「……行きましょう、月山さん。彼らのことを考え続けても何も始まらない」
カネキはそう言って歩き始めた。
「…………君が目指しているのは……本当にその姿なのかい? カネキくん」
*
見えるのは病室の白い天井と伸ばした自分の右腕だけ。自分の力では起き上がることが出来ず、普段からずっと天井を見て過ごす日々だ。
「………………眠れないんだ」
俺は聞こえるはずのない『彼女』に語りかける。病室に来てから……否、『あの時』から一度も熟睡出来た試しがない。疲れは当然溜まっている。眠気に何度も襲われた。それでも彼は寝ることが……眠ることを許されなかった。
オウルとの交戦の際にできた腹の傷は未だに癒えない。そして、胸にずっとある痛み……大きく空いた心の穴はポッカリと空いたままだ。
「君を守れなかったあの日から、俺は……他人(ひと)を守れるか不安で仕方がないんだ。失ったものを考えると……俺はーー」
「天井に誰かいるのか?」
「!」
首を右に傾けると病室の扉を開け、誰かが入ってきていた。
「相当疲れてるようだな、桐ヶ谷」
「! 亜門さん」
自分ほどではないが、体の色んな箇所に包帯を巻いて右眼に眼帯をつけている亜門准特等。自分も怪我をしているのに部下である俺の見舞いに来てくれるとは……本当に尊敬できる上司だ。
「俺なら大丈夫ですのに……亜門さんも身体を痛めているのでは?」
「そう言いたいが、この右腕のおかげで治癒力が上がっていてな。ほとんど擦り傷程度の怪我にまで回復してるよ。傷口から感染したらいけないから、と医者がうるさくて大袈裟な包帯を巻かれているが」
「眼帯は……?」
「一般人が見たらエラいことになるからな」
俺はその言葉で眼帯をつけている理由を理解した。
亜門さんは人間だ。だがその体はもう人間じゃなくなり始めていた。真戸さんからそう聞いていた。
「待ってろ、いま起こしてやる」
亜門さんはそう言ってベッドのハンドルを回し始めた。少しずつ上半身が起き上がり始める。怪我のせいで1人でこんな簡単なこともできない。情けなくて思わず自嘲気味に笑ってしてしまう。
「すみません、亜門さん」
「気にすることはないさ。お前のその体はお前があそこで命を懸けて戦った結果のものだ」
「でも……『また』守れなかった」
「……………」
俺は静かにそう呟いた。
「もう誰も殺させやしない。皆を守ってみせるとそう誓っていた。だけど、俺はあの日から何も変わっていない……このままじゃ俺はまた誰も守れない」
亜門さんは黙ってこっちを見て聞いていた。そして険しい顔で聞いていたかと思うと急に微笑み語り始めた。
「疲れているようだな、普段無口で心を開かなかったお前が俺に心に抱えていることをぶつけるなんてな」
「え……あ」
そうだ。俺は何を考えているんだ。こんな事を他人にペラペラと……余計な心配をかけさせて……『自分は悲劇の主人公です、同情してください』と言わんばかりに話しまくって……
「クソ……何で」
「相当辛かったんだろうな……『キリト』」
「!?」
キリト、その言葉が俺の胸に突き刺さり衝撃を与えた。
*
桐ヶ谷ーーキリトは驚いた様子でこちらを見る。
「どうして……あなたがそれを……」
「悪いな、桐ヶ谷。お前の過去について少し調べさせてもらった」
「《あの世界》で数々の挫折や困難を乗り越えて戦い続けた《黒の剣士》キリトという男、そして彼が失った大切な人物『アスナ』について」