やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー   作:kue

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第17話  こうして俺は踏み出すのである

翌日の放課後、ようやく平塚先生から部活解禁の令が出され。奉仕部の部室へ向かうと入り口の前で由比ヶ浜が複雑な顔をして立っていた。

1週間も来なければ入るのに戸惑いが生じるのもまあ無理はない。部活だってバイトだって1週間以上休んでしまえば自分がいた場所とは違う雰囲気を感じるものだ。

「あ、ヒッ……比企谷君」

 杖を突く音で気づいたのか由比ヶ浜がこちらを向いた。

 ……当分はこの距離感だな。

「入れよ。中で雪ノ下が待ってんだろ」

「え、あ……うん」

 そう言うと由比ヶ浜は戸惑いながら扉を開け、部室へと入った。

 中には相変わらず雪ノ下が椅子に座り、文庫本を読んでいた。

 チラッと雪ノ下から離れた場所に水滴だらけのウォータークーラーが設置されているが俺たちはそれを無視し、いつも通りの位置に椅子を置き、座る。

「はちえもーん!」

「おい、いつから日本は喋るウォータークーラーを開発したんだ?」

「忍者ハチトリ君でもいいから話だけでも!」

 2人の顔を見てみると面倒くさそうな顔をしているがとりあえず聞いてやれよという顔をしていた。

「で、何? 新作がけちょんけちょんだったのか?」

「否! いや、間違ってはないんだけど……」

 おぉ、一瞬素に戻ったぞ。

「とりあえず聞けい! 我は今、ゲームのシナリオライターを目指していてな」

「おい、ラノベ作家はどうした」

「収入が安定しないのであきらめたのだ」

 すんげぇ、現実的な話。まあラノベ作家の中でも兼業で書いてる人は結構多いらしいしな。

「それでだ! 時に八幡は遊戯部をしっておるか?」

「遊戯……王?」

「遊戯部。今年から新設されたゲーム全般を研究する部活らしいわ」

「左様。我は先日、ゲーセンで遊んでいたんだが仲間の1人にシナリオライターの話をしたのだ」

 夢を話される他人からしたら勘弁願いたい話だけどな。

「みな、一様に盛り上げてくれたのだ……だが1人だけ! む、むむ無理だとかゆ、ゆゆ夢だとか言い出す輩がいたのだ! 火が付いた我はコミュで煽りに煽ったらどうやらここの生徒らしく、ゲームで決着をつけようと言う事になってしまったのだ」

「ふむ。四字熟語クイーンの由比ヶ浜。こういう状況を何という」

「え、えっと自業自得!」

「ぼっがはぁぁ!」

 由比ヶ浜の純粋無垢なる叫びを聞かされた材木座は大ダメージを受け、床に付してしまった。

 そう、まさに自業自得。他人から夢をバカにされることなど往々にしてあることなんだが材木座はそう言うことについて体勢がなかったのが今回の原因だ。

「で?」

「は、八幡! 我を勝たせてくれ!」

 ……これまたすんごいドストレートな依頼だな、おい。

「どうする?」

「断る以外にないわね」

「……かっかっか。奉仕部とは片腹痛いわ! この程度の依頼さえもこなせぬのか!」

 材木座が高笑いをあげながら言った瞬間、突然窓が閉まっているにもかかわらず真冬の風が教室内に吹き込んだんじゃないかと錯覚を起こすくらいに冷たい、そして粗ぶった風が吹き荒れた。

 チラッとその方向を見てみるといつもの雪ノ下がそこにはいたが明らかにその眼には炎が灯っているように見える。

 あまりの雰囲気に材木座と俺は一様に冷や汗を流しながら互いに見合い、頷いた。

 ―――――我々はパンドラの箱を開けたのだと。

「…………良いわ。その依頼、承りましょう」

 彼女の新たな性格を見たと同時にもう二度と見たくないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで同じ特別棟の2階にある遊戯部に決闘を申し込むために移動することとなった。

「ここね」

 扉の窓にマジックで遊戯部と書かれていた。

 ガラガラっと戸惑いなく扉が開かれると教室のあちこちに大量のゲームが山積みにされていた。

 ゲームと言っても現代ゲーム機などではない。オセロから始まり、トランプ、ウノ、チェスなどのゲームが大量に置かれており、それに囲まれるように教室の中央で遊戯部部員らしき男子2人がこちらを見ている。

「あ、あれって2年の雪ノ下先輩じゃ」

 おぉ。雪ノ下、まさかの下の学年にも知れ渡っている……ん? こいつら後輩か。

 事情を説明すると2人は材木座を見て、嘲笑の笑みを浮かべた。

「良いっすよ。約束ですし……まぁ、見返りがないとねぇ」

 チラッとそいつらは雪ノ下を見た。

「それにさ。俺達ってにわかとか嫌いなんだよね」

「そうそう。現実も知らないで夢ばかり見てるやつらって見ててかわいそうっつうか憐れっつうか」

 2人の言葉に材木座は言い返そうにも言い返せないでいた。

「ていうかさ、あんたみたいな人に来られても困るんだよね。この世界、そんな甘くないし」

 …………こいつら。

「じゃあ、ゲームは」

「こっちに決めさせてくれないか」

 そう言うと2人は驚きつつも不満げな表情でこちらを見てくる。

「お前らが選んだらこっちは不利だろ? 挑戦者に不利なゲームを選ばれるかもしれないし」

「……良いっすよ。どうせ俺達勝つし。自由に選んでくださいよ」

「そうだな……勝負は1回。俺たちが負けたら材木座の土下座」

「あと雪ノ下先輩を下さいよ」

「ちょ、ちょっと! それはいくらなんでも」

 奴らの提示に由比ヶ浜は怒りを露わにして詰め寄ろうとするが雪ノ下が彼女を腕で止めた。

「ゆきのん……」

 後ろを振り返るとジーッと雪ノ下がこちらを見ており、言葉に出さなくてもあいつが俺に何を言おうとしているのかは一瞬で理解できた。

「っっ……。分かったわ」

「ちょ! ゆきのん!」

「決まりっすね。で、何でやるんすか?」

 自分たちが勝つと自信満々なのか2人の顔には余裕の笑みと共に材木座に対して、心底見下したような表情を含ませている。

 山積みにされているゲームの山を見渡しているとふと、トランプのケースが見えた。

 ……これで行くか。

「大富豪で行かないか? 単純明快だろ」

「良いっすよ……ただし、遊戯部ルールで行きますが」

 確認のために全員の顔を見ると全員、文句がなさそうだったので了承し、その遊戯部ルールを聴く。

 要するに2人1組になり、互いに順番にカードを出していく以外は特に他の大富豪のルールと差異はなかった……が、問題は雪ノ下にあった。

 大富豪のルールを知らず、5分かけてルールを説明し、ようやくカードが配られる。

「ローカルルールはどうするのだ」

「そ~っすね。5飛ばし、7渡し、10捨て、革命・階段あり。イレブンバックあり。スペサン、ジョーカー上がりなしくらいでいいんじゃないっすか」

 舐められてる舐められてる……材木座。まあ、見てろ。

「じゃ、始めますか。先行はそっちからで良いっすよ。あ、あと一回だけ宣言無しで捨て場のカードと手札のカードを交換できるんで。あと誰かグループから1人でも上がればそこで終了。俺たちのどちらかが上がれば俺たちが、そっちのどちらかが1人でも上がれば勝者です」

 ……ほぅ。1回……奴らはそう言ったな。よし。

 先行は材木座から始まり、雪ノ下グループ、遊戯部グループという順番で回っていく。

「んじゃ。8で流して3で革命!」

 遊戯部グループに回った瞬間、まだ1周目にも拘らず革命、しかも革命によってカードの強さが変わったことで一番強い3を出したことに少し違和感を感じたがとりあえず、今は頭の片隅に置いておくことにし、目の前のゲームに集中していく。

 着々と順番は回っていき、こちらグループは俺たちが5枚と3枚、雪ノ下グループは3枚と2枚だが慣れているあちらのグループは1人は3枚、もう1人は5枚。

 流石に毎日ゲームに囲まれてるわけじゃない。

「煽ったくせによわ」

「ぐっ」

「煽ってくるから何かできるかと思ったけど全然じゃん。あんたさ、何か自慢できることなんもないでしょ」

 遊戯部の連中からの言葉に材木座は何も言えずにいた。

「エンターテインメント性とか何にも知らない引きこもりのくせにその上中二病引きずるとか最悪じゃん。中二病の人が書いた作品ほど爆死するって知らないの?」

「……ヌグググ」

「そっちの人もどうせ友達いないんでしょ? こんなやつとつるんでるくらいだし」

 俺は特にダメージは感じない……が、今のは少しイラッとくる。

「うわっと!」

 材木座が椅子に座る直そうとした瞬間、手に汗がいっぱいあったのか手を滑らせ、支えを失った材木座の大き目の体が滑り台を滑るように椅子から滑っていき、まるで「死んでくれないかなぁ?」がネタになっている913のヒーローのキックの様に両足が机を強く蹴飛ばし、捨て場の多数のカードが落ちた。

「イタタ」

「ちっ! 何してんだよ」

 遊戯部の連中は盛大に舌打ちをしながら床に落ちたカードを拾っていく。

 俺はその隙に持ち札のカード4枚と捨て場のカード4枚を交換した。

「ほんとあんた何にもできねえじゃん。現実見た方がいいって。イレブンバックの革命!」

「えっと革命で元に戻ってイレブンバックってことは……出せないじゃん!」

 遊戯部の連中は俺たちが出せないのを確信しているのかさっきからイラつく笑みを浮かべながら、雪ノ下の方をジーッと見ている。

「出せないっすよね? さっき俺達3で革命しましたし。じゃあ流して」

「はい。3の革命返し」

 俺が4枚のカードを出した瞬間、遊戯部の2人はおろか俺の味方であるはずの他のメンバーさえもあり得ないと言った感情を込めた視線を俺にぶつけてくる。

 ……痛い。心が痛い。アトム君だって言っていたじゃないか。心が痛むと涙になるって。

「はぁぁ!? い、いや! だ、だってさっき俺達最初に」

「流して6出して上がり。いえぇ~い、俺達の勝ち」

「……はちまぁぁぁぁん!」

 涙を流している材木座とハイタッチを交わし、互いに勝利を喜ぶが俺たち以外……特に遊戯部の連中はこの結果に納得いかない様子だ。

「いやさ……最初から3の革命したからこいつらなんかやるな~って思って材木座がカード落とした時に4枚一気に交換しただけ。別にルール上はなんも問題ないだろ」

「おかしいだろ! 普通1回っていったら1枚だろ!」

「お前ら1回1枚って言ってねえじゃん」

 俺がそう言うと遊戯部の連中は完全に逃げ場を塞がれ、何も言えなくなった。

 これが1枚1回の交換制度だったら負けてた。ふふん……小学生のころ、仲良しだった森本君がトランプを持ってきてみんなでやっていたのに俺だけなんだかんだで仲間に入ることができずに一人哀しく仮想大富豪をしたものだ……あの時ほど妹からの奇異な視線はなかった。なんせ誰もいないのに大富豪やってたんだからな……その週の日曜日、珍しく母親が外食に連れてて行ってくれたときのあの優しさは心にしみたわ。

「卑屈で偏屈でボッチの俺にその程度の策略は通用せんぞ」

「それを胸張って言えるって比企谷君ある意味凄い」

 言うな由比ヶ浜。心に刺さっちまうだろうが。

「んじゃ、約束通り材木座に謝ってもらおうか」

「え、あ、いや……も、もう1回! 大富豪は複数回のプレイを想定されたルールが」

 奴らがそう言った瞬間、偶然か否か机の立てかけてあった杖が山積みにされているボードゲームに直撃し、派手な音を立てながら床に落ちていく。

「……その……あれだ。現実は何回見ても現実だぞ」

「…………す、すいませんでした」

「……バカにしたようなこと言ってすみませんでした」

「……今まで馬鹿にされてきたこともあったからいい……そ、その我も煽りコメントを書いたのは良くなかった……も、申し訳ない」

「……そ、その……ゲーム。楽しみにしてるっす」

「ふ、ふん! 待っているがいい! この材木座輝義の名をとどろかせて見せよう!」

 ……羨ましい。正直、俺は材木座を見ながらそう感じていた。

 たとえ夢をバカにされようとも自分の好きなものの為なら周りなど気にもせずに突き進む力……それが材木座の根底にあるし、同じ夢を持つ者とも熱く夢を語り合え、時にはぶつかってもまた関係を修復できる……俺はお前が羨ましいよ。材木座。俺は途中で曲道に入ったからな。

 楽しそうに談笑している材木座たちを置いて遊戯部の部室から出ると俺の後を追うように由比ヶ浜と雪ノ下が出てきた。

「その……悪かったな、雪ノ下。お前を景品みたいにすることして」

「本当ね……ただ……信じていたわ」

「え?」

「……別に何も……それと由比ヶ浜さん」

「ほ、ほぇ?」

「お誕生日おめでとう」

 そう言い、雪ノ下は持っていた袋から先日買ったエプロンとその他諸々のプレゼントを渡した。

「え、あ、ありがと!」

「貴方といた2ヶ月間は悪くないものだったわ。それはそのお礼」

「ゆきのーん! ありがと!」

 由比ヶ浜は雪ノ下に抱き付き、喜びを全身で表現し、雪ノ下は暑苦しそうな顔をするが由比ヶ浜を退けることはせず、彼女も彼女で満更でもない顔をしていた。

 …………俺は……。

「そろそろ私は帰るわ」

「あ、私も」

「ゆ、由比ヶ浜」

 雪ノ下と一緒に帰ろうとする由比ヶ浜を引き留めると雪ノ下は空気を読んだのか否か、何も言わずに静かに俺たちのもとから去っていった。

「ん? どったの?」

 廊下で2人っきり。気まずい空気を感じつつもポケットから犬用の首輪と小町にチョイスしてもらったネックレスの2つを取り出し、彼女に手渡した。

「え? これって」

「……これからもよろしく頼む。色々とギクシャクはするだろうけど……奉仕部として……」

 由比ヶ浜は俺からネックレスと首輪の二つを受け取ると俺に隠すように後ろを向き、手を首の所へ持って行って何かをつけるとこちらを向いた。

「ね、どう?」

 由比ヶ浜に言われ、首元を見てみると黒のレザーを数本に分けて編み込み、中央にはシルバーのタグ……ん? んんんんん?

「お、お前それ犬用のだぞ」

 そう言うと由比ヶ浜の顔が凄まじい勢いで赤くなっていく。

「……なっ!? ち、ちが! も、もうばか!」

「お、俺のせいなのか?」

「ぬぐぐぐぐ! バーカ!」

 そう叫ぶ由比ヶ浜の表情はあの夜、俺に見せてくれたものと同じ明るい満面の笑みだった。


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