東方二次異変   作:ほの基地

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第二次春雪異変 (序)

 空を紅く覆った大異変から二ヶ月ほどのことである。

 博麗神社に居候する少女――冴月 麟は人里に来ていた。

 彼女は買い出しという重大な任務を受けており、顔見知りのおばちゃんとあらあらまあまあと言いあったり、亀の餌を値切ったりと、いろいろ忙しかった。

 この日、麟は知り合いのおばちゃんから興味深い話を聞いた。

 

「あら麟ちゃん、こんにちは。買い物かい?」

「あ、おばさん。こんにちは! そうです、夕飯の買い出しなんです」

 

 麟が元気よく挨拶すると人里のおばちゃんは思わず微笑んだ。

 明るく人懐こい麟は人里のみんなから好かれているのである。

 

「何を買うつもりなの?」

「鍋にしようと思ったんですけど、でもなあ……最近妙に暖かいですからね」

 

 麟は今日の献立を尋ねられて疑問が湧いた。

 自分で言ったことだが、最近の気温が急上昇しているのだ。

 前回の異変から二ヶ月。その頃は秋だったから、いまの季節は冬真っ盛りのはずである。

 それがどうしてか暖かく、疑問に思ってから辺りを見渡すと蕾が咲き始めているのに気づいた。

 

「これは……おばさん、すみません。急用ができましたのでこれで!」

 

 世間話もそこそこに、麟は駆けだすと博麗神社に向けて飛び立った。

 普段なら賑やかな市場周りで飛行するような真似はしないのだが、この時ばかりは急いでいたので仕方がない。

 麟は内心、この不自然な暖かさが異変のせいではないかと考えていた。

 現博麗の巫女『博麗 魅子』にこのことを伝えるため、博麗神社に急いでいるのだ。

 

「こらっ!」

「え?」

 

 突然、麟は叱りつけられた。

 飛行中の麟に声をかけるなど、それ相応に幻想的な生物でないとできないため、麟は当然驚いて振り返った。

 そこにいたのは上下が一体になった青いワンピースに身を包む凛とした女性だった。

 ワンピースと称したが、胸元のリボンのせいでセーラー服のようでもある。

 麟はそれより特徴的な建物のような帽子が目に留まった。

 

「あ、上白沢さん」

「……慧音でいいと言っているだろう。それより、あんなところで急に飛び立つなんて、どうしたんだ?」

 

 やや堅苦しい口調で喋るその女性の名は上白沢 慧音という。

 寺子屋の教師をしており、麟は彼女とここ数ヶ月の内に面識があった。

 その堅苦しい口調のせいで麟は彼女を名字プラスさん付けで呼んでしまうのである。

 

 慧音の質問に麟は素直に答えた。

 

「ここ最近、暖かいなあと思いまして」

「む? ああ、そうだな」

「それを魅子に伝えに行くんです!」

 

 何ともお粗末な説明である。

 しかし、これでも慧音は寺子屋のわんぱく坊主たちを相手にしているのだ。

 説明不足、情緒不安定が当たり前な子供たちと毎日接している慧音にとっては、これくらいの粗末さは凡庸ですらあった。

 

「つまり、異変だと思ったわけか」

「そうです! ですから、博麗神社に急いでいたんです」

「まあ、事情はわかったが……人の込み合う場所で急に飛翔するのはやめてくれないか?」

 

 規律や規則を大切にする彼女にとって、人里の守護者でもある彼女にとっては幻想を持たない人里の住人に対して過保護であった。

 麟が突然飛び立とうと、仮に弾幕を空に打ち上げようと被害さえなければ寛容な人里の住人はそれを微笑ましく見つめるだけなのだが、唯一慧音だけは気にしていた。

 

 お叱りを受けて麟はしゅんとする。

 

「あ、すいません……」

「いや、そんな落ち込まなくてもいいんだ。なんと言うか、魔理沙なんかは人の迷惑を気にしなかったりするから……」

 

 小さくなった麟を見て慧音が慌て出す。

 本気で叱ろうと思ったわけではないし、慧音は人里を飛び立った不自然な様子の麟を心配してついてきただけなのであった。

 

「だから、そんなに気にしないでくれ」

「はい……でも、次はちゃんと気をつけます!」

 

 そしてこの冴月 麟という少女の良いところは、その本気で言ったわけではないお叱りも真面目に、前向きに捉えるところである。

 慧音はそれを素直に好ましく思うし、だからこそたった二ヶ月足らずの付き合いで彼女に親しみを感じるのだ。

 

 麟は慧音に頭を下げると、そのまま博麗神社に向かって飛び立とうとした。

 

「ちょっと待ってくれ!」

「おっ、と……どうしたんですか?」

 

 慧音は麟を引き留めた。

 そして堅苦しくもハッキリとした物言いをする慧音にしては珍しく、言いづらそうに指を弄んだ。

 

「いや、その、なんだ……魔理亜はどうしてる?」

 

 もじもじと指をくねらせ、散々もったいつけてから口にしたのは麟のよく知る魔法使いのことだった。

 麟は慧音と彼女の関係を知らないし、突然質問される意味も意図もわからない。

 

「魔理亜ですか? 元気にしてますよ?」

「そ、そうか……あの子に何かあったら、教えてくれないか?」

「はい? いいですよ?」

 

 麟は疑問符を浮かべてそう答えた。

 もしこの質問をされたのが魅子であったなら魔理亜と慧音の関係に疑問を持っただろう。

 自分の過去すら知らない少女――麟にとっては魔理亜の過去を知ろうとすら思わなかった。

 だから慧音の言葉を大して深く考えもせず、博麗神社に急ぐため手を振って飛び去ってしまった。

 

 麟が飛び去ってから慧音は一人ごちる。

 

「ああ、心配だ。私自身が動くのもいいかもしれんな……かつての生徒のために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 麟が博麗神社に辿り着くと、彼女が出て行った時と雰囲気が一変していることに気づいた。

 何も見た目が変わったとか、そういうわけではない。

 なんとなく重苦しい空気が漂っていて、それが見てわかるほどの圧力になっているというだけである。

 

「いや、どうしたんだろう……」

 

 完全に異常事態である。

 帰る場所であるはずなのに、一歩一歩歩みを進めるごとに重力が増えるような息苦しさがあった。

 

 麟が境内を抜けると、見慣れた人物が横たわっていた。

 過去に鬼と呼ばれ、妖怪の山で剛腕を振るっていた人物――伊吹 萃香その人である。

 博麗神社で横たわる彼女というのは、珍しいものでもなんでもない。

 年がら年中、昼夜問わず酒を浴びるように飲んでいる彼女は酔っぱらって地面に寝転がることが多々ある。

 

 だが、今回は少し様子が違った。

 

「……萃香? どうしたの、萃香!」

 

 麟が近寄ると萃香が酔っぱらって倒れているのではないということがわかった。

 彼女の顔は赤くなく、どうやら気絶しているようだった。

 

 麟は慌てて彼女の体を揺さぶった。

 気絶した相手への対処としてそれは正しいものではなかったが、頑丈な鬼相手ならこの場合正解である。

 麟がしばらく体を揺さぶると、萃香は薄らと目を開けた。

 

「んぁ……なんだ、麟か?」

「そうだよ、大丈夫?」

「んー……」

 

 萃香は体を起こすと目を擦り始めた。

 そして完全に覚醒すると、飛び起きて油断なく周囲を見回した。

 普段のお茶らけた彼女からは考えられない振る舞いである。

 

「萃香、一体なにがあったの?」

「いや、私にもわからん。気づいたら地面でお寝んねだ……鬼ともあろう者が、情けない」

 

 萃香は何者かに気絶させられたようだった。

 それを彼女は本気で恥じているようであり、悔しそうに拳を握りしめた。

 

「みんなは大丈夫かな」

 

 麟は自分で言った言葉に自分でハッとして、神社の中に飛び込んだ。

 この神社には親友である魅子とその母親『博麗 霊夢』がいるのだ。

 その二人に何らかの危害が及んでいてもおかしくない。

 

 麟が慌てて神社を駆けまわっていると、その首根っこを突然掴まれた。

 

「ひゃあ! な、なに!?」

「麟、落ち着きなさい」

 

 敵に捕らえられたのかと驚いて麟は声を上げるが、彼女の襟を掴んでいたのはよく知った人物だった。

 紅白の和服に透き通るような黒髪。年若き美しい母親、博麗 霊夢はそこにいた。

 彼女にしては珍しく、見てわかるほどに不機嫌である。

 

「れ、霊夢さん!? さっき萃香さんが」

「そんなことより、大事な用件があるわ」

 

 麟の言葉を途中で遮って、霊夢は苛立たしげに言葉を放った。

 仮にも居候である萃香の一大事を『そんなこと』扱いするほどの用件とはなんなのか。

 麟は身を固くした。

 

「――魅子が攫われたわ」

「え、えー!? な、な……」

 

 麟は驚きのあまり、言葉が出てこなかった。

 普段からは考えられないほどのイラつきを見せる霊夢の態度が魅子誘拐の件の信憑性を高めている。

 

「だから、この冬が来ない異変を解決するのは麟……あんたよ」

「わ、私がですか!?」

 

 霊夢に指名され、慌てていた麟は更に慌てだした。

 そのせいか麟は気づけなかった。霊夢が苦虫を噛み潰したかのような顔で、必死に怒りを堪えているのに気づかなかった。

 

 麟が落ち着きを取り戻したあたりで、霊夢も素の表情に戻っていた。

 霊夢は息を吐くといつも通りの落ち着いた声で喋り出した。

 

「そうよ、あんたが博麗の巫女代理よ。萃香にも説明してきて」

「は、はい!」

 

 麟は転びそうになりながら萃香の下へ駆けて行った。

 

 霊夢は麟の姿が見えなくなるまで見守った後、唐突に後ろを振り返った。

 それと同時に袖からお札を取り出し、虚空へと放つ。

 本来何もない空間を素通りするはずのお札は何かに弾かれて燃えた。

 

 この場合、問題点が二つある。

 まずは何もない空間に何かがあるということ。

 もう一つは、数々の異変を解決した最強の博麗『博麗 霊夢』のお札を燃やし尽くすほどの“何か”がいるということである。

 

「……出てきなさい。私は納得できていないの。あんたがだんまりを続けると言うなら、博麗大結界に傷をつけるのもいとわない」

 

 霊夢は虚空に向かって言葉を紡いだ。

 それは聞く者によっては背筋の凍るような恐ろしい声で、並みの妖怪なら裸足で逃げ出すほどの圧が籠っていた。

 

 数秒待ち、待ちきれなくなった霊夢がお祓い棒を手にしたあたりで虚空から手が出てきた。

 

「待ちなさい」

 

 服を脱ぐように透明な空間から出てきたのは、妖怪の賢者こと八雲 紫だった。

 そして空間にできた裂け目からその式神である八雲 藍が現れた。

 二人を見て霊夢が表情を崩す――怒りの表情に。

 

 霊夢が言葉を発する前に、紫が穏やかに微笑みながら口を挟んだ。

 

「あなたは私の言う通りにするという約束だったはずよ……十年以上前からね」

「それはその通りね。でも、私は我慢できないのよ」

「約束を違えると言うの?」

 

 藍が前に出ようと前傾姿勢を取ったが、紫が手を出して制した。

 後ろにいる藍の行動が手に取るようにわかっているようだ。

 

 依然として霊夢はお祓い棒を構えており、相手の出方を伺うように足を澱みなく動かしている。

 

「私は何かに縛られるのが嫌いなの。そのあんたとの約束っていうのにもね」

「まさか、あなたがここまで感情移入するとは思わなかったわ」

 

 怒りで顔を歪ませていた霊夢だが、お祓い棒を振って足踏みした瞬間にいつもの無表情に変わる。

 それを見て紫の口元から笑みが消えた。

 いままで沈黙を保っていた藍は周囲を見回すと独り言を呟くかのごとく口を開けた。

 

「これは……結界ですね」

「ええ、それも高度の。私たちでも破るのに時間がかかるわ」

 

 紫が何かを切り裂くように腕を振るうが、強烈な音ともに弾かれる。

 弾かれた手を見ると、そこは真っ赤に腫れていた。

 紫はその明晰な頭脳で傷の具合から結界の種類、強度までを計測する。

 藍はそれを邪魔させないように、油断なく霊夢を見つめていた。

 

「別に結界を解く必要はないわ。あんたたちはここで私に倒されるんだから」

「へえ、大口叩くわね。異変を後輩に任せて自分は関係ない妖怪退治ってわけ?」

 

 霊夢は右手にお祓い棒、左手に陰陽玉を構えた。

 藍もそれを見て臨戦態勢に入る。

 藍の九尾が敵意を持って霊夢の方向を向いていた。

 毛は全て逆立ち、大妖怪本来の力が滾る。

 この場において平静でいるのはただ一人、紫のみである。

 

 紫はいつもの余裕を保った笑みを失くしているが、依然として武器を構えたり、体を緊張させたりすることがない。

 

「この異変において、いま戦うことの必要性はあるのかしら?」

 

 紫は自分の質問に答えることのなかった霊夢にもう一度話しかけた。

 次の問いは停戦を促すものであり、紫自身この場で霊夢と戦うのは好ましくなかったのだ。

 霊夢は目に闘志を宿らせて厳かに頷く。

 

「これから起こるのはこの異変のエクストラステージよ。先代の巫女に退治される異変の“元凶”のお話」

「ふうん、そういうわけ。貴重さで言えばファンタズム――幻のようなものだと思うけどね」

 

 紫は霊夢の言葉にうんうんと頷いた後、一度目を閉じた。

 

 そしてその目を開いた時、紫から完全に甘さが消えていた。

 霊夢を睨むその目はどこまでも冷たく、どこまでも透き通り、どこまでも残酷だ。

 

「藍、行くわよ。最強の博麗が相手では、私たち二人でも厳しいかもしれないわ」

「……御意」

 

 霊夢の張った堅固な結界が膨張して張り詰めた。

 三人の霊力、妖力がぶつかり合い、あまりにも強力なそれらが外に漏れる。

 もしもまだ神社に麟がいれば、異常に気づいたかもしれない。

 幸いなことに麟は既に神社を発った後だった。

 

 この異変で起こった最初の戦いは、ステージファンタズムという弩級の難易度だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、麟が慌てて萃香に事を説明しているところまで戻る。

 萃香の反応は思ったよりも薄く、普段の彼女からは考えられないことだが、何かを思案しているようだった。

 

「よし、決めた」

 

 萃香はポンと手を打ち叩くと体を縮めた。

 これは比喩でもなんでもなく、萃香の体が本当に縮まったのだ。

 掌サイズまで縮んだ萃香は麟の肩にしがみつく。

 

「麟が巫女の代理だって言うんなら、それについて行くのがマスコットキャラクターの役目よ」

「あー、うん。考えてたのはそのことなんだ?」

 

 異変については一日の長、どころか十年以上の長がある萃香が考えていたのは麟の期待と外れていた。

 それが鬼としてどうなのかとは思うが、前回の異変での同行者としての地位に萃香なりの矜持があるように見て取れた。

 

 さて、それはともかく異変と魅子のことが一大事である。

 

「急がないと」

「そうだな。まずは白玉楼に向かうことが先決だと思う」

「はくぎょくろう?」

 

 聞き慣れない言葉にオウム返しをする麟。

 その場所はかつて冬が延びるという大異変を引き起こした元凶の住む場所だった。

 紅霧異変の次に来るのは当然――

 

「春雪異変だ」

「春雪……春の雪?」

「そうだ。この場合は冬の桜、冬桜異変とも言えるかもしれないけど」

 

 そう、当時の異変は春に起こったのだ。

 春に異常発生する雪。その異変の首謀者が白玉楼の主だったのである。

 今回の異変もそこが主犯だと見て間違いない。

 そして魅子が攫われたこともそれと無関係だとは思えなかった。

 

「さあ、急ぐぞ麟!」

「うん!」

 

 萃香と麟は飛び立った。

 飛び立ってから麟のポーチからガサゴソと音がした。

 ポーチから顔を出したのは麟のマスコット的存在、亀の玄武である。

 

「ん、玄武。どうしたの?」

 

 麟の質問には応えず、玄武はただ博麗神社のある一点を眺めていた。

 そう、霊夢と紫たちが激戦を繰り広げているであろう場所だ。

 

 麟は結局霊夢たちの戦いに気づくことなく飛び立ってしまった。

 そしてその後を追う者が一人。

 

「りんちゃん!」

「魔理亜?」

 

 後方から飛び出してきたは魔法使いの妹『霧雨 魔理亜』である。

 魔理亜は普段の彼女からは考えられないほど慌てた様子で箒を駆り立てていた。

 そして彼女はそのまま麟の肩を掴むと、額がくっつくほど近づけた。

 

「みーちゃんに何かあったの!?」

「え、魔理亜……どうしてそれを?」

 

 麟は戸惑ったまま頷き、それを見た魔理亜は項垂れた。

 魔理亜を危険視していた萃香は彼女の予想外の反応に疑念を抱く。

 友達を心配するような性格には見えなかったのだろう。

 それだけ魔理亜にとっての魅子は特別だということだ。

 

「みーちゃんはやっぱり白玉楼にいるのね?」

 

 魔理亜の目に奇妙な模様が浮かぶ。

 すると魔理亜は確信を持って魅子の所在を言い当てた。

 麟はそれを不思議に思いながらも頷く。

 

 そして、魔理亜は箒を空に走らせる。

 

「行きましょう。みーちゃんを助けに行くのよ」

「うん! もちろんだよ!」

 

 先行する魔理亜に追いつくよう、麟は目一杯スピードを上げた。

 麟の肩にしがみつく萃香は、鬼の握力で麟の服を握りしめながら魔理亜について思案していた。

 

 山を越え、林を越え、竹林を越え――白玉楼のある冥界に近づくたびに周囲の春度は増していく。

 周りのほぼ全てが春景色に切り替わった時、萃香は思考を中断した。

 奇妙な力のぶつかり合いを感じたのだ。

 

「麟、止まれ!」

「うっ……」

「あれを見ろ!」

 

 鬼の大声が耳元で響き、麟はうめき声を上げる。

 しかし、萃香の指差した方向を見るとその痛みは吹き飛んだ。

 

 そこで繰り広げられていたのは妖精同士のぶつかり合い――さながら妖精大戦争のような様相を醸し出していた。

 白い妖精と青い妖精が空で弾幕ごっこを繰り広げている。

 それもじゃれ合いでは済まないレベルの勝負だ。

 

「チルノちゃん!?」

 

 麟は青い方の妖精の名を呼んだ。

 前回の異変以降、魅子と特に親しくなった氷精『チルノ』だ。

 チルノは普段の明るく人懐こい笑顔を浮かべることなく、苦しそうな表情を浮かべて弾幕ごっこをしている。

 これは楽しんで弾幕ごっこをするというポリシーを持つ彼女にしては珍しいことであり、麟は自分の目を疑った。

 

 妖精の中でも随一の実力を持つチルノを追い詰めているのは、やや様子のおかしい妖精だった。

 白い帽子に白いワンピースの彼女はどこか虚ろな表情で暴れまわっているだけであり、明確な意思が存在してないように感じられた。

 

「あれはリリー・ホワイトだな。春告精っていう妖精だ」

「なんだか、暴走してるみたい」

 

 萃香が語る通り、彼女は春を告げる妖精のリリー・ホワイトである。

 魔理亜も彼女を知っていたため、その様子がおかしいことはわかっていた。

 それを調べるために先ほどから黙って様子を観察していたのだ。

 

「あれは……どうやら、春を彼女に注入したようね」

「春を? それは一体どういう……」

「昔の異変が起こった時に異変の首謀者が集めていた物よ。それを春の妖精に注ぎ込むなんて、面白いことをするわね」

 

 魔理亜は感心したように頷いているが、チルノの表情を見る限り面白い事態ではない。

 あの明るくて笑顔の似合うチルノがあんな表情をしているのだから、とても楽しんで弾幕ごっこをしているわけがない。

 麟はすぐさまチルノの下へ行こうとした。

 しかし、麟は推力が上がる前に押さえつけられてしまった。

 そう、隣にいた魔理亜に。

 

「りんちゃん待ちなさい。いまはみーちゃんを助けることが先決でしょ?」

「で、でも……チルノちゃんが困ってるのも見捨ててられないよ!」

 

 麟が抗議するために振り返って見た魔理亜の目は底冷えするようだった。

 魔理亜の持つ暗い一面を垣間見るのは麟にとって初めてかもしれない。

 それだけにそれは麟へ衝撃を与え、同時に前回の異変を通して成長した麟はそれを跳ね除けるだけの精神力を持っていた。

 ゆえに、麟の次の言葉は――

 

「ごめん!」

 

 謝罪の言葉だった。

 これには魔理亜もキョトンとして麟を眺めるばかりだ。

 いままで魔理亜が本気になった相手は、彼女に対して怯え、怒り、嫌悪してきた。

 それが麟はどうだろう。彼女はそれら全ての感情を一切見せることなく、ただ魔理亜に謝罪した。

 この謝罪は怯えから来るものではない。

 明るく、元気に。麟らしい謝罪だった。

 

「絶対に魅子を助けるから、いまはチルノちゃんを助けさせて! お願い、いまだけはお願い!」

 

 麟の真っ直ぐな想いが届いたのか。

 それとも魔理亜が麟を見限ったのか。

 魔理亜は溜息を吐くと首を竦めて体を翻した。

 

「はあ……じゃあ、ここはりんちゃんに任せて先に行くとするわね」

「……ありがとう!」

 

 魔理亜が飛び立つ直前の表情は妙にスッキリしていて、彼女らしくはなかった。

 だが、ここでまた友情が育まれたのは事実だ。

 もしも麟に危害を加えるようなら割って入ろうと身構えていた萃香は魔理亜の意外な一面と、麟の意外な影響力を見てその矛を収めた。

 萃香は、麟をまるで霊夢のように人を惹きつけ、魔理沙のように人を動かす不思議な人物だと感じた。

 そしてその感想は概ね正しい。

 

 ともかく、麟と魔理亜は別行動をすることになった。

 魔理亜は白玉楼へ。麟は目の前の妖精たちを止めるために。

 

 麟は魔理亜を見送るとチルノたちに向き直った。

 チルノは未だ苦戦を強いられていて、暴走するリリーが有利に見える。

 チルノが不利な理由はそれだけではないように思えた。

 

「チルノちゃん!」

 

 麟はチルノの前に立つと、博麗式の結界を張った。

 霊力と魔力の両方を扱える彼女は密かに霊夢と魔理沙に師事していたのだ。

 まだ魅子のように安定した力は出ないが、少しの間壁として機能する程度には結界を扱える。

 

 チルノは突然現れた麟の姿に目を丸くした。

 

「麟!? どうしてここに……」

「話は後! 二人でこの子を止めるよ!」

 

 麟は結界を維持したままポーチから玄武を外に出す。

 そして玄武の背に乗ると懐から八角形の箱を取り出した。

 それは魔法使い御用達『八卦炉』だ。

 

「発射まで時間がかかるから、チルノちゃんは足止めをお願い!」

「うん、わかった! リリー、氷漬けにしてやるから待ってな!」

 

 チルノは結界から飛び立つと、リリーの放つ弾幕の隙間を縫って彼女に近づいて行く。

 麟が来たことで心に余裕ができたのか、チルノの動きはいままでと違って活力を取り戻していた。

 

 そしてリリーが射程範囲に入った瞬間、チルノはスペルカードを掲げた。

 幻想郷を生きる者の矜持として、スペルカードの利用を忘れない。

 

「凍符『パーフェクトフリーズ』!」

 

 リリーの周囲の水分が一気に凍結し、一時的に彼女の体を空中に縫い止めた。

 そしてタイミング良く麟の準備が終わる。

 

 八卦炉は赤く輝き、魔力が十分に込められている。

 麟の口元にはいつの間にかスペルカードが咥えられていた。

 

「行くよ! 恋符『マスタースパーク』!」

 

 極太のレーザー光線がリリーを貫いた。

 麟の放った『マスタースパーク』は周りの花びらをかき消しながらリリーを吹き飛ばす。

 

 慣れない大技を放ったからか、麟は肩で息をしている。

 リリーを吹き飛ばしたことですっかり油断している麟だが、チルノはまだ表情を引き締めていた。

 

「麟、まだリリーは生きてる!」

「えっ……」

 

 遠くの方。周りの木々を芽吹かせながら飛行してきたのはまさしくリリー・ホワイトだった。

 未だ錯乱したような様子の彼女は白い弾幕を放ちながら突進してくる。

 

 先ほどのダメージをまったく感じさせないリリーを見て、麟は魔理亜に手伝ってもらえばよかったと後悔する。

 

「……あの子、頑丈すぎない?」

「うん、あたいもこんくらい戦ってる」

 

 そう言ってチルノが指を三本立てた。

 麟はそれを見て口に手を当てて驚く。

 

「三十分も戦ってるの!?」

「ううん、三時間」

 

 チルノの言葉に麟は絶句する。

 三時間も戦っていればいつも明るく元気なチルノだって疲労で表情に良くないものが出るわけだ。

 

 その時、肩の萃香が麟の頬を掴んだ。

 

「麟、私が力を貸してやる」

「萃香が?」

「異変に関わるのは私の矜持に反するんだけど……チルノの根気、そして麟の思いやり――気に入った」

 

 萃香は凶暴に笑った。

 普段のお茶らけた様子とは異なり、鬼の風格が伝わってくる。

 その威圧感は麟の髪を逆立てるほどだった。

 

「じゃあ、楽勝だね!」

「ただし――」

 

 麟の喜びを止めるかのように萃香は指を立てて彼女の口元を押さえた。

 

「協力はしてやるけどお前たちも努力するんだ。麟はリリーにギリギリまで接近しろ。チルノは援護だ」

「あの子に近づいてどうするの?」

「私の能力で大人しくしてやる。とりあえず近づくことを考えな」

 

 萃香は不敵な笑みを浮かべて麟の首を叩いた。

 どうやら、彼女は小さくなったままリリーを制するつもりらしい。

 

 そのために麟が萃香を運んで行く必要があるのだ。

 萃香はあくまで協力するのみで、彼女自身が一人でリリーを制圧することはない。

 

「さあ、作戦開始だよ」

 

 萃香の言葉を皮切りに麟がリリーに向かって突貫した。

 リリーの弾幕は『マスタースパーク』を受けてから過激に、密度が濃くなっている。

 これがスペルカードルールに則った勝負でないにしろ、ただの人間であるはずの麟が暴走した弾幕を受けて無事で済むはずがない。

 

「氷符『アイシクルフォール』!」

 

 チルノはスペルカードを取り出して大量のつららを発生させた。

 何度となく使用されてきたスペルカード『アイシクルフォール』だが、同時にこのカードは何度となく破られてきた。

 先代の時から始まり、霊夢や魔理沙。それに今代の博麗の巫女にも弱点を突かれて突破されている。

 そのため、萃香はチルノの援護に不安を感じていた。

 

「麟、もっと細かく動け! 弾幕をよく見るんだ!」

「う、うん!」

 

 萃香の指示に従おうとするが、麟の動きは精彩さに欠ける。

 弾幕ごっこの経験が圧倒的に不足している彼女にとって、リリーのこの反則気味の弾幕は厳しいものがある。

 経験豊富なチルノならばこの弾幕を突破できるはずだが、萃香が提案したのは“麟”がリリーに近づくことだ。

 異変の解決には人間を――この暗黙の了解を守ることを前提として萃香は麟に協力しているのだ。

 

「麟! 右だ!」

「えっ……」

 

 左から来た弾幕を避けたとき、麟は右側への注意が疎かになっていた。

 リリーが放つ凶悪な白い弾幕は麟から見て右側から迫っていた。

 避ける暇も、スペルカードを取り出す隙もない。

 

「っ……」

「目を開けろ! まだやられてないぞ!」

 

 咄嗟に目を瞑ってしまった麟は萃香の一喝で目を開いた。

 痛みも、迫りくる弾幕も消えていた。

 見るとキラキラと輝く氷のつららが、リリーの弾幕を一網打尽に切り裂いていた。

 

「麟、あたいが全部打ち落としてやるから安心しろ!」

 

 後ろから聞こえてきた声はチルノのものだった。

 チルノの操るつららはよく見ると意思を持って動いているように見えた。

 以前までの『アイシクルフォール』とは違う。

 チルノをよく知る魔理沙ならば、彼女のスペルカードが昔のような、自由な力を取り戻したと言うだろう。

 

 第二次紅霧異変では悪い意味でよく考えて戦っていたチルノだ。

 彼女にそんな戦略や知略は必要ない。何も考えずに戦うことこそ、彼女らしい強さを発揮する最良の方法なのである。

 

 良い意味で萃香の期待外れ――チルノの意外な貢献が功を奏する。

 麟は薄くなった弾幕の隙間を通りながらリリーにぐんぐん近づいて行く。

 

「よし、麟。あいつの動きを止めろ!」

「了解――風符『風虎咆哮』」

 

 麟が切ったスペルカードから、虎を模した風が飛び出した。

 虎はリリーの弾幕を振り払いながら、彼女に力強く噛みついた。

 

 一瞬、リリーの体が硬直する。

 

「今だ! 私をあいつに投げつけろ!」

「えっ……はい!」

 

 麟は萃香の指示に戸惑いながらも彼女の小さい体をわしづかみにしてリリーに投げつけた。

 萃香は空中をクルクル回転しながらリリーの首元あたりに着地した。

 そして――

 

「鬼符『ミッシングパワー・マイナス』」

 

 萃香がそう呟くとリリーの体が少し縮んだ。

 よく観察すると、リリーに見た目以上の変化が生じていることがわかる。

 縮んだ体以上に小さくなった力。そして弾幕も既になりを潜めている。

 

 気絶したリリーが重力に従って落下を始める。

 チルノと麟が慌てて駆けつけようとすると、リリーの落下が急に止まった。

 

 リリーをしっかりと掴んで宙に浮かせていたのは萃香だった。

 鬼の剛腕は自分より遥かに大きいリリーの体を空中に縫い付けていた。

 

「これで春の異変自体は一件落着みたいだね」

「リリー!」

 

 チルノはリリーに近づいて体を揺さぶる。

 その手を見て萃香が口を出した。

 

「いまは気絶してるから、安静にしてやりな」

「あっ……」

 

 チルノが慌てて手を引っ込める。

 妖精が人間と同じで安静にする必要があるかはわからないが、それでもチルノは慎重に萃香からリリーを受け取った。

 

 これで春の異変については一件落着――かと思われたが。

 チルノは友人のリリーが無事元に戻ったというのに、未だ浮かない顔だ。

 

「チルノちゃん、どうしたの?」

「……まだ、終わってないんだ。あたいのもう一人の友達――レティがいなくなっちゃったんだ」

 

 チルノは自分で口にして更に落ち込んだ。

 戦いが終わったことへの安心感、元のリリーを取り戻した安心感といったプラスの気持ちがどんどん萎んでいく。

 その様子から、チルノのもう一人の友人『レティ』と面識のない麟にもその人物が彼女にとってどれだけ大切か伝わった。

 

「レティって、あの冬の妖怪か?」

「そう、レティが……妖夢に連れて行かれたんだ」

「ようむ?」

 

 続けて知らない名前が出て麟は混乱する。

 萃香だけは納得したかのように頷いていた。

 

「つまり、冬の妖怪を連れ出して何らかの封印を施しているんじゃないか?」

「封印? 施している? 萃香、そんな難しい言葉使って大丈夫?」

「馬鹿にするな。こう見えて途方もなく永い年月生きてるんだから」

 

 むしろ難しい言葉に困惑していたのは麟とチルノだった。

 チルノに至っては頭が混乱してしまったようで、目を回している。

 

 難しい言葉云々で萃香の考察は流されてしまったが、概ね良いところを突いていた。

 異変の首謀者の真の目的が何にしろ、冬に春を起こすのが一つの目的だったのは間違いない。

 

「そのレティさんもやっぱり白玉楼にいるのかな?」

「そうだ。妖夢はそこの庭師だからな。きっと白玉楼に囚われているんだろう」

 

 麟の考察も中々的を得ていた。

 まあとは言っても、この異変の最中に妖怪をさらうような人物はまず間違いなく異変の首謀者だろう。

 

 つまり、三人の目的は共通している。

 

「じゃあ、私たちの目的地は一緒だね」

「ああ、白玉楼だ」

「うん、あたいも行く!」

 

 チルノが勢い込んだところで、腕の中のリリーに目を向けた。

 彼女をこのまま放置することはできない。

 かといって、連れて行くには大きな荷物である。

 

「大ちゃーん!」

 

 チルノが突然出した大きな声に麟は体を震わせた。

 その小さな体から発せられたとは思えないほどの大声はこの広大な空の下で響き渡る。

 そして、山彦のように声が返ってくる。

 

「チルノちゃーん!」

 

 緑色の妖精が、桜色の山から飛んできた。

 彼女はニッコリ笑顔で笑いながら手を振っている。

 背中から生えている羽を見る限り妖精だということはわかるのだが、その彼女が突然現れた理由が麟と萃香にはわからなくて困惑していた。

 

「チルノちゃん。リリーちゃんは?」

「大丈夫! これからあたいは異変のげんきょーってやつをやっつけに行くから、大ちゃんはそれまでリリーをお願い」

「うん、わかった! 気をつけてね」

 

 大ちゃんと呼ばれた彼女はリリーを受け取ると麟と萃香の方を向いた。

 突如として現れた彼女が敵ではないことはわかっているが、それでも麟は若干緊張していた。

 

「チルノちゃんをお願いします。レティさんは、チルノちゃんの大切なお友達なんです」

「……ええ子や」

「……いい子だね」

 

 彼女の去っていく緑色の頭を見ながら萃香と麟はしみじみと頷いた。

 麟は彼女に対してわずかに警戒心を抱いていたことを恥じた。

 

「よし、レティを助けに行こう!」

「それに、魅子もね」

「なにぃ!? 魅子も捕まってるの!?」

「あ、そういえばこいつに言ってなかった」

 

 チルノはとっくに事情通になっているつもりだったが、そんなことはなかった。

 元々麟と萃香は魅子を助けるために白玉楼に向かっていたのだ。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 麟の言葉で三人は白玉楼のある方向へ飛び立った。

 そして、麟は先にいるであろう仲間のことを思い出す。

 

「まずは、魔理亜と合流しないとね」

「うげっ、あいつも来てるの?」

 

 魔理亜の名前が出た途端、チルノは苦虫を噛み潰したような顔をして唾を吐いた。

 どうにも魔理亜はいろんな方面から嫌われているようだ。

 チルノも前回の異変でめっためたにやられている。

 

 魔理亜に対して特に悪感情を持っていない麟はそのことについて素直に疑問を感じ、それを言葉にした。

 

「どうして魔理亜のことが嫌いなの?」

「うーん、実はあたいってばあいつと昔からの知り合いなのよね。だからあたいはあいつのお、お……おなじみ?」

「幼馴染か?」

「そう、それ!」

 

 チルノは飛びながら首を捻り、昔を懐かしむように目を細めた。

 ただしその顔は先ほどのように悪感情に包まれてはいない。

 

「確か、昔はまだ魔理沙の妹って知らなかったんだよ。突然寺子屋を出たと思ったら、いつの間にか魔法使いになってて……」

「寺子屋にいたのか?」

 

 興味深そうに萃香が聞いた。

 さっきから萃香はチルノの話を興味津々で聞いている。

 魔理亜の昔話を聞くことで、秘密の多い紫よりも謎に包まれている魔理亜の正体を探る鍵になると思ったからだ。

 強い相手は怖くない。怖いのは、わからない相手だ。

 

「そう、寺子屋で慧音の授業一緒に受けてた。一緒にかくれんぼしたり、一緒に廊下に立たされたり……」

 

 たくさんの“一緒に”がチルノの口から出てくる。

 聞いている限りだと、チルノと昔の魔理亜は相当仲が良かったようだ。

 麟と萃香はそのことに驚いたが、何よりチルノ本人がそのことに気づいて驚いたようだ。

 

「そっかー、あたいあいつと仲良かったんだなあ。なんであいつ、あんな風になっちゃったんだろ」

 

 チルノは少し下を向いて顔を曇らせる。

 麟にはピンと来ないが、いまの魔理亜が当時とだいぶ様変わりしているのであろうことは予測できた。

 そして、いま話に上がっている当の本人はというと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し時間は遡り、魔理亜はピンク色の地面の上を優雅に、そしてスピードを出して飛んでいた。

 そして、魔理亜の豊満な胸元がもぞもぞと動き出した。

 

「ぷはっ」

 

 魔理亜の服の胸元から苦しそうに抜け出したのは、紅魔館の図書館在住の魔法使い――の使い魔である小悪魔だ。

 宴会以降、小悪魔は魔理亜に絶対服従の僕としてこき使われていた。

 

「よくもこんなところに閉じ込めてくれましたね!」

 

 小悪魔はキーキー声でそうわめき散らした。

 魔理亜は微笑んでから小悪魔の小さい頭を指で叩いた。

 

「……いたいです」

「ふふ、ごめんなさい。説明が面倒くさかったのよ。いまは急いでるし、許してくれるわよね?」

 

 魔理亜がそう“お願い”すると小悪魔の額が妖しく輝いた。

 そしてその光を覆い隠すように小悪魔が手をやる。

 

「ううっ……」

 

 どうやらその光は苦痛を伴っているようで、小悪魔はうめき声を上げる。

 魔理亜は痛みで大人しくなった小悪魔を見て満足気に頷くと更にスピードを上げた。

 姉の魔理沙もスピードを自慢にしていたが、魔理亜の出す速度も中々のものだ。

 

 異変で興奮している妖精たちも襲い掛かる暇もなく、たまにぶつかった妖精は錐もみ回転しながら吹き飛ばされた。

 スピードの乗った魔理亜を止められる者は幻想郷にも数えるほどしかいない。

 

 そして、そのほとんど誰にも止められない魔理亜を止める者がいた。

 

「おっと」

 

 魔理亜が声を上げて、不自然な急ブレーキをかけた。

 そのことを疑問に思い、小悪魔は痛みの引いた頭で理由を考える。

 周囲を見回しても何もなく、誰もいない。

 冥界にはまだ遠く、幽霊の姿も見えない。

 

 では、誰が魔理亜を止めたのだろうか。

 なぜ、魔理亜は止まったのだろうか。

 

「魔理亜さん、いったい……」

「よく見なさい、魔法の糸が張り巡らされているわ。あのまま通っていたら――私たちただじゃ済まなかったでしょうね」

 

 小悪魔は魔理亜の言葉で自分の体がバラバラになる想像をしてしまう。

 それを考えると体が震えた。

 想像を振り払うように首を振り、小悪魔は前を真っ直ぐと見据えた。

 目を凝らすように魔力を集中させて糸があるであろう場所を眺める。

 

 ジーッと見つめていると薄ら紫色の細い線が見えた――気がした。

 ちなみに、魔法の糸が見えないのは小悪魔の実力が低いからではない。

 糸を巧妙に隠している魔法使いの実力が高いだけだ。

 そして、その実力ある魔法使いというのは――

 

「アリス・マーガトロイド」

 

 魔理亜がそう呟くと、金髪の少女が姿を現した。

 魔理亜よりも透き通るような金髪はまるで作り物のようだ。

 それどころか表情まで人工的で無機質だ。

 

「わざわざフルネームで呼んでくれるなんて、ありがとう。ちょっと前までは師匠って呼んでたのにね」

 

 アリスはそう言って微笑んだ。

 不思議なことに、彼女が笑うといままでの人工的で気味の悪かった表情は突然人間らしくなった。 

 

 魔理亜の口元は依然として孤を描くことはない。

 アリスが現れてからというもの、魔理亜の笑みは止まっている。

 

「あら、黙っちゃってどうしたの?」

 

 アリスはクスクスと笑って尋ねた。

 それに応えず、魔理亜は目をあちこちに動かしている。

 ここから逃げる場所を探すためだ。

 

「……私に何の用なの?」

 

 魔理亜は自分の後方まで確認した挙句、逃走するのを諦めた。

 ついにはアリスへ質問する形で応えた。

 ただし絞り出すように、嫌々という様子で。

 

「ただお話しにきただけよ。パチュリーから最近小悪魔の様子が変だって聞いてね」

「話なんてする必要ないわ。私は急いでるの」

「まあ、聞きなさい」

 

 アリスがそう言って手を魔理亜に向ける。魔理亜はそれを見て空中で転ぶように回転した。

 魔理亜が先ほどまでいた場所は何も起こってない。

 なぜか魔理亜は冷や汗を掻いて自分のいた場所――アリスが手を向けた場所を見ていた。

 

「私を操り人形にするつもり?」

「良い目を持ってるわね。糸に引っかかれば楽に済ませたのに」

 

 見えない糸がアリスにも見えているのか、彼女は糸を眺めて残念そうに溜息を吐いた。

 魔理亜は冗談で言ったつもりだったのだが、アリスの様子を見る限り本気で操り人形にしようとしていたらしい。

 流石の魔理亜も背筋がゾッとした。

 

「さて、小悪魔のこととあなたの魔法のこと……洗いざらい吐いてもらいましょうか」

「……いやよ。絶対話さないわ」

 

 魔理亜は話ながら徐々に近づいてくるアリスから離れようと後ずさったが、後ろを見ると不可視の糸が張り巡らされていて逃げられない。

 八方ふさがり、万事休す。しかし、打つ手はある。

 

 魔理亜は懐から八角形の箱、八卦炉を取り出すとアリスに向けて構えた。

 それを見てアリスは両手を上げた。

 よくある降参のポーズだが、アリスのそれはやけに芝居がかっていた。

 

「そんな危ないもの振り回しちゃダメよ」

「このドーム状に張った糸を解きなさい。そして私の前から消えて」

 

 いつになく真剣な表情で武器を構える魔理亜を見て、小悪魔は自分まで緊張してきた。

 

「うーん、ちょっと考えてみるわね」

 

 アリスは思案するような素振りをする。

 顎に手を当てて、首をわざとらしく傾げて。

 

「……やっぱりダメね。昔の師匠に事情くらいは話してくれてもいいんじゃない?」

「警告はしたわ。二度目はないわよ」

 

 アリスは首を竦めて魔理亜の命令を断った。

 その仕草が癇に障ったのか、魔理亜は眉を吊り上げて八卦炉に魔力を込める。

 そしてそのまま、何の宣言もなしに巨大なレーザー光線を放った。

 それは麟の使った『マスタースパーク』より強大で、迅く――そして凶悪だ。

 

 小悪魔はアリスがいた場所から立ち込める煙を見て呆然とする。

 

「そんな……いきなり」

「あんな相手に手加減する必要はないわよ」

 

 魔理亜は八卦炉から器用に小さいレーザーを出して空中で固定した。

 まるで光の剣だ。

 それを真後ろの何もない空間に振り下ろした。

 何もないはずなのに、何かが切り裂かれる音がした。

 きっとアリスが張った不可視の糸が切れたのだろう。

 

「ここから早く抜け出さないと――っ!?」

 

 魔理亜は自分の右手を見ると目を見開いて固まった。

 可愛らしい顔した人形がニッコリ笑ってこちらを見ていたのだ。

 本能が逃げろと警告していても、魔理亜はその場から動けなかった。

 

 そして、来たるべき時が来た。

 人形が震え、その体が光り輝いて――爆発した。

 

「うわぁ!」

 

 小悪魔は爆発に驚いて声を上げた。

 爆風は思いの外小さく、小悪魔への被害はなかった。

 しかし、魔理亜の腕の被害は甚大だ。

 肉が剥がれ、真っ赤な血が滴っている。

 

「うわぁ……」

 

 同じ言葉で、違うトーンで小悪魔が声を上げた。

 悪魔に名を連ねる者が見ても眉をひそめるほどグロテスクな有様だった。

 魔理亜は表情を変えず、自分の腕ではなくある方向を見ていた。

 

「突然マスタースパークを撃つなんて、びっくりしちゃった。まあ、お互い様だけど」

 

 魔理亜が見ていたのは何事もなかったかのように、平然としているアリスだ。

 スカートの裾についた埃を払って腕組みする彼女はどこにも傷を負ってない。

 

「でも、スペルカード宣言をしないのはちょっと卑怯じゃない?」

「……あら、そっちこそ聞こえなかったけど?」

「ちゃんと魔符『アーティクルサクリファイス』って言ったわよ。小さい声でね」

 

 スペルカードを構えていたとしても煙で見えなかった。

 それがわかっていても済ました顔をする彼女が腹立たしく、魔理亜はギリギリと歯を噛みしめた。

 衝動的に八卦炉を持った右手を上げようとするが、痛みで腕が上がらない。

 舌打ちをして八卦炉を左手に持ち替えると、すぐさまレーザー光線を放った。

 『マスタースパーク』より小さく、速射に重きを置いた光線だ。

 

「おっと、堪え性がないわね」

 

 アリスにその光線が届く前に、どこからともなく現れた人形がレーザーを弾き飛ばした。

 おそらく先ほどの『マスタースパーク』もそうやって防いだのだろう。

 そして、アリスの背後から複数の武装した人形たちが現れる。

 どの人形もそれぞれが違った動きを見せ、どこか人間味を感じる雰囲気を醸し出す。

 七色の人形遣いと呼ばれる彼女の、本領発揮だ。

 

「くっ……」

「あ、それ私が教えた『人形を操る程度の能力』ね」

 

 魔理亜もぞろぞろと人形を取り出すが、そのどれもがアリスの物に比べて人間味や精彩さを欠いていた。

 人形のクオリティもさることながら、魔理亜は片腕で操作性も悪い。

 人形を操る上では絶対的に不利な勝負だった。

 

 だが、魔理亜は突然左手から伸びる魔法の糸を切り離した。

 それを見てアリスは一瞬キョトンとするが、魔理亜の人形たちを見てすぐに悟る。

 

「……自動制御なのね。まあ、出来は悪くないけど」

「人形単体の強さ、頑丈さは私の方が上よ。魔法を重ね掛けて、持っている装備だって――」

「やっぱり、あなたはまだ人形遣いとして“も”未熟ね」

 

 魔理亜の言葉を遮るようにしてアリスが言葉を重ねた。

 魔理亜は自分の言葉を飲み込んで押し黙った。

 なぜなら、いままで笑顔で接してきたアリスがここで初めて笑顔を消したのだ。

 

「最悪、あなたの意思を支配してでもその腐った考えを矯正するわ……操符『乙女出陣』」

 

 アリスが指を動かす。

 全ての人形たちが武器を持って賑やかに動き出した。

 剣、槍、斧、弓――それぞれが魔理亜を突き破らんとガヤガヤ音を立てた。

 

「っ……急いでるのに!」

 

 アリスのような余裕はなく、魔理亜は顔を歪めて人形たちを迎え撃った。

 あれだけ的が多ければ『マスタースパーク』で撃ち落とせないこともなさそうだが、一度防がれたことを考えると有効な手ではない。

 魔理亜にとっては屈辱だが、ここは逃亡を考える方が現実的だろう。

 

 さて、さっきから静かに事の成り行きを見守っていた小悪魔には一つ心境の変化が生じていた。

 魔理亜に呪縛をかけられてからというもの、小悪魔の魔理亜への嫌悪感は天井知らずだった。

 だが、今日という日はいつもと違ったのだ。

 

――みーちゃんが危ない!

 

 突然そう言って魔理亜が自宅を飛び出したのを覚えている。

 小悪魔は荷物のように胸元へ押し込まれて窒息する思いをしたが、焦りから来る魔理亜の本気の鼓動を感じる分には不便がなかった。

 つまり、魔理亜が本気で魅子を心配していて、そのためにいま必死になっていることが小悪魔にはわかってしまった。

 

 小悪魔は悪魔らしからぬ心優しい性根を持っている。

 そのおかげで気難しいパチュリー・ノーレッジとも上手くやってるし、一癖も二癖もある紅魔館の住人とも仲良くしている。

 ただ、この時ばかりは自分の優しさが嫌になっていた。

 

 小悪魔は自問自答する。

 こいつはパチュリー様、フラン様を傷つけた。

 だけど、友人を想う気持ちに罪はない。

 こいつは、私の意思を縛っている。

 だけど、友人を心配する気持ちは本物だ。

 

 いくつもの“だけど”が小悪魔の心を溶かしていった。

 

「くっ……この相手に片手じゃ、厳しいか」

 

 思わず苦笑いを浮かべながら、魔理亜はアリスの人形たちの猛攻から逃れていた。

 魔理亜の人形は既に二つ破壊されている。

 彼女自身が語っていた通り魔理亜の人形は丈夫で頑丈だったが、アリスの人形たちは巧みに攻撃を重ねて各個撃破していったのだ。

 やはり、人形遣いとしてはアリスが一枚も二枚も上手だ。

 

「……小悪魔ちゃん、何をしているの?」

 

 魔理亜がふと自分の右腕を見ると小悪魔がのそのそと傷口まで移動していた。

 そして、その場で手に魔力を込めて傷口を塞ぐ。

 魔法に精通している者なら見ればすぐにわかるのだが、これは治癒の魔法だ。

 魔理亜はそんな命令を小悪魔に出した覚えはない。

 

「ただの治療です……このままだと、友達を助けられないんでしょう?」

「そう、ね……ありがとう」

 

 魔理亜は弱々しくお礼を言った。

 

「っ……だけど、あなたを信頼したわけじゃないですからね!」

 

 魔理亜のあまりにも素直な、誠実なお礼を聞いて小悪魔は顔を赤くして反論した。

 その様子がなんだかおかしくって魔理亜は笑った。

 今日初めて心からの笑みを浮かべた。そんな気がした。

 

 遠目に見ていたアリスにも何か伝わったのか、眉を寄せて二人を観察していた。

 小悪魔の様子がおかしいのと、魔理亜の笑顔。会話は聞こえなかったものの、小悪魔が悪いように扱われているとは思えなかった。

 

「右腕が治るまで片手でがんばってください」

「ええ、わかったわ」

「それから……」

 

 小悪魔は傷口から目を離さずに言葉を続けた。

 

「スペルカードを使ってください。あなたは、幻想郷の住人なんですから」

「……わかったわ」

 

 思いの外素直に返事をした魔理亜にギョッとしながらも、小悪魔は腕を治療する手を休ませない。

 魔理亜は小悪魔に言われた通り、胸元からスペルカードを取り出す。

 どうでもいいが、何でも胸元から取り出す女である。

 

「今度はスペルカードを使うの?」

「ええ、まあ……気が変わったのよ」

 

 歯切れ悪くそう言う魔理亜にアリスは怪訝な顔をするが、やがて笑みを浮かべた。

 

「そういうことなら、今度はちゃんとした弾幕ごっこをしない?」

「それはお断りするわ。急いでいるの」

 

 アリスの提案を一蹴して魔理亜はスペルカードを掲げた。

 これ以上、時間をかけるわけにはいかないのだ。

 

「恋符『ディレクショナルレーザー』」

 

 八卦炉から光が溢れ出し、溢れだした光はアリスの人形に襲い掛かった。

 精確で鋭く狙い撃った光線はアリスの人形の何体かを破損させた。

 レーザーが掠った箇所はなぜか発光している。

 

「連恋『エディショナルレーザー』」

 

 魔理亜が再びスペルカードを掲げると、レーザーがぶつかった場所が爆発した。

 発光していた箇所から新たなレーザーが生まれ、人形を内部から崩壊させたのだ。

 アリスは二段構えの華麗な攻撃に思わず口笛を吹く。

 それゆえに、魔理亜と弾幕ごっこができないことを悔やんだ。

 

「さあ、あなたの兵隊もだいぶ数を減らしたわ。諦めてくれる?」

「まだまだよ。私の人形はそれくらいでへこたれたりしないわ」

 

 アリスが指を動かすと、破損した人形が彼女の下まで後退した。

 そして、人形たちは独りでに自分の体を修理し始めた。

 自己修復機能まであるなんて、とんでもない人形たちである。

 

 先を急ぐ魔理亜にはこれが歯がゆくてしょうがない。

 同じ手が二度も通用する相手とは思えないし、新しい手を考えて戦い続けてもきりがない。

 

「……治りましたよ!」

 

 小悪魔が魔理亜の肩に戻り、腕の完治を告げた。

 それを聞いてすぐに治った右手で新しい八卦炉を取り出した。

 スペルカードも忘れずに口に咥える。

 

「恋心『ダブルスパーク』」

 

 二つの八卦炉から生み出される莫大なパワーはアリスと魔理亜の中間にいる人形たちを飲み込んだ。

 巻き込まれた人形たちはあまりの破壊力にボロボロになり、とても修復不可能な有様だ。

 

 だが、魔理亜はまだ安心していない。

 アリスも当然『ダブルスパーク』の波に飲み込まれており、彼女のいた場所には煙が立ち込めている。

 その煙を魔理亜はジッと見つめ、更に周囲への気配りも忘れない。

 先ほどのミスを再び起こさないよう警戒しているのと同時に、魔理亜はアリスがこの程度で倒れるとは思っていなかった。

 

「やっぱり……」

 

 煙が晴れると、アリスがやはりそこに平然と立っていた。

 傍には二体の人形が控えている。

 その二体は彼女のトレードマークとも言える人形で、長年使い続けた相棒たちだ。

 

「上海人形、蓬莱人形……ありがとう」

 

 魔理亜はいままで以上に警戒心を高めた。

 彼女がこの二体の人形を出したということがどういうことなのか、よくわかっているからだ。

 

 魔理亜の警戒心が表に出ていたのか。

 それともアリスなりに何か想うところがあったのか。

 彼女は魔理亜に向けて柔和な笑顔を送った。

 

「そんなに緊張しなくてもいいのよ? いまからする私の質問に答えてくれたら、見逃してあげてもいいわ」

 

 アリスの提案に魔理亜は戸惑う。

 見逃してもらえると言うのなら願ってもないことだが、いくつかの想いがそれを邪魔する。

 プライド、負けん気、それに話せないこと……それら様々なものが胸に突っ掛かる。

 

 魔理亜の迷いを断ち切って背中を押してくれたのは、寄り添う小悪魔だった。

 

「魔理亜さん、何を悩んでいやがるんです。さっさと提案に乗ってここから抜け出しやがりなさい」

「……そうね。わかったわ、アリスの提案に乗ってあげる」

 

 魔理亜はあくまで上から目線だが、アリスはそんなことを気にしない。

 むしろ誘いに乗ってきた魔理亜を意外そうに眺めていた。

 ともあれ、魔理亜から乗って来るのなら話を続ける他ない。

 

「じゃあ、質問するわね。あなたがそこまで急ぐ理由はなに?」

「それは……みーちゃんが白玉楼に捕らわれているからよ」

 

 アリスは魔理亜の焦りを見抜いていた。

 魔理亜としてはやや予想外な質問が来たことに困惑して答えに窮したが、これには素直に答えられる。

 もし小悪魔を服従させている秘密や、自分の“眼”について聞かれたらどうしようかと考えていたが、そんな心配は杞憂だった。

 

 アリスは真実の正否を確かめるようにじっくりと魔理亜を見つめた。

 

 ほんの数瞬の間――と言っても魔理亜にとっては途方もなく長い間――アリスは見つめていたが、やがて微笑むと頷いた。

 

「よろしい。あなたの気持ちは伝わったわ。さっき外をチルノともう一人の女の子が飛んで行ったから、急いで追いかけなさい」

 

 アリスはそう言って二人を囲む魔法の糸を解除した。

 魔理亜は全ての糸が解けたのを眺めた後、アリスを油断なく見つめながら冥界の方へ飛び立って行った。

 

 アリスは魔理亜が見えなくなるまで見送り、一人ごちる。

 

「パチュリー……あなたが心配していた彼女は、まだなんとかなりそうよ。彼女の心には魔理沙のように、友情の光があるのだから」

 

 自分に魔理亜のことを見るようにお願いした紫色の魔法使いのことを考えながら、彼女は自らの家に帰って行った。

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