へしが荒れ狂います。たいそう荒ぶります。
では、第二話。はじまりはじまり。
「……で、こうなったってわけなのかい?」
顎をぽりぽりと掻きながら、垂れ目の女は興味深そうな様子でそう問いかけた。
本丸、客間。
順に正座、胡座、女座り、背を丸めただらしない胡座と、四者四様の格好で畳に座する男が四人。
表情もそれぞれに四者四様で、
「……はい、以上が報告の一切です」
と、頭痛をこらえるような苦々しい顔と口調で奏上を締めくくったのは、へし切長谷部。
普段なら常に浮かべられている余裕綽々の笑みは潜められ、深い苦悩を彷彿とさせる深い皺がその眉間には刻み込まれていた。
「いやー、思わぬ驚きの連続だったぜ。たるくて地味な調査任務かと思いきや、まさかあんな大立ち回りを演じることになるなんてな。何が起きるか分からないのが人生とはいえ、今日は久々に退屈しない一日だったな」
楽しくてしょうがないといった表情で嬉々として語るのは、鶴丸国永。
白で固めた彼の衣はそこかしこが泥や土で汚れ、あちこちが破れて散々な有様だった。
ただ、きらきら輝くような彼の顔つきはまるで遊び疲れた悪童のそれであり、己の衣服の汚れなど彼は全く意に介していないだろうことは、傍目からもとてもよく分かった。
「ちょっと聞いてよ
両の腕を突き上げてかしましく抗議の声を上げるのは、乱藤四郎。
彼も鶴丸ほど酷くはないが衣服もあちこちが破れてほつれており、特に肩口などすっかり剥き出しで、扇情的な鎖骨が見え隠れして大変妖しい雰囲気を醸し出している。
もっとも、いつもの彼ならここで「ボクのイヤラシイ鎖骨で乱れちゃう?」などと言い出して色ボケをかましそうなものなのだが、今はそこまで頭が回らないほど余裕が無いようであり、あながち彼の言う『酷い目』というのが大袈裟でもないかもしれないということが窺い知れた。
三者三様の言い分を聞き、うんうん大変だったねと頷いていた垂れ目の女はそこで、今まで会話に混じってこなかった第四の人物へと水を向けた。
「いちおう、アンタにも聞いておくかね。なんかある?」
「あー?」
女から見て一番左、それまで会話には加わってこず鼻をほじっているだけだった銀髪天然パーマの男は、己に話の矛先が向いたことに対し大儀そうに片眉を上げた。
「なんかあるってオマエ、こちとら聞きたいことが多すぎて、どれから聞きゃあいいのか全っ然整理できてないんだよ。もうやんなっちゃうよ、宿題全部やってなかった夏休み最終日みたいなもんだよ」
「あらら、そいつは大変だ。限りなく詰みに近い王手じゃないのよ。もう諦めて大人しく布団に入っちまいなよ。そんでバイツァ・ダストでも発現することを祈るんだね」
「中の人的に言わせてもらうと、バイツァ・ダストっつーか、エンドレスエイトだけどな。勘弁してくれよホント、事情を知らない視聴者からすれば完璧に放送事故だからねアレ」
「うーん、まぁでもあれは言われても仕方が無いと思うよ。流石に八週はやりすぎだったんじゃないかい?」
「ホントだよ。俺も思ったよ? 斬新が行き過ぎてもう異次元の発想だからソレって……」
「ねー、その話長くなるー?」
つらつらと語り始めた銀髪天パの台詞を遮って、乱の退屈そうな声が上がる。
それを聞いてか聞かずか、つまりだなと何事もなかったかのように銀髪天パの台詞は続く。
「もうなにがなんだか銀さんさっぱり分かりません。むしろ俺が聞きてぇよ、いったい何がどうなってるんだってな」
「それもそうかい。じゃあ、質問の仕方を変えようかね」
ふむ、とおとがいに手をやって、垂れ目の女は新たに問い直した。
「えーっと、『銀さん』? なにか、言っておきたいことはあるかい?」
ああ、と銀髪天パの侍―――坂田銀時は、垂れ目の女に頷きを返す。
そして不意にカメラ目線でキメ顔を作って、重々しく口を開いたのだった。
「あれは、遡ること数時間前の出来事だった………」
ええー、また長くなるのー? 鶴ー、膝枕貸ーしてー。
ったく、しょうがねぇな、ほれ。
……主よ。俺、先ほどちゃんと報告しましたよね。あの白髪は今さら何を言うつもりなんでしょう。
長谷やん。残念ながら、読者は君の報告を丸ごと聞いてないんだよ。今から始まるのは、読者のための回想なのさ……
主よ。読者ってなんですか……
―――――――――
砂塵吹きすさぶ、戦禍の荒野。
そこにぽつねんと、扉がひとつ。
その扉を取り囲む、骨と骸の死の尖兵。
それらを遠巻きから呆気にとられて眺める、三振りの刀剣男子。
そして、その全ての中心で佇む、どうにも緊張感の欠けた白髪頭の男。
今、一触即発の戦場は、途轍もなくカオスな異様の空気に包まれていた。
「…………」
扉を開けて出てきた白髪頭の男は、目の前に広がっている荒野を無言でしばらく眺めていた。
左から右へぐるっとパノラマに荒野を見晴かし、しぱしぱとまばたきし、ごしごしと手で目を擦る。
「…………」
ギュッと固く目を瞑り数秒待ち、クワッ!とペルソナのカットイン風に開眼してみる。
「…………」
それら全てを終えてみても、白髪頭の男の目の前に広がる殺風景な荒野は変わりはしなかった。
胡乱げな目つきで再び周囲を見渡しながら、白髪頭は誰に聞かせるともなくぶつぶつと呟き始めた。
「オイオイ、どうなってんだこりゃ。確かに俺、リンクスタートしてくるっつったけど、まさか本当に異世界に来ちまったのか? 冗談じゃねぇぞ、なんでこんなババアの肌みたいな惑星にワープしなきゃならねぇんだ。ババアならさっき家賃回収しに来てたじゃねぇか。もう十分なんだよババア成分は」
頭をばりばりと掻きながら、白髪頭の独白は続く。
「だいたい、この『気がついたら異世界』パターンにしたって、もう何回目なんだって話だよ。あれか、また完結篇か? また万事屋よ永遠なれか? もういいんだよそういうの、変わった世界観の説明にどんだけ尺使わせる気なんだよ」
しまいには回れ右をして背後の扉に向き直り、白髪頭のしゃべりはまだ止まらない。
「あーもう、ヤメだヤメだ。やり直しだやり直し。もっとましな脚本が出来てからもっかいオファー頼むわ。万事屋だって慈善事業じゃないからね、収益見込めない仕事は申し訳ないけどお断りさせていただくスタイルだから。半端な作品に出ていたずらに株下げたくねーしな。じゃ、そういうわけで。おつかれっしたー」
手を振ってドアノブを握り、元来た場所へと帰ろうと扉を開けようとした白髪頭はしかし、
「………アレ、おかしいな。開かねぇんだけど。びくともしないんだけど。まるで逸ノ城三人が全力でスクラム組んでるかのような手応えなんだけど。神楽か? 神楽なのか? 開けろって、オーイ!」
ガチャガチャ、ガチャガチャガチャ。
「ちょ、もう勘弁してくれや。悪かった! 銀さんが悪かった! 目の前の試練から目を背けて逃げ出した銀さんが悪かった! もう俺逃げるのやめるから! 己の運命と向き合うから! もう何も怖くない! だからホラ、これ、開けろって………!」
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ。
「テメッ、この……逸ノ城ォォォォォォ!!!」
業を煮やした白髪頭は、ついに強硬手段に出た。
シャウトと共に乱暴に、渾身のケンカキックを扉目掛けてぶち込んだのだ。
バギィイイイイイイン!
結果として、木材がひしゃげる派手な音と共に、扉はぶち抜かれた。
「………アレ?」
―――ぶち抜かれて、木っ端微塵に吹き飛んだのだった。
扉は細切れの木片と化して吹き飛び、跡には何も残らなかった。
「逸ノ城ォォォォォォォォォ!? オイィィィィィ!! どうなってんだコレェェェ!! 逸ノ城も白鵬も居ねぇじゃねぇか!! もう千秋楽まで終わっちまってるじゃねぇか!! 両国国技館誰も居ねぇじゃねぇか!! ふざけんなァァァァァ!! テメェ、これ……オィィィィィ!!」
たった今自分が吹き飛ばした扉だった残骸を握り締め、白髪頭は天を仰いで大声で喚き散らす。
がっくりとうなだれた白髪頭は、そのまま頭を抱えて泣きそうな声で呟き始めた。
「なんだよコレ……夢か? 夢だよな? タチの悪い白昼夢だよな? 厠のドア開けたらババア星に星間ワープして、扉ブッ壊したら逸ノ城シーズンオフとか、メチャクチャすぎだろ……ここまで斬新にしなくたっていいじゃねぇか……なんなんだよチクショー……」
斜線でも付けてあげたいくらいにズドーンと落ち込んでいた白髪頭は、やがてむくりと顔を上げ、気持ちを奮い立たせるようにひとりごちる。
「落ち着け、落ち着くんだ銀時。こんな時こそクールに振舞わなきゃならねぇ。さっき誓ったばっかじゃねぇか、もう逃げ出さないって。侍がいつまでもヘコ垂れててどうすんだ。大丈夫だ、きっとなんとかならァ。完結篇だってやりきったんだ、自信を持つんだ銀時」
立ち上がった白髪頭は、ガサガサと扉の残骸を集め始めた。
掻き集めたそれらを、元の形へとパズルよろしく繋げていく。
「どこでもドアだってしょっちゅう壊れて修理出してんだ。きっと原理とかメッチャ単純なんだよ。あんな安っぽいピンク塗りのドア、ウチのトイレの戸の方が上等に決まってらァ。こうやって、組み立てれば……クソッ、やっぱ簡単にはいかねぇな。道具かなんかそこらへんにねーかな……」
首を捻って思案顔を作っていた白髪頭は、己の周囲を取り囲んでいた骨と骸の兵隊に向け、助けを求めるように声をかけた。
「あ、ちょっとそこの君たち。接着剤かなんか持ってない?」
「もう少し空気を読まんか貴様あああああああああああ!!!!!」
怒声が弾けたかと思えば次の瞬間、轟音と共に骸の兵の包囲網に大きく風穴が開けられた。
猛進する騎馬と、乗り手である怜悧な雰囲気の武者姿の青年による人馬一体のチャージ攻撃に、蛇のようなフォルムの骸兵が為すすべもなく蹴散らされて吹き飛んでいく。
騎馬に急制動を掛けて停止させた青年は、青筋を立てて白髪天パの男に怒鳴り散らし始めた。
「貴様、ひょっとして馬鹿なのか!? あるいは盲者か!? 目の前の状況を見てから物を言わんかこの大うつけが!!!」
「ちょっと、なんスかいきなり。俺はただこう、フレンドリーに会話の取っ掛りを作ってやっただけなんだけど。見ろよ、せっかく心開いてこっちにハグしに来ようとしてたのに、お兄さんに轢かれて吹っ飛んでっちゃったじゃん田宮くん」
「田宮くんって誰だ!! ひょっとして今貴様に飛びかかって喉笛を掻っ切ろうとしていた短刀兵のことか!? いったい貴様、あの恐ろしい風貌のどこをどう見て奴らとフレンドリーに接せられると思った!?」
「バッカお前、ああいう強面な奴に限って根は意外と優しかったりすんだよ。ちょっと強面で、人と会話するのが苦手なだけなんだよきっと、田宮くんは」
「よし分かったもう黙れ!! 死んだ魚のような目をしやがって! 貴様と会話しているとこっちまで脳髄が腐りそうだ!!」
ひとしきり喚いて会話を打ち切った青年――へし切長谷部は馬の向きを変え、得物である打刀の切っ先を眼前に翳して油断なく骸の兵たちを牽制し始める。
「……………」
しかし、彼の視界から僅かに外れた位置では、先ほど彼が突貫で吹き飛ばした蛇型の骸兵が体勢を立て直しつつあり、突貫の仕手である長谷部へとその標的を定めていた。
それを何とはなしに見ていた白髪頭は、気づいているのかいないのか依然牽制を続ける長谷部へと声をかける。
「なぁオイ。そこの神経質スケベ分け」
「喧嘩売ってるのか貴様は!! そこまで世界の全てをコケにして楽しいか!?」
「いや。ちょっと、田宮くんが……」
言っている間に蛇型は狙いをきっちり定め、いまだ気づかぬ様子の長谷部へと咥えた白刃を光らせて、一挙に飛びかかった。
「………………シャッ!」
「どーーーん♪」
グシャアアアアア!!
しかし蛇型は長谷部に肉薄するより先に、再び突っ込んできた馬によって二度目の突撃をその身に受け、あわれ轢殺の憂き目にあったのだった。
「ああああああ!! 田宮くんんんんん!!」
「え? 田宮クン? だれ?」
白髪頭の叫びの意味が測りかねた様子で、馬にまたがった小柄な少女のような少年――乱藤四郎は、可愛らしい仕草で小首をかしげた。
しかし特に興味もなかったらしく、すぐに疑問の表情は消えてかわりに白髪頭へと蠱惑的な笑みと共に振り返る。
「やぁ。はじめまして、かっこいい白髪のお兄さん。ボクは乱藤四郎だよ。……どうしたの? そんなにジロジロ見ちゃって。さては、ボクと乱れたいのかな? うふふ」
浮かべられたチャーミングな微笑みに挑発的な台詞と、なかなかに刺激的な雰囲気の乱。
しかし、それを聞く白髪頭の反応はあまり芳しくなかった。
「……チェンジで」
「ひどいっ!? なんでさ! ボクのどこがイケナイの!?」
「なんかお前、キャラ作りがメンドくせぇ。あと、ウチはもうオカマ枠いっぱいだし。かぶき町全域でオカマ大量生息してるからさぁ、もうこれ以上ウチんとこでは飼えねぇんだよ」
「身も蓋もないこと言わないでよ! ていうか、オカマが大量発生って君の住んでる場所っていったいどんなトコなの!?」
「ババアエンペラーとオカマモンスターと最凶ヤクザとバクチクイーンが治める眠らない街です」
「そこホントに人間が住める場所なの!? 地獄っていうんじゃなくて!?」
「食いつくな乱! そういうことはこの場を切り抜けてからにしろ!!」
わんわんと怒鳴り声が反響する戦場。その状況は、膠着状態にあった。
奇しくも奇襲のような形で乱入したへし切長谷部、乱藤四郎の二人に対し、遡行軍の戦力は蛇型フォルムの短刀兵、編笠を被った打刀兵、烏帽子に和甲冑の太刀兵が各一騎の三体。
数の上では遡行軍が僅かに勝っているが、相対する長谷部と乱の様子にはまるで臆したところがなく、その実力には歴然の差があるのだろうことは明白だった。
それを重々察しているのか、骸の兵たちは遠巻きに包囲しているだけで無理に攻めに転じようとはしていない。
切っ先を翳して威圧を続けながら、長谷部は白髪頭へ向けて聞こえるぎりぎりまで下げたトーンでこの場を切り抜ける作戦を告げる。
「おい、そこの。俺が合図をしたら、すぐさま目の前の女男の馬に乗れ。包囲網を強硬突破するぞ」
「オイオイおたくら。体良く俺のことを拉致しようとしてねぇか? 知らない人にホイホイついて行っちゃいけません、って俺寺子屋で教えられたんだけど」
「俺だって貴様のようなワケの分からん輩のために命張りたくないんだよクソが!! 四の五の言わずに大人しく言うことを聞かんか!」
後半はただの罵声になりながらも作戦を伝えた長谷部は、それまで彷徨わせていた刀の切っ先を、ぴたりと一点に定めた。
狙いは、骸の兵の中で最も強力な烏帽子姿の太刀兵。
向けられた鋭い鉄光に、太刀兵は警戒するように身構えを取った。
刹那、戦場に沈黙と緊張が満ちる。
ひょうと音を立て砂塵が一陣吹き抜け、流れる雲が頭上の太陽を束の間隠した。
両陣営は固まったまま、誰ひとり動こうとはしない。
厳しい眼差しで鋒を翳す長谷部。
お気楽そうな笑みを浮かべ続ける乱。
二人の様に気圧されているのか、亀のように動きを止めてじっと窺うのみの骸の兵団。
鼻をほじり、やる気なさそうに突っ立つ白髪頭。
そのまま両陣営、凍りつくことどれくらい経ったろうか。
時間にして十秒にも満たないほどのわずかに過ぎなかったその膠着は、対峙する彼らにとっては永遠にも思われるほどの息苦しさを感じさせるものだった。
その終わりは唐突。
流れる雲の切れ間、隠れた太陽が雲の空隙から一筋の光を地上に降らせた。
瞬間、戦場が激動する。
「今だァァ!!!! 仕掛けろ鶴!!!」
号砲一喝。
へし切長谷部は、敵陣へ向けて猛烈な速度でロケットスタートを掛けた。
裂帛の気合と、静から動への戦場の突然の転換に骸の兵たちは狼狽し、慌てて前方から猛進する長谷部へと迎撃の構えを取る。
即興で築かれた防衛線は急拵えではあるものの正面への守りにおいて不足はなく、このまま突破することは無謀と言わざるを得ないだろう。
それを理解しているのか否か、突撃の速度を緩めずにひたすらに前へと疾駆する長谷部。
迎え撃つために体勢を整えた骸の兵団。
その背後に、ゆらりと現れる影がひとつ。
「残念、後ろだぜ?」
「…………!!」
突然の奇襲を告げる声に、最も早く反応したのは烏帽子姿の太刀兵。
それまで突きつけられていた長谷部による威圧の陽動から、他の兵よりも先に立ち直ったことはさすがであり、この場の屍兵の中で彼が最も強力な戦力だというだけのことはあるだろう。
いち早く奇襲に反応し、背後を振り返った太刀兵は見た。
「…………!!?」
己の横。
崩れ落ちる、編笠の打ち刀兵を。
突きの構えの残心を解き、大上段に得物である太刀を振りかぶり直す、白装束の美丈夫の姿を。
「トロいぜ……!!」
袈裟懸けの斬撃をモロに浴び、倒れ伏す烏帽子姿に一瞥をくれて、白装束の美青年――鶴丸国永はひょいと肩をすくめた。
「鬼隊長の作戦通り、なんの面白みもなくあっさり引っかかってくれたな。刀突きつけられてびびらない奴は居ねぇし、そんでもって他んトコ余所見する余裕がある奴も居ない、か」
それが、彼らが叢中であらかじめ立てていた段取りだった。
先に突撃した二人が注意を――特に、最も厄介な太刀兵のものを――引きつけておき、彼らの意識が狙われている太刀兵に集まったところで、背後から全くのノーマークだった二番目の戦力である打刀兵を仕留める。
タネを明かせば至極単純な策だが、効果は覿面だったようだ。
首尾よく戦力の殆どを削ることに成功した長谷部らに対し、骸兵側は総崩れの有様。
もはや、勝負は決したも同然である。
「いえーい! やったね鶴! 作戦、だいせいこー!」
「おうよ。ざっと、こんなもんさ」
手を叩いて歓声を上げる乱に、得意満面でVサインを掲げる鶴丸。
乱の馬の後ろに相乗りしている白髪頭もその見事な手際に、やるじゃねぇかと素直に感心している様子。
そんな彼らとは対照的に、冷静に次の指示を下す長谷部。
「まだ浮かれるには早いぞ。残存戦力は残り一騎だが、背後から急襲されるのはいかにも間抜けだ。後顧の憂いは、きっちり断たなければな」
言って、長谷部はチャキリと得物を眼前に構え直した。
もはや孤立無援の残る蛇型短刀兵は、その気迫におびえるように後退る。
「オイオイ、弱いもんイジメか? やっぱりテメェのがよっぽど悪役なんじゃねぇのか? 人相もかなり悪いしよォ」
「この期に及んでまだ言うか貴様は……。ここでこいつを見逃して、この後援軍が駆けつけたらどうする? 今はたまたま奇襲が上手くいっただけに過ぎん。この戦力で戦闘に入るのは、些か以上に避けたいところだ。つくづく、戦場に放り出されたのが哀れだな。貴様という奴は」
「んだと? 好き放題言ってくれるじゃねぇか、この神経質スケベ分け。なんならここでその自信たっぷりなイヤミな面ァ、みっともない泣きっ面に変えてやってもいいんだぜ?」
「はっ、やめておくんだな。貴様ごとき、物の数にも入らんよ。やるだけ無駄だと心得るんだな」
馬上でメンチを切り合う白髪頭と長谷部。両者の間に、なにやら不穏な空気が漂い始める。
青筋を立てて身を乗り出す白髪頭に、その視線を柳に風と涼しい顔をして受け止める長谷部。
そんな二人に、乱と鶴丸が仲裁の声をかける。
「あのー、ちょっとおふたりさん? いい加減にしたらどうかな? 今、そんなこと言ってる場合じゃないとボク思うんだけどなぁ」
「るっせーよ無駄に美少女ニューカマー。俺ァな、このなんかぶっこいてるエリート風神経質スケベ分けに、社会の厳しさを教えてやんなきゃならねぇんだよ。ちょっと頭が切れるからって、そんだけじゃ世の中生きていけねぇんだよコノヤロー。いくら東大出たからってなぁ、そいつが必ずしも会社で役に立つとは限らないんだよ。逆にそーいう奴に限ってとんでもない奴だったりすんだよ」
「おーいお二方。マジで時と場合を弁えて欲しいんだがな。特に隊長、冷静沈着で堅物なのが売りのアンタまでつられて熱くなってどうするんだよ。落ち着け、頼むから落ち着いてくれ」
「やかましいぞ鶴丸。俺は今すぐに、この減らず口の汚らしいモジャモジャ頭を黙らせなければ気が済まん。せっかく人が危険を顧みずに助けてやったというのに、なんだこいつの言い草は。だいたい貴様の命など、捨て置いてやっても何ら問題は無かったんだぞ? それをこいつは……」
片やグダグダと、片やネチネチと不毛な言い合いを続ける両者に、痺れを切らした乱と鶴丸はついに大声を張り上げて会話を無理矢理に打ち切らせた。
「「お前ら頼むから黙れ!! んでもって、もっと周りをよく見やがれ!!」」
「あぁ!? っせーぞ! ったく……」
「全くだ。何だっていうんだいきなり……」
ぶつくさ言いながら長谷部と白髪頭は、互いに露骨に不機嫌そうに見合わせていた視線を外し、前方へと顔を戻した。
「「…………アレ?」」
揃って間抜けな声を上げた二人の眼前、湧き出ているのは墨を垂らしたような黒。
その黒き澱みから染み出るように現出しているのは、骨と骸で象られた死の尖兵たち。
湧き出ること湧き出ること、その数たるや優に二十は越えているであろう。
まさしく骸の軍団が、目の前で展開していたのだった。
「ウソォォォォォォ!? なんだコレェェェ!? 田宮くんメッチャ援軍呼んでんだけど!! 怖いセンパイメッチャ連れてきたんだけどォォォォ!! お礼参りか!? お礼参りなのかチクショー!!」
「おおおお落ち着けみっともない。だだだだから言ったじゃないか放っておいたらマズイと。よよよ予想通りの事態が勃発しただけだ。あくまで、あああくまで想定の範囲内に過ぎん」
「アンタが落ち着け!! そんなにカッコ悪くうろたえるアンタ、今までで初めて見たぞ!! 驚きすぎて心臓が止まるかと思ったわ!!」
「てゆーかそこの白髪パーマのお兄さん! お兄さんがグダグダ寸劇始めちゃうから、ボクたちのカッコイイ颯爽登場も余裕の圧勝も、一気に台無しになっちゃったじゃん!! どうするんだよ! これボクたち生きてこの場を切り抜けられるの!? ねえ!?」
天国からドン底の地獄へと一瞬で突き落とされてしまった三人の刀剣男子たちと白髪頭は、わあわあとてんやわんやに騒ぎ始めた。
もはや各々の実力でどうこうできるような頭数ではなく、物量差で押し負けてしまう可能性の方が濃厚と、そういった戦局だ。
事態は最悪と言っても過言ではないだろう。
絶望的な状況に、それでも気丈に不敵な笑みを浮かべて長谷部は悔しそうに言い募った。
「やれやれ……。やはり、主の悪い予感は当たってしまったか。であるならこれは、心のどこかで主命を軽んじていたかもしれない俺の怠慢が招いた結果だということ、か。全く、俺も焼きが回ったものだな」
「なんだァ、いきなり泣き言か? これだからインテリ系はいけねぇ。ちょっとのことですぐヘタレやがる。テメェもタマついてるなら、ちっとは
「肚ならとうの昔に決まっている。仮にここを切り抜けられたなら、主の前で切腹でもなんでもしてやるさ。貴様にも悪いことをしたな。命を救って宿を与えてやるつもりが、それも叶わずにこの場で我々と共にお陀仏とは。せいぜい、己の悲運を天に呪っておくんだな」
どこか諦念を滲ませる長谷部の台詞に、乱と鶴丸の両名も覚悟を決めたような面構えで得物を構える。
そんな三人の様子を、白髪頭は何とも言えない表情で眺めていた。
「………ハッ」
やがて、小さく息を漏らすかのようにゆるく微笑み、無言で前へと一歩を踏み出す白髪頭。
突如として理解不能な行動を取った彼に対し、慌てるような調子で長谷部が制止の声を上げる。
「お、おい! 貴様、何をしている! 大人しく下がっていろ!」
「オイ、神経質スケベ分け。さっきのアレ、忘れんなよ。命を助けて、宿を与えるってヤツ」
「それがなんだ! いいから、早く後ろへ下がれ!!」
「あんだよ。俺を下がらせて、テメーはいったいどうするんだよ」
「どうにかして、この場を切り抜ける算段を立てていた! できるだけ多く助けられる算段をだ!」
言い募る長谷部の叫びを、鼻で笑って一笑に付して、白髪頭は面倒くさそうに宣う。
「そいつは大層な心がけだな。ところでそいつぁ、ちゃんとテメーの命も勘定に入ってんだろうな?」
「………!!」
息を呑んで無言になる長谷部だったが、その沈黙こそが彼の答えであり、彼が今心の中に描いた、己の
くだらねーぜ、とあくまで小馬鹿にするように、白髪頭は嘯く。
「そーいうのはな、『算段』なんてご大層な名前のもんじゃあねぇよ。知らねぇみたいだから教えてやる。『逃げ』っていうんだよ、そういうヘタレた考えはな」
三人の前に立った白髪頭は、振り返ることなくその背中で語り続ける。
「見てらんねーよ、テメーらなんざ。そんなシケた面で任せろなんて言われたとこで、毛ほども信用なんざ出来やしねぇんだよ。インチキコスプレどもは、帰ってコミケの準備でもしとけや」
白い着流しを翻し。
腰に差していた木刀を抜き放ち。
その立ち姿は、剛毅に、粋に。
どこか不真面目でありながら、その実、誰よりも何よりも真っ直ぐに。
立ちはだかったその後ろ姿に、三人は皆、一様にえも言われぬ感傷を覚えた。
「わぁ……………」
「へぇ……………」
「……これは……」
彼らがその背に見たのは、在りし日の懐かしき姿。
「目ェかっぽじってよぉく見とけ、インチキコスプレ隊。ついでに、そこでワラワラしてる怪しさ爆発のおんぼろ骨モドキども。テメーらもだ」
かつて彼らがまだ物言わぬ玉鋼だった頃、彼らを携えて戦場を駆けた、勇壮にして峻烈なるかつての英傑たち。
とうの昔に滅んだはずの、とうの昔にひとり残らず消えてしまったはずの、かつての英雄たち。
それは、そう、それは―――――
今こそ、銀髪天パのちゃらんぽらん男は、高らかに。
万事屋――坂田銀時は、荒野の戦場に高らかに告げた。
「本物の『侍』ってヤツを、しっかと目ん玉に焼き付けやがれ、バカヤロー」
―――――――――――
「…………って、わけなんだなこれが。ハイ、ここまで長文おつかれっしたー」
回想終了した銀さんは、そこで改めて視線を横へと巡らせた。
例えば、あちこち汚れてあまり白くない鶴丸国永。
例えば、衣服がところどころ破れて肩モロ出しの乱藤四郎。
そして、例えば―――
「………………」
「いやぁ、大変だったね。チミたち」
「貴様が一番役に立たなかったじゃないかこの腐れ天パがァァァァァァァ!!!!!!」
「まあまあまあ、落ち着けって隊長!!」
「そうだよ! 抑えて! 抑えてって、たいちょ!!」
「あんだけ威勢良くタンカを切りやがってからにィィィィィ!!!! 毛ほども活躍しなかっただろうが貴様はァァァァァァ!!!!!!」
抜き身の真剣を振りかざして怒髪天を衝くへし切長谷部に、耳に指を突っ込んで聞こえないフリを決め込む銀髪天パの侍、坂田銀時。
やいのやいのと騒がしい彼らを前にして、垂れ目の女は大儀そうにため息を吐くのだった。
「………まぁ、全員、お疲れさん。無事に帰ってきてくれて、何よりって感じだね……」
銀魂っぽく書けない。
どう書いてもサムくなってしまう。ホントあれをサラサラっと書ける空知先生はすごい。
ではまた次回。