ですが、なーんかこうイマイチな……これは自分にしては珍しく改稿するかもしれません。
とにかく、それくらい大事な回なんです。
では第六訓、はじまりはじまり。
その男はひとり、臥して茫と天井を見上げていた。
布団と必要最低限の家具のみしか置いていないその部屋の中心。
身じろぎもしないでただ横たわっているだけの青年は、目を開いていることそれ以外では確認することが困難なほどに『生きている』という印象があまりにも希薄だった。
目を開いてはいるが、その瞳には何も映っていない。
心臓が動いてはいるが、それはただ不随意筋が勝手に動作を反復しているだけ。
辛うじて、生きているだけ。
生きようとする意志は置いてけぼりで、それでも心臓は意志とは関係なくただ鼓動を打つ。
折れてしまったその青年は、贋物であることを受け入れてしまったその青年は、あまりにも存在感が薄すぎた。
離れに位置しているからなのだろう。
鳥のさえずりや木々のざわめきも遠く微かにしか届かないその部屋は、主である青年の印象も相俟ってまるで霊安室の如き静謐さを湛えていた。
久しく音のひとつも生まれなかったその場所に、
「………妙だな。俺はどうも絶対安静のようだから、面会は如何なる者も一切謝絶の筈なんだが」
戸を開けて部屋に上がり込んできた何者かは、青年の嗄れ声の問いにも特に返答を寄越すことなく、黙って枕元にどっかりと腰を下ろすのみだった。
そのまま口を開く気配の一向に無い何者かに、その青年――山姥切国広の何かが刺激されたのだろう。
「―――だんまりを決め込む、か。誰かは知らんが、いったい何の用でこんなザマの俺の所まで足を運んだんだ、お前は。………鬱陶しいから、出て行ってくれないか。でなければ、俺は勝手に独り言でも垂れ流すぞ」
或いは、無聊の慰めか。或いは、人恋しさか。
とにかく、そんな何かに突き動かされるようにがらんどうの部屋に流れ始めたのは、寡黙な青年の誰に聞かせるでもない呟き。
「……独り言だから言えるんだが、俺は今、大層傷ついている。まぁ、見れば分かるかそれくらい。全身隈無く傷だらけ、それに剣士の魂の”これ”に至っては……ご覧のとおりだ」
山姥切が臥せたまま掲げたのは、右の腕。
―――上腕から下、肘から先がまるごと喪われた、右の腕。
「ははっ……正しく、満身創痍ってやつだ。修復しても、元通りには行かないらしい。もう、前と同じように刀を取るのは、難しい……らしい……」
微かに語尾を震わせて言った山姥切は、残った左の手で顔を覆った。
涙は流さなかった。
ただ、その姿は酷く疲れきっているように見えた。
「今までずっと”俺は偽物じゃない、偽物じゃない”とだれかれ構わず叫び続けて、自分なりに遮二無二やってきたつもりだが、どうやらその悪足掻きも終わりにせざるを得ないらしい。……当然だな。刀も握れない刀剣なんて、それこそ偽物以下だ。本当の意味で、なんの役にも立たないガラクタさ……」
”悔しい”と、そう叫ぶだけの気力すらも使い果たしたのだろう。
”もう終わりだ”と、絶望することすら億劫なのだろう。
隻腕の山姥切は、本当に疲れきっていた。
疲れきって、ただ静かに臥して待っているのだろう。
眠るように安らかに訪れるだろう、やがて来たる”その瞬間”を。
「……ああ、知ってたさ。最初から理解ってたさ。こうしてこの身体を得たその時から、既に分かっていた。……俺は紛れもなく
枕元で座する訪問者は、相変わらず相槌も打たないで黙したまま。
黙したまま布団を挟んだ反対側、山姥切の右の枕元に置いてある”ソレ”を、じっと見据える。
「俺は……いったい、なんなんだろうな……? ニセモノのニセモノである俺は、いったいなんなんだ……? 俺は、どこに行けばいい? どこでなら、俺はホンモノになれるんだ……? どこでなら、俺は認めてもらえるんだ……? 受け入れて、もらえるんだ……?」
涙の代わりに流れて落ちるのは、抑えきれない胸の裡。
迷子の童が泣き喚くように、自分を見つけてくれる親を探すように。
溢れて零れて、流れて消える言葉たち。
「俺は、こんな所で無様に寝ている場合じゃないのに……! こんな所で女々しい泣き言を垂れているようじゃダメなのに……! 俺を偽物と言った
「……………………」
ひどく傷ついた孤独な青年の嗚咽だけが、室内で空虚に響く。
それに答える者は、誰も居ない。
それから、どれほど経っただろうか。
「…………………」
――――パタン。
静かに障子戸を閉める音を置き去りにして、ついに訪問者は入室したその時から一言も言葉を発することなく部屋を辞していった。
「……何しに来たんだろうな、アイツは」
ひとしきり涙を流して気が済んだのか、それまでの動転ぶりが嘘のような落ち着いた調子で山姥切がボソリと呟く。
彼が発した疑問通り、訪問者はしばらく部屋に黙って居座っていたかと思えば、本当に何をするでもなくさっさと立ち去っていったのである。
大丈夫だと慰めの言葉をかけるでもなければ、しっかりしろと叱咤を飛ばすでもなく。
ただ黙して、青年の男泣きを見物して去っていっただけなのだった。
「……どこの誰とも知れん奴にあんなところを………今になって猛烈に恥ずかしくなってきたぞ……」
近しい仲間や仕える主にすら見せない己の弱さを、あんなどこの馬の骨とも分からない輩の前で露呈してしまったこと。
「……うぅ、一生の不覚……………んん?」
顔を朱に染め身悶えして後悔する青年は、その段階になってようやく
それは、些細な見落としなどという言い訳では到底済まされないほどに恐るべき事態。
通常なら、絶対に見落としなどするはずもないとても滑稽な事態。
「……………あぁっ!?」
身体を疵つける負傷も、心を蝕む絶望も。
その一瞬だけはそれら全てをどこかに置き忘れて、山姥切は布団から跳ね起きて素っ頓狂な声を上げていた。
「な………無い……!!
訂正しよう。
正体不明の訪問者は、どうやら泥棒だったらしい。
慰めも叱咤もしなかったそいつは、代わりに青年の枕元からある物を掻っ攫って去ったのだった。
「あいつ………絶対、許さねぇ……!!」
男泣きを見られた上に、とんでもない物を盗んでいったあの男。
それはそれは真っ赤に染まった、恥ずかしさと怒りの狭間で揺れる青年の顔。
どうやら謎の訪問者による謎の訪問も、まんざら意味のない事ではなかったようだ。
山姥切の顔は少なくとも、死人のような先の表情よりはよっぽどマシな面構えに変わっていたのだから。
――――――――――――――――――――――
「審神者殿、ようやく補足できたようだ。索敵に感有り、だよ」
四十四支部、正門前。
手持ち無沙汰な様子でぼけっと門にもたれかかっていた女審神者の元へとそんな報告を届けたのは、眼帯で片目を覆った鋭い容貌の青年――燭台切光忠。
光忠の呼び声に反応して振り向いた女審神者は、うーんと身体を伸ばしながら彼を労う。
「ついにやっこさんの尻尾を掴めたかい。ごくろーさんだね、みっちゃん。お疲れのトコ悪いけど、詳細も教えとくれ」
「言われなくても」
女審神者が彼に頼んでいたのは、先に会敵した『人斬り似蔵』の追跡であった。
狭霧守配下の腕利きたちを瞬く間に壊滅に追いやり、『四十四』も
そんな存在をいつまでも野放しにしておくことなど出来るはずもなく、審神者・十束は似蔵の即時追討を四十四支部の独断で実行に移したのだった。
本来ならば一支部の独断専行など御法度なのだが、今回は状況も状況なだけに上層部に掛け合って判断を仰ぐなどといった悠長なことは言っていられない。
それに、
「なーんだか、
「えっ? うそ、僕臭うのかな!? そんな、服は毎日お洗濯してるし、お風呂だってちゃんと毎日……!」
「あああ、御免御免! 君のことじゃないんだ! 大丈夫大丈夫! 全然臭わないよ、むしろフローラルなかぐわしい匂いが……クンカクンカ、グヘヘ」
「うわっ!? ひっつくな! もうすこし、離れ……て!」
「おう……残念、もっとイケメンフレーバーを鼻腔の隅々まで堪能したかったのに」
光の速さで後ずさって身構える燭台切と、肩を落とす女審神者。
「もう……馬鹿なことやってないで、報告、続けるよ?」
「へいへーい」
まったくもう、と報告を再開する燭台切。
そも、一口に追跡と言っても、事はそう単純な話ではなかった。
存在そのものが全くのイレギュラーだった似蔵は、追跡することそれ自体が極めて困難だったのだ。
「追跡対象『紅桜』は、どうもただの歴史修正主義者の尖兵とはひと味も二味も違うらしいね。かと言って全くの未知の敵かといえば、それも違うと来てる」
「それに関しては、銀さんの事例が参考になるよね。彼もまたイレギュラーな存在だし。刀剣男子でもなければ、歴史修正主義者でも無い。しかし、全く違う存在かと言えばそれもまた否……全くの第三勢力……敢えて言うなら、『時空の迷い子』ってところかね?」
「微妙なネーミングだね、それ……」
「そうハッキリと言ってくれるなよ、みっちゃんや……」
やや強引な物言いで結論づけるならば。
岡田似蔵は、『半』歴史修正主義者とでも言うべき存在だったのである。
歴史修正主義者の力をその身に取り込んだ妖刀・紅桜、それがあの人斬りの実態だった。
「いったい、どういう仕掛けなんだろうねえ……? 何の因果か奴らに出遭って? そんでもって、奴らの力を喰らって我が物としたってことかい? ぞっとしない話だよ、正真正銘のバケモノじゃないか」
「おそらく『紅桜』は、生身でも十分にバケモノだったんだと思うよ。それがその上、ってことだね。おまけに完全な歴史修正主義者じゃないから、僕らの探知にも引っかからない。本当にタチが悪いよ、アイツは」
燭台切の言の通り、いざ索敵をするという段になって困ったのがその点だった。
おそらく、狭霧守の小隊が呆気なく瓦解させられたのもそれが原因なのだろう。
『紅桜』は中途半端な骸兵であったが故に、刀剣男子や審神者らの索敵に上手い具合に掛からなかったのである。
「でもまぁ、結果的には捕まったわけだろ? あの呑んだくれには本当に感謝しなきゃねえ」
「うん、僕もそう言ったんだけど、そしたら次郎のやつ『礼なんかいいから酒をくれ』ってさ。あれ以上まだ呑むなんて、僕には信じられないよ。次郎の肝臓はいったいどうなってるんだろう? ていうか、次郎の頭は大丈夫なんだろうか?」
「アタシに聞かれてもねえ……」
そう、追跡を行うにあたってあまりにもこちらに分が悪い条件は、しかし思わぬ所から展望が開けたのだった。
『えぇ~? あいつ追っかけんの~? うぃぃ……だったらぁ、アタシがマーキングしといたからぁ……それを辿っていけばいいと思うわよ~……ひっく』
へべれけの調子で女審神者へとそう宣ったのは、先の交戦で似蔵を退かせた大太刀である次郎太刀だった。
いつの間に仕掛けたものやら、次郎太刀の発言は酔いに任せた適当な代物では無かったらしく、『紅桜』の位置を明確にロケートすることが出来たのである。
(……『あの時はちょっとヤバかったから、もしかしたらアイツにもひっかかったかもしんない』って言い方が個人的にすごく気になるんだけど、次郎はいったい何をひっかけたんだろう。もしかして、アレかな? ゲ○的なアレ……?)
言わないほうがいいんだろうなぁ、という燭台切の配慮により微妙に詳細は伏せられた報告だったのだが、それはそれとして似蔵の位置が掴めたという結果それ自体は、これ以上ないほどの成果だった。
故に女審神者は急かすように燭台切に、
「で? 肝心の位置は? いったいやっこさん、どこの座標に逃げ込んだんだい?」
「えっとね、詳しい位相情報は後から目を通してもらうとして、一言で言うなら………」
「――――俺ンとこの世界、だろ?」
やたら覇気のないローテンションな、それでいて不思議とよく通る気だるげな声。
燭台切と女審神者の会話に唐突に割り込んできた声の主は、声と同じくだるそうな足取りでふたりの方へとゆったりと歩み寄って来る。
「あ、おかえり銀さん。用事は済んだのかい?」
「まー、いちおうな。帰ろうとしたら案内役が居なくなっててスゲェ焦ったけど。なんなのアイツ? ガイドなら最後までガイドしろよ、なんでよりにもよって帰り道で置いていっちゃうのアイツ?」
白髪頭をバリバリと掻きむしって悪態をつく銀時。
大変だったね、と銀時を気遣う燭台切の横、女審神者は何やら奇妙な表情を浮かべていた。
向けられていた胡乱げな視線に気づいて、銀時は彼女に尋ねる。
「んだよ、変なツラしやがって。もしかしてアレですか? 女の子の日?」
「………”ソレ”、彼のだろ。銀さん、アンタいったい”ソイツ”で何する気だい?」
銀時の軽口に珍しく付き合うことなく、ややもすれば彼を非難するかのような調子で反駁する女審神者。
彼女の視線は、銀時が手に携えていたある物へと注がれていた。
基本的に何事にも大雑把で鷹揚な彼女らしからぬ厳しい雰囲気に、しかし全く気負う様子もなく白髪パーマはアンニュイな返答を返す。
「ああ、コレ? なんかよく分からねーけど、つい持ってきちまった」
「つい、って……アンタねえ…! ソイツは彼ら刀剣男子にとって魂のような……!」
適当な返事しか寄越さない銀時に、ほとほと呆れたといった調子ですれ違いざまの彼の肩を掴もうとした女審神者は、伸ばした手を途中で宙に止めた。
彼女は遅まきながら、ようやく気づいたのだ。
「持ってきちまったからには、しょうがねえ。コイツの仕事は、俺が代わりにやってやるよ。後でたんまり依頼料でもふんだくってやるさ」
飄々としているようでいて、この男は単に素直じゃないだけなのだと。
声も態度も、相変わらず無気力な脱力気味。
しかし、彼の背中は確かに語っていた。
彼が背負うと決めた、ひとりの青年の無念を。
彼が再び貫くと決めた、己の
「食材切りミッチーくん、報告は続けねーの?」
銀時の促しに、あぁそうだったと慌てて追跡記録の書面をめくり始めた燭台切が読み上げたロケーション。
やはりと言うべきか、はたまた皮肉にもと言うべきか―――――
「―――大江戸湾上空、『鬼兵隊』艦隊群。高杉晋助率いる『鬼兵隊』と、桂小太郎率いる攘夷志士一派の交戦が行われた時間軸。追跡対象『紅桜』が移動した場所は、そこです」
―――――――――――――――――――――
吹き荒れるのは鉄風雷火、鼻腔をくすぐるのは潮風と放火と硝煙の綯交ぜ。
耳を澄ませば、肉が叩き切られて血が飛沫く音まで聞こえてきそうなほど。
掛け値なしの、戦争の空気だ。
「ん~……イイ匂いだねェ」
空に浮かんだ巨大な艦の上。
盲目の人斬りは、戦場の空気をまるで質の良い香でも嗜むかのように、実に芳しげに味わっていた。
彼の腕と同化した禍々しき長刀も、彼の内心の高揚に応えるかのように妖しく蠢く。
歴史を渡って暴虐を尽くし、その暴威で以て歴史の改変を目論む『遡行軍』の力をその身に取り込んだ似蔵は、迷うことなくこの時間この場所に跳ぶことを選んだ。
ずっとずっと、焼き付いていたから。
かつてこの場所で妖刀を振るっていた時も、その妖刀に身体を乗っ取られていた時も。
銀の侍の刀がこの身を断ち斬った時も。
そして、こうして黄泉の淵から這い上がって来てからも。
目障りな『光』は、鬱陶しくこびりついた『光』は、人斬りに纏わりついて片時も止むことは無かったから。
「いい加減、うざったくて敵わないからねェ……今度こそ、僅かも残さずかき消してやらんとねェ……」
妖刀に魂を売り渡してなお、あの男には届かなかった。
紅桜にあの銀の侍の血を吸わせてもまだ、光を消すには足りなかった。
今度は違う。
時の狭間さえ渡る骸の兵の力を取り込んだ今ならば、完全に忌々しい光を断ち切ることが出来よう。
光を消し去り。
あの銀の侍を消し去り。
あの人の隣で時代を創る。
今なら出来る、今の己ならば出来ない事など何もない。
「俺は、変わったのさ……『岡田似蔵』でもなく、『紅桜』でも無い、全く新しいおニューの俺にねェ……! それなら、あんたはいったいなんだい……? 生まれ変わった俺の前に立っている、しつこいあんたはいったいなんだっていうんだい……?」
振り返った人斬りは、己の前に立ちはだかったその男へと問いをぶつけた。
諸々合わせて、都合五度目。
性懲りもせずに、つくづく諦めることを知らずに。
まるで、予定調和。
あの時と同じ、人を喰った面構えで。
あの時と全く同じ、あの時と欠片も変わらずに。
人を馬鹿にしくさっただらしの無い笑みを顔一杯に浮かべて、坂田銀時は応えた。
「宇宙一バカな
次回のタイトルは、既に自分の中で決まってます。
そして、それに恥じないような出来にしたいなぁとプレッシャーが半端ないです。
なんだこの一人相撲は。
ではまた次回。