鎖色の物語に彩られる100通りの生き方   作:夏からの扉

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これより先は、『人類は衰退しました』のネタバレ要素が含まれています。
原作既読推奨です。
サブタイは気にしないでください。


ラベンダーの香りの車椅子に乗り込み机の引き出しを開ける人類は衰退しました

 

「どうしますです?」「どうもこうもないかと」「すべてはひしょがやったことです?」「きおくにございませぬ」「かがくのはってんにぎせいはつきものかと」「ぎせいのぎせいに?」「いちどはなってみたいものですな」「ひととはちがうおわりかた?」「あうとろーないきかた」「かちぐみやんけ」「しゃかいからあぶれたまけぐみですな」「ぐみぐみします?」「にんげんさんにおねがいして」「ぐみー」

 

 ……声が聞こえる。

 複数人数の……子供のような声が和気藹々と、統合性のない話をしているのが聞こえる。ぼんやりとした意識は覚醒と睡眠の狭間で揺れて、僕の鼓膜を心地よく揺らす声の意味を捉えない。

 こういうの、何て言ったっけ。馬耳豆腐?

 

「このにんげんさんをにんげんさんにもってけば、ほめてもらえます?」「おかしくれるかも」「ぐみー」「もってきます?」「おかしにはかえられませぬな」

 

 言葉が意識の隙間に入り込み、意識が潜水活動に入らないようにと脳味噌を持ち上げた。おかげで徐々に瞼にかけられた重力が軽減され、まどろみが目の奥から消えていった。

 

「もちはこびはどうやって?」「ちきゅうにやさしく?」「しぜんにおもねるふんいきで」「そりゅーしまでぶんかい?」「くうかんをつなげては?」「それだとかんたんすぎますな」「ぬるげーはきらわれますな」「おもしろみがほしいかんじ?」

 

 喜怒哀楽の真ん中の二文字が抜け落ちたような能天気な声が、BGMの役割から離れて脳味噌に吸収されるようになってきた。

 断片的には少しだけ、理解が及ぶ。

 

「ぼーるにしてころがします?」「ちゃんちゃんこでくるんだり」「ゆきだまにまきこむのもよろしいかと」「おおいわでぺったんこ?」「こてんてきすぎでは?」「あたらしさもひつようかもです?」「そうかも」「りゅうこうにのっかりたし」

 

 …………流行?

 覚醒した。

 

「……………………んん?」

『ぴ────────────────────────────────────っ!!??』

 

 いくつもの叫び声が重なって、鼓膜を良い具合に刺激した。声量は大きいけど決してうるさくない、良い悲鳴だと評論家気取りの脳味噌が勝手に診断する。

 そして良い悲鳴の目覚まし時計に起こされた僕は体を起こ────せない。

 なんだこれ。

 

「金縛り……じゃなくて、小さい紐っぽいので縛られてるのか。……ガリバーかよ」

 

 旅行に来たわけでもないというのにこの仕打ち。さっきまで周りにいたと思われる子供は気配すらも消え去っており、完全に放置されたような形になっている。

 

「……………………誰か助けてくれないかな」

 

 せめて、状況の説明くらいはしてほしい。助けてくれなくてもいいから、誰か何で僕がこうなってるのか説明お願いぷりーず。

 ……よく見てみれば(見れないけど)僕が寝転がっているのは、台車のような木造の車っぽい物体だということに気がついた。

 ええ、何かの弾みで転がりますよね、これ。

 僕史上未だかつてないピンチかもしれない。

 

「姐さーん!おかしなものを見つけましたー!」

「え?助手さん?おかしなものを見つけたんですか?」

 

 ピンチじゃなかったかもしれない。

 まるでご都合主義のギャグ漫画か巻き展開の三流小説かのごとく、誰かが僕を見つけてくれた。きっと、意識不明の内に見知らぬ場所で拘束されていた、というような不思議体験をしたことで主人公度が爆上がりとかしたのだろう。

 

「あのー、助けて貰えませんかー?」

 

 何の思慮もなく、相手の危険性を全く考慮に入れずに助けを求めた。

 

「……助手さん、あれ、何だと思います?」

「……自分にはちょっとわかりかねますが、台車に人が括り付けられてますね」

「……まあ、どんなに節穴な目で見たとしても台車と人でしょうね。ああ、なんというか、妖精さん絡みな予感が……。……大丈夫ですかー」

 

 初対面で悪いけど、大丈夫に見えるのかと問いたい。言わないけどさ。

 

「外傷はないようですけど……動けませんね。とりあえずこの拘束をどうにかしてくれると嬉しいです」

「あ、はい」

 

 ここでようやく少なくとも僕の知る場所ではない場所で誰とも知れぬ人物に身を任せることに危機感を覚えたのだが、完全に杞憂だったようで、普通に解放された。

 僕を助けてくれた二人組を見る。

 一人は背の高い女性。僕よりは低いけど。

 シックな服装と、ピンク色というアヴァンギャルドな髪色が素敵にミスマッチするかと思いきや、案外似合っていたりする。一見、深窓の令嬢っぽい。

 ピンク髪なのに。

 もう一人は金髪アロハの男の子。

 でも喋ってる言語はしっかり日本語だし、しかも若干江戸っ子気味。こっちはしっかりミスマッチ。

 彼は常識外だという、僕の常識にしっかりと当てはまってくれた。

 台車から降りて、久方ぶりの地上を堪能する。

 

「……助けていただき、ありがとうございます。……えーと、ここはどこでしょうか」

「え?ここはどこですかって?クスノキの里です。……もしかして、遭難者とか亡命者とかだったりします?」

「いえ、至って普通の迷子です」

 

 ……が、里って。いや、だって……え?里?いやいやいやいやいや、まさかまさか、ねえ。……でも、アレな髪色の人が日本語喋ってて、しかもここが里……。

 ……スルーの方向で。

 気にしないことにしよう。

 

「迷子……ですか。ここはお役所らしく盥回しにしたいのですが……」

「姐さん、どう考えても最終的に自分たちにお鉢が回ってきそうです」

「ですよねー、妖精さんの仕業っぽいですもんねー」

「妖精……?」

 

 妖精。妖精……ピクシー……フェアリー…………もしかして、僕を台車に拘束して、僕が起きたら耳障りの良い悲鳴を上げて去っていった子供のことだろうか。妖精、本当にいるのか……ファンタジーだな。

 スルー推薦で。

 聞かなかったことにしよう。

 

「一応職務なので聞いておきますが、何故貴方はそこにある台車のような物に縛られていたのですか?」

「寝て起きたらいつの間にか。投げっぱなしの誘拐ですかね」

「誘拐とはまた、私の手に負えないようなことを……」

 

 きっと、僕の家の資産(総額67万円)に目を付けた誰かが身代金目的で誘拐したに違いない。……冗談だと思いたいが、資産額が冗談ではない。冗談じゃねえと叫びたい。

 元の地にも色々と残してきたものはあるのだが、この新天地で新しく始めてみようとか思ってしまう額だ。バイトしようと増やした側から母親が溶かしていくし、本気でそんなことを考えてしまう。

 僕が遠い目でイラッとするほどにこやかに微笑む母親の幻覚を見ていると、ピンク髪の女性が自分の髪の毛に向かって話し始めた。

 

「……妖精さん、何か知ってますか?」

「さー?」

 

 妖精、と言うよりは、小人と称した方が自然な、体長十センチほどの小さな人が彼女の異様に長い髪の毛の中からぴょこりと出てきた。

 ……いや違う。出てきてない。スルーだスルー。

 …………見なかったことに「でもそこのにんげんさんちがうとこからきました?」するのは難しいかもしれない。超喋ってるし。

 

「違うとこって……自称迷子さんなんですから、そりゃそうなんじゃないですか?」

「にんげんさん、もわもわをとおりぬけてきたかんじ?」

「もわもわって何ですか、抽象的な」

「ぐたいてきにゆーと……じくうのひずみ?」

「時空の歪みって……」

 

 デフォルメされた体を揺らしながら、妖精が僕の価値観ではとうてい許容できかねることを軽々しく言った。そもそも妖精という生物そのものが許容し難いことだというのに、彼らはどこまで僕の精神を追い詰める気でいるのだろうか。僕の心は既に崖の上で魚の子になりかけている。

 

「おかしもてこようとしたらじこりました?」

「あららら……」

「かえれるかはうんしだいみたいな?」

「あららららら…………」

「……………………………………………………………………………」

 

 ……いや、うん。帰っても人生終了っぽいし、いいけどね……。うん。

 僕の人生、希望は前に進むしかないけど一寸先は闇で崖っぷち、みたいな。

 

「えーっと、妖精?」

「ぼくらようせい、ぴくしー。こんごともよろしくです?」

 

 どこか見知った口調で返された。この地にもそのゲームはあるのか。

 

「……ディアとか使えたりするのか……?」

「……ほいみならー……」

 

 使えるんだ。

 ていうか、その二つの違いって何があるんだ。

 

「……?姐さん、この台車、押したくなるようなボタンが付いてますよ!」

 

 えっと、助手くんだったか、アロハの彼が台車に付けられた、黄色と黒のデンジャーに塗れた模様をあしらう赤色のボタンを見つける。

 どう見ても、押してはいけないものだ。

 

「押したくなるようなボタン?……助手さん、押しちゃダメで」ポチッ。ゴゴゴゴゴゴゴゴ。「……手遅れでしたか」

 

 地響きではなけれど、強いて言うのなら噴射音ゴゴゴゴゴ。

 環境に優しくなさそうな煙モクモク。

 

 

「……妖精さん、あれは何でしょうか」

「こだいしゃ?」「かこみらいにいろんなものはこんで」「ぱしりですな」

 

 古代車、古台車……駄洒落ですか。もしあれがタイムマシンだとするならば、ここは過去か未来。どちらかというと異世界という感じなのだけど、あれは異次元にも行くことはできるのだろうか。

 というか、いつの間にか彼女の肩に乗る妖精が増えていた。注意して見ていなかったとはいえ、目線を逸らした覚えもないのだけど……。

 

「では、これはこのあとどうなりますか?」

「はっしん」「たいむとらべる」「ばっくとぅざふーちゃー?」

「じょ、助手さーん!急いでその台車から離れてー!」

 

 助手……がいるとなると、彼女は博士か何かだろうか。暫定的に博士ちゃんと呼ぶが、彼女が大声で助手くんに呼びかける。

 助手くんは博士ちゃんの言うことには非常に素直なようで、「あ、はい!今すぐに!」と、どこか接客業を思い起こすような対応で台車から離れる。彼には江戸前寿司が天職と見た。

 間一髪、彼が台車から離れた瞬間台車は急発進。ワームホールかタイムホールかよくわからないような穴を空間に開けて、僕に非現実感を残しながら穴の中に消えていった。

 博士ちゃんがこちらを申し訳なさそうに見る。

 

「あのー……もしかして、あれに乗ってどこかから来てたり……します?」

 

 あれがタイムマシンだとするのならそうだと、シンプルに首を縦に振って肯定を示す。

 

「しますよねー……。えっと、詳しい事情の説明は調停官事務所の方で祖父がしますので……付いてきてもらえますか?」

「アッハイ」

 

 いまいち脳内が加速する現実に追いつけそうにないまま、無警戒に空返事をした。

 僕の明日はプランBに似ていると、幻聴が聞こえた気がした。

 ねえよ、そんなもん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調停官事務所だと案内された建物は、ローマにありそうな上部が欠けている円形闘技場の形を摸していた。よく見ると、古ぼけて見づらい字で、『クスノキ総合文化センター』と書いてある……と思う。ところどころ虫食いのように穴あき箇所があった。

 十五の夜に誰かが割ったような窓ガラスはその通気性を誇るように埃や塵を出し入れする。

 ……大丈夫なんだろうか、調停官事務所。僕の中の調停官に対する不信感が今更のように浮かび上がってくる。予算不足で、僕をダシにうんたらかんたらなわけじゃないよな。解剖とか、僕嫌だぜ。

 無言で建物の中に入る博士ちゃんと助手くんを追い、「…………」昔殺人でもあったような雰囲気の、ある意味予想通りな内装に愕然とした。靴が片方だけ転がっているのには、何か理由があったりするのだろうか。

 

「これでも大型建設物の中では傷みの少ないものなんですよ?」

 

 博士ちゃんが注釈を入れてくれたが、その言葉は大丈夫なのかよこの世界(ココ)、という結末にしか辿り着かず、不安を湧かせる。世紀末かよ。

 

「……戦争とかあったりしたんですか?」

「戦争ですか?あったりもしましたが、昔のことですよ。現在はこれといった紛争もなく、衰退期に入っています」

「……衰退?」

「ええ、衰退です。それで────」

 

 彼女が肩に乗っかっている妖精を見る。「はーあーい」うつぶせで片手を上げる妖精に思わず頬が緩む。

 

「────この妖精さんこそが、現地球人類だったりするんですよね」

「………………………………うわぁお」

 

 異世界じゃなきゃ、多分未来。うん、絶対未来。だってこいつら未来に生きているもん。

 ていうか、このちっちゃいのが人類かよ。文明は息してるのだろうか。あ、息しまくりで過呼吸気味でしたね、タイムマシンとか作ってたし。

 

「ぼくら、じんるいです?」

「……そうじゃないのかい?」

「さー?」「そうだたかも」「かのうせいはぜろじゃなし?」

 

 博士ちゃんを見る。

 

「……妖精さんは自己というものが希薄なうえに記憶も曖昧なので……」

「…………ああ、人類……元人類がこの妖精たちを新人類と定めたというわけですか」

「その通りです。人が勝手に規定した人類という役職を妖精さんの意思都合を一切考慮せずにただただ一方的に押しつけているだけです」

「お、おおう」

 

 僕、そこまで言ってないんだけど。

 深窓の令嬢っぽいという前言を撤回した方がいいだろうか、これ。

 

「……そういえば妖精さん、人見知りが激しいはずなのに逃げないんですね」

「え?妖精さんが逃げないのは何でかって?……そういえば何ででしょう。妖精さん、何でですか?」

 

 助手くんの疑問に、博士ちゃんはわざわざ反復してから疑問を横流しにする。

 

「こちらのにんげんさん、ちゅうとはんぱなそんざいですゆえ」

「中途半端な存在?」

「にんげんさんであり、にんげんさんでないかんじ?」

「……わからない」

 

 僕もわからない。人間の父親と母親から生まれた僕は人間ではないのかと少し疑ってしまうところだった。

 回転数が些か多すぎる気がしないでもない螺旋階段を昇って、古ぼけたドアを開ける。

 

「ようこそ、ここが調停官事務所です」

「……………………………………………………………………………………」

 

 銃だった。

 壁一面に銃が飾ってあった。

 逃げちゃ駄目だろうか。

 

「や、おかえり、相ぼ…………え、あ……裏切り者ォ!男……また男を連れ込んで!逆ハーレムのつもりか!リア充め……おのれ、許さん、許さんぞおおおおお!!!」

「いきなりなに言ってんですかあなたは」

 

 

 椅子に座っていた白髪の女性がこちらを見て、わなわなと震えながらフリーザ様にクリリンを殺したと聞かされた時の悟空なみに怒りを露わにしていた。白色の髪が金色になって、逆立っている幻覚が見える。銃とか持ち出さないか不安である。

 逃げちゃ駄目な理由がどこにあろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、すまなかった。少し取り乱してしまってね」

「少し…………?」

 

 白髪でショートカットの彼女────言ってることがアレだったので喪女ちゃんと(心の中で)呼ぶことにするが、彼女が少し照れたように笑いながら後頭部を掻く。あれからたっぷり数分は暴れた彼女は、どうも博士ちゃんの旧友らしく、調停官とやらとも関係ないし、ましてや後ろの銃コレクションとも関わりがないようだ。少し安心。

 

「……おじいさんは?」

「あー、博士なら留守を私に任せてどこかに出かけたようだけど……どこだったかなあ」

「留守番を部外者に任せるのってどうなんでしょう……」

「いいんじゃないのか?私もここに来る頻度はかなり多いし、もはやこの事務所の一員と言っても過言ではないな」

「過言です。仕事はどうしたんですか」

「そんなもので私を縛ろうなど甘い甘い」

「…………」

 

 博士ちゃんと喪女ちゃんのやり取りを見ながら、助手くんの用意した紅茶を啜る。僕の経済状況では中々口にすることが出来ない、上品な味だ。彼女たちの漫才をお茶菓子代わりにするとなお美味しい。

 

「助手くん、すまないけど、もう一杯頂けるかな」

「はい、気に入って頂けて良かったです」

 

 空のティーカップに、助手くんが新しく紅茶を注ぐ。

 琥珀色の香りが僕の鼻腔を刺激して心地良い。

 

「……ん、美味しい。この紅茶、何て言うんだい?」

「うーん、配給品なんで、名称は何とも……」

「はいきゅう……?」

 

 バスケットボールのこと……ではないだろう。

 おそらくは、配給。戦時中とかに食べ物や生活用品を配ってたりしたあれだろう。

 現在の人間の文明レベルが非常に気になってくるところだ。

 

「……まあ、衰退期なら仕方ないか……」

「…………?ああ、Nさんのいた時代では、まだ通貨が使われていたから、配給に馴染みがないんですか」

「そうだねー……。僕の生きてた時代は、金金金で、何をするにも金が必要だったから。配給制度があったのなんて、六、七十年は昔になるかな」

「あの、通貨って、今持っていたりしますか?」

 

 助手くんが目を輝かせながら尋ねてくる。こうも少女漫画のごとき眼球を晒されると、つい嗜虐心が芽生えて出したくなくなってくるのだが、助けてもらったし紅茶は美味しいしで、それをすると僕の良心がヤスリがけされそうなため、了承した。

 

「ちょっと待っててくれ。今出す……あれ」

 

 ポケットを探る。そしてないことに気がつく。

 

 

「……すまないね、どうやら無くしてしまったみたいだ」

 

 銀行から下ろしたばかりの虎の子の三十万が入った封筒を無くした動揺と落胆を顔に表さないように気をつけながら告げる。尚、この時点で僕は元の時代に帰るという選択肢を切り捨て、異世界のごとき未来で暮らしていくと決めた模様。

 手持ち約四十万で現代生きていけはあまりにも無理ゲーすぎて、働かなくても食っていける場所はあまりにも魅力的すぎた。

 もう寝る間を惜しんでまで働きたくないでござる。

 

「そ、そうですか……。……わ、わ」

 

 目に見えて落胆する助手くんの頭をくしゃくしゃと撫でる。慰めているようでいて、実は「こっちの方が泣きてえんだよ」という意味を込めた掌である。

 

「………………………………」

 

 ……うん?

 何故か喪女ちゃんがこちらをじっとりと湿ったような擬音が似合うような眼差しで凝視していた。心なしか頬は緩みきってよだれさえ垂れているように思える。

 なんていうか、だらしない顔だ。

 背筋に大量の虫を這わせて悪寒を味わう。厭な感じ。

 

「腐、腐腐、腐腐腐腐腐腐…………腐ははははははははははは!!!凄いぞ、まるで同類誌の中にいるようなこのシチュエーション!!!いいぞもっとやれ!!!!」

「……腐ってやがる、早すぎたんだ……」

 

 母さん、未来でも腐女子は健在でした。

 かく言う母さんも腐女子でしたね。死ね。貴重な生活費をコミケに使ってんじゃねえよ。死ね。そして実の息子を同人誌のネタにしようとするな。死ね。

 

「腐ってるって……その表現、昔からあったんですか」

 

 僕が今は過ぎ去りし過去へと怨嗟を送っていると、博士ちゃんが呆れたように呟いた。

 

「…………昔?そんなに年取ってるようには見えないけど……。ていうか、彼も目で語る系の人なんだな。……そっちの少年と違って長い付き合いでもないらしいのに、よくわかるよ、あんた」

「そうですかね?結構わかりやすいと思いますけど……」

「いえ、あの、僕の目は口ほどに物を言うわけでもなければ口が週休七日なわけでもないですからね?きちんと言葉で伝えてますよ」

「え?きちんと言葉を使って伝えてるって……?いえ、だからそれを伝えるのに言葉を使えばいいじゃないですか」

「……………………?」

 

 会話が噛み合わない。もしかしたら僕は言語を発していなくてテレパシーか何かで彼女らと会話をしているのかもしれないという思いこみをしそうになったが、口と舌が動いているのを確認できて一安心。

 もしかして、現代とは言葉の概念が違うのだろうか。

 冷静に考えて、人類が衰退したり妖精が現れたりするまでに時間の経過がどれだけあったかなんて想像も付かない。その長い時間経過の中で僕が生きていた時代と違う場所が配給と妖精だけなんてのはないだろう。

 きっと、近未来的なコミュニケーション方法があったりとかするのだろう。

 脳波とか念波的な、何かみたいな。

 

 

「……ジェネレーションギャップ、でいいのかな。世代って言うよか時代だけど」

「ジェネレーションギャップ。それなら仕方がないですね」

「私にはお前たちが何を話しているのかさっぱりわからない……」

 

 腐女子だからではないだろうか。

 いや、でも実際、この中でまともな会話ができそうにないのは喪女ちゃんのみで、博士ちゃんにも助手くんにもきちんと言葉は伝わっている。

 やはり腐女子が全ての元凶ではないのだろうか。やっぱBLはいかんな。

 

「……おや?お客が来ているのか?」

 

 ギィィと古びた木製のドアの鳴き声と共に、白衣を着た、気難しそうな白髪交じりの男性が入室する。どちらかと言うと、博士ちゃんよりも彼の方がずっと「博士」らしい。もしかすると、喪女ちゃんの言っていた「博士」が彼なのだろうか。

 

「はい、こちら、Nさんだそうです」

 

 もし彼が実際に博士だった場合、彼女の名称をどうしようか悩んでいたところ、唐突に紹介が入って脊髄反射的にお辞儀をする。

 

「彼はどうやら妖精さんの仕業でここに来てしまったらしい……えー、タイムトラベラー的な……感じだと思います。おそらく、人類の全盛期からやって来たんじゃないでしょうか」

 

 言いよどんだのは、おそらく適当な言葉が見つからなかったからだろう。

 僕も未来人の対義語とかわからんもん。古代人にしちゃ文明的すぎるし。

 

「…………っ!?それは本当かね!?」

 

 白衣さん(仮称)が僕の両肩を掴んで顔を近づける。驚愕した目玉には少年の好奇心のような光が爛々と輝いていて、何故か答えなくてはいけないような強制力に苛まれた。

 白衣さんがまだ顔を近づける。

 尚も近づける。近い近い。

 無闇に腐女子に餌を与えないでください。

 

「はあ。僕もよくわからないまま来てしまったんで、詳しいことは……」

「む、すまないな」

 

 白衣さんが僕を離す。チッという舌打ちが聞こえる。

 

「妖精さん、説明をお願いできないだろうか」

「せつめい、しますです?」

「おお、頼む」

「にんげんさんがむかしはおかしたくさんあったいうのでとりにいったです」「でもでんじはのやつもたくさんいたので」「じどうでとりにいかせたり?」「ぱしりですな」

 

 言いながら、妖精が一人僕の肩に飛び乗る。

 間抜けに開いた口が可愛らしいので、指で撫でてみた「きゃっはー」おお、癒される。

 

「うらやましき」「みわくのゆびさき?」「ごっとふぃんがーてく」

「最後のはやめてくれ」

 

 風評被害を受けそうだ。

 

「……どこまでせつめいしました?」

「パシリを作ったところまでじゃないかな」

「そーでした」「わすれるところだた」「あぶないところをにんげんさんにたすけられました?」

 

 ……大丈夫なんだろうかこの新人類。見ていて不安になってくる。

 妖精たちは僕の思考を全く意にも介さずきゃいきゃいと説明を続けた。

 

「ぱしりでおかしもってこようとしたら……まちがえました?」「やはりしゅどうにしておくべきだったかと」「えーあいがひんじゃくだったのでは?」

「ふむ……自分達は電磁波のせいで行けないから、自分達の作った物に過去にお菓子を取りに行かせたら間違って人を連れてきてしまったのか……」

「あのまま元の時代にいても残るものなんて屑以下の母親と借金くらいでしたでしょうし、問題ありませんよ」

 

 他にもあるにはあるけれど、残りそうにもないものばかりだし、最終的にはその二つに落ち着くと思う。いや、落ち着いちゃ駄目だと思うけど。それしか残りそうにないのだから仕方ないと言ったところか。

 僕の言葉に、博士ちゃんと白衣さんが苦笑いを浮かべる。助手くんはよくわかっていない、というようなリアクションだ。

 

 

「……ちなみに妖精さん、どのような方法で時間移動をしたのか聞いても良いかな?」

「こだいしゃにのせて?」「すぴりっとてきなものだけのせて?」「にくたいからひきはがしたりして」「もとにもどすあふたーけあもばんぜんだったですが、こだいしゃどっかいきましたゆえ」「ごしゅうしょうさま、みたいな?」

「……………………」

 

 助手くんのミスで帰れなくなったのだから、住居と食料くらいは彼ら調停官の方でどうにかしてくれるだろうかと、思考を巡らせる。

 養う立場から一転、養われる立場になるのか。夢のニート生活に気分が軽くなり、僕の脳味噌を空へと浮かばせようとする。

 ……うん?

 

「……スピリット的なものを肉体から引きはがすって、僕、もしかして霊体だったり?」

「かりずまいてきな」

「……ああ、入れ物は存在してるのか」

「はがさないともわもわとゆうごうしてしまうので……」「はがさずゆうごうさせないのもできますが、そりゅうしれべるでばらばら」「ぱーつなくしそう」「にくたいといっしょにういるすもやってきます?」「かんせん、かくだい」「ばいおはざーど」「かゆしうましですな」

 

 ああ……なるほど、未来なら、人体の構造も多少は変わってるでしょうし、さらに言うならウイルスや細菌は随分と変質しているだろう。

 そんな中に、未知の細菌と言って差し支えないような過去の細菌なんか持ち込んだら、パンデミックにもなる。

 たった十数年でも再興感染症が危険だというのに、時代差が付いてたらそれはもう。

 博士ちゃんが軽く溜息をつく。

 

「妖精さんの超技術で細菌を取り除くこととかは、できなかったんですか?」

「できないことはありませんが……」

「ありませんが?」

「ちょうないさいきん、しめつ?」「みとこんどりあ、じょうはつ」「ごるじたい、しぼうかくにん」「めんえききのう、ぜろになりますが」

「わーお」

 

 もうそれ死んでるよな。

 

「……あれ?お菓子目的なのに、そもそもお菓子に魂ってあるのか?」

「ないこともないような?」

「あるのか」

「あるわけでもないかも」

 

 どっちだよ。

 

「とりあえずあまいので、ふかくかんがえるべきではないかと」

「……お菓子の魂って、甘いのか」

 

 僕はまた一つ賢くなった。

 この知識、どこにも使えそうにないけど。どんな話の流れで出せというのだ。

 

「……それで、住む場所など、当てはあるのかな?」

 

 白衣さんの質問。

 待ちわびていた言葉に、あらかじめ用意していた返答を差し出す。

 

「いえ……何分来たばかりですし、とりあえず雨露を凌げる所があれば野宿でもしようかなと……」

 

 一応遠慮して謙虚を装う。相手が提案をしやすくなる……まあ、社交辞令のようなものだ。

 それに、仮に本当に野宿することになったとしても別段問題はないし。

 

「……すむばしょ、ないです?」

 

 僕の肩の妖精が、いつの間に持ってきたのか紅茶の砂糖を抱えたまま小首を傾げて僕に尋ねてきた。

 

「よろしければおつくりしますが?」

「何年かかるんだよ、それ……。犬小屋ってオチじゃないよな」

「にんじゃやしきふうみ?」「どんでんがえしつけたし」「とらっぷまんさいで」「よんかいだてのよんえるでぃーけーに?」「あそびごころもほしいですな」「うごくいえにしてみては?」「てんくうのいえとか」「さんぷんかんでよういしなくては」「らっかけいひろいんもひつようかも?」「よういすべき?」

「…………普通でいいよ。ていうか、できるの?」

「たやすいことですが?」

 

 うーん、タイムマシンを戯れで作ってしまうんなら、この程度は容易いのかなあ……。

 僕の中の常識という言葉は既に七割方崩壊しており、大体のことは受け入れる体勢が出来てしまっていた。

 寺生まれが凄いように、未来だってきっと凄いのだ。青狸型ロボットのポケットから出てくる道具ばりに何が起きたって不思議ではないのだ。

 ……そう思わないと真面目に考えるのが馬鹿らしくなってくる。

 

「……じゃあ、お願いしようかな」

「きょか、もろたー」「ごーさいん、でたー」「ふつーないえのおーだーですが」「ふつうってなに」「いっぱんてきなこと?」「はやりすたりにふりまわされぬこと?」「ふつうはじだいごとにかわりますが」「そっかー」「ではどうすべき」「ふつうすぎてはいけいにとけこむいえ、つくる?」「はいけいのひとびともつくったり?」「おもしろそうです」「たのしそー」「いっそはいけいなまちをつくってみては」「わー」「やるやるー」

 

 楽しい仲間たちがぽぽぽぽんと瞬く間に増殖してきて、きゃいきゃいと笑いながら話し合いを始めた。どうやら彼らは本人の意向は出来るだけ無視して面白さを重視していく主義のようで、僕が口を挟もうと試みても喧噪に掻き消される。

 妖精たちは僕が再び何かを言おうとする前に、ぴょこぴょこと出入り口の隙間を利用して全員出て行ってしまった。

 

「……………………」

 

 後に残されたのは僕と、僕から見ての未来人が三人に未来の腐女子が一匹。

 

「…………ああ、またとんでもないことに……」

 

 博士ちゃんが、悲壮感溢れる口調でそう呟いたのが、聞こえた。

 きっと普段から苦労してるんだろうなと、他人事のように思った。

 

 

 

 

 

                              つづくかも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




続かないかも。きっとその時の気分次第で決まると思います。
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