刀剣集成古今東西 with銀色の侍   作:ネイキッド無駄八

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 はい、前回投稿から凄まじく時が流れてしまいました。
 なぜかっていうと………別作品を進めてたことと、なによりも新生活が大変すぎてしばらく何にも手がつかなかったからです!
 ハイ、初っ端から言い訳ですが、そんなわけで第五訓、はじまりはじまり。

 ※ご指摘により、おかしな箇所をこっそり直しておきました。皆様はお気づきだったでしょうか?


ニセモノのホンモノ

 

 

 

 雲一つない夜空に、夜半の月が静かに浮かぶ。

 

 

 

 「―――ん、ふぅ……」

 

 

 

 武家屋敷の屋根上。

 浮かんだ月を肴に、ひとりぽつねんと一献傾ける女の姿。

 

 もうあと少しで日付が変わろうとしている深夜の今、あたりはすっかり物音も光も失せて、まるで世界には女ひとりしか居ないのでは無いかと思わせるような、耳が痛いほどの静寂ばかりが広がっている。

 しじまの中、徳利から酒を盃に注ぐ音だけが、いやに静かに響く。

 徳利を置いた女は、頭上の月に盃を掲げ、微かに厭う様な色を含んだ声でぽつりと呟いた。

 

 「イヤな色だねぇ……」

 

 そのまま盃を傾けようとした女はしかし、唐突に聞こえてきた物音にその動きを止める。

 

 「どうした? アンタも風流を嗜みに来たのかい?」

 

 女が見据える先、よっこらせと屋根上へと登ってきたその男に、訝しむように女は訊いた。

 それを受け、心外だというようにバリバリと頭を掻き毟りながら男は女にまぜっ返す。

 

 「”風流”? ソイツがこんなクッソ汚ぇ月を眺めて酒かっくらうことを言ってんなら、千利休先生がテメーに茶道ドロップキック喰らわせに来んぞ。俺は単に、上等な酒のにほひに釣られて来ただけだってーの」

 「何が風流かなんてのは、テメーで決めるもんだとアタシは思うけどねぇ。今度、千利休先生を行きつけのビアガーデンに連れてって、アタシ流の風流を教えてやるとするよ。ま、確かに今宵の月は、いささか酒の肴には向かないってのには同意するけどさ」

 

 言って十束は、隣に腰を下ろした銀時から視線を切り、改めて月を見上げた。

 

 赤く、紅く。

 禍々しく血塗られ、凶を孕んだ大きな満月。

 

 ぎらぎらと、ぬらぬらと、不気味な光を放つ月に、不愉快そうに銀時はひとりごちる。

 

 「ったく……、酒がマズくなるぜ。なんだってんだ今夜の月は。どっかの誰かが赤ペンキでもぶちまけたのかよ」

 「そいつは大変だね。だとしたら、大それたことをする奴が居たもんだ。きっとそいつは、もっと何かやらかすだろうねぇ。嵐を呼ぶに違いない」

 「笑えねぇよ、チクショー……」

 

 特に乾杯の合図などは無し。

 銀時は徳利から直で、女審神者は盃を傾け、しばし静かに酒を味わうふたり。

 依然、あたりに物音は無い。光も、不気味な月明かり以外に無い。

 そんな奇妙な静けさの中、不意に垂れ目の女が言葉を紡いだ。

 

 

 

 「銀さん、礼を言うよ。アタシの部下を、守ってくれて」

 

 

 

 顔は頭上の月に向いたまま、座する銀時には横顔を見せたままで、静かに女審神者は言う。

 何を考えているのか、いまいち判然としない顔つきの銀時は、いいってことよとこれまた静かに返す。

 

 「ヤツは……似蔵は、俺ンとこの人間だ。テメーの世界の問題くらい、テメーでなんとかするのが筋だろ。だから、礼なんざ貰ういわれはねーよ」

 「だとしても、アンタが助けてくれなきゃ、間違いなく彼は………同田貫は、この本丸に帰ってこれなかっただろうさ。本当に、ありがとうよ」

 「……俺は、どうもしてねぇ」

 

 女審神者の言葉に、しかし銀時の顔色は浮かないまま。

 自嘲するように頬を歪め、頭上の月に銀時は呟く。

 

 

 

 「どうも、できなかっただけだ………」

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――

 

 

 

 

 「白夜叉ァ………!!」

 

 

 

 

 嬉々とした、いやさ、鬼気とした狂声が、竹林に響き渡る。

 万感の思いが込められた、眼前の盲目の人斬り―――岡田似蔵の発した哮りに、引き攣ったような笑みを浮かべて、銀時は腰に帯びた木刀へと手を掛けた。

 

 「オーイ、どうなってんだコレ。この世界はいつから遊戯王になったんだよ。なんで死者蘇生のカード使えてんだよ。禁止カード使ってんじゃねーよコノヤロー」

 「ククク、知らねぇのかィ白夜叉の旦那ァ……。もう死者蘇生のカードは解禁されてんだぜ? 禁じ手でもなんでもねェのさ。俺が死者蘇生で特別召喚されたとしても、なんらおかしいコトは無いさね……」

 「いや、遊戯王から離れろよ! 死者蘇生カードでしか蘇りの表現できねぇのかお前ら!?」

 

 思わずツッコミを入れてしまった荒々しい風貌の青年―――同田貫正国は緊張した面持ちで、対峙する両者を観察した。

 突然の闖入者である異形の風体の着流しの男は、どうやらこの白髪天パと浅からぬ因縁がある間柄のようだ。

 飄々と嘯く銀時の表情は、しかしこれまでに見たことも無い様な険しい面構えへと変じている。

 仲間、といった平和な関係で無いことは、火を見るより明白である。

 

 (しかし、こいつぁいったい、どういう了見だ……?)

 

 同田貫の見る限り、しかしながら銀時の表情には怖じ気付いたような色は見受けられない。

 どちらかと言えば”戦慄”。

 もっと言うならば、”驚愕”と、そういった類の感情だ。

 まるで、この世のものでは無いバケモノを見たかのような。

 

 さながら、死んだはずの人間が冥府から黄泉返って来たかのような。

 

 「どうなってやがる……テメー、いったいどんな手使いやがった? あのとき、たしかに……」

 「あァ、俺も死んだと思ったよ。いや、ちょっと違うな……」

 

 クツクツとほくそ笑む盲目の人斬りは、自分でも信じられないといった風に、地の底から這い上って来るような怖気の走る声で高らかに宣う。

 

 

 

 

 「俺ァ、一度おっ死んだんだよォ……!! 白夜叉の旦那ァ、アンタに斬られてねェ……!!」

 

 

 

 

 

 「んだと……? ワケわかんねーこと言ってんじゃねーぞコラ。中学生かテメーは」

 

 さっぱり分からないといった顔で、銀時は似蔵を睨み据える。

 一度死んで、しかし生きている。

 意味不明なレトリック、成立し得ないロジック。

 しかしその果てに、斬られて散ったはずの人斬りがここにひとり。

 頭を抱えたくなるような衝動に銀時は駆られていた。

 

 

 そんな彼の眼前。

 荒々しき背中が、彼の前に割り込み立ち塞がる。

 

 「おいこら。くだらねぇおしゃべりは、そこまでにしてもらおうか」

 

 トントンと刀で肩を叩きながら、同田貫は眼前の異様な人斬りを睨めつけた。

 ドスの効いた低い声で、威圧するように同田貫は続ける。

 

 「お前らの昔話なんざ、どうだっていいんだよ。そーいうのは元の世界でやってくれや。それよりもだ、そこの血生臭ぇお前。いったい、誰の許しを得てこの地に足を踏み入れてんだ? あぁ?」

 

 この竹林の修練場は、同田貫が自前で拵えたいわば彼の”巣”だ。

 他の刀剣男子たちも、一人での鍛錬に勤しみたい彼の性分を汲んでここには滅多に近づかないのである。

 そこにズカズカと土足で踏み込まれるのは、些か以上に彼にとって不愉快極まりない。

 しかし、それよりも何よりも、彼が許せないことは別にある。

 それは、

 

 「ここはなぁ、『四十四』のシマなんだよ。審神者・十束の―――俺の主のシマに、ぷらぷら勝手に入りやがって……。ぶった斬られる覚悟あってのことなんだろうな……?」

 

 主の庭であるこの地に、許しも得ずに立ち入った不逞の輩に、容赦する刀など持ち合わせておらぬ。

 同田貫の双眸が、野太刀の如くに物騒な光を帯びていた。

 全身から立ち昇る荒々しい剣気、鬼の如くにぎらつく眼光。

 傍らに居る銀時さえもが、それに目を見張る。

 事実、三下の雑兵だったならば、彼の気に当てられただけで失神していたことだろう。

 それほどまでの威圧、それほどまでの気迫を、柳に風と涼しい顔で受け流す者がひとり。

 

 「ククク………」

 

 盲目の人斬りだけが、不気味な余裕を小揺るがせもしない。

 似蔵は、同田貫の発する剣気などまるで意にも介していなかった。

 静かに笑みを湛えたまま、聞き分けのない子供に言い含めるかのように似蔵は同田貫へと語りかける。

 

 「どきな、兄ちゃん。俺が用のあるのは、そこの白夜叉の旦那だけだ。どうしてもってんなら、まぁ後で遊んでやらんこともないが、とりあえず兄ちゃんはお呼びじゃねェよ」

 「……ハッ、吹くじゃねぇか、この目暗野郎が。どうやら目が不自由だと、心の眼まで曇っちまうらしいな……」

 

 似蔵の挑発的な言動に、愉快そうに歯を見せる同田貫。

 表面上はあくまで静かな現状に、しかし銀時は己の中でうるさいほどに誰かが警鐘を掻き鳴らすのを聞いているようだった。

 

 一触即発。

 この緊張は、長くは続きはしない。

 銀時がそう認識する眼前、予想を裏切る速さで緊張の糸はぷっつんと途切れた。

 

 

 

 

 「しゃらくせぇんだよてめぇはァァァァァ!!!」

 

 

 

 

 刹那、足捌きが追えなくなるほどの速度で距離を一息に縮めた同田貫が、立ち尽くすのみの似蔵へと向けて肩口から一直線に垂直斬りを叩き落とした。

 耳を劈くような衝撃音と共に、鉄と鉄とがぶつかり合う火花が激しくスパークする。

 

 「なっ………!?」

 

 そう、”鉄と鉄とがぶつかり合う”、火花が生まれたのだ。

 あれほどの剣速、あれほどの渾身のひと振り、受けることなど叶わぬはずの豪快な斬撃を、しかしあっさりと目の前の人斬りは阻んで見せたのだ。

 

 「ククク……なぁんだ、兄ちゃんもそこそこやれるみたいじゃないかィ。精々、肩慣らし程度にはなってくれよなァ?」

 「てめぇ…! 舐め腐りやがって……!!」 

 

 あくまで哄笑を崩さない似蔵に、歯軋りと共に鍔迫り合いを繰り広げる同田貫。

 気に入らねぇ、と憎々しげに同田貫は心の中で毒づく。

 

 (舐めきった態度も癪に触りやがるが、こいつの”刀”………こいつが、もっと気に入らねぇ……!) 

 

 似蔵の右腕で、ドクンドクンと脈打つ長大な刀。

 刀というには生物的すぎる、刀というには禍々しすぎるその巨大な刃に、同じ”刀”である同田貫は嘔吐感にも似た嫌悪を覚えていた。

 

 同田貫だけではない、全ての刀剣男子は、元を正せば刀匠が魂を込めて鍛造した被造物であり、彼らの子供であり、徹頭徹尾、彼らの”作品”なのである。

 こうして戦場で打ち合い、刃を重ねれば、同じ作品であるが故に言葉にせずとも伝わってくるモノが、”感情”が、確かにあるのだ。

 今打ち合っている相手、禍々しき刀”紅桜”から伝わってくる感情は、

 

 (ドス黒い、”負”の色……!)

 

 いったいこの”紅桜”という刀を打った刀鍛冶は、どんな心持ちでこの刀を造ったというのか。

 こんな黒く、昏い感情を持ちながら刀を打てる人間とは、どんな人でなしだというのか。

 

 

 

 (いや、違う……!? この感情は、この憎悪は……!!)

 

 

 

 刃を跳ね上げ、鍔迫り合いを仕切りなおして後、同田貫は猛然と怒涛の勢いで次々と斬撃を放った。

 右に、左に、袈裟懸けに、逆袈裟に。

 放って放って放って放つが、しかしその全てが似蔵の右腕で妖しく蠢く長刀によって阻まれる。

 常人なら振り回すことですら困難であろう長刀を、正しく己の手足同然に操って、巧みに同田貫の斬撃を受け止め捌く。

 

 「やれやれ……欠伸が出そうだねェ。微温ィ、軽ィ、退屈な剣だ。どれ、眠気覚ましにひとつ、俺が一席ぶつとするかね」

 

 同田貫の斬撃を悠然と受け流しながら、打ち合っている相手のことなどどうでも良いとばかりに、明確に銀時へと向けて似蔵は語りかけた。

 

 「鬼兵隊の艦でアンタと殺り合ったあの日、覚えてるかィ? まァ、忘れるワケは無いわな。あの日あの時、俺は紅桜に呑まれちゃいたが、確かに俺の意識は生きていた」

 

 似蔵の台詞に、銀時の脳裏にも”あの日”が呼び起こされる。

 

 ―――妖刀・紅桜。

 刀を打つだけの機械でありたい。そう願った男が創り出した生ける刀、『最強の剣』。

 ―――金龍鍔の刀。

 大事な人を止めるため、大事な人を救うため。そう願った女が丹精を込めた信念の刀、『人を護る剣』。

 

 ―――二人の刀鍛冶。白銀の侍と人斬り。友との訣別。

 本当に、本当に、目まぐるしく。

 忘れることなど永劫叶わないであろう、運命の日。

 

 

 「そう、俺の身体も心も、ぜーんぶ紅桜に喰われちまってはいたが……。”魂”だけは……俺の魂だけは……ずっと感じ続けていたのさ………!」

 

 

 ゾクリ、と肌が粟立つ感覚を同田貫は瞬間的に覚えた。

 

 空気が変わった。

 

 それまでのらりくらりとこちらの剣を受け流すのみだった眼前の人斬りから立ち昇る剣気は、いまや噎せ返るような血生臭い狂念へと変じつつあった。

 狂念が乗り移ったように、人斬りの語り口も妙な熱を帯び―――――

 

 

 

 「”光”だ………! 目障りな光が……魂に焼き付いて消えやしないのさ………!!」

 

 「チィッ……!」

 

 

 ついに、打ち合いの様相までもが変わってしまっていた。

 それまでは柳に風で受け流されてはいたものの攻勢を保ち続けていた同田貫だったが、ここに来ていよいよ人斬りが積極的な攻めの太刀筋を見せ始めてきたのだ。

 守勢に回っていた時に発揮されていた大太刀の巧みな捌きは、ひと度攻勢に転じればそれがそのまま――――

 

 (クッソがあ……!! なんだってこんなに、出鱈目に疾ぇんだ………!?)

 

 ずるり、ずるりと。

 ぬるり、ぬるりと。

 

 さながら大蛇の舌がしなるかの如き、変幻自在の殺人剣へと変貌した。

 それもただ速いだけではない、一太刀一太刀が受ける度に腕に痺れが走るほどの重い一撃。

 それらの止むことのない波濤に、たちまち同田貫は絶望的なまでの劣勢に立たされることになった。

 

 「そしてその光はァ………アンタに斬られてからもちっとも消えやしなかった……!! おかしいだろォ……? 斬られたはずなのに、おっ死んだはずなのに……! 光が、消えてくれねェんだよォ!! その光を追っかけてみれば、気づけばこんな場所に居たァ!! 白夜叉ァ! アンタが居る所に、迷い込んで来ちまったのさァ!!」

 「ガッ………アァ……!?」

  

 獣の咆哮のような叫びに呼応して更に激しさを増した剣撃に、ついに踏みとどまることすら叶わずに後方へと弾き飛ばされた同田貫は、地に叩きつけられた衝撃に苦悶の声を漏らした。

 

 「黒男!!」

 「来んじゃねぇぞ天パァ……! こいつの相手は、俺だ……!!」 

  

 叫んで駆け寄ろうとすると銀時へ、荒々しく制止の声を放つ同田貫。

 しかし、ふらつきながら刀を杖のように突き立てて立ち上がるその姿は、もはや戦闘に耐えうるような状態では到底ない。

 冗談じゃない、と銀時は同田貫へと反駁した。

 

 「そんな千鳥足で何が出来んだよ!? もういい! もう寝てろツギハギ!!」

 「うるせえ!!!! 無粋な横槍なんか入れてみやがれ……!! てめぇから先に叩き斬ってやるからな………!!」

 

 呼吸は既に乱れに乱れ。

 打ち合いか、はたまた叩きつけられた時になのか、使えなくなった左腕はだらりと力無く垂れ下がり。

 立っているだけで精一杯なその姿は、まさに”死に体”。

 それでもなお、瞳に宿る荒々しい闘志だけは微塵も曇らず。

 その背に揺らぐ、剣気は些かも衰えず。

 手負いの野太刀は、力の限りに哮った。

 

 

 

 「来いよオラアア!!! ドタマからカチ割ってやるぜ!!!」

 

 

 ビリビリと大気を震わせる吠え声に、しかし応えた様子もなく五月蝿そうに顔をしかめただけの似蔵。

 呆れたように首を振って、わからないねェと呟いた似蔵は、

 

 「何をそんなに必死になる? 斬り合ってみて骨身に沁みてるだろうに、かないっこないってことくらいよ。お兄さんたちがヒトじゃないからかィ? 生命を大事にする必要が無い道具だからかィ? うざったいことこの上ないねェ……」

 「ハッ、言ってやがれ。勝ち目が無いから挑むのを止めろってか? そいつぁ人間サマのやることだ。おうよ、いかにも俺たちゃ道具さ。折れて使い物にならなくなるまで、俺は戦うのを止めねぇよ」

 

 震える腕を気力で支え、青眼に構えた切っ先で人斬りを真っ直ぐに捉えた同田貫が、あくまで武骨に、不器用に嗤う。

 

 「なんせ、俺は”影打”なもんでな……。気骨まで負けちまったら、それこそ立つ瀬がねぇんだよ……”真打”の、同田貫正国になぁ………!!」

 「真打……?」

 

 思わず反芻してみてから、銀時はその響きが何故か心に引っ掛かるのを感じた。

 

 ”影打”と”真打”。

 

 そのふたつの言葉が意味するところを考える暇もなく、戦況は無慈悲に進み続けていく。

 

 「ハン……なあるほど? ニセモノにはニセモノなりのプライドが有る、ってか? お笑い種だねェ……くだらなくて泣けてくるぜ。そんな馬鹿馬鹿しいモンのために生命賭けんのかィ? 俺にゃあ理解の及ばん境地さね」

 「だろうな。目が見えないてめぇには、一生かかっても拝めねぇモンだよ。残念だったなターコ………」

 「別にかまやしねェさ。元より興味の――――」

 

 

 瞬間、人斬りの姿は完全に同田貫の視覚から立ち消えた。

 『縮地』―――或いは、それに準ずるまでに磨き上げられた神速の歩法。

 人斬り似蔵が得意とする、不可視の速度の居合抜き。

 気づいた時には、既に刃は振るわれている。

 紅の刃が、同田貫に迫り来る―――――!!

 

 

 

 

 「………ねェ話だからよォ!!!」

 

 

 

 同田貫は、決して目を閉じはしなかった。

 生命の灯火が消えるその時まで、戦う意志を捨てはしないという彼の覚悟の現れゆえに。

 だから、そんな彼の目はしっかりと捉えたのだ。

 己に迫り来る紅色の死と―――――――

 

 

 

 

 

 「――――――――――――!?」

 

 

 

 

 

 「ぬ………があああああああっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 ――――――それを眼前で食い止めた、銀の侍の後ろ姿を。

 

 

 

 

 己と紅桜の間に割って入り、木刀一本で似蔵の長大な一太刀と鍔迫り合う銀時へと、同田貫は大いなる戸惑いと共に叫びを放った。

 

 「て、てめぇこの天パ……! 邪魔すんなって言ったじゃねぇか……!!」

 「るせえええええボケェェェ!! 死にかけたくせにデカイ面してんじゃねーぞコラァ!! 黙って単行本の一巻読み返しやがれ!! 銀さんちゃんと言ってんぞ!?」

 

 馬力においては完全に紅桜の方が勝っているためだろう。

 秒刻みで後ろへ後ろへと押しやられながらも、歯を食いしばって洞爺湖を構え続ける銀時は、同田貫に負けじと声を張り上げる。

 

 「いいか、よーく聞けよこのツギハギィ……!! 『美しく最後を飾る暇があるなら、最後まで美しく生きようじゃねーか』……!! これ、テストに出るからしっかり覚えとけよ……!!」

 「――――――!!」

 

 言葉を失って瞠目した同田貫。

 ガラガラガラと、何かが崩れていくような衝撃を彼は覚えていた。

 そして、同時に彼は気づいた。

 折れてはいないと嘯いていた己は、心のどこかでは折れてしまうことを受け入れてしまっていたことに。

 

 眼前で翻る白い着流し。

 地面に深い轍を刻みながら、それでも踏ん張り続けることを止めない両の脚。

 血管が浮き出るほどに力を振り絞った両の腕。

 

 

 この男は、折れていない。

 

 坂田銀時という刀は、この状況にあってなお、未だ微塵も折れてはいないし、折れることを己に許してなどいないのだと。

 

 

 必死で鍔迫り合いを続ける銀時のその背の向こう側では、歯を剥き出しにして狂の笑みを顔一杯に浮かべた似蔵が大層嬉しそうに吠えていた。

 

 「そうだよォ……!! アンタを追っかけてきたら、こんなトコまで来たんだよォ……!! こうでなくっちゃあ……! こうでなくっちゃあ面白くねェ………!!」

 「へっ……ワリーが、俺ァちっとも面白かねーんだよ……! しつこい女は嫌われるモンだと相場は決まってるが、しつこい男はもっと嫌われるモンなんだぜ……!? 地獄で勉強してこなかったのかよテメー……!!」

 「生憎と、まだ地獄は見たことがなくてねェ……!! どーなんだァ……!? そこは果たして、俺のこの眼でも見ることが出来る場所なのかィ!?」

 「ぐっ………!?」

 

 ギリギリギリと、似蔵の紅桜が受け止めている銀時の身体を軋ませていく。

 ミシミシミシと、受け止めている銀時の身体と洞爺湖とをどんどん軋ませていく。

 最早、臨界点はもうすぐそこまで来ているのだろう。

 この危うい拮抗状態は、決して長くは続くまい。

 しかし銀髪の侍は、苦しげな表情の中に確かな笑みを浮かべて似蔵に言う。

 

 「……似蔵ォ……! たしかにテメーの目ン玉じゃあ、地獄もなんも見えねぇかもしれねぇか……! そいつは、残念極まりねーこったな……!!」

 「どうしたよ白夜叉ァ……!? 何が言いたいのかは知らねェが、そろそろ足に来てんじゃねェのかィ……!! そらそら、あっさり死んじまうんじゃねェのかィ!?」

 「っせーよターコ……死ぬのは、テメーの方だ……バカヤロー……!」

 「なにィ……!? この期に及んで、まだ……!!」

 

 そこで、似蔵の台詞は本人の意思とは反して中断されることとなった。

  

 

 

 

 

 

 「――――そおおおおおおおおおおらああああああああっ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 ――――颶風一過。

 すんでの所で辛うじて回避が間に合った、先ほどまで似蔵が立っていた位置。

 そこの地面が、根こそぎ太刀風に()()()()()()()

 顔中に驚愕を貼り付けた似蔵の、見えてはいない視線の先では―――

 

 

 

 

 「うぃ~………あれれ? おっかしいなあ? 手元が狂ったかな? てっきり粉微塵になったと思ったんだけどねえ?」

 

 

 

 へべれけに酔っ払い、呂律が怪しい口調で物騒なことを口走る女郎姿の大太刀の姿があった。 

 『次郎太刀』――――審神者・十束が束ねる『四十四支部』でも随一の使い手である、大太刀の刀剣男子だ。

 

 

 「馬鹿者が! 戦に出る時は酔いを覚ましてから出陣しろと、何度言ったら分かるんだこの大うつけが!!」

 「たいちょ、とりあえず次郎に斬りかかるのはやめとこうよ。敵は、そっちじゃないよう」

 「酔剣……か。うん! 意外性抜群の剣術だ! これは敵も味方もあっと驚くこと間違い無しだな! 俺も次の戦で使ってみるかな!」

 「それは止めた方が身のためだぞ、鶴丸。あそこまで酔いが回ってしまえば、もはや敵が見えているのかすら怪しかろう。武士たるもの、まずは身体を鋼の如く鍛錬することから始めるのが定石だぞ?」

 「いや、蜻蛉切……たしかにそれはそうなんだが、俺はお前みたいな暑苦しい肉体にそこまで憧れは無いし、戦場でなぜか服がどんどんはだけていく全裸剣法は絶対真似したくないな……」

 

 

 次郎太刀に引き続き、次から次へと現れる四十四支部の刀剣男子たち。

 辺りを見回して驚愕の色を濃くしていく似蔵へと向けて、肩で息を吐きながら銀時はニタリと意地の悪い笑みを浮かべて言う。

 

 「へへっ……またまたやらせていただきましたァン! ってここは言っとくかな? どうやらマジでなんも見えてなかったみてーだな。ご自慢の鼻の良さはどうしたよ? もしかしてお鼻スッキリは冥土の旅路で忘れてきちまったか?」

 「チィッ………!!」

 

 心底忌々しげに唸る似蔵。

 らしくもなく戦いに熱中しすぎて、ここに近づく刀剣男子たちの気配に気がつかなかったことは、彼にとって大いなる苛立ちに違いなかった。

 己の焼きの回り具合もそうだったが、何よりも、

 

 「また……このパターンかィ……!! つくづく、アンタとの勝負は邪魔ばかり入りやがる……!!」

 

 しかし、いくら地団駄を踏もうとも状況が変わるわけではないのだ。

 だからこそ、人斬りに取れる選択肢はひとつしかなかった。

 

 「………白夜叉ァ!! ここはひとまずお預けにしとくが、忘れるなよォ……! ここで会ったが百年目ってやつさね……! 決して、アンタを逃がしゃあしねェよォ……!!」

 

 森の暗がりに溶け込み消えゆきながら、言い残して立ち消える紅色の人斬り。

 疲労困憊の銀時もまた、負けじとその背に言葉を投げ返した。

 

 

 

 「それは、こっちのセリフだ……バカヤロー……」

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 「………………………」

 「………………………」

 

 

 

 あかあかと輝く月の下。

 男と女は静かに酒を酌み交わす。

 

 

 やがて、銀時はおもむろに口を開いた。

 

 

 「なぁ、ひとつ聞かしてくんねーか?」

 「うん?」

 

 なんだいと応じた女審神者へと、盃の中の紅い月を見ながら銀時は、

 

 「”真打”と”影打”ってのは、いったいなんなんだ?」

 「ああ……その話か……」

 

 得心が行ったように何度も頷く女審神者。

 ずっと気になっていたことを尋ねた銀時が返答を待つ間、そーだねぇと女審神者は間を持たせるかのように何かを考え込む素振りを見せていた。

 

 「あんだよ? 言いづれー話なワケ? かてーこと気にすんなよ、なんせここァ銀魂なんだぜ? 大抵のこたァ、タブーにすらならねーよ。なんせ銀魂だからね?」

 「二回も言わなくていいよっていうか、なんでそんなに自由なんだろうねアンタたちと空知先生は……いやなに、タブーってわけじゃないんだよ。ただ、大事な話ってだけさ」

 

 同じく、杯の中の月を眺めながら十束はひとりごちる。

 やがて決心がついたのか、彼女は静かに語りだした。

 

 「……彼ら『刀剣男子』には、二種類のタイプが存在するんだよ」

 

 曰く。

 彼らは刀に宿った魂の具現――『付喪神』であり、審神者らは彼らを現世に固定し、彼らを使役する能力がある。

 それは言い換えればつまり、刀を媒介にした一種の式神術であり、彼らはその術式により召喚された式神であり、生体術式の結晶、更に言えば『概念武装としての刀の魂の投影』なのだということである。

 故に、術式の媒介となる代物―――寄り代となる刀さえあるならば、召喚できる式神は一体だけではないということであり―――

 

 「同じ刀を媒介とした同位体の刀剣男子を、複数体創り出すこともまた可能だってことさ。だから、ウチに居る子たちと同じ顔かたちの刀剣男子が、各支部にも何十体と存在しているってことさ」

 

 歴史修正主義者と戦うために、人類が生み出したのが刀剣男子。

 彼らは付喪神ではあるが、人類にとってはそれよりも先に『戦力』としての価値こそが彼らには必要とされたのだ。

 だから、彼らは”量産”された。

 ひとつの雛形(かたな)から、何人もの刀剣男子が生み出されたのだ。

 そんな彼ら、『第二世代』のことを――――

 

 「”影打”と、アタシら審神者は呼んでいるというわけさ。なにも、蔑むような意味があるわけじゃ無いんだ。ただの呼び方として、区別をするために、そう呼んでるってだけなんだ。もっとも、彼らにとってはそんなに簡単に割り切れるようなことじゃあ、到底ないんだろうけどね」

 「……テメーがオンリーワンじゃあ無い気分ってのは、どんなもんなんだろうな。いったい……」

 

 悪趣味なことしやがる、と銀時は吐き捨てる。

 それを聞いてか聞かずか、敢えて答えることなく女審神者は続ける。

 

 「そう。そして、複製を創り出すためには当然、雛形が―――オリジナルが要る。だから、人類は彼らを創り、彼らに名付けたのさ……」

 

 はじまりの刀剣男子。

 全ての刀剣男子には、すべての影打には、その原型が存在する。

 まだ人類が歴史修正主義者と邂逅して間もないころ、一番最初に生み出された”彼ら”。

 オリジナルの刀剣男子である彼ら、『第一世代』――――

 

 「ソイツが、”真打”ってわけか……」

 「ご名答。当然、オリジナルだけあって彼ら”真打”は、複製とは比べ物にならないほどに強大な力を備えてた。それこそ、どこの誰が―――どこの支部が保有するかで、議論が延々絶えなかったほどにね……」

 「……結局、どうやって決着がついたんだ?」

 「………いろいろ、あったのさ。なんやかんやの紆余曲折が、ね………。今や、いったい彼らがどこに居るのか、いったい彼らの何人が生き残っているのか。それすらも分からなくなっちまった」

 

 とても一言では形容できないような、複雑な感情が渦巻いた横顔だった。

 そんな女審神者を盗み見て、銀時はまた盃をくいっと傾ける。

 

 「彼ら”影打”の刀剣男子たちは、心の奥底にはみーんな同じ想いを抱えているのさ。『自分は、”真打”じゃない』っていう、共通の想いをね。まったく、やってられない話だよ……」

 「………………」

 

 盃が空になったことを確かめた銀時は溜息と共に盃を置き、よっこらせと屋根の上で立ち上がる。

 立ち上がって伸びをする彼に、女審神者は何も言葉を発さなかった。

 黙って、杯の中のぬらぬら輝く月を見据えるだけだった。

 

 「ごっそーさん。予想通りシケた酒盛りになっちまったが、まあ一応酒の礼だけは言っとくぜ」

 「はいはい。言っとくけど、盛り上がらなかったのはアタシのせいじゃないからね。まっずい肴しか無かったからだから、そこのとこよろしく」

 「ちげーねーな」

 

 そう言って登ってきた梯子の方へ歩いて行った銀時だったが、その途中でどうしてか、彼はもう一度その場に立ち止まった。

 背を見せたまま顔は向けず、女審神者へと声だけを寄越して、

 

 「………よぉ。ひとつ、頼みてーことがあるんだけど」

 「アラ、万事屋さんが頼みごと? いったいなにかしら?」

 「……道案内」

 

 いったいどこへと尋ねる間もなく、銀時の口から語られたその目的地に女審神者は眉を上げた。

 

 「別に構わないけど……行って、どうするつもり?」

 「そこまで言わなきゃダメだってんなら、勝手に一人で行ってやらあ」

 「心臓を賭けてもいいけど、一人じゃ絶対に行けっこないわよ? いいわ、案内人をつけてあげる。気をつけていってらっしゃいな」

 「へーへー。わーってるよ、オカン」

 

 だるそうに肩ごしに手を振って、銀時は屋根から梯子を伝っていった。

 それを見送った後、十束はふぅとため息をひとつ吐いた。

 それから、懐から端末を取り出して何処かへと連絡を取り始めたのだった。

 

 「あー、もしもし? うんうん、アタシアタシ。元気してた? いや、しばらく顔を見てないなーと思ってね。うん、そりゃあ何よりだね。……あぁ、そうだった用件だ。えっとね、ふたつあるんだけど。うん、ひとつは道案内。死んだ魚の目ェした白髪パーマが、なんか行きたいところあるんだって。うんうん、ありがとね。二つ返事で了解してくれる君は、本当にいい子だよ。今度会ったらたっぷりお姉さん流で可愛がってあげるからね? ん? 遠慮することないってばあ、グヘヘ。あ、そだった。ふたつめはね………」

 

 

 




 最近、ジャンプで銀魂読むのがドキドキでたまりません。
 いよいよ今年中で終わってしまうんでしょうか。あまりにも寂しすぎます。
 と同時に、アニメの方は毎週楽しみで楽しみで仕方ありません。
 毎回テレビの前で正座してリアタイで見てます。
 はぁ、いいもんですね……銀魂って。
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