青い空の下、赤すぎるくらい紅い紅魔館では館の主であるレミリア・スカーレットが解決者を労っていた。
「よくぞ、この私を退治したわね! 霊夢も鼻が高いと思うわ」
「だといいけどね。さあ麟、魔理亜を探して帰りましょう」
退治された側のレミリアは元気に満面の笑みを浮かべているが、異変を解決した博麗の巫女とその友人は紅魔館の床にだらしなく寝転がっていた。
博麗の巫女――魅子は全身とは言わないまでも床に尻もちをついて天を仰いでいる。
その友人である麟は体中から力が抜け、いまにも眠りだしそうなほどうつらうつらとしていた。
こんな惨状になっているからこそ、魅子はレミリアの労いも軽く流して麟に帰るように促したのだ。
それを聞いてレミリアはムッとする。
「ちょっと待って。異変を解決したらすぐに“宴会”でしょう?」
「……そういえば、そうだったわね。でも私ってば疲れてるのよ。また後日じゃあダメ?」
レミリアが苦言を呈すると、魅子が面倒くさそうに首を振った。
彼女たちの疲労は帰宅間際のサラリーマンをも超えるほどであり、それはもう疲労困憊だった。
麟は飛行もままならないほどに脱力しているし、魅子の膝は疲れからカタカタと笑い声を上げている。
「む……なら、ちょっと待っててなさい」
「え?」
レミリアはそう言うと姿を消した。
吹き抜ける風がレミリアの高速移動の凄まじさを物語る。
魅子が疑問の声を上げ、一拍置いてすぐにレミリアは姿を現した。
その手には無機質な人形が握られている。
「聞こえているかしら? そっちに咲夜がいると思うんだけど」
「ちょっと、何やってるのよ」
レミリアは手に握りしめた人形に話しかけている。そんな奇行を見てしまった魅子は戸惑い、心配そうな声を上げた。
要らぬ心配を受けながらも、レミリアはその人形を壊さんばかりに力を込めて握りしめた。
吸血鬼の剛力によって人形がキリキリと音を立てて歪む。
『全部お見通しだったのね?』
「うわっ」
人形が発した聞き覚えのある声によって魅子が驚き、思わず声を上げる。
レミリアは特に驚いた様子もなく、冷めた表情で人形を眺めていた。
「……こいつを殺そうとしたとき、わかりやすいくらい殺気放ってきたでしょ?」
『まあ、殺気なんてとんでもないわ』
「胡散臭い。人形越しにお前の殺気が伝わってきたよ」
こいつと呼ばれ、指さされた魅子は目を丸くした。
レミリアに殺されそうになったことを思い出すと背筋が凍る思いだった。
魅子はあの時のレミリアの迫力に圧されて諦めてしまったが、いま思い返すと棒立ちで立っていた自分に喝を入れたくなる。
「咲夜はどうしている?」
『少し休憩しているわよ。働きづめで疲れていたんじゃないかしら?』
「そうか、早く治せ。私は気が長い方ではないぞ?」
レミリアは人形を更に強く握りしめ、側にいる魅子の髪の毛が逆立つほどの圧を放った。
既に一度死にかけている魅子からすればそれは大したことのないものだったので、小さい女の子が人形を握りしめているようにしか見えなかったが、それでも凄い迫力だった。
魅子は人形の向こう側にいる人物について察しがついていたが、彼女がレミリアにここまで嫌われている理由がわからない。
人形の腕がほつれかけたとき、向こう側で違う人物の声が上がった。
『お嬢様、お待たせしました』
「咲夜か。すぐに動けるか?」
「ここに」
「うわっ」
レミリアが向こう側にいる人物の名前を呼ぶと、突然銀髪の少女がかしずいた状態で現れた。
吸血鬼の従者、十六夜 咲夜その人である。
彼女は先刻まで指先すら動かせない状態だったのだが、どうやら回復したようだ。
魅子は咲夜の能力を知っていたが、それでも驚嘆の声を上げてしまった。
「ふん、魔理沙の妹にしては賢い判断ね」
レミリアはつまらなそうに言うと人形を放り出して咲夜に顔を向けた。
「咲夜は麟と魅子を運んで博麗神社に。宴会の準備を手伝いなさい」
「……はい、かしこまりました」
「ついでに、友人との和解を済ませておきなさい」
レミリアの言葉を受けてすぐには返事をせず、表情に苦いものを浮かべながらも咲夜は了承した。
その顔を見るに咲夜は博麗神社に行くことへ抵抗を覚えているようだが、その理由は魅子にはわからなかったため、彼女は頭に疑問符を浮かべた。
咲夜は立ち上がると麟を担ぎ上げた。
いつの間にか麟は寝息を立てていて、玄武と呼ばれる亀も姿を消している。
「魅子、博麗の巫女なら神社まで飛ぶくらいの余力は残しているわよね?」
「安い挑発ね。まあ余裕だけど、別に挑発に乗ったわけじゃないんだから」
魅子が最後の言葉を言い終わる前に咲夜は飛び立った。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 強がって悪かったわよ、だからゆっくり、ゆっくりお願い!」
慌てて魅子が咲夜に続くが、その飛行は不安定でお粗末である。
さっきまでの戦闘で受けた疲労が色濃く残っている証拠だ。
「まったく、面白いわねえ。霊夢とは違った意味で飽きない子ね、あの子は」
魅子が飛び去った後、それを見てレミリアが笑みを浮かべた。
そして、すぐに笑みを消して後ろを振り返る。
レミリアは後ろを向くと同時に手に槍を構えており、それを一瞬で投擲した。
「そこに隠れているのはわかっているわ」
「いきなり物騒ね。死ぬかと思ったわ」
柱の陰から出てきた魔法使い風の女は特に焦りもせずにそう言った。
レミリアの投げた槍はその手に握られている。
ちなみにこの槍は魅子を殺しかけ、生を諦めさせるほどの力と迫力を持ったものだった。
「人の妹を弄んでおいて五体満足で帰れると思うなよ?」
「姉妹揃って口の減らない吸血鬼ね。あら、私の人形……」
人形はレミリアの足元で無残な姿で転がっていた。
それを見てどんな反応をするか、少しだけレミリアは興味があった。
「人形だってただじゃないのよ? まったく、もったいないことを」
「そんなんだからお前はつまらない人間なんだよ、魔理亜」
魔法使い風の彼女、魔理亜の一言に酷く落胆したようにレミリアは肩を落とした。
つまらないと一蹴された彼女だったが、それを気にした様子も見せずにレミリアの下まで歩いていく。
魔理亜が壊れた人形を拾い上げ、手を振りかざすと瞬く間に人形は綺麗に治ってしまった。
その人形をレミリアに掲げ、口元に笑みを浮かべえる。
「ほら、人形が痛かったって言ってるわ」
「その冗談も姉が言ったのなら腹を抱えて笑ったでしょうね」
レミリアは不遜な態度を崩さず、魔理亜の冗談にニコリともしなかった。
冗談を軽くいなされた魔理亜もそれを気にした様子がなく、口元は笑っているが目は笑っていない。
レミリアは魔理亜を無視したまま広間の扉に手をかける。
「お出かけ?」
「妹のところにね。あなたのせいで落ち込んでいるだろうから」
「へえ、妹思いなのね。あまり仲が良いようには見えないけど」
フランドールのところに行こうとするレミリアを引き留めて、魔理亜は意地悪く笑いながらそう言った。
その言葉は善意なんて一欠けらもなく、悪意満点である。
それを受けてレミリアは怒りを見せず、比較的穏やかな声で対応した。
「ええ、私たち姉妹はあなたたち姉妹と違って心で通じ合っているから」
「へえ……」
レミリアの言葉に、魔理亜は体から溢れるほど魔力を高めさせた。
感情の高まりに連れられているのか、魔力も爆発的に高まる。
まるで火山の噴火の前兆のようだった。
レミリアも魔力を練り上げ、先ほど投げた真紅の槍を出現させる。
「やるって言うなら相手になるわ」
魔理亜は箒を右手に、左手に魔力を集める。
しかし、程なくして魔力を散らした。
「どうしたのかしら?」
「……やめておくわ。まだあなたには勝てないから」
「フランには勝ったのに? あの子は私より才能あるわよ」
「才能という武器を扱うだけの実力がないわ。あなたにはそれがある」
魔理亜から褒められてもちっとも嬉しそうにはせず、眉を寄せて不機嫌そうにレミリアは扉から出ていった。
一人広間に残された魔理亜は全身から様々な魔道具を取り出して天井を見上げた。
肩から飛び出す人形たち、胸元から出る八卦炉、スカートから伸びる不気味な腕、手のひらから生み出される七色の光弾。
「これだけあってもまだ勝てない……“まだ”ね」
◇
少し肌寒い空の下で二人が博麗神社に向かって飛行していた。
一人は瀟洒に、もう一人はヘロヘロと情けなく飛んでいる。
「魅子! そんな調子で博麗神社まで平気なの? 麟みたいに担ぎ上げてあげましょうか?」
よく見ると瀟洒に飛んでいる方――咲夜の肩の上にはもう一人の少女が担ぎ上げられている。
涎たらたら、幸せそうな顔で眠っているのは異変の功労者である冴月 麟だ。
「平気よ! あんたこそ私の友達落とさないようにね!」
「落とさないわよ。落としても時を止めて回収するから、問題ないわね」
「ちょっと……まあ、いいか」
反論しようとした魅子だが、麟の幸せそうな寝顔を見て考え直したようだ。
「人が苦労して飛んでるのに、そんな顔で眠られたらねえ。いまに空飛ぶ居眠り少女って里中で噂になるわよ」
「ふふ、ほんとに仲が良いのね」
「まだ出会ってから二ヶ月も経ってないんだけどね」
「友情は時間じゃないわ。私だって……」
咲夜は自分を例えに出して友情の素晴らしさを説こうとしたが、頭を過ったのは目の前にいる魅子と同じ白黒の巫女服に身を包んだ少女だった。
咲夜の表情は少し曇り、魅子はそれを見て眉をひそめた。
「大丈夫、咲夜?」
「何も問題ないわね。だって私は瀟洒なメイドですもの」
魅子が尋ねるころには咲夜の表情はいつも通りの涼しげな顔に戻っていた。
「さあ、行くわよ。遅れないようにね」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
魅子から表情を隠すように顔を背けて咲夜はスピードを上げて行ってしまった。
疲労から体に力が入らない魅子は慌てて追いかける。
魅子が咲夜に追いつくころには、疲れからか彼女が先ほど見せた表情のことなど忘れていた。
魅子と咲夜は満月が見守る空の下をぐんぐんと進む。
彼女たちが半刻ほど飛ぶころには神聖な雰囲気を醸し出す神社の姿が見えてきた。
「咲夜、見えてきたわよ」
「ええ、先に行ってるわね。この肩の荷物を降ろさないといけないから」
咲夜は肩に乗った麟に目くばせすると、瞬く間に姿を消した。
いつもの時間操作である。
「あっ……もう、私が一番乗りしたかったのに!」
魅子は頬を膨らませると速度を上げた。
今代の博麗の巫女も意外と子供っぽいところがあるものである。
ヘロヘロと飛行しながら森を抜けると、魅子はようやく我が家に帰ることができた。
博麗神社の境内には一人の紅白の和服を着た女性が上品に立っている。
「母さん!」
魅子は声を張り上げて母を呼び、境内に着地した。
霊夢の和服の裾が着地のときに生じた風でまくり上がる。
霊夢の後ろから小さい人影が駆け出してきた。
赤ら顔の満面の笑みで飛び出してきたのは魅子と異変を共にした伊吹 萃香だ。
宴会が始まる前から既に酔っぱらっているとは、流石鬼である。
「魅子! お前はよくやったよなあ~」
「うわっ、萃香酒臭い! 離してよ!」
鬼の力で抱きすくめられた魅子は体が悲鳴を上げ、ついでに口からも悲鳴が飛び出した。
酒臭さと感極まった萃香の涙と鼻水でびっしょりと濡れた服の気持ち悪さに魅子はうめき声を上げる。
魅子が苦しんでる中、霊夢は静かに佇んでその光景を見ていた。
やがて魅子と霊夢の視線が重なった。
「あ、母さん。ただいま。なんとか異変解決したわよ……みんなのおかげでね。ほら、あんたも入ってるのよ?」
最後の言葉は少し小さい声で、だがハッキリと口にした。
萃香は自分の頭を叩かれ、更に大きな声で泣き出して力いっぱい魅子を抱きしめた。
自分の背骨の音を聞いて魅子の意識は遠くなる。
「ほら萃香、魅子から離れなさい……魅子、お疲れ様。宴会の準備は咲夜と私でやるからゆっくりしてていいわよ」
「え……うん、ありがとう」
「それじゃあ咲夜のところに行ってくるわね」
霊夢はそれだけ言うと神社の奥に去ってしまった。
萃香は鼻水を垂らしながら魅子の腹から顔を上げ、霊夢の後ろ姿を非難するような目で睨みつけた。
「あっさりしてるもんだ。これだけの異変を娘が解決したって言うのによ」
「……母さんはそういう性格だから仕方ないわよ。それより、いまはゆっくり休みたいからどいでくれる?」
魅子は笑顔を浮かべて萃香の腕を掴んだ。
魅子を抱くその腕は万力のように体を掴んで離さない。
「私が運んでやるよ! 任せな!」
「えっ、ちょっと萃香?」
「ほいさっさ!」
萃香は魅子を頭の上に乗せると楽々と神社の寝室に運び出した。
荷物のような扱いに魅子が抗議の声を上げるが、萃香は意に介さず鼻歌を歌いながら歩み続けた。
萃香が足で襖を開けるとそこには麟がこれまた幸せそうな顔で眠っていた。
「ここで麟と一緒に寝てな。私は霊夢の方に付き添ってくるから」
「わかったわ。ありがとね、萃香」
「なんてことないさ。私は異変のことについては誇りに思うよ……いつか私も戦いたいね」
萃香は部屋から出て、襖の隙間から獰猛な笑顔を浮かべた表情を覗かせた。
魅子はそれに苦笑いで応じ、鬼の力でバラバラにされる自分の姿を想像して身震いした。
◇
博麗神社の境内は西洋風のキャンドルと神社に不似合いな赤いカーペットで飾られていた。
「う~い霊夢、酒はもうないのかぁ?」
「あんたに飲まれないように蔵に入れてあるわ」
「ほいさっさー」
赤いカーペットの上には空いた酒瓶が転がっており、それらは全て萃香によって飲み干されたものだった。
萃香は霊夢から酒のありかを聞き出すと喜んで飛び出していった。
ちなみに、彼女は宴会の準備をまったく手伝っていない。
「「はあ」」
萃香のあんまりな行動に霊夢と咲夜の溜息が重なる。
二人は顔を見合わすと、咲夜が気まずそうに目を逸らした。
霊夢はその反応が気に入らなかったのか、ジッと咲夜を睨んだ。
「何よその態度は……さっきからこっちを見ようともしないし。来た時も『寝室を借りるわね』の一言だけだったわよね?」
「……別に私はいつも通りに行動しているだけよ」
「しばらく見ない間に大人しくなったわね。昔は私がこうやって宴会の準備に手を抜いてたら説教を始めていたのに」
霊夢も咲夜がどこからともなく取り出した道具の数々を適当に並べるだけであり、この場を整えているのはほとんど咲夜だった。
酒を飲む萃香、家主なのにだらける霊夢を無視して黙々と咲夜は作業を続けていた。
「私はお嬢様の命令で宴会の準備をするように言われているの」
「……またお嬢様、お嬢様。あんたはいつもそうね」
「それはどういう意味かしら?」
咲夜の目の色が剣呑なものに変わる。
霊夢は鋭い眼差しを受けても表情を変えず、涼しい顔で足元のレッド-カーペットを足で転がしていた。
「何を怒ってるのよ。そのままの意味でしょう? 最後に会った時だってあんたはレミリアを言い訳にしてたじゃない」
「それは……」
「れいむ~」
咲夜が言葉に詰まった時、萃香が大声を上げながら霊夢の下まで駆けてきた。
咲夜と霊夢はお互いに張りつめた空気を消して萃香を見た。
「霊夢、蔵にあんな強力な結界を貼るなんて卑怯だぞ!」
「そうでもしないとあんたにお酒全部飲まれちゃうでしょ?」
「うっ……」
霊夢に痛いところを突かれて萃香は言葉に詰まった。
ばつの悪い表情を浮かべた萃香を見て、咲夜と霊夢は二人して心の中で溜息を吐いた。
その時、魅子と麟の寝ている部屋の襖が開いた。
「さっき轟音が鳴り響いたけど、何の音?」
「魅子、もう朝なの?」
魅子が目を吊り上げながら、麟が眠たそうに目をこすりながら出てきた。
萃香が出した大声はぐっすりと眠っていた二人を起こすだけの声量があったようだ。
二人は辺りに散らばった瓶と萃香の赤い顔を見て納得したように頷いた。
「私も手伝おうか?」
「魅子は料理お願い。私はこの辺を整えておくわ」
「いや、料理は私がやるわ。魅子はここで宴会場の準備をして」
咲夜はどこからともなく敷物や灯りを取り出して魅子に任せた。
そして神社の調理場までカツカツとブーツの音を響かせながら去って行った。
「咲夜はここに詳しいみたいだけど、やっぱり昔からの友人なの?」
「……ええ、そうよ。少しいざこざはあったけど」
この場から去って行った咲夜の態度、紅魔館から神社までの道中で感じた違和感から魅子は霊夢に咲夜のことを訊いてしまった。
霊夢は含みのある言い方をして、それっきり何も言わずに宴会場の準備を進めた。
一人置いてけぼりになってしまった麟が魅子に寄り添ってきた。
麟はコソコソと霊夢に聞こえないような声量で魅子に話しかける。
「魅子、咲夜さんと霊夢さんって昔なにかあったのかな?」
「さあ、それは私にもわからないわ。友達だったのは確かみたいだけど」
霊夢と咲夜がどことなく気まずい雰囲気を出しているのは二人にもわかった。
わかるのはそこまでで、いままで一緒に暮らしてきた魅子にわからなければ記憶喪失で自分が何者かすらわからない麟にもわかるはずがない。
となると、あの二人の関係を知っている者は絞られてくる。
「萃香に聞けばいいのよ」
「萃香さんに?」
「昔からの知り合いなんでしょ? 二人のことも詳しいんじゃない?」
「そっかー。でも、萃香さんはほら、あの状態だよ?」
麟が指さした先では萃香が酒樽に抱き付きながら『れいむぅ、お酒くれよ~』と唸っているのが見えた。
こんな状態でまともな会話ができるとはとても思えない。
ダメ元で魅子は聞いてみることにした。
「あー、萃香? あんたは異変を共にした協力者、いわばパートナーよね?」
「あん? もちろんさ! 魅子とあたしゃ、魂の友だよぅ!」
「うっ」
バーンと背中を叩かれ、魅子は境内の硬い地面に転げ落ちた。
この酔っぱらった鬼に夢想封印を食らわしたくなる気持ちを抑えて魅子は続きを話した。
「萃香、咲夜と母さんは友人だったのよね?」
「おう? そうだぞ、あの二人は一緒に異変を解決する戦友同士だったんだぞ!」
「ふうん、いまは仲が悪いみたいだけど?」
「仲が悪い!? そんなはずないさ、ほらあれを見ろ。あんなにも仲よさそうに抱き合ってるじゃないか!」
萃香が指さした場所では野良猫が体を寄せ合っていた。
「あれは野良猫だよ、萃香。ほんとに何か知らないの?」
「あー、あれは猫か……確か、あいつらが昔大ゲンカしたことがあったって噂が流れた時があったかなあ」
「へえ、それはいつ?」
酔っぱらって空っぽになった萃香の頭から有力そうな情報が出てきた。
萃香は魅子に尋ねられ記憶の引き出しを探ろうと頭を回した。
横に伸びた角が隣にある酒樽に突き刺さる。酒樽が角に突き刺さっているのに気づいていないのか、そのままグルグルと頭を回し続けた。
萃香は一頻り頭を回した後、手をポンと叩いた。
「そうだ、あれは博麗神社に妖怪除けの結界が張ってあったころかな」
「妖怪除け? そんなものがあったの?」
「そうだよ。お前が赤ん坊の時から結構最近まで張ってあったはずだけど?」
「そんなの私知らなかっ……萃香!?」
萃香は唐突に吹き飛ばされた。角に刺さっていた酒樽は明後日の方向に飛び、萃香は境内をゴロゴロ転がって大きな岩にぶつかった。
萃香を吹き飛ばしたのは霊夢だ。手にはお札が握られており、もう片手にはお祓い棒も握られている。
「萃香、あんたも早く宴会の準備を進めなさいよ。魅子、麟、あんたたちも手伝ってくれるわよね?」
「も、もちろんよ母さん。ほら、麟」
「う、うん! もちろん手伝います!」
魅子と麟は冷や汗を垂らしながらまだ広げてない敷物を手に取った。
二人はテキパキと、霊夢はのんびりと、そして萃香は気絶してのびていた。
宴会の準備が終わるころには咲夜が料理を一人で全部敷物の上に揃えていた。
「咲夜、ご苦労様」
「魅子もお疲れ様。ちょうどよかったわね、お嬢様方がタイミングよく来たみたいよ」
魅子が咲夜に労いの言葉をかけると、階段を上る音とおしゃべりの声が聞こえてきた。
咲夜が指さした方向からは紅魔館に残ったメンバーとチルノ、ルーミア、それに魔理亜の姿があった。
「宴会の準備が終わったと同時に来れたわ。私の運命を見通す瞳さえあれば造作もないことね」
「はいはい、わざわざ階段を上ったのも、階段の途中で疲れたと言って休憩したのもこのためだったのね?」
「うっ……ふふん、そういうことよ」
レミリアとパチュリーが漫才のような掛け合いをして魅子に近づいてくる。
魅子はパチュリーと面識がなかったが、なぜか魔理亜と同じ魔法使いであるとすぐにわかった。
「あなたが今代の博麗の巫女ね。私はパチュリー・ノーレッジ。レミィとの弾幕ごっこは素晴らしかったわ。おめでとう」
「あーうん、ありがとう。私は博麗 魅子よ」
パチュリーが手を差し出して握手を求め、魅子はそれに応じた。
魅子には彼女のほっそりとした手から魔力を感じ、やはり魔法使いだったと確信した。
異変が終わってからというもの、魅子の感覚は鋭敏になっている。
「パチェ、やめなさい。歓迎してくれている相手にそれは失礼だわ」
「あらレミィ、よく気づいたわね。魅子、ごめんなさい」
「え、なにが?」
パチュリーはレミリアの厳しい眼差しを受けて魅子の手を振りほどいた。
魅子には謝られる理由も、レミリアが不機嫌になる理由もわからずに困惑する。
「パチェは魔法を使ってあなたのことを調べていたのよ」
「ごめんなさい、もうしないと誓うわ」
それきり、パチュリーはむっつりとした表情のまま黙ってしまった。
友好的な雰囲気も魔法で自分を調べるためかとわかると、魅子は顔をしかめた。
麟の下には美鈴とフランドールが近づいていた。
フランドールは美鈴の足にしがみついて離れない。
何か嫌なことでもあったのか、フランドールは浮かない顔で美鈴に黙って頭を撫でられている。
「麟、異変解決お疲れ様」
「美鈴ありがとう。私は何もしてないよ、魅子ががんばってくれたから」
「いや、私も見てたけど君が彼女に喝を入れなかったらこの異変は解決できなかったよ」
美鈴に褒められるのが照れくさく、麟はそれを誤魔化すために頭をかいた。
ふと、麟の視界にフランドールの姿が入った。
あの時とは違い、妖怪独特の怖さが出ていない。こうして見ると普通の少女のようだ。
「あの、フランドールさん……だよね?」
「妹様を知っているの? そう、フランドール・スカーレット様だ。ほら、フランドール様?」
「あ……うん」
美鈴に背中を押されてフランドールが麟の前に出る。
フランドールはもじもじと手を組み合わせ、麟と視線を合わせようとしない。
その姿は恥ずかしがっているというよりは何かに怖がっているように見えた。
たまらず麟は話しかけた。麟にはフランドールに伝えたいことがあったのだ。
「あ、あの!」
麟の声にフランドールの体が跳ねる。
構わずに麟は続けた。
「私、あなたと会ったとき……逃げちゃったよね?」
「えーっと、うん。私あの時いつもの……発作みたいのが出てて」
「そうだ、妹様は少し……心の病のようなものにかかっているんだ。だから……」
フランドールは麟と初めて出会った時を思い出そうとしたが、頭にもやがかかってしまったかのように情景が浮かんでこなかった。
美鈴はそれがフランドールの狂気によるものだと気づき、麟に弁明をしようと試みるが上手く口が回らない。
「そう、覚えてないんだ。でも、私はあの時逃げたことを後悔してるの」
「後悔?」
「そう、私はあなたと弾幕ごっこをするべきだったの。あなたと真剣に向き合おうとしなかった」
フランドールが顔を上げると麟が真っ直ぐにその宝石のような瞳を見つめていた。
「だから、今度こそ私と弾幕ごっこをしましょう」
「私と遊んでくれるの?」
「もちろんよ! 私の方からお願いしたいくらいだよ!」
「……うん! 遊ぼう!」
麟とフランドールは二人してニッコリ笑って空に飛びあがろうとした。
二人の肩を押さえつけて飛ぶのを防いだのは美鈴だ。
「美鈴! これから……お名前なんだっけ?」
「麟よ。冴月 麟」
「そう、麟と遊ぶんだから!」
フランドールが愛らしい顔を歪めて睨みつけたが、美鈴は顔を横に振った。
「お待ちください。宴会が始まれば存分に飛び回って構いませんから」
「でも!」
「レミリアお嬢様が見てますよ」
「うぐっ……」
美鈴がそう言うとフランドールは大人しくなった。心なしか宝石の羽もしぼんで見える。
麟も美鈴から目くばせされて大人しくなる。
「宴会が始まるまでおあずけだね」
「うん、始まったらすぐにやろうね麟!」
フランドールの笑顔につられて麟も笑顔になる。
この微笑ましい光景を魅子とレミリアが見ていた。
「あれがあんたの妹?」
「そうよ、私に似て愛らしいでしょ?」
「あんたに似てるかはわからないけど、可愛らしいわね」
魅子の言葉にレミリアは口をとがらせる。
レミリアが抗議の声を出そうとすると、後ろからチルノが飛び出してきた。
「こら、博麗の巫女! お前とあたいの勝負はまだついてないんだぞ!」
チルノと魅子は異変の道中で戦い、決着はついてなかった。
魅子自身それを思い出すと苦い気持ちになる。その時は異変解決を焦るばかり、弾幕ごっこを楽しめていなかったからだ。
「……そうね、あの時は私も本気じゃなかったから。今ならあんたくらい瞬殺よ」
「なんだって!? あたいだってお前なんかしゅ、しゅ……」
「瞬殺」
「そう、瞬殺よ!」
魅子に手助けされてチルノはビシッと文句を言った。
二人とも今にも空に飛び出さんばかりの勢いである。
「ちょっと落ち着きなさい。弾幕ごっこは酒の肴としてやるものよ。宴会が始まってからにしなさい」
レミリアがいきり立つ二人を押さえつける。
吸血鬼の怪力は難なく二人を地面に縫い付けた。
二人は顔を見合わせて頷くと、体から力を抜いた。
「まあ、人前であんたを粉々にするのもいいかもね」
「あたいもお前を人前でグネグネにしてやるからね!」
二人はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
その時、夜空に盛大な花火が打ちあがった。
耳鳴りがするほどの轟音と、空から遅い来る星形の弾幕を見てこの場にいる全員が軽い悲鳴を上げる。
「な、なんなのよ!?」
「魅子ってば何ビビってんのよ! あ、あたいビビッてないもんね!」
魅子が音に驚いて目を見開き、チルノは飛び上がってルーミアに抱き付いた。
「チルノ、私に抱き付くのはやめて」
ルーミアはチルノから発せられる冷気で体を震わせていた。
紅魔館組はみんなこの弾幕が誰によるものかすぐにわかったのか、誰も驚いた様子を見せない。
空に浮かぶ光から人影が飛び出してきた。
箒に乗った姿とトレードマークの白黒魔法帽は昔と変わらない。
いつも通りの活発そうな笑顔を浮かべて彼女は境内に降り立った。
「やいやい、私を置いて宴会始めようなんて水臭いぜ?」
「魔理沙、あんた相変わらずうるさいわね」
「私はそれが取り柄だからな!」
魔理沙はこの場にいる全員の顔を眺めながら霊夢の前に立った。
霊夢は飽きれた様子で魔理沙の頭を叩き、空に浮かぶ弾幕に向かって手を振った。
霊夢が手を振ると星形の弾幕は淡い光を放って消滅する。
歩く魔理沙の姿を見て麟は何かを思い出したのか、目をまん丸に見開いて絶叫した。
「あー!! あなた、通りすがりの魔法使いの人!」
「ん? さあ、何のことかわからないなー。私はお前とは初めましてだぜ? ほら、霧雨 魔理沙だ。よろしく」
「え……あ、冴月 麟です……霧雨?」
麟はニヤニヤと笑う魔理沙に釈然としない思いを抱きながら握手を交わす。
霧雨という名字に違和感を覚えて麟は首を傾げた。
「ああ、魔理亜とは友達なんだっけ? 私は魔理亜の姉だ」
「え!? あー、でも言われてみれば……」
魔理沙の格好は魔理亜そっくりだ。
顔立ちも似てる。違うところと言えば背丈とスタイルくらいだろうか。
悲しいことにそれらは妹が完全に優っているのだ。
麟はそのことに気づいていたが、なんとなく触れてはいけない気がして黙っていた。
「さあ、さっさと宴会を始めようぜ!」
「急かさないでよ。でもそうね、みんな座って」
霊夢が手を叩き、それに従ってみんな境内に敷かれた敷物の上に腰かけた。
フランドール、麟、魅子、チルノは同じ敷物の上に座った。
咲夜はレミリアの側に控え、レミリアは霊夢のすぐ近くを陣取っている。
魔理沙はのびている萃香を引きずって適当なござの上に座らせた。
「霊夢、宴会の音頭は魅子に取ってもらいましょう」
「まあ、そうね……魅子、やんなさい」
母である霊夢にそう言われ、魅子は緊張した面持ちで立ち上がった。
「で、では……みなさん、杯をお持ちください」
その場にいた全員が酒を手に取った。
「私は……この異変を通じて困難を乗り越え、人間として成長しました。大事な友人たちや家族に恵まれ」
「長い! 乾杯!」
「ちょっと!!」
魔理沙が魅子の言葉を遮り、杯を高々と掲げた。
「「「乾杯!!」」」
全員の声が重なる。
みんなに遅れて魅子が渋々、小さい声で呟いた。
「……乾杯」
ふてくされたような声だが、その顔には笑顔が浮かんでいる。
この宴会は異変の解決を祝うもの、つまり魅子のために用意されたようなものなのだ。
嬉しくないはずがない。
「もういいわよね、咲夜?」
「はい、行ってらっしゃいませ」
「よし! 霊夢ー!! 会いたかったわよー!」
レミリアは咲夜に確認を取ると羽をぱたぱたとはためかせながら霊夢に突っ込んで行った。
霊夢はレミリアの小さな体を受け止めると顔を引きつらせて酒を飲んだ。
「久しぶりねレミリア、とりあえず離れなさい」
「いやよ。もう離れないわ」
「最近人里で吸血鬼ハンターの本を読んだのよね。試してもいいかしら?」
霊夢がそう言うとレミリアはそそくさと離れて正座をした。
それでも霊夢の側から離れようとはしない。
「霊夢、私寂しかったのよ? あなたは博麗神社に閉じこもってしまったし」
「それは……あんたの長い生から考えたら一瞬のことでしょう?」
「私には長い十年だったわ。五百年以上生きてきた中で一番長い待ちぼうけだったの」
レミリアは目じりに溜まった涙をぬぐい、まっすぐに霊夢の顔を見つめた。
「霊夢、一体どうして……」
「私から話しましょうか?」
突然背後から響いた声に驚き、レミリアは表情を一変させて振り向いた。
「お前は――八雲 紫!」
「ごきげんよう、レミリア・スカーレット」
「お前に聞くことなんて何もないわ!」
レミリアは普段の冷静で上品な振る舞いからは考えられないほど激昂して紫を怒鳴りつけた。
遠巻きに見ていた魅子と麟はレミリアの振る舞いにギョッとして酒を零してしまった。
霊夢や咲夜は紫とレミリアの犬猿の仲をよく知っているので、涼しい顔をして酒を口に運び続けた。
「あら、じゃあこういうのはどう? 私とお酒を飲んで、先に潰れた方が負け」
「……いいじゃない、勝負よ! さあ、じゃんじゃん酒持ってきなさい」
それを聞いて魔理沙が酒樽を運び出した。
「これじゃあ足りないだろうから、萃香の伊吹瓢も持ってきたぞ。酒樽の中の酒がなくなったら飲め」
魔理沙はひょうたんを取り出すとレミリアに投げつけた。
伊吹瓢というのは、無限に酒を生み出す不思議なひょうたんのことである。
もちろん萃香には無断で借りている。
二人は酒樽を受け取ると二人してすぐに杯に酒を注ぎ始めた。。
「うわ、レミリアがすごい勢いで飲んでる」
「あの小さい体のどこに入るんだろうね……」
レミリアは血走った目で酒を吸うような勢いで飲んでいる。
紫は上品に飲み、たまに霊夢に雑談を挟むほどの余裕がある。
レミリアは頭に血が上りすぎているのか、潰れたら負けというルールで浴びるように酒を飲み続けた。
「凄まじいわね……そういえば、私もあんたとの勝負がまだだったわね」
「あ! そうだ! そうだ、お前と戦うんだった!」
チルノは魅子に指摘されて我に返った。今までレミリアの勢いに飲まれて忘れていたのだ。
二人の会話を聞いて麟とフランドールもハッとする。
「私たちも弾幕ごっこやるんだよね?」
「そうそう! やろうよ!」
チルノは麟とフランドールの言葉を聞いて頭をグルグルと回転させてから手をポンと叩いた。
「そうだ、あたいとフラン対魅子と麟でやろうよ!」
「ふうん、名案ね。でも、私と麟のチームはレミリアを破ったのよ? 勝てるの?」
チルノの案を聞いて魅子は嫌らしく笑う。
異変解決のダメージが多少残っているといっても、麟と一緒ならレミリアを破ったスペルカードが使えるのだ。
魅子は自分たちの方が断然有利だと考えてた。
「じゃあルーミアが審判ね」
「私が? まあ……いいけど」
ルーミアは面倒くさそうに顔をしかめたが、断ろうとしたところでチルノが悲しげな表情を浮かべたのを見て承諾した。
「私は実況でもしましょうか?」
「うん、よろしく……紫!?」
チルノのすぐそばにはいつの間にか紫が立っていた。
全員がレミリアの方に目を向けると、紫が座っていた位置には金髪の女性がいた。
紫の従者、八雲 藍その人である。
レミリアは紫が藍に変わったことに気づいてないみたいだ。
「紫~、あんたそのてーどで、私に勝とうなんて千年早いらよ」
「千年前はお前も生まれていなかっただろう」
レミリアは藍を紫と思い込んで絡み続けている。
紫はその光景を満足気に眺めて顔をチルノたちに戻した。
「藍が相手してくれてるから、レミリアは大丈夫よ……あなたが冴月 麟ね。私は八雲 紫。異変での弾幕ごっこは素晴らしかったわ」
「え、ええっと、ありがとうございます。私は全然活躍できなかったし、特に何もしてませんよ?」
紫が麟に握手を求め、麟もそれに応じる。
麟には紫の手の感触がどうにも不思議な感じがして、少しくすぐったかった。
「そんなことないわ。紅 美鈴の弾幕ごっこの腕は幻想郷でも上位に入るのよ? それを破るなんて、あなたには才能があるわ」
「えへへ、そう言われると嬉しいなあ……」
紫からの惜しみない賛辞に麟は照れ笑いを浮かべる。
麟が顔を上げると、紫は笑みを浮かべて視線を合わせてきた。
「っ……」
その時、麟は少しだけゾッとした。
紫の瞳は全てを映し出す鏡のように反射して、麟の姿を映し出していた。
瞳の色は濁った金色で、弧を描く口元とは別に目だけはまったく笑ってない。
紫が心の中で考えていることが少しだけ表層に出てきている気がした。
「麟?」
「はっ、はい?」
「何素っ頓狂な声あげてるのよ。ほら、弾幕ごっこやるわよ」
魅子が肩に手をかけると麟は飛び上がって声を上げた。
既に紫の手は麟から離れていて、周囲を見回すと紫の姿はすぐに見つかった。
どこから取り出したのか、紫は実況と書かれた特別席に座っており、ルーミアはその隣で解説兼審判と書かれたタスキをかけて座っていた。
「さあ、始まりました。こちらは実況の八雲 紫です。これから宴会の花、弾幕ごっこを開始します」
「どうも……解説のルーミアです」
「はい、ルーミアさんありがとうございます。チルノ選手とフランドール選手は既に準備万端、空を飛び回っています」
紫は嬉々として、ルーミアは嫌々その席に座っているようだった。
「麟、絶対勝つわよ」
「うーん、楽しくやろうよ?」
「もちろん楽しく戦うのよ。そして勝利も手に入れるの!」
魅子は『あの氷精を泣かしてやる』と息巻いて空に上がった。
麟も溜息を吐いてそれに続く。
空に上がるとチルノとフランドールが腕組みをして待っていた。
「ふん、ここで会ったが百年目ね!」
「チルノちゃん、そんなに前から知り合いだったの?」
「これは弾幕ごっこをする相手に必ず言わなきゃいけない言葉だって魔理沙が言ってた!」
チルノの言葉に純粋に反応したフランドールが目を丸くする。
得意げに受け売りだと話すチルノの様子を見て、魅子と麟の体から力が抜けた。
「あれは嘘だぞー」
「な、なんだってー!? 魔理沙の嘘つきー! 本泥棒ー!」
地上からヤジが飛ぶ。魔理沙の声だ。
チルノは目を見開き、羽を震わせながら怒鳴った。
チルノの本泥棒という言葉を聞いてパチュリーがうんうんと頷いている。
「さっさとやりましょ。私も早くお酒飲みたいの」
「温かい飲み物を用意しておくことね! あたいが凍らせてやるから!」
魅子とチルノが睨み合う。
「私たちは仲良くやろうね」
「うん、楽しく!」
麟とフランドールはにこやかに、微笑ましい様子を見せてくれる。
「チーム戦ということですが、どうやら相手が決まっているみたいですね」
「……お腹空いた」
紫が楽しげに実況している横で、ルーミアは食べ物を欲していた。
気を使える美鈴が皿ごと実況席に食べ物を持ってくるとルーミアは嬌声を上げた。
「やった! これ好きなんだよね~」
「ルーミア、解説は?」
「あー……えっと、スペルカードは無制限で、片方ずつ弾幕を撃つ……これでいい?」
「はい、ありがとうございます。ルール上問題ないですが、ボムを使いすぎるのは美しくない戦い方ですね」
ルーミアの咀嚼音を響かせる中、真面目な紫の声が境内に流れる。
そこでレミリアが事態に気づいたようだ。
目を細めて藍をジッと見つめ、紫の声のする方を睨みつけると酒を放り出した。
「あっ!! 紫、お前私に幻覚を……」
「無粋な真似はしないの。そこで座ってなさい」
紫が手を振るとレミリアの周りに四角い結界が現れた。
レミリアががむしゃらに腕を振るって抜け出そうと試みるが、結界はびくともしない。
結界を見た魅子が息を呑んだ。
「うわ、あの結界私が一ヶ月かけても張れなさそう……一瞬で作るなんて、やっぱり紫は化け物ね」
「紫さんのこと知ってるの?」
「母さんの代わりに修行つけてくれたこともあるの。正直、母さんより教えるの上手よ」
魅子は最後だけ霊夢に聞こえないよう話した。
紫が魅子の師匠代わりだと聞いて驚いた麟だが、霊夢の教育が適当で雑なことを知っていたので妙に納得できた。
「うわっと」
魅子は氷の弾丸が自分の前を通り過ぎたため、仰け反って声を上げた。
「早く! あたい待ちきれない!」
「堪え性のないやつね。すぐに負かしてやるから覚悟しなさい」
「よし、あたいたちが先手だ!」
チルノはスペルカードを掲げた。
スペルカードが光り輝いて消えると肌寒い空気が更に凍るような冷たさになった。
これを見越してか、咲夜は熱燗を準備している。
「他人の弾幕ごっこを見ると私もやりたくなっちゃうなあ。霊夢、久しぶりにやらないか?」
「何よ魔理沙、あんたなんて年中ドンパチやってるでしょうが。私はやらないわよ」
「つれないな~」
魔理沙の誘いを突っぱね、霊夢は手の中にある酒を飲み干した。
チルノが現在発生させている冷気から逃れるために咲夜の用意した熱燗をもらいに腰を上げる。
「咲夜、私にも熱燗ちょうだい」
「……はい」
咲夜は目を合わせようとせずに熱燗を手渡した。
その態度に普段波立つことのない霊夢の心が揺れ動いた。
「あんた、さっきからその態度はなんなの?」
「……別に、なんでもないわよ」
「いいや、なんでもないはずがないわ。その感じの悪い態度は何なのって聞いてるのよ」
霊夢が少しだけ声を荒げて咲夜に聞いた。
霊夢の珍しい様子に魔理沙は興味を惹かれて顔をそっと盗み見た。
咲夜の調子も少しおかしいので、これは面白いことになってきたと口元に手を当てて笑った。
「私は別に……」
「その『別に』っていうのをやめなさいよ。だいたい、ここに来た時からあんたは」
「まあ、ちょっと待ってやろうぜ」
霊夢が立ち上がって咲夜に手を伸ばした時に魔理沙がストップを入れた。
面白がって見ていたが、本気で怒り始めた霊夢を鑑賞するつもりはないようだ。
「お前が咲夜と本気で喧嘩したのはいつ以来だ?」
「そんなの覚えてないわよ」
魔理沙は咲夜がこうなっている心当たりがあった。
それを尋ねようとしたのだが、肝心の霊夢はまったく覚えていないようだった。
霊夢は友人に関しても無関心で、喧嘩やいさかいの記憶はすぐに忘れる性質なのである。
それをよく知る魔理沙はため息を吐いて頭を押さえた。
「お前は……天狗にも新聞にされただろう? 『博麗の巫女と紅魔館のメイド長、近隣の森を更地に変える』ってな」
「あー、そんなこともあったわね。よく覚えてないけど」
「それが原因だって言うんだ。咲夜は未だにその時のことを引き摺っているんだよ」
魔理沙の言葉を聞いて、咲夜の体がビクッと揺れた。
「まだあの時のことを? 咲夜、あんた生真面目すぎるわよ。私なんてもう覚えてすらいないのよ?」
「……私はあの時、お嬢様の従者としてあなたに酷いことを言った。友情より使命を取った私に、もう一度あなたと笑いあう権利なんてないわ」
咲夜は下を向いたままいつもの明瞭な口調ではなく、ボソボソと聞き取りづらい声でそう言った。
それが更に霊夢を苛立たせ、ついに咲夜の胸元を掴んだ。
「私が気にしてないって言ってんだから、気にする必要ないでしょ!」
「霊夢……咲夜の言うことも聞いてやれよ。ほら咲夜、全部話した方が楽になるぜ?」
魔理沙に促され、ずっと顔を俯かせていた咲夜がやっと顔を上げた。
始めは喉に物が詰まってしまったかのように言葉が出てこなかったが、やがて小さな声で話し始めた。
「あの時、私は……」
◆
あの時、私は紅魔館でいつも通り仕事をしていたわ。
霊夢が赤ん坊を拾ってしばらくして、いまみたいに肌寒い季節だったと思う。
お嬢様が霊夢のところに行くって言うから帰りを待っていたの。
お嬢様は見た目相応のところ見せる時もあるけど、深いところでは大妖怪に恥じない高潔で気高い気質の持ち主よ。
だから私が仕えてから一度も弱みらしい弱みを見せたことがないの。
そんなお嬢様が帰ってきたわ。
私がベッドメイクをしているところにね。
お嬢様は始め俯いて顔を見せてくれなかったの。
「咲夜……」
「お嬢様? お帰りになられたのですね」
私の名前を呼ぶ声の調子がいつもと違っていて私は違和感を覚えたわ。
そして私が返事をするとお嬢様は顔を上げたの。
「お嬢様!?」
「咲夜、いまだけ……この一瞬だけ私の弱みを見せるわ」
お嬢様は私にしがみついて、静かに泣いていたのよ。
私はどうしていいかわからず、その場にただ座っていることしかできなかったわ。
あの時お嬢様を慰める言葉の一つも浮かばなかったことをいまになって恥ずかしく思うわ。
「もう博麗神社に行くのはやめなさい」
「博麗神社……霊夢と何かあったんですか?」
「霊夢はもう私たち……いや、妖怪と接触することはないわ」
お嬢様の涙はいつの間にか止まっていて、いつもの凛々しい表情で私を見ていたわ。
そのとき私は事態を飲み込めなくて何も言えなかった。
「私はもう寝るわね。みんなにこのことを伝えといて。明日から幻想郷中に霊夢のことが知らされるだろうから、伝える必要もないかもしれないけどね」
「そんな……霊夢が……」
「それじゃあおやすみ、咲夜」
「……おやすみなさいませ」
お嬢様が部屋を出てから私はしばらくボーっとその場に立ち尽くしていたわ。
そしてすぐに紅魔館を飛び出して博麗神社に向かったの。
霊夢に事情を聞いて、この状況を何とかしたかったのかもしれない。
居ても立ってもいられなくて、能力を使いながら飛び続けたわ。
「霊夢!!」
私は霊夢の姿を見つけた瞬間にはもう叫び出していた。
博麗神社には不思議な結界が張ってあったけど、人間の私には効果がなかったみたい。
「何よ咲夜、そんなに慌てて」
「質問したいことがたくさんあるの。この結界に、お嬢様を追い払った理由、それに妖怪と接触するのをやめるっていうのはいったい」
「待ちなさい、落ち着いてよ。一度にそんな質問されたら困っちゃうわ」
霊夢は本当にいつも通りの調子だったわね。
それがあのとき慌ててた私にとっては神経に触ったのかしらね。
私は自分でも信じられないほど大きな声を出してあなたに掴みかかったわ。
「これが落ち着いていられるわけがっ……お嬢様が、それに……萃香はどうしたの?」
「萃香? ああ、出ていったわよ。私はしばらく妖怪と会うことをやめようと思うの。当分は結界を強めるのに集中して、異変も未然に防ぐつもりよ」
「出ていった? あなたとあんなに仲が良かった萃香が?」
「ええ、そうよ」
きっと私の顔は青くなっていたでしょうね。
萃香が出ていったという事実と、それをなんでもないように話す霊夢がなんだか怖くて、遠い存在になってしまったかのように感じたわ。
「霊夢、本気で言っているの? お嬢様と出会わないのも、萃香が博麗神社から出ていったというのも?」
「ええ、本当のことよ。それにレミリアともう会わないのも本気よ」
「どうして……」
あのとき私は気が遠くなって境内に座り込んでしまったわね。
そのときの私を見つめる霊夢の目が怖くって私は顔を上げられなかった。
「もう話は終わった? もうそろそろ夜も明けるし、朝食を作りに神社に戻りたいんだけど」
「……まだ、まだよ。理由を説明してもらってないわ。どうしてこんなことをしたの?」
「それは……あんたには関係ないわよ。さあ、早く帰ってちょうだい」
霊夢のその言葉に私は……頭に来たんでしょうね。
気づいたら霊夢に飛びかかっていたわ。
「咲夜! 何すんのよ!」
「私に関係ないっていうのは、どういうことよ! 私たちは……」
「何だって言うのよ……」
霊夢の胸元を掴んで顔を見ると、あなたはいつも通りの涼しい表情を浮かべていたわね。
その表情を見たら私、頭に血が上っちゃって。
「あなたがそんな冷たい人だとは思わなかったわ!」
「なっ……冷血なあんたに冷たいと言われるなんてね。とにかく、いまは帰ってちょうだい」
「帰らないわ。あなたがこの神社の結界を解くまで私は帰らない」
私がそう言うと、霊夢の雰囲気が豹変したのをよく覚えているわ。
「結界を解く? 冗談じゃないわ。あんたがこの結界をどうにかしようって言うなら、私にも考えがあるわ」
「お祓い棒……それに札まで取り出してなんだって言うの?」
「あんたを追い返すのよ。ほら、ついてきなさい」
私は霊夢を追いかけて森に向かったわ。
それで森で戦って、本気になった霊夢に全然敵わなくて、それで霊夢が遠い存在に感じてしまったのよ。
「霊夢……私はあなたのことを見損なったわ。いままであなたのことを想ってついてきた人たち全てを見捨てるって言うのね?」
「そうね……あんたには私の気持ちはわからないわよ」
「わかるはずがないじゃない! 話そうともしてくれないんだから!」
私は地面に転がったままみっともなく大声を出していたわ。
霊夢はそれっきり何も言わないで博麗神社に帰ったわよね。
しばらくして魔理沙から博麗神社に行くように誘われたけど、私はいつもそれを拒否し続けてきたわ。
霊夢のことや博麗神社のことを考えないようにしていたんだけど、お嬢様には全てわかっていたようなのよね。
何度か博麗神社に行くように勧められたわ。でも、それも断り続けてきた。
お嬢様が博麗神社に行くことを我慢しているのに、私がお嬢様を差し置いて博麗神社に行くことはできなかったの。
それから二年くらいだったかしら。
私が人里で買い物しているときに霊夢が声をかけてくれたわよね。
「咲夜、久しぶりね」
「……霊夢」
あなたに声をかけられたときの私の顔は覚えている?
きっとすごい目つきで睨んでいたと思う。
でも霊夢はそんなこと気にせずにそのまま話し続けたのよね。
「ねえ、あんたに話したいことがあるのよ」
「あなたと話すことなんて何もないわ――私の前から消えてちょうだい」
「ちょっと、待ちなさいよ……」
そうして私は霊夢から逃げるように時間を停止させて逃げちゃったわね。
いま思うと霊夢は事情を話そうとしてたんじゃないかって、そう思うのよ。
ねえ霊夢、だから私はあなたと仲良く話す資格なんて――
◆
咲夜が自分の耳元で小さな破裂音が聞いてからすぐに、頬に痛みを感じた。
それから自分の体が抱きすくめられる感触を感じた。
「れ、霊夢?」
「咲夜、あんたに全てを話す必要があったのよ。私は大きな間違いを犯していたわ。数少ない“友達”に本当のことを話さなかったってところね」
「霊夢……」
咲夜の頬を張った霊夢はそのままその小さな体を抱きしめていた。
昔と違い、咲夜と霊夢の身長差は逆転していた。
咲夜の身長はあのころから時間が止まってしまったかのように伸びていない。
「咲夜、あんたってば随分と小さくなったみたいね」
「違うわ、霊夢が大きくなったのよ」
そう言って二人は笑いあった。
一頻り笑いあうと魔理沙が二人に抱き付いてきた。
「おいおい、私も混ぜろよ。私だってお前らの友達だぜ?」
「……そうね、あんたにもはっきり話したことはないから。実は、十年前――」
◇
小悪魔は博麗神社の裏にやってきていた。
個人的に気に入らない人物がコソコソと宴会から抜け出すのを見て、自分もついてきたというわけだ。
小悪魔はその人物を見つけると躊躇なく声をかけた。
「こんなところで何をしてるんですか?」
「……あら、パチュリーの使い魔ね」
声をかけられて振り返った魔理亜はいつものように笑みを浮かべていた。
小悪魔はその笑みを見て先ほどまで飲んでいた酒を吐きそうになる。
「あなたのご友人方が弾幕ごっこをしてますよ。見ないんですか?」
「ええ、ちょっと酔っぱらっちゃってね。ここで涼んでいたの」
魔理亜は赤くなってない頬を冷ますように手で仰いだ。
小悪魔は魔理亜の後ろにあるものを盗み見る。
「それ、魔道具ですか? こんなところでいったい……」
「あらら、ばれちゃった?」
魔理亜はわざとらしくおどけると足を落ち着かなく動かしながら天を仰いだ。
空では魅子たちが散らす弾幕の光が絶え間なく動き回っている。
「見たところ、解析と封印の魔道具のようですが」
「良い観察眼ね。半分正解よ」
口元を手で押さえながら笑い声を漏らす魔理亜は魔道具の周りをくるっと一周した。
魔道具の内の一つを指さすと首を横に振った。
「これは封印じゃないの。封印を解くためのものよ」
「封印を? この博麗神社に封印されているものがいるんですか?」
「そう、そうなのよ。とんでもない魔法を使い、一時は幻想郷を危機に陥れたほどの悪霊らしいわよ」
またも魔理亜は笑みを浮かべた。
今度浮かべた笑みはわざとらしいものではなくて自然なものだったが、小悪魔はその禍々しさに背筋が凍った。
それに、幻想郷を危機に陥れるような悪霊とは聞き捨てならない。
「そんなものを復活させてどうするんですか?」
「魔法の知識を絞り出したらポイね。もちろん、暴れ出す前に存在を消滅させてやるから心配する必要はないわよ」
「……そんな危険なこと、見過ごせませんね」
小悪魔は魔理亜の言葉に眉を寄せて魔導書を召還した。
突然攻撃の意思を示した小悪魔に対して魔理亜は慌てて手のひらを上げる。
降参のポーズだ。
魔理亜は魔道具から離れて小悪魔の手前まで歩み寄った。
「やめなさい、もうそんな悪霊はいないのよ」
「……どうしてそんなことがわかるんですか?」
「解析の魔道具で調べたら存在を発見できなかったわ。物質の中には潜んでないわね」
小悪魔は訝しむように魔理亜を睨んだ。
魔理亜にも小悪魔の疑念が伝わったので、魔道具を指さしてこう促す。
「それを使って調べてみなさいよ。優秀な道具だから、すぐに終わるわよ」
「では、遠慮なく」
小悪魔は魔理亜の横を通って魔道具に歩み寄る。
ちょうどその体が魔道具と魔理亜の中間地点に移動したとき、地面が怪しく輝きだした。
「なっ……これは、魔法陣!?」
小悪魔の体は蛇を象ったロープに雁字搦めに縛られた。
強烈な締め付けに小悪魔の体は悲鳴を上げる。
呼吸困難に陥りながらも、小悪魔は気丈に魔理亜を睨みつけた。
「いつの間に!?」
「魔道具の周りを回ったり、足をせわしなく動かしたりと不思議に思わなかった?」
「っ……」
小悪魔は魔理亜の言葉聞いて返答に詰まった。
この憎たらしい魔法使いの不気味な表情に集中するあまり、他のことへの注意力が散漫になっていたのは否めなかった。
「どうやら、まったく気づいてなかったみたいね。昔は寺子屋で嘘をついてもすぐにバレてたのに、私も演技派になったもんだわ」
「……いま私が大声を出したら、その余裕の表情も崩れますかね?」
小悪魔はニヤッと笑って背後で響く弾幕の音にも負けないほどの大声で叫び出した。
普段の彼女からは考えられないほどの雄たけびに魔理亜はびっくりしたが、その表情は未だ余裕を保ったままだ。
「誰か来るまで待ちましょうか?」
「……まさか、防音の魔法まで使っているの!?」
「当り前よ。さあ、あなたにはやってもらうことがあるわ」
魔理亜は絶望的な表情を浮かべた小悪魔に歩みより、その肩に手をかけた。
ビクッと小悪魔の体が震えた。
震える小悪魔に対して魔理亜は優し気な笑みを浮かべる。
「異変の時に思ったのよね。みーちゃんには萃香がいて、りんちゃんにはあの亀さんがいるでしょう?」
「…………」
小悪魔は何も言わない。
魔理亜は気にせずに話を続けた。
「私にもそういう、マスコット的な存在が必要だと思うのよね。だからそれをあなたにやってもらいたいの」
「私はパチュリー様の使い魔だ。脅しにも屈しない」
「あなたは本当に悪魔らしくない悪魔ね。でも、あなたは従わざるをえないのよ」
魔理亜の背後で陽炎が揺らいだ。
実体を保てないその陽炎は薄く、その姿すらおぼつかない。
そんな中でも小悪魔はその存在に気づいた。
小悪魔の顔は蒼白になり、体はガタガタと震え、奥歯をカチカチと打ち震わせた。
「そんな……そんなとんでもないモノと契約して、あなたは何になるつもりなの!?」
「そうね、絶対言わないと“約束”するのなら教えてあげてもいいわ。私がなりたいのは――最強の魔法使い、よ」
「そうか、あなたの狙いはパチュリー様の――」
小悪魔が声を張り上げた瞬間、陽炎が彼女の体を燃やしつくすように包み込んだ。
◇
霊夢が話し終えて一息つくと、咲夜は息を呑んだ。
「そんなことがあったのね……やっぱり私はあなたを誤解してたようね」
「あんたが気にするようなことじゃないわ。ほら、お酒飲みましょ」
「……ええ、そうね。昔話を肴にね」
咲夜と霊夢は杯を打ち鳴らした。
そこで二人に疑問が生じる。二人が仲良くしていると割り込んでくる騒がしい魔法使いがいつになく静かなのだ。
二人がその魔法使い――魔理沙を眺めると彼女は顔を真っ赤にして酒を飲み続けていた。
「くぅ、霊夢がそんな想いでやってたなんてなあ、感動するぜ」
魔理沙は目をウルウルさせながら酒を煽っている。
やがて杯を放り出すと箒を手に取って空に舞い上がった。
「ちょっと、何すんのよ魔理沙?」
「気持ちが抑えられないから、一つ弾幕ごっこでぶつけてくるぜ!」
「あ、待ちなさい!」
魔理沙は霊夢と咲夜の静止を振り切って魅子たちのところまで向かった。
いま魅子たちはスペルカードをそれぞれ二枚切ったところだった。
能力は高いが粗削りなフランドールをカバーするように経験豊富なチルノが上手く立ち回っている。
フランドールとチルノの発揮する意外なコンビネーションに魅子たちは苦戦していた。
「魅子たちは苦戦しているようですね、解説のルーミアさん?」
「え? あ、はい……異変のおかげで私たち神魔妖怪の類が力を取り戻したので。チルノもフランも絶好調だと思います」
「そうですね、チルノさんの発揮する冷気がこちらまで……ん、あれは?」
紫が実況に勤しんでいると、弾幕の向こう側から星を撒き散らす光が一直線にこちらへ向かってくるのが見えた。
光は魅子たちの弾幕を突っ切りながら、彼女ら四人の中央に止まった。
「ほらほら、私も混ぜろよ!」
光から飛び出した魔理沙は赤い顔で八卦炉を振り回した。
一筋の閃光が魅子のすぐそばを掠めた。
「うわっ、危ないわね!」
「魅子~、お前は幸せ者だぁ!」
「何言ってんのかわからないわよ!」
魅子も応戦してショットを繰り出すが、魔理沙はフランドールを見つめながらそれらを軽々と避けた。
「フラン、元気そうだな! 楽しいか?」
「うん、最高だよ!」
「そうか、じゃあこれをかわして見ろ! 魔符『ミルキーウェイ』!」
魔理沙から色とりどりの星形弾幕が飛び出した。
魅子や麟、チルノは慌ててそれらを回避した。
魔理沙は弾幕を発動させながらフランドールにショットを放っていく。
「ほらほら、がんばって避けないと被弾しちゃうぞ?」
「う、難しい……」
「ほれ、そこだ!」
フランドールは必死に避けるが、執拗に狙いすましてくる魔理沙のショットに当たってしまう。
ショットに当たった反動で、星形の弾幕からの逃げ場がなくなってしまった。
「禁忌『レーヴァテイン』!」
咄嗟にフランドールはボムを繰り出した。
その判断は正しい。魔理沙の弾幕を炎の剣で切り裂き、すぐに危険地帯から脱出して強力なショットを放った。
「ひゅ~、やるねえ。でも、まだまだぁ!」
魔理沙が手をかざすといままで右回りに回転していた星形の弾幕が左回りに変わった。
突然の変化にフランドールはついていけてない。
「はいよっと」
「ひゃっ……」
フランドールは魔理沙のショットを受けて硬直し、そのまま星形の弾幕に被弾した。
「あーあ、負けちゃった」
「アハハ、やったぜ! フラン、お前まだまだ強くなるから――そうなったら勝負しような」
魔理沙はフランドールの傍まで一瞬で移動すると、その小さな頭を撫でて赤い顔でニッコリ笑った。
「今度は私の番! フランちゃん、仇は取るからね!」
「え……うん、がんばって!」
フランドールは麟からの言葉に少し嬉しくなり、宝石のついた羽をパタパタとはためかせた。
麟もフランドールからの激励に笑顔で頷く。
「風花『花龍風月』」
境内の枯れ木から花が咲き、風がその花びらを空に舞い上がらせた。
花びらは風によって龍の形を象り、龍の顔が魔理沙をジッと睨んだ。
魔理沙は上機嫌で龍ができていく様を見守り、完成するころには大はしゃぎで手を叩いた。
「すごいすごい、こりゃあ大迫力だ」
「迫力だけじゃないよ、通りすがりの魔法使いさん?」
麟はニヤッと笑うと、いつの間にか大きくなっていた玄武の背中に腰かけた。
魔理沙はリズムを取るように空中を動き回っている。
顔は緩んでいるが、龍を見る魔理沙の目に油断はない。
「行けー!」
麟が掛け声を上げるのと同時に龍が体をくねらせて魔理沙に向かって行った。
龍の体から出る花びらと風は全て魔理沙に襲い掛かる。
「なるほど、油断ならない弾幕だぜ! 見えない風に、鋭い花びらか!」
恐るべきことに、魔理沙はすぐにこのスペルの特徴を掴んでしまった。
流石、霊夢のライバルを自称するだけのことはある。
「龍本体も風と花びらだから、壊せないのか。厄介だぜ!」
魔理沙はこの苛烈な弾幕の合間にショットを龍に向けて放っていた。
ショットで貫かれた龍は一瞬だけ姿を崩すが、またすぐに元の姿に持っていく。
これを見て魔理沙は『厄介』と評したが、その顔は喜色満面でまったく厄介と思ってないようだった。
「うわ、魔理沙さんの方が厄介だよ。ショット打つ余裕があるなんて……」
魔理沙は麟の方にショットの手を伸ばしていた。
「ちょっと早いけど――」
麟は魔力と霊力を高めた。
この『花龍風月』の決め技である。
下で見ている美鈴もそれに気づいたのか、目を丸くした。
「あれは、私を倒した……」
「行けぇい!」
麟の声を受けて龍の口内が光り輝く。
それを見て魔理沙も何が来るのかを察し、口元に笑みを浮かべた。
「いいねえ、面白い! その勝負受けて立つぜ!」
魔理沙は八卦炉を龍に向かって構えた。
それと同時に龍から莫大な量の光線が発せられる。
「恋符『マスタースパーク』!!」
魔理沙の八卦炉が燃えるように赤く光り、龍目掛けて極太レーザーが放射された。
魔理沙のレーザーと龍の光線は空中でぶつかり合い、一瞬だけ拮抗する。
「……あっ!」
龍の光線が魔理沙の『マスタースパーク』に飲まれるのを見て麟が声を上げた。
そのまま龍は打ち抜かれたが、再生することはなかった。
麟はスペルカードの反動で玄武の上で脱力してしまった。
「おっと? まだ終わりじゃないぜ!」
「えっ?」
魔理沙のボムはまだ終了していない。
龍を打ち抜いてからレーザーは麟に向かって方向転換した。
魔理沙が強引にレーザーの軌道を変えたのだ。
「そんなのアリ?」
「弾幕はパワーだぜ? 何でもありなんだよ!」
麟はそのまま『マスタースパーク』に打ち抜かれ、玄武によって地上に運ばれた。
麟が地上に降り立つのを見送った魔理沙は後ろにいた魅子とチルノを振り返った。
「次はお前らだぜ? ほら、両方同時にかかってきな」
「よし、今度はあたいだ! 氷符『アイシクルフォール』!」
チルノがスペルカードを掲げると、冷気とともにつららが飛び出した。
魔理沙は懐から酒を取り出して、それを飲みながら空を飛びまわる。
「火照った体には丁度いい冷気だな」
「麟も落とされたし……私も手伝うわ!」
魅子は陰陽玉を取り出してお祓い棒を構えた。
「宝符『陰陽宝夢嵐』!!」
小気味良い音を奏でて陰陽玉が魔理沙に飛んでいく。
下で弾幕ごっこを見ていた霊夢が俄かに驚いた。
「あら、あの子ってば昔のスペルカードなんか使って懐かしい」
「魅子はあれで私を倒したのよ?」
「私が唯一褒めたスペルカードだからね。あの子は昔から遊ぶのが上手だったから」
つららの間を縫うように陰陽玉は飛んでいく。
今度ばかりは魔理沙も余裕がないようで、ショットを挟む間もない。
「あはは、こりゃあ楽しいや。魅子、お前良いスペルカードを作ったなあ」
「お褒め頂いて光栄よ。でも、手加減はしないから!」
次々に陰陽玉が打ち出されていくが、魔理沙は軽々と避けていく。
チルノのつららも物ともしてない。
「よっ、ほっ……このままじゃ埒が明かないな」
魔理沙は弾幕を避けながら後退していた。
それが自分らしくないと魔理沙は感じており、頭を振ってその場に停滞した。
目を閉じ、酒瓶を放り投げて自分に喝を入れる。
目を開くころには魔理沙の視界は全ての弾幕を捉えていた。
「よし、行くぞ!」
魔理沙はショットを放ちながら前進していく。
魅子がそれを止めるために陰陽玉を打ちこむが、魔理沙の快進撃は止まらない。
それどころかショットで徐々に追い詰められていった。
チルノも同様に、魔理沙の的確なショットによって追い詰められていく。
「あれ?」
「チルノ!?」
いつの間にか二人の肩は触れ合っていた。
魔理沙のショットによって二人して同じ位置に追い詰められていたのだ。
そして魔理沙が二人の目の前までやって来た。
弾幕を放つ二人を前にしても威風堂々、悠々自適に空を漂っている。
「これで終わりだ! 彗星『ブレイジングスター』!!」
魔理沙が跨る箒が光り輝き、星をあちこちにまき散らしながら魅子とチルノの弾幕を飲み込んでいく。
箒の後ろからは『マスタースパーク』に似た光線が放たれ、それを推進力にして魔理沙が高速で前方に移動する。
「っ!」
「やば!」
魅子とチルノはそれを避けきれず、魔理沙の星形の弾幕に被弾してしまった。
魔理沙は弾幕を止めると、後ろを振り返った。
「ハッハッハー! 私の勝ちだぜー!」
「見なさいフラン、あれが大人げない大人の姿よ」
いつの間にか結界から抜け出していたレミリアがフランドールの肩を抱いて魔理沙を指差していた。
フランドールも魔理沙の姿に苦笑している。
「大人げなくても、弾幕ごっこは楽しんだやつが一番強いんだぜ?」
魔理沙は地上に降りてきてレミリアにそう抗議した。
確かにこの女こそが幻想郷で一番弾幕ごっこを楽しんでいるかもしれない。
「麟、あれがあなたの目指す姿よ。弾幕ごっこを楽しみなさい」
気づけば紫が麟のすぐそばに来て肩を叩いていた。
そして麟に激励を送ると空間に裂け目を開いた。
レミリアがそれに気づき、紫の下へと駆けだす。
「八雲 紫! 待ちなさい!」
「ふふ、鬼さんこちら~、手の鳴る方へ~」
「くそ、馬鹿にして! あぷっ」
紫の手前には見えない壁があり、レミリアはそこに額を強かに打ちつけた。
レミリアは患部を押さえてしゃがみ込み、恨めしそうに紫を睨んだ。
紫の隣には藍が控えており、一度お辞儀をすると空間の裂け目に消えていった。
「魅子。異変解決、お疲れ様でしたわ。これからも期待しています」
「やっぱり、これからも異変は起こるのね」
魅子は溜息を吐いて肩を落とした。
今回の異変でも死ぬ思いをしているあたり、この反応は正常と言える。
「ではみなさん、ごきげんよう」
紫も藍に続いて空間の裂け目に消えた。
レミリアはその後ろ姿を最後まで睨みつけていたが、裂け目が消えるとすぐに笑顔で振りむいた。
「さあ、嫌なやつも消えたし、宴会の続きよ!」
「まったく、現金なやつね」
レミリアが霊夢に抱きついて酒を掲げた。
霊夢はレミリアの拘束を振り払って魅子の下へ歩き出した。
「魅子、宴会はどう?」
「まあ……楽しいわよ? 母さんやみんながいて、弾幕ごっこも……負けちゃったけど、楽しかったわ」
「ならよかった。この宴会はあんたのために集まったってことを覚えておくことね」
「私のために?」
魅子は霊夢の言葉を受けて周りのみんなの顔を見回す。
「そう、異変の解決を祝福しているの」
「みんなが……母さんも?」
魅子は不安そうな顔でそう尋ねる。
どうもこの母の内心は読みづらくてしょうがない。
しかし、霊夢は――
「ええ、もちろんよ」
この時ばかりはニッコリ笑ってそう言った。
「どいたどいた! 萃香様のお通りだよ!」
さっきまで潰れていたはずの萃香が酒樽を抱えて持ってきた。
それを地面にドンと置いて、全員分のグラスを手元に萃めた。
酒を豪快に注ぎ、ミニ萃香が全員の手元に酒を運んだ。
「さあて、もう一度宴会を仕切り直しだ!」
「ほら、今度は魅子が言う番だぜ?」
先ほど宴会の開幕を飾った魔理沙が魅子をそう促す。
魅子は慌てたものの、しっかりと杯を天高く掲げた。
「で、ではみなさん揃って……」
全員が杯を掲げる。
「「「乾杯!!」」」