東方二次異変   作:ほの基地

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第二次紅魔郷 (結)

 

 

 

 

 私、レミリア・スカーレットは人間が好きだ。

 昔は人間なんて自分たちの食糧としてしか見ていなかった。

 咲夜と出会い、霊夢と出会い、魔理沙と出会ってから私は変わってしまったのだ。

 彼女たちが私を変えてくれたんだ

 

 咲夜は私に人間の認識を改めるきっかけをくれた。

 人間である咲夜を個として認め、ほんの僅かだが人間に興味を向けるようになった。

 

 霊夢は私に一番影響を与えた人物だ。

 私を怖がりもせず、それどころか面倒くさそうに相手をするところなんて笑ってしまう。

 そしてその強さと清廉さに惹かれる

 

 魔理沙は好ましい性格をしている。

 あの明るく、私たちの天敵の太陽のような性格は眩しすぎる。

 そこに私やフランドールを始めとする妖怪たちが魅力を感じるかもしれない。

 

 霊夢や魔理沙と疎遠になってからしばらくして、八雲 紫の提案で私は再び異変を起こすことを決断した。

 またあのような面白い人間たちに出会いたかったのだ。

 特に、霊夢の娘が成長したと聞いてから私はその娘に会いたくてしょうがなかった。

 

 そして私は霊夢の娘に出会う。

 私が考えた『博麗の巫女おもてなし計画』は功を奏し、咲夜たちを驚かすことができた。

 鬼の萃香がいたのは予想外だったが、魅子と名乗った少女は私の予想通り面白そうな子だった。

 

 やや緑がかった髪を見ると、霊夢と血の繋がりがないことがわかる。

 だが、顔立ちは霊夢によく似ていた。

 長年一緒に暮らすと飼い犬が飼い主に似てくるという話があるが、彼女もそうなのだろうか。

 

 性格はあまり霊夢に似ていない。

 私がからかうとよく反応してくれるし、からかいがいがある。

 咲夜や霊夢は澄ました顔で流してくるので、こういった反応はどちらかというと魔理沙に近いかもしれない。

 

 私たちがケーキを食べながら昔話をすると、魅子はそれを真剣に聞いていた。

 母親を尊敬しているのが雰囲気から伝わってくる。

 

 私が魅子への期待を募らせていると、いつの間にかケーキを全て食べ終わっていた。

 すぐに弾幕ごっこがしたくなってしまい、ついつい天井を破壊してしまった。

 後で咲夜に怒られてしまう。

 

 私が上空に向かうと魅子が追いかけてきた。

 私は昔を思い出し、魅子に再び自己紹介をした。

 彼女もそれに合わせてくれて、私たちの戦いは始まる。

 

 魅子に先手を譲ると、彼女は挑発を返しながらスペルカードを繰り出してきた。

 いきなり『夢想封印』だ。楽しませてくれる。

 

 この妖怪を排除しようとする光が私の行動を制限する。

 しかし、これくらい何の問題もない。

 魅子の弾幕を躱しながら、彼女の心を読み取る。

 その弾幕からは勝負への執念が伝わってきた。

 

 強い『勝ちたい』という想いが彼女の弾幕を支えている。

 これを踏みにじるのも妖怪の務めかと、私も本腰を入れる。

 

 魅子の下まで距離を詰め、目の前でショットを放ったのだ。

 私のショットは外れてしまったが、魅子を挑発すると彼女は『夢想封印』に変化を見せてくれた。

 

 まだまだ私を楽しませてくれ。

 

 続けざまにショットを放つと、魅子は苦しそうな表情を浮かべて後退した。

 おいおい、それじゃあつまらんぞ。

 私は魅子を追いかけながらショットを放つ。

 魅子は私から逃げるように、どんどん後退していった。

 

 私と魅子の追いかけっこはとても長く感じた。

 魅子は私を見ながら飛行しているが、その視線は“私”を見ていない。

 

 なぜ逃げる。なぜ下がる。

 私からなんで逃げるんだ。

 どうして私をもっと真っ直ぐ見ないんだ。

 

 なんで、私に『恐怖する』んだ。

 博麗の巫女なのに――なぜだ。

 

 相手の気持ちが分からないまま、私は私の想いを乗せてショットを放っていく。

 やがて私が放ったショットが魅子を捉え、それを合図に『夢想封印』は消滅した。

 

「……スペルカードブレイク、ね。次は私の番よ」

 

 私がスペルカードを攻略したことで、魅子は顔を歪めた。

 魅子の表情が気に入らない。

 私はあいつにお灸を据えるため、スペルカードを掲げた。

 

「あなたにはこれがふさわしい――天罰『スターオブダビデ』」

 

 私のこの弾幕を萃香の助言を受けながら魅子は避けていった。

 辛うじて、ギリギリで躱していく魅子の姿がもどかしく見ていられない。

 

 弾幕に身を任せるでもなく、断固として抗うわけでもない。

 ただ翻弄され、みっともなく“逃げる”だけだ。

 気に入らない。本当に気に入らない。

 霊夢のように制さず、魔理沙のように立ち向かわない。

 

 私の中の怒りが弾幕に伝わり、一際大きいうねりを上げる。

 鬼が私の表情を見てそれに気づいたようだが、どうでもいい。

 弾幕の変化についていけず、魅子は呆気なく被弾すると思った。

 だが、魅子はボムを使って私のスペルをなんとか切り抜けた。

 ボムに使用したスペルは『二重結界』だ。

 私にも馴染み深い霊夢のスペルで、少しだけ私の中のモヤモヤが晴れる。

 まだ失望するには早いのかもしれない。

 

 私のスペルが終わりを告げたことで魅子が安堵のため息を吐いたが、それも気に食わない。

 こんなところで、博麗の巫女が終わるはずがない。

 そんな期待をしてしまう。

 

「あなたは、こんなものじゃないでしょう?」

「ん? そうよ、あんたを退治するんだから。まだまだこれからよ」

 

 私は震える声でそう尋ねてしまった。

 私の期待を裏切らないで欲しいという想いが声を震わせた。

 

 それに対しての魅子の返事は、あまりにも淡白で冷たいものだった。

 私との勝負をまるで楽しんでいない。

 私を勝負の相手としてではなく、ただ退治すべき妖怪としてしか見ていない。

 私を――私をそこらの木端妖怪と同じにするな!

 

 魅子がスペルカードを取り出し、お祓い棒を構えた。

 陰陽玉が彼女の袖から次々に現れて来るのを見て驚いた。

 

「あんたの使用人、咲夜を倒したスペルカードよ!」

 

 魅子はお祓い棒を私に向けてそう言った。

 私の咲夜を倒すなんて、並みの実力ではできない。

 私は期待と待望から思わず笑みをこぼす。

 

「咲夜を……少しは楽しめそうね」

「その減らず口を叩けなくしてやるわ! 宝符『陰陽宝夢嵐』!」

 

 陰陽ホームランと、確かにそう言った。

 ホームランとは、野球の用語だったような気がする。

 

 魅子は陰陽玉の一つを無造作に掴み、私に向けて手に持ったお祓い棒で打ちこんできた。

 小気味良い音を響かせながら叩き込まれた陰陽玉は中々の速度で、それも弾幕を放ちながら飛んできた。

 子供っぽく幼稚なスペルだが、これは面白い。

 

「ほう、面白そうなスペルじゃない!」

 

 私は思わずそう口に出していた。

 次々に飛んでくる陰陽玉は打ちだされた後もそこで止まらず、自動的に魅子の下まで戻っていく設定になっているようだ。

 打ちだされる陰陽玉と戻ってくる陰陽玉の二つに注意しなければならない。

 それに、魅子のバッティングセンスは光るものがある。

 的確に私の飛行する軌道を捉え、追い詰めるように打ちこんでいく。

 良い発想力と技量だ。

 

 しかし、陰陽玉を打ちだすまでにある僅かな隙と魅子の下まで戻る陰陽玉の単純さが欠点になっている。

 私はもうこのスペルの避け方、攻略法を身に付けつつある。

 こんなもので終わって欲しくない。

 さあ、魅子。あなたの心を見せてちょうだい。

 

「まだまだこんなものじゃないでしょう?」

「もちろん……よ!」

 

 私が挑発すると魅子は陰陽玉を打ちだすスピードを上げてきた。

 私の飛行先を読みつつ打ちだされる陰陽玉は的確で精密だが、私に同じ手は二度と通じない。

 

 魅子の弾丸を次々に避けていくと、弾幕に変調が起こった。

 良い変化ではない。

 私に飛んでくる陰陽玉は弱々しい弾幕しか吐いてこなくなり、魅子のバッティング精度も落ちているようだった。

 私が魅子の顔を横目で見ると、彼女は必死な表情を浮かべていた。

 勝ちたいという気持ち故に焦り、負けたくないという気持ちが弾幕を弱くする。

 

「くそっ、なんで当たらないのよ!」

 

 どんどん攻撃の手は弱まっていく。

 魅子の言葉にも彼女の弱さがありありと現れている。

 このままじゃつまらない。

 こんなところで終わって欲しくない。

 

「その程度なの? あなたは、そんなものじゃないでしょう?」

 

 私は苦しくなって、そう聞いてしまった。

 魅子はそれに答えず、応えてくれない。

 

 やがて私を襲う陰陽玉は消えてしまった。

 もう、お終いなのか。

 私はまだ魅子の想いを伝えてもらってない。

 まだ彼女は私を相手として認めていない。

 こんなところで終わってしまうなんて、悔やんでも悔やみきれなかった。

 

「どうしたのよ。次はあんたの番よ」

 

 魅子の言葉で我に返る。

 そうだ、次は私の番だった。

 

 もう、これで終わりにしよう。

 

「……ええ、待たせたわね。今度はこれよ、神罰『幼きデーモンロード』」

 

 私の出す魔法陣から次々に弾幕が召喚されていく。

 霊夢はこのスペルを真っ向から打ち破ってくれた。

 今代の博麗の巫女が霊夢なら、きっとこのスペルを制してくれていた。

 私はもう、この博麗の巫女に期待しない。

 

 私から飛び出すレーザーに反応して、弾幕からもレーザーが噴水のように吹き出す。

 私の弾幕に魅子はただただ翻弄され、無様に空中を駆けずりまわっている。

 

 悔しさが私の胸を打つ。

 私のスペルカードから逃げるばかりで、その流れに身を任せようともせず、立ち向かおうとも思わない魅子を見ると悔しい気持ちになる。

 もっと私を見て欲しい。

 もっと私の弾幕を楽しんで欲しい。

 

 私は歯を噛みしめ、気づけば手から血が出るほど指を握り込んでいた。

 私の視線の先では魅子が弾幕を避け損ない、スペルカードを取り出していた。

 

「宝符『陰陽行列』!」

 

 また一つボムでスペルカードが消費されていく。

 相手に楽しませることもできず、一瞬だけ咲く弾幕は儚く美しいが、もったいない。

 魅子はもうこれでボムを二度も使用している。

 

 私が場所を移動し、また弾幕を発生させると魅子は焦燥の表情を浮かべて私を見た。

 その顔は私への恐怖が刻まれており、人間から伝わってくる恐怖が私の力になる。

 長い平穏で弱体化していた妖怪の力が、人を襲うことで、人の恐怖で戻っていく。

 

 これじゃあ私は昔と変わらないじゃないか。

 私の大好きな霊夢が考えた、私の大好きなスペルカードルール。

 人間を襲うことで力を得ていた私が、人間と対等に戦えて遊べる素敵なルールなのに。

 

 どうして逃げる。

 どうして怖がる。

 

 私の弾幕から離れようと、魅子が距離を取る。

 

「そうやって、また逃げるのね」

「敵から距離を取って何が悪いのよ! このっ!」

 

 私の呟いた言葉に反応して魅子がショットを撃ってきた。

 

 私を“敵”と呼んだ。

 確かにそう呼んだ。

 

 あいつは私をそう呼んだ。

 

 許せない。

 私の見てきた博麗の巫女と違う。

 あいつは――ふさわしくない。

 

「あなたは、博麗の巫女にふさわしくない!!」

 

 私は気づけば、大声でそう言っていた。

 私の叫びに動揺したのか、あいつは狼狽えていた。

 あいつの弱い心が浮き彫りになる。

 

「そんなもので、そんな心で博麗の巫女を名乗るんじゃない!」

 

 私の言葉に、あいつは怒りの表情を浮かべて私に掌を向けた。

 

「……あんたに、何がわかるってのよ!」

 

 か細いショットを撃ってきた。

 それすらあいつの弱い心を表しているようで、私を苛立たせる。

 

 私はそのショットを一蹴する。

 まだ言いたいことはたくさんある。

 

「……勝利への執念は素晴らしい。でも、お前は勝負を楽しんでいない!」

「た、楽しむことなんてあるわけないじゃない! これは博麗の巫女としての……」

 

 博麗の巫女として?

 そんなんだから――

 

「だからお前はふさわしくないんだ!!」

 

 霊夢は私を受け入れてくれた。

 何も考えてないようで、掴みどころのない性格だったけど、弾幕ごっこをするとその心がよくわかった。

 それは私の勘違いかもしれないし、都合のよい妄想なのかもしれない。

 それでも、私たちは“友達”だったんだ!

 

 霊夢が子供を育て始め、博麗神社を結界で固めてからは彼女と会えなくなった。

 無理に結界をこじ開けようとして、八雲 紫にこっぴどくやられた。

 辛くて泣いたことだってある。

 

 だから、その娘に期待した。

 異変の前日は待ち遠しくて眠れなかった。

 

――なのに、それなのに!

 

 私をなぜ受け入れない?

 どうして私から逃げるんだ。

 

 どうして、心を見せない。

 

「これは弾幕ごっこだ! お互いの心を伝え合うんだよ!!」

 

 私の無念が、私の想いが弾幕を変化させる。

 全てのレーザーが彼女に殺到した。

 

 それを辛うじて避けて、あいつは私を睨みつけた。

 

「これは……どうやったのか知らないけど、あんたスペルカードを弄ったわね?」

 

 あろうことか私を疑い、文句まで言ってくる始末だ。

 救いようがない。

 

「その言葉こそ愚の骨頂、お前の限界だ! 神罰を下してやる!」

 

 私の言葉に、怒りに弾幕が反応する。

 レーザーが不規則な軌道を描きながら奴に向かって行った。

 

 奴はまたスペルカードを取り出している。

 再びボムを使うつもりだ。

 私の『幼きデーモンロード』の中で既に一度ボムを使用している。

 恥ずかしげもなくまたボムを使うつもりなんだろう。

 

 そんなもの、私が許すはずないじゃないか。

 

「小賢しい!」

 

 私のショットが奴のスペルカードを弾く。

 これでもうボムを使う暇はない。

 

 レーザーは呆気なく今代の博麗の巫女を貫いた。

 

 奴はしばらく呆然としていたが、やがて目を吊り上げて私に指を突きつけた。

 

「こ、これは何かの間違いよ! あんた、スペルカードに細工したでしょ?」

 

 私のことを槍玉に上げて、自分の実力不足を誤魔化す。

 まったく気に入らない。

 博麗の巫女とは、こんなつまらない奴でも慣れるのかと呆れてしまう。

 

「くっ……何とか言いなさいよ!! 途中から弾幕が私を追いかけて来たし、あんたが細工を」

「お前は」

 

 こいつは、もうダメだ。

 私はもう我慢できない。

 

「お前は、そんなんだから……スペルカードは自分の心を写す投影機だ。その心に影響され、その様相を変える」

「そんなバカなことが……」

 

 奴は私の言葉を信じない。

 弾幕ごっこを軽んじている。

 

「そんなこともわからないなら、博麗の巫女を辞めろ!!」

 

 つまらない。

 つまらない奴は、いない方が良い。

 奴は霊夢の跡継ぎにふさわしくない。

 

 私は紅い槍を構える。

 奴の死に装束にはもったいないくらいだ。

 

「お前はもう――死ね」

 

 私の放った槍は奴に真っ直ぐ向かって行った。

 やがてその槍は奴の胸を貫き、体を内側から崩壊させるだろう。

 

 私は激昂していままで気づかなかったが、その間に入ってくる者がいた。

 

 白黒の巫女服に金髪の少女が奴と私の間に飛び込んできた。

 

「魅子!!」

 

 関係ない。

 私の槍は、人間二人くらい簡単に貫く。

 

 私の槍が金髪の少女にぶつかる直前、強烈な光が辺りに放たれた。

 私が眩しさに目を背け、再び様子を見ると――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 麟は泣きはらして赤くなった目を擦りながら、紅魔館の薄暗い廊下を歩いていた。

 その進んでいる方向は紅魔館の奥に向かう方ではなく、出口だった。

 フランドールに与えられ、フラッシュバックした妖怪の恐怖は根強いようだ。

 

――ごめん、魅子。

 

 麟は親友の顔を思い浮かべ、心の中で謝罪した。

 彼女はもう心が折れてしまったのだ。

 その気持ちは廊下を進み、出口が近くなるごとに強くなる。

 

 遂に麟は紅魔館の出口、大きく荘厳な扉の前に辿り着いた。

 ここを開ければ、もう外に出られる。

 

 麟が扉を開けると、いままで聞こえなかった轟音が彼女の耳に飛び込んできた。

 音の発信源に目を向けると、そこでは花火のような光が打ちあがり、赤い空を鮮やかに彩っていた。

 麟はそれが弾幕ごっこのものだとすぐにわかった。

 

「魅子……」

 

 麟にはなぜか戦っている者が魅子だとわかった。

 そして、これは推測だが相手はレミリア・スカーレット。

 この異変の首謀者である。

 

 当然相手は強いだろう。

 苦戦する魅子を想像すると、麟は胸が苦しくなった。

 助けに行こうと手を伸ばすが、その手は震えている。

 

 フランドール・スカーレットは、レミリア・スカーレットの妹だと言った。あのフランドールの姉だ。

 麟は自然と足が震え、飛行もままならなくなる。

 

 こうしている間にも魅子のボムが顔を出し、麟の中の不安は大きくなる。

 恐怖を抑え込み、麟は魅子とレミリアの戦いを間近で見るために近づいて行った。

 

 麟が近づいて弾幕ごっこを見ると、魅子は苦戦しているようだった。

 その表情には苦悩が浮かび、相手の弾幕も苛烈だ。

 

 麟は弾幕の光に手を伸ばす。その手は光に近づくたびに震え、レミリアの存在を思うと全身が震えた。

 魅子に加勢したいという気持ちは妖怪への恐怖に委縮してしまっている。

 それでも友を想う気持ちからその場から動けず、麟はただただ戦いの行方を見守ることしかできなかった。

 

「――助けに行かないのか?」

 

 突然声を掛けられた麟は反射的に振り返った。

 そこにいた人物は魔理亜のような魔法使いの衣装に身を包み、トンガリ帽を目深に被っているためその顔は伺えない。

 麟には聞き覚えのない声だったし、彼女たちは初対面のはずだ。

 それなのに麟はこの女性から知ったような雰囲気を覚える。

 麟は親しみ深い雰囲気を彼女から感じたのだった。

 

「……あなたは?」

「私は、通りすがりの魔法使いだぜ。私の質問にも答えてくれるか?」

 

 麟の質問に名を名乗ることなく、彼女は口元に弧を描かせながらそう言った。

 愉快で気安い雰囲気を漂わせる彼女だが、麟に尋ねかける口調はどこまでも真面目で熱心だ。

 麟は彼女の質問に言葉を詰まらせ、声を失ってしまったかのように何も発しない。

 

「妖怪が怖いか?」

「っ……はい」

 

 痛いところを突かれて麟が声を上げる。

 魔法使いの彼女は手に持った箒から小さい星形の弾幕を生み出すと、それを空に浮かべた。

 麟はそれに釣られて空を見上げる。

 

 星形の弾幕は二つあり、赤いのと緑色のものだ。

 赤と緑はどこか楽しそうに飛び回り、自分たちよりも更に小さい弾幕を放っていく。

 

「あいつらは陽気な奴らさ。いつも楽しいことを探してて、退屈しててさ。それで私たちのことが大好きなんだ」

「で、でも、さっき……」

 

 麟は先ほどのフランドールのことを思いだし、反論の言葉を紡ごうとするが止める。

 自分の恐怖に負けたことを恥じたのか、通りすがりの魔法使いに話すことへの抵抗か。

 どちらかはわからないが、麟は自分の気持ちが邪魔をして言葉を発せなかった。

 

 小さい弾幕の攻防は激しさを増し、緑色の弾幕が遂に被弾した。

 すると赤い弾幕に変化が起こる。

 赤い星形の弾幕はその体を大きくし、どす黒い色を放ちながら緑色の弾幕を飲み込んだ。

 麟はその光景を見て唖然とする。この明るい星形の弾幕たちが織り成す陽気な劇がこんな形で終わるなんて思ってなかったのだ。

 

「私たちのことが大好きだけど、何かを間違えるとこういう未来もあるかもしれない」

「……そんな」

「だから私たちはあいつらの期待に応えてやるんだ」

 

 麟の言葉を遮って、魔法使いがもう一つ弾幕を作り上げた。

 再び現れた緑色の弾幕は、どす黒い赤色の弾幕と弾幕ごっこを始める。

 赤の攻撃を避けながら、緑色の星は踊るように動いていく。

 

 やがて、赤の弾幕が終わりを告げる。

 赤の星は力を使い果たしたのか、元の色に戻っていた。

 緑色の星と赤色の星が寄り添い、宙を舞ってから空に消えていった。

 

「お前はあいつらの期待に応えてやってるか?」

「そ、そんなこと言われても……あ!」

 

 そう言われて、麟は紅魔館での出来事を思い出した。

 廊下で出会った吸血鬼の少女から逃げ、無様に泣き叫んだことを思い出したのである。

 彼女はつまらなさそうな表情の中に哀愁を浮かべていた。

 麟は彼女の期待に応えてやれなかった。

 

「別にあいつらの勝手な想いに応じなくてもいいんだぞ?」

「……ううん」

 

 麟は首を横に振る。

 命の危険を感じ、妖怪の恐怖を思い出したことは忘れられない。

 だが、麟にはあのフランドールが最初に出会った人食い妖怪と同じとは思えなかった。

 勝手に期待された麟は、勝手にあの子から逃げ出したのだ。

 それを責める者は誰もいない。それでも麟は自分を責めた。

 

――あの時、私があの子に『弾幕ごっこをしよう』と言っていれば……

 

 あの時は相手に話し合いが通じないと思い、麟は話すこともせずに逃げ出した。

 麟はそのことを悔いた。それが表情にも表れており、魔法使いにも彼女の後悔が伝わる。

 

「私、あの子に謝りたい」

「あの子……異変が終わったら、それもいいだろうな。でも、いまするべきことはなんだ?」

 

 麟がその言葉にハッとする。

 空を再び見上げると、そこでは魅子とレミリアが激しくぶつかり合っていた。

 不思議と先ほどまで感じていた恐怖は麟の中から綺麗さっぱり消えている。

 

「――助けに行かないのか?」

「行きます!!」

 

 麟は再びかけられた問いに今度は間髪入れず答えた。

 彼女にもう迷いはない。

 

 麟は魔法使いの言葉を受けて矢のように飛び出していた。

 お礼もせず、相手に別れの言葉を告げることなく魅子に向かって飛翔する。

 この通りすがりの魔法使いは、それを無礼とも思わず口元に笑みを浮かべていた。

 

 麟は自分のところまで飛んでくる弾幕を避けながら、魅子の下へ向かった。

 レーザーの飛距離を考えると、レミリアの力の恐ろしさがよくわかる。

 だが、突然弾幕の勢いはなくなった。麟が前を見ると魅子が何事かを叫んでいる。

 よく見れば相手のレミリア・スカーレットと思しき人物も顔に怒りを浮かべて声を上げているようだ。

 

 そして、レミリアの表情が冷たくなった時、麟の背筋は凍った。

 予感がしたのだ。嫌な予感が。

 

 レミリアが槍を構える。

 放つまで残り数秒、麟はまだ魅子から少し離れている。

 

――間に合って! お願い!

 

 麟の願いが叶ったのか、彼女の飛行を後押しする風が巻き起こった。

 そのおかげで麟は魅子の下まで辿り着く。

 

「魅子!!」

 

 魅子は呆然として麟を見ている。

 そして、莫大な殺意と膨大な魔力を伴った槍が彼女たちに迫る。

 

 麟のポーチが輝きだした。

 

 殺意の槍は彼女らを貫くことはなく、虹色の結界にその矛先は阻まれた。

 結界を生み出したのは麟でもなければ魅子でもない。

 麟のポーチから飛び出した亀、玄武がその槍を阻んでいた。

 

「……玄武!」

 

 玄武は一度頷くと、油断なくレミリアを見据えた。

 あの槍を防ぐほどの結界を張れるというのは驚愕するばかりだが、いまは驚いている場合じゃない。

 麟は玄武に礼を言うと、魅子に顔を向けた。

 魅子は未だに呆然としており、状況を把握できていない。

 いきなり殺されかけたこと、巨大な亀がそれを阻んだこと、そして自分を守ろうと割り込んだ麟の存在。

 これらが魅子の頭の中をぐちゃぐちゃに掻き回していた。

 

 麟はあの槍を魅子が避けようともしなかったことが気にかかっていた。

 

「魅子、どうしたの? なんで避けようとしなかったの?」

「わ、私は……」

 

 魅子を襲った圧倒的な死の恐怖は推し量れない。

 突然襲った凶槍は魅子の動きを止めるだけの迫力があった。

 それを考慮してなお、麟は魅子が何の動きも見せなかったことに憤りを感じていた。

 麟は怒っているのだ。

 

 麟は魅子に近寄り、左手で彼女の肩を掴んだ。

 右手を振りかぶり、麟は目を瞑って口を真一文字に結んでいる。

 乾いた音が響き渡った。

 

 魅子は殴られたことを一拍遅れて理解し、頬を手で押さえた。

 

「諦めないでよ! なんで諦めようとするの!?」

「だって……私じゃあいつには」

 

 魅子は麟に言われてから気づいた。

 自分がレミリアに敵わないと諦めてしまっていたことに気づいてしまった。

 レミリアの槍を避けるのを辞めてしまっていた。

 

 折れてしまった魅子に、麟は更に喝を入れていく。

 

「敵わなかったら何なの! それは生きるのを諦めるほどの理由なの?」

 

 麟の脳裏に、魅子と出会った時の記憶が浮かぶ。

 初めて妖怪に襲われ、わけのわからないまま生きることを諦めたこと。

 それを魅子に救われたこと。

 麟には魅子がヒーローに見えていた。

 自分に生を与えてくれた魅子が、生きようとしないことに麟は憤りを感じていた。

 知らず、麟の目に涙が浮かぶ。

 

「魅子、もう終わりなの?」

「私じゃ敵わないわよ……もう切れるスペルカードもほとんどないわ」

 

 麟の真っ直ぐな眼差しを受けて、魅子はその視線から逃れるように目を逸らした。

 

「魅子一人で敵わないなら、私も一緒に戦う」

 

 麟は自分も戦うと言った。

 麟にはもう妖怪への恐怖もなく、いまあるのは魅子への想いだけだ。

 だが、それを超える想いが魅子にもある。

 

「……ダメよ! 私は、私が博麗の巫女なんだから! 母さんのように、一人で戦わなくちゃ!」

 

 魅子は駄々っ子のように頭を振った。

 霊夢は一人でレミリア・スカーレットを退治した。

 魅子は自分もそれに倣いたかったのだ。

 母と同じように、博麗の巫女としての責務を果たしたかった。

 

 麟は魅子の肩を強く掴んだ。

 

「確かに、霊夢さんは強いよ。一人でもあの吸血鬼を倒せたのかもしれない。でも、魅子が独りで戦う理由にはならない!」

「だけど」

「だけどじゃない! 私も魅子と一緒に戦いたい!」

 

 麟の言葉に、魅子はハッとした。

 麟は涙を浮かべて魅子を見ていた。

 肩を掴む力は更に強くなり、魅子の腕が軋む。

 

「魅子の力になりたいんだよ」

「麟……」

 

 麟が魅子を叱りつけたのはこれで二度目だ。

 一度目は妖精と妖怪に足止めを食らい、我を忘れて怒りに身を任せていた時である。

 その時も麟は魅子の力になると笑って言っていた。

 いまの麟は、笑顔とは程遠い泣き顔だ。

 こんな顔にさせたのは誰だ。

 

――そう、私だ。

 

 魅子は自分の頬を自分で張った。

 ピシャリと音を立てる。

 

「麟、力を貸してくれる?」

「うん……いくらでも、喜んで力になるよ」

 

 麟は涙を拭いながら、魅子の体を抱きしめた。

 魅子も強く抱きしめ返し、レミリアを見据える。

 

 短い抱擁の後、魅子は左手でお祓い棒を持ちながらレミリアを指差した。

 

「待たせたわね」

 

 魅子がそう言うとレミリアは髪を掻き上げて笑った。

 さっきまで見せていた鬱屈とした表情は消え去り、大妖怪らしい凶悪な笑みを浮かべていた。

 

「面白い見世物だったわよ。さあて、私に何を見せてくれるのかしら?」

「二対一であんたを打ち負かしてやるわ。文句ある?」

「いいえ、お好きにどうぞ」

 

 魅子の言葉にレミリアは飄々と返す。

 魅子と麟は並んでレミリアに向かい合った。

 それを見たレミリアが何かを思い出したかのようにポンと手を叩く。

 

「ああ、そうだ。友って漢字は同じ方を向いて手を取り合う様から来ているらしいわね」

「ふうん、私たちにピッタリじゃない。でも、一文字足りないわね」

「ほう、それは何?」

 

 魅子と麟は示し合わせたかのように顔を見合わせた。

 そして、お互いに笑いあう。

 

「「私たちは“親友”だ!」」

 

 レミリアは二人の様子を見て面白そうに、愉快そうに笑った。

 

 そして、この赤い空の下で雨が降る。

 視界が悪くなる中、それでも二人の瞳は同じ相手を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 図書館ではスクリーンに映し出された光景を紅魔館の住人達が見ていた。

 そして、霧雨 魔理亜も。

 

 現在フランドールは美鈴の膝で寝息を立てており、表情は幾分か楽になっている。

 もう魔理亜との戦いの後遺症は見られなかった。

 

 そして、スクリーンの中で雨が降っているのを見てパチュリーが表情を変えた。

 

「これは……魔理亜、あなた天候を弄ったわね?」

 

 パチュリーの質問に、魔理亜は微笑んだまま答えない。

 否定もしない様子と、魔法に精通するパチュリーの言葉からこの場の全員がそれを察する。

 吸血鬼が苦手とする流水を利用するため、雨を降らせたのだ。

 咲夜がそのことに意外そうな顔を浮かべ、敵意を忘れて魔理亜に尋ねる。

 

「へえ、あなたも仲間を思いやる気持ちなんて物があるのね」

「まあ、私は友達想いよ? みーちゃんには、がんばってもらいたいからね」

 

 わざとらしく惚ける魔理亜だが、スクリーンを眺める眼差しは優しくなっていた。

 彼女の意外な一面に咲夜は気が抜けたが、もう一つ疑問が浮かんだ。

 魔理亜は魅子が殺されそうになった時、まったく慌てずに佇んでいたのだ。

 魅子を心配し、思いやる魔理亜の気持ちは本物だろう。

 だとしたら先ほどの魔理亜の態度は納得がいかない。

 

「あなたは、お嬢様にあの子が殺されてもなんとも思わなかったの?」

「なんとも思わないなんてことないわ。私なら殺される直前に助けられたわよ?」

 

 薄く微笑みながら魔理亜はそう答えた。

 咲夜はその言葉に疑問符を浮かべる。

 この場にいるというのに、どうやってレミリアから魅子を助けるのかがわからなかったのだ。

 

 パチュリーだけがその理由に気づいた。

 剣呑な瞳で魔理亜を睨む。

 

「あなた、あの人形に細工をしたわね」

「……少し吸血鬼に効く武器と魔法を仕込んであるだけよ」

 

 パチュリーの質問に魔理亜がようやく答えた。

 控えめに呟かれたその言葉から察するに、人形に仕込まれている物は大したことがないように思える。

 だが、パチュリーはその言葉に油断することなくスクリーンとそれを映し出す人形を眺めた。

 映像から、そして人形から情報を得ようとしているのだ。

 

 ややあって、パチュリーはハッとして息を呑んだ。

 魔理亜の胸倉を掴み、浮かべる表情は険しい。

 

「あれは吸血鬼に効くなんて物じゃないわ! 吸血鬼殺しじゃない!」

 

 その言葉を聞いて、魔理亜とパチュリーを除いた図書館にいる全員がギョッとした。

 そして、咲夜が一瞬で魔理亜の目の前に移動していた。その手にはナイフが握られ、矛先は魔理亜の喉元に向いている。

 

 魔理亜は鋭い切っ先を向けられても微笑んで見せた。

 咲夜はニコリともせず、瞳には殺気が込められている。

 

「……パチュリー様の言ったことは本当か?」

「あら、だったらどうなのかしら?」

 

 咲夜の持つナイフの切っ先が魔理亜の喉に触れ、彼女の真っ白な喉仏に血が滲んだ。

 魔理亜は痛みを感じているはずだが、それでも微笑んだまま表情を変えない。

 

「いますぐ人形の武装を解除しろ。そうすれば乱暴はしない」

「断固拒否するわー」

 

 間延びした声で魔理亜がそう言った瞬間、咲夜の手に力が込められた。

 咲夜に人を殺す躊躇いなどない。

 それがわからない魔理亜ではないはずだが、彼女には焦りがなかった。

 

 パチュリーが止めるまでもなく、咲夜の動きは止まった。

 魔理亜は若干咲夜から距離を取っているだけで、彼女自身が何かした様子はない。

 

「な、何をした……」

「殺されるのは嫌だから、少し動きを封じさせてもらったわ。大人しくしてなさい」

 

 魔理亜が咲夜にウインクをして微笑んだ。

 すると咲夜の体は徐々に灰色に染まっていき、灰色に染まった部分から自分の意思では動かせなくなっていた。

 咲夜はこの状況から必死に抜け出そうともがくが、灰色の侵食は紙に落とされた墨汁のように抵抗なく広がっていく。

 

 やがて灰色が咲夜の全身を覆うと、彼女は力を失ったかのように地面に倒れた。

 美鈴が咄嗟にその体を支え、厳しい眼差しで魔理亜を睨む。

 魔理亜はその視線に困ったように笑うと、首を横に振った。

 

「命に別状はないから安心して。しばらく大人しくしてもらっただけだから」

 

 魔理亜の言葉を聞き、美鈴が咲夜の口元を確認する。

 咲夜はまったく反応しないが、呼吸自体は力強く行われていた。

 魔理亜の言う通り命に別状はないようだ。

 

 美鈴がパチュリーに目配せをすると、彼女は灰色の瞳で魔理亜を観察しながら頷いた。

 魔法に精通しているパチュリーの判断でも白が出ている。

 つまり、咲夜の状態が命に関わるものではないということだ。

 

 この場では、パチュリーは咲夜のこと以上に魔理亜を心配していた。

 

「ねえ、その瞳はどこで手に入れたの? 人の身でそこまで業の深い能力は手に入れられないはずよ」

「……質問には答えられないわ。それより、あっちの状況が動き出したみたいよ」

 

 魔理亜はパチュリーの質問に答えず、話を逸らすためか全員の注目をスクリーンに集めた。

 彼女の言葉通り、スクリーンの中では弾幕ごっこが始まろうとしていた。

 

 パチュリーは不安げな表情で魔理亜を見たが、かつての弟子は師匠と目を合わせようとはしなかった。

 親友の妹が姉のように成長してもらいたいと、そういう気持ちがあるのかもしれない。

 パチュリーは冷静であるべき魔法使いの本分を忘れてしまっていた。

 この不器用で親友の吸血鬼から『役に立たない知識人』と称される魔法使いは余計なお節介を働かせる。

 

「あなたの雨は仲間を手助けするために降らせたのよね?」

「そうよ。あら、お友達の不利は困るのかしら?」

 

 パチュリーがおもむろにそう尋ねると、魔理亜は意地悪く笑いながら尋ね返した。

 相も変わらず、魔理亜はパチュリーと目を合わせようとしない。

 

「魔理沙なら、きっと霧を晴らすために魔法を使ったでしょうね」

「……どういう意味かしら?」

 

 魔理亜の表情は変わらない。

 だが、パチュリーの言葉を受けてからどうにも雰囲気が変容したのが美鈴には手に取るようにわかった。

 何かきっかけが起こればこの図書館が戦場になりそうなくらいの緊張感が二人の間に漂う。

 

 パチュリーは魔理亜の変化に気づきつつも、話を続けた。

 

「あなたは雨を降らせた。当時の魔理沙ならとてもそんなことはできなかったわ。だから、マスタースパークでも使って霧を晴らしたでしょうね」

「そんなこと……霧を晴らしてもいまは夜。太陽なんて出てこないわ」

 

 魔理亜の言う通り、いまは夜で太陽は出ていない。

 真ん丸の満月が夜の闇を照らしてくれるが、それは吸血鬼にとって何の弊害にもならない。

 魔理沙が霧を晴らしたところでレミリアの脅威にはならないのだ。

 

 パチュリーは魔理亜の指摘に頷いたが、すぐに首を横に振った。

 

「ええ、レミィの脅威にはならないでしょうね」

「じゃあ」

「でも」

 

 魔理亜の反論を遮って、パチュリーは彼女の視界に入るように体を動かした。

 

「でも、魔理沙は笑って誤魔化しながら仲間の下に行くわ。箒に跨って『私が相手になるぜ!』ってね」

 

 パチュリーの言葉に魔理亜は俯いたまま動かない。

 依然としてパチュリーと視線を合わせようとしなかった。

 魔理亜からの反論もなく、パチュリーは魔理沙のことを思いながら話を続けた。

 

「魔理沙自身が太陽となって、レミィに立ち向かうのよ。吸血鬼にとって雨よりも脅威になる太陽となってね」

「だから、何だって言うの?」

 

 この時、魔理亜が初めてパチュリーと視線を合わせた。

 その瞳は泥のように濁り、複雑な感情が見え隠れしている。

 

 常人なら息を呑むほどに邪悪で険悪な眼差しだったが、パチュリーはわずかに微笑んで受け流した。

 

「だから、あなたも少し明るくなりなさい」

 

 パチュリーの言葉に魔理亜は応えず、視線をスクリーンに戻した。

 この魔法使い同士が何を想い、何を考えていたかは本人たちにしかわからない。

 二人のやり取りを見ていた美鈴も頭に疑問符を浮かべて、一先ずスクリーンに視線を戻すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 啖呵を切った魅子と麟を見て一頻り笑ったレミリアは目に端に浮かんだ涙を拭い取って満足気に頷いた。

 

「その子が来てから雰囲気が変わったわね……私はレミリア・スカーレット。そっちの白黒、名前は?」

「冴月 麟。魅子と一緒に、あなたを倒す者だ!」

 

 レミリアに名を尋ねられ、麟は目を吊り上げながら名乗りを挙げた。

 麟が喚き立てている内に、隣にいる玄武はいそいそとポーチの中に戻っていった。

 

 『倒す』と言われ、レミリアはまた愉快そうに笑う。

 さっきまでの陰鬱とした気分は失せ、魅子への落胆や嫌悪感は吹き飛んでいた。

 いまは昔のように、これから始まる戦闘に期待感を募らせるばかりだった。

 

 レミリアは待ちきれず、自分から声を上げていた。

 

「さあ、お前らはどんな弾幕を私に魅せてくれるんだ?」

「もう恥も外聞もない。二対一で叩きのめしてやる!」

 

 レミリアの挑発的な問い掛けに魅子がお祓い棒を振るった。

 麟が来てからというもの、焦りや緊張が良い具合に魅子の体から抜けている。

 

 魅子は不敵に笑いながらも、スペルカードを出す素振りは見せなかった。

 

「勝負は仕切り直しよ。あんたに先手を譲ってあげる」

「ほう。後悔するなよ?」

「冗談。いいわよね、麟?」

 

 魅子の焚き付けるような物言いにレミリアは愉悦の笑みを浮かべた。

 もう魅子には焦りから来る余裕のなさや異変への義務感はない。

 それどころか、これから始まる勝負への熱い想いすら感じられた。

 

 麟にもそれが伝染しているのか、熱のこもった瞳でレミリアを睨みつけた。

 

「うん、負けないよ!」

「……素晴らしい。では、私の心をお前たちに魅せてやろう!」

 

 レミリアは懐からスペルカードを取り出し、高々と掲げた。

 吸血鬼が苦手とする雨が降り注いでるとは思えないほど整然とした姿である。

 

 魅子はレミリアがスペルカードを取り出してから、霧が濃くなってきたような気がした。

 レミリアが手をかざすと、そこから赤い霧が大量に吹き出した。

 

「驚きすぎて腰抜かすんじゃないわよ! 『レッドマジック』!」

 

 レミリアがスペルカードを宣言すると周囲にまき散らされた霧が実体を持った。

 霧が凝固して弾幕となり、形成されると同時に空を飛びまわった。

 レミリア自身からも弾幕が放たれている。

 正直、いままでのスペルカードに比べると難易度が低く見えた。

 

 だが、この程度でレミリア・スカーレットの弾幕が終わるはずがない。

 霧は次々に弾幕として形作られ、空を埋め尽くさんばかりに数を増やしていった。

 魅子と麟は狭くなる安全地帯に逃げ込むが、どんどん追い詰められていく。

 

 数ある弾幕の内の一つが魅子と麟の服を掠め取っていった。

 

「これじゃあ、逃げ場がないわね」

 

 魅子は空を埋め尽くす弾幕を物憂れげに見つめる。

 麟が来て気持ちを新たにしたといっても、魅子の能力が格段に上がったわけではないのだ。

 やはり、レミリアの強力な弾幕の前ではボムなしに回避するのは難しい。

 不安が表情に現れていたのか、この非常時に関わらず麟が魅子の背中を叩いた。

 

「大丈夫、相手の弾幕を楽しんでいればあっという間だよ」

「楽しむ?」

 

 弾幕を避けつつ、麟が笑顔でそう言った。

 魅子も右から飛来する紫色の巨大な弾幕を躱しつつ、器用に首を傾げた。

 

「そう、弾幕を楽しむの。いまの弾幕は花を象ってるよね。次は星形。相手の弾幕がどんな構成になっているか考えるのも、楽しいんだよ?」

「……言われてみれば確かに、色んな形の弾幕が作られてるわね」

 

 麟の言葉に魅子が弾幕へ目を向けると、花から星形へとその様相を変化させていた。

 クイズのように次々と形を変える弾幕を見ていると、次はどんな弾幕に変化するのだろうかという楽しみが湧いてくる。

 魅子は麟に感心しながらレミリアの弾幕を観察し始めた。

 

――星の次は五芒星? その次の台形は……何なのかわからないわね。

 

 魅子はクエッションマークを浮かべながら弾幕を読み解いていく。

 もう頭の中には弾幕をどう避けるか、どのルートを通るかなどといった考えはなくなっていた。

 気づけば魅子は回避について何も考えておらず、レミリアの弾幕の構成がどうなっているのかだけを気にしていた。

 

 しかし、それが原因で被弾してしまうということはない。

 魅子はいつの間にか、弾幕の形から連想して次の動きが予想できるようになっていたのだ。

 弾幕は度々魅子の服を掠め、危うく被弾しそうになることもあった。

 それを気にかけて魅子の動きが精彩さを失うことはない。

 

 知らず知らずの内に、魅子は笑顔を浮かべていた。

 

「それでいい。魅子、いまのお前なら勝てるぞ」

 

 萃香がポケットから顔を出して、小さく呟いた。

 彼女から見ても魅子のいまの動きは、この異変を通して最高のものに思えた。

 そして、敵対するレミリアもいまの魅子を見て舌を巻いていた。

 

 優雅で、そして愉しんでいる。

 飛行に美しさを損なわず、博麗の巫女の特徴である『弾幕の流れに乗ること』も忘れていない。

 まだぎこちないが、魅子はレミリアの弾幕と踊るように飛んでいた。

 

 更に特筆すべきは、麟の存在である。

 魅子と同じくレミリアの弾幕を楽しんでいるが、麟のそれは過剰なほどだった。

 弾幕が姿を変える度にその目はキラキラと輝き、レミリアはその瞳から放たれる光が太陽ではないのかと幻視してしまっていた。

 魅子よりも危なっかしく飛行しているが、弾幕に被弾する様子はない。

 

「あなたたち……最高ねっ!」

 

 レミリアも楽しそうに笑い、二人を称賛した。

 彼女の気持ちに反応して弾幕が姿を変える。

 

 いままでレミリアの周囲に展開されていた弾幕は魅子と麟を取り囲むように出現した。

 そのまま彼女たちに弾幕の波が殺到する。

 魅子は上空に、麟は急降下してその弾幕を回避した。

 圧倒的な物量の弾幕が互いにぶつかり合い、更に新たな弾幕を生み出す。

 それは再び麟と魅子を襲い、彼女たちを逃がすまいと手を伸ばす。

 

「しつこい弾幕ね! 何の形かさっぱりわからなかったわ!」

「うーん、多分ハート型だったような」

「え、マジ?」

 

 レミリアへの罵倒を放ちつつ、魅子は弾幕を回避していく。

 麟の一言でレミリアの霊夢に向けた発言を思い出し、魅子は苦笑いを浮かべた。

 冗談だとは思うが、あの吸血鬼なら何でもあり得そうである。

 

 星、花、ハート、星、台形、ハート、ハート、ハートと弾幕が次々に放たれていく。

 魅子は弾幕を観察しながらもレミリアを横目で見た。

 彼女は愉しそうに、おかしそうに笑いながら手を振るっていた。

 

――人の心によって弾幕は様相を変える……

 

 魅子はレミリアの言葉を思い出していた。

 そうしている間にもハート型の弾幕は魅子に迫る。

 赤い光弾と踊るように回避した魅子はまた苦笑いを浮かべた。

 

――ハート型ばっかりじゃない。もう、あの吸血鬼は……

 

 レミリアの気持ちが魅子に伝わる。

 レミリアがこの弾幕ごっこを心の底から楽しんでいることが魅子にしっかりと伝わった。

 

 魅子が苦笑を浮かべていると弾幕の勢いは弱まり、いつの間にか姿を消した。

 スペルカードの効果が切れたのだ。

 魅子は溜息を吐いた。その溜息は安堵からのものではなく、物足りなさからくるものだった。

 

「スペルカードブレイクね」

「……どうだったかしら、私の弾幕は?」

「素敵だったわよ。今度は私たちの番ね」

 

 魅子がそう言うとレミリアは満面の笑みを浮かべた。

 異変の主としての威厳はないが、レミリアをよく知る者からすればその姿こそ彼女らしかった。

 

 魅子と麟は二人同時にスペルカードを取り出し、顔を見合わせた。

 そしてレミリアに顔を向ける。

 

「私“たち”のスペルカード、受けてくれる?」

「……ふふ、もちろんよ。その挑戦、真っ向から受けて立つわ!」

 

 魅子と麟は二人同時にスペルカードを使うつもりだ。

 この無茶苦茶な申し出をレミリアは快く引き受けた。

 自分の不利など念頭になく、彼女の頭の中には二人が魅せるスペルカードのことしかない。

 

 麟が右手に霊力、左手に魔力を込めた。

 魅子はそれを見て麟の使うスペルカードが予想できた。

 

「麟、そのスペルは……」

「大丈夫、私にはこの子がいるから」

 

 いつの間にか先ほどレミリアの攻撃から魅子たちを守った玄武が巨大化していた。

 麟はその大きな甲羅の上に座り、リラックスしている。

 玄武が麟の使うスペルの欠点を補ってくれることが魅子にはわかった。

 

 麟は霊力を紅魔館の枯れ木に放ち、魔力で風を集める。

 風は赤い霧の中で晴天のような青さを持ち、枯れ木からは綺麗な花びらが舞った。

 

「風花『花龍風月』!」

 

 麟がスペルカードを掲げると花びらは青い風に纏わりつき、巨大で荘厳な龍を象った。

 生物の放つ生気が感じられる程エネルギーに溢れるその弾幕はレミリアの背筋を震わせた。

 レミリアの震えは恐怖から来るものではなく、もちろん武者震いである。

 レミリアの全身が、吸血鬼の血液中が歓喜していた。

 

 魅子は麟のスペルを見て陰陽玉を一つ取り出した。

 陰陽玉を宙に放り投げると、自分もスペルカードを切る。

 

「麟、これを使って! 宝符『陰陽大宝玉』!」

 

 魅子の放り投げた陰陽玉は巨大化し、空中に鎮座した。

 博麗の秘宝である陰陽玉からは妖怪を滅する光が漏れ、雨と合わさってレミリアの力を弱体化させる。

 

 麟は魅子の言葉に頷くと龍に指示を出した。

 龍は陰陽玉に喰らいつくと、それを口に咥えた。

 レミリアに向かいながら龍の全身からは弾幕が飛び出し、陰陽玉からも大量の光弾が撒き散らされていた。

 

 空を覆いつくし、地面に雨が降り注ぐのを止めるほどの物量を持った弾幕がレミリアに進路を取っていた。

 『夢想封印』に似た光弾、青い風、花びらは全て意思を持っているかのようにレミリアの方を向いている。

 

 魅子は自分の心に反応して弾幕が変化を遂げるのを感じていた。

 

「まだまだァ!」

 

 魅子の叫びに応じて、巨大な陰陽玉から通常サイズの陰陽玉が生み出されていく。

 それらは龍の首回りをグルグルと周り、それ自体からも弾幕が生み出されていった。

 ただでさえ逃げ場のなかった場が死地だらけになる。

 この危機的状況に瀕してもレミリアは笑っていた。

 

 光弾によって弱体化し、雨によって弱まっているはずのレミリアは未だに気迫を失っていない。

 大妖怪としての矜持か、それとも異変の首謀者としての意地か。

 ここに来てレミリアは最高の動きを見せていた。

 

 三百六十度を取り囲まれながら、ショットを駆使して服を破かせながらも弾幕を回避する。

 追尾する光弾同士を巧みな飛行技術で同士討ちさせ、青い風を利用して自分の飛行速度を上げた。

 次々に行われる驚愕なパフォーマンスに、敵ながら魅子と麟は感嘆の息を呑んだ。

 

「楽しいわ! こんなに楽しい夜があっていいのかしら!」

「まだまだこんなものじゃないわよ! もっと楽しみなさい、レミリア・スカーレット!」

 

 レミリアの満足気な声に魅子はもっと楽しめと言った。

 まだ楽しませてくれるのかと、レミリアは瞳を輝かせて満面の笑みを浮かべる。

 

 魅子はチラリと麟に視線をやった。

 麟もそれに気づき、魅子の視線に頷く。

 二人は示し合せたかのように同じ場所に飛翔した。

 

「魅子、行くよ!」

「ええ、本気で行くわよ」

 

 麟が腕を組み、魅子がお祓い棒を振るった。

 すると龍の弾幕が甲高い叫び声を上げて、口の中の陰陽玉が光り輝いた。

 全身から放たれていた弾幕は鳴りを潜め、陰陽玉からも光弾は放たれていない。

 

 龍の口から溢れる光が、次に来る攻撃の強大さを予想させた。

 レミリアは既に何が起こるか勘付いていたが、回避行動は見せなかった。

 彼女も腕を組んで、その手にスペルカードを握りしめている。

 真っ向から迎え撃つつもりだ。

 

「お前たちの本気、私に魅せてみろ!」

「ああ、全力全開だ!」

 

 麟が溜め込んだ魔力を解放した。

 龍は青より蒼く、花びらは咲き誇った。

 魅子もそれに伴ってお祓い棒を再び振るう。

 陰陽玉にひびが入り、それを境に龍の顎に噛み砕かれた。

 

 陰陽玉の残骸からは光り輝く玉が残り、それは小さいながらも莫大な力を有している。

 そこに龍の魔力が加わり、あまりにも強大な力に紅魔館全体が揺れた。

 

 そして、来るべき力の奔流がやって来た。

 レミリアに降り注ぐエネルギーの暴力はこのまま彼女の体を塵も残さずに消滅させてしまいそうだ。

 そんな凶悪なものを前にしてレミリアは笑ってみせる。

 

「紅符『不夜城レッド』ォ!!」

 

 レミリアがスペルカードを宣言すると、彼女の全身から紅い霧が生み出された。

 十字に放出された霧は極大のレーザーに当たると拮抗し、レミリアをその場に踏みとどまらせる。

 

 力と力のぶつかり合いに空間が歪み、この光景を観戦している者にはそれがこの世の終わりに思えただろう。

 耳鳴りがするほどの音を響かせながら衝突した力と力の勝負は、やがて終わりを告げた。

 

 巨大なレーザーが空に弾かれ、赤い霧を晴らして何処かに消えていった。

 龍は全ての力を使い果たしたのか、スーッと薄くなって消滅した。

 

 レミリアは仕立ての良い服をボロボロにしながらも、左腕を押さえながらしっかりと飛行している。

 魅子と麟も荒い息を立てながら、彼女の無事な姿を確認した。

 

「この夜はまだ終わりそうにないわね」

「嫌かしら?」

 

 魅子が呆れながら――どこか楽しそうに呟いた。

 それに反応したレミリアの問い掛けに魅子は首を横に振った。

 そして、空に浮かぶ月を指差した

 魅子に釣られて麟とレミリアが空を見上げる。

 

 レーザーが突き破った空の向こうには赤い満月が顔を出していた。

 月もこの三人の勝負を観戦しているのか、どこか微笑んでいるように見えた。

 

「ほら、こんなに月も紅いから」

「そうね、こんなに月も紅いから」

 

 魅子とレミリアは二人して言葉を繰り返す。

 麟もそれを見て楽しそうに笑った。

 

「楽しい」

「永い」

「素敵な」

「「「夜になりそうね!」」」

 

 三人の声が重なる。

 

 レミリアはすぐにスペルカードを取り出し、二人に見せつけるように掲げた。

 魅子と麟はそれを見て警戒を強める。

 

「紅符『スカーレットマイスタ』!!」

 

 レミリアが空中を飛びまわりながら弾幕を撒き散らしていく。

 赤い大きな球体と小さく数の多い弾幕が空を覆い尽くした。

 赤い霧が浮かぶ空に緋色の弾幕が赤いカーテンを掛ける。

 苛烈な弾幕は魅子を襲い、麟に飛びかかる。

 

 魅子は襲い掛かる弾幕からレミリアの熱い想いを感じていた。

 牙を剥く弾幕は魅子を被弾させようと躍起になる反面、どこか好意的に思えるほど魅子と踊ってくれるのだ。

 優雅な赤いドレスを施し、魅子と麟を彩ってくれる弾幕はどこまでもしつこくて優しい。

 

「どう? 私の弾幕は!」

「最高ね。熱すぎて私の血液が沸騰しそうよ!」

「ククッ、私は猫舌だから血を吸う時に困りそうね」

 

 魅子の軽口にレミリアが応じる。

 飛び回るレミリアに合わせて弾幕を回避していく魅子と麟を見ると、まるで三人がダンスを踊っているかのような錯覚に陥る。

 

「すごいね、レミリアさん! こんなに素敵な弾幕を放つなんて!」

「あなたも素敵よ、白黒のお嬢さん。私のことはレミリアと呼んで!」

「じゃあ私も麟でお願い!」

 

 麟が笑顔を浮かべ、レミリアも同じように笑顔を浮かべる。

 敵対する者同士が互いを讃えあう。

 少女たちは博麗の巫女という立場も、異変の首謀者との関係も全て捨て去って弾幕ごっこに興じるのだ。

 これこそが幻想郷の在るべき姿なのである。

 

 この光景を見る者は心動かされずにはいられない。

 空というキャンバスに弾幕は情熱と呼ばれるペンで絵を描いていった。

 地面にそびえ立つ赤すぎる紅魔館よりもより赤く、より深く空を染め上げて弾幕は絵を描いていく。

 

 紅霧異変というお祭り騒ぎは、終末に向かっていた。

 

 楽しいダンスも終わりがやってくるものだ。

 麟は疲労からバランスを崩し、その時真っ赤な弾幕が目前まで迫っていた。

 実は『花龍風月』というスペルカードによって麟は動けないほどの苦痛を味わっていたのである。

 

 魅子はそれに気づいており、麟がバランスを崩す手前に陰陽玉を取り出していた。

 なんと魅子はそれを麟に向かって思い切り“蹴り飛ばした”。

 魅子の手には白紙のスペルカードが握られている。

 

 陰陽玉が麟に近づき、光を放つたびに魅子のスペルカードが光り輝いていく。

 魅子はこの場でスペルカードを作成しているのだ。

 

 陰陽玉は麟にぶつかる寸前だった弾幕を蹴散らし、光を放ったまま麟の前で止まった。

 その位置は丁度麟の足元である。

 

「麟、それを蹴り飛ばして! あんたの力を私に貸して!」

「……うん!」

 

 魅子の言葉を受けて麟は足へ全力の霊力を込める。

 そのまま陰陽玉に足を振りぬいた。

 

 麟の足と激突した陰陽玉は魅子の下へと戻っていく。

 その勢いは凄まじく、レミリアの弾幕をかき消しながら進んでいった。

 

「麟、あんたの気持ち受け取ったわ!」

「この場で新しいスペルカードを作ったのか!?」

 

 レミリアは驚愕から飛び回ることを止め、目を丸くして魅子を見た。

 魅子は既に麟からのボールに足を向けており、このままレミリアに蹴り返すつもりだ。

 

「魅子! 行け!」

「ええ! 全ての力を込めるわ――霊符『夢想封印 蹴』!」

 

 萃香が叫び、魅子がそれに応じる。

 それと同時に魅子は陰陽玉を蹴り出した。

 

 麟の霊力、魅子の霊力を合わせた陰陽玉はレミリアの下へと突き進んだ。

 妖怪を滅する七色の光を放ちながら弾幕をかき消し、レミリアもその光を受けて力が入らなくなる。

 

 レミリアの羽は弱々しく呻き、飛ぶ力もなくなる。

 とんでもないスピードで迫ってくる陰陽玉の弾道から避けるのは困難だ。

 それでもまだ、レミリアには意地があった。

 

「まだだ!」

 

 弾幕を全て陰陽玉に集中させつつ、自分も軌道から外れるように飛んだ。

 レミリアが陰陽玉の軌道から完全に外れた時、魅子が叫んだ。

 

「行っけぇぇ!!」

 

 陰陽玉は光り輝き、莫大な量の陰陽玉となって辺りを埋め尽くした。一瞬のことである。

 暴力的なまでの物量は瞬く間に空を覆い尽くす。

 陰陽玉の集合体が発する光は太陽のような熱を持ってレミリアの体を焼いた。

 

「くっ……」

 

 動きの鈍るレミリアに陰陽玉が迫る。

 陰陽玉の一つがわずかにレミリアの体を押した。

 吸血鬼の頑丈な体にダメージを与えることは叶わなかったが、被弾した事実は拭えない。

 

 レミリアはそのことにしばらくしてから気づいた。

 弾幕がぶつかった箇所を押さえ、堪えきれないように体を震わせる。

 

「……勝ったの?」

 

 魅子は自分の勝利が信じられないのか、誰に問うでもなく独り言のように呟いた。

 玄武の上でぐったりと寝転がる麟が破顔して頷いたが、魅子はそれに気づかなかったようだ。

 麟は全ての力を使い果たし、もう立つ気力すら残されていない。

 

 ぷるぷると震えていたレミリアが顔を上げた。

 彼女は愉快そうな笑みを浮かべており、腹を抱えて笑い声を上げた。

 

「ハッハッハ! 負けた負けた! この私がボムでやられてしまうなんてね」

「……そうか、私たち勝ったんだ」

 

 レミリアの言葉に、魅子はようやく自分たちの勝利を確信した。

 ポツリと呟かれた言葉はあっさりとしていたが、全身を走る衝撃は魅子の体を震わせる。

 

 激流を押し止めていたダムが決壊したかのように喜びを全身で表現しながら魅子は空を飛びまわった。

 

「やった! 勝った! 麟、私たち勝ったんだよ!」

「……うん、おめでとう」

 

 玄武の上で力無く寝転がっていた麟を魅子は空中散歩に連れまわした。

 脱力した一人の人間というのは中々に重いはずだが、魅子は重さを感じさせないほどスムーズな飛行で空を飛びまわる。

 

 徐々に霧は晴れていく。

 飛び回る彼女たちを見て月と吸血鬼が笑った。

 

 これにて、第二次紅霧異変は解決である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 博麗神社で瞑想を続けていた萃香が目を開いた。

 隣では霊夢がお茶をすすり、霧の薄くなった空を見上げている。

 

「霊夢、無事に終わったよ」

「そうみたいね」

 

 萃香は目の端に浮かんだ涙を拭き取り、感極まったような声で霊夢に報告した。

 魅子と麟の共闘を見て感じるところがあったらしい。鬼の目にも涙である。

 霊夢は娘の安否を確認するでもなく、素気なく言い放った。

 普段から感情を表に出さない霊夢でもあまりに無関心な様子に萃香は眉をひそめる。

 

「魅子が心配じゃないのか?」

 

 霊夢のあんまりな調子についつい萃香はそう尋ねてしまった。

 これから魅子の勇姿を霊夢に話そうと思っていただけに、萃香はもう少し興味を持って欲しかったのだ。

 

 霊夢はお茶を置いて目を閉じた。

 そして、何でもないような調子でこう言った。

 

「魅子を信頼していたから」

「……そうか」

 

 霊夢のその一言だけで、萃香は全て納得した。

 霊夢の一見素気ないような態度は信頼の裏返しだったのだ。

 萃香はそれがわかっただけで機嫌と気分が良くなる。

 

 萃香は懐から酒を取り出して霊夢に突きつけた。

 それを見て今度は霊夢が眉をひそめる。

 

「霊夢、今日は酒に付き合ってもらうぞ!」

「まったく、宴会まで我慢できないの?」

 

 呆れたようにそう言い放つ霊夢に萃香は満面の笑みで頷いた。

 萃香に文句を言いながらも霊夢は自前のお猪口を取りに行く。

 

 ややあって、お猪口を片手に霊夢は戻ってきた。

 萃香の表情はそれを見て喜色に染まり、霊夢のお猪口に並々と酒を注いだ。

 

 二人で乾杯してから、萃香は神社に響き渡るような大声量で魅子の物語を語る。

 霊夢はそれを聞きながら静かに酒を飲んだ。

 その表情はどこか浮かない顔だった。

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