次回から本編開始、デュエル描写も開始。
あらすじに設定追加しときます。
「遅かったわね」
座席に座るなり、鋭い言葉が飛んできた。
男は視線だけ動かし、左隣に座る声の主を見据える。
隣の座席、狭い車内で窮屈そうに足を組む少女は明らかに機嫌を損ねていた。
水平に切り揃えられた前髪の下、細い眉尻が一定間隔でピクピクと動くのが見てとれる。
更にその下、男を睨む瞳には批難の色が滲み出ている。
「悪かった」
男は簡潔に謝罪の言葉を口にし、助手席へと視線を移す。
左頬に未だ鋭い視線を感じるが気にしない。
シートの上から短く刈りそろえられた後頭部を覗かせる大男はこれまた狭そうに座っている。
よく見ると彼の座るシートは運転席と比較し、幾分か前にズレている。
おおかた後部座席の少女が要求したのだろう。
大男はそんな状況にも文句一つ言わず、腕を組み、目を深く閉じ、ただただ静かに座っている。
その度量の大きさに男は感心する。
あるいは、寝ているだけかも知れない。
大男が一定リズムで刻む呼吸音を聞きながら男はふと、そう思った。
「これで全員だ、出してくれ」
男が告げると、運転手は無言で焚いていたハザードを消し、ギアを入れ替える。
ライトが点灯し、男が先ほどまで歩いてきた土手道が照らされる。
「で、何か面白いものはあった?」
車体が緩やかに動き始めると同時に再び声が飛んできた。
先ほどの批難染みた冷たい声ではなく、好奇に満ちた弾んだ声だ。
「いや…」
少女の問いに反射的に答えかけて男は思い返す。
先ほど男とデュエルをしていた二人の少年。
一人は勇敢に、一人は冷静に、彼らは自分の持つ全てをぶつけてきた。
卓越した実力を持つ男の前ではそれらは全くと言っていいほど意味を成さないものだったが。
だが、それでも。
男は感じた。
自分の中にある抑えきれない思いを。
止めどなく込み上げてくる熱いものを。
決闘者の魂を。
「…特に何もなかった」
そう男は続けた。
「ふーん」
納得したのか、してないのか、少女は意味深な表情を浮かべ、男の顔を覗き込む。
耐えきれず視線を前方へ反らすと、いつのまにか目を開けた大男とルームミラーごしに目が合った。
切れ長の瞳の目尻が僅かに下がっている。
逃げ場を失くし、男の視線は右手の窓へと向かう。
街灯の灯りすらない真っ暗な世界に男の姿が映り込む。
それを見た男はため息を吐き、苦笑した。
それはまるで、楽しいことを見つけた子供のように無邪気な表情だったからだ。
車は林道を抜け、市街地へと差し掛かる。
街の光に照らされながら、男は静かに目を閉じた。