やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー   作:kue

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第13話  こうして俺は選択を間違える

 数日後の放課後、奉仕部の部室には俺と雪ノ下の二人しかいなかった。

 あれ以来、由比ヶ浜は三浦たちリア充グループとも遊んでいないらしく、ただただ1人で学校に来て授業を受けて家に帰っているらしい。

 これでいい……これでいいはずなんだが俺の中にはモヤモヤが残っている。

 確かに由比ヶ浜が手綱を離したせいで犬が車道に出てしまった。

 でも、そこからの行動は俺の意思でやったことだ。

 だから由比ヶ浜の責任じゃない……だから俺は由比ヶ浜を突き放した……これで由比ヶ浜は加害者意識から解き放たれて元のリア充グループに戻れる……はずだったんだ。

「……なあ、雪ノ下」

「何かしら」

「……今日は帰るわ」

 そう言うと雪ノ下は一瞬、口元をピクッと動かしたが何も行動に移すことはなかった。

「……分かったわ」

 雪ノ下のその言葉を聞き、俺は鞄を持って部室から出た。

 特別棟をゆっくり歩きながら俺は考えていた。

 何が正解で、何が間違っているのか…………俺がしたことは本当に由比ヶ浜にとって、そして俺にとって最良の選択であったと言えるのか。

「お兄ちゃん」

「っっ。小町」

 校門を通り過ぎようとした時、声をかけられ、横を向くと自転車に乗った小町がいた。

「なんでお前」

「ん~。今日は早く行った方がいいかなって思って」

「……今日は歩いて帰ろう」

 そう言うと小町は自転車から降りて俺の隣につけ、ゆっくりと歩き始めた。

 俺たちの間に会話はなく、車が通り過ぎる音だけが大きく聞こえる。

「……何かあった?」

「…………まあ……な」

「……ちょっと公園寄って帰ろ」

 そう言われ、進路を公園に変更し、歩くこと5分ほどで近くの公園に到着し、俺が近くのベンチに座ると小町は自転車を留め、俺の隣に腰を下ろした。

 座ってもさっきと同じで2人の間に会話はない。

「……結衣さんと何かあった?」

 兄妹とは不思議なもので時々、悩んでいる核心のことを言い当てる時がある。

「……なあ、小町」

 俺は話し始めた。

 由比ヶ浜に加害者意識を持っているならそれは必要ないと言ったこと……俺がやったことは本当に最良の選択だったのかということ……それを話し終えた時、何故か1時間も2時間も喋っていたような気がした。

「……そっか……お兄ちゃん的にはそれで結衣さんが元に戻るって思ったんだよね」

「……あぁ」

「……多分……なんだけど。由比ヶ浜さんはそんな気持ちでお兄ちゃんと接してたんじゃないと思うな」

「…………」

「お兄ちゃんが車に轢かれたのは由比ヶ浜さんの犬が始まりだったかもしれない……もし、由比ヶ浜さんが本当に自分のせいだって思ってたら……多分、お兄ちゃんの隣にはいないよ。あ、でも責任がないって言ってるわけじゃないよ? 責任は抱いてると思う……けど、自分が加害者だから被害者のお兄ちゃんに話しかけなきゃいけないって思って接してたんじゃないと思うよ……本当に由比ヶ浜さんはお兄ちゃんと友達になりたいから接してたんだと小町は思うよ」

「……帰ろうか。小町」

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、いつものように奉仕部に集まるが由比ヶ浜の姿はない。

 いつも以上に静かな奉仕部の部室には外のクラブの叫び声が入ってくるほど静かだ。

「……少し聞いてもいいかしら」

「どうぞ」

「……由比ヶ浜さんと何かあったの?」

「…………」

 雪ノ下の質問に何も答えないでいると雪ノ下は文庫本に栞を挟み、そっと近くの机に置くと椅子を俺の方向に向けて座り直し、俺の方を見てきた。

「……私は由比ヶ浜さんが、貴方がいたこの2ケ月は悪くない……どちらかといえば楽しかったと思っているわ……だからこそ貴方たちの間に起きたことを私は心配している」

「……珍しいな。お前から話を持ち掛けるなんて」

 ついこの前はこの状況とは全く逆の状況だったのにな。

 雪ノ下は嘘はつかない……楽しいという言葉に嘘はないだろう。

「でも、お前には分からないさ……俺たちの間にあるものは」

 雪ノ下雪乃はあの事故の現場にはいない。だから俺たちの間にある黒いものを理解することは不可能だろう。

 事故の被害者の気持ちを第三者に予想しろと言っているようなものだ。

「失礼する」

「先生、ノックをとあれほど」

 いつまでたってもノックをしない平塚先生に雪ノ下は不満を漏らすが先生はどこ吹く風、椅子を俺たちの間に置き、そこに座って足を組んだ。

「雪ノ下。今日は帰っていいぞ」

「……分かりました」

 平塚先生の一言に雪ノ下は何かを感じたのかそそくさと帰る支度をし、チラッと俺の方を見てから奉仕部の部室から去っていった。

「……由比ヶ浜と君は加害者と被害者に近い関係にあったのだな」

「……」

「由比ヶ浜と話をしたのだよ。ここのところ様子がおかしかったのでね」

 無言の抗議をしていると先生はそう言った。

「……少しの間、君たち2人を部活参加停止にしようと思う」

 それが賢明な判断だろう。ただでさえ拗れてしまっている関係のまま部活をしてしまえば最終的に奉仕部そのものが壊れてしまう可能性だってある。

「私たちはお前たちの関係に手を出すことはできない……ただ……1つだけ言っておきたい」

「なんすか」

「君のことを大切に思っている人もいるという事を忘れないでくれ」

 そう言うと先生は椅子から立ち上がり、部室から去っていった。

 1人、残された奉仕部の部室は外の部活が終わったことにより、無音の世界となり、時計の針が進む音すらも今の俺には聞こえない。

 俺は頭を抱え、その場で蹲った。

「…………どうすればいいんだ」

『自分が加害者だから被害者のお兄ちゃんに話しかけなきゃいけないって思って接してたんじゃないと思うよ』

 その時、昨日、公園で小町に言われたことが不意に脳裏をよぎった。

 …………。

 俺はスマホの連絡帳を開き、目的の人物に数行程度のメールを送り、奉仕部の部室から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土曜日、俺は学校がないにもかかわらず制服を着て奉仕部の部室にいつもの位置に座っていた。

 別に学校が好きすぎるんじゃない……目的があるから来ているだけだ。

 その時、控えめ気味に部室の扉が開かれ、そっちの方を見ると気まずそうな表情をして俺を見ている由比ヶ浜がいた。

「…………悪いな。土曜日に呼び出したりして」

「ううん……何もないから」

 由比ヶ浜が座り、ようやく話が始まるかと思えばそうでもなかった。

 今までに感じたことがないくらいの気まずさとこの前から継続されている俺たちの間の蟠りが俺たちの喋るという機能を封じているような気さえする。

「………ゆ、由比ヶ浜」

 沈黙を破るために俺が彼女の名前を呼ぶと彼女は両肩を大きくビクつかせた。

「な、なに?」

「…………な、なんでお前は俺に……その……接してくれるんだ……加害者だからってことで被害者の俺に」

「違うよ」

 俺の意見は由比ヶ浜に一瞬にして切り捨てられた。

「事故に合わせてしまったって責任は感じてる……けど私が加害者だからってことでヒッ……比企谷君に接してたわけじゃないよ。私、上の名前は知っていたけど下の名前と顔は知らなかったんだ……同じ学校にいるってことは知ってたけど2年生になった時に比企谷君と始業式で話したときは知らなかったの」

「……いつ俺だって」

「優美子とギクシャクしてた時に小町ちゃんに会ったときに」

 俺の家に謝罪に来た時はまだ眠っていたし、対応したのは小町だったからな……小町と兄妹の関係の俺っていう事を知れば自然と事故の相手だってわかるか。

「……あの時、比企谷君に言われた時、やっと怒られたんだって思った。人に障害負わせたくせに誰からも怒られなかった分が今やっと来たんだって……障害負わせた私が誰かと仲良くする資格なんかないんだってやっと気づいた……本当だったら私が慰謝料払って何から何までしなきゃいけなかったのに」

 由比ヶ浜は溢れ出てくる涙を抑えることをせずにそのまま垂れ流しながら心に収めていた気持ちを言葉として吐き出していく。

「相手の車を運転していた人にだけ擦り付けておいて直接の原因の私がヘラヘラ笑って生きてちゃダメだよね……私は誰かと仲良くする資格なんかないもんね」

「……由比ヶ浜。俺は」

「大丈夫だよ。私、もう比企谷君に迷惑をかけるようなことしないから」

「ち、違」

「ごめんなさい……今まで比企谷君を苦しめるようなことして……」

 そう言い、由比ヶ浜は部室の扉を開けて走り去っていく。

「由比ヶ」

 思わず杖も持たずに立ち上がって彼女の手を掴もうとした時、右足に力が入らず、そのまま右半身から床に倒れこむようにしてこけ、それと同時に部室の扉が閉まった。

 違う……俺は由比ヶ浜に言わなきゃいけないことが。

 慌てて杖を握り、なんとか立ち上がって部室から飛び出し、校舎の外に出て由比ヶ浜の姿を探すがもうどこにも彼女の姿は見当たらない。

「……なんで……なんでこうなるんだよ」

 俺の声に反応してくれる人は誰も……いない。


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