やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー   作:kue

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第11話  ボッチに言ってはいけない3NG

 翌日の放課後、奉仕部の活動を終えた俺は大志と会うべく近くのファミレスで待っていた。

 結論としては大志の姉、川崎沙希はアルバイトをしていると言う事になったが果たしてそれだけで大志が納得するか。否、納得しないだろう。あいつが聞きたいのは何故、アルバイトをしているか、なのだから。

「あ、お兄さん!」

「てめえにお兄さんと呼ばれる筋合いはねえぞ、おら」

「じゃ、じゃあ何と呼んだら」

「そりゃお前……お兄さんでいいや」

 良い名前が思いつかず、お兄さんと呼ぶことを了承すると大志は軽くズッコケながら俺の向かい側に座った。

「それで姉ちゃんは」

「俺の結論としてはアルバイトをしていると言う事になった。朝帰り、2年生になってから、エンジェルなんとかいうところから店長と名乗る男からの電話。恐らく河崎沙希は家族にも話したくない理由でしてるんだろ」

「……やっぱりそうすか……姉ちゃんあんなに真面目だったのに」

 学校で川崎沙希を見てみたが雰囲気から言えばヤンキーっぽい。眠たいのか知らんが眉間に初音に皺が寄っているから遠くから見たら睨んでいるようにしか見えない。

「あ、あの実は姉ちゃんに黙ってこれ、持ってきたんす」

 そう言い、テーブルの上に出したのはエンジェル・ラダー天使の階と書かれた名刺だった。

「で、こっちがその店のHPのコピーっす」

 ……何この劣等感。明らかにこいつの方が優秀じゃん。ていうかここまでできるなら最初から自分でやっておけよ……なんか中学生に負けた気分じゃないか。

「ふ~ん。バーなんだ~」

「……お兄さん、拗ねてます?」

「別に……朝方まで営業してるバーカ。決まりじゃねえの」

「今、”バー”と”か”をかけませんでした?」

「深読みしすぎ……で、なんで俺にこんなの見せるの」

「お兄さん……潜入捜査お願いします!」

 世界で一番頼まれたくないことを押し付けられてしまった気がする。

 ボッチの俺にこんな派手なお店に1人で潜入捜査しろというのか……あぁ、あのボッチを憐れむ嫌な視線が俺に注がれるのかと思うと冷や汗かいてきた。

「ヤダ」

「そこをなんとか! 俺、今日塾があっていけないんす!」

 ……とはいってもそもそもこの依頼を承ったのは俺の意思だしな……ここで断ったらなんか評価されちゃいけないことを評価される気がする。

 ……仕方がない。

「わ~ったよ」

「ほ、本当っすか!?」

「とりあえず話だけ聞いてくる……その代わり俺が傷ついたらお前が慰めろよ。お金で」

「うっ。で、出来れば安めに」

 そんなわけで大志とは店の前で分かれ、一旦家に帰って父親のクローゼットから結婚式などによく着ていく服をあれやこれやと探し、見つけたスーツを小町に補助してもらいながら着替え、一応なけなしのお金を財布にぶち込み、小町に店の前まで送ってもらった。

 ……ホテル・ロイヤルオークラって初めて来たけど……ボッチには合わん。

 建物の中へ入り、エレベーターで最上階まで行くと既にそこは俺には合わない景色が広がっていた。

 光々と光っているような明るさではない穏やかで優しい明かり、スポットライトで照らされたステージ上にはピアノが置かれており、それを白人女性が静かに引いている。

 ギャルソンに案内された場所へ座るとコースターとナッツが置かれた。

 ……俺、そんなに荒ぶる社会で生きる大人に見えるのかな。

「川崎沙希……さんだよな」

「申し訳ありませんがどちら様でしょうか」

「同じ高校の比企谷八幡って言うんだけど」

 少々大きめの声で高校という部分を強調して言うと一瞬慌てた様子で肩をびくつかせ、俺の方をじっと睨んできた。

 は、早く帰りたい……大志め。あとで覚えておけよ。

「何の用」

「うちの妹経由でお宅の弟さんから相談されたんだよ。最近、姉の帰りが遅いって」

 そう言うと聞こえはしなかったが河崎沙希は小さく小言を言った。

「で、あんたは何をしに来たの。告発でもしに来た?」

「年齢詐称してるのか……別にそんなことしに来たわけじゃねえよ。年齢詐称してでも働かなきゃいけない理由を俺は聞きに来ただけだよ。他人がバイトしてるなんてどうでも良いし」

「言うと思うの?」

「思わない……だからお前と話しに来たんじゃん」

 ……傍から見たら俺、口説いてる変態じゃね? それになんか後ろから変な視線を感じる。

「……」

「お前がバイトを始めたのが2年に上がってから。大志の元々はまじめだったっていう発言から考えるにぐれた様ではない。むしろ河崎さんの家庭環境でぐれれば最悪なことになる。本人はそのことを知っている……んで、うちの学校は一応進学校って言う括りだから……これ以上、話す意味ねえよな」

 うんって言ってください。でないと俺のピュアな心が壊れます!

「…………」

「別にバイトしてることなんてどうでも良いんだよ……問題は家族にまで見えないバリア張ってるってこと。家族に心配かけたくないからつって何も言わないのは逆に心配かけてるってことだ。他人は誤魔化せても家族は見えないバリアに気づくのは早いぞ」

「随分、喋るんだね。普段は静かなくせに」

 ……あ、あれ? 視界が……視界が濡れてくるよ。

 俺は溢れ出てくる涙を裾で拭う。

 ボッチとしては言われたくない言葉だ。

「別に家族に心配かけたくないから言ってないんじゃないし。もうあたしだって17。大志が塾に行き始めて必要経費が増えて家計は火の車一歩手前。そう言う状況見て頼ろうと思う? あたしは頼ろうとは思わない。自分の塾の費用位は自分で出す……どの道、経験しなきゃいけない事なんだから早いか遅いかの違いじゃん」

「別にそれに付いては否定しねえって……自分が良くても家族が心配することだってあるんだよ。自分の姉が秘密を抱えたまま朝帰りなんかしたら心配するだろ」

「……上から目線過ぎない?」

「…………経験があるから……大志にあんな思いはしてほしくないんだよ」

 過去に俺は河崎と同じように誰にも言わない秘密を抱えて生きていた。両親はもちろん妹の小町は特に敏感にそれに反応して俺にしつこく聞いてきた。

 その度に川崎の様に俺は突っぱねてきた。

 その結果…………小町は泣いた。俺の秘密を知った時に。

「大志にあんな思いはしてほしくない……だから俺はお前とこうやって話をしてるんだ。川崎……家族にだけは見えないバリアは張らない方がいい……最悪の結末を迎えたくないだろ。お前も、大志も家族も」

「…………あたしにどうしろっていうんだよ。塾行くのも金は要るし」

「……スカラシップって知ってる?」

 そう尋ねると河崎は何も言わずにじっと俺の方を見てくる。

「最近の塾は成績優秀者の授業料を免除してんだよ。もちろん教材費とかもろもろはいるだろうけどそれでも夜中にバイトなんてしなくてもいいくらいに出費は抑えられる。大学に行きたいっていうくらいだから勉強の熱意はあるんだし、スカラシップ狙えると思うけど。他にも夏期講習や冬期講習しか行かないって言う手もあるし、進学校を謡ってるくらいだから学校だって放課後講習とかしてくれるだろ」

「…………」

 俺が言い終えると何か考えているような表情を少しした後、慣れた手つきでグラスに飲み物を注ぎ、俺の前に置かれているコースターに置いてくれた。

「え、いや俺」

「ジンジャエールだから。あと奢り」

 ……話をしたらすぐに帰るつもりだったんだけどな……ま、まぁ入れられたものを残すなんてことは……ねぇ。

「勘違いしてた」

「え?」

「言っちゃ悪いけど……てっきりあんたは片足だから適当にしてるかと思ったけどナチュラルな状態で適当にしてるんだな。見くびって悪かった」

「……どこからどう聞いても俺には自堕落人間って言ってるようにしか聞こえないんだが」

「違うの?」

 川崎にそう言われ、少し考えてみるがあの事故以前から俺は色々と自堕落な生活を送っていることに気づくがうんともいえないのでとりあえずチビチビ、出されたジンジャエールを飲んだ。

「…………もう1つ頼みがあるんだけど」

「ん?」

「……そ、そのお薦めの塾とかある?」

「んごほっ! げほっ!」

「な、何急き込んでんだよ!」

 突然、言われたことに呆気にとられている隙に喉の奥にジンジャエールが流れ込み、反射的に飲み込むと入っちゃいけないところに入ったのかむせてしまった。

 は、鼻から炭酸って痛いんだな。

「なんでんなこと聞くんだよ」

「いや、うちあんまりテレビ見ないし塾とかの広告も捨ててるし」

「学校のパソコンで調べろよ」

「ま、まあそうなんだけどさ……あんた知ってんじゃないの?」

「習い事はおろか塾には一切行っておりません。入院期間長かったからその間に勉強終わらせたし」

「あっそ……ま、ありがと」

「どうも」

 出された飲み物を飲み干し、店を出ようと立ち上がって後ろを振り返った瞬間、ドレスのようなパーティー衣装を着た少女がこちらを見ているのに気付き、ふと顔を上げるとそこには見知った顔があった。

 いつもの長い髪は邪魔だと判断したのか上の方に結ぶことで短くし、薄暗く分からないけど化粧も少しはしているであろうその顔は奉仕部でいつも見かけている雪ノ下雪乃そのものだった。

 ……何で雪ノ下がこんなところに。

 互いに数秒ほど見合っていると彼女の下の名前を呼ぶ男性の声が聞こえ、雪ノ下はそのまま俺に背を向け、男性の集団へ向かうと丁寧にお辞儀をした。

 …………雪ノ下雪乃の俺達とは一線を画している空気の正体はこれか…………。

「何してんの? そこまで送るけど」

「あ、あぁ。頼むわ」

 男性たちと談笑している雪ノ下の姿を視界から外し、俺は店を出た。


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