私、レミリア・スカーレットは今日素敵な夢を見た。
最近は素敵なことばかりで素敵な毎日だ。
こないだは異変の解決を祝う宴会をやったばかりだし、昨日は曇りだったおかげで妹のフランとデートができた。
それらを超えるほどの素敵な夢を見たのだ。
私は『運命を操る程度の能力』を持っていると周囲に言っている。
運命というのは枝分かれしていて、選択肢によって様々な結果が起こる。
私は時折、未来の出来事を夢に見る。
それは大抵その日中に起こる出来事だ。
今日見た夢というのがその未来の夢なのだ。
なんとその夢ではあの――
「憎き八雲 紫が、私に土下座してた!」
「お嬢様? どうされました?」
「い、いや、なんでもないの」
思わず声に出てしまった。危ない、危ない。
そう、あの八雲 紫が私に土下座をしていたのだ。
夢で見た光景は私の肩越しに土下座する紫の姿。
私の隣には宝箱があり、どうやら紫はそれを欲しがっているようだった。
「最高、最高の気分よ。咲夜、今日のデザートは何かしら?」
「今日のデザートはプリンです」
それを聞いて私は心の中でガッツポーズを取った。
夢の事も踏まえて、今日は最高の一日になりそうだと期待が高まる。
咲夜がやってきて、私の前にデザートのプリンを置いた。
相変わらず素晴らしい輝きを放つ美しい肢体。
この台形が私をたまらなく惹きつけるのよ。
どこから攻め込もうかと考える私の傍に、愛しい妹フランドールが近づいて来た。
今日もお気に入りのくまさん人形を腕に抱いている。
「おねえさま」
まずい、この甘くて可愛らしい声を出すときは何かをねだる時だって相場が決まっている。
更には上目遣いのおまけ付き。
「何よフラン? 私はいまから至高のデザートを頂くつもりなんだけど」
「そのデザートなんだけど、私にくれない?」
「ええ!? あなたのデザートはどうしたのよ?」
あまりの驚愕から席を立ちあがる私。
私の耳が確かなら、フランは私のプリンが欲しいと言ったと思うけど。
私たちの会話を聞いていた咲夜が背筋をしゃんと伸ばしながらテーブルの前まで来た。
「レミリアお嬢様。フランドールお嬢様は先ほどつまみ食いをなされました」
「ああ……それで」
「はい、私は怒っています。ですから、今日のデザートはなしとさせていただきました」
咲夜はプンスカという擬音が聞こえそうなほど怒りながら腰に手を当てて厨房に下がっていった。
私はフランに向き直った。言うことがあるのだ。
「フラン、つまみ食いはバレないようにやりなさいって言ったでしょ?」
「だって、食べ出したら止まらなかったんだもん」
私は咲夜に聞こえないような囁き声でフランにそう言った。
だがフランは愛らしい頬を膨らませてそんなことを言う。
大人のレディーである私には容易いことでも、まだまだ子供のフランには難しかったようだ。
だが、例え愛しい妹にもこのプリンをやるわけには――
――プリンを渡せ。そして捧げ物を頂くのだ。
私の頭の中に、その時声が響いた。
これは私が見た運命を実現するために響く唸り声のようなものだ。
この声に従わなかった場合、夢で見た光景は現実の物にならない。
つまり、私はこのプリンをフランに上げなければならないということだ。
「あの、フラン?」
「なあに、プリンをくれないおねえさま?」
フランは頬を膨らませたままだ。
私は断腸の思いで言葉を繋げた。
「何か代わりにもらえるなら、プリンと交換してもいいわよ」
「え、ほんとにいいの!? お姉さま大好き!」
抱きついてきたフランを受け止めながら、私は心の中で泣いた。
さあて、フランは何をくれるのか。
「ほら、プリンはあげるけど、その代わりにフランは何をくれるの?」
「えっとね……あ、そうだ」
フランはそう言うと自分の背中に生えている羽に手を伸ばした。
フランの背中の羽はとてもきれいで、宝石のようなものがぶら下がっている。
密かに私も憧れたりしている、素敵な羽だ。
そしてフランはその宝石のうちの一つを握りしめると、一思いに引きちぎった。
「……は?」
「はいお姉さま、これあげる」
「え、あ……ありがとう?」
フランは私に宝石を手渡すと、そのままプリンを食べ始めた。
私は衝撃のあまり開いた口が塞がらず、何度も宝石とフランの幸せそうな顔を見返した。
え、あれって取れるの?
五百年近く一緒にいた妹の衝撃の事実は、私の心に大きな傷を作った。
「ちょっとパチェのところに行ってくるわね……」
「んー、行ってらっしゃいお姉さま!」
フランのカラメルで汚れた口元と宝石が一つなくなった羽を見て私は溜息を吐いた。
◇
私は親友のパチュリー・ノーレッジのところに急いでいた。
親友のパチェなら、いまの私の悩みを聞いてくれるはずだ。
「パチェ、いるかしら?」
私が勢いよく図書館の扉を上げると埃が舞った。
その埃のおかげで私の口からくしゃみが出る。
「へくしっ」
「レミィ、ドアは静かに開けてって言ってるじゃない」
私がくしゃみをするとハクション大魔王ならぬ、図書館の司書であるパチェが出てきた。
私はパチェにフランから貰った宝石を見せた。
「パチェ、これ!」
「何よ? これ、すごい魔力が籠ってるわね……どこで拾ったの?」
呆れたようなパチェだったが、宝石を解析しだすと表情が一変した。
私も魔法に精通しているから多少はわかるのだが、この宝石にはとてつもない魔力が籠っている。
私よりも潜在的な力が強いフランの一部なのだから、当たり前だけど。
「これは……フランの羽の一部よ。あの子が自分でもぎ取ったのをもらったの」
「えぇ……ごほっ、ごほっ、フランの?」
私が事情を渋々説明すると、パチェは驚きのあまり持病の喘息を起こし始めた。
「パチェ、大丈夫? そうなのよ、フランが……だからパチェにどんなものか調べてもらいたくって」
「ごほっ……なるほどね、わかったわちょっと待っ」
「パチュリー! いるかー?」
その時、聞き覚えのある魔法使いの声がした。
その声が聞えるやいなやパチェは顔をしかめた。
それもそのはず、静かな図書館で大声を出したのは本泥棒こと、霧雨 魔理沙なのだから。
「お、こんなところにいたのか。パチェ、いい魔道書ないか?」
「魔理沙……いまは忙しいの、帰って。ほら、これを調べるんだから」
魔理沙が目敏く私たちを見つけると近寄ってきた。
そしてパチェがフランの宝石を掲げたのを見ると、人間とは思えない速度で動き出した。
更にパチェの手から宝石をもぎ取る。
「これ、すごいな! この石を使ったらいい実験ができそうだぜ……」
「魔理沙、それはレミィの物なのよ。返しなさい」
「そうよ、返して」
私は魔理沙の知覚を超える速度で動き、宝石を取り返した。
魔理沙はニッコリ笑うと私に親しげに話しかけてきた。
「なあ、レミリア。いや、レミィ?」
「な、なによ……あなたにレミィと呼ばれるいわれはないわ」
「じゃあレミリアでいいや。レミリア、その宝石をくれたらこれをやるぞ?」
そう言って魔理沙が見せてきたのは薄汚れたボールだった。
紫色で真ん中に星形のマークが描かれている不思議な球体。
どこかで見たような覚えもあるが、私の記憶からはそれ以上何もわからなかった。
とにかく、こんなものと妹の体の一部を交換するわけにはいかない。
その時、私の頭の中に低いうなり声が響いた。
――それだ。それと交換しろ。
え、ほんとに?
これと妹の体の一部を――
――そうだ、交換しろ。
どうやら私に逆らう権利はないようだ。
「……わかったわ。それと交換してあげる」
「やったぜ! じゃあこの玉あげるけど、これ咲夜の持ち物だったから気が向いたら返してやってくれ」
「え、これ咲夜のなの?」
この薄汚れた玉が咲夜のだと知り、私は溜息を吐いた。
なんだ、これも盗品じゃないか。
パチェも気の毒そうに私を見つめてきた。
今更魔理沙に返せと言っても、絶対に返してくれないことがわかっているからだ。
この人間は物が絡んだときにやたら勝負強く、私でもあっさり負けてしまう。
だから私は魔理沙の言う通り、とりあえず咲夜のところに行ってみることにした。
その前に……
「魔理沙、一つ聞きたいんだけど」
「ん、なんだ?」
「その宝石どうするの?」
これが聞きたかったのだ。
仮にも私の妹の体の一部。変なことには使って欲しくない。
「んー、そうだなー……ああそうだ――キノコと混ぜるぜ」
「キノコ!? やっぱり返して!」
――ダメだ。
私が悲痛な叫び声を上げると、頭の中でまた唸り声がした。
これも八雲 紫の土下座のためだ、我慢するしかない。
「いや、やっぱりいいわ。好きに使ってちょうだい……」
「ん? おう、遠慮なく」
魔理沙にそう言ってから私は肩を落として図書館を後にした。
吸血鬼特有の優れた聴覚のおかげで、図書館の中の会話が聞こえてくる。
「ちょっとレミリアのやつ、情緒不安定なんじゃないか?」
「そうね……霊夢にまた会えた嬉しさでおかしくなってるのかも」
勝手なものだ。
魔法使いたちは私の様子を見て勝手にひどいことを言っている。
今日最後まで耐え抜けばあの八雲 紫の土下座が見れる。
夢で見た様子を現実にするために、私は拳をキュッと握って我慢した。
「咲夜? さくやー、どこにいるのー?」
私はこの薄汚い球体を咲夜に見せるため、館の中を歩き回る。
いつもなら名前を呼んだだけですぐに現れるのだけど、今日はなぜか来る気配がない。
「さくやー?」
「はい、お嬢様……お嬢様、それは!?」
三度目の正直。私が名前を呼ぶとすぐに咲夜が現れた。
いつも通り美しい立ち姿で、私のメイドに相応しい。
だが、その立ち姿はすぐさま崩れた。
私の持っている薄汚れた玉を見て咲夜は悲鳴を上げたのだ。
私はその声にびっくりして少し飛び上がってしまった。
「な、なによ……」
「い、いえ……取り乱して申し訳ありません。お嬢様は一体それをどこで手に入れたのですか?」
咲夜は私が呼んだ用事を聞くことすらなく、異常なまでの食いつきをこの球体に見せる。
いまの私の表情を見れば平静の咲夜ならすぐに粛々とするはずだが、主人の顔を伺うことなく顔を球体に近づけて鼻息を荒げている。
この物体は咲夜にとって大変重要な物らしい。
「えーっと、魔理沙から貰ったの。物々交換でね」
「な、なるほど。魔理沙から貰ったのですね……私がいただいてもよろしいですか?」
「うーん、何かと交換なら……いいよね?」
――問題ない。
私の頭の中で唸り声が響いた。
運命の声のゴーサインも出たことだし、咲夜にこの球体を渡すこととする。
咲夜はいつの間にか上等そうなワインと干し肉を用意していた。
そしてそれらを風呂敷に包み始める。
咲夜が風呂敷を閉じるころには元の大きさよりも遥かに小さい風呂敷包みができていた。
「お嬢様、これらの食材と交換というのはどうですか? これらは紅魔館の食材なので、お嬢様次第ですが……」
「いや、問題ないわ。それと交換しましょう」
「やった! ……い、いえ、すみません。ありがとうございます、お嬢様」
私は咲夜を雇ってから初めてとなる彼女のガッツポーズを目にした。
いままでの瀟洒なイメージが少し崩れてしまったが、この謎の球体は咲夜にとって相当大切なものだったのだろう。
「では私は仕事に戻ります。お嬢様、本当にありがとうございました」
「いいのよ。がんばってね」
「はい、では失礼します」
咲夜は紫色の球体を大切そうに握りしめ、一度お辞儀をすると消えた。
さあ、次はどこに行こうかしら。
お酒とそのつまみを持ってるとなるとやっぱり……
◇
私はやっぱり博麗神社に来ていた。
風呂敷包に棒を差し、さながらいまの恰好は旅人のようだ。
「霊夢ー、いないのー?」
私は喉の奥から声を出したが、帰ってきたのは沈黙だった。
仕方なく私は境内を進み、縁側にやってきた。
そこには目当ての人物がいたが、好んで会いたいとは思えない。
私も吸血鬼を名乗っている以上、少しだけシンパシーを感じる人物である鬼の伊吹 萃香だ。
いまの時間は夜なのだが、既に酔っぱらって眠っている。
これを起こすのは至極面倒くさく、神社に乗り込んで霊夢たちと物々交換する方が良さそうだった。
――ダメだ、こいつを起こせ。
また私の中で唸り声がした。
「はあ……萃香、起きなさい」
「ぐふっ」
私は溜息を一つ吐いて萃香の腹に拳を埋めた。
いまは関係ない話だが、萃香は憎き八雲 紫の親友である。
「な、何をするんだ……さっき飲んでたお酒が出ちゃう……」
「うわ、やめてよ。あなたに良いものを持ってきたの。ほら、起きて」
萃香が口元を押さえるのを見て私は半歩下がったが、風呂敷を盾にするように前に出した。
萃香は『良いもの』と聞いて目の色を変えた。
「なになに? 何を持ってきたんだ……む! これは酒の匂い! それもワインだね?」
すごい嗅覚だ。
瓶入りのワインを風呂敷で包んでいるというのに。
「それくれるのか!?」
「おっと、落ち着きなさいよ。ただじゃないわ。物々交換よ」
「なるほど、ちょっと待ってな」
萃香が私の風呂敷を掠め取ろうとするので、私は慌てて包を引いた。
物々交換だと言うと萃香は神社の奥に引っ込んでいった。
萃香が引っ込んだ場所とガサゴソと物音がした。
私が暇つぶしにコウモリの絵を地面に描いていると、萃香が巨大な風呂敷包を持ってきた。
「この中から選んでくれ!」
地面に置かれるとドスンという音がした。
あまりの衝撃で私の体も揺れる。
「よーし、この中から何でも一つ選んでくれ! 鬼の秘宝だぞ」
「おお……」
萃香が風呂敷包を広げると色とりどりの財宝が私の前に現れた。
おっかなびっくり、その中の一つを私は手に取った。
萃香に説明を求めるため、私は目配せする。
「ああ、それはけん玉だな。どんな馬鹿にもできるように、自動で玉が戻ってくるようになってるんだ」
「へえ……あら、ほんとね。適当に振り回しても戻るのね」
私が手に取ったのはけん玉だったのか。
適当に振り回しても玉が自動で本体に戻っていくのを目にして、私は驚いた。
「これ、いいわね! これに」
――ダメだ。
私がこれに決めようとしたところでまた頭の中の小うるさいうめき声が聞こえてきた。
私は断腸の思いでけん玉を手放し、次の品を探す。
「なんだ、お気に召さなかったのか?」
「うん、ちょっとね……あ、これは?」
私が手に取ったのは縞々模様の長方形の布だった。
萃香はそれを見ると顔を赤くしてくねくねと体を気持ち悪く動かす。
そして私から縞々の布を奪うと萃香はそれを懐に閉まった。
「こ、これは私の……だ」
「え? 何よ?」
「これは私の……パンツなんだ」
パンツ!?
私はさっきまで萃香のパンツを掴んでいたってことなのか?
「うわ、後で手洗わないと」
「ひどいなあ、私もこんなところにあるんて思ってなかったんだよ」
今度からは慎重に選ばないといけない。
先ほどの経験から布製品を避けて宝物を物色していく。
和の妖怪が持つには違和感のあるゴブレットに、用途のわからない鉄の鎖、何かの動物の角のようなものまであった。
それら全てに触れるが、未だに頭の中でうめき声が響かない。
――それだ。
私が古臭い錆びた剣に触れたとき、頭の中で声が響いた。
西洋風の剣ではなくて、日本語で言うところの刀というやつだけど。
「これ、これよ! これをもらうわ!」
「ほう、お目が高いなあ。それは童子切って言うんだ。少し思い出があるけど、持ってっていいよ」
萃香は私から刀を受け取ると懐かしそうにその刀身を撫でた。
そして刀を私に押し返すと宝物をガサゴソと漁り始めた。
「ちょっと待ってな、その鞘が……あったあった、これだ」
萃香が取り出しのはこれまた古臭い刀の鞘だった。
この刀は萃香の言った通りなら、結構な名刀のはずだ。
よく観察してみると魔を払うような神聖な雰囲気が――出ているような気もする。
だが、私の夢で見た八雲 紫の宝箱とは違う。
萃香は私から刀をぶん取ると鞘に無理やり刀を押し込み始めた。
「うーん、入ると思うんだけど……よっ!」
「いま、バキッって音がしたけど?」
「大丈夫だろう。ほれ、持ってきな」
萃香が無理やり押し込んだ童子切はなんだか泣いているような気がしたけど、これも八雲 紫の土下座のためだ。
私が風呂敷包を開けると、萃香は嬌声を上げた。
「うわあ、やっぱり上等のワインじゃないか! それに、つまみの干し肉まであるのか!」
「咲夜のお手製よ。きっとおいしいわ」
「ありがとう! いただきます!」
萃香はワインの瓶に口をつけるとグビグビと飲み干し、干し肉を一口で食べてしまった。
私はそれを引き攣った顔で眺めて博麗神社を後にした。
◇
「はあ、これからどうしよう……」
いままで滞りなく進行していた物々交換も、停滞の兆しが見えていた。
香霖堂や妖怪の山まで尋ねたけれど、収穫はまったくなかった。
頭の中のうめき声に毎回ダメだしされるのだ。
心惹かれる金銀細工のスプーンも、芭蕉扇とかいう不思議な団扇もダメだと言われて私はいま少し不機嫌である。
私は一旦紅魔館に帰ろうとしている道中で、見覚えのある妖精を見かけた。
「あれは確か……」
フランの友達で、チルノとかいう氷精だった気がする。
弾幕ごっこも強く、魔理沙からも一目置かれている。
ダメ元で、ついでに聞いてみることにした。
「ねえ、そこの妖精」
「ん? あ、お前はフランのねーちゃんだな!」
「そう、フランの姉。レミリア・スカーレット様よ」
指で指されるのはあまりいい気分ではないが、いまは物々交換のためだ。
寛大な心で許してやろう。
もしこれで大した物を持っていなかったら八つ裂きにしてやる。
「私はこんな素敵な刀を持ってるんだけど、あなたは何か持ってる?」
「ん~、あたいに自慢しに来たのか?」
「違うわよ! 何かと交換なら、この刀をあげるって言ってるの」
チルノの的外れな意見に、私は思わず声を荒げる。
チルノはポンと手を叩くと、いつもはつけてないポーチを漁り始めた。
「あたい、こんなん持ってるよ」
チルノはその小さいポーチからは考えられないほど大きな――見覚えのある宝箱を取り出した。
「それだ!」
――それだ!
頭の中のうめき声と、私の声が重なる。
チルノは私の大声にびっくりしたようで、体を一瞬振るわせた。
そして私が欲しがっているものをその腰に付けたポーチと勘違いしたのか、私から隠すように体を動かした。
「こ、このポーチは魔理沙からもらった魔法のポーチなんだ! これはダメだよ!」
「それじゃないわ、その宝箱が欲しいのよ」
間違いなくその宝箱は八雲 紫が欲しがっているものだ。
なんとしても手に入れなければならない。
「これ? うーん、どうしようかな」
チルノは渋っている。
ぐぬぬ、なんとしてでもその宝箱を手に入れねばならない。
私はあろうことか、たかが妖精にこんなことを口にしていた。
「それをくれるっていうなら、何でもするわ!」
「何でも!? よーし、じゃあレミリアにやってもらいたいことがあるんだ!」
「……なによ?」
言った後でめちゃめちゃ後悔した。
しかし、レミリア・スカーレットともあろう者が自分の発言を撤回するわけにはいかない。
「いまから友達同士の野球大会があるんだよ。それに出てほしいんだ! ちょうどメンバーが足りてなくて」
「……野球?」
言ったこと取り消しちゃダメかなあ。
――ダメだ。
うるさいな!
◇
私が何をしたと言うんだ。
私はいま被りたくもないベースボールキャップを目深に被り、着たくもないユニフォームに身を包んでいる。
妖精用に羽を出す穴も空けてあり、着心地がいいところも気に食わない。
「おらー! 気合入れろー! 絶対勝つんだぜー!?」
「「「おー!」」」
「……おー」
監督である魔理沙の掛け声に反応して、妖精たちが無邪気な声を上げる。
私も一拍置いて嫌々拳を掲げるが、内心死にたい思いだった。
不死の吸血鬼が死にたくなるなんて、よっぽどのことだ。
「今回は紅魔館から、レミリアが助っ人に来てるからな。勝ち目はあると思うぜ?」
「魔理沙監督!」
一人の妖精が慌てた様子で駆けこんできた。
彼女の真剣な雰囲気を見て魔理沙も顔を強張らせる。
「どうしたんだ、大ちゃん?」
「大変です! 向こうのメイリンズにも助っ人の情報が!?」
「なにぃ!? マリックス・バファローズに対抗してか?」
どうでもいいが、チーム名はなんとかならんのか。
それに、うちの門番は仕事を放りだして何をやってるんだ。
私が心の中で咲夜に報告しようと固く誓っていると、緑色の妖精から衝撃の名前が出てきた。
「紅魔館のフランちゃんが来ているようです!」
「……は?」
咲夜の能力とか関係なしに、私の時が止まった。
フランが来ている?
私のこんな姿を、フランが見るというのか。
「か、帰りたい……」
――ダメだ。
くそう、うるさいわね!
◇
私が特大のホームランを打ったことで、姉の威厳は守られた。
いまはフランと手を繋いで仲良く紅魔館への帰路についている。
「お姉さま、すごかった!」
「ふふ、でしょう? 次にやる時もホームランをかましてやるわよ」
「うん。でも次は負けないよ!」
二人笑いあって歩く。
良いものだ。私に空いた手にはチルノからもらった宝箱が抱えられているし、今日は結果として良い一日だった。
私も球団を作ろうかな。
名前はコウモリスカーレッツで決まりね!
――ダメだ。
うるさいわね!
それより、いつ八雲 紫が来るんだろうか。
私からあの憎き八雲 紫を探さなくちゃいけないんだとしたら、かなり困難だ。
あいつは能力の特性上、神出鬼没で探すのも一苦労なのである。
「ここにあったのね……」
突然後ろから声を掛けられて私はハッとした。
振り向くとそこには、件の八雲 紫がいたのだ。
目的の人物を見つけ、私の顔には自然と笑みが浮かぶ。
「フラン、先に帰ってなさい」
「え、うん」
フランは素直に頷いて紅魔館へ飛び去った。
我が妹ながら、素直で良い子だ。
私は紫に向き直る。
「私に何か用かしら?」
「その手に持っている宝箱は私のものなの。返していただける?」
「ふーん、ただであげるわけにはいかないわねえ」
紫の雰囲気はいつもと少し違っていた。
いつもは腹が立つほど余裕の表情で人をからかったり、ニヤニヤとした笑みの裏で恐ろしい考えを持っていたりする不気味な大妖怪なのだ。
今日の紫はなんというか、どこか必死さのようなものが感じられた。
「私がいま持っている物と言えば……これくらいしか」
紫が取り出したのは、真っ黒い輝きを放つ宝玉だった。
その妖しい美しさに私は一瞬目を奪われるが、私の目的はそんな石ころではない。
「人に頼みごとをするんなら、それなりの誠意ってものを見せてもらわないとねえ」
「……わかったわ」
私が表情を歪めてそう言うと、紫はためらうことなく膝を折った。
私はなぜか慌ててそれを止めようとしていた。
「ちょ、ちょっと待って。あなたには大妖怪としての誇り、プライドはないの?」
「大切な物を取り戻すためなら、私はあなたの靴を舐めるのもいとわないわ」
紫はそう言って、私の制止に耳を貸すことなくそのまま地面に額をつけた。
「その大切な、私の大切な宝物を返してください」
それは私の見たかったものとは違っていた。
私は結局、紫の悔しがる表情が見たかっただけなのだ。
そもそも、私が紫を気に入らない理由は彼女の余裕たっぷりの仕草だった。
何でも知っているような顔をして、何でもできる紫が妬ましかったのかもしれない。
それがいまはどうだ。
紫は必死に、一生懸命に頼み込んでいる。
その姿を見ると私のやっていることが浅ましく、卑しいものに見えてしまうではないか。
「……ふん、こんなの返してやるわよ。ほら、その玉を寄越しなさい。これが最後の物々交換よ」
「ありがとう」
「っ……さっさと消えなさい。あなたの顔なんて、見たくもないわ」
紫は次元の裂け目を切り開くと宝箱を愛おしそうに、とても大事そうに抱えて帰っていった。
なんだか、とても虚しい気分だ。
「……はあ、帰ろう」
いまはとにかく紅魔館に戻りたかった。
◇
私の目の前には、今日紅魔館を出て行く時と同じようにプリンが置かれていた。
咲夜の食事を摂り、デザートに好物のプリンが目の前に置かれている。
私の気分も幾分良くなっていた。
「お嬢様、何か落とされましたよ?」
そう言って咲夜が拾ったのは、紫からもらった黒い玉だった。
またあの時の嫌な気分を少し思い出してしまった。
私は眉を寄せながらその黒い玉を受け取る。
「綺麗な宝玉ですね」
「ええ、まあね……一体なんなのかしら」
私のその言葉に応えてか。
「え……ごほっ、ごほっ、へくしっ! へくし!」
黒い玉から大量の粉が吹き出した。
私は粉塗れになり、くしゃみが止まらない。
目の前のプリンも真っ黒になってしまった。
「これは……コショウですね」
「コ、コショウ!? へくしっ」
なんて悪質な……
私は八雲 紫に、してやられたということか。
――ハッハッハ。
「う、うー! クソ! 八雲 紫めー!!」
私の叫び声が、紅魔館中に響き渡った。