出来る限り王道展開を目指す。
オリカは使わない予定です。
いつも通りの帰路だった。
舗装された川沿いの土手道を自転車で下っていく。
路面の凹凸にタイヤが乗り上げる度に背負ったリュックサックの中身がガサリと揺れた。
帰ったらすぐデッキ調整をしよう。自転車に乗った少年、西暮 夕は先ほどまで行なっていたゲームの結果を思い返し、ペダルに力を込めた。
デュエルモンスターズ。15年前に現れたその対戦型カードゲームは一大ブームを巻き起こした。
至るところにカードゲーム用の施設が作られ、対戦(決闘-デュエル-と呼ぶ)を行なう大人子供で賑わった。
当時開催された第一回世界大会は全国中継が為され、テレビの前のプレイヤー(決闘者-デュエリスト-と呼ぶ)の心を熱く揺さぶった。ブームが過ぎ去った今も尚、中高生の間では根強い人気を誇り続けている。
西暮の住む御並町も例外ではなく、商店街の隅に佇むこの町唯一のカードゲーム専門店は毎日夕方になると決闘に勤しむ学生達で溢れかえる。
西暮がまさしくそのうちの一人だった。
ついさっきも同級生と共にデュエルに没頭していた。
店を出てからも熱が冷めず今も頭の中では先ほどのデュエル内容が延々と反芻されている。
そんな西暮の頭を冷やしたのはある『音』だった。
その聞きなれた音に西暮は反射的にブレーキをかけ、斜め後方を振り返る。
視線は西暮のいる土手道の下、コンクリートで出来た橋の柱の影に佇む設備に向けられている。
ソリッドビジョンシステム、カードのデータを視覚化し臨場感を醸し出すすデュエルの必需品とも言える設備だ。
野外でのデュエル用に簡易的なものがこうして町のあちこちに置かれている。さっきの音はその起動音だ。
つまり今、ここで誰かが決闘を始めたということだ。
西暮は自転車のスタンドを立てるとすぐさま土手を駆け下った。階段を探している暇は無かった。先週買ったばなりのスニーカーが泥で汚れたがそれを気にしている余裕も無かった。
デュエルと聞けばそれ以外のものが目に入らなくなってしまう。
それが決闘者という人種の生まれ持っての性である。
体勢を何度か崩し、転びそうになりながらも西暮は土手を下り切ると駆け出す。
目指すのは勿論決闘の舞台だ。
自転車を降りてから1分もかからなかっただろう。肩で息をする西暮の眼前、その5メートルほど先には平地より一段高くなっているデュエルフィールド、そしてフィールドを挟んで向かい合う二つの人影が映っていた。
二人の顔には柱の影が深く被さり、ここからでは良く見えない。
と、次の瞬間左側の人影が膝から崩れ落ちた。
同時にソリッドビジョンシステムが無慈悲な電子音を立て停止する。
決闘終了だ。
西暮は肩からずり下がったリュックサックを背負い直すと決闘者達の素性を確認すべくデュエルフィールドに近づく。
そして驚きの声をあげた。
「湾場…!?」
冷たい壇上に胡座を掻いて座り込んでいるのは西暮の良く知る人物だったからだ。
湾場と呼ばれた少年は突然の声に一瞬驚いた表情を見せたが、西暮の存在に気づくと力無く笑った。
「夕、見てたのか」
湾場 英二は西暮の中学時代の同級生である。根っからの決闘者である西暮の数少ない理解者であり、またライバルであった。
「お前が負けるなんてな…」
西暮は驚きを隠せ無かった。
当時の二人はデュエルに対する考え方の違いから何度も衝突し、その度にデュエルで決着をつけていた。当然、お互いの実力は知り尽くしている。
かつてのライバルを一蹴した存在。
西暮はフィールドを挟んだ向こう側、仁王立ちしたままの対戦相手を仰ぎ見る。
身長は170代後半ほどだろうか、着崩した学ランの裾が風にはためいている。その悠然とした立ち姿に西暮は思わず圧倒される。
謎のデュエリストもまたフィールドの下に佇む西暮を見下ろしていた。
正確に言うとデュエリストの鋭い眼差しは西暮の左腕、簡易型デュエルディスクに向けられている。
その事に気付いた西暮は唾を飲み、再びリュックサックを背負い直した。
「強いぞ」
いつの間にステージから降りたのだろう。湾場が背後に立っていた。
「分かってる」
振り向かず西暮は答えた。視線はフィールドの向こう側に向けたままだ。
決着者に多くの言葉は要らない。
相手が決闘者だと分かったらする事は一つだ。
西暮は先ほどまで湾場が立っていたステージへと登る。
ステップを登り切ったところで一息つき、改めてデュエリストと対峙する。
鋭い視線が今度はまっすぐ西暮の瞳を覗いている。
口の端が僅かに動いたように感じた。
西暮は震える手で背負っていたリュックサックを下ろすと中から決闘者の魂とも言えるカードの束(デッキ)を取り出す。
続けて左腕の簡易型デュエルディスクへデッキをセットした。
カードを認識したデバイスが円盤状に展開する。デュエルディスクという名の由縁だ。
さあ、準備は整った。
西暮は再びフィールドの向こう、デュエリストを見据える。
震えは止まっていた。その代わり、今はなんとも言えない高揚感が西暮の全身を支配していた。
『デュエル!!』
向かい合う二人はほぼ同時に決闘の開始を宣言した。
それに呼応し、停止していたソリッドビジョンシステムが息を吹き返す。
無機質な電子音と共に二人はシステムが放つ眩い光に包まれた。
そこから先の事は良く覚えていない。
気づくと西暮は冷たいステージの上で膝をついていた。
向かい側の壇上に立っていたデュエリストの姿は既に無い。
西暮は自分の左腕、デュエルディスクに視線を落とす。何枚かのカードが乱雑に並べられているその隣、カウンターに表示された「0」という数字が目に映る。
そうか、俺は負けたのか。
自身の敗北を理解した瞬間、激しい疲労感が全身を襲い、
西暮夕は気を失った。