面している時だった。

 両手を広げるパチュリーの後ろには床に倒れているフランドールの姿が見られた。

 状況から察するに、フランドールをパチュリーが庇っているということだろう。

 

 咲夜はそのままパチュリーと魔理亜の間に入ろうとしたが、彼女の体は石のように固まってしまった。

 時間停止が解ける合図である。

 

 止まっていた時が動き出した。

 咲夜の体にとんでもない疲労感が押し寄せ、抱えていた小悪魔と美鈴を取り落とす。

 

「きゃっ」

「……ん?」

 

 突然の落下の衝撃を受けた小悪魔は目を白黒させて戸惑い、美鈴は衝撃から目を覚ました。

 咲夜は荒い息を吐きながらその場に膝をつく。

 

「……こうもまあ、ぞろぞろと」

 

 忌々しく咲夜たちを見る魔理亜の表情は、咲夜が見た顔の中でも紛れもなく本物だった。

 言葉にも表情にも本物の苛立ちが込められていた。

 

 状況は読めないが、紅魔館を守るのがメイドと門番の役目。

 不意な目覚めでも美鈴はすぐに体勢を立て直し、魔理亜に構えを取った。

 咲夜もおぼつかない足取りながら、パチュリーに歩み寄る。

 

「この方は紅魔館の主、レミリア・スカーレット様の親友だ。そして、その方に守られているのは我が主の妹君……これ以上の狼藉は私が許さない。あなたの時を止めるわよ」

「……咲夜さん、言いたいこと全部言われました! 右に同じです!」

「咲夜、美鈴……」

 

 剣呑な眼差しで魔理亜を睨みつつ、咲夜はナイフに手を掛ける。

 美鈴はニッと笑いながら両手に目視できるほどの気を集めた。

 彼女の体捌きからは麟との戦闘の疲労を感じさせない。

 

 魔理亜は二人の言葉を受けると俯き、これ見よがしに溜息を吐いて髪を掻き上げた。

 顔を上げるといつもの微笑みを浮かべており、両手を上げて降参のポーズをした。

 

「多勢に無勢よ。降参、降参するわー」

 

 あっさりと降伏する魔理亜にこの場にいる全員が警戒を解かない。

 魔理亜はその様子を見てわざとらしく肩を落とし、やれやれと首を振った。

 彼女は人形を一体図書館の外に飛ばした。

 いきなりの行動に全員が緊張するが、攻撃目標が明らかに自分たちではない。

 

 咲夜がナイフを取り出すのを見て、魔理亜はジト目で彼女を見つめた。

 

「信用ないわね。これはあれよ、鑑賞のためよ」

「鑑賞?」

 

 魔理亜の言葉に反応したのはパチュリーだ。

 彼女は警戒しているものの、咲夜や美鈴のように敵意はない。

 

 パチュリーの言葉に魔理亜は答えない。

 パチュリーがその意図に気づいたのか、咲夜に目配せした。

 咲夜はそれを受けて露骨に嫌そうな顔をしたが、仕方なく魔理亜に話しかけた。

 

「……鑑賞ってのはなに?」

「これから始まる異変解決を見守るためよ。みんなも気になるでしょう?」

 

 咲夜が尋ねるとあっさりと答えた。

 魔理亜はもう一体人形を取り出して、その人形を手ごろなテーブルに置いた。

 人形の目からは懐中電灯のような光が放たれ、図書館の壁にスクリーンが映し出された。

 スクリーンには図書館の外に出て行った人形の視界が映し出されている。

 

 これで観戦しようと言っているのだろう。

 レミリア・スカーレットと博麗 魅子の戦いを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レミリアと魅子はケーキをおいしくいただいた。

 魅子のケーキが一切れだったのに対してレミリアのケーキは六分の四ホールだったのだが、食べ終わるのが同時というのは疑問に思うばかりである。

 萃香は身の丈ほどあるケーキを既に完食しており、彼女の腹はポッコリと出ていた。

 

 レミリアはフォークをテーブルに置くと、手を合わせた。

 それを見て魅子と萃香も慌てて手を合わせる。

 

「ごちそうさまでした」

「「ごちそうさまでした」」

「はい、おそまつさまでした」

 

 礼儀正しい妖怪というのも、珍しいものである。

 魅子の中で妖怪とは自分勝手で気まま、それに意地汚いものだと記憶していた。

 いま堂々とゲップをしている萃香を見る限り、その認識もあながち間違っていない。

 

 レミリアは皿を重ね、椅子から立ち上がった。

 

「洗い物は咲夜に任せるわ。さ、異変の〆を始めましょうか」

 

 レミリアはそう言うと手を掲げた。

 天井に向かって伸ばされたその手には膨大な魔力が集う。

 魅子たちに対して敵意はないが、魔力の余波で部屋の家具が乱れる。

 萃香はその小さな体が風で吹き飛ばされそうになり、慌てて魅子のポケットに潜り込んだ。

 

 轟音を響かせて、さっきまで魅子たちがお茶をしていた部屋の天井はなくなった。

 レミリアが放った赤い魔力の波は天井を空まで打ち上げ、粉々に破壊した。

 軽々と、何でもないような顔をしてレミリアは空に上がった。

 彼女の飛行を阻む物は何もない。

 

 魅子も慌ててそれに続いた。

 

「……うひゃー、相変わらず派手好きなやつだ」

「あんたも人のこと言えないんじゃ?」

 

 魅子のポケットから顔を出して萃香が苦笑いを浮かべた。

 まだ一緒に暮らして半月ほどだが、魅子は彼女もレミリアと同じ穴のムジナだと知っていた。

 

 魅子の指摘に応えず、萃香は真剣な表情を浮かべた。

 

「魅子、油断するんじゃないぞ。相手は不死の吸血鬼、莫大な魔力を持つ大妖怪だ」

「どうしたのよ、さっき聞いた時は何も知らない風だったのに」

「まあいいから聞け。あいつの弾幕をギリギリで回避しようとするな。余裕を持って行動しろ。ボムを使う時は迷うな」

 

 勝負に口出すことを嫌う萃香が次々に魅子へ助言をしていく。

 その珍しい光景に魅子が目を丸くし、怪訝な表情を浮かべた。

 

「咲夜の時は渋ってたのに、レミリアと戦ういまになってどうして戦い方なんて教えてくれるの?」

「私は勝負に口出しすることが嫌いだ。だけど、絶対に勝てない勝負を見るってのが大嫌いなんだよ」

 

 萃香のその言葉は遠回しに『お前ではレミリアに勝てない』と言っているようなものだ。

 魅子もそれに気づき、不服そうな表情を浮かべている。

 

 だが、萃香の言っていたことは的を得ていた。

 咲夜に苦戦し、彼女に勝ちを譲ってもらった魅子がレミリアに敵うはずがない。

 萃香は一パーセントも可能性がない戦いを見るのが嫌だった。

 

「あいつは吸血鬼だ。だから、妖怪に効く光を放つ『夢想封印』が有効だ」

「わかったわよ……参考にする」

「うげ」

 

 魅子はそう言うと萃香の頭を小突いてポケットに押し込んだ。

 萃香がポケットの中でくぐもった声を上げる。

 

 レミリアは紅魔館上空で魅子を待っていた。

 魅子が空に舞い上がると、レミリアの口元が嬉しそうに弧を描く。

 レミリアはドレスの端を掴み、先ほどまでの朗らかな表情を消して一礼した。

 

「ようこそ、紅魔館へ」

 

 まるでいま初めて会ったかのように挨拶をするレミリアに、魅子も博麗の巫女としての顔を浮かべる。

 レミリアは薄く冷たい笑みを浮かべてはいるが、雰囲気からこの勝負が楽しみで仕方ないということを察せる。

 この親切で気の抜ける吸血鬼が相手でも、魅子は手を抜くことが許されない。

 魅子は真剣な表情を浮かべるとともに、気も引き締めた。

 

「……あなたが異変の首謀者ね」

「ええ、私は紅魔館の主。紅い悪魔、永遠に紅い幼き月――レミリア・スカーレット」

 

 レミリアの魔力が吹き出す。

 それに伴って周囲の霧が濃くなった。

 レミリアの背後の空が歪んで滲んでいる。それほどの魔力が溢れだしているということだ。

 

 魅子はそれを恐れず、お祓い棒で霧を振り払った。

 彼女の周囲の霧が音も立てずに消滅する。

 

「スペルカードは無制限。私は飽き性だから、同じスペルカードは二度と見たくないわ」

「……そういうルールね。まあ、どんなルールでも負ける気ないけど」

 

 スペルカード無制限だが、同じスペルは使用不可。

 無制限とは言うが、カードの枚数は無限ではない。

 自分の手札が無くなれば勝負は続行不可能となる。

 

 仮にカードが無限にあったとしても、決着はすぐにつくだろう。

 魅子もここまで辿り着いた強者、レミリアは言わずもがなだ。

 強者同士の戦いは一瞬で決着がつく。

 

「先手は譲ってあげる」

「そう、ありがとう。速攻で終わらせてあげるわ」

 

 手を差し出して高みから見下すレミリアの挑発に魅子も挑発で返す。

 魅子は懐からスペルカードを取り出し、多彩な光を放つ光弾を生み出した。

 光弾によって、視界を遮るほど濃密だった霧が晴らされていく。

 光は魅子の周囲を旋回し、その全てが意思を持ってレミリアを睨んだような気がした。

 

「霊符『夢想封印』」

 

 いきなり博麗の必殺技だ。

 レミリアにとってもなじみ深いそのスペルカードによって生み出された弾幕は、当時の博麗の巫女同様に妖怪に害のある光を発しながら飛び回った。

 レミリアの飛行速度も光を受けて遅くなる。

 速度が遅くなってもその動きは大胆でありながらミスがない。

 

 光弾と踊るように空を飛びまわるレミリアの姿は、鬼の萃香を唸らせるほど華麗だった。

 レミリアは紅魔館の時計塔をクルクルと回り、光弾がそれに追従する。

 赤い残像を残すほどのスピードで移動するレミリアに光弾は追いつけず、頂点に到達するころには追尾していた光弾が消えていた。

 だが、撒き散らされる多彩色の光弾はまだ健在である。

 

 そこでレミリアは敢えて魅子に接近する。

 当然、魅子に近づくほど弾幕は濃くなり、激しくなる。

 それら全てを悠々と躱しながらレミリアは魅子の目の前まで辿り着いた。

 そして魅子に向かって手をかざす。

 

 レミリアの行動を見て直感的に動いた魅子の行動は正しかった。

 魅子はすぐさま光弾をばら撒きながら後退した。

 レミリアはショットを放っており、魅子が移動したことでその弾丸が彼女に当たることはなかった。

 もし目の前でショットを受けていた場合、痛みからスペルカードを中断することになっていただろう。

 

「とんでもないやつねっ」

「まだまだそんなものじゃないでしょう?」

「もちろんよ!」

 

 魅子がお祓い棒を振るい、それを合図に弾幕が変化する。

 円運動のみだった光弾が直線的な動きも加えてきたのだ。

 弾幕は更にランダム性を増し、避けにくくなる。

 

 それでもレミリアは口元に笑みを絶やさず、ショットを撃つ余裕すら見せた。

 レミリアから放たれる雨のようなショットに苦戦しながら、魅子は『夢想封印』の維持に努めた。

 

 針の穴を通すような精密なショットが魅子を追い詰めていく。

 相変わらず『夢想封印』が機能しているにも関わらず、レミリアの動きは精彩さを欠かない。

 魅子を追い詰めるショットも鋭く、息を継ぐ暇もないほどだ。

 

「魅子、慌てるな! レミリアの動きをよく見ろ!」

「そんなこと言ったって……くっ、危ない!」

 

 ショットを避けることに集中するあまり、魅子の『夢想封印』が生み出す光弾がチカチカと点滅する。

 動揺し、集中を切らしていることに気づいた萃香が喝を入れるが、その瞬間レミリアのショットが魅子の服を掠めた。

 この一撃が更に魅子を動揺させる。

 

 魅子は不快感を露わにして後方に向かって飛行した。

 レミリアから距離を取るように、魅子が離れていく。

 それに伴い、レミリアに襲い掛かる光弾の数も減った。

 弾幕は魅子を取り巻くように展開されているので、距離を取れば取るほどその数は減っていく。

 魅子はスペルカードの効果範囲ギリギリまで距離を取った。

 そこまで離れればレミリアのショットも届かない。

 

 レミリアは眉をひそめて自分から弾幕に向かって行った。

 自ら妖怪を滅する光に飛び込み、勇猛果敢に光弾を避けていく。

 レミリアの速度と向かってくる光弾の速度が合わさって、彼女の視界からは光弾が細い線のように見えるほどの速さになっていた。

 それをレミリアは経験と吸血鬼特有の感覚から感知し、光弾を危なげなく回避する。

 

 迫ってくる吸血鬼に、僅かだが魅子は恐怖した。

 母である霊夢や大妖怪の萃香を前にした時のようなプレッシャーが魅子を襲う。

 魅子にはレミリアの姿が本来の大きさより大きく、巨大に見えた。

 

 レミリアの放ったショットが魅子を捉えた。

 巫女服が破け、まっさらな肌が露出する。

 被弾した衝撃から、ギリギリのラインで保っていた魅子の『夢想封印』が消滅した。

 『夢想封印』の放っていた妖怪を滅する光は弱々しく点滅して最後には霧に混じるように霞んで消えていった。

 

 レミリアはそれを冷めた目で見ていた。

 冷血な吸血鬼の眼差しが、魅子を貫く。

 その視線を受けて魅子は背筋が凍り、自分の体を抱きしめるように腕を組んだ。

 

「……スペルカードブレイク、ね。次は私の番よ」

 

 底冷えするような冷たい声を上げてレミリアは懐に手を伸ばす。

 そしてレミリアがスペルカードを取り出し、天高く掲げた。

 赤い霧がレミリアを取り囲み、莫大な魔力が吹き出した。

 

 レミリアの周囲に魔法陣が張り巡らされる。

 魔法の知識がない魅子にはそれが何なのかわからないが、わからないなりに不思議な迫力を感じていた。

 未だ見たことがない魔理亜の本気というものが拝めたら、このように感じるのかもしれない。

 

「あなたにはこれがふさわしい――天罰『スターオブダビデ』」

 

 レミリアの体が赤い光に包まれて見えなくなる。

 それと同時に赤い球体が辺りに出現する。

 まるで召喚されたかのように突然現れたのだ。

 赤い球体は魅子のすぐ近くにも出現していた。

 球体は生きているかのように脈動し、不気味な輝きを放っていた。

 心臓のように規則正しく鼓動を打つ様子を見るとその赤さが血に塗れているようにも見える。

 

 そして、一拍置いてからレーザーポインタのようなものが球体から照射される。

 その光は球体同士を繋ぎ、空中に蜘蛛の糸のように張り巡らされていた。

 光のうち一つは魅子に向いている。

 

 それを見て萃香が声を荒げて叫んだ。

 

「やば――魅子、その光から離れろ!!」

 

 萃香の唾を飛ばさんばかりの声を聞いて魅子は無我夢中で横に飛んだ。

 空中で転がるようにして一回転した魅子が顔を上げると、驚愕の光景が浮かんでいた。

 

 空を埋め尽くす赤。

 空の赤よりも紅い深紅の光が広がっていた。

 魅子が先ほどまでいた位置も、紅いレーザーが貫いている。

 

 これで終わりではない。

 赤い球体からは紫色の弾幕が放たれ、魅子に襲い掛かる。

 魅子はレーザーの間を縫いながら紫の光弾を避けなければならない。

 

 レーザーの網目を潜り抜けるように飛行しながら、魅子は飛んでくる紫色の弾幕をなんとか躱しきった。

 それと同時に場を支配していた紅いレーザーと赤い球体が消滅する。

 魅子はホッと一息吐くが、レミリアの猛攻は終わりではなかった。

 

 またすぐにレミリアが魔法陣を張り、球体を出現させる。

 そして球体から伸びるレーザーポインタがあちこちに飛び交っている。

 

「まだ終わらないの!?」

 

 魅子が悲痛な叫びを上げるが、当然まだ終わるわけがない。

 レーザーポインタを覆うように極大のレーザーが放たれ、それと同時に紫色の弾幕が放出されていく。

 魅子はそれに合わせて窮屈な赤い空を苦しそうに飛び回る。

 赤いレーザーが放つ熱が魅子の頬をじりじりと焼き、紫色の弾幕はレーザーの隙間を埋めるように展開されていた。

 まったく凶悪なスペルカードである。

 

 この熱く猛烈なスペルを放ちながら、レミリアは憮然として魅子を冷めた目で見ている。

 魅子は弾幕を避けることに必死になるあまり、それに気づかない。

 そんな中、魅子に指示を出していた萃香はレミリアの変化に気づいた。

 

「おい魅子、スペルカードを出せ!!」

「は? 一体なに……」

 

 萃香が唾を飛ばして大声で叫ぶ。

 魅子は反論しつつも反射的にスペルカードを取り出した。

 

 その瞬間にレミリアの弾幕が変化を遂げた。

 赤く、巨大なレーザーは紅く、更に莫大な質量になる。

 紫色の弾幕は再び生み出され、それは禍々しい光を帯びていた。

 

 突然の変化についていけなかった魅子は大きくなったレーザーのおかげで逃げ場を失い、迫りくる紫色の弾幕を避けれそうにない。

 弾幕ごっこで言うところのデッドゾーンに潜り込んでしまっていた。

 

「くそっ、夢符『二重結界』!」

 

 魅子を取り巻くように二つの結界が生み出され、紫色の弾幕を飲み込んで空に展開されていく。

 レーザーも結界に飲まれて消滅し、魅子を脅かすものは何もない。

 魅子はこの機会にショットを次々に放っていく。

 『二重結界』の効果も上手く使い、レミリアに飛び交うショットは避けづらい軌道を描いていた。

 

「ふん……」

 

 つまらなさそうに、レミリアは魅子の放ったショットを軽々と避けていく。

 結果、ショットがレミリアの服を掠ることすらなかった。

 

 『二重結界』の効果が終わるころには、レミリアが魔法陣を生み出すことはなかった。

 レミリアに一矢報いることはできなかったが、ようやく彼女のスペルカードが終了したようだ。

 なんとかボム一つで乗り切ることができ、魅子はホッと息を吐く。

 それを見て、俯いたレミリアが拳を握り込んだ。

 

「あなたは、こんなものじゃないでしょう?」

「ん? そうよ、あんたを退治するんだから。まだまだこれからよ」

 

 震える声でそう尋ねたレミリアに対し、魅子は彼女の様子を不審に思いながらそう答えた。

 魅子の中にあるのは、博麗の巫女としての責務を果たすという想いだけである。

 

――魅子、それじゃあダメだ。もっと、もっと弾幕ごっこを……

 

 萃香は魅子のそんな気持ちを察した上で、それが良くないものだと思った。

 いまの魅子には咲夜と戦った時のような彼女の“良さ”が出ていない。

 

「このままじゃあ勝てないぞ。魅子、咲夜と戦った時を思い出せ」

「わかってるわよ。咲夜と戦った時って言ったら……あのスペルカードね」

 

 心配する気持ちから、またも口を出してしまった萃香に魅子は鬱陶しそうに返事をした。

 萃香の助言から魅子は咲夜を圧倒したあのスペルカードの存在を思い出す。

 嬉々としてスペルカードを取り出す魅子を見て萃香は自分の言葉が伝わってないことを知り、ポケットの中で頭を抱えた。

 

 魅子は袖から大量の陰陽玉を取り出し、お祓い棒を構える。

 博麗の秘宝がぞろぞろと出てくる様を見てレミリアが少し目を見開いた。

 

「あんたの使用人、咲夜を倒したスペルカードよ!」

「咲夜を……少しは楽しめそうね」

「その減らず口を叩けなくしてやるわ! 宝符『陰陽宝夢嵐』!」

 

 陰陽玉が光だし、それを魅子がお祓い棒でぶっ叩く。

 カキーンと小気味良い音を奏でながら向かってくる陰陽玉を見てレミリアは口元に笑みを浮かべた。

 

「ほう、面白そうなスペルじゃない!」

 

 次々に放たれる陰陽玉は的確にレミリアを狙い撃ち、逃げ場を失くしていく。

 更に向かってくる陰陽玉からは弾幕が放たれており、空に浮かぶ陰陽玉が増える度に死地が生まれる。

 レミリアは魅子から放たれる陰陽玉と彼女の下に戻っていく陰陽玉に注意しながらも、この無邪気なスペルカードを楽しんでいた。

 

 魅子が子供の時に構成したスペルカードは稚拙ながらも、童心を思い返させるような素敵なスペルカードだ。

 弾幕を受けた咲夜だけでなく、それを見ていた萃香も称賛するほど味のあるスペルカードである。

 レミリアもその二人の例に漏れず、心の中で感心していた。

 

 レミリアをも唸らせるスペルカードだが、このスペルは良くも悪くも子供っぽいのである。

 魅子の陰陽玉を打ちだすスピードや精度は大したものだ。

 だが、陰陽玉を打ちだすまでのインターバル、魅子の下まで戻る陰陽玉の愚直さ、放たれる弾幕が簡素であることなどといった欠点も多く存在した。

 結果、レミリアは開始数分でこの弾幕を攻略しつつある。

 

「まだまだこんなものじゃないでしょう?」

「もちろん……よ!」

 

 レミリアの言葉に応えながら魅子は陰陽玉を打ちだしていく。

 『陰陽宝夢嵐』はレミリアの移動ルートを読みつつ、魅子自身が好きなように弾幕の構成を変えられるのが利点である。

 レミリアがこの弾幕の欠点を見切っても、魅子次第では被弾させる可能性も浮上する。

 

 しかし、レミリアは魅子の強烈な攻撃を見事に躱していく。

 飛翔する先に打ちこまれれば減速してタイミングをずらし、不規則な軌道で飛行して魅子を攪乱していた。

 レミリアの服を掠めることすらできず、魅子は焦りを覚えていく。

 

――まさか、このスペルも攻略するんじゃ……ダメよ、私は博麗の巫女として……

 

 重圧が魅子の心に圧し掛かる。

 レミリアを狙い打つ精度も落ち、お祓い棒を振るう間隔もだんだん長くなっていった。

 

 攻撃の手が弱まり、レミリアはショットを放つ余裕すら生まれる。

 魅子はレミリアのショットを避けながら陰陽玉を打ちこまなくてはいかなくなり、攻撃の手数は更に減った。

 

「くそっ、なんで当たらないのよ!」

「その程度なの? あなたは、そんなものじゃないでしょう?」

 

 焦る魅子にレミリアは懇願するようにそう聞いた。

 なぜかその顔は悲しそうに、苦しそうに歪んでいる。

 

 レミリアの想いも虚しく、魅子のスペルカードは終わりを告げた。

 陰陽玉は光を失い、やがてその姿も消えていった。

 スペルカードブレイクである。

 

 それに際して両者、同じような反応を浮かべた。

 魅子は仕留めきれなかったことを悔やみ、溜息を吐く。

 レミリアはスペルをブレイクしたにも関わらず、顔に愁いを浮かべていた。

 

 魅子は次のスペルに備える為レミリアを注視して待っていたが、いつまで経っても彼女はスペルカードを出さない。

 

「どうしたのよ。次はあんたの番よ」

「……ええ、待たせたわね。今度はこれよ、神罰『幼きデーモンロード』」

 

 レミリアの周りに見覚えのある魔法陣が展開される。

 それを見た魅子はまさかと思い、周囲を警戒した。

 

 魅子の予想は当たり、レミリアがスペルカードを掲げると空に球体が浮かんだ。

 しかし、その球体は紅くない。

 紫色の大きな球体がそこに存在していた。

 異次元に繋がっていそうなほど不気味な色をしている球体は、見れば見るほど惹きこまれそうな引力を放っていた。

 魅子は魅入られそうになり、慌てて目を逸らした。

 『スターオブダビデ』と同じく、レーザーポインタが出現する。

 今回はレミリア自身からもレーザーポインタが出ており、その数も多い。

 

 まずレミリアからレーザーが飛び出た。

 それに続いて球体からレーザーが飛びだしていく。

 よく見るとレミリアの周りには規則的に球体が一列並んでいる。

 それらを貫くようにしてレミリアがレーザーを放ち、それに釣られて球体からレーザーが飛び出しているのだ。

 

 レーザーが出ると同時に紫色の弾幕も飛び出し、更には巨大な球形の弾幕も放出されていた。

 先ほどの『スターオブダビデ』よりも苛烈な弾幕に魅子は近づくことはおろか、ショットを放つ暇すら与えられない。

 

「魅子、もっと流れに身を任せるんだ!」

「そんな母さんみたいなこと……できないっての!」

 

 萃香の言葉通り、霊夢のように弾幕の流れに沿って飛ぶことができればレミリアのスペルは攻略できるだろう。

 しかし、それは霊夢にしかできない芸当であり、助言した萃香にもその行為は難しい。

 萃香は自分にはできなくても『霊夢の娘である魅子なら』という想いでそう言ったのだ。

 

 萃香以外にも魅子にそのような期待を向ける人物がいた。

 それはこの弾幕を放っているレミリア・スカーレット本人である。

 

 レミリアは魅子が自分の弾幕に翻弄される様子を愉しむでもなく、見下すこともしていなかった。

 ただただ歯痒そうに魅子を見て、奥歯が音を立てるほどに噛みしめていた。

 その場に地面があれば地団太を踏みそうなくらい足に力が籠り、握りしめられた手の爪が自分の掌を傷つけている。

 

「うわっ!」

 

 レミリアの険しい視線の先で魅子は弾幕を避け損なった。

 レーザーを避けた先にあった弾幕にぶつかりそうになったのだ。

 それでも彼女は反射的にスペルカードを取り出している。

 魅子は大声でスペルカードを宣言した。

 

「宝符『陰陽行列』!」

 

 袖から出た陰陽玉が弾幕をかき消す。

 魅子の周辺にあった弾幕はほぼ全て消滅したが、まだレミリアのスペルは継続中である。

 一難去ってまた一難。魅子が顔を向けるとレミリアはまた別の場所で魔法陣を動かしていた。

 空中を紫の球体が支配し、レーザーを撒き散らしていく。

 

 魅子は慌ててその場から退避し、レミリアから更に距離を取った。

 その様子を見てレミリアは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。

 

「そうやって、また逃げるのね」

「敵から距離を取って何が悪いのよ! このっ!」

 

 レミリアの呟きは意外なほどよく通り、魅子の耳に届いた。

 それを馬鹿にされていると感じたのか、魅子は顔を赤くしてショットを放つ。

 距離も遠く、大した精度でもないそのショットはレミリアに軽々と避けられる。

 

 そしてレミリアが俯き、スペルカードの勢いが弱まった。

 これ幸いと魅子はショットを放っていくが、レミリアはそれを見もせずに避けていく。

 

 魅子はレミリアの弾幕が勢いを失っていくのを見て、恐る恐る近づいていく。

 ショットの雨がレミリアに降り注ぐ中、彼女は俯いたままそれを躱し続ける。

 まるで魅子のショットが見えているかのようだ。

 

 そして、レミリアが顔を上げた時である。

 弾幕は一瞬、完全に停止した。

 レミリアの言葉を魅子に届かせるために、静粛にしているようにも見える。

 

「あなたは、博麗の巫女にふさわしくない!!」

「な、何を……」

 

 突然放たれたレミリアの叫びに、魅子は動揺する。

 魅子にとって何よりも言われたくない言葉を言われたのだ、動揺するのももっともだ。

 

 レミリアは泣きはらしたかのような赤い目で魅子を睨んでいた。

 

「そんなもので、そんな心で博麗の巫女を名乗るんじゃない!」

「……あんたに、何がわかるってのよ!」

 

 レミリアの言葉に反論するように魅子がショットを放つ。

 迫りくるショットに動じず、レミリアは手を振りぬいた。

 魅子の下まで届くほどの烈風が巻き起こり、ショットは消滅した。

 

 呆然とする魅子にレミリアはまだ言葉を紡いだ。

 

「……勝利への執念は素晴らしい。でも、お前は勝負を楽しんでいない!」

「た、楽しむことなんてあるわけないじゃない! これは博麗の巫女としての……」

「だからお前はふさわしくないんだ!!」

 

 レミリアの言葉に呼応して、弾幕が再び動き始める。

 レーザーと弾幕の応酬に魅子は苦労しながら、レミリアの言葉を噛みしめていた。

 

 レミリアの顔は悔しさと虚しさ、その他の感情でいっぱいになり歪んでいる。

 そんな表情をレミリアが浮かべる理由が魅子にはわからなかった。

 萃香はレミリアの心の機微に気づいたようだが、あえて魅子には伝えない。

 

「これは弾幕ごっこだ! お互いの心を伝え合うんだよ!!」

 

 レミリアが叫び、弾幕は更に苛烈さを増す。

 この場にいる魅子を排除するべく、レーザーが意図的に彼女へと向かう。

 完全に追尾しているとしか思えないほど屈折したレーザーを魅子は辛うじて避けるが、服を焦がす。

 放たれる弾幕も全て魅子の方を向かっている。

 

「これは……どうやったのか知らないけど、あんたスペルカードを弄ったわね!?」

「その言葉こそ愚の骨頂、お前の限界だ! 神罰を下してやる!」

 

 レミリアの言葉に応えるように弾幕がうねり続ける。

 魅子はたまらずにスペルカードを取り出した。

 今回の勝負はスペルカード無制限、ボムの使用については触れられていないが、同じスペルでないなら使うことが可能である。

 

「小賢しい!」

 

 魅子が取り出したスペルカードをレミリアは狙ったのか、カードは飛来した弾丸に弾き飛ばされた。

 それはレミリアが放ったショットだった。

 これだけの弾幕を放ちながらショットを撃つだけの技量が彼女にはあった。

 苦しい状況の中、魅子は回避を試みるも手遅れである。

 

 迫りくるレーザーが魅子を貫いた。

 

「なっ……」

 

 負けたこと、弾幕の変貌、レミリアの技量。これらの事柄が魅子を茫然とさせる。

 レーザーのダメージは大したことない。もちろん弾幕用に調節された威力である。

 だが、心に与えたダメージは魅子を動揺させ、心にもないことを口走らせる。

 

「こ、これは何かの間違いよ! あんた、スペルカードに細工したでしょ?」

 

 スペルカードとは設定された弾幕を吐きだすカードであり、途中で弾幕が変更されることはない。

 弾幕がその様相を変えるとしたら、それすらスペルカードに設定されていなくてはならない。

 魅子の言っていることは的外れではなかった。

 

 しかし、レミリアは冷めた表情で魅子を見ており、彼女の問いに答えない。

 

「くっ……何とか言いなさいよ! 途中から弾幕が私を追いかけて来たし、あんたが細工を」

「お前は」

 

 魅子の言葉を遮って、レミリアが底冷えするような冷たい声で呟いた。

 決して大きくはない声だったが、この場によく通る声だった。

 

「お前は、そんなんだから……スペルカードは自分の心を写す投影機だ。その心に影響され、その様相を変える」

「そんなバカなことが……」

「そんなこともわからないなら、博麗の巫女を辞めろ!!」

 

 戸惑う魅子にレミリアは激昂し、手に魔力を集める。

 その魔力は天井を壊した時よりも膨大で、凶悪だった。

 人一人くらいなら簡単に殺してしまえそうなくらいに凶暴だった。

 

 レミリアが手を掲げると、その魔力の塊が槍の形を象った。

 その矛先を魅子に向けて、レミリアは投擲するように構える。

 

「お前はもう――死ね」

 

 赤い槍、その名はスピア・ザ・グングニル。

 いまはそのスペルを唱えるほど、レミリアは優しくなかった。

 必殺で必中の槍は、魅子の心臓に目掛けて飛んでいく。

 

 魅子はただその場に呆然と立っているだけで、何もできなかった。

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