やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー   作:kue

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第23話  こうして雪ノ下雪乃に失望する。

 5分後、キャンプファイヤーが始められ、燃え盛る炎を中心に手と手をつなぎ合っている小学生たちがグルグルとゆっくり動きながら大きな声で歌を歌う。

 俺にとってはトラウマソングだが……彼らにとっては一生の思い出に残る希望の歌なのだろう。

 ここからは見えないが恐らく留美もあの輪の中に入り、久しぶりに感じる友の輪とやらを感じて複雑そうな表情を浮かべているか、それとも笑顔なのか……。

 他の連中も小学生の輪に混ざっている者もいればその様子を見て何故か鼻血を出している奴もいる。

「無事に解決……とはいかなかったみたいだな」

「先生は入らないんすか?」

「あそこは子供の輪だよ……大人が入るべきでない……結果だけは聞いたよ」

「そうすか……先生的にはどうなんすか? この結果は」

「そうだな……マンガで言う中々やるな、お前もな……と言って拳を軽く合わせるシーンだな」

 要するに微妙ってことか……ま、内容だけ見れば信じていたものに裏切られるのを経験させ、友好関係をグッチャグチャにした後、講釈垂れただけだからな。

 世の大人たちが見れば怒鳴りつけるだろうよ。

「やはり君を連れてきて正解だったよ」

「調理の面すか?」

「それもあるが……全体的にだ」

 全体的に見れば俺という存在は何もしていないと言う事になる。

 食材を切ることなんて俺以外の人間でもできるし、鶴見留美の話を聞いてやるのも葉山隼人で代役が務まるほどの仕事だ。俺はこの林間学校中、何もしていない。

「何もしてないっすよ。ただ単にみんなが働いている中、話を聞いただけっすよ」

「そうかもしれない……だがな、比企谷。話を聞いて実行に移し、それを成功させるというのもまたその人間の才能というものなのだよ。聞き上手な人間はいるだろうがそれを実行に移す人間は少ないだろう。君はもう少し、自分のことを持ち上げてもいいと思うがな」

 そう言い、先生は俺の頭を数回撫でるとタバコに火をつけ、教員たちが集まっている場所へと向かった。

 ……下の者は下にいるのが良いんですよ。

「ヒキタニ君」

 振り返るとご機嫌な様子の葉山がいた。

 葉山は何も言わずに俺の隣に座るとキャンプファイヤーで楽しんでいる小学生たちを見てまるで親が子を見るかのような優しい笑みをフッと浮かべた。

「雪ノ下さんを見つけてくれてありがとう」

「別に。迷子を見つけただけならお前だって」

「だからだよ……君は凄いな」

「何が」

「さっきのことだよ……俺だったらそんな考えは思いつかなかった」

 褒めているのか貶しているのかさっぱり分からんがポジティブに褒めていると考えよう。

「もし、君が俺と同じ小学校なら……彼女も」

「ボッチが一人増えるだけだよ……お前の学校にな」

「そう……かもな。でも、君は動いたはずだ……いじめを見たら」

 そう言うと葉山は悔しそうな表情を一瞬だけ浮かべ、小学生たちの中へと向かっていく。

 ……いじめか…………雪ノ下も俺も……どこか似てるようで似てないよな。

「比企谷君」

「よぅ」

 呼ばれ、振り返ると雪ノ下がおり、俺の隣にチョコンと座った。

「今日はありがとう……助けてくれて」

 だから今日はマジで俺、お礼を言われる日なの?

「そんな大層なことしてねえよ。迷子を見つけて届けただけだ」

「そう……彼女は救われたのかしら」

「……あいつ自身、変わりたいって思ってたみたいだしこれからに期待するしかないな」

 正直、留美があそこで仲間を救うとは思っていなかった。

 てっきり自分を苦しめた相手の苦しむさまを写真で取り巻くってばら撒くとかするか……いや、それは俺か。

 ま、まあとにかく。あいつ自身が変わりたいと思ったゆえの一歩ならばその一歩は全てのものに影響を与え、変革を与えるだろう。

「今回は珍しく相手依存型の幕引きね」

「そうだな……あ、これ」

 ポケットから回収した雪ノ下の携帯を手渡した。

「ありがとう……このお礼は必ず」

「なあ、雪ノ下」

 選択を間違えれば由比ヶ浜の時以上に拗れる……だが俺はその先に期待していたのかもしれない。

「お前……俺に対して何が抱いてるだろ」

 彼女の表情は俺の視界の外にあるので見えない……だが驚きに満ちた表情をしているだろう。

「由比ヶ浜のプレゼントを買いに行った以来、妙に俺に優しくないか」

「…………」

 雪ノ下は俺の問いに何も言わない。

 こいつが抱いているそれは何かに対しての申し訳なさに似たそれだ……もしも……もしも仮に俺が考えていることが当たっているのだとすれば……俺は……。

「……あの日の事故……お前も……あの場に……いたんじゃないのか」

 そう言った瞬間、雪ノ下は今までにないくらいに申し訳なさそうな表情を浮かべると俺から視線を逸らした。

 …………俺はいったい彼女に何を望んでいるのだろうか……謝罪? いや、形式的にはもう貰った……慰謝料? それも貰った…………告白……。

 その二文字を思い浮かべた瞬間、詰まっていたものがなくなった感覚がするとともに雪ノ下を見る目がドンドン冷たくなっていくようなものを感じる。

「……何で言ってくれなかったんだ」

「…………」

「……由比ヶ浜ともまだ関係を完全には修復できてない……由比ヶ浜にも言ったことなんだが一回、俺達の間にあるもの消さないか。責任とか全て……このハンデに見合うものはもう貰ったんだ……俺達に……少なくとも俺たちがもう悩むことは無いんじゃないのか……そう言って……お前とも普通に接するつもりだった…………いや、接したかった」

 そう言うと雪ノ下は驚きを隠せないのか目を見開き、俺を見てくる。

「……それがお前の選択なら……何も言わねえけど」

 そう言い、俺は立ち上がり、バンガローへと向かって歩き始めた。

 これが俺の選択。

 この選択が後々及ぼす影響を俺はまだ知ることはできない。

 だから俺は期待することにする。

 俺が……欲した物になることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りの車内は全滅していた。

 準備などで体を動かし続けた後部座席に座っている連中は全滅し、はっきりと意識があるのは俺と運転手の平塚先生位だ。

「……今回、君たちがやったことは問題にはなっていないようだ」

「そうっすか……方法は最低っすけどね」

 一歩間違えれば暗所恐怖症・対人恐怖症、諸々の恐怖症という名のトラウマを抱えて学校に行くのすらできなくなってしまうかもしれなかったからな。

 でも断言できるのは……こかされた奴はこれから留美に対する考え方がガラッと変わっただろう。

 怖いところから助けてくれたヒーロー……むろん、根は良い子なのかもしれないが少なくとももうハブリと言う事をしないとは思う。

「帰りはどうする。全員を送るのは骨が折れるが君だけなら」

「いや、良いっすよ……小町と一緒に歩いて帰りますよ」

「……そうか」

 全員だけが歩いて帰るのに俺だけ車で送ってもらうのはどこか気分が悪い。

 むろん、あいつらなら理解してくれるのだろうが……嫌なものは嫌なものだよ。

「君はいい方向へ変わっていると思うよ」

「そうっすか? 逆に退化してるんじゃないっすかね」

「相変わらず考え方は変わっていないようだがな」

 それは変わっていないんじゃないかと思いながらも先生の心のどこかで俺が変化した点を見つけているのだと結論付け、それ以上は聞かず微睡んできた意識にそのまま身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がたがたと体を大きくゆすられる感覚を抱き、目を開け、窓の外を見ると総武高校の校舎が見えた。

 平塚先生にドアを開けてもらい、車から降りるとムワッとした空気が襲い掛かり、寝起きと言う事も合って気分は最悪だ。

 各々、体を伸ばしたりしながらこれまでの疲れを取っている。

「みんなお疲れ。事故に遭わないよう気を付けてな」

 ”事故”というフレーズに3人ほどピクッと反応した奴がいるがとりあえずそれらは無視して小町に荷物を持ってもらい、歩き出そうとした時、俺達の目の前に黒塗りのハイヤーが横付けされた。

 ……忘れるわけがない。

 グレーの髪の男性が車から降り、1度俺達に頭を下げた後慣れた手つきで車のドアを開けると真夏日和だというのに何故か小春日和のように心地いい風が吹いた気がした。

「は~い、雪乃ちゃん」

「姉さん」

「え? お、お姉さん? ゆきのんの?」

 雪ノ下陽乃……俺が世界で一番嫌っている人物だ。

 真っ白なサマードレスに身を包み、顔にはいつもの満面の笑みがまるで額縁に入れられた絵のように隙間なくきれいに飾られている。

「雪乃ちゃん、夏休みになったら実家に帰ってくるって言っていたのに帰ってこないから心配して迎えに来ちゃった。お母さんカンカンだよ?」

 その一言に雪ノ下雪乃の体はビクつく。

「……由比ヶ浜さん。合宿、楽しかったわ……比企谷君、助けてくれてありがとう。学校でまた」

「う、うん! また学校で!」

 雪ノ下雪乃は俺達にお礼を言うとハイヤーに乗り、俺達から離れていく。

「……ね、ねえ」

「だろうな……気にすることはねえよ……俺達はもう悩む必要なんてない……俺とお前はな」

 由比ヶ浜の一言に俺はそう言った。

 そう……もう悩む必要はないんだ。俺たちの間にあるものは全て消した……少なくとも由比ヶ浜と俺の間にはもう無い……雪ノ下と俺の間には……越えられない壁がある。


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