やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー 作:kue
待ち合わせ時間が迫ってきたので電車に乗り、待ち合わせ場所として指定した駅へ向かう電車の中は花火大会へ向かうであろう浴衣姿の女性やシートを持った家族連れなどで混み合っていた。
俺が乗った時には既に混み合っており、席を譲ってもらうどころではなかったので扉にもたれ掛り、約束の駅に到着するまで待ち続けた。
『こちら側のドアが開きます』
約束場所の駅に到着し、改札を出てコンコースの柱にもたれ掛り、由比ヶ浜の到着を待つ。
…………そう言えば俺、結構夏休みの間に外に出かけてるよな……にもかかわらず左足の膝に何の異常が見られないのはある意味凄いよな……人間の体の傷など気持ちの持ちようでいくらでも変わるっていうのを聞いたことがある。
プラシーボ効果に代表されるような現象は全て人の思い込みによって発生する。
人の思いは時空を超えるとか言ってたけど……人の思いは時空どころか全てを超越するな。
「あ、いた! お待たせ」
「いや、待ってない……浴衣……なんだな」
「う、うん……ど、どうかな」
薄桃色の浴衣には所々小さな花が咲いており、薄桃色に似た茶髪の髪はいつものお団子スタイルではなくくいっと一か所に纏め上げられている。
「……似合うんじゃねえの。明るい色」
「そ、そっか……行こうか」
……あれ? 俺なんで色で褒めた? 浴衣のこと聞いてたよな……まあいいか。
会場となる公園は駅に隣接していると言ってもよく、普段は閑散としているだだっ広い公園が遠目でも人で埋め尽くされているのが分かるくらいに混んでいる。
時折、歩いている人の足に杖が当たり、舌打ちを受けるくらいには。
「やっぱすごいね~」
「何回か来たことあるのか」
「うん。友達と」
俺は人混みが嫌いだし、花火を見ても何も思わないので来た記憶はあんまりない。
そもそも両親が家にいないことが多いからあまり外出も少ないんだけどさ。
「……何か食べる?」
「いや、俺は良いや」
杖に片腕を取られている以上、もう片方の腕は体のバランスを取る際に使うことが多いので両手を塞がれてしまうと正直、対応が出来なくなってしまう。
一口サイズならいいんだが露店で一口サイズなものはあまりないしな。
「俺に気にせず、食べたい物食べろよ」
「……あ、ちょっと待ってて!」
そう言うと由比ヶ浜は俺の隣から離れ、綿あめを売っている露店へ向かい、1つおっちゃんから貰うと下駄になれてないのか地面を見ながら戻ってきた。
「は、はい、比企谷君……あ、あ~ん」
由比ヶ浜は顔真っ赤……俺も顔真っ赤だろう。
予想外だ……まさかこんな手を使ってくるとは。
「ほ、ほら……これなら比企谷君も食べれれるでしょ?」
「……あ、あ~ん」
戸惑いながらも差し出してくる綿あめを一口食べるといつも以上に綿あめが甘い気がした。
「花火までまだ時間あるし、何か食べようよ」
……ま、まさか今のあーんをまたするというのか……うぅ。ボッチには眩しすぎる!
「あ、あぁ。そうだな」
あれから少し歩いている間に由比ヶ浜が全て綿あめを食べてしまった。
というか俺が綿あめを食べなかっただけなんだけどな……綿あめを食べようと口を近づけると由比ヶ浜から香水の軽い臭いがしてくるから妙に恥ずかしくなり、食べられなかった。
「あ、リンゴ飴だ! 1つください!」
……ちょっと待て……り、リンゴ飴もあーんしてくれるのか!? いやいやいや! リンゴ飴はかじった後がはっきりと分かってしまう……か、か、か、間接キ、キ、ッキッス……。
「ん~。美味しい~」
そんな淡い幻想は由比ヶ浜がすべて1人で食べたことでぶち壊された。
そ、そうだよな……さっき俺に気にせずに食べろって言ったのは俺だしな……さっきまでの自分がもしぐるぐる巻きで目の前に吊るされたら俺は目覚ましのストライクベントをぶつけたはずだ。
ちなみにあれは殴れる武器としても使えるからな。決してお飾りじゃないからな!
その時、ふと視界に浴衣を着た女子が目に入り、その女子がこちらを向いた。
「あ、ゆいちゃんだー」
「あ! さがみ~ん」
どうやら2人は友達だったらしく2人同じような動きで速足で近づき、手を絡ませた。
貴様らはフルシンクロ中の光さんとこのお宅か……ちなみに俺的には3、しかもブラックVerが好きだけどな。あれはクリア後が本編って言われてるくらいだからな……まあ、ボッチだったからランプ型のあいつと通信対戦で稀に出てくるあれは手に入れられなかったけどな。
「あ、こっちは同じクラスの比企谷君。この子は相模南ちゃん」
「……ふぅ~ん……あたしなんか女だらけのお祭りなのに~。あたしも青春したいな~」
俺はその一瞬、奴が浮かべた顔を見逃すことは無かった。
嘲笑……奴は友達であるはずの由比ヶ浜が連れている男である俺を見て確実に由比ヶ浜を下に見た。
こんな男しかいないのかよ、こんな障碍者と付き合ってんのかよ……後者は俺の偏屈で卑屈な主観が入っているから除くとしても前者は確実だろう。
やはり友達なんてのは慣れ合い関係の奴らが大多数だ……友達などただ自分の欲望を満たすだけの道具と同じなのだ。自分よりも下であればあるほど傍から見れば親友に見える。
相模とやらは由比ヶ浜と喋りながらも俺の姿を逐一視界に入れ、値踏みしていく。
…………ま、俺とあいつの間には何もないし、すぐ忘れるけど。
「さき、行ってるわ」
「あ、うん。私もすぐ行くよ」
由比ヶ浜も気づいているのか申し訳なさそうにそう言う。
由比ヶ浜は優しい……優しいだけでなく汚い部分も知っている。だから相手との関係を測れるし、壊れそうになればその優しさで修復に入る。
俺の場合は逆だ。汚い部分を知っているだけで壊れそうになっても放置、そして崩壊だ。
これまでにいくつ関係が壊れたかなんて覚えていない……でも由比ヶ浜と雪ノ下の2人だけは別だ……何故、そう考え、実行したのか俺にも分からない。
「ごめん……」
隣に由比ヶ浜が戻ってきたかと思えば第一声にそれをかけられた。
「気にするなよ。慣れてる」
「…………」
「そんな事よりもう始まるんじゃねえの?」
「あ、うん。行こっか」
花火大会が始まる30分前、メイン会場となる広場は人で埋め尽くされて地面など見えなかった。
シートを引き、今か今かと待っていたり、もう出来上がっている酔っ払いがいたり、子供が泣き叫ぶ声が聞こえたりとメイン会場は阿鼻叫喚だ。
「シート持ってくればよかったね」
「情報収集不足だったな……ベンチもないし、立ち見するか」
「え、でも比企谷君」
「何かにもたれかかるなら別に俺はいけるぞ」
「そっか……じゃあ、あそこの」
「あれー? 比企谷君じゃん」
後ろから声をかけられ、振り返ると大百合と浅草模様が涼しげな浴衣姿の雪ノ下雪乃の姉にして俺の大嫌いな人物ランキング万年第一位の雪ノ下陽乃がそこに立っていた。
よく見てみると彼女がいるスペースは規制線で囲われており、どこからどうみても貴賓席にしか見えない。
まあ、雪ノ下がなんか父親が会社やってるっぽいこと言ってたから協賛会社の1つなんだろう。
「もしかして席無かったりする? 良かったらこっち来なよ!」
できれば断りたかったが由比ヶ浜がいる手前、断ることができないのでなるべく顔に出さない程度にうげぇ~っと言いながら案内され、貴賓席に入り、彼女が座っている椅子に座らせてもらう。
どこもかしこももうすぐ始まるであろう花火に今か今かとウキウキしながら待っている。
「セレブ~。ゆきのんのお家ってすごいんだね~」
「そりゃ県議会議員で会社の社長がお父さんだもん!」
ここまでドストレートにお金持ち自慢をされたら嫌味を言うどころかほぇ~と納得してしまいそうだ。
そりゃ金持ちだわ……となると雪ノ下は1人暮らしなのか。合宿解散のあの日に実家に帰ってくるとかどうのこうの言っていたからそうだろうな。
「結構、お父さんの会社って地元に強くてさ。ここの協賛してるんだよ」
「へ~。ってことはゆきのんはブルジョージーなんだ」
「由比ヶ浜。ブルジョワジーな」
「し、知ってるもん!」
「アハハ! 可愛いね~。でも感心しないな~。比企谷君、浮気かい? 雪乃ちゃんという存在がありながら~。このこの!」
一瞬、その出された名前を聞き、胸が痛んだがそれを掻き消すかのように肘で突いてくるのを間に杖を入れることで強制的に封じた。
「そもそも……雪乃下とはそんな関係じゃないです」
「またまた~! 雪乃ちゃんにパンダのパンさんあげたり……合宿で助けてくれたじゃん」
何故、そんなことを知っているのか……そんなことよりもいつもとは違う声音に俺は反応せざるを得ず、彼女の方を向くがその表情にはいつもの額縁に入った絵だけしかない。
雪ノ下が自分からこの人に話しかけることは無いだろう……雪ノ下も大変なんだな。
「もうすぐ始まるよ」
彼女がそう言った瞬間、夜空に満天の星が刻まれた。
それを期に次々に花火が打ち上げられていき、周りの歓声もヒートアップしていく。
「あ、あの!」
「ん? 何かな?」
「今日、ゆきのんは一緒じゃないんですか?」
「ん~。今日は遊びに来たわけじゃないんだ。父の名代ってやつ? こういう人前に出る仕事は私の仕事だからさ。今、雪乃ちゃんは家にいるんじゃないかな」
……そこが問題なんだ。俺からすれば雪ノ下も雪ノ下陽乃の負けず劣らずの美貌と完璧さを兼ね備えている。
であるにもかかわらず、人前に出る仕事には出ない……俺が親だったら2人で行って来い! つって周りの奴らに良い顔するけどな。俺の娘は優秀だろ? どうよどうよ! ってな感じで……それだけ俺達とは全く異質な問題があると言う事なのだろうか。
「昔からそうなんだ。母の方針。あのね、うちって母が最強でね一番強いんだよ!」
「それはもうモビルスーツか何かっすか」
「ふふ、どうだろ。母はなんでも決めて従わせる人だったから……それにまた雪乃ちゃんは選ばれないんだね」
ドーン! と一番大きな音が聞こえたが俺にははっきりと聞こえた。
…………その言葉の真意は俺には分からない……ただ、俺達が知っている雪ノ下雪乃は家の中ではいないと言う事なのだろう。
「あ、あの雪ノ下さんって」
「陽乃で良いよ。あ、もしくははるのんでもいいよ」
「は、陽乃さん。ゆきのんのこと嫌いなんですか?」
「ん? どうして?」
「い、いや。なんとなく」
「まっさか~。私は雪乃ちゃんのこと大好きだよ。ずっと後ろをついてくる妹を嫌いなお姉ちゃんはいないよ」
そう笑みを浮かべて言うが俺はどこか背筋が凍るような感覚を覚えた。
絶対的勝者の余裕の笑み……負け続けるものを見下ろしながら浮かべる笑み……。
「貴方は雪乃ちゃんのこと好き?」
「だ、大好きです! ゆきのんのこと私は大好きです! えっと理由は分からないですけどゆきのんは格好良くて大好きです!」
「……そっか」
慈愛の笑みを浮かべるその表情は額縁に収まりきらない何かをはらみ、その正体を突き止めようと手を伸ばすとまるで逃げるかのように額縁の中に納まる。
……やはり俺は嫌いだ。
「混むの嫌だから私は帰るけどどうする? 送ろうか?」
「……そうしよっか」
「そうだな」
由比ヶ浜と顔を見合わせ、少し考えた後その結論を出し、彼女についていきながら貴賓席を抜けて貴賓席の脇から駐車場へ繋がる小道へと入り、歩いていく。
メイン会場から抜け、人の姿が少なくなってきたところで連絡を受けていたらしい、黒塗りのハイヤーが俺たちの横に横付けされた。
見間違えることのない車……。
「あ、少し私トイレ行ってきます」
そう言い、由比ヶ浜はそそくさとトイレへと向かった。
「……雪ノ下には話してないんですか」
「詳細はね。あの子、その時車に乗ってたの」
…………拗れるな……由比ヶ浜以上に。
「でも母が貴方は知る必要がないって言って雪乃ちゃんじゃなくて私に話してきたんだ。君の名前、君の顔、そして君が障害を負ってしまったことも」
「……どうして言ってやらないんですか」
「それが方針だもん……私が人前に出ると言う事がね」
ある意味で雪ノ下は苦しめられているのだろう。
相手の名前も顔も知らされず、たまたま同じ部活にいる奴があの時の相手だと言う事に気づいたのが。
「……雪ノ下は苦しんでますよ……苦しまなくていいことで」
もし……もし、雪ノ下が事故の相手である俺のことを全て聞いていたのならば彼女は悩むことなく、なおかつ由比ヶ浜と同じルートをたどって俺と普通に接することが出来たはずなんだ。
「…………」
俺の言ったことに彼女は初めて無言を貫いた。
まるで分っているとでも言いたげに。
「……やっぱり俺は貴方が嫌いです」
「フフ。私は好きだよ。比企谷君」
「ごめん! 遅くなっちゃって」
「送っていこうか?」
「……いや、良いっす」
「そっか……またね、バイバイ!」
無邪気に大きく振るわれるその手に背を向け、俺達は歩き始めた。
あれから少し経ち、由比ヶ浜の家に向かって俺は歩いていた。
降りる場所は違うのだがどの道、歩いて帰れる距離だと言う事で俺も同じ駅で降りた。
「「…………」」
関係に1つ、整理がついたとはいえ、俺達の間には今なお気まずい空気が流れている。
「……ヒ、ヒッキー」
「……久しぶりに聞いたな、それ」
「…………」
「……前にも言ったけど仲良くしてくれって言ったんだし、前と同じでいいんじゃねえの?」
「………うん……ヒッキー。今日は誘ってくれてありがと……今度はゆきのんと一緒に行こうね」
その時にはもう雪ノ下と俺との間にある奴は解消されているのだろうか。
「あぁ……いつかな」