やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー 作:kue
小学生は100人程度と聞いていたが食べ盛りと言う事で用意されていた食材の量は結構な量だった。
女性教員はもちろん、手の空いている男性教員を動員してもまだ切り終わっておらず、この後には昼食の配膳作業もある。
「にんじん終了。次ジャガイモください」
「ん。ほれ」
「うっす」
その中でも作業が早いのは俺と平塚先生。
俺はいつも料理の下準備は手伝っているので慣れているが平塚先生は(諸々の諸事情でカットします)だから慣れているので作業が早い。
どうやら切った食材は氷を使って冷やしておくらしく、クーラーボックスがかなり準備されている。
「目、目が! 目がぁぁぁぁ!」
「そりゃ玉ねぎ触った手で目に触れば染みますよ」
時折、平塚先生のおっちょこちょいなミスに突っ込みを入れながらも食材を切っていき、小学生たちが頂上に到着する寸前に食材の下準備が終了し、どうにか配膳作業は間に合った。
こ、こんなに腕が疲れるくらいに食材切ったのは久しぶりだ。
「比企谷~。悪いが冷やしてあったこの梨を雪ノ下たちのために切ってくれ。私は川で目を洗ってくる」
先生はフラフラと覚束ない足取りで近くにあるらしい川へと向かった。
どうやら近くにある川に浸してあったのか梨は冷蔵庫で冷やし続けていた時と何ら変わらない冷たさで梨に触れるとまるで氷に触れているかのように冷たい。
手の熱で温かくなってしまう前に手早く梨の皮をむき、一口サイズに切った後に皿に並べて爪楊枝を刺していく……そう言えばたこ焼きマントマンっていたよな。もう名前しか覚えてないけど小町と一緒によく見たっけ……たこたこたぁこ……忘れた。
「お兄ちゃーん!」
声がした方を向くと大きく手を振った小町の姿が見え、その後ろには雪ノ下たちの姿も見える。
「あ、梨!」
「お疲れさん。みんなで食って来いよ」
「やっほー!」
小町は変な叫びで喜びを表しながら皿を持っていき、雪ノ下達に梨を配っていく。
そんなこんなしているとゾロゾロと登山で疲れ切った小学生たちが頂上に集合し始め、教員たちが弁当とドリンクの配膳を始めた。
「…………ふぅ」
やることを終え、一息ついて用意してもらった椅子を引っ張って木陰に入ろうとした時、ふと1人で弁当を食べている女の子の姿が目に入った。
別に1人飯が珍しいんじゃない……あの子の周りに悪意があるからだ。
その子の周りには同じように弁当を食べている女子のグループがあるがさっきからチラチラと見て、嘲笑を浮かべている。
「……マジでボッチを探せ! なんていうゲームがあったら俺、日本代表だ」
「金メダル最有力候補ね。比企谷君」
「ん? あ、わざわざ持ってきてくれたのか」
雪ノ下に後ろから声をかけられ、振り返るとドリンクと軽食を渡された。
「わざわざ移動することはないでしょう。それに今まで私達とは違う仕事をしていたようだし」
そう言うと雪ノ下は軽食のおにぎりを一口齧り、俺の隣に立った。
「……貴方のことだから気づいていると思うけど」
「ん? あぁ、あの子のことか」
雪ノ下が小学生には見えないように指を刺している方向を見るとさっきの女の子がいた。
「レクリエーション中に会ったのだけれど今と変わらなかったわ」
「ハブりか……小学生にはよくあること……で、片付けていい物じゃないみたいだな」
ハブりにも二通りある。
遊びの範疇でハブられているのと悪意をもってしてハブられているの二つだ。
前者であるならば自然に解消し、また以前と同じような関係に戻ることはあるが後者の場合は自然に解消することなど絶対にありはしない。
根本の原因を解消しない限り、永遠に続く。
「……奉仕部の出番ということなのか?」
「……平塚先生は奉仕部の活動の一環としている以上、彼女が助けを求めれば奉仕部の出番になるわね」
「……なんか高校生になろうが小学生になろうがやることは変わらないな」
「当たり前よ……同じ人間であるもの」
すでに太陽は下がり始め、小学生たちは人生で初めてであろう飯盒炊爨に取り掛かっていた。
切り分けられている食材をフライパンで炒めていく担当、鍋を用意する担当、お米担当、団扇で仰ぐ担当などで分けられているであろうグループでカレーを作っていく。
俺達もカレーの準備に取り掛かっているが俺は椅子に座りながら団扇でパタパタする係だ。
これが案外難しい。上から強く風を当ててしまうと煙がこちらへ飛んでくるし、弱すぎると炎が大きくならずに鍋が暖まらない。
よって最善の方法は下からちょうど良い風を送るのが良いのだ。
「お兄ちゃ~ん。炒めるのって肉からだっけ?」
「お前は焦がす気か。野菜からだろ」
「あれ? そうだっけ?」
おいおい、しっかりしてくれよ我が家の調理担当。
「あれ? にんじんってどこから実?」
「由比ヶ浜さん。ピーラーで1回皮を剥くだけでいいのよ」
なんか怖い発言がチラホラと聞こえてくるがとりあえず俺は団扇に集中する。
「ヒキタニ君。飲み物」
「……どうも」
葉山が隣に立ち、キンキンに冷えた缶ジュースを手渡してくれた。
俺はその缶ジュースで火照った顔を少し冷やすと口を開け、グビッと一口飲むと冷たいジュースが喉を取っていき、全身が冷やされていく感じがする。
あぁぁぁ~……冷えたジュースは良いな。
「ぶっほぉぉ! 八幡×隼人君。八隼だ~」
「擬態しろい。黙ってればかわいいのに」
後ろで何やらひともんちゃくあったようだが俺は華麗にスルーする。
野菜も炒め終り、鍋の中にぶち込んでコトコト煮込みだしたところで周囲を見渡してみれば初めての飯盒で苦戦しているチームも結構見受けられる。
分かる分かる。初めての飯盒炊爨って難しいよな……人と人との距離が。
「終わったのなら小学生のチームを見てくるといい。中々ない経験になるぞ」
平塚先生に言われ、葉山以下数名は一瞬顔を見合わせると何も言わずに持ち場から離れ、小学生のチームの中に入っていく。
やはり小学生にとってみれば高校生のお兄さん・お姉さんは眩しい物らしくまるで特撮ヒーローに握手を求めて群がる子供たちのように見える。
ちなみにあそこで現実と創作の境目を学ぶか学ばないかによって人生変わるよな。
あれ……なんだか僕と同じ温かさがあるよ……そう思った日とは一皮剥けるのだ……ちなみに俺もその口だったりする。だが何故か飽きない。
「カレー好き?」
葉山の優しい声が聞こえ、座った状態でチラッと見てみるとハブられていた女の子に話しかけていた。
それと同時に雪ノ下の聞こえるか聞こえないか程度の小さな呆れの意をふんだんに込めたため息が聞こえた。
彼女の言う通り、葉山の行った行動は悪手だ。
ただのボッチに話しかけるのであれば今の様に少し離れたくらいのところで話しかけるのもまずまずな選択だっただろうが悪意を持って1人にさせられている場合はダメだ。
嘲笑の的となり、より一層、悪意を増幅させてしまう。
「別に。カレー興味ないし」
少女は葉山を軽くあしらい、スッと離れると悪意が届かない場所まで歩いていく。
俺は平塚先生にうちわ係を少しの間代わってもらい、杖を突きながらその少女の隣へ向かった。
「…………今、休めばよかったって思ってるだろ」
「何、いきなり……まあね。だって面白くないんだもん。カレーごときで騒いじゃってさ」
そう言いながら少女は首からかけているカメラをギュッと握りしめた。
「……名前」
それで真意は理解したがちょっとカチンと来てしまった。
「お前、年上にそれはねえだろ」
「……鶴見留美」
「比企谷八幡だ。で、こっちが雪ノ下雪乃」
遅れてやってきた彼女を指さしながらそう言うと鶴見留美はどこか同類を見るような目をした。
「なんか二人はあっちの人達とは違う気がする。私も2人と同じなの。ずっと1人……でも別にいいし。あと少ししたら中学に上がるし」
「まさか中学に上がったら無くなると思っているのかしら……それはあり得ないわ」
雪ノ下は子供相手でも……いや、子供相手だからこそいつもよりも切れ味を数段挙げて辛辣な言葉を投げかけていく。
雪ノ下の言葉に最初は驚生き気味だった鶴見留美だったが自分も薄々気づいていたのか徐々にその表情を暗くして顔を俯かせた。
「本当は林間学校なんて休む気だった……でも、そんなのできなくて友達と一杯写真撮ってきなさいってカメラまで渡されるし」
今の一言で若干理解したがこの子は俺達とは違う混血のボッチだ。はじめはみんなと仲良くしていたがあるきっかけでボッチへと変貌してしまい、その変貌した環境でどうしたらいいのかわからない。
だからさっきみたいに泣きそうな顔をする。
以前の心地よさを知っているから。
「何回かハブるのはあって私も何回かやってて……それで仲が良い子がその対象になってちょっと距離置いたら……いつの間にかターゲットが私になってた」
「……小学生なんてそんなもんだ。見えない悪意で1人を襲う……つい昨日まで仲良く話していたのに次の日になったらそいつがいじめっ子のグループになってるなんて良くある話だ」
「経験あるの?」
「…………」
鶴見留美の質問に俺は何も答えない……その無言が答えなのだから。
「中学生になっても……こうなのかな」
留美の嗚咽が入り混じった声からすれば10メートルそこらしか離れていないはずの歓声がどこか遠い国から聞こえてくる声に聞こえる。