やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー 作:kue
「お兄ちゃ~ん」
スマホの電源を落としてからすぐに上から声が聞こえ、ソファの背もたれにもたれ掛って後ろを見てみると上の服だけを着て下はパンツ以外には何も履いていない妹の姿が映った。
……お兄ちゃん、なんか悲しいぞ。
「ん~?」
「小町は非常に勉強を頑張りました」
「そうだな」
「でしょ? だから~小町にはご褒美が必要なわけです」
「ふむ」
「お兄ちゃんは小町と一緒に千葉に行かなければならないのです」
うわぁ。俺の予想の斜め上を超えるすんごい跳躍っぷりだな~。まだ何か買ってとか言うなら話は分かるがまさか具体的な場所を指定されるとは。恐るべし。
「断る。友達と行けよ」
「……お兄ちゃんと旅行したいの」
小町は悲しそうな雰囲気を醸し出しながら顔を伏せる。
俺が片足になる前、毎年夏休みになると自由研究のためによく2人で電車を乗り継ぎ、交通科学博物館へ遊びに行ったもんだ。
寝過ごして駅を通り過ぎた時は泣きかけたけどな。
「お兄ちゃん最近、余計な外出はしてないでしょ? だからお兄ちゃんと旅行がしたいなって」
「…………」
「たとえ千葉じゃなくても……少し離れた場所でも良いの。小町、またお兄ちゃんと旅行に行きたいな」
「…………わ~ったよ。付いていくよ」
「ヤッホー! じゃ、着替え持ってくるね!」
さっきまでの悲しそうな空気は一瞬で消え、いつもの丁明るい小町にメタモルフォーゼした。
……なんか乗せられた感があるが……ま、良いか。
少し待っていると小町が俺の着替えを持ってきてくれ、靴下とズボンを履かせてもらい、自分で上の服を着ているとドサッという音が聞こえ、後ろを見てみると超大きなカバンが置かれていた。
……泊まりか。まあ、民宿に泊まるわけじゃないだろうし小町に迷惑をかけずに楽しむことくらいはできるか……だが千葉っていっても場所は広いぞ。
「では出発!」
「おぉ~」
……なんか嫌な予感がする。
「消滅八幡……良いアプリ名だろ?」
小町と一緒に歩き、何故か駅のバスロータリー周辺まで連れてこられるとそこに見知った女性が立っており、しきりに指を動かし、凸ピンの体制を取っていた。
ハ、ハハハハ……確かにあのアプリは面白い。最近インフレ気味だがな。ちなみに俺は1日で辞めた。
「さて、電話に出なかった言い訳を聞こうか」
「とりあえずエア凸ピンするのは止めてください。怖いっす」
「まったく。過去のことがあったからあらゆる手を尽くして君の妹に連絡を取ったのだよ。だがまあ、無事でいるのであれば何より」
過去……それは俺が事故に遭ったときのことだろう。恐らく総武高の全教師が知っていることだろうがいったい何人の教師が事故に遭った生徒の名前、顔を覚えていることやら。
だけど……あの120件のメールや電話はないだろ。トラウマ植えつけられるぞ。
「で、なんで先生はここにいるんすか?」
そう尋ねると平塚先生はパチパチと瞬きしながら素っ頓狂な表情で俺を見てきた。
「なんだメール見てないのか。奉仕部の活動として千葉に行くのだよ」
「……あの俺、いります? 奉仕部の活動と言う事は野外ですよね」
「そうだな。主にだが」
「片足の俺が行っても迷惑をかけるだけじゃ」
「いいや。お前にしかできないことを用意している。比企谷。奉仕部に邪魔をする奴はいない」
……平塚静は教師の鏡と言っても過言ではない。生徒と合わせる時は合わせ、アドバイスするときは大人になり、怒りをぶつける時は人生の先輩となる。
そこに惹かれ、多くの生徒は平塚先生が大好きだろう。
俺もその一人だ……でも、時々そのやさしさが眩しく感じる。
教師だから、奉仕部の顧問だから……それは由比ヶ浜の件で自己完結したはず。なのにその考えはまるで植えつけられているかのように浮かび上がってきては俺を苦しめる。
信じたいのに信じることができない。好きなのに好きになれない。
「比企谷。君は自分を卑下しすぎている節がある」
「……そうっすね」
「お兄ちゃんは好かれてるよ。み~んなに。昔のことはもう……関係ないんだよ」
「あ、比企谷君!」
後ろから由比ヶ浜の声が聞こえ、振り返ると偶然か否かどこかから反射した太陽の光が上手い具合に由比ヶ浜、雪ノ下、戸塚たちの顔を隠すように俺の視界を潰す。
…………今は……今くらいはこの関係に寄り添うのは許されるよな。
「やっはろー! 小町ちゃん」
「やっはろー! 結衣さん! 雪乃さん!」
「やっ……おはよう。小町さん」
つられて言いかけた雪ノ下の顔が凄まじい勢いで赤くなっていく。
「八幡。やっはろー」
「何それ可愛い、流行らせようぜ」
「お、お兄ちゃん。流石にそれは……ていうかいつの間に女の子から下の名前で!?」
「あ、八幡の妹さん? 僕は戸塚彩加。よろしくね」
「……お、男の子……お兄ちゃん」
「言うな、小町」
「「神はいない」」
我ながら俺たち兄妹はどこからどう見ても、誰がどう見ても兄妹だ。
「よし全員集まったな。乗りたまえ、あ。比企谷は助手席だ」
「うぃ~す」
平塚先生に介助してもらい、ワンボックスカーの助手席に乗り込み、全員が乗り込んだのを確認したのか先生はシートベルトを締め、イグニッションを回し、アクセルを踏んだ。
車は徐々に動き出し、やがては外の景色が凄い速度で遠ざかっていくほどの速度に達した。
「先生。千葉に行くのに何で高速なんすか」
「いったいいつから千葉に行くと錯覚していた?」
「どいつもこいつもぶっ壊れちまえ」
「……中々やるな」
「そちらこそ」
何故か俺と平塚先生の間には妙な連帯感が生まれ、後ろの方に座っている人たちを弾く。
「英雄になろうとした瞬間」
「英雄失格なんだよ」
「人は自分の意思で」
「光になれるんだ……人は正義の為なら」
「どこまでも悪になる」
こんな妙な掛け合いがずっと続いたのは夏休み史上、最悪の黒歴史になったのは言うまでもない。
「着いたぞ」
「あ、降りる際は大丈夫っすよ」
手伝おうとしてくれた先生にそう言い、ドアを開けようとした瞬間、ドアが勝手に開いたので窓の外を見てみるといつの間にか雪ノ下がスタンバっていた。
……由比ヶ浜のプレゼントを買いに行ったとき以来、妙に優しい。
「お、おう。悪い」
雪ノ下のやさしさにドギマギしながら車から降りると濃密の草の香り、そして普段は感じない風の冷たさ、自然の木の臭いが俺を山に来たのだと感じさせる。
マジで本格的に外出したのは事故以来だな……大体は近くで済ませていたし。
「荷物を降ろしたまえ。しかし都会の騒音がないのはいいことだ」
確かに。先生の言う通り、都会独特のあのうるささは山にはなく、時折吹く風によって葉が揺れる音はどこか心地のいいオルゴールのような感じがする。
それなりに整地もされているらしく、駐車場付近は砂利が多いが宿泊施設周辺はコンクリになっていた。
流石に山の中に入ってレクリエーションはできないが……でも先生は何で俺を連れてきたのかね。
そう考えていると新たに一台のワンボックスカーが駐車場に止まり若者男女4人組が車から降りてきたがその集団を見て俺は絶句した。
「あ、ヒキオじゃん」
「やぁ、ヒキタニ君」
恐らく雪ノ下も俺と同じ表情だろう。
なんで甘酸っぱい果実を毎日貪っているスクールカースト上位の奴らがここにいるんだ……くぅぅ! まさか俺と戸塚の仲を邪魔しに来たな!? そうはさせん! 戸塚は俺が……なわけないか。
どうせ平塚先生の差し金なんだろうけど。
「平塚先生。何故、葉山君たちも」
「内申点を餌に釣ったのだよ。人員が足りないのでね」
「そう言えば奉仕部の活動つってましたけど何するんすか?」
「今、千葉村には小学校が林間学校に来ていてな。そのボランティアスタッフだ。教師陣、千葉村職員、児童のサポート。いわば奴隷だ」
うわぁ、嫌な言い方……なるほどね。だから駐車場に見覚えのある会社名が書かれている大型バスが何台も止まっているわけか……今、思い出したけど千葉村って林間学校できたじゃん……うぅ。あのトラウマがよみがえる。
あれは中学生の時だ……今度こそみんなと仲良くなろうと最後の力を振り絞ってメンバーを組み、トランプやウノなどを持ってきてスタンバっていた。その時間を今か今かと……だが予想以上につかれたのか俺以外のメンバーは部屋に帰るや否や全員、爆睡した。
泣いたね……泣きながら俺はウノとトランプのカードでタワーを作ったさ。
そのあと見回りの先生にやけに優しくされたのはいい思い出だ。
「何故か校長から地域の奉仕活動に監督を任されてな」
「そりゃ、先生が力のある新米教師だからっすよ」
「し、新米……そ、そうだよな! 決して勤続年数で決めたわけじゃないよな!」
「そうっすよ! ニュー平塚静っすよ!」
「うぅ……比企谷の優しさが逆に染みる」
……今度から自重しよう。
「とりあえず! 本館まで荷物を置き次第仕事開始だ」
駐車場から本館までの道を平塚先生が先導し、その後ろを俺、雪ノ下、その後ろに小町や由比ヶ浜、戸塚たちが歩き、その後ろにリア充軍団が歩いているという普段なら逆だろと突っ込みたいほどの構図になっている。
くっくっく! 悲しみのワンスポット・集団Verをとくと味わうがいい!
「君たちは1度、別のコミュニティーとうまくやる術を身につけるべきだ。社会に出れば嫌な奴と一緒にいなきゃいけないことなど腐るほどあるからな。だから今回の募集で奴らが来てくれたのは幸運だった」
平塚先生が言っていることは正しい。
この世の中、どんなに嫌いな奴であってもどうしても一緒に行動を共にしなければいけない時がある。
マンガの様に敵対している奴と手を組んで戦う……そんな甘いものじゃない。出張などで一緒になれば下手すれば泊まるホテルまで同じと言う事もあり得る。
こいつが嫌だから一緒にいたくない……それが通用するのは少なくとも高校生までだろう。
先生は敢えて仲良くと言わなかった。
先生だってわかっているのだろう。
俺たちがあいつらと仲良くすることなど不可能に近いと言う事は。
本館に到着し、各々の荷物を置いた後集いの広場とかいう場所へ行くらしいのだが俺は平塚先生に呼び止められ、皆とは別行動となるらしい。
「君にやってもらいたいのは主に調理だ」
「……何故に?」
「小町君曰く、君は料理ができると聞いている。今日の夕飯は飯盒炊爨でカレーを作る。小学生に包丁はまだ早いと言う事でここで下準備をするのだよ」
「それは分かりますが……いくらなんでも早すぎませんか?」
まだ時間帯はお昼ちょっと前。恐らく晩飯は5時位からだろうけどこんな早い時間から食材を切って保存していたら素材本来の味は確実に落ちる。
「今からではないよ。今から小学生はレクリエーションだ。その間に私たちは近くの山の頂上にあるキャンプ施設に向かう。そこで諸々の準備を手伝ってほしい。車を持ってくるからここで待っていてくれ」
平塚先生が本館からいなくなったので俺は壁にもたれ掛りながら外にいる連中の姿を見る。
……雪ノ下は葉山が嫌いなのは確実だ。あいつに対して距離をいつも以上に開けているし、言葉の棘も殺傷能力がいつもよりも数段回上だ。
「待たせたな。行くか」
「うっす」
先生の介助で車に乗り込むとゆっくりとキャンプ施設がある頂上に向かって動き出した。